●リプレイ本文
●怪奇! 触手植物の恐怖!
若者達が、スポーツに汗を流し学問に勤しんできた学園はその日、地獄だった。ぬちゃぬちゃずるずると粘液質な効果音の影で、野太い悲鳴がこだまする。校庭のど真ん中に我が物顔に生えた植物キメラは、時折満足げに身を揺すってはせっせと蜜を吐き出していた。
「な、なんというか‥‥色々な意味で危険ですね」
嫌な汗を流しながら呟く加賀 弓(
ga8749)は、無意識に妹を庇うように一歩前へ。男性嫌いの加賀 円(
gb5429)は蒼白な顔で震えていた。――この時は。
「依頼ならば仕方が無い、が‥‥。相変わらず宇宙人の考える事はわからん」
ミスティ・K・ブランド(
gb2310)の言葉は、過半の傭兵達の内心を代弁していただろう。
「無事な皆さんは下がってください。後は、私達に任せて」
遠巻きに、学友や恩師の痴態を眺める生徒達へ、フィルト=リンク(
gb5706)が告げる。でも、気持ちはわかるらしく、追い出しまではしなかった。弓が、その中で比較的まともそうな数名に声をかける。
「これから、私達が助け出してまいります。その方たちの手当てを、お願いできませんか」
残ったのは全部女性だった。こういう光景への適応性は女子の方があると言う事だろう。そこ、腐とかつけない。
「予想以上にねばねばしてそうだなぁ」
手遅れにならぬうちに逃げ出してきた男子生徒の服を見ながら、篠崎 宗也(
gb3875)が言う。生徒は気持ち悪そうにこすり落とそうとしてているが、被害は拡大する一方だ。
「数が多い。ここは手分けしましょう。私が右から、で‥‥」
フィルトがきびきびと指示を出し始める。そんな様子を、ふらっと現れたUNKNOWN(
ga4276)が鋭い眼で見た。
(今回のキメラは、男のみを選別していると言うが‥‥)
その視線が、鳥飼夕貴(
ga4123)へ移る。顔には白粉、唇に朱、襟元に香。服装こそ普通のシャツにジャケットだが、首から上はいわゆる芸者さん風だ。
(外見か、匂いか、あるいは‥‥)
やや長身なのを除けば見事に化けた『彼』を一瞥してから、黒衣の男は再びフィルトへ視線を戻す。年齢的にも彼女は発育途上で、出る所が余り出ていない。
(試してみる必要がありそうだ、ね)
ふ、と口元を緩めてから、UNKNOWNは隠密潜行で気配を隠した。
●恐怖! 美少女言葉責め!
「行きましょうか。篠崎さん」
夕貴がまず、キメラの間合いへ近づく。うねうね地面を這っていた触手がぴくりと鎌首をもたげた。
「っし。そう簡単に捕まると思うなよ!」
宗也は逆側から。彼らが注意を引く間に、まずは女性陣が被害者を救助する手はずだ。
「お、俺‥‥汚れ、ちゃった‥‥。汚れちゃったよぉおおお」
「おい、傷は浅いぞ。しっかり‥‥damnit。無理かっ」
錯乱した様子の少年に天を仰いでから、とりあえず気絶させるミスティ。片腕で担ぎ上げ、追ってくる触手を蹴り飛ばす。
「大丈夫ですか!」
「‥‥あ、ありがとうございます」
逆サイドでは、打たれたショックで朦朧としていた女生徒をフィルトが助け起こしていた。
「1人、確保しました。救助を頼むわ、円」
裏側に回った弓は、伸びる触手を叩き落としつつ、妹を呼ぶ。緩んだ戒めから、必死の形相で這い出してきたのは強面の体育教師だった。蜜に絡め取られたジャージの下をパージして見るも無残な状態だ。目撃者は、多数。来月からの生徒指導には多大なる困難を伴いそうである。
「あらあら、醜悪な光景ですね。見るに堪えませんよ」
リンドヴルムの車輪で触手を踏み潰しながら、円はクスッと笑った。
「ま、円?」
覚醒効果とはいえ、あまりに変貌した妹の様子に、息を呑む弓。
「その貧相なものをしまいなさい。あぁ、いえ‥‥とりあえず下がってからでいいですよ」
「う‥‥っ」
美少女に言葉責めされ、がくりと項垂れる体育教師。前屈みになる、と書くと別の意味がありそうで困る。もう死んでしまいたそうなおっさんの腕を強引に引っこ抜き、リンドヴルムの後ろに乗せた。
「動くと邪魔ですから捕まってなさい。変なところを触ったら、分かりますね?」
言い捨てて、動き出す。
「変な物を動かさないように。我慢できないんですか? この変態」
5mも行かないうちに、罵声が更に追加された。姉として、やるせない思いを覚えつつ前を向く弓。彼女のストレスは、植物キメラへと向けられた。
●妖美! 触手の餌食達!
一方、囮を買って出た2人はと言えば。
「このままおとなしくもみくちゃにされてたまるか!」
1人目は、あっさり捕まっていた。宗也のフライトジャケットを器用にはだけさせ、胸元を優しく撫でる触手A。静止しようと伸ばした腕を、触手Bが絞る。
「ぐっ‥‥!」
力を込めて、蹴った。締め付けが少し緩む。続けて、もう一度。焦りを込めて、更に。
「わ‥‥!」
シャツの裾からするりと細い触手Cが滑り込んできたのを感じて、宗也は思わず高い声をあげる。急がないと、ピンチだ。
夕貴の方は、今の所はまだ無事だ。しかし、近づいた時に蜜を受けてしまっていた。べっとりと被った箇所が、時と共に痒みと熱を帯びて注意力を奪っていく。それが故、だろうか。
「‥‥あ!」
数度目の攻撃から身を交わそうとステップを踏んだ先に、フィルトがいるのに気づかなかったのは。
「くっ」
巻き込まないように、身を投げる。体の右半分に蜜が付着した。顔をしかめつつも立ち上がろうとした所へ、触手。
「そういう趣味があるわけでもありませんし、遠慮したいのですが‥‥!」
宗也とは逆に、夕貴は腰から脚にかけてを触手Dに絡め取られていた。ずるずると太もも辺りをはいずる感触が気持ち悪い。しかも、さっき受けた蜜を塗り広げるように触手Eが蠕動していた。むず痒い感触がじわじわと広がっていく。
「くっ、よくも夕貴さんを…!」
唇を噛んだフィルトの背後に、すっとUNKNOWNが立った。とん、と軽く背を押す。
「‥‥っ!?」
バランスを崩した所へ、触手Fが伸びる。おそらくはUNKNOWNを狙ったのだろうそれは、フィルトの細い身体にしゅるっと巻き付いた。
「‥‥ぁ」
覚醒で冷え切った思考の奥が、警告を発する。この状況は、危険だ‥‥、と。
――しかし
「ぇ?」
過ちに気づいたらしい触手Fは、少女をペッと吐き出した。詫びるように頭を撫でていったのだが、べっとりついた蜜のせいで却って逆効果だ。
「‥‥殺します。跡形も無く」
髪の毛にべっとりついた蜜を手に受けつつ、フィルトは暗い炎を瞳の中に。
「なるほど‥‥、ね」
頷きつつ、真犯人は涼しい顔でいた。もともと、実力が群を抜いているのだ。その気になれば、触手の攻撃を受けることなどない。‥‥この手のお笑い依頼において、それが幸か不幸かは定かではないが。
●左舷! サービス薄いよ! 何やってんの!
「見、見ないで下さい。汚れたボクを‥‥」
「安心しろ、悪夢はもう終わったんだ」
ミスティの受け持ち範囲の被害者は、幼さの残る少年が最後だった。年上のお姉さんを濡れた視線で見上げる少年を、とりあえず保険医っぽい相手に委ねてから、戦場へ目を向ける。
「あらあら、みっともない」
「円!」
妹を叱責しつつ、天使の名を持つ機械剣を一閃させる弓。数度の戦闘で、この敵は実体の無い攻撃の方が通る、と読んだゆえだ。緑の粘液を散らしながら、触手Dがのたうつ。本体から切り離された部分は、断末魔の如くぎゅっと締まった。
「うくっ!」
どこを締め付けられたのか、眉を顰める夕貴。化粧のせいで、男だというのに色っぽ‥‥いかん、これはバグアの罠だ。
宗也は、なんとか自力で脱出を成功させていた。首の古傷が赤いのは、怒りのせいだ。おそらく。体が火照って赤い、訳ではない。多分。
「よくもあんな羞恥プレイをしてくれたなあ!!」
怒りの大剣が、触手Aを叩き斬る。びくびくと脈打ちながら、それは残る力を振り絞って少年の尻を一撫でしていった。どこのセクハラ親父か。
かくて、舞台に残ったのは変態セクハラ触手キメラと、怒りに燃える犠牲者2名、やはり怒れる誤爆被害者1名、困った姉妹1組、愉快犯1名。
「‥‥やれやれ、さっさとケリをつけようか。依頼だし‥‥、な」
プロ根性を残しているのはミスティだけのようだった。
「敵の攻撃パターンは見切りました。押さえ込み用の太めの触手を空振りしたら、蜜を吐くようです」
「よし。蜜を吐いた後に、一気に畳み込むぞ!」
冷たく言い捨てるフィルトに、怒りに震える宗也が頷く。
「接近は私の影に入るといい」
バハムートの装甲は伊達ではない、と言うミスティ。重装甲が売りのAU−KVは、少々の蜜やら触手にはびくともしない、らしい。読者サービス的意味で実に残念な兵器だった。
「そろそろ、終りか。残念だがね」
ゆら、とUNKNOWWNが攻撃をかわす。瞬間、根元の小さな花が僅かに震えた。
「今!」
噴き出した蜜が地に落ちる中を、残念な兵器に身を包んだミスティが駆ける。その影から飛び出した夕貴が渾身の突きで、武器を撃ち出した直後の花を刺し貫いた。
「‥‥いきますよ、円さん」
フィルトの手から、スブロフの瓶が飛ぶ。続いて、円がランタンをくくりつけた矢を射ち込んだ。
「さて、あれでも一応植物なら燃えますかね?」
直接攻撃だけに頼っていては埒が明かない、と危惧した少女2人のコンビネーション。フォースフィールドを持つキメラとて、燃やされれば痛いらしい。メラメラと茎から花へを舐めるように上がっていく炎を、触手が慌てたように叩いて回った。
「これの花言葉は何ですかね? 花を見る気はないですけど」
咲き掛けていた大きな蕾へと燃え移る様子を見て、円がクスクス笑う。まだ複雑な顔をしつつ、弓は消化活動に忙しい触手を横から叩き落とし始めた。
「これで終わりだ、変態キメラ!!!」
通常の二倍増し位の怒りを込めた宗也の大剣が、横一文字に一閃する。植物キメラの茎が深々と裂けた。蜜ではない汁が勢い良く飛び散る。返す刀でもう一撃。それが、止めとなった。
●終幕! 続編製作予定無し!
「着替えて、来たいですね‥‥」
溜息をつく弓の衣装は、返り血ならぬ返り樹液とか蜜で大変な事になっている。奥のほうで、覚醒を解いた円は自己嫌悪の余りしゃがみ込んで『のの字』を書いていた。そんな仕草の可憐な少女に向けられる視線は、恐怖8割と‥‥。
「能力者さん。もっとののしってください!」
「ごめんなさい、思い出させないで‥‥!」
目覚めてしまった人からの熱烈なラブコール2割だった。
しばし後。着替え終えた弓が、アイドルらしく歌で彼らの心の傷を癒そうとしていた。
「‥‥あ、ああ‥‥。女の人の声だ‥‥」
違う世界を見つめだしていた少年が、側に戻ってくる。
「俺達は忘れてたんだ、自分が男だって事を。突っ込まれる側じゃなくて‥‥」
すがすがしい顔で、コードに引っかかりそうな事を口走る別の少年の口に、黒衣の男がそっと人差し指を当てた。
「そこまで、だよ」
倫理的に、問題があるからね、と耳元に一声。
「あ、う‥‥」
何故か頬を赤らめつつ少年は横を向いた。その視界に入った光景は。
「‥‥着替え、これしかないが。やはり落ち着きますね」
和服に着替えつつ、誰にとも無く言う夕貴の艶姿だった。更に、少年の頬が朱に染まる。‥‥彼が今後の道を誤らないことを願いたい。
「それ、何です?」
こざっぱりした宗也が、隅のほうにいたフィルトに声をかける。
「い、いえ! 何も後悔なんかしていません」
せっかくだからビデオカメラを持って来れば良かった、と思っていたとは言えないです。
かくして、男性のみをターゲットに不埒を働く謎のキメラは滅んだ。しかし、心せねばならない。この世に需要がある限り、いずれ第二、第三の変態キメラが現れるだろう事を。がんばれ、能力者。負けるな、能力者。でもバグアはちょっと自重しろ。
「‥‥銭湯にでも行くか。酷い状況だしな。お前達も、どうだ?」
そんなモノローグを背に、溜息をつきつつミスティがそう呟いた。
(代筆:紀藤トキ)