タイトル:もう戻れない残滓の為にマスター:鴨山 賢次

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/27 22:51

●オープニング本文


 UPC欧州軍のとある基地。白髪を束ね、軍服に身を包んだ壮年の女性が、デスクに腰掛ける男と向かい合っている。
「久しぶりだな、ブラウン。2年ぶりか」
 敬礼の後、軍服の女性が口を開く。
 ヴァージニア・E・グリーン。かつてはUPC欧州軍に在籍し、少尉だった女だ。
 デスクの男性‥‥ブラウンが立ち上がり敬礼を返す。旧友を出迎えたその表情は、階級よりも懐かしさを優先させていた。
「直接会うのは手術以来だな。レオの葬儀は‥‥すまなかった。顔を出せればよかったんだが」
「気にしなくていいさ。私の方が礼を言う立場だろう。送ってくれた報告書、感謝している」
 悲しげに繭をひそめ、少し間、ヴァージニアがその鋭い目を閉じる。
 再び開いた時に浮かんでいたのは決意の色だった。
「戦場に戻ろうと思ってね」


「服役するのか? 待機手続きは取ってあった筈だが‥‥。急にどうした」
「服は布切れになるまで。ナイフは錆びが芯に至るまで。戦えない私にも、出来る事は残っている筈だ」
 二人は司令室のソファに座り、補佐官の用意した紅茶を口にしている。
「人手はいくらあっても足りん。歓迎したいが、お前の状況は少し‥‥な」
 ブラウンの肩が震える。唇を引き締め、平静を装っていても、時折「くくっ」と声が漏れている。
 ヴァージニアがジトっとした目つきでブラウンを睨む。
「あぁ。どんな形式でも構わない。私では正規の任務は難しいだろう?」
 ヴァージニアの肯定に、ブラウンが溜まらず笑い出す。しかし、ヴァージニアの額に浮かんだ青筋を見て、皺の目立つ手で口を抑えた。
「悪い、お前自身を馬鹿にしている訳ではないのだが、な」
 謝りながら、ブラウンがカップを手に立ち上がる。どうやらヴァージニアには、まともに戦えない理由、とやらがあるらしい。
 自分のデスクまで歩いたブラウンは、茶封筒から資料を抜き出す。ソファーのヴァージニアへと手渡し、再び腰を下ろした。
「これは‥‥傭兵からの報告書か。臓器を生成するキメラだと?」
 受け取ったプリントの束に目を通しながら、ヴァージニアが問う。
「先日、辺境の町が連絡を断ち傭兵達が調査に向った。その報告書だ」 
「っっ!」
 テーブルに報告書を叩き付け、ヴァージニアが立ち上がる。

 報告書に記されていたのは、倫理とは無縁の怪物だった。
 生成した擬似臓器に、捕食した人間の上半身を植付ける。擬似臓器は捕食対象を無理矢理に延命させ、その身体を餌に次の得物を捕獲する。
 下半身を食いちぎられた人間は、身動きも取れず、ただ苦痛と絶望の声をあげるだけ。

「被害が広がる前に、なんとしても討伐したい。傭兵達との連絡役、頼めるか?」
 ヴァージニアは答えず、報告書に目を通している。彼女が口を開くまで、ブラウンはただ待ち続けた。
「‥‥傭兵に、一般人を殺させるのか?」
 ヴァージニアの問いに、ブラウンがカップを口から放した。
「宿主を『生存者』として扱うなら、そうなるだろうな」
 ソーサーとカップがぶつかり、硬質な低音が鳴る。半分だけ残された紅茶が、薄い陶器の音色を鈍らせていた。
「前回の調査・救援任務でも、激しい戦闘があった。しかし、登録されている住民の数と、報告された討伐数はイコールじゃない」
 自然死を考慮したとしても、15名以上の被害者が残っているだろう。ブラウンが呟いた。
「‥‥。彼らはバグアに対抗できる唯一の戦力、人類の希望だ。こんな任務で傷を負わせてどうする。
 彼らの中には、ハイスクール前の子供だっているんだぞ‥‥」
「気持ちはわかる。しかし、能力者となった経緯はともかく、彼らは傭兵、一人前の戦士だ」
 ヴァージニアの建前をブラウンが砕く。それは紛れも無い正論だった。しかし。
「断る」
 一言。ヴァージニアはその正論を拒絶する。ブラウンはソファーに身を沈めたまま、ヴァージニアを見上げている。
「報告書にはこうある。宿主が絶命すれば擬似臓器の球体は活動を止める、と」
 ヴァージニアが、深く息を吸う。
「それなら、普通の軍人でも、私のような半端者でも対処出来る筈だ。傭兵達は本命だけを叩けばいい」
 自分は決して引き下がらない。その証としてヴァージニアが放つのは、殺気すら含んだ視線だった。
(頑固者め)
 脳裏に浮かぶ現役時代を懐かしみながら、ブラウンは少し嬉しそうにその視線を受け止めた。


 数日後、ヴァージニア・E・グリーンに率いられた歩兵部隊4名が、死人の森へと出発した。


●某所にて
 暗く、薬品の臭いが漂う部屋で、短髪の少年が作業台に座っている。
「なぁ。あの内臓キメラ、回収しなくていいのかよ。傭兵連中が動いちまったぜ?」
 両手の中指をに嵌めた試験管を、カチカチとぶつけて遊びながら、目の前の男に問い掛ける。
「構いませんよ、データはもう揃いました」
 白衣を纏った壮年の男が、少年を一瞥する。その口元には薄い笑みが張り付いていた。
「いいのかよー。カッシングのじっちゃんにも好評だったんだろ?」
 少年が頬をぷくーっと膨らませる。
「製作者である教授が次のステップを求めていない以上、私が動く必要はありませんよ。
 それとも、気に入ったのですか? あのキメラが」
 白衣の男に言われ、少年が顔をしかめる。
「なーんでだよー。大嫌いだ、あんな気持ち悪いの」
「なら、大人しくしていなさい。教授は今、とてもお忙しい身なのです」
 窘められ、少年が文句を言いながら部屋を出る。

 カチリ。

 放り出された試験管が、作業台の上で音をたてた。

●参加者一覧

カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
蛇穴・シュウ(ga8426
20歳・♀・DF
芹架・セロリ(ga8801
15歳・♀・AA
羽衣・パフェリカ・新井(gb1850
10歳・♀・ER
イレーヌ・キュヴィエ(gb2882
18歳・♀・ST
リリィ・スノー(gb2996
14歳・♀・JG
彩倉 能主(gb3618
16歳・♀・DG

●リプレイ本文

 夕暮れに染まる木々の影。
 愛し子の元へ帰る親鳥の声も、この森では聞こえない。
 ただ、木の根と同じ高さから、ほー、ほー、と音がする。
「10時の方角に目標発見。接近するぞ」
 迷彩服に身を包んだ壮年の兵士が呟く。ヴァージニア・グリーン(gz0151)が肩に掛けた軍服を地面に落とした。
「いや、撤退だ。直に傭兵達が到着する。合流してくれ」
 遠くから、地鳴りが聞こえる。気が付いた兵士達が、即座に踵を返した。
「ヴァージ! お前はどうするんだ!?」
「時間を稼ぐ。行け!」
 ヴァージニアの全身が変異を始め、羽毛に包まれる。
(釣り出すまでは成功か‥‥。しかし、読み違えたな)
 地鳴りが近づいてくる。その速度は、ヴァージニアの予想を遥かに上回っていた。





「ハイ、こちら傭兵隊。増援に来たから早い所合流しようね」
 龍深城・我斬(ga8283)が、ジープに積まれた無線機を使って先発隊に呼びかける。
 車道で町に入った傭兵達は何度も通信を試みていたが、一向に返事は無い。
(通信拒否なんて事は無いよなぁ‥‥)
 合流が拒まれる事を危惧した我斬は、出発前に部隊の指揮権を要求していた。しかし、許可は下りていない。
「俺は助けられる人は何が何でも助けたい、それだけなんだけどな‥‥」
 呟く我斬の隣では、イレーヌ・キュヴィエ(gb2882)が荒れ果てた町の様子を眺めていた。
 避難した町民達は、今後どうするのだろう。
 助けを求める声を無視し、身を潜め続けた数日間。人々が心に受けた傷は深く、この町はその傷をこじ開ける。
(帰りたいと‥‥思うのかしら)
 考えても答えは出ない。イレーヌが思いに耽っていると、見覚えのある役場が近づいてきた。
「龍深城様、この辺りが町の中央です。もう一度呼び‥‥」
 周囲を注視していた羽衣・パフェリカ・新井(gb1850)が我斬に声を掛けた時だった。
『こちらヴァージニア隊のグレッグ軍曹。現在北東の森を町へ向って逃走中。応援を頼む』
 パフェの言葉を遮り、無線から救援要求が聞こえてくる。
 2台のジープと、彩倉 能主(gb3618)のリンドヴルムがアクセルを効かせて一気に加速する。
 傭兵達は、夕闇に沈む森へと向っていった。


 芹架・セロリ(ga8801)が駆ける。
 踏みしめた木の根が砕け、生い茂る草が顔に当たる。それでもスピードは緩まない。
「位置が判らないのは、痛いですね」
 セロリの後ろをカルマ・シュタット(ga6302)が走る。方角は判ったものの、正確さに欠ける情報だ。
「私達も先発隊も走ってる、というのが何とも」
 セロリとカルマを追いながら、蛇穴・シュウ(ga8426)がぼやく。
 発信機でもあれば楽だが、その手の機器は渡されていない。逃走中の先発隊と、シュウ達がすれ違う可能性は高かった。
「前に何か居やがる。寄生キメラか?」
 覚醒し、男性の口調に変化したセロリの声に、カルマが懐中電灯を向ける。
 前方の闇が晴れ、血溜りの上で触手を躍らせる、1メートル近い肉塊が現れた。
 寄生された人体部分は、傭兵達の角度からは見えない。先発隊の話では、カルマ達の進路上に3体の『移動しないキメラ』が居るはずだった。
「避けましょう。相手をしている時間が惜しいです」
 シュウの提案に、2人が頷く。
 寄生キメラが伸ばしてきた触手を切り払い。3人は奥へと進む。
 すれ違い様に、弾け飛んだ頭蓋が見えた。

「セロリさんから通信です。1体の寄生キメラを発見‥‥。無力化はしていないそうです」
 リリィ・スノー(gb2996)が無線機を片手に、後ろを走るイレーヌ達に呼びかける。
「先発隊は?」
 返答は前からだった。リンドヴルムを装着した能主が、その装甲で道を馴らしながら進んでいる。
「まだ合流できてないみたいです‥‥。すれ違ったかも、って」
 このまま進むと、自分達もすれ違う可能性がある。
「私達が合流するしかありませんね。安全を確認しないと動き辛いです」
 森を抜ければ多少は安全かもしれない。が、絶対ではない。全力で走っているにも関わらず、疲れたそぶりを見せずにパフェが言う。
「地図、を」
 軽く息を乱しながら言ったのはイレーヌだった。
「先発隊の地図には、発見した寄生キメラの位置が、書いてあるはず。それを基準にすれば、お互いの位置関係が、わかるんじゃないかしら」
 なるほど、と最後尾を走っていた我斬が頷く。無線を使い、先発隊へ呼びかける。
 数回のやりとりを経て、我斬が他の4人と呼び止める。
「カルマ達のスピードを考えると、どうやら直ぐ近くみたいだ。一旦合流しちゃおう」
 森の屋根から覗く星空へ向けて、我斬が照明弾を打ち上げた。


 正面より少し右手から、木のなぎ倒される音が聞こえる。立ち並ぶ幹の奥に、巻き上がる土煙が見えた。
「あれですね」
 警戒を強めながらも、シュウは速度を上げる。
 森を抜けた彼女達が見たのは、沢山の触手に絡め取られたヴァージニアと、彼女を食いちぎろうとする蛭キメラだった。
 無数の臓器によって編み上げられた、異形の怪物。7m以上ある身体の前半分が持ち上げ、先端の大きな口を開けている。
「拙いっ!」
 走り抜ける、間にあわない。銃撃する、ヴァージニアを巻き込む。ならば‥‥。
 瞬時に判断を下したのはカルマだった。咄嗟にセリアティスを手に取り、蛭キメラの大口を目掛けて投擲する。
 純白の槍が蛭キメラの口を縫いとめる。側面から皮膚を貫き、逆側の牙に突き刺さった。
 突然の攻撃に、ヴァージニアを絡めた触手の動きが止まる。その隙を突いて、駆け寄ったシュウの蛍火が断ち切った。
 落下するヴァージニアをそのままに、シュウは触手の切断面を注視する。
(再生はしない‥‥それなら)
 シュウの口元が釣りあがる。それなら、後は切り刻むだけだ。
「シュウっ!」
 セロリの声と同時に、シュウ目掛けて数本の触手が飛び掛ってくる。
 バックステップで避わしたシュウを追い、触手の軌道が変化する。瞬間、それらの触手が弾け飛んだ。
 2本の銃身から煙が昇る。セロリとカルマは、シュウの無事を確認すると、即座に銃口を蛭キメラに向ける。
「ヴァージニアさんをお願いします」
 カルマの指示にシュウが従う。視線を蛭キメラから外さぬまま、シュウがヴァージニアに絡まった触手を引き剥がす。そのまま抱え上げ、触手の射程範囲から退いた。
「他の皆さんの到着まで粘るしか‥‥無さそうですね」
 迫リ来る触手を射ち抜きながら、カルマが言う。
 かなりの数の触手を迎え撃つも、その数は依然として多い。相手の手数が多すぎるため、防戦になっているからだ。
「根元を打ち抜ければ楽なんだが」
 セロリが舌打ちする。相手の攻撃を防ぎながら、触手の付け根を狙撃するのは至難の業だ。

 ほー。と、笛の音が聞こえたのはその時だった。


 胸元のライトが、踏み砕かれた木の根を照らす。
 合流した兵士達にペースを合わせながら、能主はセロリ達の足跡を辿っていた。
(間にあって‥‥)
 徐々に大きくなる戦闘音が能主の焦燥を掻き立てる。
 隊列を乱さないよう、一定の速度を保ちながら。そして、森を抜けた。
(見えた!)
 蛭キメラが、折れた大木に触手を絡め、先行班の3人に振り下ろしている。蛭キメラの注意が自分達に無い事を瞬時に悟り、能主が一気に間合いを詰めた。
「迫鷲弾ァッ!!」
 能主の錬力を吸い上げて、リンドヴルムの装甲に弧電が疾る。渾身で振るわれたセリアティスが蛭キメラの側面を殴打する。
 巨大な蛭キメラの全身が吹き飛ぶ。大木を絡めていた触手が緩まり、その得物を取り落とした。
 蛭キメラの攻撃が止まり、ヴァージニアを背負ったカルマが、イレーヌとパフェの元へと走りこむ。
「治療をお願いします」
 イレーヌが頷き、練成治療を始める。その隣を我斬が駆け抜けた。
「叩き潰すさ。お前みたいな奴は、ここで止めてみせる!」
 デヴァステイターを構え、体勢を立て直した蛭キメラに向けて引鉄を引く。蛭キメラの皮膚を弾丸が抉るが、その動きは衰えない。
 側面から攻撃され、蛭キメラが標的を我斬達に変える。十数本の触手を上空へと伸ばし、一斉に振り下ろした。
 兵士達の前に立ち、リリィがドローム製SMGを掃射する。パフェは超機械「トルネード」を機動させ、竜巻で触手を巻き上げる。
 弾丸と竜巻が、触手のカーテンに穴を空ける。傭兵達を外した触手が大地を殴打し、地響きと砂煙が起きた。
「ヴァージニアさんの治療が終わったら、少し下がっていてください!」
 蛭キメラの攻撃範囲が広すぎるため、兵士達やヴァージニアは足手まといでしかない。
 兵士達は構えていたライフルを下ろし、意識を失ったままのヴァージニアを持ち上げて戦域から離脱した。
「私も下がります。彼等だけでは危険です」
 パフェが言いながら、イレーヌへ視線を送る。
「解った。援護は私がするよ」
 イレーヌが蛭キメラに向けてスパークマシンαを構える。彼女の練成弱体と同時に、カルマと我斬が斬りかかった。


 蛭キメラが吹き飛ばされた時、シュウとセロリは彼等と対峙していた。
 垂れた頭からは意思を感じない。衣服は襤褸切れと成り果てて、身体に引っ掛っているだけに過ぎない。
 生きている。至る所に傷があり、今も血が流れている。寄生キメラに血液を送り込まれ、ただ活動を続けている。
 寄生キメラの人工臓器が大きく膨らみ、縮む。消化器官を経由して、無理矢理な呼吸が行われる。
 ほー、ほー。
 肉の楽器と化した人体が、枯れきった喉で歌う。誰か助けてと、届かない唄を強制される。
「是と言って信仰心は持って無いんだが‥‥因果応報と言う言葉を‥‥鉛玉と一緒にぶち込む必要があるみたいだな」
 セロリの眼光が、2体の寄生キメラの向こう側、触手を躍らせる蛭キメラに向けられる。
(‥‥‥‥)
 シュウの表情は清んでいた。
 バグアを憎み、嫌い、恨み。覚醒によって昂ぶりながらも、煙草を咥えるような自然さで蛍火を握る。
 ほー、ほー。
 二人が地を蹴る。触手がしなる。白刃が舞う。
「続きは俺たちが引き受けた。今度こそ良い夢を」
 セロリのショットガンが、一つの悪夢を終わらせ‥‥。
「そして願わくば安らかに」
 シュウの蛍火が、最後の幕を切り降ろした。


 白槍が返り血に染まる。
「すごい、すごい。これ、これッ」
 脈打つ管を引き剥がし、突き出た瘤を切開する。蛭キメラを攻撃するたびに、能主の口から感嘆の声がこぼれる。
 今貫いたのは肝臓に似ていた。銃創があるのは胃袋そのままだ。
「刻め、砕け、ぶっ散らばれ」
 執拗な攻撃を続けながらも、能主は惜しいと感じてしまう。
 これだけの生物を生み出す技術。これが医学に転用できれば、どれだけの人を幸せに出来るのだろう。
 しかし、目の前にあるのは純粋な災厄である。
 我斬のイアリスが赤光を纏う。
 飛び込み様に振り払った直刀が、蛭キメラの先端を切り落とす。突き刺さったままのセリアティスが、蛭キメラの頬肉と共に転がった。
 リリィのSMGが弾丸を吐き、リロードしてはまた吐き出す。触手の悉くを吹き飛ばされ、蛭キメラが移動と攻撃の手段を失った。
 イレーヌの放った電撃が肉を焦がす。巨大な身体が3度跳ね、やがて化物は動かなくなった。





 戦闘を終え、傭兵達は町の役場まで引き返した。
 受付のテーブルにうっすらと埃が積もり、割れた窓ガラスが冬風に揺られている。
 イレーヌが塗らしたタオルを絞り、ソファに寝かせたヴァージニアの顔を拭っていた。
「気が付いたみたいですね‥‥」
 白い肌についた血の跡が消える頃、ヴァージニアが意識を取り戻す。イレーヌがほっとした顔で呟いた。
 ヴァージニアが身体を起こし、すぐに倒れる。
「傷は治ったけど、血が足りてないから。まだ、動かない方がいいです」
 イレーヌが、ヴァージニアに毛布をかけ直す。
 二人の声を聞いて、テーブルのカルマとリリィが顔を上げた。
「お前達は‥‥?」
「依頼を受けた傭兵です。助けに来ましたよ、心優しい少尉さん」
 カルマが微笑みかける。ヴァージニアは納得したように目を閉じた。
「その様子だと、他の連中も無事なんだな‥‥」
 身体を横たえたまま、ヴァージニアが息を吐く。その言葉を聞いて、リリィが立ち上がった。
「無事なんだな、じゃありません。ヴァージニアさん、キメラを甘く見てませんか?」
 言い募られ、ヴァージニアがリリィを見つめる。その小さな糾弾者に、ヴァージニアは眉を顰めた。
「あなたは部下の皆さんを無意味に危険に晒しただけです」
「無意味、か」
 リリィの問いには答えず、ヴァージニアが天井を見上げる。確かに部下を危険に晒したが、彼らの行動は本当に無意味だったのだろうか?
 ソファの肘置きに手を掛けて、ヴァージニアが身体を起こす。リリィの赤い瞳と、ヴァージニアの青い瞳が、同じ高さに並んだ。
「すまなかった。そして、ありがとう」

「親の心子知らず、子の心親知らず、ですね」
 腕を組み、壁にもたれながら、能主はパフェに話し掛けていた。
「付き合わされた兵隊の皆様も災難です」
 パフェは、ヴァージニア達に目もくれず、兵士達の手当てに使った救急セットを整理している。
「自分達の力で戦おうって気持ち、好きですけどね」
 淡々と言うパフェに少し気後れしながら、能主が言う。見ると、ヴァージニアがリリィに頭を下げていた。
「みんな、少尉達を大事に思ってるから、言ってるんだと思うな」
 お説教を続けるリリィ達を見て、能主は少し嬉しそうに目を細めた。


 役場の外。積み上げられたバリケードに腰掛けて、シュウが夜明けの空を眺めていた。
「どうした、姉ちゃん」
 歩哨に立っていた壮年の兵士が、シュウの持つ煙草に気付いてライターを投げ渡す。
 どーも、と礼を言い、シュウが煙草に火をつける。
「納得いってない、って面だな」
「いやー。今回の作戦、ちょっと上手くないと思いまして」
 素人意見なんですけどねー、と付け足しながら、シュウが紫煙を吐く。ライターを投げ返すと、受け取った兵士がニヤリと笑った。
「キメラ相手に上手い作戦なんて無ぇさ。それに‥‥」
 何か言おうとして、止める。壮年の兵士はポケットから葉巻を取り出し、端を噛み千切って火をつけた。
「何とか生きてるし、煙が美味ぇ。それで十分だろ?」


 ジープの助手席からセロリが見たのは、道沿いに並んだ墓標だった。
「因果応報か、ボクにもいずれは鉛玉となって帰ってくるのでしょうね」
 硬い背もたれに身体を預け、ぽつりと零す。
「撃たれる覚悟も、人を撃つ覚悟も無しに戦争なんて出来ないさ」
 ハンドルを握りながら我斬が言う。セロリが顔を向けると、我斬は一瞬だけ視線をセロリに向けた。
「だから俺は最良の道を模索しつつ前に進む事を躊躇わん」
 前を見つめる我斬の言葉に、そうですね、とセロリが呟く。

 もう、墓は見えなくなっていた。