●リプレイ本文
夕暮れに染まる木々の影。
愛し子の元へ帰る親鳥の声も、この森では聞こえない。
ただ、木の根と同じ高さから、ほー、ほー、と音がする。
「10時の方角に目標発見。接近するぞ」
迷彩服に身を包んだ壮年の兵士が呟く。ヴァージニア・グリーン(gz0151)が肩に掛けた軍服を地面に落とした。
「いや、撤退だ。直に傭兵達が到着する。合流してくれ」
遠くから、地鳴りが聞こえる。気が付いた兵士達が、即座に踵を返した。
「ヴァージ! お前はどうするんだ!?」
「時間を稼ぐ。行け!」
ヴァージニアの全身が変異を始め、羽毛に包まれる。
(釣り出すまでは成功か‥‥。しかし、読み違えたな)
地鳴りが近づいてくる。その速度は、ヴァージニアの予想を遥かに上回っていた。
「ハイ、こちら傭兵隊。増援に来たから早い所合流しようね」
龍深城・我斬(
ga8283)が、ジープに積まれた無線機を使って先発隊に呼びかける。
車道で町に入った傭兵達は何度も通信を試みていたが、一向に返事は無い。
(通信拒否なんて事は無いよなぁ‥‥)
合流が拒まれる事を危惧した我斬は、出発前に部隊の指揮権を要求していた。しかし、許可は下りていない。
「俺は助けられる人は何が何でも助けたい、それだけなんだけどな‥‥」
呟く我斬の隣では、イレーヌ・キュヴィエ(
gb2882)が荒れ果てた町の様子を眺めていた。
避難した町民達は、今後どうするのだろう。
助けを求める声を無視し、身を潜め続けた数日間。人々が心に受けた傷は深く、この町はその傷をこじ開ける。
(帰りたいと‥‥思うのかしら)
考えても答えは出ない。イレーヌが思いに耽っていると、見覚えのある役場が近づいてきた。
「龍深城様、この辺りが町の中央です。もう一度呼び‥‥」
周囲を注視していた羽衣・パフェリカ・新井(
gb1850)が我斬に声を掛けた時だった。
『こちらヴァージニア隊のグレッグ軍曹。現在北東の森を町へ向って逃走中。応援を頼む』
パフェの言葉を遮り、無線から救援要求が聞こえてくる。
2台のジープと、彩倉 能主(
gb3618)のリンドヴルムがアクセルを効かせて一気に加速する。
傭兵達は、夕闇に沈む森へと向っていった。
芹架・セロリ(
ga8801)が駆ける。
踏みしめた木の根が砕け、生い茂る草が顔に当たる。それでもスピードは緩まない。
「位置が判らないのは、痛いですね」
セロリの後ろをカルマ・シュタット(
ga6302)が走る。方角は判ったものの、正確さに欠ける情報だ。
「私達も先発隊も走ってる、というのが何とも」
セロリとカルマを追いながら、蛇穴・シュウ(
ga8426)がぼやく。
発信機でもあれば楽だが、その手の機器は渡されていない。逃走中の先発隊と、シュウ達がすれ違う可能性は高かった。
「前に何か居やがる。寄生キメラか?」
覚醒し、男性の口調に変化したセロリの声に、カルマが懐中電灯を向ける。
前方の闇が晴れ、血溜りの上で触手を躍らせる、1メートル近い肉塊が現れた。
寄生された人体部分は、傭兵達の角度からは見えない。先発隊の話では、カルマ達の進路上に3体の『移動しないキメラ』が居るはずだった。
「避けましょう。相手をしている時間が惜しいです」
シュウの提案に、2人が頷く。
寄生キメラが伸ばしてきた触手を切り払い。3人は奥へと進む。
すれ違い様に、弾け飛んだ頭蓋が見えた。
「セロリさんから通信です。1体の寄生キメラを発見‥‥。無力化はしていないそうです」
リリィ・スノー(
gb2996)が無線機を片手に、後ろを走るイレーヌ達に呼びかける。
「先発隊は?」
返答は前からだった。リンドヴルムを装着した能主が、その装甲で道を馴らしながら進んでいる。
「まだ合流できてないみたいです‥‥。すれ違ったかも、って」
このまま進むと、自分達もすれ違う可能性がある。
「私達が合流するしかありませんね。安全を確認しないと動き辛いです」
森を抜ければ多少は安全かもしれない。が、絶対ではない。全力で走っているにも関わらず、疲れたそぶりを見せずにパフェが言う。
「地図、を」
軽く息を乱しながら言ったのはイレーヌだった。
「先発隊の地図には、発見した寄生キメラの位置が、書いてあるはず。それを基準にすれば、お互いの位置関係が、わかるんじゃないかしら」
なるほど、と最後尾を走っていた我斬が頷く。無線を使い、先発隊へ呼びかける。
数回のやりとりを経て、我斬が他の4人と呼び止める。
「カルマ達のスピードを考えると、どうやら直ぐ近くみたいだ。一旦合流しちゃおう」
森の屋根から覗く星空へ向けて、我斬が照明弾を打ち上げた。
正面より少し右手から、木のなぎ倒される音が聞こえる。立ち並ぶ幹の奥に、巻き上がる土煙が見えた。
「あれですね」
警戒を強めながらも、シュウは速度を上げる。
森を抜けた彼女達が見たのは、沢山の触手に絡め取られたヴァージニアと、彼女を食いちぎろうとする蛭キメラだった。
無数の臓器によって編み上げられた、異形の怪物。7m以上ある身体の前半分が持ち上げ、先端の大きな口を開けている。
「拙いっ!」
走り抜ける、間にあわない。銃撃する、ヴァージニアを巻き込む。ならば‥‥。
瞬時に判断を下したのはカルマだった。咄嗟にセリアティスを手に取り、蛭キメラの大口を目掛けて投擲する。
純白の槍が蛭キメラの口を縫いとめる。側面から皮膚を貫き、逆側の牙に突き刺さった。
突然の攻撃に、ヴァージニアを絡めた触手の動きが止まる。その隙を突いて、駆け寄ったシュウの蛍火が断ち切った。
落下するヴァージニアをそのままに、シュウは触手の切断面を注視する。
(再生はしない‥‥それなら)
シュウの口元が釣りあがる。それなら、後は切り刻むだけだ。
「シュウっ!」
セロリの声と同時に、シュウ目掛けて数本の触手が飛び掛ってくる。
バックステップで避わしたシュウを追い、触手の軌道が変化する。瞬間、それらの触手が弾け飛んだ。
2本の銃身から煙が昇る。セロリとカルマは、シュウの無事を確認すると、即座に銃口を蛭キメラに向ける。
「ヴァージニアさんをお願いします」
カルマの指示にシュウが従う。視線を蛭キメラから外さぬまま、シュウがヴァージニアに絡まった触手を引き剥がす。そのまま抱え上げ、触手の射程範囲から退いた。
「他の皆さんの到着まで粘るしか‥‥無さそうですね」
迫リ来る触手を射ち抜きながら、カルマが言う。
かなりの数の触手を迎え撃つも、その数は依然として多い。相手の手数が多すぎるため、防戦になっているからだ。
「根元を打ち抜ければ楽なんだが」
セロリが舌打ちする。相手の攻撃を防ぎながら、触手の付け根を狙撃するのは至難の業だ。
ほー。と、笛の音が聞こえたのはその時だった。
胸元のライトが、踏み砕かれた木の根を照らす。
合流した兵士達にペースを合わせながら、能主はセロリ達の足跡を辿っていた。
(間にあって‥‥)
徐々に大きくなる戦闘音が能主の焦燥を掻き立てる。
隊列を乱さないよう、一定の速度を保ちながら。そして、森を抜けた。
(見えた!)
蛭キメラが、折れた大木に触手を絡め、先行班の3人に振り下ろしている。蛭キメラの注意が自分達に無い事を瞬時に悟り、能主が一気に間合いを詰めた。
「迫鷲弾ァッ!!」
能主の錬力を吸い上げて、リンドヴルムの装甲に弧電が疾る。渾身で振るわれたセリアティスが蛭キメラの側面を殴打する。
巨大な蛭キメラの全身が吹き飛ぶ。大木を絡めていた触手が緩まり、その得物を取り落とした。
蛭キメラの攻撃が止まり、ヴァージニアを背負ったカルマが、イレーヌとパフェの元へと走りこむ。
「治療をお願いします」
イレーヌが頷き、練成治療を始める。その隣を我斬が駆け抜けた。
「叩き潰すさ。お前みたいな奴は、ここで止めてみせる!」
デヴァステイターを構え、体勢を立て直した蛭キメラに向けて引鉄を引く。蛭キメラの皮膚を弾丸が抉るが、その動きは衰えない。
側面から攻撃され、蛭キメラが標的を我斬達に変える。十数本の触手を上空へと伸ばし、一斉に振り下ろした。
兵士達の前に立ち、リリィがドローム製SMGを掃射する。パフェは超機械「トルネード」を機動させ、竜巻で触手を巻き上げる。
弾丸と竜巻が、触手のカーテンに穴を空ける。傭兵達を外した触手が大地を殴打し、地響きと砂煙が起きた。
「ヴァージニアさんの治療が終わったら、少し下がっていてください!」
蛭キメラの攻撃範囲が広すぎるため、兵士達やヴァージニアは足手まといでしかない。
兵士達は構えていたライフルを下ろし、意識を失ったままのヴァージニアを持ち上げて戦域から離脱した。
「私も下がります。彼等だけでは危険です」
パフェが言いながら、イレーヌへ視線を送る。
「解った。援護は私がするよ」
イレーヌが蛭キメラに向けてスパークマシンαを構える。彼女の練成弱体と同時に、カルマと我斬が斬りかかった。
蛭キメラが吹き飛ばされた時、シュウとセロリは彼等と対峙していた。
垂れた頭からは意思を感じない。衣服は襤褸切れと成り果てて、身体に引っ掛っているだけに過ぎない。
生きている。至る所に傷があり、今も血が流れている。寄生キメラに血液を送り込まれ、ただ活動を続けている。
寄生キメラの人工臓器が大きく膨らみ、縮む。消化器官を経由して、無理矢理な呼吸が行われる。
ほー、ほー。
肉の楽器と化した人体が、枯れきった喉で歌う。誰か助けてと、届かない唄を強制される。
「是と言って信仰心は持って無いんだが‥‥因果応報と言う言葉を‥‥鉛玉と一緒にぶち込む必要があるみたいだな」
セロリの眼光が、2体の寄生キメラの向こう側、触手を躍らせる蛭キメラに向けられる。
(‥‥‥‥)
シュウの表情は清んでいた。
バグアを憎み、嫌い、恨み。覚醒によって昂ぶりながらも、煙草を咥えるような自然さで蛍火を握る。
ほー、ほー。
二人が地を蹴る。触手がしなる。白刃が舞う。
「続きは俺たちが引き受けた。今度こそ良い夢を」
セロリのショットガンが、一つの悪夢を終わらせ‥‥。
「そして願わくば安らかに」
シュウの蛍火が、最後の幕を切り降ろした。
白槍が返り血に染まる。
「すごい、すごい。これ、これッ」
脈打つ管を引き剥がし、突き出た瘤を切開する。蛭キメラを攻撃するたびに、能主の口から感嘆の声がこぼれる。
今貫いたのは肝臓に似ていた。銃創があるのは胃袋そのままだ。
「刻め、砕け、ぶっ散らばれ」
執拗な攻撃を続けながらも、能主は惜しいと感じてしまう。
これだけの生物を生み出す技術。これが医学に転用できれば、どれだけの人を幸せに出来るのだろう。
しかし、目の前にあるのは純粋な災厄である。
我斬のイアリスが赤光を纏う。
飛び込み様に振り払った直刀が、蛭キメラの先端を切り落とす。突き刺さったままのセリアティスが、蛭キメラの頬肉と共に転がった。
リリィのSMGが弾丸を吐き、リロードしてはまた吐き出す。触手の悉くを吹き飛ばされ、蛭キメラが移動と攻撃の手段を失った。
イレーヌの放った電撃が肉を焦がす。巨大な身体が3度跳ね、やがて化物は動かなくなった。
戦闘を終え、傭兵達は町の役場まで引き返した。
受付のテーブルにうっすらと埃が積もり、割れた窓ガラスが冬風に揺られている。
イレーヌが塗らしたタオルを絞り、ソファに寝かせたヴァージニアの顔を拭っていた。
「気が付いたみたいですね‥‥」
白い肌についた血の跡が消える頃、ヴァージニアが意識を取り戻す。イレーヌがほっとした顔で呟いた。
ヴァージニアが身体を起こし、すぐに倒れる。
「傷は治ったけど、血が足りてないから。まだ、動かない方がいいです」
イレーヌが、ヴァージニアに毛布をかけ直す。
二人の声を聞いて、テーブルのカルマとリリィが顔を上げた。
「お前達は‥‥?」
「依頼を受けた傭兵です。助けに来ましたよ、心優しい少尉さん」
カルマが微笑みかける。ヴァージニアは納得したように目を閉じた。
「その様子だと、他の連中も無事なんだな‥‥」
身体を横たえたまま、ヴァージニアが息を吐く。その言葉を聞いて、リリィが立ち上がった。
「無事なんだな、じゃありません。ヴァージニアさん、キメラを甘く見てませんか?」
言い募られ、ヴァージニアがリリィを見つめる。その小さな糾弾者に、ヴァージニアは眉を顰めた。
「あなたは部下の皆さんを無意味に危険に晒しただけです」
「無意味、か」
リリィの問いには答えず、ヴァージニアが天井を見上げる。確かに部下を危険に晒したが、彼らの行動は本当に無意味だったのだろうか?
ソファの肘置きに手を掛けて、ヴァージニアが身体を起こす。リリィの赤い瞳と、ヴァージニアの青い瞳が、同じ高さに並んだ。
「すまなかった。そして、ありがとう」
「親の心子知らず、子の心親知らず、ですね」
腕を組み、壁にもたれながら、能主はパフェに話し掛けていた。
「付き合わされた兵隊の皆様も災難です」
パフェは、ヴァージニア達に目もくれず、兵士達の手当てに使った救急セットを整理している。
「自分達の力で戦おうって気持ち、好きですけどね」
淡々と言うパフェに少し気後れしながら、能主が言う。見ると、ヴァージニアがリリィに頭を下げていた。
「みんな、少尉達を大事に思ってるから、言ってるんだと思うな」
お説教を続けるリリィ達を見て、能主は少し嬉しそうに目を細めた。
役場の外。積み上げられたバリケードに腰掛けて、シュウが夜明けの空を眺めていた。
「どうした、姉ちゃん」
歩哨に立っていた壮年の兵士が、シュウの持つ煙草に気付いてライターを投げ渡す。
どーも、と礼を言い、シュウが煙草に火をつける。
「納得いってない、って面だな」
「いやー。今回の作戦、ちょっと上手くないと思いまして」
素人意見なんですけどねー、と付け足しながら、シュウが紫煙を吐く。ライターを投げ返すと、受け取った兵士がニヤリと笑った。
「キメラ相手に上手い作戦なんて無ぇさ。それに‥‥」
何か言おうとして、止める。壮年の兵士はポケットから葉巻を取り出し、端を噛み千切って火をつけた。
「何とか生きてるし、煙が美味ぇ。それで十分だろ?」
ジープの助手席からセロリが見たのは、道沿いに並んだ墓標だった。
「因果応報か、ボクにもいずれは鉛玉となって帰ってくるのでしょうね」
硬い背もたれに身体を預け、ぽつりと零す。
「撃たれる覚悟も、人を撃つ覚悟も無しに戦争なんて出来ないさ」
ハンドルを握りながら我斬が言う。セロリが顔を向けると、我斬は一瞬だけ視線をセロリに向けた。
「だから俺は最良の道を模索しつつ前に進む事を躊躇わん」
前を見つめる我斬の言葉に、そうですね、とセロリが呟く。
もう、墓は見えなくなっていた。