●リプレイ本文
リヨンにあるヴィレール運送の倉庫。運転手達が保存食や雑貨の入った段ボールを運んでいる。
「物資の手配、礼を言う」
アルヴァイム(
ga5051)が、傍らのニネット・ブローリ(gz0117)に目礼する。
「今回は手配しましたけど‥‥。特別、ですからね」
ビトリアへ差し入れをしたい。アルヴァイムの申し出にニネットは頭を悩ませた。
依頼とは無関係な行動だが、ドライバー達の賛同が決定打となり、報酬からの天引きという形で物資の手配が行われた。
軍のコンテナを無断で開ける訳にも行かず、荷物はトレーラーの仮眠スペースに積み込まれている。
そんなコンテナも、外装への工夫をする事は問題ない。
クレーン用のフックを利用して、熊谷真帆(
ga3826)がロープをコンテナに結び付けている。真帆が持ち込んだテント用のロープは勿体無いため、社の備品が提供された。
「時任さん、そちらはどうですか?」
別のコンテナの上で、時任 絃也(
ga0983)がロープの強度を確認している。覚醒してロープを引くが、手応えに不安は感じない。
「完了だ。これなら戦闘にも耐えられるだろう」
真帆に答えながら、覚醒を解く。練力は少しでも温存しておきたかった。
「始めまして、カンパネラ学生の鬼道と申します。若輩者ですがどうぞ宜しくお願いいたします」
鬼道・麗那(
gb1939)が頭を下げる。その優雅なお辞儀は南雲 莞爾(
ga4272)に向けられていた。
「宜しく頼む‥‥」
莞爾は動作確認を終えた無線のスイッチを切り、麗那に手渡す。ヴィレール社が用意した、長距離通信が可能な無線機だ。
「何か有れば駆けつけます。お気をつけて」
無線を受け取り、麗那が莞爾を見つめる。その新緑の瞳に軽く笑みを返し、莞爾はパートナーの下へと歩いていった。
「レイヴァーさん、此方でしたか」
綾野 断真(
ga6621)が声を掛けたのは、レイヴァー(
gb0805)がコインを弾き上げた瞬間だった。
「断真さん。お久しぶり」
断真の視線がコインを追う。レイヴァーが受け止めるのを待ち、弁当箱を差し出した。
「ニネットさんからです。‥‥特製らしいですよ?」
断真の言葉に、レイヴァーの頬を冷や汗が伝う。打ち合わせの際、気軽にした了解をレイヴァーは少し後悔する。
「ニネットさんのお弁当は、味は悪くないんですよね。食材さえ気にしなければ美味しく頂けるでしょう」
もう一つの弁当箱、自分の昼食を見ながら断真が苦笑する。
レイヴァーが右手を確認すると、白銀のコインが背中を向けていた。
「初日から襲われるなんて、明日は大丈夫なんでしょうか‥‥」
ヴィレール運送、ボルドー支社の宿泊施設。安物のソファに座り、ドッグ・ラブラード(
gb2486)が一日のレポートを纏めている。
リヨンを出発した傭兵達は、道中でキメラの襲撃を受けていた。フランス国内での遭遇に驚きを感じつつも、接近される前に撃退している。
「ったく。何が治安はいい、だ。このヤマ、漏れてんじゃねぇだろうな‥‥」
ドッグの向かい側で、OZ(
ga4015)がその痩身をソファに沈め、ブツブツと呟いている。そんなOZの頭上から、鼻に掛かった声が聞こえてきた。
「嬉しそうにライフルを乱射していたと聞いたが。きみ 、キメラを歓迎してたんじゃないのかい?」
フェリックス(
gb3577)が手で仮面を押さえながらOZを見下ろしている。
ドッグが交戦時のOZを思い返し、あぁ、と納得する。当のOZはニヤニヤと笑っていた。
「へへ、野郎ばっかりに囲まれてちゃ色々溜ま‥‥っと、そうだ。ジルを知らねぇか?」
OZが思い出したように立ち上がる。回りを見渡すが、ジルの姿は見えない。
「ジルさんならUPCと本社に連絡しに行きましたけど。何か用が?」
「ジルに通訳させて、おねーさんでも引っ掛けようと思ってよ」
「仕事中だぞ‥‥。何を考えてるんだきみは」
満面の笑顔で答えるOZに、フェリックスが大げさにため息をつく。
「いーじゃねーかよー。そだ、ナンならお前らも一緒に来ねぇ?」
「んな!?」
OZの提案に、フェリックスが壁際まで後退る。
「すまないがわた‥‥僕は覚醒すると見るに堪えなくてね。き、きみの力には成れないと思う」
ずれた仮面を直し、では、とフェリックスが歩み去る。残されたOZが呆然としながらドッグに向き直ると、既にソファには誰の姿も無かった。
「わわわわわ私もレポートがありますのでっ!」
玄関からドッグの声だけが聞こえてくる。
「何なんだ、あいつ等‥‥」
OZがテーブルに目をやると、書きかけのレポートが散乱していた。
毎朝続けられるドッグの祈りが届いたのか、一行は何事も無くピレネー山脈を通過した。
「こちら鬼道、全車の渡河を確認しました。合流しますので、トレーラーを2列縦隊に戻してください」
麗那は停止させたリンドヴルムの上で、左手に聳え立つ、純白の稜線を見上げる。
『了解した。速やかに合流してくれ』
無線機から、絃也の声に混じって風の音が聞こえてくる。橋を渡る前に、コンテナの上に移動したからだ。
山脈を迂回するルートを取ったとは言え、山には多数のキメラが潜んでいるだろう。強い海風を受けながら、絃也や真帆はコンテナ上での警備を続けるのだろう。
(出来れば観光で来たかったですが、平和を勝ち取るまでお預けです)
真帆の言葉を思い出しながら、麗那はグローブを嵌めなおす。排気音を残し、リンドヴルムが橋を渡り始めた。
「少し先行しすぎたか?」
双眼鏡を片手に莞爾が呟く。フェリックスと共に斥候に出た二人は、既にビトリアに到着していた。
先行の目安として、フェリックスが提示したのは1時間。調査や警戒を行うため、トレーラーとの距離はまちまちだったが、平均して40km先を走行していた。
キメラへの警戒としては些か遠すぎる。結果として、フランス領内での野良キメラの奇襲を許してしまった。
しかし、車道の状態を確認するには十分で、キメラの大群やゴーレム・ヘルメットワームの行軍を回避するには、必要な距離と言えた。
「トレーラーが着くまで、20分ぐらいかな。念のため、折り返そう」
フェリックスが速度を落とし、リンドヴルムを対向車線にターンさせる。周囲には崩壊した建物や、草原の焼け跡が広がっているが、道路は修復されており、トレーラーの走行には問題無さそうだった。
そんな時、莞爾の腰に縛り付けられた無線機に通信が入る。
『こちらアルヴァイム。4体の獅子型キメラと遭遇し、応戦中だ』
「了解、急行する」
莞爾が通信を終えると、リンドヴルムが加速する。斥候は、元来た道を引き返した。
前方の護衛班や、先頭の車両に乗った絃也によって、キメラの接近は阻止された。
「猛獣使いに喧嘩を売るとはいい度胸ですね!」
減速しつつも、併走してくるキメラに向けて、コンテナ上の真帆がスコーピオンを乱射する。
足元への射撃で牽制すると、キメラの接近が止まる。
胴体を狙うと、ダメージの代わりに距離が縮まる。
足止めに専念すべき。真帆がそう判断したとき、車道から飛び出した後方の護衛班の援護射撃が加わった。
「こういうケースだと、止まって貰うのが定石でしょう」
断真のライフルが火を噴き、キメラの膝関節が弾け飛ぶ。
「‥‥‥‥」
右手でハンドルを操り、左手に小銃を構え、レイヴァーがアクセルを踏む。キメラを射程に収めて発砲しながらも、彼は別の事を考えていた。
「ジルさん‥‥どうします?」
レイヴァーが見据えるのは、遥か前方‥‥とは言えない程に近づいた、ビトリアの町並。ここでキメラを引き離せば、トレーラーの代わりに襲われるのは、町の復興に従事する人々だ。
バッグミラー越しに見えるジルが、一瞬戸惑いの色を浮かべる。が、それは直ぐに決意へと変わる。レイヴァーが安心してキメラに視線を戻すと、無線機のスイッチを入れる音が聞こえてきた。
「私達が届けるのは荷物だけで十分です。キメラはここで倒しましょう。依頼主としての‥‥お願いです」
ジルの言葉に頬を緩め、断真がライフルをリロードする。
「練力は温存したい所ですが、一般人が襲われては、美味しいお酒も飲めませんね。此処でご退場願いましょう」
断真が、急接近してきたキメラの脚に鉛弾を打ち込み転倒させる。
「でしたら、私達もお供します」
レイヴァーが横を向くと、麗那と、コンテナからリンドヴルムに飛び移った真帆が、ジーザリオに並んでいた。
『話は了解した。手早くな』
絃也の通信を聞き、4つの銃口がキメラの脚へと向けられる。獅子の疾走を阻み、5人は想定外の殲滅戦を始めるのだった。
薪が爆ぜ、炎が揺れる。
都市基盤を破壊されたビトリアの夜は暗く、電灯が灯された家屋は少ない。
「我々の未来に幸有らんことを」
星空を見上げながら、ドッグが呟く。毎朝の祈りの言葉、その『我々』は何を指しているのだろう。
夕暮れ刻に、少しだけ言葉を交わした子供達の笑顔を思い出す。彼等の未来にドッグが贈れるのは、ささやかなプレゼントだけだ。
「交代だ」
掛けられた声に振り向く。そこには、暗視スコープを片手に提げたアルヴァイムが立っていた。
「お疲れ様です!」
ドッグが挨拶すると、アルヴァイムは頷きながら口元に指を当てる。夜更けには少し元気の良すぎる声だった。
「あの‥‥良かったですね。喜んでもらえて」
「あぁ。そうだな」
ボリュームを下げたドッグに、アルヴァイムは苦笑を返す。彼の夕暮れ刻は、ドッグとは違う色をしていた。
物資を受け取り、礼を述べる代表者の目には、二つの感情が浮かんでいた。支援を受けた喜びと感謝、そして大きな荷物を持ち込まれた不安である。
バグアからすれば、攻撃対象に成り得る軍事物資。ヘルメットワームを呼び寄せかねない大荷物は、ビトリアの人々にとっては恐怖の対象でしかない。
そんな感情を察し、アルヴァイムは郊外付近での宿泊と、能力者による夜警を提案した。人々への負担を和らげたかったからだ。
「ドッグさん、もう休んだ方がいいですよ」
焚き火を背に沈黙する二人に向けて、レイヴァーが声をかける。彼もまた、ビトリアの街並を眺めるうちに、人々の視線に気付いていた。
「破壊なんて所詮、変わり続ける‥‥世に在り続ける輝きには敵うべくも無い」
しかし、破壊の炎が落とした影は、今もこの町に染み付いている。
再び薪が爆ぜる。歩哨へと向うアルヴァイムの影が、赤い炎に揺らされていた。
レオン基地を発ち、ポルトを目指す途中。道路の脇で乗用車が横転し、周辺に被害者の身体が散らばっていた。
「どうやらこの道には何か潜んでるみたいだ。回避した方がいいと思う」
まずトレーラーに連絡し、ルートの変更を提案しよう。新しいルートを選別し、その偵察を行う。
スケジュールを組み始めたフェリックスを呼び止めたのは、路面を調べていた莞爾の声だった。
「戻るぞ。急いだ方がいい」
道路に残された跡はキメラの爪でも、牙でもない。物体が高速で激突した陥没跡に、周囲に残された金属片。
路面に足跡は無く。ただ、立去った狙撃主を物語っていた。
絃也が取り乱さなかったのは、予め『自分には打つ手が無い』と覚悟していたからだ。
絃也が誰よりも早くそれに気付いたのは、打つ手が無いからこそ、警戒に全力を注いでいたからだ。
車道を挟む森の中から、一本の鉄柱が突き出されている。
一流のスナイパーが扱うライフルの銃身とは違う、ヘルメットワームに取り付けられた砲身とも違う、歪な円柱。
「左方11時っ!」
無線を手にとる時間すら惜しい。絃也はありったけの声量で、『打つ手を持っている奴ら』に敵襲を伝える。
反応は一瞬だった。
アルヴァイムがSMGを、OZがアサルトライフルを構える。
銃身よりも素早く反応した眼球は、覚醒と同時にその精度を増し、森の中の敵を捉える。
「炙り出せッ!」
「心得た」
OZの叫びと同時に、アルヴァイムが突き出された鉄柱の周辺に、弾を撒く。先制攻撃に驚いたキメラが、潜伏を諦めて木の間から飛び出した。
飛び出したキメラの腹部を、OZの狙撃が打ち抜く。しかし、飛び出したのは1体だけではなかった。
3体の巨大な狼を機械が侵食している。蒼い毛皮は、その背中から灰色の金属に変化し、そこから一本の銃身が生えている。
異形の生命体の、更に1つ上の異形。バグアの技術と、邪道な知識の融合体だった。
キメラの銃身を見て、アルヴァイムが胴体目掛けてSMGを乱射する。遠距離攻撃が可能な相手に、足止めは下策である。トレーラーを守りたければ、攻撃を自分達に向けさせるしかなかった。
「ドッグ」
「判ってます!」
ドッグがハンドルを切る。車体を接近させると、キメラが砲身をジーザリオへと向けてきた。
漆黒に染まったOZの眼球が細く絞られ、その肘から先が疾る。アサルトライフルを手放し、ベルトに挟んだ小銃を抜く。
先手必勝。相手のモーションを読み、クイックドロウから放たれた弾丸が、キメラの砲身へと吸い込まれる。
「チョロいぜ」
OZの嘲笑と同時に、キメラの背が爆発した。
飛び散る仲間の胴体を避けたキメラに、アルヴァイムが銃弾を集中させる。額、頬、肩、前脚。身体中に風穴を通され、二体目のキメラが倒れる。
そして、ガラスの割れる音が響いた。
「しまった!」
ドッグが振返る。最後のキメラが、方向を転換してトレーラーを銃撃していた。
食料を積んだ、先頭のトレーラーのボディが歪み、運転席前のガラスが砕け散る。
「野郎っ」
OZが銃口を向ける。だが、S−01の銃声はトレーラーの運転席から聞こえてきた。
運転席から伸びた太い腕の先、握られた小銃がキメラの眉間に狙いを合わせている。一番危険なポジションが運転席だと判断した絃也が、運転を交代していたのだ。
引き金が絞られ、キメラの頭が爆ぜる。そこへ、真帆がコンテナの上から銃弾の雨を降らせた。
「時任さん! 大丈夫ですか?」
命綱を握り締め、真帆が運転席を覗き込む。額から血を流した絃也が、ガラスの散らばったシートに背を預けていた。
「何とか」
大きく息を吐き、絃也はハンドルを握り直した。
「危険な道中だったでしょう。皆さんの協力に感謝します」
兵卒達が走り回る中、若い軍曹が傭兵達に向けて敬礼する。
トレーラーの一部を破損させるも、傭兵達は8基のコンテナを、ポルトまで送り届ける事に成功した。
ジルが納品書を手渡すと、軍曹は直ぐに踵を返した。
「慌しいですね。当然ですが‥‥」
断真が周囲を見渡す。作戦中の軍事基地だ。暇を持て余す人間は一人も居ない。
「此処からは生きる意志を持つ者達の戦いだ。俺達も、な」
莞爾の言葉に、傭兵達が頷いた。
兵士達の声に混じり、海鳴りが聞こえてくる。
この町の人々が、凱旋のワインを傾ける日はいつになるのだろう。