●リプレイ本文
「丘だ、っつー割には結構広いんだな。それに高ぇ」
虎・紅海(
ga8980)が地図を片手に呟く。見上げれば木々の隙間から、青い空が顔を出していた。
「他の山が高いですからね。基地で説明しました通り、崖や急な斜面はありません」
その分、平らな場所もありませんが。駐留地から傭兵達を案内してきたツァートが言った。
「高周波を出すキメラですか? 向こうも変わったのを用意したものです」
「犬笛の様な高周波とすると‥‥。今回のキメラは犬、もしくは狼の係累だろうか?」
篠崎 公司(
ga2413)と白鐘剣一郎(
ga0184)が意見を交換している。
篠崎も高周波を聞き取れる体質らしい。ブラウン管の作動音を聞き分ける事も可能だそうだ。
「虫じゃねーッスかね? わかんないッスけど」
アサルトライフルを肩に掛けたエスター(
ga0149)が、森の様子を観察している。
「私が聞いた鳴き声は獣のそれでした。虫では無いと思いますが」
ツァートが言うと、石動 小夜子(
ga0121)がほっと息を吐いた。虫は苦手らしい。
(小さいキメラとなると、注意深く探さないとならないわね)
森に入ると傭兵達は口を閉ざした。アズメリア・カンス(
ga8233)は足音に注意をしながら、キメラの痕跡を探す。自分達の音を殺すだけでなく、周囲の物音を聞くことも怠らない。ツァートから一定の距離を保ちながら、探索を進めていく。
南雲 莞爾(
ga4272)は樹上や茂みにも気を配っていた。キメラを探すだけでなく、足場の状態、木々の枝の高さや太さ、石や落ち葉の量を、一つずつ記憶に刻んでいく。周囲の状態をどれだけ把握しているかが、遭遇戦の結果を左右するからだ。
傭兵達は数十分の捜索で数匹のキメラを発見し、問題なく殲滅していた。
リスや猫科の小型キメラで、いずれも戦闘力の低い個体ばかりだった。
「さて、そろそろ散るとしようか」
周囲にキメラの気配が無いことを確認し、剣一郎が提案する。
索敵を担当しているA班の紅海、莞爾、小夜子が頷く。探索範囲を書き込んだ地図とトランシーバーを全員で確認しあい、傭兵達は行動の範囲を広げていった。
ハンドアックスが一閃する。紅海が跳躍し、キメラの登った枝を叩き切る。
「くったばれぇっ!」
落下して受身を取るキメラに追い打ちをかける。キメラが動かなくなると、紅海はトランシーバーを取り出した。
「こちら虎、5匹目撃破だ」
個別で行動するようになり、キメラとの遭遇頻度は上がっていた。臆病な小型キメラが多いため、集団で行動している間は姿を隠していたようだ。
「こちら白鐘。俺も4匹目を始末したところだ」
一瞬の加速では3名に劣る剣一郎だったが、発見したキメラを討ち漏らす事は無かった。
常に風向きを意識して行動し、発見したキメラに気づかれる前に一撃で抛っていく。
懸念していた犬科のキメラには出会わなかったが、油断する事無く歩みを進めていった。
蝉時雨と菖蒲を使い分け、小夜子は次々にキメラを倒していく。
「石動です。8匹目撃破、損傷なし。今のところ大物は見当たりませんが、矢張り数が多いですね」
瞬天速を駆使したそのスタイルは確実だった。問題はキメラが臆病過ぎるところだ。単独で動いているキメラを見つけても、一撃で仕留めなければ逃げられてしまう。
しかし、小夜子は徐々に減っていく錬力を把握しながらも、討ち漏らしを許すつもりは無かった。
逆に、錬力を温存していたのは莞爾だ。2匹目と戦闘した時点で見切りをつけ、急接近以外でのスキル使用を断っていた。
「こちら南雲。3匹目を発見した」
樹上のキメラを見上げ、小銃を構える。素早く照準をあわせトリガーを引くと、莞爾は疾走する。
命中した弾丸がキメラを吹き飛ばす。落下する先には、白刃が待ち受けていた。
「クリアだ」
あまりの小物に興味を失ったのか、莞爾は一言だけ報告を済ませると、次の目標を探し始めた。
大地を踏みしめる感触が変わっていく。しっとりとした土から、さらりと乾いた砂へ。
最初に森を抜けたのは小夜子だった。それまで目の前に延々と続いていた木々の網が、唐突に消える。
(いけない。進み過ぎました‥‥)
一人で森を抜けるわけには行かない。少し引き返すと、小夜子はA班に連絡をとった。
「石動です。ずいぶん進んでしまいました。岩肌の目の前まで来ています」
「後ろに居るぜ」
紅海が木の間から姿を現した。残りの二人も近くに居るようだ。
「一旦集合すんのか?」
そう言う紅海の腕には、幾つか裂傷がある。ハンドアックスを古木に立て掛け、傷の手当てをはじめた。
「それもいいのですが、少し困りましたね」
「ん? 何が?」
「B班と距離が開き過ぎています」
小夜子が表情を険しくする。発見したキメラが小物過ぎたのだ。撃退が容易かったため、一度も集合せずに探索を続けてしまった。
互いの距離に気が配れなかったのは失態だった。
剣一郎が自分のミスに気付いたのも同じ頃だった。
「護衛班、応答しろ。そちらの状況は?」
応答が無い。地図を取り出し、ツァートに案内を頼んだルートと自分の位置を確認する。全力で向かったとしても10分近くかかる。
(戻るか‥‥)
剣一郎が踵を返したとき、彼のトランシーバーに反応があった。
「斑鳩か?」
『ツァートです! 現在キメラの群れと交戦中。数は13!』
「ツァートさん、自分の側を離れないで下さい」
公司が長弓「鬼灯」に矢をつがえ、放つ。黙々と。彼我の距離を瞬時に把握し、最も脅威となる相手を打ち抜く。
深海を思わせるその目が見据えるのは、己に迫るキメラなのか。その表情からは何も読み取れない。
猫のようなフォルムの身体を鱗で覆った、自然界には有り得ない生命が、次々と飛び掛ってくる。
『ッギィイイイィィッ!!』
矢を受け、吹き飛んでいくキメラの声に、公司の目に濁りが浮かぶ。
「違う」
その呟きを聞き取れたのは班の前方でクルメタルP−38を構えていたアズメリアだけだった。
いつでも月読を抜刀できる姿勢を保ちながら、ツァートから離れないように位置取っている。
重量のある自動拳銃を操り、迫りくるキメラの額に穴を空ける。数が多い、まだ前に出るわけにはいかない。
冷静に、着実に、敵の戦力を削る。銃器ではスキルを使えない。焦りを意思で封殺し、マガジンを交換する。
「ツァート、白鐘に連絡してくれッス」
ツァートに向って叫びながら、エスターはアサルトライフルのサイトを覗き込む。
バースト射撃と照準変更を繰り返しながら、鋭角狙撃でキメラの四肢を打ち抜いていく。
公司とアズメリアのタイミングを見て、必要な場所へ弾を撒く。近距離に迫った個体には強弾撃を使用し、止めを刺す。
火力の低いB班ではあったが、その射程の長さと互いのフォローによって、効率的に戦闘を進めていた。
キメラとの距離は徐々に狭まり、傭兵の手傷も増えていたが、敵の数は半分まで減っている。
「白鐘さんと連絡がつきました。合流まで10分はかかるそうです」
通信を終えたツァートがハンドガンを構える。SESを搭載していない通常の火器ではキメラ相手に効果は無いが、軍人としての立場が、棒立ちを許さない。
「オッケーッス。この調子なら、戻ってもらう必要も無いッスね」
リロードしながら、エスターが応える。
「了解です。連絡しておきます」
ツァートが再度通信を試みる。残り、4匹。
アズメリアがそれに気づいたのは、優勢に気を緩めなかったからか。
「エスターさん! 右です!」
声に反応したエスターが銃身を右に向ける。迂回していたのか、2匹のキメラが飛び掛ってきた。狙いはエスターとツァート。
公司とアズメリアも反応するが、立ち木とツァートが邪魔で射線が確保できない。
「危ねーッス!!」
迎撃を断念したエスターが、ツァートに覆い被さる。牙をむいたキメラがエスターに迫る。
「エスターさん!」
その間に一つの影が飛び込んだ。斑鳩・八雲(
ga8672)だ。自身をキメラにぶつけ、1匹を弾き飛ばすが、もう1匹の牙が八雲の左肩に突き刺る。
痛みを堪えてキメラを引き剥がすと、もう1匹に投げつける。ダメージが大きく、八雲はそのまま意識を失ってしまう。
起き上がり、2匹のキメラが八雲に向けて再び牙を剥く。しかし、その脚が大地を蹴る事は無かった。
二閃。
アズメリアが抜き払った月詠によって、キメラは4つの肉片に変わる。戦闘中、ダークファイターに背を見せる。愚行のツケだった。
しかし、背を向けたのはアズメリアも同じだった。
「伏せるッス」
体勢を立て直したエスターが、ライフルをアズメリアに向ける。地に伏したアズメリアの向こうに見えたのは、先ほどと同じ2匹のキメラ。
だが、錬力は既に銃身に行き渡っている。同じ失敗は有り得ない。
「Rest in Peace!(安らかに、眠れ!)」
フルバーストで放たれた20発の弾丸がアズメリアの頭上を飛び越えていく。地に落ちた薬莢がぶつかり合い、硬い音を立てた。
「斑鳩!」
エスターが八雲に駆け寄る。息はある。
「すまねーッス‥‥」
救急セットを取り出し、エスターは八雲の手当てを始めた。
「大丈夫ですか?」
アズメリアがツァートを助け起こす。幸いツァートに怪我は無い。
心配そうに八雲を一瞥すると、アズメリアは周囲の警戒に戻った。
残りのキメラ2匹は公司が片付けていた。
公司は自らが射止めたキメラに近づくと、その身体を調べる。その目は依然青く、緊張は解けていない。
「どうしました?」
八雲の手当てを手伝いながら、ツァートが問いかける。
「白鐘さんには話したのですが、自分も高周波が聞こえる側の人間です」
覚醒を解き、公司は語り始める。
「犬笛は試した事はありませんが、ブラウン管の作動音は聞こえるんですよ」
「それが何か?」
今のキメラの鳴き声は、ツァートが聞いたものと同じだった。群れを潰した以上、依頼は完了したはずだ。
「先ほどの泣き声、ただの声でした。高周波は含まれていない」
トランシーバーを取り出し、公司はA班に通信を試みる。
『南雲だ。どうした?』
「篠崎です。皆さん、気をつけてください。そちらが本命です」
「‥‥だ、そうだ」
蝙蝠に気をつけろ、と公司は言う。
「外にはそれっぽいのは居ねぇしな? 入るしか無いんじゃねーの?」
双眼鏡を覗き込み、山肌を観察しながら紅海が言う。
A班の四人は森の中で集合し、最も近い洞窟の前に移動していた。唯一ライトを準備していた南雲を先頭に、全員が抜刀した臨戦態勢で洞窟に入る。
ツァートの説明の通り、洞窟の中に高低差は無く、天井までは3メートル程ある。長身の紅海や剣一郎でも楽に歩けた。
莞爾が歩みを止め、腰を落す。疾風脚を使用し、軽くステップを刻みながら呟いた。
「来るぞ」
四人の耳には何も聞こえなかった。空気の振動が、攻撃者の存在を知らせる。視界が揺れ、平衡感覚が狂う。
不意を突かれていれば、そうなったかもしれない。
しかし彼らは攻撃がある事を知っていた。常人では立っていられないその咆哮も、精神を集中させた能力者の抵抗力には効果が無かった。
暗がりから、体長30cm近い、蝙蝠のフォルムをしたキメラが飛び出してくる。その数は11匹。
不似合いな牙を剥き出しにし、莞爾目掛けて飛び込んでくる。
蝙蝠の聞こえぬ咆哮は、同時に物体の探知でもある。しかし、予め縦横無尽に位置を変えていた莞爾にはその探知も効果が薄い。
予測、準備、経験、そして信頼の成せる技か。
身を反らし、軸をずらし、横へ跳ね、或いは切り落とし、神がかった身のこなしで、莞爾は11匹の攻撃を全てを躱しながら、更に4匹を打ち落としていた。
討ち漏らしは7匹。しかし問題は無い。莞爾は自分の後ろに誰が居るのかを知っている。
金色の輝きを身に纏い、月読を青眼に構えたその男。
「天都神影流、白鐘剣一郎‥‥推して参る」
小さな命だとしても、キメラ相手に油断は無い。
「一匹も逃がさん。行くぞ!」
莞爾に攻撃した後のキメラ達はその速度を殺がれている。愛刀を振るう剣一郎の前に屍が積み重なる。
その覇気に圧されたのか、キメラ達が向きを変える。踏み込んだ剣一郎の斬撃でまた1つ屍が増える。
洞窟の奥に戻ろうとするキメラ達だったが、そこには莞爾が待ち受けている。
掃討劇が始まろうとしたとき、新しい羽音が聞こえてきた。
「後ろですって!?」
小夜子が振り返り、入り口から飛び込んでくる蝙蝠キメラを迎え撃つ。
(洞窟は3つ確認されています。たいした深さもありませんし、風も通っているのでガス溜まりの心配もありませんよ)
ツァートの言葉が脳裏をよぎる。仲間の声に呼ばれたのか、別の洞窟に隠れていたキメラが襲ってきたのだ。
森の探索で錬力を使っていた小夜子には、動きに莞爾程のキレが無い。飛び込んできた3匹を叩き落すも、その牙で負傷してしまう。
「んな、ろぅっ!」
十分な余力を持っている紅海が、小夜子に群がるキメラを獣突で弾き飛ばす。
しかし、一撃では倒しきれず、数の多いキメラ相手に細かな被創が増えていく。軽装の彼女には辛い状況だ。
「小夜子、抜けるぞ! 根性絞り出せよぉっ!」
荒い口調の紅海の意図を、小夜子は一瞬で理解する。錬力の残量が限界に近づくことを覚悟しながら、二人は瞬天速と瞬速縮地で洞窟から抜け出した。
即座に振り返り、武器を構える。洞窟内とは違い、外には十分な広さと明るさがある。飛び出すしか道のないキメラには、呼吸を合わせ武器を振るう二人の攻撃は耐え切れなかった。
数十分後、3つ目の洞窟から莞爾と剣一郎が出てきた。戦闘が行われた様子はない。
錬力が尽きた体で討ち漏らしの確認を訴える小夜子を押し止め、残り2つの洞窟の調査を行った二人だったが、キメラの姿は見当たらなかった。
残っていたキメラは、全て最初の洞窟に飛び込んできたようだった。
「これで基地のお二人とも、ゆっくりと休めますね」
安心したように小夜子が言う。
「これで少しは安眠出来るようになると良いな」
微笑を浮かべ、剣一郎が月読を鞘に収める。
傭兵達の戦いは終了したのだ。
駐留地に帰還した傭兵達を待っていたのは、軍人達の歓迎だった。
鳴き声による睡眠妨害だけではない。自分達の近くに、キメラが集まっている。そういった不安も彼らの負担となっていたのだ。
ツァートが上官に報告し、次いでロウドの安否を尋ねる。頭痛は未だ治まっては居ないが、医務室のベッドの上で「声は聞こえなくなった」と漏らしたらしい。
「傭兵諸君、ありがとう。これで我々も戦線の維持に全力を向けることが出来る」
「本当に、ありがとうございました」
上官の後ろにツァートが並ぶ、一斉に軍靴を鳴らし、軍人達は敬礼した。
軍人達に敬礼を返し、傭兵達は駐留地を後にするのだった。