●リプレイ本文
「いやー、こう見晴らしが良いとウキウキしますよねー。海サイコー。」
蛇穴・シュウ(
ga8426)が助手席ではしゃいでいる。開いた窓から手を伸ばす。指に挟まれたタバコから、紫煙が流れていく。
「あ左手に見えますのがー、レスボス島でございまっす♪」
「海は右だ」
風巻 美澄(
ga0932)が続く。咥えたタバコが揺れ、灰が舞う。あはははー、と誤魔化す蛇穴。持ち込んだカートンも、残りは六箱である。
「レスボス島にも行ってみたいですね。今はブルガリアが楽しみですが」
後部座席のレイヴァー(
gb0805)が、双眼鏡で周囲を見張りながら言う。
「観光でもして行きたいな。皆さん、ご一緒にどうです?
ニネットさんも、悩んでいるときはリフレッシュが必要ですよ」
隣に座っている依頼人のニネットに、レイヴァーが話し掛ける。いいですね、とニネットが応える。
傭兵達は道中、ニネットから相談を受けていた。
自分が預かっている少年に、エミタ適性の事を告げるべきだろうか。説明する時は俯いていたニネットだったが、蛇穴の明るさやレイヴァーの気遣いのおかげで、ずいぶんと気が楽になっていた。
「俺としては‥‥本人に決めさせるべきだと思いますね。子供というのは意外と、放っておいても育つものですよ」
ニネットの表情が穏やかになるのを確認し、レイヴァーは自分の意見を切り出した。
子供を導こうというエゴの欠点をレイヴァーは指摘する。
「不出来な親ほど子供を導きたがる物です。出来た親なら‥‥己が子の判断を信じられる」
ニネットは死んだ社長を思い出す。なるほど、彼なら自分の息子を信じただろう。
「16歳の誕生日を機に‥‥という事なら、一人前になったと言う節目なのですよね」
蛇穴が問い掛ける。ニネットが頷く。
「それなら尚更です。傭兵は仕事を選べますからね。運送業の手すきに、身近なキメラを倒すのも立派な能力者です」
蛇穴がタバコを口元に運ぶ。タバコの先端に赤い光が灯る。
「あとは、2代目の責任感が何処に向けられたものか、ですが‥‥さて」
煙を外に吹く。風が吹き、蛇穴の前髪が揺れる。ニネットの席からでは、蛇穴の表情は見えなかった。
「間違った方向に進むのは人間だからです。その間違いさえ見落とさなければいいんですよ」
レイヴァーが双眼鏡を置き、傍らのファングを装着する。
「少しお喋りが過ぎましたね。仕事です」
「狼っぽいのが二体、後からいらっしゃいだ。このまま応戦するぞ」
風巻が無線機で仲間に連絡する。
「ちょっと狙いにくいですね」
窓から蛇穴が身を乗り出すが、山側から現れたキメラはそのまま車の左側を走っている。助手席からでは牽制し辛い。
『任せな。足を止める』
無線機から声が聞こえる。
風巻のジーザリオの一つ前。トレーラーのコンテナ上に立っていたのはゴリ嶺汰(
gb0130)だった。
コートをはためかせ、翠澪の弓を構える。揺れと風圧でぶれる照準を抑え、あるいは読み抜き、矢を放つ。
二射。怒号と共に放った矢が、キメラに中る。体勢を崩しキメラが減速する。併走していたもう一体も速度を落した。
「でかした!」
ゴリが攻撃する間に、風巻が車をキメラの進路に割り込ませる。
射線が通ったため、蛇穴がキメラに向かって発砲する。数発がキメラに命中し、一体が転倒した。
「風巻さん、出ます。減速をお願いします」
機を見たレイヴァーが後部座席のドアを開き、言う。風巻がアクセルを緩める。
「実戦を間近で見るのもいいかもしれませんね。安心して下さい、守り通しますから」
ニネットに向かい微笑む。蛇穴がリロードするタイミングに合わせ、レイヴァーは車外に飛び出した。
「綾野さん、平坂さん、前方から左手に注意して下さい」
神無月 るな(
ga9580)が無線機で他の車両に連絡を入れる。後方から出現したキメラは速度を合わせて行動していた。群れなのかもしれない。
『ご名答ですね。左から来そうです』
平坂 桃香(
ga1831)の声が無線機から聞こえる。神無月が目を凝らすと、やや遠くに四体の狼キメラの姿が見えた。
「このまま走ってください。見晴らしのいいところまで進んで、そこで停車しましょう」
神無月が運転手に指示を出す。後方を見ると、風巻達とは少し離れている。平坂達に応戦して貰うしかなさそうだった。
「平坂さん、キメラと輸送車の間に入ります。揺れますよ」
秋月 祐介(
ga6378)がハンドルを切り、ファミラーゼのタイヤが砂を噛む。
減速を嫌い、アクセルを踏み込む。出来るならキメラ対応は風巻達に任せたかったのだが、連戦では仕方が無い。
平坂も小銃で牽制するが、左ハンドルの車種が災いする。
もたついている間にキメラに囲まれてしまう。しかし、これは平坂に有利に働いた。
平坂が、車の右側に入ったキメラを撃ち抜く。自分達を狙わせた時点で、平坂達の勝利だ。
左側のキメラに秋月がスパークマシンαを放つ。キメラ達が減速したのを見計らい。秋月は車を停めた。
平坂が車から飛び出すが、流石に隙が大きい。ニ体のキメラに噛み付かれ、押し倒される。更にキメラが一体回り込んでくる。
「平坂さん!」
運転席から降りた秋月が叫ぶ。助けに入りたいが、目の前にキメラが残っている。銃声が響いたのはその時だった。
綾野 断真(
ga6621)が、スタンディングのままライフルを構えている。狙撃眼で射程を伸ばし、影撃ちで命中精度を補う。
弾丸がキメラを吹き飛ばし、平坂が開放される。
次は秋月の前にいるキメラを狙う。命中を確認し、綾野はキメラに向かって走り出した。
秋月の練成治療で平坂の傷が癒えていく。治療を受けながらも、平坂は月詠を振るう。接近戦になった以上、彼女が暴れなければ秋月が狙われてしまうからだ。
治った傷が再び開く。痛みを押し殺しながら、味方の到着を待った。
永遠にも近い10秒間。平坂の受けた攻撃は十回を超える。
綾野とゴリが接近する間に、平坂は二体のキメラを抛っていた。
矢と弾丸が、残ったキメラを襲う。
最後の足掻きを見せようと立ち上がったキメラをロエティシアで切り裂き、ゴリが平坂に駆け寄った。
「無事、じゃあなさそうだな」
「ははは。何とか生きてます」
治療を受けながら、平坂が応える。
「ともかく、彼女を運びましょう。失礼します」
綾野が平坂を横抱きにすると、秋月が助手席のドアを開いた。ゴリがコートを脱ぎ、助手席のシートにかける。
「新車が汚れちまうのは、心苦しいからな」
ありがとう。と呟き、平坂が目を閉じる。
「どこかで一度休憩を挟みましょう。神無月さん、運転手の方達と適当な場所を見繕って頂けますか?」
『了解しました』
神無月の返事を聞くと、秋月は運転席に乗り込んだ。
「ん‥‥?」
ゴリが何かに気付いたようにファミラーゼを見つめる。
「どうしました?」
気付いていない綾野がファミラーゼを見る。助手席には平坂が。運転席には秋月が。
二人乗りのファミラーゼを見る。座席など無い。
前方を見る。神無月に誘導され、トレーラーは遥か前方である。
非情にも発車させる秋月。呆然と見送る二人。
『パーッ』
クラクションが鳴る。ファミラーゼを追い抜いて、風巻のジーザリオが走っていった。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
傭兵達も走り出した。
合流した傭兵達は、運転手の案内にしたがって海辺の宿に到着していた。
平坂は寝室で休んでいる。傷は秋月の治療で癒えていたが、失った体力は休息でしか癒せない。
(傭兵は傭兵で、それなりに楽しいですよ。キツイ仕事ばかりじゃありませんしね)
食堂のテーブルに座り、ニネットは平坂の言葉を思い出す。治療の間、傍についていたニネットに、平坂は自分の考えを話してくれた。傭兵になって欲しくない、というニネットの気持ちも含めて話すべきだ、と。
「何かお悩み事があるならば相談に乗りますよ?」
見上げると、神無月と綾野、ゴリが立っていた。綾野とゴリはシャワーを浴びたのか、さっぱりした顔をしている。
「私の意見になりますが、適正のことは告げるべきだと思います」
神無月の言葉に、綾野も頷く。
「人の口に戸は立てられません。人伝に聞くよりは信頼してるニネットさんの口から伝えた方がいいでしょう。その上で、本人の選択を尊重してあげて下さい」
オフィスワークが仕事のニネットが、輸送に同行している。運転手達が、何かしらに感づいてもおかしくはない。
「何か勘違いをしているようだが、能力者=傭兵というわけではないだろう? 数は多いかもしれんがな」
ゴリが尤もな意見を言う。企業で研究している能力者も多く、軍属でも戦場に立たない能力者だって居る。
「能力者となって皆を守る為に戦う事も1つの方法ですが、他にも皆を守る方法はあるはずで‥‥例えば、お父様の会社を継ぐ事でも従業員の生活や孤児院の子供たちの夢を守る事ができます」
神無月の言葉。そうなって欲しい、とニネットも思っていたはずだった。
それも揺らいでいる。傷だらけで笑う平坂を見てしまったからだ。彼女が身体を張らなければ、誰かが死んでいたのかもしれない。
我ながら安い不安だったのかな、とニネットは自分を嘲笑う。
「もし、彼が傭兵になるようでしたら、ニネットさんは彼が帰る場所を守って、帰って来た時におかえりなさい、と言って上げて下さい。
そういう、帰るべき場所、迎えてくれる人がいるというだけで結構生き残れるものです」
少し照れ臭いですね、と微笑みながら綾野が零す。
「1つの方法に囚われないで下さい、ジルさんにしかできない事を、ニネットさんにしかできない事をしていけばよろしいのではないでしょうか?」
神無月が羨ましそうに言う。
「そろそろ食事が出来上がりそうですね。皆さんを呼んできます」
夕食時になると、神無月に呼ばれた他の傭兵達も食堂に集まってきた。
食卓にはイタリアとトルコ、二系統の料理が並んでいた。
丁寧に形を整えられた魚の煮込み料理。ピクルスの混ぜご飯をイカに詰めた蒸し物。夏野菜に火を通したサラダには、4種類のチーズやヨーグルトが添えられている。
串肉、裂き肉、多種多様なケバブが次々に焼きあがっていく。鶏、牛、山羊、合わせ肉、そして豚。トルコではご法度の食材も国外では問題ない。トマトや香辛料で味付けされたものや、自分でソースを選ぶものもある。なぜか置いてあった焼肉のたれが気になった。
傭兵達は次々に出てくる料理を平らげていく。休んでいた平坂も、騒ぎに誘われたのか降りてきた。
レイヴァーとゴリが肉料理を挟んで対峙する。お互いの伊達眼鏡が怪しげな光を放つ。横から蛇穴が肉を掻っ攫う。
神無月は楽しそうにサラダを取り分けている。時折平坂に近づき、傷の具合に気を配っていた。
アルコールを注文する声が聞こえる。仕事で飲めない運転手に殴られた。
ニネットが喧騒を眺めていると、足りない顔に気付いた。風巻が居ない。
外を見ると、車を停めた場所に白い煙が見える。宿を出る。少し歩くと、ジーザリオのボンネットに座った風巻が見えてきた。
「食べないんですか?」
ニネットが問う。
「ちょっとは食べた。食が細いモンで。それよっかタバコとコーヒーが欲しい」
「すいません。コーヒーは難しいです」
「いーよいーよ。見た感じ奮発してくれたようだし。一本どう?」
風巻がタバコとライターを差し出す。頂きます。ニネットは一本抜き取ると、口にくわえ火をつけた。
煙を吸い込むと、懐かしい味が広がる。社長が死んでからタバコは絶っていたのだが、たまにはいいだろう。
「本人のやりたいようにやらせてやるのが一番いいんじゃね?」
唐突に風巻が話し出した。
ニネットは驚いた。車内でも風巻が話してくれる雰囲気が無かったからだ。
「相談なんて知るかそんなもん、と思ってたんだけどね。少し不親切かな、と。つっても、ごく普通の事しか言えねぇけどねー」
苦い表情を浮かべ、風巻が続ける。
「どんな生き方であれ、自分の生き方は自分にしか決められんよ。他人がどうこう言うこっちゃねぇや」
なんてな、と。風巻は自嘲するように煙を吐いた。
「しかし、ニネットさんの心配は分かるつもりです」
風巻とニネットが振り返ると、秋月が歩いていた。
能力者になることで、理不尽な期待を受けてしまう。その末路をを秋月が語る。
「能力者になる事で、得られるものと失われるものがあります。
だから、それは必ず伝えておくべきです。判断の余地のない現実よりは、自分の判断が出来る方が余程いい‥‥」
秋月も無理矢理に能力者にされた一人だった。
神無月のように、選択肢が無かったもの。
ゴリのように、語らぬ中に何かが見え隠れするものも居る。
「そう、ですね‥‥」
持ったままだったタバコに気付き、指で叩く。落ちていく灰を見ながら、ニネットは決心した。
「ありがとうございます。帰ったら、ジルと話をしようと思います」
そして、孤児院の神父にも連絡を。
「まずは、皆で無事に帰ることですね」
秋月が言う。平坂の治療で彼の錬力は限界に近づいている。
「大丈夫なんじゃねーの?」
気楽そうに風巻が言う。ニネットが根拠を聞く。
「蛇穴が自分で火を持ってきてた。ツイてるよ、私達は」
「おぉ!」
ちょっといいポーズで言った風巻の後ろで声があがる。
風巻が振り向くと、蛇穴がケバブを齧りながら座り込んでいた。
「手前ぇ、いつから居やがった‥‥」
「いやー。姐さんが饒舌だったんでつい‥‥」
風巻が拳銃を取り出す。
「ちょっと! そんなものどこに!?」
逃げ出す蛇穴を追いかけ、風巻が走る。秋月が笑う。
どうやら無事につけそうだ、とニネットは思ったのだった。