●リプレイ本文
冬季のための除雪設備も、もうじき出番を迎えるだろう。
前線から遠く離れたアルタ基地の滑走路に、誘導灯が光っている。
「本当に心当たりはないのかい?」
整備兵が慌しく走り回る中、エクセレント秋那(
ga0027)が隣を歩く指揮官を問いただしている。
「解らん。油田への攻撃も考えられるが、あれは半島の南側だ。わざわざ北周りに、3機のみで来るなど‥‥」
当惑した指揮官の表情を見て、秋那は本当らしいと感じる。しかし、疑問は晴れきっていない。
「何か隠してるんなら後でどうなっても知らないよ」
「無論だ。その時は好きにしてくれて構わんよ」
指揮官が苦笑する。秋那も苦笑いを返す。信じよう、と指揮官の肩を叩き、S−01に乗り込んだ。
「ひと仕事終えたあとに飛べとは人使いの丁寧なことで。ま、その分報酬は弾んで貰いましょ?」
赤崎羽矢子(
gb2140)はR−01のシートに座り、同じくR−01を選択したヒューイ・焔(
ga8434)との通信回線を開いていた。
「悪くねぇな。後で基地のおっさん連中に言っとこーぜ!」
ニシッ、と笑うヒューイに釣られ、羽矢子の口元も自然と緩んでいる。
「そう言えば、焔は? って、流石に一緒にいるとややこしいね‥‥」
羽矢子が周囲を見渡すと、R−01の操縦席で、真剣な表情で考えにふける紅月・焔(
gb1386)が目に入った。
「‥‥なあ、同志夜十字よ。追加依頼の報酬に、基地の女性士官の方との、栄誉デート引き換え券とか、請求したら怒られるかな?」
返事は無い。誰からも。
当たり前である。
「‥‥‥‥はぁ」
羽矢子が顔をしかめていると、回線を越えてヒューイのため息が聞こえてきた。
「親愛なる整備兵の皆様へゲシュペンストより、オーダー通りの機体を感謝」
夜十字・信人(
ga8235)はラブコールには気付かずに‥‥或いはスルーして‥‥オープン回線で整備兵へ感謝を述べていた。
「兄ちゃん! 落とされんじゃねーぞ!」
整備兵の一人が、ガッツポーズをしながら信人に向って叫ぶ。
同時に、滑走路に白い旗がはためいた。出撃の合図だ。
「時間か‥‥出撃する。何、ちゃんと機体は持って帰るさ」
7機のKVが、順に大空へと飛び立っていく。ラップランドの空に、ジェット雲の帯が連なった。
「うわぁああ、遅くなりました‥‥」
「本当に遅ぇぞ! さっさと乗ってくれ!」
汗だくの天・明星(
ga2984)が滑走路に現れる。
「装備は‥‥」
「ブリーフィングでブツクサ言ってたのを、他の傭兵が聞いてたってよ。変更はきかねぇぞ?」
年輩の整備兵がS−01を指差す。
「ありがとう御座います!」
大慌てで明星が乗り込む。7機の後を追い、最後の1機が飛び立った。
「‥‥しかし、この地域にワームが三機。何が狙いだ」
ヘルメットワームの予想進路を飛行しながら、ファファル(
ga0729)が呟く。
見下ろす海岸線は入り組んでおり、ヘルメットワームが隠密行動を取っていた場合、発見は難しそうだ。
幸いハンメルフェストが攻撃された、という連絡は入っていない。指揮官の言葉が正しいなら、指示されたルートを辿れば鉢合わせるはずだった。
「何処から来たのか‥‥も不明だ。気の抜けん仕事だな‥‥」
「機数的に、戦闘目的じゃなさそうですよね‥‥。まぁ、わかっててもやる事は同じですが」
視界下を睨みながらも、平坂 桃香(
ga1831)はリラックスしていた。答えの出ない問いには、振り回されない。そのスタイルはある意味では正解と言える。
初めて乗り込むS−01だったが、操縦に問題は無かった。むしろ、改造されていない機体に懐かしさすら感じていた。
近頃の傭兵達は恵まれている。かつてあった岩竜のみの偵察任務など、高級機が矢継ぎ早にリリースされる今日では考えられないだろう。
「ん‥‥あれかな? 皆さん、11時の方角です」
機影が視界に入る。桃香が回線を開くと、それぞれから応答が返ってきた。
「こちらファファル。敵影確認、さて‥‥御もてなししなくてはな」
正面に発見したヘルメットワーム。恐らく、相手もこちらを認識しているだろう。
火蓋が、落ちる。
「有効射程まで後5秒! ‥‥2‥‥1‥‥発射!」
羽矢子がヘルメットワームとの距離に合わせ、合図を出す。ファファル、桃香、明星が、それに合わせホーミングミサイルを発射する。
「一気に畳むとするかね!」
秋那が機体を加速させ、ヘルメットワームとの距離を詰める。信人、ヒューイ、紅月がそれに続いた。
短距離用AAMとスナイパーライフルの追撃。さらに2発目のホーミングミサイルが放たれる。
合計12発の攻撃が、編隊の中央を飛行していたヘルメットワームへと集中する。ヘルメットワームが回避行動を取るが、半数以上が命中した。
「ぃよっし! って、まだかっ‥‥」
ヒューイの歓声を嘲笑うかのように、煙を裂いてヘルメットワームが飛翔する。かなりのダメージを与えてはいるものの、撃墜には到らなかったようだ。
「流石に硬いですね。いえ‥‥」
武器性能か、と。喉元まで上がった言葉を桃香が飲み込む。口にしたところで、意味は無いからだ。
「散開したか、すべて喰らい尽くすぞ!」
ファファルが負傷したヘルメットワームを追う。
敵を分断させるという、傭兵達の狙いは成功した。この時点で勝利は確定した、と言えるだろう。
残された問題は、2つだった。
「止まって貰うよ!」
ブーストで加速した羽矢子が、バルカンでヘルメットワームの頭を抑える。
弾丸を装甲に食い込ませながらも、ヘルメットワームは機体を急角度で旋回させ、プロトン砲で反撃してくる。
「ちっ。流石に厳しいか‥‥」
淡紅色の光線を回避しきれず、信人がぼやく。
3対1の状況を作ったとしても、彼我の能力差が埋まったわけではない。たった一撃とは言え、機体への損傷は凄まじいものだった。
しかし、個体の性能差は承知の上である。確実に攻撃を当てるため、信人が明星に呼びかける。
「そちらにタイミングは合わせる。コンビネーションで撃ちこむぞ‥‥!」
「了解!」
明星が応え、ホーミングミサイルを放つ。ヘルメットワームの回避先を読み、信人がスナイパーライフルで追撃した。
「‥‥名づけて、俺とお前のコンビネーションアタック‥‥!」
「え?」
一瞬呆然とする明星。羽矢子は無視して攻撃を続けている。
アグレッシヴ・ファングを乗せたホーミングミサイルが命中するも、撃墜には遠く及ばない。
攻撃力もさる事ながら、緊張感にも欠けた空域だった。
S−01の積載量を活かしたセッティングで挑んだ秋那。
その重装甲が無ければ、あるいは撃墜されていたかもしれない。
「体張るのが本職だからね!」
積極的にドッグファイトを仕掛け、短距離AAMを打ち込む。至近距離まで詰めれば、如何なヘルメットワームと言えど、そう簡単には回避できない。
ヒューイもまた、ヘルメットワームに肉薄し、バルカンでの攻撃を行っていた。
急激な角度で曲がるヘルメットワームを、慣性に抗いながら追いかける。
「何も進歩してきているのは機体だけじゃねえんだ。
俺達も同じくらい進歩してるんだぜ。
やってやれねえ事はねえ‥‥いくぜ!!」
反撃を恐れず、2人のKVがヘルメットワームを追う。その後方から、紅月が援護射撃を行っていた。
「‥‥後ろは任せろ‥‥他は全部任せたぜ!」
堅実な選択であり、事実、紅月は一度も攻撃されていない。
勿論、その分は接近した2人が受け持っていたのだが‥‥。
「私達の仕事は‥‥1秒でも速く貴様を片付ける事」
損傷したヘルメットワームを追ったのは、ファファルと桃香だ。
回避の高いR−01に、たった1枚のステルスフレームを加える絶妙なセッティング。
腕の良さも加わり、ファファルはヘルメットワームの反撃を全て回避する。
「多少弄ってあるようですけど、問題無いレベルですね」
淡々と、確実に。経験から相手の戦力を測りながら、桃香がホーミングミサイルを当てていく。
ブーストは使わず、ブレス・ノウを常時機動させる事で、高い命中率を維持する。初めて乗ったKVとは思えない使いこなしだった。
元々被弾していたヘルメットワームは、2人の攻撃によって数秒のうちに戦闘不能に追いやられる。
「しつこい奴は嫌いでね‥‥」
ファファルが機体を翻す。もはや飛行すら覚束無いヘルメットワームの真上から、短距離AAMを放つ。
ミサイルが甲羅のようなヘルメットワームのボディに食い込み、爆発する。
炎と煙を巻き上げながら、1機目のヘルメットワームが墜落した。
傭兵達に残された問題。1つは解明できなかった相手の意図。
そしてもう1つは、決定的な防御力不足だった。
「そろそろ‥‥やばいかも‥‥」
プロトン砲が命中する度に、明星の機体が大きく揺れる。損傷度は5割を超えつつあった。
「忌々しい‥‥っ!」
信人が明星を援護しようと、ラージフレアの投下を試みる。
しかし、ラージフレアは個人向けの兵装である。予め編隊を組み、固まった状態で使用したならば、或いは効果があったかもしれない。
だが、ドッグファイト中の複雑なKVの機動に追いつく。それは神業と呼ばれる部類の行動だった。
2度目のトライでも失敗し、信人は援護射撃に方針を切り替える。残された選択肢は、スナイパーライフルによる狙撃のみだった。
「ここまで梃子摺るとはね」
1度だけプロトン砲を回避できたため、羽矢子は他の2人よりは軽傷だ。
KV、ワーム共に命中精度が相手の回避能力を上回る。正に消耗戦だった。
羽矢子がヘルメットワームの背後を取る。しかし、ヘルメットワームもまた、明星の背後を取っていた。
「まずいわね」
攻撃を阻止しようと、羽矢子が弾数の限られたホーミングミサイルを発射し、信人も狙撃を行う。
ミサイル、ライフルが共に命中する。しかしヘルメットワームの砲台は依然として明星に照準を合わせている。
明星を撤退させるか? 羽矢子が逡巡したその時、予想外の方向からヘルメットワームにミサイルが放たれた。
「待たせた‥‥」
ブーストを吹かせR−01が現れる。ファファルの応援が間に合ったのだ。
ヒューイの機体は限界だった。秋那と共に、1.5人分の攻撃を受けていたからだ。
装甲の厚い秋那のS−01ですら、損傷率は4割を超えている。ヒューイの攻撃重視なセッティングと、追撃用に温存した錬力が祟っていた。
「ヒューイ! 一旦下がるんだ」
一定の間合いを確保していた紅月が、ヒューイを守るため、一気に距離を詰める。
秋那もまた、短距離AAMの残弾を使いきって離脱を援護する。
「弾切れか‥‥。苦しくなってきたね」
スナイパーライフルは残弾を心配する必要が無い。その分、リロードという致命的な欠点がある。
攻撃力の天秤がヘルメットワームに大きく傾く。
「お待たせしました!」
そんな状況を振り払うかのように、桃香のホーミングミサイルがヘルメットワームに命中する。
「助かった‥‥か」
ヒューイが、なんとか飛行しているR−01を戦闘空域から離脱させる。
追撃のそぶりを見せるヘルメットワームを2発の銃弾が貫いた。
大勢は決した。
ファファルと桃香が合流し、傭兵達は2機のヘルメットワームを戦闘不能へ追い込んだ。
温存していた弾薬を叩き込まれ、1機のヘルメットワームが墜落する。
残された1機も煙を上げ、時折小爆発を起こしながら高度を落としていった。
傭兵達が墜落を見守る中、信人がヘルメットワームに近づき、オープン回線で呼びかける。
「おい、そこのカブトガニ、無人機か? 有人機か? 後者ならば遺言くらいなら聞いてみるぞ」
返答どころか、反応すらない。信人がスナイパーライフルの照準を合わせる。
「‥‥ほう、どうやらあちらにも黙秘権があるらしいな。つまらん」
最後の銃弾がヘルメットワームに止めをさす。地面に激突したヘルメットワームが、大きな爆発を起こした。
「ん?」
撃墜を見届けた信人の視界に、小さな毛皮が映る。
更に高度を下げると、ヘルメットワームから這い出すキメラが見えた。
「こいつら‥‥輸送狙いかっ!」
信人がヘルメットワームの目的に気付き、上空の味方に連絡を入れる。同時にスナイパーライフルの照準を合わせようとするが、航空形態では狙いが定まらない。
数機のKVが降下してくるが、キメラ達は方々へと散った後だった。
「戻ったほうがいいんじゃないかい? これ以上動くのは危険さね」
秋那の提案に、数名が同意する。
「ヘルメットワームが来た方を調べたかったんだけど、仕方ない‥‥か」
羽矢子が悔しがる。偵察用の燃料が残ってはいたが、損傷した機体ではリスクが高すぎた。
キメラが消えた山を見据えつつ、傭兵達はアルタ基地へと戻っていった。
帰還した傭兵達の半数はそのまま救護室へ運ばれる。報告に向えたのはファファルと紅月、桃香だけだった。
「キメラの輸送‥‥か」
報告を受け、指揮官が呟く。
「海上で戦えば良かったのだろうが‥‥」
ファファルが咥えた煙草を揉み消す。その口調は悔しさを含んでいた。
信人の話によれば、逃げ出したキメラは4足歩行の獣だったようだ。ヘルメットワームを海へと落としていれば、逃亡は防げただろう。
「そこまで要求はしないさ。不利な装備と機体で、情報まで持ち帰ってくれた。君たちの働きは十分だったよ」
感謝する、と指揮官が右手を額に当てる。しかし、3人の気持ちは晴れないままだった‥‥。