タイトル:届け先のない贈り物マスター:鴨山 賢次

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/29 22:48

●オープニング本文


(Sep.30 晴)
 近頃、雨が降らない。作物に障る、とアル爺さんがぼやいていた。
 今年は爺さんのフルーツパイ無しになるかもしれない。残念だ。
 ま、一昨年みたいに大雨続きで、道路が水没するよりはマシか。
 臭いはひどく、空腹で、ひどい有様だった。死人が出なかったのは奇跡としか言いようが無い。
 いい加減、森を抜ける道を増やしたいのだが、町長は予算がどうこう言ってまともに取り合ってくれない。

(Oct.1 晴)
 友人のクレイルから手紙が届いた。
 探してもらっていたクマのぬいぐるみが見つかったらしい。
 一週間程度で、こちらに届くそうだ。エナの喜ぶ顔が目に浮かぶ。誕生日まで半月か。

(Oct.2 晴)
 よく考えてみると、例のぬいぐるみは大きい。家に隠しておくのは難しいな。
 明日、クレイルの頼んだ運送屋に連絡してみよう。

(Oct.3 晴)
 運送屋に連絡してみたら、誕生日当日に届けてくれる事になった。
 宅配の会社だと思っていたのだが、長距離輸送の会社だった。仕事ついでに寄ってくれるらしい。相変わらずクレイルの人脈は良くわからんな。
 電話に出たのが能力者だったので驚かされた。荷物の護衛についてくれるらしい。一安心だ。

(Oct.4 雨)
 久しぶりの雨だ。アル爺さんも喜んでいるだろう。
 クレイルにお礼を言っておこうと思ったが、電話に出ない。相変わらず一箇所に留まっていないようだ。
 留守電でもよかったのだが、手紙を書くことにした。あいつが読むのはいつになるか。
 郵便局に行くと、フレッドが街に荷物を届けに出て戻らないと、受付の婆さんが怒っていた。大方、久々の雨に足を取られたんだろう。

(Oct.5 晴)
 フレッドが戻らない。事故を起こしたか、キメラに襲われたか。
 電話も通じない。雷は鳴っていなかったが、風で配線でもやられたのだろうか。それとも‥‥。

 もしキメラだったとして、町長が重い腰を上げるまで何日かかるのだろう。
 エナには暫く外で遊ばないよう言いつけておこう。

(Oct.6 晴)
 役場でシンシアに会った。昨晩、森からフレッドの声が聞こえたと言うのだ。
 恋人が失踪して、精神的に参っているのだろう。事故にせよ、キメラにせよ、フレッドの声が聞こえるとは思えない。
 獣の声を聞き間違えたのだろう。

 しかし、もし本当にキメラの声だったら? 
 この町もそろそろ危ないのかもしれない。

(Oct.7 晴)
 シンシアが消えた。彼女の両親もフレッドの声を聞いたらしい。
 声真似する化け物でも森に居るってのか‥‥?

(Oct.8 晴)
 シンシアの両親も消えた。アル爺さんも、ついでに町長も消えた。
 あの糞ガキ逃げやがっ(ここでペンが止まっている)

(走り書き)
 窓の外で何か動いている。でかいボールのような、いや、何か生えて‥‥腕、体か?
 それに声が聞こえる。この声、シンシアか?
 隣の家から誰か出てきた。ボッシュ?

(丁寧な書き方に戻っている)
 アレがなんだったのかは判断できない。しかし、見たことを記載しておく。
 シンシアの上半身が、直径2フィートぐらいのボールから生えていた。真夜中だったので、自信は無い。カメラも手元にあったが、フラッシュを焚く勇気がなかった。
 ボッシュが近づくと、シンシアが反応したようだ。声が聞こえた。
 ボッシュはショットガンを構えていたが、発砲しなかった。本当にシンシアだったのかもしれない。

 突然、ボールから蔦のような何かが一直線に伸びて、ボッシュの腹部を殴打した。ボッシュが呻いている間に、蔦だか触手だかが彼の体を雁字搦めに、そのまま森へ引きずり込んでしまった。
 ボールは、森の木々に蔦を伸ばして移動していた。ボールとシンシアの身体、ボッシュの身体が地面に擦れる。シンシアの泣き声が聞こえた。

 私は家の明かりを消して、家内とエナを部屋に呼んだ。今日は3人で眠るつもりだ。
 朝まで待って役場へ行こう。助けを呼ばないと。

(気弱なメモが続いている)
 見間違いかもしれないが、森の中に‥‥巨大な何かが居たような気がする。


(Oct.9 雨)
 役場に行くと、私以外にも数名が集まっていた。例の化け物を見たらしい。
 皆の話を聞くと、いくつか共通項が見られた。
 まず、日中はあの化け物をみた人が居ないこと。目撃はすべて夜中の話だ。
 そして、目撃例は森の近く。このため、森に近い家の住人は役場に集まることになった。
 化け物の形状も似ている。生えていた上半身以外は、だ。

 役場の電話も通じない。誰かが森を抜け、助けを呼ぶ必要がある。

(Oct.10 晴)
 エナが居なくなった。
 役場に移動する時に目を離してしまった。私のせいだ。私の‥‥!
 家内はエナが帰るまで家に残る、と言い張っている。
 私は町へ向かう。待ってなど居られない。この日記も持っていこう。

 もし、この日記を拾った人が居るなら、ULTに届けて欲しい。
 そのとき、私は恐らく‥‥。



●Oct.13 晴 森の入り口にて
 静かに日記を閉じる。
 目の前の遺体に向けて十字を切る。この人が荷物の受取人だったのか。
 服は破れ、身体は食い荒らされている。烏にやられたのだろう、眼窩にはもう‥‥。
 下半身の傷が酷く、足の腱がごっそりと無くなっている。それでも、地面を這って森を抜けたのか。赤黒い染みが道路に続いている。

 誕生日プレゼントだから、と日付を指定された配達業務。別件の帰り道に通るから、と請けた仕事だったが、果せなかったようだ。
「ジル、どうだった?」
 トラックの運転手に問われ、ジル・ヴィレールは首を振る。
「町へ戻りましょう。ULTに連絡しないと‥‥」
 この場所は危険だ。コンテナから台車と塗料を取り出すと、「立ち入り禁止」とペイントして道路に置く。

 最後の日付は、3日前。
 町がどうなってしまったのか、想像したくない。


●Oct.? 某所にて
「教授。‥‥の報告に参りました」
 自身を呼びかける声に、黒いコートを羽織った老人がほんの一秒、視線を移す。
 老人の部屋に入ってきたのは、白衣を纏った壮年の男性だった。
「遅かったな」
「テストに適した環境がありましたので。輸送に時間をかけてしまいました。申し訳御座いません」
 老人の部下なのだろう。男が丁寧に頭を下げる。
「構わんよ。君にやった失敗作だからな」
 老人は手元のファイルに視線を戻している。
「有り難う御座います。では、報告を‥‥」
「後で目を通す。そこに置いてくれ給え」
 老人が、書類を読み上げようとした男を止める。
「わかりました。それでは‥‥」
 書類を置き、白衣の男が部屋を出る。

 数時間後。作業を終えた老人が椅子に腰掛け、資料を読んでいる。
「失敗作だと思っていたが、なかなか‥‥」
 老人が薄く笑う。
 薄暗い研究室に、紙を捲る微かな音が響いていた。

『――にて。――日をもって村人の――――を確認。着床した――』

●参加者一覧

赤霧・連(ga0668
21歳・♀・SN
木場・純平(ga3277
36歳・♂・PN
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
羽衣・パフェリカ・新井(gb1850
10歳・♀・ER
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
早坂冬馬(gb2313
23歳・♂・GP
イレーヌ・キュヴィエ(gb2882
18歳・♀・ST

●リプレイ本文

 月明かりに照らされる絶望がある。

 その女性は「助けて」と言った。
 赤霧・連(ga0668)は「助ける」と言った。
 曇りの無い意思が、女性の意識を晴れさせる。
 瞳に理性を取り戻した女性は、やさしく微笑みながら言った。

「有り難う。でも、無理なの‥‥」



 辿り着いた町からは人の気配を感じない。
 道路や壁に染み付いた血痕が、被害の拡大を物語っていた。
 カルマ・シュタット(ga6302)は役場の前に車を止めると、役場周辺を見回る。
「何かありそうですか?」
 声に振り返ると、羽衣・パフェリカ・新井(gb1850)が壁に手をついて立っていた。
 夜間行動に備え仮眠を取っていた彼女だったが、寝起きとは思えない程、はっきりとした口調だ。
「そう簡単には見つからないようだね」
 首を振りながら、カルマが答える。役場の回りでは監視装置は発見できなかった。
「急ぎましょう。時間は有限です」

 二人が役場のドアを開けると、話し声が聞こえてきた。
「ここに居るのは16人だけか‥‥。他の人の居場所は判らないかな?」
 赤崎羽矢子(gb2140)が住民と思われる青年に話し掛けている。
 悔しげに首を振る青年に、ありがと、羽矢子が礼を言う。
「ううむ‥‥参ったなぁ。ここまで酷いとは」
 イレーヌ・キュヴィエ(gb2882)が数十箇所にマークされた地図を見て、後頭を掻いている。カールした髪と一緒に、赤いキャスケットが揺れる。
 ボールの出現情報を求めたイレーヌへの回答は、町中、だった。
「早いところ、生存者を役場に集めた方がいいみたいだな」
「木場さん」
 イレーヌが見上げると、役場の2階から木場・純平(ga3277)と夜十字・信人(ga8235)が降りてきた。
「上の人達は限界だな。疲労に‥‥恐怖か」
 メンタルケアを考えていた純平だったが、避難していた人達は普通の会話すらできない状態だった。
「こんな時だからこそ、と思ったんだがな」
 信人も渋い顔をしている。信人の話術も、返事の無い相手には通じない。
「すいません。助けに来て頂いたのに、力にもなれなくて‥‥」
 唯一、まともに会話ができたのはこの青年だけだった。
「君が話してくれた情報だけでも、十分助かっているさ」
 頭を下げようとする青年を、純平が止める。
 そんな中へ、食料や薬品を持った早坂冬馬(gb2313)と連が入ってきた。
「降ろす荷物はこれで全部。車には医療品を残しておきました」
 カウンターに段ボールと無線機を置き、微笑を浮かべつつ冬馬が言う。連も少し背伸びをしながら、荷物を置く。
「準備はオッケーです! さぁ、皆を探しに行きましょうッ!」



 ジーザリオが四方に散る。
 寒そうなあばら屋、一軒家、家畜小屋、少しだけ豪邸。
 キメラの奇襲を警戒しながら、傭兵達が虱潰しに探索していく。
 町を一回りした時、空が色を変え始める。

 イレーヌが手にもった住民一覧を見つめる。
 名前に『○』が付けられたのは6名。増えた『×』の数は、20個だった。



 夜。森から声が聞こえてくる。
「これは‥‥」
 羽矢子が呟く。耳を澄ますと、それが痛みを訴える悲鳴であり、境遇を呪う怨嗟の合唱だと気付く。
「住人の憔悴はこれが原因か。悪趣味の極みだな」
 バリケードに背を預けながら、純平が言う。
 役所の周りには、集められた家具が積み上げられている。住人探索と平行し、不要な家具を集めてバリケードを作ったのだ。
 ダンッ! とテーブルを羽矢子が叩く。
「許さない‥‥!! 人の命を、意思を踏み蹂るなんて」
「まだ終わってはいないさ。できる限りを、ベストを尽くそう」
 パイルスピアを構え、純平が言う。声はもう、すぐ近くから聞こえている。
「前に出る。援護は任せるよ」

 声が増える。
「少し‥‥多すぎるかもしれないな」
 役所の反対側では、カルマがミルキアにその身体を預けていた。
「後ろには生きている人々が居ます。私達は欠片の失敗も許されない」
 パフェが超機械一号を起動させる。
 優先順序を間違えてはいけない。森へ向ったメンバーとは違い、役所には退路が無い。
「そうだね‥‥。連さんには怒られるかもしれないけど」
 カルマがミルキアを構える。深呼吸し、覚醒する。カルマの右手の甲に赤い光が灯る。
 意識を集中させ、敵の位置を探る。
 左手の草むらから声が2つ。右手の家屋から気配が1つ。少し遠くにはその数倍。
 私情を挟む余裕は無さそうだった。


 
 
「ねぇ‥‥。助けて‥‥これ外してェ‥‥」
 森に入った4人が最初に出会ったのは、助けを求める女性と、木々に触手を絡めたボールだった。
 ボールが一瞬震え、風を切る音が聞こえる。
「早坂さん! 捕まっちゃ駄目です」
 イレーヌが叫ぶ。本部に頼んだ検死結果には「噛み付かれた痕」という記述があった。
 鋭い牙で足の腱を食いちぎられている。相手は人体の急所を理解しているはずだ。
「はぁっ!」
 暗闇を1筋の閃光が照らす。冬馬の機械刀から射出されたレーザーが、木の間から迫る触手を切り払う。
 焼き斬られた触手が地面に落ちる。あたりに焦げた臭いが拡がった。
「嫌ァァアァァアアアァ」
 攻撃を受け、女性の顔が恐怖に歪む。頭を、地面を、手の届く範囲のあらゆる物を掻き毟る。
「落ち着いてください! 私達は、あなた方を助けに来たんです!」
 長髪を漆黒に染めた連が、女性に呼びかける。だが、応えたのはボールの方だった。
 別の触手が伸びる。地を這い迫る触手を、今度は信人の機械剣が薙ぎ払った。
「取り乱してはいるが、意識はあるようだな」
 なら、彼女は救助対象だ。信人が走り、冬馬とイレーヌがその後ろに続く。
 連が自作した担架を抱え持つ。ゆっくりと、周囲の様子をうかがいながら、女性に近づいていった。

 2振りの機械刀が輝く度、触手が短くなっていく。
 移動と攻撃の手段を奪われ、ボールの動きが静かになる。闇の中、球体はただ脈打つだけとなった。
「お待たせ様です。今、助けますからね」
 女性の前に屈み、連が覚醒を解く。にっこりと笑顔を浮かべ、女性に手を差し伸べる。
「あ‥‥」
 女性の眼に、理性の光が戻る。
「少し痛いかもしれないけど、傷は私が治すから。‥‥ね」
 穏やかな表情のまま、イレーヌが超機械を掲げる。怯える女性に向けて、柔らかく微笑んだ。

 そして風が吹く。木々が揺れ、月の光が5人を照らした。



「く‥‥っそ‥‥」
 胃液が逆流してくる。お願いだから、少し黙って欲しい。

「あが、ぅぅぅう」「死にた‥‥くなィ」
「殺‥‥してえええええ」「助、けて」

 羽矢子はキメラよりも、自分自身と戦っていた。
 救えない人々を手にかける覚悟はあった。触手は切り払えるし、ボールは撃ち抜ける。でも、彼らの声は防げない。
 判断が鈍る。集中が途切れる。照準が逸れ、隙が増える。
「うわぁぁぁあああぁあぁっ!」
 ボールが、別のボールを触手で掴んで投げ飛ばしてくる。人間ごと。
 反応が遅れる。ボールから生えた少年の顔が近づいてくる。
「ふっ!」
 息吹を伴って、純平の槍が伸びる。パイルスピアがボールと少年の身体を貫き、大地に縫い着ける。
 ボールが大きく痙攣し、少年の声が聞こえなくなる。
「木場さん‥‥ごめん‥‥」
 羽矢子が謝る。
 純平は汗と血に塗れた顔を一瞬だけ羽矢子に向ける。サングラスの下、漆黒の瞳が憂いを帯びていた。
 氷雨を抜き、純平が戦場へと向き直る。羽矢子もまた、小銃を持ち直した。

 電磁波が放たれ、キメラが焼け落ちる。パフェは黙々と、敵を倒していた。
 手加減する余裕などない。数の差は圧倒的で、能力者の行動時間には限界がある。
 目前の敵は即座に無力化し、錬力を温存しなければ、夜を越えることは出来ない。
「上手くはいかない、な」
 カルマが槍に付着した肉片を払いながら後退する。その身体は傷だらけだ。
 パフェが練成治療で癒し、カルマが礼を言う。
 ボールだけを狙った攻撃は、結果的に『寄生された』人間を死に至らしめるだけだった。
 キメラの攻勢が厳しく、単独での切り離しは諦めている。
「逃げてはくれないようですね」
 パフェがぽつりと零す。その間も攻撃の手は緩めない。
 倒しきれなかったキメラから伸びた触手がパフェに迫る。カルマが槍を薙ぎ、触手を絡め取る。
 咄嗟に豪力発現し、触手ごと投げ飛ばす。ボールが家屋の壁に激突する瞬間、フォースフィールドの赤い光が見えた。
 巻き上がる砂煙に向けて、パフェが電磁波を放つ。くぐもった悲鳴が聞こえ、絶えた。
「苦いですね」
「‥‥そうだね」
 夜は、まだ続いている。



「有り難う。でも、無理なの‥‥」
 月灯りの下、破れたワンピースと白い肌と、肉の塊が露になる。
 冬馬が懐中電灯のスイッチを切る。信人は女性に背を向け、森の闇を睨みつける。
 ボールは巨大な臓器だった。
 胃や腸、心臓を模した袋や管が、桃色の皮膜に覆われている。
 泥や草が張り付いた臓器は規則正しく脈打ちながら、赤い液体を女性の身体へと送っている。
「無理なの‥‥」
 女性の頬を涙が伝う。その雫を、連が優しく拭う。
 地面に転がった女性の身体を、ゆっくりと抱き起こす。
「私達が外まで運びます。ここじゃ無理でも、病院ならきっと切り離せます」
 連の言葉に女性が首を振る。
「駄目。私の身体、もう食べられちゃったから‥‥」
 その言葉を聞いて、イレーヌが瞼を強く閉じる。
 歯軋りの音が響く。奥歯を強く噛み締めながら、イレーヌは帽子を降ろして視線を隠した。
「‥‥詳しく‥‥聞かせて頂けますか‥‥」
 震えた声で、いや、実際に震えながらイレーヌが問い掛ける。
 連に支えられながら、女性が手を伸ばす。イレーヌの手を握ると、女性はしっかりと頷いた。


 他のキメラに捕まり、彼女は森の奥へと引き込まれた。
 やがて彼女の前に巨大なキメラが現れる。大きな目や口をもったそれは、内臓のような肌を持った蛭のキメラだった。
 逃れようと叫び足掻く彼女を数十本の触手で縛り上げ、蛭キメラは大きな口を開いた。
 恐怖に目を閉じる。そして、下半身が焼けた。
 続いて、ナニかが沸騰した腰に入り込んでくる。そこで彼女の意識は途絶えた。
 意識を取り戻した時には、既に上半身だけになっていた。
 下半身があった場所には、見慣れない臓器の塊。ただ、その臓器が自分を生かしている事だけは理解できた。


「後はただ、昼間は森の中を彷徨って、夜になったら町で人を探す。こいつが勝手に動くだけなんだけどね‥‥」
 女性は大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。
「こいつが死ねば、私も死ぬ。私が死ねば、こいつも動けない」
「動けない‥‥?」
 イレーヌが問い掛けると、女性は悲しそうに笑い、森の中を歩けば判るよ、とだけ呟いた。
「ね。私はもう駄目だって‥‥判って貰えたかな?」
 その言葉は連と、その後ろに立ってた信人に向けられていた。
 連は首を振る。
「駄目です。私は、皆助けるって決め‥‥」
 連の頭を信人が撫で、言葉を遮る。連に代わりに、女性の身体を支える。
「冬馬。連とイレーヌを頼めるか?」
「ダメ‥‥っ」
 冬馬は静かに頷くと、抗う連と、イレーヌを連れてその場を離れた。
「有り難う」
 信人に支えられながら女性が呟く。
 静かに、信人がフォルトゥナ・マヨールーをホルスターから引き抜く。
「貴方の死に顔と、この不条理への怒りを一生覚えている」
 眼を見つめ、信人が告げる。
 女性はゆっくりと目を閉じ、微笑みながら囁いた。
「じゃ、とびっきりの笑顔じゃないとね」

 乾いた銃声が、夜の森に木魂した。




 徐々に数を減じていった役場への襲撃は、東の空が白む2時間ほど前には、完全に途絶えていた。
 寒さと戦っていたカルマを暖かな陽光が包む。
 眩しさに目を細めながらも、戦いの終わりに息を吐く。散発的であっても、一晩続いた襲撃は、体力や錬力よりも、カルマの気力を奪っていた。
 パフェもバリケードに登り、周囲への警戒を続けているが、その表情には疲れが滲んでいる。
「‥‥‥‥」
 カルマの目が明るさに慣れ、戦闘の痕が照らされる。臓器キメラから噴出した血液によって、地面は赤く染まっていた。
「シャベル‥‥あるかな」
 飛び散った肉片と、残った死骸が長い影を作る。墓を作りたい、とカルマは思った。
「あるぞ」
 カルマ振り向くと、両手にシャベルを持った純平が立っていた。役場の物置から持ち出したらしい。
 片方をカルマに投げ渡すと、純平はバリケード上のパフェを見上げる。
「わかっています。周囲の警戒は私が」
 気持ちを察したのか、パフェが言う。任せた、と純平とカルマは土を掘り始めた。


「お疲れ様。大変だったみたいね」
 羽矢子がコーヒーカップを手渡すと、冬馬は苦笑いを浮かべながら受け取った。
「赤崎さんの方こそ」
 女性を弔った後、4人は森の捜索を続けていた。
 蛭キメラは発見できなかったものの、干からびた臓器キメラや、断ち切られた電話線を発見する。
「人為的、か。‥‥はい、イレーヌの分」
 カップを受け取り、イレーヌが頷く。村が意図的に隔離されたのは、間違いないようだった。
「でも、監視方法まではわからなかった」
 イレーヌはカップから漂う湯気を見つめている。黒い液体に遮られ、カップの底は見えなかった。
 臓器を生成する特異なキメラに、脱出不能な田舎町、断たれた電話線。
 何かの実験である事は明らかなのに、元凶に繋がる道だけが見えてこない。
「許せない。絶対に、許さない」
 羽矢子の手の中で、カップが微かに軋んでいた。


 ローター音が遠ざかる。町民を乗せ、軍の輸送ヘリが飛び立っていった。
 信人がヘリの影を追っていると、連が隣に座り込む。膝を手で抱きかかえ、黙ったまま地面を見つめている。
「許せない、か?」
 信人が問い掛ける。連は小さな声で、俯いたまま答えた。
「今はまだ‥‥何も言えないです」
「そうか‥‥」
 空を見上げ、ジャケットから煙草を取り出す。
 ゆっくりと息を吸い込みながら火をつける。肺が紫煙に満たされても、少しも気が晴れない。
 吐き出した煙が風に乗る。散っていく最中、煙がある表情に見えた。

「‥‥不味い」