タイトル:そこに在るモノヲマスター:笠木

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/30 23:29

●オープニング本文



「怖いよぅ‥‥」
 部屋の隅でカタカタと。少年は一人震えていた。
 少年の他には誰もいない。それもそのはずだ。
「お姉ちゃん、怖いよ。早く助けてよ‥‥」
 建物中に鳴り響く警報の音が、少年の心を不安にする。そう、誰もが警報に従い建物の外に逃げ出した後だった。いつもは賑やかな音が途絶えることのないデパートに、淡々とした警報だけが響き渡っていた。
 ここからすぐにでも逃げ出したい。だが、少年は動けない。
「―――僕、ここで死ぬのかな」
 無意識に右足をさする。―――痛い。
 出血はしていないものの、ひやりと冷たい鉄の感触が少年の右足を圧迫していた。
「どけよ。どいてくれよ‥‥!」
 少年の足を押さえつけている棚は重く、大きく。大人であったとしても一人で動かせるか怪しいものを子供の力で動かせるわけもなかった。

 ―――ウォォオォォォォン―――

 咆哮。獣‥‥だろうか。
 叫び声とともに階下から振動が伝わってくる。気のせいだろうか、振動は確実に大きくなっているような気がした。
 少年‥‥クロエは息を呑んだ。
 静寂が走る。
 孤独、不安、恐怖、絶望。
 今まで味わったことがない感情がクロエの中で混じり合う。
「早く来て‥‥サヤカお姉ちゃん‥‥」
 今にも泣きそうなしゃがれた声で嘆願する。クロエにとってただ一つ希望を胸に秘め、少年は一人耐え忍ぶ。
 クロエにできることは姉の助けを待つことだけだった。



 少女は、駆ける。
 息遣いは粗く、心臓は激しく鼓動を刻んでいた。
 ずっと走り続けているせいもあるだろう。だがそれ以上に―――。
「何よ。あれ‥‥バケモノじゃない‥‥」
 エスカレーターから覗き込んだときにチラリと見えた。それは大きくて、ライオンみたいに見えたが、頭には角が、胴体には翼が、尻尾は鋭く‥‥とにかく歪だった。
「あれが、キメラ。倒すべき敵‥‥」
 話には聞いていた。倒すべき敵。
 足が竦む。聞くのと見るのとでは大違いだ。逃げたい。単純にそう思った。
 いけない、気持ちを入れ替えないと。自分の頬を両の手で軽く。今はクロエを助けることだけを考えよう。
「‥‥とはいっても、どうすれば」
 一階付近には大型のキメラが複数。小さめのキメラも居たと思う。このまま下に降りても何もできずにキメラにやられてしまうだけだ。
「もしかして、クロエと一緒に助けを待ってたほうがよかった‥‥のかな」
 それも一つの選択肢。クロエと共に来るかどうかも分からない助けを待つ。自分がこうして動き回るよりかは遥かに安全に思えた。
 いや、ダメだ。サヤカは頭に浮かんだ選択肢を自分の中で否定する。
 何故ならば‥‥キメラは何かを探すように一つ一つの部屋を、フロアを調べていたからだ。
「何が目的なのかわかりませんけど。クロエは動けないし、キメラが来る前に助けを呼ばないと」
 動く、そう決めた。ならば、迷ってる暇はない。
 呼吸を整え、右足から前に一歩を。まずは状況を確認しよう。
 身を寄せていた階段から少しだけ身を乗り出し、階下の様子を覗き見る。
「―――え」
 慌てて身を隠す。サヤカが進もうとしていた道、そこには既にキメラがいた。
 ここにいては危険だ。サヤカは別のルートを探すべく階段を駆け上がり、走る。
 もうここまでキメラの侵攻が進んでいるなんて。
 早くしないとクロエが危ない。

 サヤカは心の中で叫んだ。
(「たくさん服が置いてある場所にクロエがいるの。助けて!」)

●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
殺(gc0726
26歳・♂・FC
過月 夕菜(gc1671
16歳・♀・SN
御剣 薙(gc2904
17歳・♀・HD
宇治橋 司郎(gc2919
21歳・♂・SN
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD

●リプレイ本文

●裏口付近
 市街地に響き渡る轟音。
 その音は刻々とデパートへと近づいていた。人類側の劣勢は確実だ。救出は時間との戦いになるだろう。
 目まぐるしく情報が錯綜する中、傭兵達は裏口で救出の準備を進めていた。
「人命救助か‥‥勿論真剣にやるさ、仕事だしな。まぁ、誰もいないのが一番だろうが‥‥」
 宇治橋 司郎(gc2919)は小銃「ルナ」の動作を確認し、ホルスターに戻す。他の者もそれぞれの武器のチェックを行っていた。
「うにゃん! 取り残されてる人が居るかもなら急いで行かないとね!」
 ネコの手帳とペンを持ち、過月 夕菜(gc1671)は情報を整理する。デパートは十階建て。救出に派遣されたのは六名。傭兵達は半数に分かれ、奇数階と偶数階をそれぞれ担当し捜索することにした。
「まだ生存者がいれば良いのですが‥‥、とにかく探しましょう」
 秦本 新(gc3832)は上層の生存者の無事を祈る。
(「俺の手で救える命が有るのなら、助けてみせる」)
 要救助者が残っているであろうデパートを見上げ、殺(gc0726)は決意を新たにする。
「行こう、助けを待ってる人達がいる」
 この力はその為にあるんだから‥‥手遅れになんて、絶対させない。御剣 薙(gc2904)の言葉に皆は一様に頷いた。


●突入
 ドアを勢いに任せ、開く。それと同時に傭兵達は内部に駆け込んだ。
 照明も暗く、狭い通路が続いている。二階へと続く階段は通路の奥にあるはずだ。
「警戒を怠るな!」
 曲がり角。幡多野 克(ga0444)は素早く壁に寄り添う。
「‥‥人? いや、あれは」
 揺ら揺らと通路の真ん中にそれは立っていた。
「動きもなんだかぎこちないし。人形型のキメラ?」
 薙も覗き見て確認する。キメラは背を向けている。攻めるなら‥‥今だ。
「派手な音を立てて、敵に集まられると面倒ですからね‥‥」
 新は仲間に合図する。殺は壁に寄りかかっていた身を回転させ、大きく踏み込む。同時に司郎が銃弾を撃ち込んだ。
 司郎と殺の連携攻撃に人形型キメラは動きを止め、崩れ去る。
「そこまでの強度はないようですね」
「そうだな。だが、俺たちはいいが一般人には十分に脅威だ。早急に対処する必要があるだろう」
「‥‥‥なんだ!?」
 周囲を見渡すとエントランスに繋がる扉が心なしか唸り声に合わせて揺れている。司郎は足音を忍ばせ、扉に近寄る。そしてエントランスの様子を覗き見た。
「大きいな。さっきのキメラとは比べ物にならない」
 大まかにライオンに似ているキメラはエントランスに置いてあるショーケースを力一杯に叩き、建物を壊すほどの勢いで暴れていた。
「先に‥‥救助者の確認を‥‥。あいつらは‥‥後回しでいい」
 ライオン型のキメラはその体格のせいで通路の中まで入ってくることは不可能だろう。
「それでいいと思う」
 コクリと頷く薙。今回の目的は人命救助だ。
「作戦通り、二つのグループに分かれよう。何かあったら無線で連絡を。‥‥いいな?」
「キメラの数は‥‥不明だけど‥‥。もし中に人がいるなら‥‥もう少し頑張って‥‥。必ず助ける‥‥」
 克は月詠を持つ手に力を込めた。
 傭兵達はそれぞれの武器を構え同意する。そして上の階へと足を進めた。


●デパート五階
 幡多野、御剣、過月の三人は途中キメラに遭遇しつつも、比較的スムーズに探索を続けていた。
「よーし! ぱぱっと探索するよ〜」
 三階には救助者は見当たらなかった。その代わりと言っては難だが、人形型キメラが相当数徘徊していた。
「さっきの階の人形型キメラ‥‥何かを探している‥‥? 動き‥‥少し気になる‥‥」
「救助者が居なかったから良かったですけど‥‥。あのように動かれると、救助者が隠れていても発見される可能性が高くなりますね」
「そう‥‥だね‥‥」
 キメラが何故、そのような行動を取っているのかは分からないが。
(「また‥‥急ぐ‥‥要因が増えたって‥‥ことだね」)
 考えるのは後回しだ。今はやれることをきっちりとやるしかない。
「にゃーん! 皆こっちきて〜」
「どうしたんですか?」
「あれ‥‥!」
 夕菜が指し示した方向には、人形型キメラが居た。
 どうやらドアの前に立っており、中の様子を窺っているようにも見える。
「こちらには気づいてないですね」
 徐々に近づく。キメラに動きはない。
 ―――ガン!
 突然、腕を振り上げた。気づいた頃には無造作に。ドアに刃を振りかざす。
 ガンガンッガン!
 無造作に。無造作に。
 そこに在るドアが邪魔だと言っているように。ドアを攻撃している。
「うにゃ‥‥。様子がおかしいよ」

  ―――助けて!

「え? 今‥‥声が」
 全壊こそはしていないが、キメラの攻撃によってドアの向こう側が確認できるぐらいの隙間ができていた。
 その中から聞こえた―――女の子の小さな悲鳴が。
「来い、お前の相手はこっちだ」
 一番初めに動いたのは克だった。これ以上ドアを攻撃させるわけにはいかない。ホルスターから素早く小銃「S−01」を取り出し、牽制をかける。
「そこを退いて!」
 薙は竜の翼を使用しキメラへと駆ける。勢いそのままに跳躍、竜の咆哮を使用しキメラを弾き飛ばした。
 弾き飛ばされたキメラはダメージが大きかったのか、そのまま動かなくなった。
 素早く周囲を警戒する。とりあえずの脅威はなさそうだ。

 ドアの向こうを確認すると小さく縮こまって隠れている少女が居た。
「にゃーん! 大丈夫? 怪我とかは無い?」
 ドア越しに声をかけながら、少女の状態を観察する。
(「出血はなし、衣服に乱れもないし‥‥大丈夫そうかな」)
「今、助ける。もう少し待っていてくれ」
 半壊して動かなくなっているドアを無理やりこじ開ける。サヤカは克の顔を見て、安堵の表所を浮かべる。
「お願いします! クロエを‥‥クロエを助けてください! 八階の洋服がたくさん置いてある場所に取り残されているんです!」
 落ち着いて、ゆっくり話そう。頭を撫でつつ薙がサヤカを宥める。
「洋服がたくさん置いてある場所? 販売フロアとかじゃないの?」
 サヤカは小さく首を振る。
「いえ、なんだか服の保管庫みたいなところでした。お店のちょうど裏側‥‥薄暗い場所だったはずです」
「うにゃー。分かったよ。安心して、クロエくんは必ず助けるから、ね」
 夕菜の言葉にサヤカは目の辺りを軽く擦り、微笑んだ。
「そういえば、何でもいいから気が付いた事とかあったりしない?」
「えと‥‥私も慌ててたので‥‥下からキメラが昇ってくるから必死になって‥‥何かを探してるみたいで昇ってくるのが遅かったから逃げられましたけど‥‥」
 なるほどね〜、と夕菜は猫の手帳にサラサラと書き込んだ。
 キメラは下から順に何かを探している。つまり、今までの情報を合わせると上層階にキメラの数は、ほぼいないことになる。

 夕菜は無線機を取り出す。
 あちらはうまくやっているだろうか。
 全員の無事を祈りつつ、夕菜は応答を待った。


●デパート八階
 殺、宇治橋、秦本の三人は奇数階の探索メンバーから連絡を受け、八階へと足を速めていた。
「八階にクロエ君がいるらしいですね。キメラの数が少なくなってきているとはいえ、一体でも居れば危険なことには変わりありませんし‥‥早く助けてあげましょう」
「そうだな。できる限り急ごう」
 見渡す範囲では特に異常は見当たらない。
 荒らされた形跡のないショーウィンドウを横目に三人は、まだ見ぬ救助者を探し始める。
「救助隊です! 誰かいらっしゃいますか!」
 新はフロアの隅にも聞こえるよう、大きな声で呼びかける。他の二人も倣うように探した。

 ‥‥‥‥。
 一通りフロアを探したが誰一人として居なかった。
「残るのはこの部屋だけか」
 開けるぞ、司郎は警戒しながらドアを開けた。
「UPCの傭兵だ! 誰かいないか!」
「―――大丈夫か!?」
 内部を見渡すと、そこには棚に押し潰されるように少年‥‥クロエが倒れていた。
 三人は力を合わせて棚をどかし、クロエを救出する。
「よく我慢したな」
 殺はクロエと目線を合せて、頭を撫でる。一人ぼっちの孤独と戦っていたクロエは頭を撫でられたことをきっかけにもう安心していいんだと悟り、思い切り泣きじゃくった。
「怖かった‥‥凄く怖かったよ‥‥」
「もう大丈夫だ‥‥。怖かったろう、良く頑張ったな」
 ほら泣くな。新は懐からスポーツドリンク取り出すとクロエの涙を拭い、渡してあげた。クロエは喉が渇いていたのか泣きながらも蓋を開け、コクコクと飲み始めた。
「他に人を見なかったかい?」
「ううん、わかんない」
「―――そうか」
 無理もない。見たところずっとこの部屋に閉じ込められていたのだから。

  ―――ドゴゴゴゴ

「わっ、何どうしたの!?」
 突如、轟音と共にデパートが大きく揺れ動いた。
 上の方からは何かが転がり落ちるような振動が重なり合い、今にもデパート全体が崩れそうな程の揺れだ。
「‥‥収まった、か。揺れの割にはすぐに収まったみたいだが‥‥」
 デパートが空爆された‥‥?
 いや、違う。空爆ならば自分達も無事ではすまない。
 何か巨大な物体がデパートの上層部とぶつかって転がり落ちたと考えるほうが妥当だ。
 すぐさま三人はクロエを引き連れて階段へと向かう。
 階段から上の階を覗き見ると、その仮説を裏付けるように八階より上、九階と十階が部分的に吹き抜けとなってしまっていた。
 フロア全体にガレキが撒き散らされ悲惨な状態だ。これでは生存者は居ないだろう。

「一階に戻ろう。奇数階の班にも連絡を取る。合流するんだ」


●デパート一階エントランス付近
「クロエ! 無事でよかった」
「サヤカお姉ちゃん‥‥! 怖かった。怖かったよぉ」
 二人はお互いの姿を見ると駆け出して抱きしめあった。そんな二人を見て、傭兵達は思わず表情を緩める。
「後は一階の探索を残すのみ‥‥ですが」
 新は視線を移す。視線の先には最初にデパートに入るときに使った裏口があったが、先ほどの揺れが原因だろうか。ドアに大きく歪みが走り、開けられる状態ではなかった。
「うにゃー。ここから出るのは無理だね。ということは正面の出口しか脱出方法はないってことかな」
「元より、エントランスに居るキメラは倒す予定だった。問題はないだろう」

 カタカタカタ。

 建物が揺れている。よく見れば通用路の節々に亀裂が見えた。クロエとサヤカをここに待たせて置くのは逆に危険だろう。
「ここも安全とは言えなさそうですね。私が護るからしっかりとついてくるんだ」
 クロエとサヤカは新の護るという言葉を信じて、ゆっくりと頷いた。

 エントランスへの扉を開け放つ。
「長引くのはまずい‥‥一気に片をつける」
 克は三体のキメラの注意を引くように射撃で牽制をかける。キメラは赤く滴る牙を剥き出し振り返ると克に向かって猛然と襲い掛かった。一撃目を後ろステップで回避。続くニ撃目を月詠で受け流すが克の体勢が崩れた。
「‥‥俺が援護する」
 援護射撃。司郎の横からの銃撃に驚き、キメラの攻撃が鈍る。克はその隙に体勢を立て直し、攻撃を回避した。
「やらせないよ。これ以上は!!」
 巨体の死角を縫うように迅雷で回り込んだ殺は忍刀「颯颯」を三体目のキメラの横腹に突き立てた。横腹を蹴り上げ、刀を引き抜く。そして流れるような動きで前脚に刹那と円閃を同時に発動させた一撃を叩き込んだ。
 その一撃は見事に決まり、前脚が切断される。
「悪いけど落ちるまで撃たせてもらうよ〜」
 動きが鈍ったキメラに夕菜は弾頭矢を和弓「夜雀」に番え射出した。動けないキメラにこれを避ける術はなく直撃。大きな悲鳴を木霊させる。

「今のうちだ。あそこに移動するぞ。二人ともついてくるんだ」
 キメラの注意が完全に克と殺に移った今、移動を邪魔する者はいない。
「‥‥傍を離れるなよ」
 クロエの方に手を置き、新は優しげに笑った。パイドロスを盾にするようにクロエとサヤカを誘導する。
「後ろは私が護ります。安心して」
 薙は二人の後ろに立ち警戒を強めた。

 一体は夕菜が抑えているが問題は残る二体だった。
 傭兵達の攻撃を受け、怯むどころかより攻撃的になっている。力任せ、そして無造作に振り払われる爪はその脅威を増していった。
「‥‥ッツ!!」
 殺が苦悶の声を噛み殺した。司郎からの援護射撃を受けても回避が間に合わなかったのだ。攻撃を受けた場所がやけに‥‥痺れる。
「まずい、後ろに下がって治療を!」
「すまない‥‥ここは頼むよ」
 殺は後退する。司郎は殺が抜けた穴を補填するように前線に躍り出る。キメラの脚を狙って強弾撃、ニ連射と弾幕を厚くした。司郎の攻撃にキメラは迂闊に容易に動けない。
 カチ‥‥カチカチ―――
「クソ‥‥!」
 司郎の銃の弾が切れた。動きを止め、低く唸っていたキメラはここぞとばかりに駆け出す。司郎のリロードはまだ終わらない。
「にゃーん! サヤカちゃんのところにキメラがいったよ!」
 夕菜が叫ぶ。キメラは一直線にサヤカとクロエの元へと駆けていく。
「―――離れて」
 治療を受けていた殺は未だ痺れが残る体を奮い立たせ二人とキメラの間に立つ。
「無理しなくていいよ。ボク達も居るってこと忘れないでよね」
 殺の両脇に薙と新が並んだ。
「子供達に掠り傷一つ負わせるつもりは無いよ」
「当然です。その為の私達ですから」
 二人は竜の角を発動。己の武器に練力を流し込む。そして正面から突進してくるキメラを向かい撃った。知覚を高めた二つの攻撃は右から左、左から右へとクロスしキメラを切り刻んだ。キメラはもう‥‥動けない。
 二人は頷く。未だ、動き回っているキメラを視界に入れ、
「いくよ!」
 動けぬキメラを同時に発動した竜の咆哮で弾き飛ばした。二人分の力が加り巨体が浮く。一つの巨大な砲弾と化したキメラは真っ直ぐに飛んでいき、生き残っているキメラとぶつかった。
「この一閃、かわせるものなら‥‥!」
 克は勝機と見るや、月詠を構え突進した。流し斬りと急所突きを発動し全力で攻撃する。
 キメラは断末魔の叫びをあげる。
 夕菜が抑えていた一体も動きを止めていた。

 傭兵達は安堵のため息をつく。後は、一階の捜索と脱出だけだ。
 だが―――。
「うにゃー‥‥。これじゃ誰もいないよね‥‥」
 周囲を見渡すが、広いエントランスは荒れ果て、隠れられる場所はサヤカとクロエが居る場所だけになっていた。恐らく‥‥捜索しても生存者はいないだろう。
 逡巡していた傭兵達に無線が入る。
『おい、お前ら。バグアのやつらの攻勢が激しい。退却命令が出た。援護してやるからさっさと逃げろ!』
 軍関係者だろうか。確かにこれ以上ここに留まる理由は傭兵達には無かった。

 クロエとサヤカを連れ、出口まで走る。

 救助人数、二人。
 それは、バグアの攻勢によって撤退することとなったこの戦争で、傭兵達が身を挺してもぎ取った小さな勝利だった。