タイトル:MAT Great journeyマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/26 00:43

●オープニング本文


「南米ボリビアへの支援の為、オタワ及び西方司令部は大量の支援物資を南中央軍へ送る事を決定しました。つまり‥‥」
「サンフランシスコからの援軍はまた暫くは期待できない、と言う事か‥‥」
 2010年9月──
 ユタ州都ソルトレイクシティー。ユタ防衛独立混成旅団司令部──
 幕僚がもたらしたその報告に、旅団長は聞いてる方が切なくなるほど長い嘆息を吐き出した。
 ユタ州防衛の為に派遣された彼らの旅団が州南部での決戦に敗れ、多くの避難民たちと共にこの州都近郊に封じ込められてから、既に3年が経とうとしていた。周囲に広がる『キメラの海』──野良キメラの跋扈する危険地帯の侵食は辛うじて防いでいるものの、敗残の身たる彼らには、非戦闘員を抱えてそれを突破するだけの戦力は残されてはいない。ロサンゼルス防衛戦以降、西方司令部の戦力は増強されつつあるものの‥‥今回の大規模作戦を受け、ユタを『解放』できるだけの『余力』は全て吐き出してしまったと見て間違いないだろう。
「ロスの防衛線が完成し、ラスベガスも解放された。いよいよこちらだって時に‥‥」
「仕方がない。救援を求めてきたボリビアを見捨てる事は出来ないだろう。周辺国への影響が大きい。UPC軍の鼎が問われる」
 だからといって、自分たちが置かれた現状を無条件に受け入れられる程、彼等の辛苦は軽くはなかった。周囲をキメラに囲われ、圧迫を受け続ける日々‥‥いっこうに見えてこない希望に、兵も、民も、そして、自分たちも──既に限界は超えていた。
 『その報』がもたらされたのは、そんな時だった。
「たっ、大変です! オグデン第5キャンプの避難民たちが、第1キャンプへの移動を開始したとの報告が‥‥!」
 よほど慌てていたのだろう。連絡を受けた通信兵は、紙片を手に直接、『会議室』まで走り込んできた。咎める者はいなかった。通信兵の驚愕は既に幕僚たちに伝播していた。
「馬鹿な‥‥! 陣に籠もっているからこそ、辛うじて持ち堪えられているんだぞ!? 守り切れるわけがない!」
「防衛隊は‥‥軍の防衛隊は何をしていた!? なぜ民間人たちの愚行を止めなんだ?!」
「現地の部隊は‥‥むしろ、積極的に賛同した模様です!」


 オグデン第5避難民キャンプ──
 州都北方に位置するキャンプの一つで、州都、オグデン第1に続く3番目の規模を誇るキャンプである。現状、第1キャンプから最も離れた場所に位置するオグデンのキャンプであり、州都方面との連絡を維持する上でも重要な役割を担っている。
 複数のキャンプがこの第5キャンプに合流した事もあり、比較的防御力の高い、安定したキャンプであったが、先日、この上空でKVとワームの空中戦が行われ、少なからぬ被害が発生した。折りしも第7キャンプが壊滅し、キメラによる襲撃が多発していた事もあり‥‥誤ってキャンプ内に空中投下された補給用のコンテナから武器を入手した避難民たちは、有志を募って『クーデター』を敢行。いつまで待っても来る当てのない救出部隊を待つ事なく、自力で安全地帯まで到達する事を主張したのだ。度重なる襲撃と増え続ける損害に倦み疲れていた人々は扇動され、行動する事を高らかに謳い上げた。軽挙を抑えるべき軍の防衛隊ですら積極的に賛同した。隊の内部に募兵された民兵が多く入っていた事もあるが‥‥日々、終わりのない戦いに身を投じている彼らだからこそ、自分たちは見捨てられたのではないか、という思いは一層強かったのかもしれない。
「終わりのない戦い、ね‥‥日々こそが戦いであると、俺などは思うがね」
 医療支援団体『ダンデライオン財団』に属するダン・メイソンは、開かれた外延陣地の大門から列を成して出ていく人々を運転席から見遣りながら、やれやれと肩を竦めた。
 軽挙である。ダンはそう断じた。キメラの跋扈する危険地帯を突破して医療支援を行ってきただけあって、その恐ろしさは我が身に染みて分かっている。この様な大集団で‥‥それも、非戦闘員を腹に抱えてトロトロと歩いていった所で、『キメラの海』に呑み込まれるのは目に見えていた。
 だからこそ、銃を持った一団が病院敷地に乗り込んできた時は真っ向から反論した。財団所有の多目的KV(リッジウェイ装輪型試作機)、財団雇用の傭兵能力者、ついでに、敷地内に擱座していた壮年傭兵・鷹司英二郎のF−201A3など、それを『行動派』に対して主張し得るだけの『戦力』が彼らには存在したが、キャンプ全体の意見が『脱出』に傾くとそれに抗し切れるはずもなかった。
「仕方がないわ。この国の人たちは建国以来、政府に何かをして貰う事にあまり高い価値を見出してはいないのよ。自主自立‥‥良い言葉だけど、自分の意見が正しいと思い込みがちなのは玉に瑕ね」
 財団の医師、アイナ・スズハラが助手席でそう嘆息した。彼女は自分たちが正しい事を知っていたが、我を張って残った所で『キメラの海』に取り残されるだけ、とあってはどうしようもなかった。それに、連中の前ではおくびにも出さなかった事だが‥‥もし、連中が銃を患者たちの頭に突きつけて人質に取る様な真似をしてきたら、全ての決定権を連中に明け渡さなくてはならなくなる。財団は軍の防衛隊に継ぐ戦力と物資、車両を保持していたが、それらの『供出』を強要される事だけは避けたかった。
「おかげで、重症患者を運ぶだけの車両はこちらで確保できた。礼を言っとかねばな」
「まぁ‥‥連中も自分たちが無法者だとは思いたくないようだったし。こちらの『戦力』を背景に、『人道』を前面に出してやれば‥‥まぁ、『説得』は楽だったわよ?」
 医者辞めても政治家になれるな、と茶化すダンに、肩を竦めて見せるアイナ。門の前で列を統制していた兵──まだあどけなさを残した少年だった──が、車を前に出すように手で招く。ダンは窓から身を乗り出すと、後方の財団の車列を手で招き‥‥サイドブレーキを下ろすと、人と車の列に続いて車を前へと進ませ始めた。
「‥‥ここから先は、随分と酷い事になる。覚悟はしておいてくれよ、先生」
 他者を気遣う余裕は無い。最悪、自分の命と患者たち‥‥それだけを守る事だけを考えろ。そう普段は滅多に見せない至極真面目な表情で、ダンはアイナにそう『忠告』した。
 分かっているわよ、と頷きながら‥‥アイナは窓の外へと視線をやった。
 雲は薄く、風に流れて早く、その雲に煙って太陽が円を映す。瓦礫の街に舞う砂塵。人の列は流れる川の様に。老若男女、互いに助け合い、励まし合いながら、道の先──外界へと続くオグデン第1キャンプを目指す‥‥
 さっきの話だけど、と。視線を動かさずにアイナが口を開いた。
「多分、私、最後まで医者であり続けると思うわよ?」
 振り返り、にっこりと笑ってみせる。ダンは、苦虫を噛み潰した様な顔でそれに応じた。
「知っている。だから、忠告したんだ」

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
リヒト・グラオベン(ga2826
21歳・♂・PN
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
鴇神 純一(gb0849
28歳・♂・EP
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
佐賀繁紀(gc0126
39歳・♂・JG

●リプレイ本文

 時は少し遡り、出発の前日──
 この無謀な『長旅』の成功率を少しでも上げるべく、能力者たちは『行動派』と話し合いの場を持つ事にした。
 要求の内容は、最後衛に位置する予定のリッジウェイを最前衛に配置する、というものだった。瓦礫破砕用の高速振動爪『ヘッジロー』は列の先頭に立ってこそ活かされる──そう能力者たちは考えていた。
「ついては、鷹司さんにその交渉‥‥というか、説得の要になって欲しいんさ」
 御影 柳樹(ga3326)は、その役を壮年傭兵・鷹司英二郎と財団車両班MATの機関員、ダン・メイソンに頼むつもりだった。二人とも経験と実績を持つ人材であり、この二枚看板を前面に押し立てて交渉すれば、行動派の連中にも納得させ易いはずだ。残念ながら、ダンは明日の移動の調整やら何やらで忙しく時間がなかったが、幸い、落っこちただけの鷹司は比較的暇である。
 話を聞いた鷹司は、柳樹が差し出した煙草を謝絶して──鷹司は結婚を機に煙草を止めている──、難しい顔をした。リッジの配置がどうこう、という話ではなく、自分が交渉の席につけるか、という部分に関して、だ。
「考えても見ろ。連中にとって俺たち能力者は、『化け物』と一緒だぞ?」
 鷹司の懸念通り、行動派は交渉に当たって条件をつけてきた。
 即ち、『交渉役の能力者は2人まで。女性に限る。交渉には非能力者の財団関係者が同席する事』。
 ‥‥能力者の身体能力に性差はあまり関係ないが、そこは、まぁ、連中の気分だろう。財団関係者の同席は‥‥能力者が暴れない為の『保険』──人質といったところだろうか。
 能力者たちは響 愛華(ga4681)と阿野次 のもじ(ga5480)の二人を交渉役に指名すると、交渉場を後にした。
「交渉はおぬしに任せるのじゃ。しっかりとな。‥‥何かあったらすぐに大声で呼ぶのじゃぞ? すぐに駆けつけるでの!」
 さりげなく示威を織り交ぜつつ、綾嶺・桜(ga3143)がギリギリまで名残を惜しむ。その後ろでは、のもじが行動派の門衛の目の前で、わざわざ身に纏った黒鎧をがしゃがしゃと外して見せていた。そのまま両手を上げてぴょんぴょんと回ってみせる。寸鉄も帯びていないという事をこれでもかとアピールしているのだ。
「こいつを持って行け。ダンからの預かり物だ」
 立ち去り間際、鷹司は愛華にファイルを一つ手渡した。それは第1キャンプと第5キャンプを結ぶルートが記された地図だった。
 このキメラが徘徊する危険地帯は、建物の崩落や道路の陥没、キメラの生息する危険地帯などが入り交じっており、既存の地図は役に立たない。手渡された地図は、ダンやその相棒であるレナ、その他のMAT隊員たちがまさに命懸けで開拓してきたルートが記された、言わば財団の理念と彼らの魂とが込められた代物だった。
 ファイルを胸に抱いて深々と頭を下げる愛華。じゃあ、行きましょうか、とアイナが告げた。

 財団に関する交渉は、アイナが上手く纏めて見せた。
 続けて交渉の口火を切るのもじ。のもじは脱出に否定的な感情をおくびにも出さず、今回の『偉業』を持ち上げつつ、積極的に賛同する方向性で自案を提案してみせた。
「いやー、まさに奇跡の脱出行ッスね〜! 成功の暁には映画化決定、全米が泣いた! で大ヒット間違いなし? んじゃ、その成功率を上げる為にこのミッションなんかどうでしょ?」
 のもじの案は、キャンプの皆で出発する前に能力者たちがルートを往復して調査する、というものだった。ついでに行動派の有志が同道し、第1キャンプの上層部と直接交渉し、受入態勢の準備と援軍の派遣交渉を行えばいい。
 行動派はこれを拒否した。故意であれ、事故であれ、能力者たちが戻らなかった場合、士気、戦力、感情論などで全体に与える影響が大きすぎる。
「それに、我等の脱出行については既にユタ中に宣言してある。あちらの思惑がどうあれ、第1キャンプは我々を受け入れざるを得ない」
 そこまでやらかしていたのか、このエア頭どもは。のもじは内心に素知らぬフリして、太鼓もちを演じながら『本題』を口にした。
「じゃあ、せめて、子供たちも車に乗せれるようにして欲しいんだけど‥‥」
 それこそがのもじがこの交渉に臨んだ最大の目的だった。子供たちの安全こそ、万難を排してでも達成されるべきものだった。
 のもじの提案は、今度はあっけなく認められた。最大の目的を達してホッと息を吐くのもじ。続けて、リッジの隊列に関する交渉に入った愛華は、託された地図を手に、リッジを前面に出す利を説き始めた。瓦礫に閉ざされた道路を開拓できれば、大幅なショートカットが見込めるのだ。
「これを活用できずに、非武装の人たちを‥‥家族を、死なせるような事態を招いても良いのかな?」
 その言葉に、行動派の面々は色めきたった。勿論、行動派の誰も、誰かを死なせたいなどと思っている訳はない。愛華の言葉は行動派の考えを否定し、矜持を傷つけ、その感情を著しく損なうものだった。
 激しく椅子を蹴立てた行動派の面々は‥‥しかし、愛華の表情を見て絶句した。愛華はその両目に溜めた涙を──その想いを、今まさに頬へと溢れ出させた所だった。
「‥‥数多の命を救う為、一人でも多く助ける為‥‥絶対に悔いを残したくないから、一生、後悔するような事はしたくないから‥‥私たちも全力で戦いますから、協力して下さい。お願いします‥‥」


 翌日、早朝。
 日の昇る前から準備を始めた第5キャンプの人々は、第1キャンプへと続く外縁陣地の門へと続々と集まり始めていた。
 列を作るように人々を誘導する兵士たち。不安な表情に決意を漲らせる避難民たち。乗せられるだけの荷と人とを乗せた避難民たちの車両が列を成し、薄闇をライトで照らしながら静かにエンジン音を響かせる‥‥
「‥‥無理な強行軍ほど愚かしい事はないんだがな」
「人は団結する事で驚くべき力を発揮する。‥‥今回もそうだ。ま、どちらかというと、悪い方向に発揮されてしまったわけだが」
 続々と集まってくる人々を遠目に見やり、朝食のチョコバーをかじりながら‥‥佐賀繁紀(gc0126)と寿 源次(ga3427)は二人して肩を竦ませた。
 照明・警戒用に焚かれたドラム缶の炎を焚き火代わりに当たりながら、チョコ塗れのナッツをもきゅもきゅと噛み締める。恐らく、目的地に着くまではもうまともに食事を取れる事もないだろう。これが『最後の晩餐』かもしれないと考えると、正直、苦笑しか出てこない。
 二人の言葉を聞いた柳樹は、同感だというように心の底から嘆息した。
 キメラに襲われ壊滅した第7キャンプを思い出す。今回はあの時と違ってこちらから外へと打って出るが、あの時と違ってさらに脱出の準備はできていない。出来れば全員助けたいけど、能力者にも限界がある。零れ落ちるは命の砂粒‥‥いったいどれだけをこの手の平に残す事が出来るだろう‥‥
「やれやれ、だな。‥‥だが、まぁ、良く耐えた方かもな」
「人間は、弱く、愚かな生き物よ‥‥我慢の限界が来て、待ち切れなくなってしまった気持ちは理解できるわ。‥‥たとえ、それが命を捨てるに等しい行為であったとしても、ね」
 そこへ、3人と同じく、慌しい食事を取りに来た鴇神 純一(gb0849)と愛梨(gb5765)、そして、鏑木 硯(ga0280)がやって来て会話に加わった。彼らは源次や繁紀、柳樹と同じく、徒歩で避難民たちに同道、隊列の側面を防護・警戒する手筈になっていた。柳樹と源次、純一の3人が右側面、硯と愛梨、繁紀が左側だ。とは言え、避難民だけで1000人を超える隊列は非常に長く、それぞれは距離を置いて配置される事になるだろう。
「‥‥動き出した流れはもう止められない。なら、その流れを少しでもよい結末に導きたい」
 硯の言葉に、能力者たちは頷いた。純一がどこか達観した様子で‥‥それでも、笑顔を皆に向ける。
「ま、やれるだけの事はやろうか。賽は投げられた。どの目が出るかは、終わってみなくちゃ判らない、ってな」
 と、その時、クラクションの鳴る音がして、能力者たちはそちらを振り返った。桜と愛華を乗せた試作リッジを先頭に、財団の車列が到着したのだ。
 そのまま前へと出るリッジウェイ。ダンとアイナを乗せた高機動車がその脇を抜けて防衛隊の車両の脇へと付ける。ハッチから身を乗り出したリヒト・グラオベン(ga2826)が隊長と思しき士官に、行軍中の索敵行動について支援を要請した。
「高機動車かAPCに、進路上の斥候をお願いできませんか? 特に、道路脇の家屋にキメラが潜伏していないかを重点的に‥‥」
 本格的に進められる準備。どうやら朝食の時間は終わったようだ。能力者たちはゴミをドラム缶に放り込むと、それぞれの配置に向けて小走りで移動した。
 愛梨が配置につくと、その横には丁度、財団のマイクロバスが位置していた。屋根の上には、弓と矢筒をてんこ盛りにして仁王立ちするのもじの姿。のもじが子供たちを乗せるために確保した車両だった。
 見れば、その座席にはまだ余裕がある。肉親と離れ離れになる事を拒んだ家族も多くあったのだ。流石に乗車を強制させるだけの権限は誰も持っていなかった。
 日の出と共に門が開き、隊列の前進が始まった。愛梨はマイクロバスの乗降口で別れを惜しむ親子に近づいた。
「あの、そろそろ‥‥」
 背筋を伸ばし、毅然とした態度で声をかける愛梨。若輩者、子供、と侮られぬよう、愛梨は意識的に大人びた言動を取るよう心がけていた。
 その夫婦は愛梨に文句を言わなかった。恐らく道理を弁えた夫婦だったのだろう。幼い兄妹の頬にキスをして分かれると、愛梨に言った。
「まぁ、まぁ、あんたみたいな幼い娘さんが能力者だなんて。さっきもちっちゃい黒髪の子を見たよ。不甲斐ない大人を許しておくれ」
 愛梨の頭をわしゃわしゃと撫でていく夫婦。‥‥逆に励まされてしまった。頭の上の感触を思い返して、愛梨が困った様に微笑する。
 その様子を試作リッジの上部ハッチから見ていた愛華は、両の頬を叩いて気合を入れた。砲塔の中に潜り込み、勢い良くハッチを閉める。
「なんじゃ、どうしたのじゃ???」
「行くよ、桜さん! この長旅、絶対無事に完遂させるんだよ!」


 まず、最初に門を出たリッジウェイは、周辺に屯する獣人型キメラに向けて20mm機関砲を浴びせかけ、その集団を追い散らした。
 追撃を加えて追い回し、完全に門周辺部から駆逐する。それをハッチからグルリと確認した愛華が後ろの門へと手を振って‥‥隊列は長い長い逃避行、その第一歩を踏み出した。
 リッジを先頭に、その左右後方に虎の子のIFV(歩兵戦闘車)が続く。避難民たちの車両がその後ろに連なり、徒歩の隊列がその間。軍の高機動車とAPC、歩兵たちが隊列の外側を固めて進み、能力者たちは兵たちと共にあった。
「こちら鏑木。左翼中央、敵影なし」
「佐賀だ。左翼前方、同じく異常なし‥‥静かなもんだ」
 双眼鏡と無線機を手に、周囲に警戒の視線を飛ばす硯。その遥か前方、兵たちと連携して周囲を索敵する繁紀もまた慎重に敵を探していた。手馴れた様子で廃屋に入り、銃口を振る兵隊たち。クリア、と手信号で伝えてくる兵たちに繁紀も合図を返す。
「‥‥のぅ、天然(略)犬娘。いつぞやの雪中行軍を覚えておるか?」
 隊列の速度に合わせリッジをゆっくりと前進させながら、桜は愛華に声をかけた。
 三面モニターに映る外の景色にキメラの影はない。脇を追い越していく数両の高機動車。リヒトの要請を受け進発した軍の先行偵察班だ。
「勿論、覚えているよ。ジェシー君やユミィさんたちを連れて5日間の逃避行‥‥あの時は寒かったね」
「あの時は皆、助けられたが‥‥今回は人数も状況も違いすぎるの」
「状況はより悪く、助けたい人の数も数十倍。でも‥‥」
「ああ。やれる事を全力でやるだけじゃ。あの時と同じようにの」
 と、リッジの無線機が音を発し、桜は無線機のマイクを取った。前方、先行した高機動車がキメラの小集団の襲撃を受けたらしい。
 進路上、派手に砂煙を立てて、高機動車が尻を振りながらこちらへと逃げてくる。立ち昇る発煙筒。色付きの狼煙が一軒の廃屋の前で立ち昇る。
 桜から伝えられた大まかな情報を元に、愛華は砲塔を旋回させて狭い照準窓にそれを捉ると、躊躇する事無く引鉄を引いた。放たれた20mm機関砲弾の火線が廃屋へと降り注ぎ、瞬く間に廃墟を瓦礫へと変えていく。濛々と湧き立つ粉塵。その中から虎型の獣人型キメラが慌てた様に転げ出す。
「こちら鴇神だ。どうした、敵か?」
 隊列右側、最後方に位置する純一が砲声を聞いて状況の説明を求める。ざわつき始める避難民たち。純一は無線機を顎と肩で挟むと、心配しないように呼びかけた。
「鴇神へ、こちら佐賀。先遣隊が敵と接触した。幾つかの小集団が前衛に近づきつつある。そちらも警戒を厳にされたし」
 純一は兵たちに警告を発すると、避難民たちにはここには敵が来ない旨通達した。だから言ったろ、俺は運が良いって‥‥そう笑いつつ、周囲へ視線を飛ばす。道路を挟んだ少し先、隊列左の後衛に位置する愛梨も警戒態勢を取りつつある。その少し前方、何気に一番広い視界を確保したのもじが、敵数個小集団の接近を無線で報せる。
「敵が来る。前衛だ。移動を頼む」
 リヒトはハッチから車内に腰を落とすと、運転席のダンに向かって前進を要請した。ダン車に同乗するリヒトは遊撃を担っている。襲撃があった場合、その機動力を活かして後詰めに入るのがその役割だ。ギアを動かし、急加速をかけるダン。空転もせずに大地を噛んだ四輪が一気にその身を前に出す。
 ハッチから半身を出したリヒトは、前方、路上で手を振る硯の姿を見出した。一切減速をせず、すぐ傍らを通過するコースにハンドルを切るダン。身を乗り出したリヒトはその腕を大きく伸ばし‥‥それを掴んだ硯がまるで振り子の様に高機動車の屋根へと上がる。
「‥‥いいさ!? 近づいて来るキメラは自分が一体ずつ各個に撃破するさ。皆は集中砲火で他のキメラの足止めをお願いするさぁ!」
 一方、敵を正面に捉えた右前衛の柳樹たちは、兵たちと共に隊列の横へAPCと横列の壁を築き上げていた。兵たちが膝射、そして立射姿勢を取るその後ろで動き続ける避難民の列。移動は止めない。足を止めたらそのまま『キメラの海』に呑まれる事は分かり切っていた。
「さて、仕事を始めるか」
 反対側、左前衛の繁紀もまた兵たちと共に壁を作る。ヒタヒタと近づいて来る『獣人』たち。その距離が一定になった瞬間、キメラたちが一斉にこちらへと走り出す‥‥!
「撃てぇ!」
 小隊長の号令一下、兵たちが一斉に発砲する。フォースフィールドに跳弾の火花が飛び散り、弾着の衝撃に仰け反る獣人たち。その中からフェイント混じりに飛び出してくる1匹の狼人型。柳樹は右腕に装備した漆黒の爪を一撫でして一歩、前へと踏み出した。‥‥飛び道具には慣れていない。突っ込んで来る敵を止めるにはこっちの方が確実だ。
「ぶん殴って済むのなら‥‥楽なもんさぁ!」
 振るわれる鉤爪の一撃を左手の武装爪で受け弾く。飛び散る火花。そのまま右手で相手の『襟首』の毛を掴み、足を払って打ち倒す。突き入れる左の拳。そして右。血飛沫が返り血となって柳樹の全身を染め上げる。
「行かせねぇよ! お前はここでミンチになるんだよ!」
 激しい弾幕を掻い潜って突進してくる狼人に向かって、繁紀は両手で構えた小型ガトリング砲を撃ちまくった。その重い砲身から放たれる火線の鞭を、突っ込んで来た狼人がジャンプ一番跳び越える。自分に落ちた影の元を見上げながら、砲身ごと倒れこんでその身を後ろに回す繁紀。叫び、背後から『強弾撃』と『制圧射撃』を浴びせ掛け、その激しい弾幕で狼人の足を止める。
 行き足が止まったその隙に、避難民の列とキメラとの間に入り込む高機動車。その屋根から飛び下りた硯は軽やかに地を一つ蹴り‥‥顔を上げた狼人のその首筋を、背後にクルリと回り込みながら蛍火の一閃で切り裂き捨てた。
「後詰めか!」
 その表情を明るくする繁紀。繁紀隊の後ろに硯を『降車』させたダンは、避難民の隊列を掻い潜って反対側の車線へ移動する。尻を滑らせながら柳樹隊の後ろへ回り込む高機動車。そのハッチの上からリヒトは銃撃を浴びせ掛けた。激しい振動にも関わらず放たれた銃弾は薄緑光の軌跡を描き、隊列に迫った獣人を1匹、2匹と弾き飛ばす。
「撃ちまくれ! 押し返すんだ!」
 遅れて到着した軍の高機動車とAPCが12.7mm弾を浴びせ掛ける。状況不利と感じたキメラの小集団は、攻撃を中止して遁走した。
 押さえつけた敵の首元を爪で掻き切り、立ち上がる柳樹。怯んだ様子で逃げ出した敵の背を追わずに見つめて、柳樹は一つ嘆息した。
「こいつは‥‥また大変な事になりそうさぁ‥‥」
 敵を撃退して歓声を上げる兵たちを背に、そう呟く。ただ一度の会戦で負傷者は続出し、多くの弾薬を消耗した。先の事を考えると、喜んでなどいられなかった。


 それから幾度か小集団との戦闘があり、その度に損害は増えていった。
 マリアと財団の医師たちは空いた車両の幾つかを使って、応急で臨時の処置室を作り上げた。移動しながらなので細かい治療など出来はしないが、最低限、命を繋げる位の大雑把な止血くらいならなんとかなる。
「『練成治療』の優先度は絶対的に避難民。能力者は‥‥4割位まで我慢してくれ」
 そう言っていた源次も、目の前の負傷者を前にして見過ごす事は出来なかった。生命に関わる内臓、大動脈の止血に限定して治療を行い、アイナや医師たちが糸やホチキスとで縫合していく。『治療』を終えた兵に肩を貸し、血塗れの荷台から降りる源次。負傷者を乗せた車両は既に屋根まで一杯になっていた。
 負傷者は確実に増え続け、その分、戦力は細くなっていく。遂に兵の防壁を突破し、避難民の隊列へ至らんとする虎人の群れ。SMGを手に立ち塞がる愛梨の背後、マイクロバスの上ののもじが番えた矢を放つ。突き立つ矢にひるむ敵。二の矢、三の矢と受けた敵が倒れ伏し‥‥残敵を愛梨が三点射で掃討していく‥‥

「おじいちゃん、大丈夫?」
 周囲に警戒の視線を飛ばしながら避難民たちの列を注意して見守っていた硯は、フラフラと列から離れて膝をついた老人に気付いて駆け寄った。
 大丈夫かと声をかけながら、立ち上がるのに手を差し伸べる。首を横に振り限界を伝える老人を半ば強引に立ち上がらせながら、追い詰められたような表情で視線を飛ばす。他人を気遣う余裕もない避難民たち。兵たちは既に壁を維持する数すら足りず、車はどれもが負傷者で溢れ返っている‥‥
「列の先頭の連中は‥‥」
 老人が口を開いた。
「我々を見捨てていくつもりじゃなかろうか‥‥」
 そんな事はないですよ、と答えながら、その言葉になんの意味も無い事を硯は知っていた。硯は無線機に手を伸ばすと、リッジの桜に連絡を取った。
「桜ちゃん、人型に変形する事は出来ないかな? 隊列の先頭を皆に見せて上げたいんだけど‥‥」
「‥‥無理じゃ。兵員室には『全体の状況を見る為』と称して、行動派の幹部が陣取っておる」
 例えそれが『一番安全な』リッジに籠もる口実だとしても、そこで指揮を執っている以上、桜にそれは無視できない。途方に暮れた硯が自ら背負う事を考え始めた時、何人かの青年と共に、純一が道路を渡ってこちらへとやって来た。老人を背負い、立ち去っていく青年たち。その背に向けて、純一が「無理はするな」と声をかける。
「彼等は‥‥?」
「以前、キャンプで祭りを行った時、実行委員として協力してもらった青年たちだ。信頼できそうな何人かに、脱落しそうな人たちをフォローして貰っている」
 なかなか捨てたもんじゃないだろう? と笑ってみせる純一。後は彼等を契機として、避難民同士で相互扶助する精神を皆が思い出してくれれば良いのだが‥‥
「気付いているか?」
 と純一が明るく声を上げる。
「この一時間ほど、キメラの襲撃を受けてないぞ?」

 それが嵐の前の静けさに過ぎないことは、純一も硯も分かっていた。
 前兆はすぐに現れた。先頭を行くリッジの桜が、モニター越しに前方に目を凝らす。廃屋に突っ込んで擱座した高機動車。惨劇を伝える地面の血溜まり‥‥ 銃声は聞こえなかった。斥候には訓練を受けた正規の兵が当たっていた。その彼らが一発も撃てずに全滅している。驚愕する行動派幹部たちを他所に、桜が愛華に連絡する。即ち、ルートの変更は可能か、と。
 状況が静から動へと転換したのは、その瞬間の事だった。
 廃屋の中、陰、地面の窪み、木の枝の上、そして、一つ向こうの街区から、次々と飛び出して来る獣人たち。恐らく、これだけの数が集まるまで襲撃を控えていたのだろう。獣らしく隊列の横腹に喰らいつこうとするキメラたち。襲撃は、目立つ鷹司機のいる後衛を避けたのか、前衛と中衛に対して行われた。
「敵だ! 敵だ! 敵の大攻勢だっ!」
「右からも、左からも、あちこちから来るぞ!」
 浮き足立った防衛線は、最初の一波に打ち砕かれた。フロントガラスを打ち破られ朱に染まる高機動車。兵たちが二列目まで雪崩を打って後退する。
「くっ‥‥まるで砂糖に群がる蟻ですね‥‥」
 広い範囲に亘って攻撃を仕掛けてきた敵の前面を走り抜けながら、リヒトは拡声器を手に、悲鳴を上げる避難民たちに向け落ち着くよう呼びかけた。自分たちの防衛線はまだ機能している。生き残る為、決して隊列を崩さぬ様に、と。
 と、突然、前方の隊列が崩れ、避難民たちがこちら雪崩て来た。慌てて車を滑らせるダン。見れば防衛線が突破され、避難民たちの中にキメラが踊り込んでいた。
「ここまで来て‥‥見捨てるわけにはいきません!」
 リヒトは人込みに入り込んだキメラに対して銃撃が不可能と悟ると、伏せろ、との叫びを発して、閃光手榴弾を放り込んだ。炸裂する閃光と爆音。ダンが止めるよりも早く車から飛び下りたリヒトは、朦朧とする人々の間を縫って敵へと肉薄。乱戦下の鋭くコンパクトな蹴りで以って腹と膝の裏とを突き、崩れて膝を突いた所を銃撃して止めを差す‥‥
「左前、佐賀だ。敵大集団の大攻勢を受けている。至急、増援を乞う! 至急‥‥おい、誰かいないのか!」
 ガトリング砲の砲身を扇状に振って弾幕を張りながら、通信兵の受話器を顎に挟んで叫ぶ繁紀。と、通信兵が鉤爪に薙ぎ払われて鮮血を散らす。至近に敵を得た繁紀が雄叫びの零距離射撃で敵をズタズタに吹き飛ばす。
「くっ‥‥練力が‥‥っ!」
 余りにも激しく、長く続いた戦闘に、繁紀の練力は遂に底を尽こうとしていた。全身に圧し掛かる疲労と重量‥‥いや、まだだ。非覚醒状態であってもまだ非能力者よりは戦える‥‥!
 繁紀は地に膝をつきながらも、ガトリング砲を撃ち続けた。力場に弾ける跳弾の向こうで、キメラが一気に押し進む‥‥
 その反対側で奮闘を続けていた柳樹は、背後から崩れかかってくる避難民たちの声に思わず後ろを振り返った。その隙に打ちかかって来る敵キメラ。それを爪で受け凌ぎながら、その敵が先ほど見逃した個体だと何とは無しに理解する‥‥
 この時点で、数箇所で敵の突破を許した隊列は、二箇所にわたって分断されていた。前進は止まり、雪崩をうった避難民たちが安全と思しき後方へ向け逃げ込んでくる。それまで側方の防衛線を維持していた後衛だったが、避難民たちに交じってキメラに来られてはどうしようもなかった。
「下がれ! 鷹司機の近くまで下がって陣を組むんだ!」
 比較的平静を維持する後衛の避難民たちに、そして、逃げてくる者たちに向かって純一が叫ぶ。その手には小銃S−01とパリィングダガー。自らは後ろに下がらず、ただ一人前に出る。
「ここは俺が食い止める。先に行け。‥‥なぁに、任せろ。俺は不可能を可能にする幸運の持ち主だ」
 零れ落ちるは命の砂粒。だが、零れると分かっていても、それでも俺は掬い上げる事を諦められない。
 そのまま人の流れに押し流されていく青年たち。純一は血飛沫が舞う中、人の流れに紛れたキメラの側面に蹴りを喰らわせ、反撃を受け流しつつ至近距離から銃撃した。血を噴いて倒れるキメラ。そこに第2、第3の新手が迫る‥‥
 一方、隊列の中央部は、隊列の前後を分断されて完全に孤立した。この辺りは財団の車両が多く、怪我人が多くを占めている。守るべき者たちに比して、兵たちの数は少ない。
 唯一の、そしてささやかな光明があるとすれば、ここには源次、愛梨、のもじ、硯、4人の能力者がいた事だろうか。
「えぇい、畜生! 何を悠々と飛んでいるんだ、鬱陶しい! だから空を飛ぶキメラは嫌いなんだっ!」
 恐らく獲物の存在を察知して集まってきたのだろう。ボチボチと空に見え始めた飛行キメラ『ハーピー』の姿を見かけて、源次は悪態を空に放った。
 逃げ惑う人々の頭上で羽ばたき、鉤爪で『啄ばむ』敵に向け、超機械で電磁波を浴びせ掛ける。悲鳴をあげ、水蒸気の煙を噴き上げながら地面へと落ちる敵。そこへ避難民たちに「離れて下さい!」と呼びかけながら駆け寄ってきた硯が、至近距離から散弾銃を撃ち放って止めを差す。
「これはもう‥‥練力を節約するとか、そういう状況じゃないですかね?」
 散弾銃のポンプをスライドさせながら硯が呟く。だが、生き残る為には1分1秒でも長く覚醒している必要があるに違いない。
(「どうせ結末は変わらないかもしれないのに?」)
 折れそうになる自分の心。硯は頬を叩いて気合を入れる‥‥
 その向こう、マイクロバスの横では、愛梨が近づく敵にSMGを撃ちまくっていた。足元に転がる無数の空薬莢と空の弾倉。身体に括った新たな弾倉を銃へと叩き込みながら、レバーを引いて猛射する。
「一人でも多くの人が生き残れるよう、力を尽くす‥‥ただそれだけ‥‥」
 空を飛ぶ敵を銃火で撃ち据えながら、愛梨は自らに言い聞かせるように繰り返した。目の前で力のない者が死んでいく‥‥それが辛くないはずはない。大人びた言動はしていても、彼女はまだ若いのだ。
 と、目の前で群集の中に飛び込んできた狼人が、その鉤爪を振るって避難民たちを薙ぎ倒した。
 妻を庇って背を裂かれる夫。それが先程の夫婦だと知った愛梨は自制も忘れ、『竜の翼』で突っ込んだ。
「‥‥っ!!!」
 言葉もなく、策もなく。装輪状態のAU−KVが奏でる『竜の咆哮』の体当たりで以って敵を夫婦から吹き飛ばす。素早く鞘走らせたナイフを一閃し、突き立てる。その血を払う間もなく夫婦の下へと戻った愛梨は、倒れた夫を抱き上げる‥‥
「妻を‥‥子供たちを‥‥無事に‥‥せめて‥‥」
 そう言って事切れる夫。泣き咽ぶ妻の背後で、半狂乱になった中年男が天に向けて慟哭する。
「こんな事になるのなら、あそこで救助を待っていた方がマシだった!」
「ふざけないで!」
 中年男に同調する人々の叫びは、愛梨の叫びに遮られた。
「みんな自分が決めた事よ。今更‥‥もう引き返せない。分かるでしょう!?」
 最初に叫んだ男がそれに反論しようとして‥‥背後から近づいてきた源次に軽く、丁重に投げ飛ばされた。ポカンとする男に源次が顔を近づける。
「確かに辛いさ。だが、ここで折れたら、諦めたら、これまでの苦労が、犠牲が、全て無駄になってしまう。戻れないなら‥‥進んでみないか?」
「進むったって、どうやって‥‥」
 困惑する男に向かって頷く源次。少なくとも自分はまだ、ダンの仲間たちや軍に対してそこまで絶望しちゃいない。
 その頭上、蒼空を背景に飛び行く矢がハーピーを串刺しにして撃ち落とす。攻撃を放ち続けて来たのもじは空になった矢筒を見下ろして‥‥マイクロバスの上からひょいと顔を覗かせ、頭を逆さに下ろして中の子供たちに呼びかけた。
「絶対、外には出ちゃダメだよ。これ、約束ね」
 そう言いながら弓を捨て、足爪をつけた靴で地面へと降り立つ。
「あの祭りで私の歌を聞いた連中が‥‥こんな所で絶望してるんじゃないわよん」
 バスの上にいたのもじの体力にはまだ余裕がある。
 のもじは鋭い左右の蹴りを繰り出しながら、敵を少しずつ押し返し始めた。


「やるぞ、天然(略)犬娘! 周囲から敵を駆逐するのじゃ!」
「わぅ! まだ‥‥せめて、今、生き残ってる人たちは助け出すんだよっ!」
 前方、道路上の敵を撃ち払ったリッジは、その車体をようやく後方へと向け直した。桜は兵員室に人型になる事を伝えると、返事も待たずに変形を開始した。
「何かに掴まれ! 嫌ならさっさと降りるのじゃ!」
 そう言いながら、立ち上がった人型で戦場を睥睨する。どよめきはここまで聞こえた。乱戦時に攻撃する手段はない。だから、桜と愛華は敵の後続に向けて攻撃を開始した。
 砲身を下に向け、高所から20mm弾を撃ち下ろす愛華。着弾の砂塵が舞い、粉々に砕けたキメラが地面に赤い華を咲かす。桜は腕部で適当な瓦礫を掴むと、キメラの只中へと放り投げてやった。力場でも防げぬ質量に押し潰されるキメラたち。桜はそのまま前進を続け、脚部を振り払う様にしながらキメラを追い散らしていく‥‥
 と、そこへ、進路前方から突っ込んで来た車列の群れが、キメラに向けて銃撃を浴びせ始めた。それは第1キャンプからやって来た軍の援軍と‥‥ダンの同僚、財団車両班MATの隊員たちだった。
「レナか‥‥!」
「私たちだけじゃありませんよ」
 そう言って空を指差すレナ。上空には、無数の正規軍機がその翼を並べ、東へ向かって飛んでいた。
「隊長機より全機。これより、ユタ上空に侵入する全ての敵HWを駆逐しろ」
 今回の事件を機に。北中央軍西方司令部はついに、ユタ戦線へのKV投入を決定したのだ。