●リプレイ本文
西海岸の各基地を飛び立った第1陣の攻撃隊は、敵前衛基地を叩くべく、ユタの上空を踏み越えた。
漆黒の骸龍『イクシオン』を駆る夢守 ルキア(
gb9436)は、護衛機たる阿野次 のもじ(
ga5480)のシュテルンと共に、編隊に先行して攻撃隊を先導していた。折り畳んだ地図と目印の地形を見比べつつ、予定通りの針路を進んでいる事を確認する。彼女の背後には、正規軍制空隊のF−201Cと対地ミサイル装備のA−1Dが8機ずつ、対空・対地装備のF−104が各4機、そして、6機の傭兵機が続いている。敵前衛基地に駐留する敵航空戦力の漸減、そして基地機能の破壊がその目的だ。
編隊は予定通りに目標地点近郊まで進出し‥‥そこで骸龍の特殊電子波長装置が、敵基地の発するジャミング波を探知した。偵察用の高感度カメラをルキアが前方へと指向させる。目標上空にぽつり、ぽつりと染みの様に浮かぶ黒い点──こちらの接近を察して上がって来た迎撃機だろう。
「敵機発見! 小型HW16、12時方位、同高度。迎撃機だよ!」
ルキアの報告を受け、攻撃態勢に入る編隊各機。ウィリス中尉の命令の下、一気に加速したフェニックス隊の8機が次々とルキア機を追い越していく。
そんな彼らの更に前方──編隊の最前列へ、ソード(
ga6675)のシュテルン『フレイア』と、ティーダ(
ga7172)のアンジェリカ『Frau』が先陣を切るべく進み出た。
「これ程の規模の空戦は久しぶりですね。気を引き締めないと」
呟き、スロットルを最大まで押し込むティーダ。センサー上、16‥‥いや、32機に増えた敵は向かって来る事もなく、目標前面に展開したまま動かない。どうやら基地の支援を受けられる範囲でこちらを待ち受けるつもりらしい。
「兵装1、3、4、5、マルチロックオン開始。PRM『アインス』Aモード。目標、中央の10‥‥諸元入力完了。『レギオンバスター』────発射ッ!」
ソード機の各所に装着されたマイクロミサイルポッドが、一斉にその防護カバーを開放した。
スラスターから迸る光の奔流。ブーストで一気に加速したソード機の各所に装備された『ロヴィアタル』と3つのK−02から、立て続けにマイクロミサイルが撃ち放たれる。まるで花開く様に四方の空へと放たれたそれが一斉に前方の獲物へと針路を変える。互いに細かく位置を入れ替えながら、獲物の横腹を食い破るべく雷光の様に進む誘導弾。だが、その初撃は敵も読んでいたのだろう。小型HWの装備したファランクスが、基地から放たれたAMMや迎撃兵装が誘導弾の乱舞が迎え撃つ。空中に爆発のエネルギーが炸裂し、周囲に炎と煙と破片の華を咲かせる。連鎖した爆発が壁の様に中空に煌き続け‥‥やがて、数に勝る『レギオンバスター』その『壁』を突破した。
次々と直撃を喰らい、爆発するHW。センサーから消えた敵機の数は、実際の撃破数よりも明らかに多かった。どうやら敵は編隊の中にダミーユニットを紛れ込ませていたらしい。
弾かれたように散開する敵編隊。そんな敵影をセンサー越しに見つめて‥‥ルキアは、ハッと、ティーダに叫んだ。
「左翼後方の1機! 動きがいいよ!」
素早く視線を飛ばすティーダ。‥‥確認した。回避運動をしつつも戦場に留まる無人機に比べ、素早く自機の位置を比較的安全な隊列後方に下げた個体がいる。
ティーダは機翼を翻させると、加速を乗せて一気にそちらへ突っ込んだ。
エンハンサーを起動したアンジェリカ『Frau』の冷却索から燐光が溢れ始め、機体が発光し始める。その接近に気付いた有人機が、自機の前面に3機の無人機を展開させた。それを間に挟むように、右へ、左へと機位を変えながら発砲してくる有人機。乱れ飛ぶ火線の中、ティーダは盾たる無人機を荷電粒子砲による一撃で吹き飛ばす。即座に飛び跳ねる様に後退し、無人機とで十字砲火を形成しようとする敵。それより早く、ティーダは操縦桿を引き倒して有人機へと肉薄する‥‥
一方、敵直掩機が制空隊に蹴散されている間に、攻撃隊も隊列を組んで突撃に移っていた。
「さて、今までの借りを返させて貰うとするかの。天然(略)犬娘、行くぞ!」
「攻撃中も、高高度や低空域には目を光らせておいてね。どこに敵が潜んでいるか分からないんだよ!」
綾嶺・桜(
ga3143)の雷電がロングボウ隊の、響 愛華(
ga4681)のパピルサグ『紅良狗弐式』が対地バイパー隊の、それぞれ前方へと機位をつけ、低空から敵基地目指して突進する。その上空には須磨井 礼二(
gb2034)が駆るF−201A3。対地攻撃中、無防備になる攻撃隊を守るべく直衛についているのだ。
「スマイル、スマイラー、スマイレージ! 近づく敵機は僕の方へ引き付けます。皆さんは攻撃に集中して下さい」
そう言って翼を振る礼二のフェニックス。そこへルキアが、敵基地から上昇してくる新手のHW8機を警告する。慌ててオーバーブーストを焚いて機を加速させる礼二。同様に飛び出したのもじが温存していたK−02を敵の頭を抑える様に撃ち放ち、その『魔手』から逃れた敵を礼二がDC−77機関砲で追い散らす。
そこへ、進入して来たロングボウ隊が最大射程から一斉に対地ミサイルを撃ち放った。綺麗に並んだ誘導弾が白煙を曳いて空を奔り、直上から対空砲や未飛翔のHW目掛けて降り注ぐ。レギオンバスターを迎撃する為に基地の迎撃兵装は全てそちらを向いており、この対地ミサイル群はその間隙を縫う形で敵基地へと飛び込んだ。爆発が次々と基地内で炸裂し、誘爆の連鎖を引き起こす。踵を返すA−1D隊。直進を継続した桜の雷電がそのまま基地上空へ飛び込んでいく。
「対空砲‥‥こ奴等だけは先に叩き潰しておかぬとの!」
対地ミサイルが撃ちもらした目標へ向けて、桜はロケット弾を次々に送り込んだ。機首を振り、針路上の残目標へとばら撒かれていく墳進弾。フェザー砲を撃ち上げていた対空砲が爆発に巻き込まれて巨大な火柱を吹き上げる。その横では、損傷しつつも飛び立とうとしていたHWが、掃討に入ったのもじと礼二の機銃弾を受け、クルリと地面へ激突する。
完全に無力化した敵前衛基地の上空へ、最後に突入したのはフレア弾を装備した対地バイパー隊、そして、愛華のパピルサグだった。
「熱い内に召し上がれ、だよ!」
命中精度よりも速度と安全性を重視した爆撃隊が、基地上空を高速で飛び過ぎてゆく。それより早く切り離されていたフレア弾は慣性に従って空を舞い‥‥着弾。色んな物を巻き込みながら高速で跳ね転がり、時限信管により炸裂。基地施設のほぼ全てを、煉獄の釜の底に焼き払った。
●
『敵航空戦力殲滅。敵基地施設を完全破壊。味方損害は軽微。損失機なし』
上空の空中管制機を経由してもたらされた攻撃隊からの報告に、第2陣として待機していた面々はほぅ、と息を吐いた。沸き上がる味方の歓声。これで敵前衛基地の発進拠点としての機能は失われた。攻撃にしろ、後退にしろ、敵は後方からの長い移動を強いられる事になる。
「へぇ。あいつも上手く生き残れたみたいだな」
龍深城・我斬(
ga8283)は雷電の操縦席で微笑した。あいつ、とは、新米のセシル・ハルゼイの事だった。カナダで訓練中、我斬、礼二、そしてのもじは、セシルを含む新兵たちに訓練を施した事がある。
「おや? あれは機種転換訓練の時に見かけた‥‥」
出撃前。発進準備を進める駐機場で懐かしい顔に気付いたのは礼二だった。隣りを歩いていた我斬もまた気付いてそちらを振り返る。確かに見知った若い顔は‥‥のもじの踵落としを喰らって倒れ伏した所だった。
「何が『ヒーローたるべき』だ、この馬鹿弟子が!」
倒れたセシルを見下ろして憤然と言うのもじ。ぷしゅ〜と頭から煙を発したセシルが顔を上げる。
「し、師匠‥‥今、俺のモノローグに対してツッコミを‥‥?」
「それはとりあえずおいといて!」
両手で何かを脇に置く仕草をするのもじ。事情を聞いた愛華が、食べかけのハムサンドを呑んでからこう言った。
「私のお母さんが言ってたよ。英雄になろうと思っちゃダメだって。それは私たちが勝った後、遠い未来で、誰かがそう語り継いでくれる筈のものだから、って」
「うちのマムも言ってたぜ。男たるもの、どうせ生きるなら歴史に名を刻むようなビッグな男になりやがれ、ってさ。‥‥もういねぇけどな」
反駁しようとして言葉を失う愛華。のもじと礼二は困った様に顔を見合わせた。
「でも、君が目指すのは、BERSERKじゃなくHEROなんでしょ?」
「‥‥翼は片方だけじゃ飛べませんよ?」
僚機との連携する事の重要性について、そう示唆するのもじと礼二。分かってはいるんだけどさ、と。セシルが嘆息して天を仰ぐ‥‥
「攻撃隊より連絡。後方より接近する敵影あり」
管制機からもたらされた報告に、我斬はハッと我に返った。
参謀連中の予測通り、弾薬・練力を消耗した第1陣の攻撃隊を追って、他基地から発した追撃隊が接近中らしい。これを阻止するのが、自分たち第2陣の役割だ。
「救出活動が完了するまで、ユタ上空の航空優勢を確保せよ‥‥か」
「責任重大ですね。わたしなりに最善を尽くしますね」
翼を並べる僚機、雷電のパイロット、煉条トヲイ(
ga0236)と、隊列の中央でイビルアイズ『バロール』を駆る乾 幸香(
ga8460)の声が無線機越しに聞こえてくる。その後方、S−01HSCのコクピットで身を乗り出す新居・やすかず(
ga1891)。「見えました」という彼の言葉に、能力者たちは視線を前にやった。
A−1D、F−104の対地攻撃隊を先頭に、背後をF−201Cと傭兵機で固めた編隊が前方より近づいて来る。その最後衛──殿に位置したのもじ機は大きくウェーブを描きながら、射程ギリギリの所で敵の砲撃を誘引して、追撃隊の足を鈍らせている‥‥
それを見たソーニャ(
gb5824)はその正面へと突っ込むと、機をロールさせて背面になり、バックトゥバックですれ違った。一瞬の交差。刹那のすれ違い。ソーニャとのもじが風防越しに笑みを交わす。
「後は任せて。いけー、エルシアン!」
アリスシステムを起動して機動性を上げたMk.4Dがそらを駆け、螺旋を描く様にしながら敵後方へと飛び抜けた。インメルマンで高度を稼ぎつつ風防越しに敵を見下ろし、満足そうに笑みを浮かべる。ソーニャの突撃は追撃隊を散開させ、既に第1陣に対して追撃を行える様な状態にはなくしていた。
「──送り狼のお出ましだ。盛大に出迎えるぞ!」
トヲイは超伝導アクチュエーターを起動すると、その千々に乱れた敵隊列に向かってK−02を撃ち放ちながら突っ込んだ。タイミングを合わせ、K−02を同時発射する我斬。乱舞した小型ミサイルが軌跡を描き、敵に喰らい付いて爆発する。
トヲイはその中で無人機とは異なる──鋭い回避運動を取る敵機を目ざとく見つけ出すと、ブーストを噴かして肉薄していく。四方から放たれた反撃のフェザー砲は、しかし、その殆どが的を外した。幸香が起動させたロックオンキャンセラーがHWの照準装置を妨害したのだ。
「少しでも‥‥1機でも多く、効果範囲に巻き込むように‥‥」
味方を援護する為、自ら敵中へと割って入っる幸香。とはいえ、乱戦になりがちな格闘戦を行うつもりはない。敵と距離を保つ為、こまめにその進路を変え‥‥どことなく、野良犬の縄張りに迷い込んでしまった仔犬の様な『頼りなさ』を感じながら、やすかずがその後を追う。
「わわっ?!」
そうしている内に敵に至近に肉薄されて‥‥瞬間、その瞳を深紅に染めた幸香は、すれ違い様、その敵機に向け重機関砲を叩き込んだ。リズミカルに放たれた砲弾が装甲を瞬く間に撃ち貫き、穴だらけにされた敵が炎を吹き上げながら独楽の様に後方へと墜ちていく。
幸香機の後方についたやすかず機は、さらに側後方から迫る敵に向けて95mm砲を立て続けに叩き込んだ。出し惜しみは一切なし。最大威力、最大効率の攻撃を確実に敵機へ叩き込み、迅速に敵機の数を減らすのみ、だ。
1機を撃墜し、さらなる1機へ2発の95mm砲弾を叩き込んだやすかずは、威力を向上させたリニア砲による一撃を撃ち放った。装甲を貫かれて爆散し、半分以下に分かれた機体を大地に散らす敵HW。助けられた形の幸香は、やすかず機を見上げて礼を言った。
「あら、ありがとう。感謝しますわ」
覚醒して性格の変わった幸香に苦笑しながら、人の事は言えませんか、とどこか醒めた調子で自己分析をするやすかず。そのまま幸香機に追随しながら風防越しに視線を飛ばすと、冷静に周囲の状況を観察する。
敵の追撃隊はただ1度の反航戦で、その半数を永遠に失っていた。勝機を失ったと判断した敵は素早く撤退を図ったものの、そこへF−201Cを先頭にした正規軍と、反転したソーニャ機が突っ込んでいく。
「まだ先は長い。継戦が難しいと判断したら、各機、補給・修理に戻れ。──此処では墜ちるな」
正規軍を含む各機にそう『忠告』して反転したトヲイは、先ほど墜とし損ねた有人機へと再び突っ込んだ。数少なくなった無人機と共に再び反撃する有人機。トヲイはスラスターライフルの連射で瞬く間に無人機1機を撃ち落とすと、近接してのリニア砲で以って有人機をも叩き落す。それを見た我斬は口笛を吹いて僚機を賞賛した。
「さて、こちらもボチボチ行きますか。トヲイ、援護は頼まぁ」
我斬は操縦桿を押し倒すと、こちらの『包囲』を突破しようとしている敵機に向けて、後方から長距離バルカンで狙い撃った。2機組みの1機、隙を見せた個体に大事なAAMを撃ち放つ。僚機を墜とされたもう1機が反転するや距離を取り‥‥追いかけてきたその敵をトヲイ機の眼前へと誘い込む。
「格好なんざ気にしていられるか。石にかじりついてでも勝つ。それが戦いだ」
それは、素人同然の身から戦士へと駆け上がった我斬が得た真理の一つであったろうか。あの新米たちもそれが分かっていれば良いのだが。トヲイに撃墜された敵機を風防越しに振り返りつつ、我斬はそう独り言ちた。
●
追撃隊を粉砕した第2陣と入れ替わる様に、補給を終えた第1陣が、第3陣として前線へと復帰した。
戦況はそれ程、悲観的というわけでもなかった。時間的・距離的な余裕は比較的多かったし、正規軍機にも損失は出ていない。
だが、それ故に、敵は持てる余力の最大限の戦力をこちらに叩きつけてきた。有人機が率いる高機動型の中型HW隊を中核とした、多数の高機動タイプの小型HWを揃えた精鋭部隊。これを『前衛』──本隊侵攻の露払いとして前進させて来たのだ。
「ふん。遅滞戦闘なぞいつもしておる。言わば、わしらの得意分野というわけじゃな。‥‥嬉しくはないが」
迫る敵を眼前に気合を入れ直す桜。能力者たちはルキアの管制の下、ソードとティーダ、礼二の機体を中型への打撃戦力とし、桜、愛華、のもじの3機を小型HW掃討の、正規軍の補佐役として配置した。
「小型HWは極力、軍に対応して頂く事になります」
礼二の笑顔もどこか硬い。乱戦になってしまえば、分けて対応する余裕などなくなってしまう事を、この場にいるパイロット全員が知っていた。
敵は高機動中型を基幹とし、小型HWがそれを支援する戦法を取って来た。中型の前面に展開した小型を排除しようと前進すると、波が引く様に小型が下がり、中型の中距離攻撃が飛んでくる。露出した中型に攻撃しようと突入すると、中型を囮にした小型の支援・包囲攻撃が十字砲火気味に放たれる、といった具合だ。第3陣の各機は、敵の連携を排除すべく、全面的な攻勢に打って出るしかなかった。
相互支援を行う小型を中型の周りから排除すべく、攻撃を仕掛ける正規軍機。桜機の16式、そして88mm光線砲が敵の一角に穴を開け、そこから敵編隊を突き崩しにかかる。中型の前に踊りこんだティーダ機の回避に徹したその機動に、敵が釣られて出てきた所をソードが95mm砲で撃ち貫く。練力も、誘導弾も、この先の長期戦を考えればおいそれとは使えない。落ちていく中型を見やりながら、能力者たちはようやく1機、と嘆息した。
4回目のオーバーブーストを焚いた礼二機が、孤立した中型へと肉薄し、スラスターライフルの一連射でもってその機関部を撃ち抜いた。
反撃の砲火が放たれる中、加速をつけたまま一気に敵の下へと抜ける。直後、小爆発を起こして火を噴く中型HW。風防越しに飛び行き過ぎる怪光線が少なくなった事を認めて操縦桿を引いた礼二は、落ちていく中型を振り返りながらその高度を上げていった。
上げながら、コンソールの燃料計を確認する。強敵の中型を落とす為に、礼二は惜しげもなく練力をつぎ込んでいた。ここで中型を撃ち減らしておけば、後々、補給に戻りやすくなるからだ。
「‥‥ようやくですか」
嘆息する礼二。3機目の中型を墜とした所で、敵はようやく後退を開始した。
今回の戦闘で、3機のF−104と1機のF−201Cが墜落していた。幸い、パイロットは全員無事に脱出しており、既にヘリに救出されている。
「補給に戻ります。同行する機体は集まって下さい」
礼二がそう呼び掛けると、被弾したバイパー隊、ミサイルを撃ち尽くしたロングボウ隊、そして、正規軍機を守って奔走して消耗した愛華機が集まってきた。
ウィリス小隊のF−201C、4機は、比較的損傷が軽微という事で残る事となった。
「セシル君、イルタさん。高高度と低空には常に気をつけるんだよ! ガンシップの弾幕は近づいたら危ないからね。あと、蒼い三角錐は一人で立ち向かっちゃ絶対にダメだからね! 桜さん、皆を頼むんだよ」
補給に帰る前、正規軍の新米たちに自身の戦闘経験を伝える愛華。二人はありがたくその忠告を受け入れ、手を振って補給に戻る皆を見送った。
「敵発見! 中型多数を含む大編隊がこっちに向かっているよ!」
ルキアのその報告を、パイロットたちは無言で受け入れた。
敵は、複数の中型HW・『子持ち』(爆撃機型)と、その直衛たる『針鼠』(ガンシップ型)を中心とした大部隊だった。
「ここが正念場、か‥‥」
桜は風防越しにその大軍を見つめながら、友人の呟いていった言葉を口中で繰り返した。通信回線に沈黙が下りる中‥‥ティーダは敢えて明るい声で、操縦席でポンと手を打った。
「さて、これからは遠慮なくいかせて頂いて良いのですよね?」
その言葉に、パイロットたちは一瞬、目を瞬かせた。確かに、と糸目をさらに細めて苦笑するソード。とりあえず第4陣──補給に帰った第2陣が戻って来るまで戦線を維持すればなんとかなる。
「よし、全機、その意気だ。弾抱えたまま墜ちるなよ?」
「ふん。釣りもいらんのじゃ。ありったけを喰らわせてやるかの」
ウィリス中尉の言葉に桜が笑って応える。各機のセンサーが鳴り響き、戦闘の開始を皆に伝えた。
戦いの口火は切って落とされた。
味方の先頭に立ったソード機から、温存していた誘導弾の群れが満を持して放たれる。目標は中央の5目標。地上部隊最大の脅威たる子持ちとその直衛たる針鼠だ。
蜘蛛の子を散らす様に空へと広がった白煙の投網が敵編隊へと降り注ぐ。その上面に展開してファランクスを撃ち捲る小型HW。さらに針鼠がAMMと弾幕兵装を撃ち捲る。続けてソードのもう1射。AMMが、迎撃された誘導弾が、盾になった小型が上空で吹き飛び、ダミーユニットでかわし切れなかった中型2機が立て続けに編隊から落伍し、爆散する。
「これ以上、先へは進ませぬ!」
そこへ桜、のもじ、ティーダ、そして正規軍機が突っ込んでいく。大損害にも関わらず、敵は編隊を崩してはいなかった。激しい対空放火が放たれる。
ソードは正面から針鼠へと突っ込むと、弾幕兵装の射程外を遊弋して敵のポジトロン砲を曳きつけた。その隙に突っ込む他の3機。直衛の針鼠が放つ弾幕をものともせず、ありったけの火力と練力で以って攻撃を集中する。
燐光を曳きながら空を駆けるティーダ機から放たれた荷電粒子砲が子持ちの機体後部の装甲を焼き貫いた。火を噴き、がくり、と高度と速度を下げる敵。編隊から落伍したそれを正規軍機が囲み、火達磨にして撃ち落とす。
「新手‥‥これが噂の三角錐っ‥‥!?」
正規軍機のパイロットが告げる警告が、雑音に紛れて消えた。ルキアがセンサーに映った新規兵力を見つけて上空を振り仰ぐ。火の玉と化して落ちていくバイパーに照らされて、3機の蒼い三角錐型の高機動ワーム『フライングランサー』と、輸送艦・小型BF(ビッグフィッシュ)がそこにいた。
「むっ?!」
向かってきた三角錐をウィリス中尉が迎え撃ち‥‥激しい空戦の後に斬り墜とされる。僚機を失い孤立するイルタ。気付いたセシルが編隊を離れて救援に向かう。
「っ!?」
気付いたルキアがブーストを焚いて、骸龍の全速でもって追い縋った。イルタ機から目標を変えた三角錐がセシル機に迫る。間一髪追いついたルキア機が周囲に煙幕弾を撃ち放ち、用心した敵を離脱させた。
その隙に、味方との間に桜とのもじが割って入る。新手の登場に一旦、距離を取った三角錐が‥‥のもじに、無線で呼びかけた。
「ソノ機体‥‥『有明の白い悪魔』カ」
「‥‥ふん。こないだの礼は言わないわよ」
答え、機首を敵機へ向け直すのもじ。すぐ横を『並走』する桜がのもじに叫んだ。
「わしが鋭角機動の直後を狙い撃つ。ぬしは奴を追い込むなり、追い込まれるなり、何とか隙を作るのじゃ!」
一方、セシル機、及びイルタ機を救出したルキアは、セシルに向かって「バカ!」と叫んだ。
「此処は戦場、私もきみも堕ちたら死ぬ!」
「そうだね。落ちちゃダメだよ。落ちたらその分、仲間が危険になるんだからね」
その声はセシルのものではなかった。若い娘の声──その聞いた声は第2陣、エルシアンのソーニャの声だった。補給を終えた第2陣が、今、第4陣として到着したのだ。
「‥‥あの火力、羨ましい限りですね」
激しい対空放火を打ち上げる針鼠を見下ろして、やすかずは呆れたような口調で嘆息した。あの弾幕をまともに集中して喰らえばひとたまりもないだろう。射程の短いリニア砲は避けた方がいいかもしれない。
「近づきさえしなければ、意外と針鼠の攻撃手段は限られます。キャンセラーをかけますし、そうそう当たりはしませんよ。‥‥もっとも、それだ子持ちにも近づけないんですけど」
だからアレは先に落とす必要がある。隣を飛ぶ幸香の言葉にやすかずは頷いた。だからこそ、距離を取って戦う必要がある。そして、HSCはそれが出来る機体だ。
やすかずはKA−01に武装をスイッチすると、アグレッシヴ・ファングを乗せた一撃を最大射程から撃ち放った。エネルギーを集積された大口径砲弾が、針鼠の砲塔を幾つか巻き込みながらその装甲を削り取る。
さらに、幸香機の翼下から投下されたAAMが次々と針鼠目掛けて突進してゆき、直撃して爆発する。やすかずはすぐ至近の空を切り裂いたポジトロン砲の光条に眉をひそめながら、再装填した集積砲を叩き込む。装甲に刻まれる巨大な破孔。直後、一際大きな爆発が沸き起こり、装甲を内部から吹き飛し‥‥噴出した黒煙が、断末魔の様に後方へと棚引いた。
「乾さんと新居さんが右翼から敵を切り崩します。ボクはその間隙に入り込んで長距離砲を引き付けるから、ソードさんは攻撃をお願い!」
そう告げ、ブーストを焚いて一気に接近していくソーニャ。幸香とやすかずの攻撃を受けていた最右翼の針鼠が一際大きな爆発を発し、黒煙と共に沈んで行く。幸香の放った螺旋弾頭弾がその装甲を食い破ったのだ。隣りの針鼠から撃ち上げられる対空砲。ソーニャはラージフレアを射出しながらその翼を翻し、光弾の軌跡を後置しながら空を奔る。
(「エルシアンの機動性をなめないでよね‥‥!」)
ソーニャの脳裏には、出発前にブリーフィングで聞いた言葉が今も焼きついて離れていなかった。「老人、女、子供を含む1000人以上の集団が、徒歩で、だ!」 ‥‥まるで出エジプト記じゃないか。キメラの海とは良く言ったものだ。
ソードの95mm砲が立て続けに針鼠に命中し、その巨体から一際大きな火を上げた。爆発を引き起こして落ち始めるそれを見て、ソーニャが拳を突き上げる。
「幸運の青い鳥、健在! 待っててね。海がその行く手を阻むなら、僕たちがその海を割ってあげるから!」
「‥‥此処で後退すれば、避難民たちが窮地に立たされる。──何があろうとも、絶対に退けん‥‥!」
高高度より振り下りてきたトヲイ機と我斬機が、新手の小型BFに向けて、一斉にK−02ミサイルを撃ち放った。
枝垂れ柳の様に降り下りたそれが、BFと周辺の小型HWとに降り注いで吹き飛ばす。上面を焼かれつつも進み続けるBF。本来、護衛についていたはずの三角錐は、のもじと桜に拘束されている。
「行くぞ、我斬」
「おうさ!」
護衛の吹き散らされたBFに向かって、ブーストを焚いて吶喊する2機の雷電。放たれるスラスターライフルの曳光弾と白煙を曳くAAMとがBFの巨体に吸い込まれる‥‥
ふと、その船体からぽろりと何かが零れるのを見て、我斬はハッと目をやった。途端、脳裏をかき回す様な頭痛が湧き起こる。逸れてゆく誘導弾を揺れ霞む視界に認識し、機首をBFからCW(キューブワーム)へ向け直す。暴れ回る火線の鞭を強引に手繰り寄せ、距離をギリギリまで詰める事で一つ、二つとCWを撃ち砕く。
我斬の仕事を信じてBFへの突撃を継続していたトヲイは、頭痛が消え去ると同時にリニア砲を発砲。ブーストに点火して突進し、その剣翼で以ってBFの船体を切り裂いた。
一方、その頃、FL(フライングランサー)を一手に引き受けていたのもじと桜は、その機動性に押され始めていた。
二人はFLの鋭角機動直後の隙を狙おうと連携して当たっていたのだが、敵もまた2機の無人機と連携してその隙を潰しに、或いは利用しにかかったのだ。
下方から上昇してきたのもじの剣翼を、鋭角機動で回避する有人機。スラスターライフルでその隙を狙い撃とうとした桜は、直後、振り降りてきた無人機の突進を受け、射点を放棄し回避した。衝撃と共に破片が飛び散り、弾かれた機体の制御をどうにかして取り戻す。
「ちぃ! また一段と厄介な!」
呻く桜。直上へと抜けて上昇するのもじは、舌打ちをしながら4基のスラスターの排気炎を前に振り出して機体に急制動をかけさせた。あまりの急制動に衝撃が機を叩き、フレームが金属音の軋みを上げる。ふらり、と失速しかける機体を人型へと変形させて、スラスターの制御で振り返る。その無防備な瞬間、周囲に敵機がいないのは奇跡だった。墜落の危険をその身に感じながら再び戦闘機形態へと変形し、今一度の奇跡を信じてブーストで突っ込むゴッドノモディ。その相手の予測にない(非常識な)角度からの突撃は、桜を攻撃しようと位置に付けた無人機を、剣翼の一撃で以って切り裂いた。
粉々に砕け散り、キラキラと輝く蒼い三角錐。無理矢理な機動で速度を失ったのもじ機を有人機が照準し‥‥
「わぉーん! やらせないんだよー!」
補給を終えて戻って来た愛華のパピルサグが、ツングースカを撃ち放ちながら横合いから突っ込んだ。慌てて回避運動に転じるFL。愛華機の後ろから、巨体に隠れる様に接近していた礼二機がオーバーブーストを焚いて飛び出し、集積砲を撃ち放つ。でたらめな機動でそれを回避する有人機。礼二機が炎の尾を曳きながら、宙を跳ねる様に追い縋りながら機関砲弾を撃ち捲る。
それを妨害すべく突っ込んで来た無人機に向かって、愛華が放った電撃がその全身へと絡みつく。無人機は一度、二度と小爆発を繰り返し‥‥続く桜機の一撃で以って穴だらけになり、砕けて散った。
「ドウヤラ空戦ヲ楽シミ過ギテシマッタラシイ‥‥」
そう言うと、FLを駆るバグアの無銘エースは高空へと離脱した。その時には既に、彼が守るべき中型HW群はその殆どが能力者たちに撃ち落とされていた。
第4陣補給組が戦場に到着した事によって、彼我の戦力比は完全に逆転した。補給を受けて再来した新手に、敵は対抗する術を持たなかったのだ。
「制空隊はトヲイ機、我斬機と共に小型HWを駆逐して下さい。補填戦力のR−1隊およびロングボウ隊はその最大火力を以って残存する中型を‥‥」
上空で戦場を『管制』してきたルキアが、正規軍新手へそう『要請』する。それら新規兵力を引き連れて、ティーダは味方が抉じ開けたガンシップの穴から子持ちへと突入した。
「全機、攻撃開始。反撃に注意しつつ、1機ずつ確実に撃墜する」
幾ら頑丈とは言え、直衛機を失った子持ちは脆かった。特殊能力を乗せたR−1、A−1Dの誘導弾が後退する子持ちに次々と命中し‥‥ティーダ機の荷電粒子砲により、その身を半ば切り裂かれる様にしながら、火を吹き、炎上しつつ爆散する。直衛につくべき針鼠は、既に自らを守るだけで精一杯の状況になっていた。全速で離脱をしながら、各機の追撃により撃ち滅ぼされていく‥‥
追撃は、敵が再出撃してきた高機動中型の編隊と合流するまで、強かに続けられた。‥‥完勝である。敵は多くの戦力を損失・消耗し、西方司令部は短期間という限定的なものではあるが、ユタ上空の制空権を確保した。
「見ろ、愛華。ユタの灯じゃ」
戦闘を終えて基地へ帰還するその途上、桜は愛華に地上の一角を指し示した。避難民を助けるべく集まった地上部隊の放つ明かりが空からもはっきり見えた。能力者たちは彼等の為に‥‥これまで苦しめられてきた人々の無念を晴らす為、今を必死で生きている人たちを助け出す為に戦ってきたのだ。
「俺たちは此処までだ‥‥避難民たちの事、よろしく頼む」
「ユタの大地に祝福を」
トヲイとのもじの言葉を空に残し。地上の避難民たちを遠くに見遣りながら、KV隊は西海岸へと去っていった。