●リプレイ本文
冒険者(違う)、龍深城・我斬(
ga8283)さんの疑問。
「何でレッドなのにピンク色なんだよ!?」
「え? だって、桃だよ?? ももたレンジャーだよ???」
「じゃあ、なんでレッドなんだよ」
「リーダーって言ったらレッドでしょ」
「‥‥?????」
(なかよし幼稚園教諭、Mさん(お色気無縁)との問答より)
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「わふぅ♪ 桜さん可愛いよ〜。皆も似合ってるんだよ〜♪」
襲撃前の一時。『ももたレンジャー』の出番を次に控えた舞台袖の奥の一角。
響 愛華(
ga4681)は、舞台衣装に着替えた妹分の綾嶺・桜(
ga3143)を見て、満面に笑みを浮かべて抱き締めた。
「ぬぅぅ‥‥釈然とはせぬが、まぁ着物じゃし我慢してやるのじゃ。その代わり、帰ったらおやつの増量を求むのじゃ」
肉球柄のミニスカ戦闘用着物(スパッツだから恥ずかしくないよ!)を着た愛華(犬レンジャー役)に抱かれつつ、憮然(照れ隠し)として嘯く桜。小鬼娘(こまっしゃくれ系敵役。マスコット)役の桜は、楓模様の着物を着せられ、愛華お手製の鬼お面を頭に斜めに被せられていた。
舞台袖には、他の役の面々も着替えを済ませて集まっていた。黒鬼(美形ボス)役の鏑木 硯(
ga0280)は、以前、節分で使った全身黒タイツを纏って鬼の扮装し、猿レンジャー役の御影 柳樹(
ga3326)は、黄色のボディースーツにオレンジ色のチョッキとズボンを重ね、橙色の隈取の入ったフルフェイスを被っている。黄色に塗装した自前のフトリエルを持参したその姿は、斉天大聖・孫悟空をイメージしたキャラクターらしい。一方、雉レンジャー役の我斬は、虹色に輝く鎧の上にド派手なケープを羽織り、黄金色のマスクに幅広の両手剣、と、目立ちたがり、という雉グリーンの設定を反映したキラキラ仕様。『お爺さん』役の鋼 蒼志(
ga0165)は、なぜかジェントルマンな老紳士、といった趣だ。
「‥‥むぅ。少々、美咲センセの精神状態が(色んな意味で)心配になる今日この頃‥‥もしかして、疲れているのカナ?」
裏方役の葵 コハル(
ga3897)が、美咲が即興で書き上げた脚本の、そのぶっ壊れた内容と設定に顔を引きつらせて苦笑する。まぁ、その辺りの心のケアは香奈センセに期待するとして。コハルは同じく裏方全般を務める園長先生にそっと話しかけた。
「これからは、あたしの報酬はナシでいいですよ? 子供に接する仕事に興味が出てきたので、その勉強をさせて貰う、とゆーことで」
フィナーレを迎えた『森のクマさん』の緞帳を下ろしながら、園長は驚いた様にコハルを見返した。
「前にアイドル活動の一環で慰問イベントなんかやったんだけど‥‥子供と触れ合うのが合ってる。‥‥ような気がするんですよ、自分としては。なので、いずれ美咲センセたちみたいになれたらなー、と」
お金は正当な報酬だから受け取って下さい、と園長先生は柔和に微笑んだ。その上で幼稚園の先生を目指すのならば、と、鞄から幼稚園教諭免許状を取得するのに必要な単位等に関する資料を持って来る。
「心身共に大変な仕事ではありますが‥‥私たちと同じ道を歩もうとして下さるなら、こんなに嬉しい事はありません」
頑張って下さいね。園長はにこやかにそう言った。
赤鬼型キメラ『ももたレッド(偽)』が現れたのは、そんな折の事だった。
「‥‥お遊戯会にも来たさ‥‥ しかも、ももたレンジャーの真似まで‥‥」
「いい加減、子供たちに『まともな』イベントを体験させてあげたいんだよー」
やっぱり出た、と苦笑する柳樹と愛華。大きく開けられた鬼キメラの胸元ときっちり閉じられた美咲のそれとを見比べて‥‥目が合った美咲から哀しげに目を逸らす。
一方、警護の為、園児たちの間に交じって観客席に座っていたα(
ga8545)は、本当に現れたキメラに目を丸くしていた。イベント毎にネタキメラが現れるという事情は依頼を受ける時に聞いていたのだが‥‥ 何より驚いたのは、殆ど動じていない園児たち(年長さん)の姿だった。一体、どれだけの場数(ネタキメラ限定)を踏んできたというのだろう?
だが、この日の状況はいつもと違った。
明らかにキメラではない黒尽くめの登場に、能力者たちは改めて警戒を強めた。
「キメラはいつもの事だが、避難妨害がくるとは‥‥もし、香奈先生に何かあったら、この俺の全てを懸けて、貴様という存在を滅ぼしてやるからなぁ!」
そう(内心で)叫んだ我斬が、香奈を守るべく振り返り‥‥既に美咲の背後に隠れているのを見てちょっぴり涙する。その横で、状況を確認した蒼志がふむ、と一つ頷いた。無論、我斬たちの事ではない。
「この幼稚園の事情については噂程度にしか知りませんが‥‥普段とは随分と様子が違うようですね」
蒼志はスルリ、と舞台袖の陰から姿を消した。敵が舞台袖から出てきたという事は、舞台裏から、裏口から入って来たという事。或いは他にも、隠れていたり、予想外の場所から侵入していたりする敵がいるかもしれない。
蒼志は『探査の眼』を使用すると、急ぎ足で、だが、慎重に、敵を警戒しながら舞台裏を駆け抜けた。途中、同様に裏に回っていた桜と合流し、給湯室の裏口から外に出る‥‥
身体そのものを振動させるような絶叫がキメラから発せられると、流石の園児たちも怯えた様にその肩を竦ませた。
硯はすぐに落ち着かせようと舞台袖から飛び下りて‥‥ふと自分が鬼の格好をしている事に気がついた。このままでは子供たちを怯えさせてしまう。硯はそれ以上近づかず、舞台のすぐ下の影に目立たないよう身を潜めた。園児たちの中には愛華とコハルが入っていく。黒尽くめは何も言わなかった。
「みんな、落ち着いて。あぁ、泣かないで‥‥危ないから絶対に席から立っちゃダメだよ?」
αが椅子の上に立ち上がって、周囲の皆を落ち着かせにかかった。ぶかぶかのシャツの余った袖を振って一生懸命に呼びかける。黒尽くめは着席と観戦の強要を皆に敷いた。下手に騒ぐと危険だろう。コハルは小さく舌を打った。この演舞場が吹き抜けだったなら、子供たちを2階席へ避難させるべく交渉する事もできたかもしれない。
「俺が中央で壁役になる。美咲先生は右、柳樹は左だ!」
舞台中央へと動き出した赤鬼キメラ(偽レンジャー)を抑えるべく、我斬は振り下ろされた棍棒の根元に大剣の根元を打ち合わせた。その隙に敵側面へと回り込んで大剣を振る美咲。渾身の力を込めたその一撃は、赤鬼の膝関節を打ち砕き‥‥赤鬼と、そして『観客たち』に悲鳴を上げさせた。
「‥‥そりゃそうか。なるべくスプラッタは避けないと」
「でも、生半可な攻撃は通じないわよ?」
その間にも修復されていく鬼の膝。敵は強力な力場と回復能力を持っている。残酷な光景を避けようと力を抜けば、まともにダメージを与えられない‥‥
「どうしてこんな事するのかな?! 何が目的なの!?」
黒尽くめへ詰め寄ろうとした愛華の足元に、光線が払われた。床に刻まれた一本の線──そこを越えたら園児たちの安全は保障しない、という事だろうか。最悪の事態を想定し、愛華の足がピタリと止まる。
愛華と同様の疑問は硯も持っていた。
この観戦に一体なんの意味があるのか? 美咲さんが負けるところを子供たちに見せたいのなら、彼女に何らかの恨みのある人物‥‥例えば、昔の恋人とか? 逆に美咲さんが勝つところを見せたいのなら‥‥美咲さんをヒーロー視していた誰か、だろうか。
「美咲さんを英雄にしたいんですか?」
思わず口を出て呟いていたその言葉も、遠く離れた黒尽くめに聞こえていたらしい。視線が合う。硯の背に冷たいものが走った。
「戦いとは決して、美しいものでも、格好良いものでもない。その現実を僕は子供たちに知ってもらいたいだけさ。彼らの敬愛する美咲先生が、裏ではどういう世界に身を置いているのか、をね」
「そんな‥‥」
愛華は、ギリ、と奥歯を噛み締めた。美咲さんがどんな思いで先生と戦士を兼業しているか。どれだけ先生という仕事を、子供たちを大事に思っているか。それを無にしようと言うのか、この男は。
ジリ、と距離を詰める愛華。その背後で観客がドッと大きく沸いた。
「おぉ〜〜〜っとぉ! 突如、雉グリーンに打ちかかるももたレッド! これを間一髪でかわし驚く雉グリーン! なんと目の前にももたレッドが二人いるぅっ!?」
観客席の中に立ち上がったαが、ドン、と椅子に片足を乗せ、舞台上の実況を──無味乾燥な戦闘に物語を付与し始めていた。覚醒して本来の姿を取り戻した彼女は背も身体も大きくなって、ぶかぶかだったシャツがびっちりとその身に張り付き、弾む様に揺れている。αは元々管制オペレーターで、本来は澄んだ鈴音のソプラノが持ち味である。らしくないマイクパフォーマンスは、注意をこちらへ逸らす為の咄嗟の行動か。
「さぁ、みんな! どっちが本物のレッドかなぁ? そう、小さい(他意はない)方だよねぇ。さぁ、みんな。雉グリーンと猿イエローに本物を教えてあげて。そして、ももたレッドを応援するの。そうしないと、ももたレンジャーが負けちゃいますわよ?」
ももたレッド、がんばって〜、と自ら率先してポンポンを振り上げ応援の声を上げるα。次第に割れんばかりの声援が子供たちから舞台の上のレンジャーたちに送られるようになり、柳樹は内心で喝采を叫んだ。舞台上のヒーローを応援する事で、子供たちの恐怖感が一時的に薄れている。
柳樹は舞台の中央に進み出ると、観客席に向かい直った。
「んんん? あれに見えるは幻のももたレンジャー、ももたブラック!? 奴が見ている前で負ける訳にはいかないさぁ!」
これでこの公民館全ての『登場人物』が劇中に乗っかった。後はそれを命懸けで演じて見せるだけだ。芝居がかった動きで、余裕綽々に敵の攻撃をいなしつつ、ただ一度の機会にかけてできるだけ多くの攻撃を叩き込む‥‥
「まぁ、言う程には、簡単ではないけど、さ」
表情の窺い知れないフルフェイスのその奥で。柳樹は一人、嘆息した。
一方、その頃。
周りのお母様方にとうとうとももたレンジャーの設定をマイクで解説していたαは、突然降って湧いた設定に声を上擦らせた。
「くっ、黒!? 黒は、えと黒は‥‥じつはももたレッドの旦那様で、でも今は別居中なの。ももたレッドの浮気がばれて訴訟中なのよ?」
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裏口から飛び出した桜は、その身を一回転させて跳び起きると、薙刀を構えて周囲に視線を振った。
敵影は‥‥ない。桜は蒼志に手信号で危険のない事を報せると、二人して公民館の横手から表へと回るべく走り出した。
「二階‥‥割られた窓とかは、ないようだな」
周囲に目をやって新手の侵入がない事を確認する蒼志。ただひたすらに表へとひた走った桜は‥‥出入り口のまん前に、仁王立ちに立ち塞がった青鬼キメラを見つけて足を止めた。
黒尽くめの『後衛』か。なるほど。背後の守りは完璧、というわけだ。
そうこうしている内に、集まってくるのはUPCの治安部隊。恐らく、あのキメラを見た通行人が通報したのだろう。桜は隊長に面会を申し込むと、状況を伝えて攻撃を待って貰った。正面の敵は‥‥自分たちが排除する。そう告げた。
「まったく‥‥せっかく、黒幕の背後を取ってやろうと思うておったというに‥‥」
「良くて退路の閉塞か‥‥ま、こういう地味な戦いは『舞台裏』でやるものだ」
得物を構えた桜と蒼志が、正面入口前に立つ青鬼目掛けて走り出す。敵の接近に口から氷柱を吐き出す青鬼。左右に分かれてそれを回避した二人は短い階段を駆け上がり‥‥入口前の狭いコンクリ製の『ステージ』へと飛び乗った。
「黒幕の退路、塞がせて貰うのじゃ!」
「紳士らしく──スマートに穿ち貫く!」
「ふ、鬼風情がももたんの猿真似とは舐めた真似を。そのような変装を見抜けぬ我では無いわ!」
「え、猿? 呼んださ?」
「いやいや。イエローの事ではなくて」
軽い小芝居を挟みながら連携して攻撃を浴びせかけていた我斬、柳樹、美咲の3人は、慎重にダメージを積み上げながら、赤鬼を舞台端まで追い詰めていった。
だが、回復能力を持つ敵は打たれ強かった。振るわれた金棒が美咲のフルフェイスを掠め飛び、砕けたバイザーが宙を舞う。
「がんばれー、美咲センセー!」
いつの間にか、声援の対象がレッドではなく美咲先生になっていた。美咲はハッとした。負ければ、子供たちが危険にさらされる。たとえ子供たちに怖がられるようになったとしても‥‥彼等を守るのが、自分の役割ではないか‥‥?
何か吹っ切っれたように敵に猛攻を浴びせ掛ける美咲。ここが最後の攻勢点、と悟った柳樹と我斬が後に続く。
最後の必殺技っぽく杖を回してポーズを決めた柳樹が『限界突破』した動きで瞬間的に敵の懐へと肉薄する。杖を回して足を払い、体勢を崩した所をクルリと背から回した『急所突き』で以って額を突く。舞台袖へと転倒させられた敵へと突っ込んだ我斬は、客席から見えない事を確認すると‥‥腰を落とした敵目がけて容赦なく大剣を振り下ろした。
「唸れ、雉ん剣‥‥豪刃猛攻連撃!」
三度、四度‥‥『猛撃』を乗せた攻撃が赤鬼をズタズタに引き裂いていく。この世のものと思えぬ断末魔が響き渡り‥‥それが戦いの終わりを告げていた。
「やれやれ‥‥正真正銘のレッドになっちまった」
返り血に染まった美咲や自分たちの姿を見返して、我斬はそう嘆息した。
「やれやれ。また上手くごまかされてしまったかね」
肩を竦めて退散しようとする黒尽くめ。そこへ愛華が『先手必勝』で突っ込んだ。
「逃がさないんだよ!」
『獣突』を乗せ、姿勢を低く、旋棍を構えた肘から突進する。それをひょいと避ける黒尽くめ。わわっ!? と扉に突っ込んだ愛華の一撃は、金属製の引き戸をレールから吹き飛ばした。
「む、何をしておるのじゃ、天然(略)犬娘!?」
「綾嶺」
倒れた愛華をむぎゅうと踏み越えて来た黒尽くめに、桜と蒼志が反応する。蒼志と青鬼の間に入り、その動きをブロックする桜。行動の自由を得た蒼志が床を蹴り、黒尽くめ向けてその槍先を突き出した。
「せっかくだ。お前も『舞台』に参加したらどうだ!?」
その鋭い螺旋槍による一撃を、黒尽くめは無造作に引っ掴むと力任せに脇へと放り投げた。信じられない、という風に目を見開き、受身を取って着地する蒼志。黒尽くめはどこか不満そうに自らの右手を見下ろすと、青鬼に向かって「奮戦せよ」とだけ命令した。
「待て! そう簡単に逃がすと思うてか! お主はいったい何者なのじゃ!」
「別に相手をしても構わんが‥‥『人質』は園児だけではないと思うがね?」
兵たちの存在にグッと言葉を詰まらせる桜。黒尽くめは謎を残したまま、兵隊たちの間をすり抜けるようにして『戦場』から去っていった。