タイトル:UT我が背には無垢なる民マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/30 09:46

●オープニング本文


 まさかこうも状況が流転するとは、夢にも思っていなかった──
 壮年傭兵・鷹司英二郎は、我が身の置かれた状況に憮然としつつ、どこか泰然とした様子でそう苦笑した。
 被弾した味方機を引っ掴み、ユタ州オグデンの第5避難民キャンプに不時着したのが事の発端だった。この地のキャンプは周囲を『キメラの海』──キメラが跋扈する廃墟の危険地帯──に取り囲まれた陸の孤島と化していた。軍の守備隊には非戦闘員を抱えて脱出するだけの戦力はなく、人々は週に二度の補給で糊口を凌いでいた。
 愛機たるF−201D/A3は、不時着時に脚部のフレームが完全にいってしまった為、単騎での脱出はできなかった。補給隊に同乗して帰還する、という選択肢は早々に排除した。──機体にはエンジンや武装が丸々残っている。焼却処理するには、避難民キャンプの中、という状況はひどく条件が悪かった。
 鷹司は能力者の伝手を頼って、キャンプに出入りしている医療支援団体『ダンデライオン財団』の医療支援チームの厄介になる事になった。病院には、キャンプ上空で行われた空戦──鷹司と仲間たちが戦った空戦だ──によって多数の怪我人が殺到しており、人手は幾らあっても足りなかった。
 やがて、財団の所有する武装救急KV・リッジウェイ(装輪型試作機)が、戦闘で崩壊した病院棟の復興と、キメラの襲撃が多発し始めた第5キャンプ支援の為に派遣されて来た。鷹司は復旧作業の合間にそれを使わせてもらい、201A3の応急修理を行った。折れたフレームを無理矢理溶接しただけの単純な修復だったが、装輪走行で第1キャンプ(西海岸へ大陸横断鉄道が通じている)まで移動する分には問題ない。
 いよいよ出発というその前日。『行動派』と呼ばれるキャンプの一部避難民が、武器を手に『クーデター』を実行した。彼等は、いつまで経っても来る気配すらない北中央軍西方司令部の救助を当てにせず、自分たちで安全地帯まで脱出しよう、と主張した。
 それは無謀な事だった。
 1000人近い避難民を──非戦闘員を守り切れるだけの戦力はない。出来るなら最初からやっている。それに、そもそも、移動の為の車両が足りない。老人・女・子供を含む集団が、徒歩で、『直線距離で』数十キロ離れた第1キャンプまで『キメラの海』を渡るというのだろうか?
 だが、避難民たちや守備隊に徴募されていた民兵たちは、行動派の主張に対して積極的に賛同した。出口の見えない現状、キメラの襲撃に怯え続ける日常に、彼等は既に限界に達していたのだ。
 最後まで反対していた病院側が渋々移動を受諾するに至って、鷹司は自機の参加を了承した。世話になった彼等を守る為、というのもあったが、それだけが理由ではなかった。
 避難民たちに最後の決断を促したのは、自分も参加したあの空戦の被害が原因なのだ。
 見捨てる事など、できなかった。

 行動派の面々は自らの『決起』を一方的に周囲のキャンプ、および軍へと通達すると、仮初の安住地を捨てて第1キャンプへの移動を開始した。
 事ここに至って、西方司令部も余剰戦力を割いての救出部隊編成を余儀なくされた。とはいえ、大規模作戦の為、南米に物資を供出した事もあり、西方司令部にはユタに部隊を進駐させるだけの余裕はなかった。UPC軍による本格的な進出だ、と敵が『誤解』する前に、素早く避難民たちを救出し、撤収せねばならなかった。


 ユタ上空の航空優勢を確保する為、西海岸の基地から発進したKV隊が再びオグデンの上空を飛んで行く──
 それを風防の開いた愛機のコクピットから眺めやった鷹司英二郎は、「俺はまた空を見上げているな」とそんな事を考えた。再び空を飛ぶ為に能力者になった元ファントムライダーだ。空への憧憬だけでKVパイロットになったというのに、自分は今、またこんな所で地べたを這いずり回っている‥‥
 苦笑とはまた違う微妙な表情で嘆息した鷹司を、背後から走行して来たCFV(騎兵戦闘車。装甲偵察車両)の群れが追い抜いていく。その中の一両が、避難民の最後衛を守る鷹司機に併走し、その砲塔の上部ハッチから一人の士官が顔を覗かせた。
「シアトル連隊・第1装甲偵察中隊のボビー・カールセン大尉だ。騎兵隊を連れて来たぞ」
 そう言った大尉の背後へ、一際大きな装甲車両‥‥いや、陸戦用KVが2両、姿を現した。歩兵戦闘車型KVのLM−04リッジウェイだった。指揮官機型、防空戦車型、MLRS搭載型、医療支援型、戦闘工兵型、海兵隊仕様など様々なバリエーションがある軍用リッジウェイの中で、これはF型と呼ばれる能力向上型だった。通称を『ファイティングリッジウェイ』。その後部荷室には20名からの人員を収容して移動する事が出来る。
 鷹司はホッとした様に息を吐き‥‥大尉に向けて敬礼した。その見事な敬礼を見た大尉は返礼しながら、この東洋人は以前、軍に所属していた事があるのだろうか、と訝しんだ。
「2機のKVは、隊列中央と前方へとやってくれ。‥‥あちらは随分と酷い事になっている」
 鷹司の要請を大尉は了承した。再び加速を始めるLM−04。その背後に続いていたAPC(装甲兵員輸送車)が避難民を収容すべく、隊列脇に停車する。救出隊の到着に、度重なるキメラの襲撃に意気を落としていた避難民たちが歓声を上げた。
「‥‥車両の数が少ないな」
「サンフランシスコから鉄道輸送の別働隊が来るはずです。シアトルからの救出隊の多くは、第2キャンプへ向かいましたから」
 自然とsir付けで答える大尉。鷹司は頷いた。どうやら西方司令部は、この機にオグデン周囲の避難民たちを一気に救出してしまうつもりらしい。
「なるべく遺体も収容してやってくれ。このままキメラの餌として残していくのは忍びない」
 可能であれば、と明言を避けた大尉に、鷹司は勿論、と答えた。大前提として、死者の尊厳の為に生者の生命を危険にさらしては本末転倒だ。
 そうこうしている内にも、救出作業は着々と進んでいった。次々と車両が到着し、作業用の仮設陣地がその場に構築されていく。負傷者と重症者を満載した第1陣が進発し、装甲車両が周囲を囲んで第1キャンプへ移動を開始。先ほどまであれ程執拗に襲撃してきた獣人型キメラの群れは、大部隊を前にして蜘蛛の子を散らす様に逃げ散っていた。
 救出作業が半ば以上を終えた頃──日没を間近に控えた刻限にそれは起こった。
 恐らく、近郊上空で撃ち落とされたのであろう、バグアの輸送艦BF(ビッグフィッシュ)が、炎に包まれながら救出作業の現場近くに落ちたのだ。轟音を発して地を跳ね転がり、沈黙するBF。炎と黒煙を噴き出すその船体から、ボロボロになった『6本脚』──旧式の陸戦用HWが這い上がってくる‥‥ あと少しという所で、と大尉が歯噛みした。
「全KV、集まれ!」
 鷹司が地上護衛に雇われていた能力者たちに呼びかけた。
「KVを前に出せ! 避難民たちの前に壁を作るんだ!」

●参加者一覧

リヒト・グラオベン(ga2826
21歳・♂・PN
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
井出 一真(ga6977
22歳・♂・AA
砕牙 九郎(ga7366
21歳・♂・AA
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA

●リプレイ本文

「何もよりにもよってこんな近くに墜ちなくたって‥‥!」
 前にもこんな事を口にしたな、と考えながら。顔見知りの大尉へ挨拶に出ていた寿 源次(ga3427)は、救出作業にごった返す仮設陣地の中を愛機のリッジウェイ『大山津見』目指して駆け抜けていた。
 突然の難事に騒然とする避難民たち。兵たちの大声が響く中、エンジンを始動した鷹司機の横を源次が駆け抜ける。鷹司機の整備をしていた井出 一真(ga6977)は地面へ飛び降りると、コックピットの鷹司を振り仰いだ。
「あくまでも『応急』です。まともな整備も出来ちゃいないんですから、無茶はしないで下さいね!」
 叫ぶ一真の目の前でゆっくりと立ち上がってゆく鷹司機。その操縦席で鷹司が一真に手信号で感謝を示す。ああ、あれは絶対に言う事聞かないな、と確信しながら、一真は自機へと踵を向けた。走り去る一真。その向こうを、綾嶺・桜(ga3143)の雷電と響 愛華(ga4681)のパピルサグ『紅良狗弐式』がずしん、ずしん、と南へ歩いていく。
「‥‥鷹司のおっちゃんの機体は不完全、と。‥‥無理はさせられねぇか」
 その光景を風防越しに見遣った龍深城・我斬(ga8283)が、人型へと変形していく源次機を背景にそう呟く。同じ事は愛華も考えていた。
「英二郎さんは、CFVと一緒に北側や頭上の警戒をお願いできないかな? 南側のワームに気を取られすぎてもどうかと思うんだよ」
 そりゃそうだが、鷹司は答えた。確かにその通りなのだが、避難民を守る為には前に出て壁になるしかない。鷹司機を入れても数はギリギリなのだ。
「‥‥無理はせぬようにの。したら後で天然(略)犬娘の飯代を奢らせるのじゃ! ‥‥やばそうになったら言うのじゃぞ?」
 無茶(?)を吹っかけながらも、その実、鷹司を気遣う桜。だが、その言動にほっこりしている時間は能力者たちには与えられなかった。
「有希より全機! 敵がこっちに来っけんよ!」
 通信回路に守原有希(ga8582)の警告が響き渡る。墜落したBFからの脱出を果たした陸戦用HW『6本脚』たちが戦闘態勢を取りつつある様子が、彼のイビルアイズ『烈火刃』のセンサーモニターに映っていた。
 愛華と桜が動揺する避難民たちに聞かせるように、どんとその胸を叩いて見せた。
「たとえどうなったとしても、絶対に、後ろには通さないから! そうだよね、桜さん!」
「ふ、守りはわしらにどんっと任せるのじゃ! ここまで来て、やらせる訳にはいかぬからの!」


 火蓋が切って落とされた。
 リヒト・グラオベン(ga2826)のディアブロ『グリトニル』と一真の阿修羅『蒼翼号』の2機は開戦と同時にブーストを焚き、一気に『敵陣』へと突っ込んだ。敵の注意を曳き付け、以って正面にかかる圧力を軽減させる事がその目的だ。前進してくる敵に対して『縦深』を稼ぐ意味もある。
 対する敵の初手。地上に展開し始めていたHW群は初期の照準を変更し、迫る2機に対して砲火を浴びせかけた。BFの上の敵は砲列を敷き‥‥一斉に、仮設陣地へ向けフェザー砲を撃ち放った。
 リヒト機と一真機の頭上を怪光線が飛んでいく。仮設陣地を狙った砲撃は『KVの壁』の『隙間』を抜けて避難民たちへ降りかかった。
「なん‥‥だとぉ!?」
 幅広の半月刀を地面に突き立て盾にした雷電『爆雷牙』の操縦席で、砕牙 九郎(ga7366)は叫んだ。受け凌いだ半月刀に当たって煌く怪光線の光芒。だが、その隣りの空いた空間を抜けた光条が、収容作業中のAPCと避難民たちを薙ぎ払う。2ヵ所、2台のAPCが爆発し、破片と爆風が避難民たちを吹き飛ばした。
「‥‥っ!?」
 リヒトは奥歯を噛み締めながらも突撃を継続した。砂塵を巻き上げながら装輪で地を駆ける白銀の108。同じく、ブーストで側方へと回り込んだ一真機が、四つ足で駆けながら十式機関砲を撃ち捲る。火線の着弾が地を奔り、リヒト機前方のHWをミシンの様に撃ち貫く。舞い散る破片、砕け散る機体。傍らを走り抜けたリヒト機が敵中へと踊り込み、広げた剣翼で以って敵を切り裂いていった。急襲に乱れる敵隊列。そこへ十式を撃ちながら突進してきた一真機が──剣翼を広げた有翼の獣が側方から突っ込んでいく‥‥

 一方、『KVの壁』にも容赦なく砲撃は降り注いでいた。
 リヒトと一真の奮戦により、こちらへ放たれる火線の数は目に見えて減ったものの、背後に避難民を抱えている以上、今はただ盾を頼りに耐えるしかない。‥‥たとえ、混乱し、後方へと逃げ出した一部の人々が光条に焼かれたとしても。
「くっ、落ち着け! 落ち着くのじゃ! 敵はBFの上、高所から撃ってくる。怖くとも離れてはいかんのじゃ!」
 両手に盾を構えた桜機が頭部を振り返らせて叫んだ。
 親の亡骸を前に泣き叫ぶ子供たち。負傷した戦友を曳いて陰へと走る兵士たち── そんな中、混乱した人々を鎮め、叱咤激励する大尉の姿に、源次はホッと息を吐いた。彼が居てくれた事は幸運だった。本人は「運が無い」とぼやきそうだが。
「‥‥弾着を確認。照準を右へ40m、奥へ20m修正して下さい。BFの上部、『丘の向こう』です。そこにHWが固まっています」
 評定射撃の情報を元に、有希が愛華に大型榴弾砲の照準の修正を告げた。指示に従い、2発の大型榴弾を撃ち放つ愛華。弧を描いてBFの『地平線』の向こうに飛び込んだ砲弾はHWを薙ぎ払い、周囲に爆発を連鎖させた。傾斜を利用し、船体に隠れながら攻撃していたHWが追い立てられ、どっとこちら側へと雪崩て来る。
「今です! 全機、全火器斉射!」
 有希の号令と共に、桜機の88光線砲、愛華機の47mm対空砲、そして、九郎と有希の十式機関砲が一斉に撃ち放たれる。光の槍に貫かれたHWが爆発し、機関砲弾に穴だらけにされた機体がポロポロとBFから落ちていく。その猛攻に敵が再び斜面の裏へと身を隠す。
「今の内に!」
 その隙を逃さず有希が指示が飛び、避難民を収容し終えたAPCが急発進で移動を開始した。源次機がそのまま護衛を継続し、盾となるべく並走する。腰を落とし、敵へ向け2枚の盾を構えて走るリッジウェイ。幾筋かの光条が宙を走り、盾の表面に紫色の光芒を閃かせた。
「‥‥ッ! この程度、折れもしないし、折れる訳にもいかん! 気張るぞ、『大山津見』!」


 小型とは言え、流石は『地獄絵図』と称される輸送能力を持つBFである。
 前から、左右から、後ろから‥‥間断なく放たれるフェザー砲。一真はただの一時も足を止める事無く、右へ左へと阿修羅を操作し続けた。怪光線の残像が残る戦場を獣の様に飛び跳ねながら、装備したダブルリボルバーを撃ち捲る。被弾し、砕け、火を吹くHW。近接戦用のクローを展開しながら迫る敵機の脚部をすれ違い様に切り裂いて──直後、足を失ったHWがいるも構わず隙無く放たれる十字砲火。一真機はその敵機の爆発を背景に、四肢で地を蹴り、ブースターを噴かして跳び退さる‥‥
 地上からだけではなくBF上の敵からも砲火を撃ち下ろされ、リヒトはハッと上を仰ぎ見た。避け切れない、と判断し盾をかざす。複数の光条が地と空気を灼き、直撃を避けてくれた盾がその代償に歪んで溶け曲がる。
「‥‥物量で攻めてきますか。いつもとは逆ですね」
 リヒトは盾の残骸を捨てると機に大きく膝に力を溜めさせ、直後、ブーストを焚いて一気に低空域まで跳躍した。ブーストで機動と高度を維持しつつ、敵直上からガトリング砲を撃ち下ろす。流れ行く視界の下で、2機、3機と爆発するHW。光を曳いて飛ぶリヒト機を追う様に一斉に地上から放たれる誘導弾。白煙を曳きつつ飛び交い迫るそれをかわしながら、滞空の限界を迎えて降り立つリヒト機。HW群はその着地の隙を見逃さなかった。
「くっ、損耗率50%オーバー‥‥しかし、まだやれます!」
「厳しい状況だけど‥‥やるしかないですね!」

 一方、仮設陣地の前に築かれた『KVの壁』は、やはり、鷹司機から崩れかけた。
 盾も無く、応急修理の左脚部を貫かれ、膝下から崩れ落ちる鷹司のフェニックス。湧き起こる悲鳴。轟音と巻き起こる砂埃。続いた一弾が背後のAPCを吹き飛ばす。
「くそっ、こちら3号車! 誰か直衛にはつけるのか!? 出発するぞ! 行けるのか!?」
「俺が行く!」
 2台目の直衛に付く我斬。慌てて急発進するAPCの中で避難民たちが悲鳴をあげる。盾を構え、装輪で並走する雷電の操縦席で、我斬はその光景に舌を打った。地上に展開したHWの一部がリヒトと一真を突破して、こちらに前進しつつあったのだ。
「あの二人を抜けてきますか‥‥ 全機! 向かって来る敵を早期に掃射します。装填のタイミングが重ならないよう注意して下さい」
 センサーモニターと実際の地形を見比べながら、有希が攻撃指示を出す。タイミングを計りながら各個に射撃を始める能力者たち。右手の盾を失った桜が「むぅ」と唸り、融解したそれを投げ捨てて88mm光線砲を撃ち返す。
 九郎は、同じ十式を装備した有希の射撃を見極めながら、自らの機関砲を撃ち放った。撃ちながら砲口を上げ、『火線の鞭』を下から振る様に照準する。敵眼前へと迫る弾着。それを見たHWは慌てた様に横へと跳んだ。とにかく、敵を近寄らせない事を第一に。敵の足を止めることを最優先に、機関砲弾を撒き続ける。
「これ以上はやらせない! せめて、一人でも多くここから助け出すぜ!」
 叫んだ九郎は、十式で激しい牽制射を浴びせながら、右腕部に装着したライフルを小刻みに振って照準、発砲。弾着に縫われた敵が、火を吹いて砕け散る。
 その残骸を乗り越え、1体、2体と反撃の砲火を放ってくるHW。
 敵は確実に、こちらに近づきつつあった。


 西へと傾いだ太陽が山の峰に沈もうというその時にも、彼我の砲戦は終わりを見せなかった。
 APCを直衛して戦場を行き来する我斬と源次。隊列を離れて行動する2機の前にも、敵は突っ込んで来た。
 敵後衛から突入支援に放たれる誘導弾。一歩、横に出た我斬機がそれをファランクスで迎撃する。宙に咲く爆発の華。盾をかざした我斬機が着弾の爆煙に包まれる。
 その横をすり抜け来た2機のHWがクローを振りかざし突っ込んで来る。源次機はその突撃を盾で受け止めた。ひしゃげた2枚目の盾が腕部から脱落して跳ね上がり‥‥直後、カウンター気味に振り抜いた電撃爪がHWを焼き、吹き飛ばす。
 その間に回り込もうとした別の1機は、煙の中から飛び出した我斬機にその行く手を阻まれた。
「何がなんでもやらせねぇ! 頼むぜ、相棒! もう少し頑張ってくれや!」
 愛機に呼びかけ、盾から敵へと突っ込む我斬。激突後、横から振るわれたクローを機爪で以って受け弾き、大きく空いた敵機の横腹にその爪先を突き入れる。抉り、引き抜き、盾で押し退け。背後からクルリと回したライフルを、自らが開いた破孔目掛けて撃ち放つ。HWは爆発的に燃え上がり、激しく火を噴き上げた。
「大丈夫か、源次?」
「‥‥まぁ、な。『大山津見』の損傷で彼らが無事なら安いもんさ」
 心の底から、源次はそう嘆息した。彼らがいるのは脱出路なのだ。ここに敵を残す訳にはいかない。

 紫色の怪光線が夕闇を圧して飛び、KVの壁を乱打する。愛華機に複数の火線が集中し、かざしていた盾が装備していた腕ごと吹き飛ばされた。振動に振り回されながら短い悲鳴を上げる愛華。心配する声を上げる桜機も、その盾が焼き落とされる。
「ん達の弾道、こんうちが捻じ曲げる!」
 砲戦距離が縮まり、激しくなる一方の砲火の応酬に、有希はロックオンキャンセラーを起動させた。敵の砲撃が目に見えてずれ始め‥‥その間隙に、愛華がほぼ最大仰角で榴弾砲を撃ち放つ。ひどく鋭い弧を描いて長い、長い旅路の末に、迫り来る敵中央で炸裂する2発の大型榴弾。爆発と破片が周囲のHWを薙ぎ払い、火力により強制的に分断された敵前衛へ能力者たちが砲火を浴びせかける。穿たれ、ひしゃげ、爆散していく6本脚たち。敵はその損害に怯まず、姿勢を低くして突っ込んで来る。
「キャンセラーは、もってあと1分ってとこばい!」
 叫び、迫る敵へとライフルを撃ち放つ有希。短く被弾の舞踏を踊った敵がバラバラに砕けて爆発する。その爆風と破片が後方に抜けぬよう、しっかりと膝を付いて受け止める有希機。その爆炎の向こうから、クローを展開させたHWが突っ込んで来た。支援‥‥を要請するより早く、横合いから振り下ろされる桜機のハンマーボール。ぐしゃり、と潰れた敵が地と鉄球の間で炎に包まれる。
「CFV! 現在の避難状況はどれくらいだ?!」
 扇状にライフルを撃ち捲っていた九郎機は、至近に迫った敵をその砲撃で穴だらけにしながら問い質した。問い質しながら、弾を撃ち尽くしたライフルを脇へと捨てる。地を蹴り、クローを振りかざしながら飛び掛って来るHW。再装填の時間は無かった。九郎機は地面に突き刺さった半月刀を引き抜くと、宙を舞う敵の斬撃を、受け凌ぎ、受け弾き、それが再び地に戻る前に、振り下ろした斬撃でもって真っ二つに斬り捨てた。
「残った避難民の数は、あと1割ってとこだろうが‥‥ ‥‥っ、CFVより傭兵機! 誰か、北に照明弾を打ち上げられるか!」
 九郎は大尉の要請に従い照明弾を打ち上げた。戦場の北に輝く小さな太陽。白色の光に照らし出された大地の上に、無数の黒い影が、長く、シミの様に映し出された。
 一度逃げ散っていた獣人型キメラが、戦闘の喧騒と夜の闇に紛れて密かに接近していたのだ。
「北だ! 北にも敵がいるぞ!」
 九郎は皆に警告を発すると、グレネードを敵キメラの集団、その只中に撃ち放った。地を跳ねた擲弾が炸裂して周囲に破片を撒き散らす。近辺のキメラをただの1匹も逃さずに切り刻んだそれは白く照らされた大地を真っ赤に染めて‥‥奇襲を看破された挙句大損害を被った獣人たちは、再び闇の中へと逃げ始めた。
「あと少し。本当にあと少しで、皆を助けられるのに‥‥!」
 沈黙した敵前衛。その背後から迫る新手に愛華が唇を噛み締める。左に88、右にハンマーを手にして奮戦してきた桜機が、その両手を広げて残された避難民たちの前に立ち塞がった。
「まだじゃ! ここより先へは一歩も行かせぬ! 避難民の収容が終わるまで、引く訳にはいかんのじゃ!」


「最後の『駅馬車』が出る。各自、後退を開始してくれ」
 CFVの車内から、鷹司が傭兵各機に呼びかけた。
 兵や人々の遺体を収容する余裕はなかった。慌しく出発するAPCとCFV。KVがその直衛と殿を務めてこの地獄を後にする。
「他人に無茶をするなと言っておきながら、わしらが無茶してたら世話ないのぉ」
 苦笑する桜。激戦であった。まともに無事な機体はない。戦場を振り返ると、破壊されたHWの燃える様が、野火の様に夜の闇に浮かび上がっていた。
「今後も救出作戦は続き、それは困難を極めるだろう。だが残された人々がいる限り、何度でも盾になってみせるさ」
 源次がそう呟いた。