●リプレイ本文
「模擬戦訓練、『キメラテイマー』! ‥‥とか言うと、なんかヒーローっぽいよネ? あけましておめでとう」
訓練所のエントランス。阿野次 のもじ(
ga5480)の新年の挨拶を受けて、七海は「これはこれはご丁寧に」と深々と頭を下げた。
それに応じて更に深々と頭を下げる響 愛華(
ga4681)。ぺこり、ぺこりと繰り返される挨拶の応酬は、綾嶺・桜(
ga3143)がハリセンでツッコミを入れるまで繰り返された。
「‥‥ともかく、昼時ですし、食事でもしながら説明を伺うと言うことでどうですか?」
その光景に苦笑しつつ、鏑木 硯(
ga0280)が絶妙なタイミングで提案する。なんなら(成長期っぽい)七海さんの分も奢りますよ? そう言い掛けた硯は、しかし、期待に満ちた眼差しでこちらを振り返った愛華に気づいて、慌てて首を横に振る‥‥
訓練場を出た一行は、そのまま訓練所前の公園に出ていた屋台のオープンカフェへと移動した。七海がホットドッグを頬張りながら、今回の模擬戦についての説明する。
「キメラのデータを用いてのシミュレーション訓練ね‥‥戦略の幅は広がるか?」
「ふむ。自分がキメラを使う立場になってみると言うことか。上手く今後の依頼に活かせると良いね」
隣のテーブルで昼食を取っていた沙玖(
gc4538)とヘルヴォール・ルディア(
gc3038)が、七海の説明に興味を引かれてテーブルごと移動して来る。離れた席にいた天野 天魔(
gc4365)は、食べかけの食事をきっちり終わらせてから合流した。その間も七海の説明はしっかりと耳に入れていたらしい。
「‥‥こういうゲームは‥‥好きです‥‥‥‥色々と‥‥夢が広がって‥‥」
いつの間にか側にいた九条・葎(
gb9396)が、ふわふわのオムライスを頬張りながら呟いた。
「‥‥もし勝てたら‥‥‥‥デザートもつけよう‥‥」
どことなく幸せそうな表情で、葎はコクリと頷いた。
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模擬戦はKV用のシミュレーターを用いて行われるようだった。
キャノピーを模したモニターに、3DCGによる風景が映し出される。選択された戦場は『切り立った崖の岬の先に立つ小さな城砦』だった。
「それにしても、相変わらず良く出来たシミュレータ‥‥っ?!」
モニターに映るリアルなCGに感心しかけた沙玖は、しかし、現れたキメラのCGに目を瞠った。それは、8bitマシンで使われていた様な‥‥なんかもう妙に懐かしいドット絵で表現されていたのだ。
「すみません。数値以外のデータはまだ仮なので‥‥心のメモリーとか心眼とか、そんな感じで補正して下さい」
「‥‥なんか某ゲームに似ている気がするのじゃが(汗)」
2パターンアニメを繰り返すキメラを見ながら苦笑する桜。ちなみに、七海の中では『戦術鬼』(和訳)というより『ラ○○○ッサー』と『ネ○○○ス』を(以下略)
「相手方の立場で、とは中々得難い体験だ。精々楽しませてもらおう」
で、次はどうすれば良いのか、と尋ねる天魔に、七海は使うキメラを選択するように伝えた。
「なんかどこかで見たキメラばっかりだよ〜(汗)」
呟きながら、愛華はリストの中から『ラージアント』を5匹と『サーチャードッグ』2匹、『獣人』2匹をチョイスする。
全員の選択を確認した七海は、次にそれを戦場のどこに配置するのかを決めるよう皆に伝えた。
「今は自分のユニット(キメラ)しかマップに表示されていないと思いますが、ゲーム‥‥じゃなかった、『訓練』が始まったら、索敵範囲に入った敵は表示されますので‥‥」
勝利条件
攻撃側:『敵の全滅』または『拠点に立つ旗の奪取』
防御側:『一定以上のコストの撃破』
「では、皆さん。準備は良いですか‥‥? それでは、模擬戦『キメラテイマー』、開始します!」
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朝靄の中、ズシン、ズシン、と重厚な音を響かせながら、重い甲殻に身を包んだ大型甲虫キメラ『砲甲虫(カノンビートル)』が、敵城砦目指してゆっくりと進軍していた。
その前後をただ無言でついて歩く『トロル』と『リトルグレイ(以後、グレイ)』。感情の見えないグレイとは対照的に、トロルの顔には決戦を間近に控えた興奮が見て取れる。肩に担いだ破壊槌に、キラリト光る朝の陽光──見れば、丘の稜線から太陽が昇り始め‥‥急速に消え行く霞の向こうから、まるで浮かび上がる様に城壁と塔とがその姿を現し始める‥‥
葎が心中に思い浮かべた自隊の行軍の情景は、或いはもっと違ったイメージであったかもしれない。はっきりとしている事は、彼女の砲甲虫が敵城正門をその射程に捉えた、という事だった。
葎は自隊の前進を止めると、砲甲虫に正門への砲撃を命じた。砲撃体勢を取り、音高く砲声を打ち鳴らしながら礫弾を放つ砲甲虫。正門を幾発もの礫弾が直撃し‥‥やがて、大きくひしゃげたそれは、ゆっくりと、悲鳴の様な金属破砕音を響かせながら、城の内側へと倒れていく‥‥(※画面はイメージです)。
「‥‥うん。やっぱり、不動目標が相手なら‥‥砲甲虫は、有効度が高い‥‥です‥‥」
ぴこ〜ん、とダメージ数値を出して消える正門CGを見やりながら、葎はそう頷いた。
一方、攻撃を受けた防御側でも、いよいよか、との緊張が高まりつつあった。破壊された正門の側には、ヘルヴォールと硯の二人がキメラを伏せていた。
「予定通りですね‥‥そろそろ敵が突撃をかけてきますよ、ヘルヴォールさん」
「分かっている。歓迎の準備は出来ているさ」
ヘルヴォールは、2匹のキメラを城壁上に伏せたまま『蜂(ライトニングニードラー)』の小集団を飛び立たせると、正門脇の城壁の陰に配置した。敵の突撃に合わせてこれを正門に移動させ、敵が対応に苦慮している間に、城壁上のハーピーが奇襲する作戦だ。
硯はそれに呼応する様に、『アルヒアンゲロイ』を反対側の城壁裏へと移動させた。蜂が足止めした敵を、非生物透過の『神弾』で壁越しに攻撃。敵戦力を漸減しようというのがその意図する所だった。
確かに、これが成功すれば、攻撃側は正門前で少なからぬ戦力を消耗していたに違いない。だが、攻撃側は正門の攻略に拘らなかった。葎は正門破壊後も前進せず、今度は城壁への砲撃を開始したのだ。
「‥‥陣地攻撃時の力押し‥‥大好きなのです‥‥」
砲撃を継続する砲甲虫を眺めながら、ほくほくと呟く葎。だが、城壁は門より遥かに堅く‥‥1門での破壊に限界を感じた葎は、壁の1箇所を崩したところで砲撃を中止し、トロルを前面に押し立てて前進を開始した。
壁の穴に立ち塞がるべく城壁内を移動する防御側のキメラたち。トロルが突入する直前に穴を塞いだ蜂雲は、だが、次の瞬間、砲甲虫の支援砲撃にその一部をごっそり撃ち貫かれた。直後、得物を振り回しながら突っ込む葎のトロル。だが、大量の蜂は中々減らない。そこへ城壁上を発ったハーピーが加速をつけて急降下。その鋭い鉤爪でトロルの背中を切り裂く。一撃離脱で再び上昇していくハーピー。その1匹を葎のグレイが狙撃で追い討ち、撃ち落とす‥‥
一方、硯の天使が壁越しに放った神弾は、前進するトロルの背後を抜けて外れた。元々、渋滞した敵を撃ち捲るはずの無照準での攻撃だ。移動目標には当たり難い。そして、小質量の蜂の集まりは──ダメージソースとしては優秀ではあるものの──重量級キメラの足止めには向かなかった。
「敵トロル、城壁を突破!」
ダメージに構わずに進み続け、遂に城壁内に侵入するトロル。その行く手を遮る様に、硯は天使を回り込ませた。打ち合わされる槍と槌。激しい金属音と共に火花が散る‥‥
「さぁ、まずは高みの見物といこう。‥‥ククク。味方の奮戦に期待だな」
攻撃側の最後衛。戦場の全てを見渡す位置に初期配置をして以降、全く動かずにいる隊が一つ、そこにあった。
2匹ずつのハーピーとリトルグレイを傍らに控えさせた、天魔の率いる部隊である。彼は戦闘開始と共にサーチャードッグを放つと、戦場の様子を監視しながら一人、状況を窺っていたのだ。
愛華が東西に放った犬2匹と自前の1匹とで、正門までの状況は手に取るように分かった。城壁部では激しい戦いが繰り広げられており、未だ突破は果たせていない。その側方、マップの端では‥‥沙玖が率いる襲撃部隊が、戦場を掠める様にしながら、一目散に奥を目指して突き進んでいた。
「地の利が相手にあるというのなら、陸から攻めねば良いだけの話だ。急襲して旗を取る」
ハーピー、3に、アルヒアンゲロイが1。
飛行キメラのみで構成された沙玖の隊は、その翼の一振りで城壁を突破。戦場を無視して突進すると、ただひたすらに旗を求めて奥へと進撃し続けた。
「むっ!?」
防衛側でそれに気づいたのは、マップ中央で警戒に当たっていた桜隊だった。トロルの肩にリトルグレイと桜を乗せ(※画像はイメ(以下略))、正門の援護に向かおうとしていた彼等は、城壁ぎりぎりの高さを突破して来る沙玖隊を発見したのだ。
「ゆけ! 旗に近づくものは撃ち貫くのじゃ!」
桜の指示に従い、沙玖隊に向き直るトロル。その肩に乗ったグレイが立ち上がり、指先を敵に伸ばして、トロルの肩上という『高所』から礫弾を撃ち放つ。
空気を切り裂く音がして、直後、空を舞う沙玖のハーピーの1匹が、パッと血を撒き散らして墜落していった。視界を振り、城内に存在した対空砲──桜隊を発見する。沙玖は即座に決断した。
「邪魔は気にするな! 全力で旗を目指せ! ハーピーは最悪、身を挺して天使を護れ!」
キメラを使った戦術の一番の違いは、人ほどには犠牲や損害を考慮しないで済む点だろう。キメラであれば存命を前提としない、命を賭した作戦も有効となる。
気づいた桜は「ぬぬぬ‥‥」と唸ると、足元のトロルに岩を投げるよう命じた。岩石をわっしと掴み、力任せに放り投げるトロル。肩に乗っていたグレイと桜が「わー!」ところりん落っこちる。
突進を続けていた沙玖隊は、目の前を飛び過ぎていった岩塊に目を瞠った。岩は誰にも当たらなかったが、隊列が乱れてハーピー1体、グレイの狙撃に撃ち落とされる。
それらの犠牲をものともせずに強行した沙玖隊は、ついに桜の防衛線を突破した。目指すべき旗は、城砦の奥、空から見えるか見えないかの所にひっそりと佇んでいた。周囲に敵の姿は見えない。
「よし、各個、総がかりで旗取りにかかれ!」
だが、それは罠だった。旗へ近づく為に高度を下げた沙玖隊を物陰から飛び出してきた5匹のゴブリンが取り囲み、一斉に手斧を投げ放ったのだ。
「ヒャッハー! 奪取者は粛清だーっ!」
それはのもじが率いる小鬼(ゴブリン)5匹の伏兵だった。なぜかヒーローっぽい全身タイツ(※画像はイメ略)を着用している‥‥シミュレーター内ののもじは、ガチでバニー姿だが。
「非実在ガチ青年クローバー!(Tooハート!)」
「不純同性交遊推奨・腐ジョカー!(Tooハート!)」
「波紋の薔薇は痛かろうダイヤ! 障子を突き破り逸脱スペード! ‥‥全員揃って‥‥ ゴブリンファイブ!」(演出&声の出演:阿野次のもじ)
決めポーズを背景に、なぜか沸き起こる爆発(※イメ略)。だが、包囲下での奇襲は──実際問題、沙玖隊にとって致命傷だった。ハーピーが瞬く間に大地に落ち、天使の鎧に何本もの手斧が突き立つ。せめて旗を、と前に出た天使が小鬼の1匹(イエロー)を突き倒し──直後、旗を目前にして包囲攻撃を受け、力尽きた。
その頃、正門前の戦闘も終わりを迎えようとしていた。
ヘルヴォールの蜂とハーピーは既に消耗し尽くしていた。だが、葎のトロルもまた、ダメージの蓄積に耐えられずに倒れ付す。前に出る硯の天使。迎え撃つ葎の残存戦力。だが、移動目標に対して砲甲虫はほぼ遊兵と化し、残ったグレイ1匹では流石に大天使の相手は手に余る‥‥
旗への奇襲攻撃をかけた沙玖隊も待ち伏せに遭って壊滅し‥‥戦況は一見、防御側に有利に見える。だが、まだ勝負はついてはいない。防御側は、残る攻撃側の2隊の所在を掴めないでいたからだ。
「ふむ。敵の配置はおおよそ見切ったな。さて、今なら旗を急襲し、奪取するのも容易いが‥‥」
戦力を温存してきた天魔は、だが、そう言いつつも頭を振った。‥‥いや、それでは美しくない。折角、今の俺はバグアなのだ。ならば血に濡れた狂乱の宴こそが、今宵の俺に相応しい‥‥
「故に、出撃せよ。惨劇の幕を開けるのだ!」
ばさり、とマントを翻した(※イメ略)天魔の号令の下、キメラが進軍を開始する。グレイを吊下したハーピーが素早く前線へと進み、消耗していた硯の天使を撃破。城内へと突入する。
さらに前進し、そこで桜隊と交戦に入る天魔隊。だが、桜隊もまた殆ど消耗していない部隊である。グレイの援護の下、トロルを前面に押し出して攻勢をかけてくる桜隊。グレイとハーピーのみで構成された天魔隊は、逆に地形を利用しての射撃戦でそれを『迎え撃つ』が、桜隊は岩の投擲で以ってその『地形』自体を破壊する‥‥
「見えた! 旗だ!」
交戦の最中、遠目に旗を確認した天魔が思わず叫んだ。全ての敵を破り、あそこに辿り着いた時こそ、彼の狂宴は完成するのだ。
だが、その目前で、するすると旗が下りていった。戦闘を中断し、おや? と顔を見合わせる桜と天魔。きょとんとした顔の愛華が顔を出し‥‥手にした旗を、掲げて見せた。
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戦闘が始まってからずっと、蟻と獣人とで構成された愛華の隊はマップの端を北上し‥‥誰に気づかれる事無く、ひっそりと壁に取り付いた。
蟻の酸と顎を使って城壁に穴を開けて進路を開拓。そのままひっそりと城内を進み続け‥‥ 旗の側まで近づくと、蟻5匹を複数方向から突っ込ませて囮としつつ、背後から獣人2匹を突入させて旗を奪取したのである。
「やはり索敵範囲が狭かったのが致命的だったかと。サーチャーも飛行キメラも居ませんでしたからね。その隙を衝かれた形です」
そう言って七海が今回の『訓練』を総括する。
「なるほど‥‥まぁ、勝敗はともかく、今回の経験がユタ戦線の戦いに少しでも役立つといいですね」
「今回の訓練の検証と意見交換を兼ねて‥‥皆、この後、一杯やりに行かないか?」
そうですね、と笑みを湛えて頷いた七海は、しかし、先に行っていて下さい、とヘルヴォールに返事した。まだ遊び足りない人もいるらしい。シミュレーター上では、『風雲のもじ城』なるイベントが始まっていた。
「‥‥では、甲虫を基幹とした部隊で東西から砲撃しつつ、南北から主力で攻め上がります」
「むむむ、そうして1Fのゴブリンファイブを突破した葎っちゃんの前に現れたのは、天使と虎人と狼人で構成された3バカキメラなのでした!」
攻める葎と守るのもじ。傍から見ていた愛華が桜を引っ張って参加に走る。
そういうわけで、とシステム管理に戻った七海。残された『大人たち』は、もう少しつきあうか、と顔を見合わせ苦笑した。