●リプレイ本文
「『不死鳥』の生みの親たるヘンリーには感謝している。が、それ以上に恨んでもいるさ」
久しぶりにヘンリーに会えるかもしれない、とネバダまで駆けつけて来たヴェロニク・ヴァルタン(
gb2488)は、ブリーフィングルームの中から聞こえてきた発言に思わずその足を止めた。
扉の陰から中を窺う。中には、困ったように佇むスタッフたちと、仮染 勇輝(
gb1239)がいた。
「スルト単独での改良を諦めたという事は、『不死鳥は見捨てられた』ってことだろう?」
「それは‥‥既存機の改良より新型機の開発を優先するULTの方針がある以上、現場にはどうにも‥‥」
「分かっている。ああ、分かってはいるんだ」
リリーの言葉に勇輝は首を振った。実際、ヘンリーのせいでない事も、無理な事を言っている事も分かっていた。それでもフェニックスもリミッターを解除できるようにして、愛機に最高性能を引き出させてやりたかった。
「あら。傭兵向けのA3型? だったら、2ndリミッターの上限値は個人改造で弄れるわよ?」
と、そこへルーシーがやって来て、あっけらかんとそう言った。フェニックスに限れば出力改造は、エンジンの個体差とエミタAIの個人差に最適化しつつ、リミッターの限界値を引き上げてやる作業なのだという。
「でも、最初から『専用機』を前提に性能向上を目指すわけにもいかないしね。だから、今回のデータ収集は、あくまで新型機の基礎性能の向上が目的。‥‥大丈夫。貴方のスルトはちゃんと応えてくれるわよ」
ヴェロニクはほぅ、と息を吐いた。と同時に疑問が湧いてきた。
少なくともルーシーは、改良が進まぬ現状で他室の助力を拒む様な偏狭な性格には見えない。なのになぜ、200に関してはああも頑なになるのだろう?
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翌日、朝食とブリーフィングを終えた能力者たちは、宿舎を出てハンガーへと向かった。
「たしかS−01Hの改良案の時にお会いして以来でしたね。お久しぶりです、リリアーヌさん」
早起きし、整備士に交じって作業をしていた井出 一真(
ga6977)が、機の下から出てリリーにそう挨拶をした。アクセル・ランパード(
gc0052)もまた、駐機場にいたルーシーに歩み寄る。
「貴女がルーシーさんですか? 一度お会いしたかった。今日は我が『相棒』の『弟』の為に頑張ります」
と、挨拶をする一真とアクセル、二人の動きがぴたりと止まった。困ったように乾いた笑みを張り付かせるリリアーヌ。その横に‥‥背中に『ゴッドクラッシャー試作機のぬいぐるみ』をでろりと背負った阿野次 のもじ(
ga5480)の姿があった。
「あの、それは‥‥」
「‥‥見えているようね。という事はあなたも能力者ね。これが私の『傍らに立つ者』‥‥能力『ゴッドクラッシャー』よ」
どうやら見せびらかせたかっただけらしい。一真とアクセルがのもじの頭をぽんぽんとなでりこする。
「さあ、実験開始よ! まずは慣らし運転でラジオ体操から! さあ、アクセル君、音楽にあわせてユニゾンするの! これも騎士の務めよ!」
「む。騎士の務めか」
のもじ機に合わせて大きく背伸びの運動をするアクセル機。ぐりんと首を巡らせてこちらを見る能力者たちに、リリーが「やりたい人だけでいいですよー」とたじろぎながら言葉を返す。
最初の実験は慣熟も兼ねて、まずは陸上で行う事にした。
「じゃじゃ馬と分かっていて、いきなり空を飛ばすのもね」
人型形態で駐機場から滑走路に進入した201のコクピットで、各種機材を確認しながらラウラ・ブレイク(
gb1395)が呟いた。初日の地上実験、第1陣は彼女と勇輝の二人で行うことになっていた。いずれも自前で持ち込んだ愛用の201で、安全運転領域の限界値が高いためにリスクが少ない。
「この子なら多少の無茶も耐えてくれるはずだけど‥‥」
コンソールを撫でるラウラの前で、勇輝が管制塔に発進の許可を求めた。発進許可。陽炎昇る滑走路へ、腰溜めに構えた人型形態の勇輝機が飛び出すように走輪走行で走り出す。
滑走路を飛び越え陸戦用実験場へと走りながら、勇輝は装備した4基の高出力ブースターの推力を徐々に上げていった。
「こいつの装備はリミッター解除に備えておいたんだ。それをこんな形で‥‥」
振動を始める機体。揚力とダウンフォースをブースターで抑えつけながら荒野を疾走し‥‥オーバーブーストに点火してブースター2基を真横に噴かせて横へと跳躍。戦闘機動に突入する。リミッターを解除した事もあって、その速度はさらに増しつつあった。勇輝は暴れだしそうなその動きを高出力ブースターで上手く押さえ込んだ。
「いいですね、高出力ブースター」
「そうね。でも、販売機体にあれだけの機材はさすがに載せられないでしょうね」
管制塔のルーシーは無線機のマイクを手に取ると、勇輝に後続するラウラを呼び出した。
「『Merizim』、SES−200の推力だけで『Chronus』に追随できる? 収集するデータは‥‥」
「走行速度、跳躍高度、戦闘機動時の運動性能と耐過重性能、兵装出力といったところ? まぁ、出来得る限りなら」
ラウラは白銀の機体を一気に増速させた。地を駆ける勇輝機をレティクルに捉え‥‥と、横に跳び避ける勇輝機。凄まじい勢いで減り続ける燃料計。目まぐるしく変動する各種計器の数値をセンサーが拾い上げているのを確認しながら、ラウラは勇輝機を追って操縦桿を傾けた。
「後継機、か‥‥」
ラウラは呟いた。人も、機械も、この世界に存在する何もかもが移ろいでいく。全てが移ろいで、それでもなお受け継がれるものがあるというのなら。その本質はいったい何なのだろう。
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翌日、地上実験で得たエンジンデータを元に、戦闘機形態での飛行実験が行われた。
空を飛びゆくはのもじとアクセルの201実験機。限界高度まで上昇した2機が、蒼く暗い空と丸みを帯びる地平線とを背景に機を水平へと持っていく。
「じゃ、アクセル君。ユニゾン実験、始めるわよ」
のもじはコクピットに設置されたカメラに向かって、リミッター解除の許可と音楽のリクエストを求めた。ユニゾン実験──2機で同一の飛行・人型を組み込んだランデブー飛行で、機体個体差のデータの比較とイレギュラーへの対応を実験するのだ。できればエミタAIとの相関関係も調べたい所だったが、ULTでもなければ表層的なデータ位しか収集できない。
無線のスピーカーからクラシカルな音楽が流れ始め‥‥アクセルは後続するのもじ機をミラーで確認すると、操縦桿を傾けて機を旋回させ始めた。
戦闘機形態から人型形態へ、またその逆へ。踊る様に優雅に、その実、戦闘速度でぶっ飛ばしながら空を舞う2機。やがて、音楽の終焉と共に『格好良い決めポーズ』でシンクロした2機が演舞を終える。
「のもじさん、これも‥‥」
「そう。騎士の務め。‥‥とはいえ、自由落下状態じゃ締まらないわね」
二人は滑走路に降りると新たな実験機で同じ様に実験を繰り返した。慣れない機体に乗り込んだアクセルは、エンジンではなく制御装置の方に意識的にリンクをさせてみた。勿論、エミタAIを意識的に操作する事などできない。が、能力者が『感じた』通りに最適化してくれる『現象』がエミタには存在する。アクセルが考えたのもそこだった。200エンジンに限れば、どうもエミタAIがキーになっている節がある。
「どうですか? ドラグーンや新兵が扱えないようでは問題です。仮想新人として‥‥上手くエンジンは制御できていますか?」
「大丈夫。問題はないわ。‥‥この辺りは、3室製の制御装置が上手くやってくれている」
この制御装置はエンジンとAI間の『OS』みたいなもので、AIとエンジンの個体差を超えて制御作業を最適化する『中継器』であるらしい。現状、効果は限定的だが、データが増えるにつれその効率を増していくという。
さらに翌日。
この日は、リミッター解除時における空中変形のデータ収集が行われた。
「スルトの名はね、終末の戦いを終わらせるもの。そして人の世を作るもの。そう願ってつけたんだよ。だから大切にしたい」
「大丈夫、燃料と新しい風があれば火は絶えませんよ。『魔法の杖』ができあがるまで、みんなで燃やし続けましょう」
この実験に参加したのは、クリア・サーレク(
ga4864)と、須磨井 礼二(
gb2034)だった。再び高高度へと舞い上がった2機の不死鳥は、コロシアムを回る剣闘士の様に蒼空に円を描き‥‥突進していく。
「それじゃあ‥‥いくよ!」
クリア機が薄ら赤い気流制御力場に包まれ、人型へと変形しながら練剣白雪を抜き放つ。対する礼二も機を赤く染めつつ‥‥『人型へと変形せずに』ロールを打った。そのままオーバーブーストを起動して、突進してくるクリア機から『軸』をずらす。使い手故に空中変形の弱点も分かっていた。空中格闘を仕掛けるには、少なくとも敵の至近に接近していなければならない。
急旋回する礼二機の後ろを飛び抜けながら、クリアはクッと奥歯を噛み締めた。これがスルトの全力全開? いや、そんな事はない筈だ。繋がれた軛、その枷から、今、不死鳥は解き放たれている。
クリアは練力を機に叩き込むと、リミッターを超えたその領域へエンジンパワーを持っていった。気流制御が限界まで出力を上げ、宙を横へ跳ねる様に飛んだクリア機が礼二機の背後へ回り込む。礼二は目を瞠った。『フェニックスを追えるのはフェニックスだけ』。そう思ってはいたが、この跳び様はまるでグリフォンの‥‥!
「もらったよ!」
練剣を振り被ったクリア機は、だが、次の瞬間、力場と安定化装置の効果を失った。出力を増大させたエンジンのパワーに、201の搭載機材が耐えられなくなったのだ。
「クリアさん、特殊能力解除。通常飛行への復帰を!」
失速しかけたクリア機の後方へ、礼二がすぐさまフォローの為に機位をつける。クリアは再びスタビライザーを起動すると、パニックボタンを押して機を水平飛行に戻した。
「危なかった。やっぱり、エンジンパワーに合わせて他の機材も強化・調整しないと‥‥」
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さらにその翌日。
この日はKM−S2に搭載したスルトのリミッター解除実験が行われた。
「リミッターカットですか‥‥機体を弄る身としては楽しみではありますが、スリリングですねえ」
一真の声に苦笑いを浮かべるヴェロニク。とは言え、スピゴはその推力を殆ど揚力に使っているようだし、全翼機ゆえ無理も利かなさそうだ。あくまでエンジンとの相性チェックと特殊能力の影響確認程度でいいかもしれない。
上空へ上がったヴェロニクは、早速、出力を規定値以上に押し上げた。上がる速度と機体への負荷値‥‥とはいえ、ブースト使用時に比べればまだ余裕がある。ファルコンスナイプは別個の機材であるらしく、バイパスを新たに繋げ直さない限り影響は受けなさそうだ。
ヴェロニクはエンジン出力を元に戻すと、前方の一真機に目をやった。一真はまだ実験を続けていた。出力をカウントしつつ4基のSES−200エンジンをフルドライブで運転させる。
「‥‥まだ上がるのか。流石のパワーだな、SES−200は」
呟く一真の目の前で、コンソールが警告の赤ランプを灯した。エンジンの一つがこちらの制御以上に回転数を上げたのだ。
「一真さん!」
「大丈夫。制御不能になるのは予測の内‥‥」
一真は冷静に問題のエンジンへの燃料供給をカットした。‥‥止まらない。どうやらエンジンの熱で膨張した空気が勝手にエンジンを回しているらしい。と、続けざまに他のエンジンにも警告の赤ランプがつき始める。
「エンジン回転数、オーバーブースト領域を超過。燃料供給をカット‥‥だめだ。どうやら完全に暴走している」
言いながら、一真は制御装置を中継して全てのエンジンの電源をカットした。これまでに稼いだ速度で機を水平に保ちつつ‥‥やがて、機を降下させながら再点火を試みる。まともに動いたのは3基。その内1基は実験場に帰還する前に停止した。一真はヴェロニクのエスコートを受けながら、残る2基のエンジンで滑走路へと舞い降りた。
ハンガーへ戻ると、一真は他の整備士たちと共に機からエンジンを下ろしてチェックした。
エンジンが暴走した理由は、出力の上昇要求と重量機負荷にエンジンが耐えられなくなった事だった。
「ねえ。エンジンの安定にエミタが一役買ってるなら、エンジンか制御装置の一部をエミタで製作して、制御を強化できないかな? 機体にエミタを実装するのはオウガで実装されてるし」
いいアイデアだとは思うけど、と焼けたエンジンを見下ろしながら、クリアの提案にルーシーは呟いた。機体にエミタを利用するのは、恐らくカプロイアの最新技術だろう。おいそれと技術提供をしてくれるものとは思わない。「剛性が不足しているなら何かで補うとか‥‥例えば、気流制御力場。あれの効果をエンジン内部にまで及ぼせば、エンジンの保護とエンジン内燃焼ガスの高効率制御が可能になりませんか?」
「3室でも考えてたわね。気流制御とか、アクセル・コーティングとか。でも‥‥」
「ああ、分かります。練力消費がさらに激しくなりそうですものね」
礼二の言葉に頷きながら‥‥ルーシーは溜息を吐いた。
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「オーバーブーストの機能追加は魅力的ですが‥‥消費が大きくなりそうなのが懸念材料ですね」
最終日。最後の実験を終えた能力者たちは、食堂に集まって最後の夕食にありついていた。
一真がオーバーブーストに言及したのを受け、ラウラがスプーンを持ち上げる。個人的には、オーバーブーストって使い勝手が悪いのよね、と、そう呟いた。
「なんか空回りしている感じ。機体性能を十分に引き出せていないと思う。ブースト中は擬似慣性飛行が可能だから、それを活かす方向性も手じゃないかしら」
一方、離れたテーブルでは、ヴェロニクがつまらなそうにテーブルに肘を預けていた。試作機製造に忙しいヘンリーは、結局、最後までこちらには来なかった。
「旦那さんとの思い出、か‥‥重いなぁ」
リリーから苺のムースと引き換えに聞き出したルーシーの事情を思って、ヴェロニクは呟いた。
学生時代の話を聞くと、なにかこう、胸の辺りがざわざわとする。ヘンリーさん、学生の頃、ルーシーさんの事をどう思っていたんだろう‥‥
「どんな事を願って、誰の為にエンジンを作り始めたのか‥‥それを思い出してくれればいいのにね。そうすれば‥‥」
向かいに座ったクリアがそう呟く。ヘンリーとヴェロニクを肴にルーシーと話をしようと思っていたのだが‥‥ルーシーは現場に詰めっぱなしで、遂にその機会は訪れなかった。
「覚えているからこそ、かもしれないぞ」
食事のトレイを持ってきたアクセルが椅子に座りながらそう言った。
「当時の地元紙をファックスで送ってもらった。‥‥グランチェスター重工は、ドロームに買収工作をしかけられていたらしい」