●リプレイ本文
「過度な演出は、地に足の着かない虚像である印象を強める。軍人らしい質実剛健な登場が似合うと思うのだが」
イベント会場の中に設けられたセシル・ハルゼイの控え室──
会場中でイベントの準備が進められる中、赤木・総一郎(
gc0803)は、TV局出身の演出家たちとセシルの登場シーンについて意見を戦わせていた。
「人々は『虚像の英雄』を求める‥‥だが、彼、セシルは優秀な、自由と、正義を、愛するアメリカ出身の軍人だ。ロックスターじゃない。その威厳を損なう事は‥‥そうだな、退役軍人会あたりが黙っていないんじゃないか?」
激論の末、演出家たちはしぶしぶ総一郎の『提案』を受け入れた。
「‥‥うまくいったみたいだな?」
すぐ側のパイプ椅子に座ってその様子を眺めていた天羽 圭吾(
gc0683)が、訳知り顔で総一郎を見上げた。
気づきましたか、と、本音を見抜いた年上の同僚に苦笑を返す総一郎。まぁ、なんだ。護衛を任されたからには奇抜な登場は避けて欲しい。守りにくくて仕方がない。
総一郎は手近な椅子を引き寄せると、紙コップに氷水を注ぎながらチラとセシルに視線を向けた。
セシルは顔馴染の女傭兵、綾嶺・桜(
ga3143)と響 愛華(
ga4681)と話していた。二人は、セシルに同情しつつ‥‥知人として、流されるまま『英雄』に祭り上げられようとしている彼をもどかしく思っていた。
「しかし、セシルよ。お主はこのままでよいのかの? ‥‥お主が本当に納得しているなら、わしもこれ以上は言わぬ。じゃが、これがお主の目指した英雄か? わしにはそうは思えぬが‥‥」
「そうだよ! セシル君、お母さんが遺してくれた言葉の意味、本当に理解してる? 君がこれまでしてきた事は、『手段』が『目的』になってしまっているんだよ!」
その為に、結果としてユタ全体が危険にさらされるところだった── 愛華の言葉にセシルが俯く。
「たしかにそうだ。でも、あの時は勝手に身体が動いたんだ。武器も持たない人々がキメラの砲火に曝されている‥‥見過ごすなんて、できなかった」
愛華がグッと口ごもる。桜はそれを横目で見ながら、その内心を慮った。
小を生かして大を殺すか、大を生かすために小を殺すか── ああ、この世界は矛盾に満ちている。故に、この世界に『絶対の正義』など存在しない‥‥
「‥‥でも、セシル君の戦い方は、ただ自分の身を危険に曝しているだけにしか見えないよ。それは歴史に名を残す事とは違う──今のままじゃ、お母さんが可愛そうだよ‥‥」
今度はセシルが沈黙する番だった。愛華が告げる。よく考えてみてよ、セシル君──『大きな男』になるって事を‥‥
「英雄になりたいのなら、いっそわしらと同じ傭兵になる気はないかの? お主にはそちらの方が向いていそうじゃ」
軍よりは自由に動けるぞ? と笑う桜。セシルは苦笑した。軍がこの状況下でセシルの除隊を認めるとは思えない。
それに‥‥
「‥‥せめて、元の隊に戻れればよいのじゃがの」
ポツリ、と呟いた桜の言葉に、セシルは重く嘆息した。ワイルにイルタ、それに基地の仲間たち‥‥共に死線を潜り抜けた戦友たちを思って天を仰ぐ‥‥
「‥‥しかし、北中央軍の広報もあざといですね。これくらいがこの国の好みなのかもしれませんが‥‥」
そんなセシルたちから視線を外して、総一郎は肩を竦めた。分かりやすいプロパガンダではあるな、と圭吾が応じる。
「だが、バグアに奪われた国土を解放する、っていうのは、人々にとって『明確な正義』だからな‥‥」
そうして熱に浮かされたように、戦争に我が身を投じていくのだ。歴史がそれを証明している。
そう、自分は今、歴史の一頁に直面している── 圭吾は改めて手の中の一眼レフに視線を落とした。‥‥傭兵になってから触れていなかったかつての相棒──久々のこの重みは悲しいぐらいに手に馴染む‥‥
「‥‥士気高揚と新兵集めの為の、作られた英雄、か‥‥ 俺だったらご勘弁願いたいところだが」
イベント出演の為、和服に着替えた堺・清四郎(
gb3564)が、手にした太刀の目釘を確認しながらそう言った。曇り一つない美しい刀身──圭吾は手で合図を送ると、パシリ、と一枚、写真に収めた。
清四郎は、刀を丁寧に鞘に納めると、圭吾に視線を振った。
「そもそも、英雄なんてものは、墓場の下か場末の酒場にしかいないものだがな‥‥」
「まぁな。元々、英雄なんて言葉はとても抽象的なもの‥‥人によって解釈は様々だ。1人殺せば殺人者、100人殺せば英雄‥‥という言葉もある。ちなみに、1万人を殺したらそれは『統計に過ぎない』らしいが‥‥まぁ、なんとも都合の良い存在だ」
‥‥セシルもまた、熱に浮かされるように突き進んできたのだろう。今回を機にふと我に返り、初めて具体的に『英雄』の意味を考え始めたのだろうか。
故に、人々が求める英雄とはどういう存在なのか、圭吾は会場を巡って取材して回るつもりだった。軍の広報は、あまり『余分な』プレスが入り込む事によい顔をしなかったが、取材を装っての会場警備、という事でなんとか許可を取り付けていた。
「今日と言う日を記録に残しておく──その義務が、俺にはある」
圭吾はカメラのフィルムを確認すると、椅子から立ち上がった。
セシルに確認‥‥いや、取材しなければならない。
──人に求められるまま、作られた虚像を演じるのか。
「それも『英雄』になる一つの方法ではある。人々の希望になる仕事だ。実体が希望であるヒーローには違いないだろう」
総一郎が呟く。確かに軍の広報はあざといが、悪人というわけではない。彼等は彼等なりに、世界を救う仕事をしている。
──それとも、自分の思い描いていた理想の英雄を目指すのか。
世界の為に、自分を犠牲にするのか。
何の為に戦うのか──
●
どんな英雄を求めるかって? そりゃ勿論、バグアの野郎どもをぶん殴って追い払ってくれるヒーローさ! 他はなんでもいいよ!
──イベント会場にて。天羽圭吾のインタビューに答えた、顔に星条旗をペイントした若者の返答。
「当基地所属のワイル中尉、およびユスティネン少尉は、現在、任務中です。詳細についてはお答え致しかねます」
イベントが始まり、盛り上がる会場の片隅で、案内役として獣天使な格好に扮した阿野次 のもじ(
ga5480)は、むぅ、と一言唸ってから、礼を言って電話を切った。
「‥‥イルタちゃんに、セシルへはっぱかけてもらいたかったのになぁ」
まぁ、ダメなものはしかたがない。のもじはすぐに頭を切り替えると、次はドローム社企画部の知人に電話をかけた。セシルをドロームの新型の広告塔に推す為だ。軍にはセシルを英雄として『着飾る』必要があるし、ドロームにとっても『アメリカ万歳企画』のイメージ戦略に乗る事は悪い話ではないはずだ。
「‥‥セシルを戦線復帰させるには、これが一番近いはず‥‥」
だが、知人の携帯は電源が切られているのか、いつまでたってもつながらない。そうこうしているうちに、『相棒』の着ぐるみが廊下の端からこちらへ手を振った。その足元には小さな女の子。なんでも、迷子になってVIPルームフロアに戻れなくなってしまったらしい。
「OK。じゃ、おねーさんが連れてってあげよう」
のもじは女の子の手を引いて会場を歩き始めた。
ステージからは、アメリカ人が考えるような和テイストな音楽が流れていた。『Japanから来たサムライ能力者』清四郎の、太刀を用いた剣舞が始まっていたのだ。
「我が流派の神髄、特と御覧あれ!」
たすきを手早くかけながら、日本語で発する清四郎。その背後、炎を背景に清四郎をアップで映したスクリーンに、英語の字幕が表示される。
清四郎はその演出に内心で苦笑しながら、謹直な面持ちでゆっくりと太刀を鞘から抜いた。静かな笛の音に合わせ、まるで流氷の様に優雅に、流れるような所作で剣を振り、立ち振る舞う。やがて、曲調が徐々に変わっていき‥‥打ち鳴らされる和太鼓のリズムに呼応するように、激しい、まるで火山の噴火の様なエネルギッシュな剣舞へと移り変わる。
美しい剣舞に酔いしれていた観客たちも、それに合わせてヒートアップしていった。そのまま演舞はフィナーレへと一気に突っ走り‥‥ ラスト、横たえられたアメリカンな大木をSESで真っ二つに断ち切り、懐紙で血糊を拭く真似事をしてから宙へと放る。はらはらと、雪の様に舞い散る白い紙── それを、居合いに構えた清四郎が二つに切り裂く‥‥
歓声を上げる観客たちを抜けて、のもじはVIPルームフロアへ辿り着いた。
「パパっ!」
と叫んで、子供がたぱたぱと廊下を走っていく。
その先には、なんだか偉そうな軍服姿の男と話すドローム企画部の知人がいた。
「ふーん。コイツが噂のデンジャラスボーイってヤツか! って、やーっぱクサってやがんなあ〜」
本番前のステージ脇── セシルの護衛役の一人である村雨 紫狼(
gc7632)は、出番を待つセシルの様子を見て苦笑した。
束ねた鉄パイプの上に、手を組んで座り込み、俯くセシル── 案の定だ。ま、前線でバリバリやりたいヤツが、何の因果か客寄せパンダ‥‥分からなくはねーけどな。
「とはいえ、主役がいつまでもこれじゃあな‥‥ セシル、お前に欠けてるのは、『今』に対するクールな現状認識力ってんだよ。だからこそ、あんな無謀なイノシシファイトができるんだ」
紫狼は周囲を見るよう手を広げた。忙しく動き回る軍の広報、イベントスタッフ‥‥ステージの壇上では、どこぞの名士が断ち割られた大木を指差しながら、能力者の優秀さ、ヒーローが共に常に戦場に共にあること、優勢な軍の状況、かつ、苦難を共にする助力を市民に求める演説が行われている‥‥
「集客やら、募集兵やら、国債やら‥‥ あそこで動き回っている連中にも、それぞれにシリアスなノルマがあるだろうさ。もし、このイベントがご破算になったら、一体何人が辞職届を書くことになるのやら」
紫狼は改めて現実をセシルに突きつけた。
「ま、愚痴はいくらでも聞いてやんよ。けど、いい加減、腹を据えねーとな!」
そう言って、後ろ手に手を振って去っていく紫狼。入れ替わるようにやって来た葵 コハル(
ga3897)は、なにやら難しい顔をして考え込むセシルに、何があったのだろう、と小首を傾げつつ声をかけた。
顔を上げたセシルは驚いてコハルを見返した。コハルは派手なイベント用の衣装にその身を包んでいた。
「あ、これ? ステージ上の護衛も兼ねて、チアリーディングに出演するんだ。アメリカでは『芸能人』として殆ど仕事してないし、トップは無理だけど‥‥」
そう言って照れたように笑うと、コハルはセシルの隣に座って話を聞いた。
「‥‥キミは刀や矢となって敵を斬り、射る事を望んでるんだね。でもこれからキミに求められるのは『旗』になることだと思うんだ」
「『旗』?」
「そう、『旗』。旗には斬る事も射る事もできない。けど、その掲げられた旗を見て、より多くの『刀』や『矢』──つまり、戦う意志を持った人たちを集める事ができるワケ」
けど、旗は汚れたり傷ついたりする事は許されない。前線からはより遠ざかるだろう。もし戦場に出られるとしても、手厚いエスコートがつくはずだ。
コハルの話を聞いて、セシルはまた考え込んだ。
志願兵を集める役目について、セシルは悩んだりはしなかった。彼らは自らの意志で戦う事を選ぶからだ。だが、その自分が安全な場所にいる事には我慢がならない。‥‥戦友たちは、今も、あの地獄の様な空で戦っているというのに。
「自分の心に従え」
いつの間にそこにいたのだろう。突如、横からかけられた声に、セシルとコハルは驚いた。見れば、出番を終えた清四郎がすぐ横に立っていた。
「このまま英雄を続けても、ここで前線に戻っても、多かれ少なかれ確実に後悔する。‥‥ならば、自分自身で本当にやりたい事を決めた方が良い」
それだけを言うと、清四郎は控え室へ向け歩き出した。と、ふと足を止めて振り返る。
「ただ、たとえ作られた英雄であったとしても‥‥それによって救われる人はいる。そのことは忘れないでくれ」
そこへ、ステージから、いかにも『アメリカ的』な、明るく力強い曲調のイントロが流れ始めた。『英雄』の登場を彩る、チアリーディングが始まるのだ。
「じゃ、あたしも行きますか。自分の役を演じに、ステージへ」
立ち上がったコハルが、ステージ脇に整列したチアリーダーたちの方へ走る。その中に、両手にポンポンを持ったミニスカート姿の愛華もいた。セシルに気づいた愛華が、大音量に負けぬよう『小声で』叫ぶ。
「セシル君、大丈夫! 飾る事無く、素のままの自分を見せれば良いと思うよ! 日本の『三本の矢』の故事‥‥勝利を掴む為には今が大事。独りだと厳しい事でも、皆の協力があれば乗り越えていけるから!」
グッと愛華が拳を握ってみせる。と、大声援を受けながらステージへと走り出すチアリーダーたち。コハルに呼ばれて、愛華が慌てて追いかける。
入れ替わるように、護衛役の総一郎と巫女服姿の桜が最も近い位置につく。桜の巫女服は「それが正装であるのなら」という理由で認められた。‥‥もっとも、「サムライガール!」だの「ゲイシャガール!」だの騒ぐ輩に「違う、巫女じゃ!」と返すのにほとほと疲れ果ててはいたが。
と、セシルの背中を、いつの間にか近づいていたのもじが、どげしっ、と蹴り飛ばす。驚いて振り返るセシルに向かって、のもじはピッと指を突きつけた。
「全く‥‥迷子みたいな顔しちゃって‥‥ 貴方のマミィはなんて言ったの!? 英雄になりなさい、ってい言ったの? それとも‥‥」
セシルはハッとした。愛華の言っていた事を思い出す。
「OK。だが、今のお前はビッグな男にはほど遠い! まず認識しなさい。自分は周りに『ヒーローを目指している奴』として支えられているんだって事を!」
胸を張れ、小さく纏まんな。Bigな男に相応しく、堂々と壇上に立って来い!
時間です、というイベントスタッフの声。セシルはグッと親指を突き出すのもじに苦笑を返すと、軍服の襟を正して前を向いた。
‥‥一つだけ言える事がある、と、斜め後ろに立つ総一郎が静かに告げた。
「君が今、ここで立ち止まっている間も、世界は変わらず動いている。今は何も難しい事は考えず、ただ、世界を救う『仕事』をこなせばいい」
チラと振り返るセシル。総一郎はもう周囲に警戒の視線を飛ばしていた。行くぞ、と前を見つめて告げる桜。セシルは大きく頷いた。
自らの正義に従ったとある小さな英雄が──
作られし英雄となるべく、その第一歩を踏み出した。
数多くの葛藤と矛盾を抱えた彼を、人々は無邪気な大歓声でもって、生贄の座へと迎え入れた。