タイトル:ある作られし小さな英雄マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/23 09:42

●オープニング本文


 ヒーローは強くなければならない── その手で敵を打ち果たす為に。
 ヒーローは優しくなければならない── 守るべき者たちが呼ぶ声を聞き逃さぬ為に。
 ヒーローは目立たなければならない── 迷える者を導く旗手となる為に。
 ヒーローはタフでなければならない── 誰よりも他者の為に危地に身を置くが故に。

 ヒーローはタフでなければならない── タフでなければ、生き残れない。


「男がどうせ一生を生きるなら‥‥歴史に名を残すような、そんなBigな男におなり──」
 それが、女手一つで苦労しながら、セシル・ハルゼイを育て上げた彼のMomの口癖であり‥‥ 神の元へ召される際に、セシルに残した最後の言葉だった。
 バグア襲来後の下町暮らし──日々、食べるものにも事欠く中で、俺を育て上げる事にその一生を費やしてくれたMom── その母に恥じぬヒーローになるべく、彼はハイスクールを卒業後、すぐに軍に志願した。
 能力者の適性があったのも、運よくKVパイロットになれたのも、神と母との導きだろうか。セシルは誰よりも訓練を重ね、誰よりも早く敵へ向かって突進した。付いた仇名は『火の玉野郎』──『鉄砲玉』というような意味と、「近づくと敵も味方も火傷する」、そんな揶揄が込められていた。
 ある日、ユタ州都近郊、大塩湖ファーミントン湾上空で、避難民を乗せた軍の車列が砲撃型キメラの攻撃を受けた時、上空からそれに気づいたセシルは真っ先に突っ込んだ。
 砲列の並ぶ山腹に人型降下で無理やり分け入り、居並ぶキメラを薙ぎ倒し‥‥結果、自機を撃破されながらも、セシルは車列を守り切る事に成功した。
 だが、それは、軍の方針に反する事だった。ユタ州には未だ多くの避難民が脱出も出来ずに取り残されており、軍は彼等を巻き込んでの総力戦を避けるべく、当該地域におけるKVでの地上戦を固く禁じていたからだ。結果、ユタ州に迫り来る敵ワームの数は以前より増大した。
 自らの行為に後悔はないが、結果、仲間たちの負担を増してしまった事には忸怩たる想いはある。ましてや、当の自分は安全な病院のベッドにいるとあっては。
「早くここから退院し、一刻も早く原隊に復帰したい──」
 セシルの願いは、だが、叶わなかった。
 正式に退院の日取りが決まったその日、UPC軍の制服を着た小太りの女性士官がやって来た。彼女はファーミントンの戦いについて幾つか質問すると、セシルのあずかり知らぬところでなにやら満足そうに頷いた。
「苦労の連続だった少年時代、母の遺言、軍への志願、民間人救出の献身。そして、なによりまだ年若い『アメリカ人』であるという事‥‥ まさしく申し分ないわ」
 隣に立つ背広姿の男と言葉を交わす女性士官。セシルは困惑しながら、自分はいつ戦線に復帰できるのか尋ねた。
「その必要はないわ。あなたには、英雄になってもらうから」


 北米での戦いは、今が転換期と言っていい。
 東海岸では【NS】作戦──大規模な北米反攻作戦が実行中であり、ギガワームを誘引すべく各都市で激戦が繰り広げられている。これまでとは桁外れの戦力が投入された‥‥まさに、国運を賭けた戦いである。
「つまり、我が軍はこれまで以上に国民の協力を必要としている。具体的には、資金、物資、それに、兵士──だわね」
 とはいえ、長いバグアとの戦争生活で、国民にも大きな余裕はない。自然、財布の紐は固くなる。
 そんな彼らに気持ちよく金を落として貰うには、何か大きなムーブメント‥‥きっかけが必要だ。そこで白羽の矢が立ったのが、『自らの危険も省みず、無垢なる人々を救った英雄、セシル・ハルゼイ』というわけだ。
「ユタの地には未だ多くの避難民が取り残されている。彼等を救うという大義名分と、献身的な英雄の登場‥‥戦いに憂う人々は熱狂するでしょうね。いえ、熱狂させるのよ」
 最初の『目標』はアメリカ西海岸。これまで西海岸は大きな戦渦に巻き込まれる事もなく、他地域に比べれば最も戦前に近い生活レベルを維持している。『集金』の効果も高いと判断されたのだ。

 セシル・ハルゼイの『英雄化キャンペーン』は、まず、事実を人々に知らしめる所から始められた。
 まずは、一方的に砲撃を受けていた避難民の車列を守るべく、我が身の危険を顧みず単騎で奮戦し、彼らを守り切った若き少尉の存在が、新聞の片隅でひっそりと報じられた。
 それから、あくまで自然な形で少しずつ、メディアへの『事件』の露出が増えていく。病院で身を起こした少尉の写真、助けられた避難民たちの感謝の言葉‥‥やがて、事件自体の背景──ユタ州の避難民が置かれた苦難と、現状を維持するので精一杯である軍の苦境が大々的に報じられる。
「君もセシル・ハルゼイに続け! ユタの人々を救出する為、故郷をバグアから守る為、皆も軍への協力を!」
 かくして、上記を『スローガン』にしたセシルの『講演会』が、西海岸の各都市で行われる事になった。その一番最初は、『西海岸首都』とも言うべき大都市、サンフランシスコ。まずは最初が肝心と言う事で、イベントは大規模に行われる事になった。
「上空を飛ぶKVから、パラシュートで降りてくる登場はどうだ?」
「おお、それなら、ロケットマンの方が派手でいいんじゃないか?」
 軍、テレビ局、イベント関係者たちが案を出して盛り上がる。蚊帳の外に置かれたセシルは、手渡された幾つかの派手な衣装案にげんなりとしながら、傍らに立つ傭兵能力者──各種イベント製作、芸能等の経験者が製作者として、出し物の出演者として、セシルの護衛兼何でも屋として、イベントの警備スタッフとして、幾人かが雇われる事になっていた──に、嘆息と共に愚痴を零した。
「やれやれ、だ。これなら戦場を飛んでいる方がよっぽどか気が楽だ‥‥ 本当に出来るのかな、俺に‥‥こんなこと‥‥」
 能力者はイベントの『台本』に目を落とした。実の所、セシルの出番はそれほど多いものではなかった。イベントはあくまでユタ救出を訴えるキャンペーンで、セシルの講演はあくまで『客寄せ』のゲストなのだ。演説好きは他に幾らでもいたし、出番は彼らの方が多いだろうから、セシルの負担も小さいはずだ。
 その事を能力者が告げると、セシルは苦笑しながら首を振った。
「いや、講演がどうこういうわけでなく‥‥いや、実際、講演なんてどうしたらいいのかぜんっぜん分からないけど‥‥」
 再び嘆息するセシル。そのままジッと床を見つめ‥‥小さくこう呟いた。
「本当に俺に出来るのかな‥‥英雄になるなんて」

●参加者一覧

綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
堺・清四郎(gb3564
24歳・♂・AA
天羽 圭吾(gc0683
45歳・♂・JG
黒木・正宗(gc0803
27歳・♂・GD
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA

●リプレイ本文

「過度な演出は、地に足の着かない虚像である印象を強める。軍人らしい質実剛健な登場が似合うと思うのだが」
 イベント会場の中に設けられたセシル・ハルゼイの控え室──
 会場中でイベントの準備が進められる中、赤木・総一郎(gc0803)は、TV局出身の演出家たちとセシルの登場シーンについて意見を戦わせていた。
「人々は『虚像の英雄』を求める‥‥だが、彼、セシルは優秀な、自由と、正義を、愛するアメリカ出身の軍人だ。ロックスターじゃない。その威厳を損なう事は‥‥そうだな、退役軍人会あたりが黙っていないんじゃないか?」
 激論の末、演出家たちはしぶしぶ総一郎の『提案』を受け入れた。
「‥‥うまくいったみたいだな?」
 すぐ側のパイプ椅子に座ってその様子を眺めていた天羽 圭吾(gc0683)が、訳知り顔で総一郎を見上げた。
 気づきましたか、と、本音を見抜いた年上の同僚に苦笑を返す総一郎。まぁ、なんだ。護衛を任されたからには奇抜な登場は避けて欲しい。守りにくくて仕方がない。
 総一郎は手近な椅子を引き寄せると、紙コップに氷水を注ぎながらチラとセシルに視線を向けた。
 セシルは顔馴染の女傭兵、綾嶺・桜(ga3143)と響 愛華(ga4681)と話していた。二人は、セシルに同情しつつ‥‥知人として、流されるまま『英雄』に祭り上げられようとしている彼をもどかしく思っていた。
「しかし、セシルよ。お主はこのままでよいのかの? ‥‥お主が本当に納得しているなら、わしもこれ以上は言わぬ。じゃが、これがお主の目指した英雄か? わしにはそうは思えぬが‥‥」
「そうだよ! セシル君、お母さんが遺してくれた言葉の意味、本当に理解してる? 君がこれまでしてきた事は、『手段』が『目的』になってしまっているんだよ!」
 その為に、結果としてユタ全体が危険にさらされるところだった── 愛華の言葉にセシルが俯く。
「たしかにそうだ。でも、あの時は勝手に身体が動いたんだ。武器も持たない人々がキメラの砲火に曝されている‥‥見過ごすなんて、できなかった」
 愛華がグッと口ごもる。桜はそれを横目で見ながら、その内心を慮った。
 小を生かして大を殺すか、大を生かすために小を殺すか── ああ、この世界は矛盾に満ちている。故に、この世界に『絶対の正義』など存在しない‥‥
「‥‥でも、セシル君の戦い方は、ただ自分の身を危険に曝しているだけにしか見えないよ。それは歴史に名を残す事とは違う──今のままじゃ、お母さんが可愛そうだよ‥‥」
 今度はセシルが沈黙する番だった。愛華が告げる。よく考えてみてよ、セシル君──『大きな男』になるって事を‥‥
「英雄になりたいのなら、いっそわしらと同じ傭兵になる気はないかの? お主にはそちらの方が向いていそうじゃ」
 軍よりは自由に動けるぞ? と笑う桜。セシルは苦笑した。軍がこの状況下でセシルの除隊を認めるとは思えない。
 それに‥‥
「‥‥せめて、元の隊に戻れればよいのじゃがの」
 ポツリ、と呟いた桜の言葉に、セシルは重く嘆息した。ワイルにイルタ、それに基地の仲間たち‥‥共に死線を潜り抜けた戦友たちを思って天を仰ぐ‥‥
「‥‥しかし、北中央軍の広報もあざといですね。これくらいがこの国の好みなのかもしれませんが‥‥」
 そんなセシルたちから視線を外して、総一郎は肩を竦めた。分かりやすいプロパガンダではあるな、と圭吾が応じる。
「だが、バグアに奪われた国土を解放する、っていうのは、人々にとって『明確な正義』だからな‥‥」
 そうして熱に浮かされたように、戦争に我が身を投じていくのだ。歴史がそれを証明している。
 そう、自分は今、歴史の一頁に直面している── 圭吾は改めて手の中の一眼レフに視線を落とした。‥‥傭兵になってから触れていなかったかつての相棒──久々のこの重みは悲しいぐらいに手に馴染む‥‥
「‥‥士気高揚と新兵集めの為の、作られた英雄、か‥‥ 俺だったらご勘弁願いたいところだが」
 イベント出演の為、和服に着替えた堺・清四郎(gb3564)が、手にした太刀の目釘を確認しながらそう言った。曇り一つない美しい刀身──圭吾は手で合図を送ると、パシリ、と一枚、写真に収めた。
 清四郎は、刀を丁寧に鞘に納めると、圭吾に視線を振った。
「そもそも、英雄なんてものは、墓場の下か場末の酒場にしかいないものだがな‥‥」
「まぁな。元々、英雄なんて言葉はとても抽象的なもの‥‥人によって解釈は様々だ。1人殺せば殺人者、100人殺せば英雄‥‥という言葉もある。ちなみに、1万人を殺したらそれは『統計に過ぎない』らしいが‥‥まぁ、なんとも都合の良い存在だ」
 ‥‥セシルもまた、熱に浮かされるように突き進んできたのだろう。今回を機にふと我に返り、初めて具体的に『英雄』の意味を考え始めたのだろうか。
 故に、人々が求める英雄とはどういう存在なのか、圭吾は会場を巡って取材して回るつもりだった。軍の広報は、あまり『余分な』プレスが入り込む事によい顔をしなかったが、取材を装っての会場警備、という事でなんとか許可を取り付けていた。
「今日と言う日を記録に残しておく──その義務が、俺にはある」
 圭吾はカメラのフィルムを確認すると、椅子から立ち上がった。
 セシルに確認‥‥いや、取材しなければならない。
 ──人に求められるまま、作られた虚像を演じるのか。
「それも『英雄』になる一つの方法ではある。人々の希望になる仕事だ。実体が希望であるヒーローには違いないだろう」
 総一郎が呟く。確かに軍の広報はあざといが、悪人というわけではない。彼等は彼等なりに、世界を救う仕事をしている。
 ──それとも、自分の思い描いていた理想の英雄を目指すのか。
 世界の為に、自分を犠牲にするのか。
 何の為に戦うのか──


 どんな英雄を求めるかって? そりゃ勿論、バグアの野郎どもをぶん殴って追い払ってくれるヒーローさ! 他はなんでもいいよ!
            ──イベント会場にて。天羽圭吾のインタビューに答えた、顔に星条旗をペイントした若者の返答。

「当基地所属のワイル中尉、およびユスティネン少尉は、現在、任務中です。詳細についてはお答え致しかねます」
 イベントが始まり、盛り上がる会場の片隅で、案内役として獣天使な格好に扮した阿野次 のもじ(ga5480)は、むぅ、と一言唸ってから、礼を言って電話を切った。
「‥‥イルタちゃんに、セシルへはっぱかけてもらいたかったのになぁ」
 まぁ、ダメなものはしかたがない。のもじはすぐに頭を切り替えると、次はドローム社企画部の知人に電話をかけた。セシルをドロームの新型の広告塔に推す為だ。軍にはセシルを英雄として『着飾る』必要があるし、ドロームにとっても『アメリカ万歳企画』のイメージ戦略に乗る事は悪い話ではないはずだ。
「‥‥セシルを戦線復帰させるには、これが一番近いはず‥‥」
 だが、知人の携帯は電源が切られているのか、いつまでたってもつながらない。そうこうしているうちに、『相棒』の着ぐるみが廊下の端からこちらへ手を振った。その足元には小さな女の子。なんでも、迷子になってVIPルームフロアに戻れなくなってしまったらしい。
「OK。じゃ、おねーさんが連れてってあげよう」
 のもじは女の子の手を引いて会場を歩き始めた。
 ステージからは、アメリカ人が考えるような和テイストな音楽が流れていた。『Japanから来たサムライ能力者』清四郎の、太刀を用いた剣舞が始まっていたのだ。
「我が流派の神髄、特と御覧あれ!」
 たすきを手早くかけながら、日本語で発する清四郎。その背後、炎を背景に清四郎をアップで映したスクリーンに、英語の字幕が表示される。
 清四郎はその演出に内心で苦笑しながら、謹直な面持ちでゆっくりと太刀を鞘から抜いた。静かな笛の音に合わせ、まるで流氷の様に優雅に、流れるような所作で剣を振り、立ち振る舞う。やがて、曲調が徐々に変わっていき‥‥打ち鳴らされる和太鼓のリズムに呼応するように、激しい、まるで火山の噴火の様なエネルギッシュな剣舞へと移り変わる。
 美しい剣舞に酔いしれていた観客たちも、それに合わせてヒートアップしていった。そのまま演舞はフィナーレへと一気に突っ走り‥‥ ラスト、横たえられたアメリカンな大木をSESで真っ二つに断ち切り、懐紙で血糊を拭く真似事をしてから宙へと放る。はらはらと、雪の様に舞い散る白い紙── それを、居合いに構えた清四郎が二つに切り裂く‥‥
 歓声を上げる観客たちを抜けて、のもじはVIPルームフロアへ辿り着いた。
「パパっ!」
 と叫んで、子供がたぱたぱと廊下を走っていく。
 その先には、なんだか偉そうな軍服姿の男と話すドローム企画部の知人がいた。

「ふーん。コイツが噂のデンジャラスボーイってヤツか! って、やーっぱクサってやがんなあ〜」
 本番前のステージ脇── セシルの護衛役の一人である村雨 紫狼(gc7632)は、出番を待つセシルの様子を見て苦笑した。
 束ねた鉄パイプの上に、手を組んで座り込み、俯くセシル── 案の定だ。ま、前線でバリバリやりたいヤツが、何の因果か客寄せパンダ‥‥分からなくはねーけどな。
「とはいえ、主役がいつまでもこれじゃあな‥‥ セシル、お前に欠けてるのは、『今』に対するクールな現状認識力ってんだよ。だからこそ、あんな無謀なイノシシファイトができるんだ」
 紫狼は周囲を見るよう手を広げた。忙しく動き回る軍の広報、イベントスタッフ‥‥ステージの壇上では、どこぞの名士が断ち割られた大木を指差しながら、能力者の優秀さ、ヒーローが共に常に戦場に共にあること、優勢な軍の状況、かつ、苦難を共にする助力を市民に求める演説が行われている‥‥
「集客やら、募集兵やら、国債やら‥‥ あそこで動き回っている連中にも、それぞれにシリアスなノルマがあるだろうさ。もし、このイベントがご破算になったら、一体何人が辞職届を書くことになるのやら」
 紫狼は改めて現実をセシルに突きつけた。
「ま、愚痴はいくらでも聞いてやんよ。けど、いい加減、腹を据えねーとな!」
 そう言って、後ろ手に手を振って去っていく紫狼。入れ替わるようにやって来た葵 コハル(ga3897)は、なにやら難しい顔をして考え込むセシルに、何があったのだろう、と小首を傾げつつ声をかけた。
 顔を上げたセシルは驚いてコハルを見返した。コハルは派手なイベント用の衣装にその身を包んでいた。
「あ、これ? ステージ上の護衛も兼ねて、チアリーディングに出演するんだ。アメリカでは『芸能人』として殆ど仕事してないし、トップは無理だけど‥‥」
 そう言って照れたように笑うと、コハルはセシルの隣に座って話を聞いた。
「‥‥キミは刀や矢となって敵を斬り、射る事を望んでるんだね。でもこれからキミに求められるのは『旗』になることだと思うんだ」
「『旗』?」
「そう、『旗』。旗には斬る事も射る事もできない。けど、その掲げられた旗を見て、より多くの『刀』や『矢』──つまり、戦う意志を持った人たちを集める事ができるワケ」
 けど、旗は汚れたり傷ついたりする事は許されない。前線からはより遠ざかるだろう。もし戦場に出られるとしても、手厚いエスコートがつくはずだ。
 コハルの話を聞いて、セシルはまた考え込んだ。
 志願兵を集める役目について、セシルは悩んだりはしなかった。彼らは自らの意志で戦う事を選ぶからだ。だが、その自分が安全な場所にいる事には我慢がならない。‥‥戦友たちは、今も、あの地獄の様な空で戦っているというのに。
「自分の心に従え」
 いつの間にそこにいたのだろう。突如、横からかけられた声に、セシルとコハルは驚いた。見れば、出番を終えた清四郎がすぐ横に立っていた。
「このまま英雄を続けても、ここで前線に戻っても、多かれ少なかれ確実に後悔する。‥‥ならば、自分自身で本当にやりたい事を決めた方が良い」
 それだけを言うと、清四郎は控え室へ向け歩き出した。と、ふと足を止めて振り返る。
「ただ、たとえ作られた英雄であったとしても‥‥それによって救われる人はいる。そのことは忘れないでくれ」
 そこへ、ステージから、いかにも『アメリカ的』な、明るく力強い曲調のイントロが流れ始めた。『英雄』の登場を彩る、チアリーディングが始まるのだ。
「じゃ、あたしも行きますか。自分の役を演じに、ステージへ」
 立ち上がったコハルが、ステージ脇に整列したチアリーダーたちの方へ走る。その中に、両手にポンポンを持ったミニスカート姿の愛華もいた。セシルに気づいた愛華が、大音量に負けぬよう『小声で』叫ぶ。
「セシル君、大丈夫! 飾る事無く、素のままの自分を見せれば良いと思うよ! 日本の『三本の矢』の故事‥‥勝利を掴む為には今が大事。独りだと厳しい事でも、皆の協力があれば乗り越えていけるから!」
 グッと愛華が拳を握ってみせる。と、大声援を受けながらステージへと走り出すチアリーダーたち。コハルに呼ばれて、愛華が慌てて追いかける。
 入れ替わるように、護衛役の総一郎と巫女服姿の桜が最も近い位置につく。桜の巫女服は「それが正装であるのなら」という理由で認められた。‥‥もっとも、「サムライガール!」だの「ゲイシャガール!」だの騒ぐ輩に「違う、巫女じゃ!」と返すのにほとほと疲れ果ててはいたが。
 と、セシルの背中を、いつの間にか近づいていたのもじが、どげしっ、と蹴り飛ばす。驚いて振り返るセシルに向かって、のもじはピッと指を突きつけた。
「全く‥‥迷子みたいな顔しちゃって‥‥ 貴方のマミィはなんて言ったの!? 英雄になりなさい、ってい言ったの? それとも‥‥」
 セシルはハッとした。愛華の言っていた事を思い出す。
「OK。だが、今のお前はビッグな男にはほど遠い! まず認識しなさい。自分は周りに『ヒーローを目指している奴』として支えられているんだって事を!」
 胸を張れ、小さく纏まんな。Bigな男に相応しく、堂々と壇上に立って来い!
 時間です、というイベントスタッフの声。セシルはグッと親指を突き出すのもじに苦笑を返すと、軍服の襟を正して前を向いた。
 ‥‥一つだけ言える事がある、と、斜め後ろに立つ総一郎が静かに告げた。
「君が今、ここで立ち止まっている間も、世界は変わらず動いている。今は何も難しい事は考えず、ただ、世界を救う『仕事』をこなせばいい」
 チラと振り返るセシル。総一郎はもう周囲に警戒の視線を飛ばしていた。行くぞ、と前を見つめて告げる桜。セシルは大きく頷いた。

 自らの正義に従ったとある小さな英雄が──
 作られし英雄となるべく、その第一歩を踏み出した。
 数多くの葛藤と矛盾を抱えた彼を、人々は無邪気な大歓声でもって、生贄の座へと迎え入れた。