タイトル:NSの裏で── モリスマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/31 06:31

●オープニング本文


 ここのところ、ドロームの上層部がなにかおかしい。
 サンフランシスコのドローム本社に詰める各部署の社員たちは、その空気をひしひしと肌身に感じていた。
 勿論、現場レベルの人間には、バグアとの関係を維持しようとする『ストリングス派』と、バグアと手を切って独り立ちしようという『ベルナール派』の『抗争』が始まった事など知るべくも無い。それでも、決定したはずの社命が直後に取り消されたり、順調に進められてきたはずの幾つかの大規模プロジェクトが他部署からの横槍に拠って縮小や停滞を余儀なくされるような状況が続けば、上層部の混乱ぶりは知ろうともせずとも自然と窺い知れようというものだ。
 それでも、ドロームが企業の体を維持し得たのは、ひとえに現場の社員たちが関係部署との契約を重んじ、その達成を最優先に行動し続けたからである。
「サボタージュではありません。『社の利益』を最優先に考え、損失を出さぬよう、関係各所と諮って最善と思しき行動をとりました」
 ‥‥後に、査察部の呼び出しを受けた者たちは、皆、判を押したように、しれっとした顔でそう『言い訳』をする事になるのだが、それはまた別の話だ‥‥
「中止変更? バカぬかせ。契約では二週間後までに納品を済ませにゃならんのだぞ!? 機械を止めるな! フル稼働だ!」
「生産ラインの状況は? ‥‥ああ、そうだ。それでいい。F-204の生産は決定事項だ。今更、生産中止はない。ULTのホソヤマダさんには‥‥ああ、ああ。何も心配する事はない、とよろしく言っておいてくれ」
 ドローム社KV企画開発室のモリス・グレーは、その日、同僚たちと共に、鳴り止まぬ電話を前に彼らの戦場で奮闘していた。
 掛かってくるのは主に、生産が開始されたばかりの新型KV、F-204に関するものが大部分だった。各工場にしてみれば、機械を入れて生産を始めたばかりのラインがいきなり止められてはたまったものではない。204の開発に携わった者の中で、モリスは上層部に太いパイプを持っている。生産継続の確約を求めてくるのはある意味、当然であるかもしれない。
 と、デスクの上に置かれた電話が、この日、何十回目かの奇声をけたたましく鳴り響かせ、モリスはうんざりした顔で受話器を持ち上げ、たっぷりともったいぶってから耳に当てた。
「Hello?」
「C3。折り返し」
 短い符丁を言って電話は切れた。
 モリスはことさらゆっくり受話器を戻すと、タバコを手に取って企画部を後にした。廊下を歩いてまっすぐ進み、喫煙室を通り過ぎ‥‥防火扉を開けてわざわざ外の非常階段に出る。
 モリスはタバコの箱をポケットに突っ込むと、代わりに携帯電話を取り出した。ロックを解除し、登録されていない番号にかける。
「対象の周辺に不穏な気配がある」
 それだけをモリスに伝えて、電話は短い通話を終えた。
 モリスはポケットからタバコを取り出すと、渋い表情でそれに火をつけた。
 彼、モリスの属する派閥の長は、ベルナール派に属する一人であった。積極的に人類の未来を信じる、といったタイプの人間ではないから、恐らく勝ち馬に乗ろうとしたのだろう。或いは、ストリングス派との間を上手い事わたり歩き、自らの利益の為に利用するつもりなのかもしれない。
 そんな『上司』には、とある事情から庇護下に置く事になった、ひとりの男がいた。
 男の名は、 エウリコ・ベナビデス──
 かの南米ボリビアにおいて、国民から親バグア派とみなされていた政財界の大物だ。
 彼は、かの国が中立を宣言する数年前からボリビアに入り込み、国が中立を宣言した後は『積極的中立派』としてUPC、バグア、双方に対してボリビアの中立を認めさせるべく精力的に活動していた。特にバグア側国家と折衝を重ねていた事から、国民から親バグア派とみなされていたが──
 その実際は、ドロームから命を受け、バグアとの『折衝』を担当する、ドロームの『外交官』だった。
 彼の役目は、人目の触れぬ親バグア国内において、バグア漸進派と交渉し、様々な技術情報やバグア内情報を入手し、ドロームの上層部──後に、ベルナール派と呼ばれる人々に伝える事にあった。
 と、いうのも、ドロームにもたらされるバグアの情報の多くは、議長を中心とした、後にストリングス派と呼ばれる人々によってもたらされるものが殆どだったからだ。当時からバグアと手を切ることを画策していたミユ・ベルナールは、ビル・ストリングスという『フィルター』を経由しない独自のパイプを必要としていたのだろう。
 かくして、エウリコはボリビアの中立派政治家として活動しながら、ドロームの外交官としての行動を開始した。当時、『中立国経由』で獲得した技術・情報の多くが、彼によってもたらされたものである。
 だが、南米を戦乱の嵐が駆け抜け、ボリビアが中立を破棄する事になって、エウリコの活動は終わりを迎える事となった。
 ドロームはエウリコを救出する為、腕利きのチームを騒乱のボリビアへ送り込んだが、親バグア派が送り込んだキメラと戦闘になり、全滅した。だが、運よく、その場にいた傭兵たちによって暴徒とキメラの暴れる町を脱出し、無事、北米にまで送り届けられた。‥‥以後、エウリコとその家族は、その『功績』に報いる為(そして、余計な事を吹聴しないよう)、ドロームの『庇護』の下、カナダで悠々自適の亡命生活を送っている‥‥はずであった。
(その周囲に不穏の気配あり、とはね)
 モリスは肩を竦めた。であれば、今回の、上層部のゴタゴタが関係していることは間違いあるまい。
 だとしたら、『不穏』な連中の目的は、エウリコの殺害だろうか‥‥? ‥‥いや、なにかを画策している連中がストリングス派であるとするなら、むしろ、殺さずに生かして利用する事を考えるはずだ。なにせ、彼はベルナール派自らがバグアと『繋がっていた』という生き証人なのである。ドロームとバグアの関係は、恐らく、最早隠し通せるものではないだろうが、それでも、この事が露見すれば、バグアとの『決別』を旗印にしようとしているベルナール派にとって、イメージの悪化は避けられない。少なくとも、全ての責任をストリングス派に押し付ける事はできなくなるだろう‥‥
 モリスはタバコをもみ消して、まだ残っている箱の中に放り込むと、廊下へ戻って喫煙室の灰皿の中へ放り込んだ。そうして後ろを振り返り‥‥数日前からつき始めた尾行に嫌がらせの視線を投げかけてから部屋に戻り、電話をかけた。
「俺だ。始めてくれ」
 それだけを言って電話を切る。
 それは、一週間前、エウリコの屋敷に送り込んでいた能力者たちに、仕事を始めるよう伝える嚆矢であった。
「あらゆる手勢から、エウリコとその家族を守り切れ」
 それが、能力者たちに与えられていた唯一の指示だった。

●参加者一覧

榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
セラ・インフィールド(ga1889
23歳・♂・AA
櫻小路・なでしこ(ga3607
18歳・♀・SN
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
須磨井 礼二(gb2034
25歳・♂・HD
今給黎 伽織(gb5215
32歳・♂・JG

●リプレイ本文

●一週間前の出来事
「おや、君は、たしかボリビア脱出時の‥‥ どうしたんだ、今日は。メイドの格好なんかして」
 新たな使用人たちの中に、以前に見知った顔を見つけて。館の主人、エウリコ・ベナビデスは驚きの声を上げた。
 その顔、阿野次 のもじ(ga5480)は、エウリコに事情を説明すると、エウリコとその妻、12歳の娘と10歳の息子、一家4人を守るべく、館に潜入した能力者たちの行動許可および便宜を依頼した。
「便宜、といっても‥‥ 私の権限は館の中だけだ。警護の連中に口出しはできんぞ?」
「や。ですから、その館の中の事でして。今は置いていない執事職とお側付きのメイド職を、新たに置いてもらえないかなー、って」
 常に傍らについて貴方たちを守る為── 恩人の要請を、エウリコは受諾した。
 のもじは使用人の態で礼を言うと、書斎から退室する所でエウリコを振り返った。
「私たち能力者は──少なくとも私は、決して貴方を裏切る事はない。これだけは信じてくれていいわ」
「それは、また、なぜ」
「ボリビアでヘンドリックさんと約束をしたからよ──」

 一方、警護部の増援として潜入しようとしていたセラ・インフィールド(ga1889)は、潜入初日に偽りの身分を看破された。本社への問い合わせですぐに警護部の人間でない事がバレてしまったのだ。
「で、君はいったい何者なのかね? 情報部に引き渡される前に話した方が、君の身の為だと思うが」
 現地の隊長(係長)に問われたセラは、その表情に乾いた笑みを張り付かせ‥‥ 誤魔化しきれないとみるや、身分を明かし、事情を話して協力を要請した。
 話を聞いた隊長は驚いたように副長と顔を見合わせ、苦笑と共に頷いた。
「なるほど。事情は理解した。‥‥私もここの護衛は長い。彼等が社のゴタゴタに翻弄されるのを見るのは忍びない」
 多くの社員にとって、上層部の派閥抗争などは──我が身に降りかからぬ限りは──遠い世界の出来事、というのが実感だ。
「とはいえ、君を自由にするわけにはいかん。単独行動は厳禁。常に警護部の人間と共に行動する事」
 思いのほか寛大な処置である。セラは隊長に礼を言うと、退室すべく椅子を立った。
「あぁ、そうだ。君たち能力者は何人で潜入したのかね?」
 扉を出ようとした時、副長が問いかけてきた。
「いえ、私一人ですよ?」
 セラは慎重に表情を消た。


 そして今日も夜が明ける。
 館の屋根裏のメイド部屋── 『奥様付き』に与えられた『個室』で、クリア・サーレク(ga4864)は窓の外に鳥の声を聞きながら、むっくりと身を起こした。
 ベッドからのっそり降りて、眠気眼でクローゼットの扉を明ける。メイド服に袖を通し、長い髪を背へ流し‥‥ 胸元のボタンを一つずつ留めてから、真っ白なエプロンを身に纏う。
 その間にすっかりと目を覚ましたクリアは、長い髪をアップに纏めて、バレッタでそれを留めた。そうして伊達眼鏡をかけ、鏡を覗き込んでその表情を引き締める。
「うん。これでどこからどう見ても、テキパキヤリ手なメイドさんね! ‥‥無理するな、とか言われそうだけど」
 部屋を出て、屋根裏から続く階段を下りると、同じくメイド姿の櫻小路・なでしこ(ga3607)が窓の掃除に立っていた。
 お嬢様然としたなでしこは、メイド服を着ていてもどこか楚々とした雰囲気を感じさせた。ほっそりとした身を懸命に伸ばして窓を拭くなでしこ。クリアが声をかけると微笑と共に振り返る。
「あら、おはよう‥‥? ございます、クリア様」
 そんななでしこにクリアは一歩近づくと、ずれかけていたカチューシャを直してやった。その手をなでしこがギュッと握り‥‥小さな紙片を握らせる。
 それは、館の各所に散って潜入した能力者たちが調べ上げた情報が記されている紙だった。おっとりと見えるなでしこだが、館内情報の集積と伝達は彼女が中心となって行っている。
「‥‥カメラはエントランスと裏口に警備用が。館内にはありません。窓にはセンサーが設置してありますが、電源が入るのは日が落ちてからのようです」
 なでしこは(なでしこにしては)早口でそう言うと、再び一礼してクリアの前から去っていった。クリアは何事もなかったかのように廊下を進んだ。やがて彼女を呼ぶベルが鳴り‥‥クリアは扉の前に歩み寄ると、完璧な所作でそれを開けた。

 大工として潜入した守原有希(ga8582)は、その日も『親方』について館の修繕に回っていた。
 はしごで屋根の上へと上がった有希は、修繕を終えると、工具箱を置いて背伸びした。小さくとも良く手入れされた庭園と、延々と広がる緑の森── 屋根の上からは館の敷地が一望できた。有希は流れる風を感じながら大きく息を吸い込むと── ツナギのポケットから紙片を取り出し、周囲の警備状況を記し始めた。
(基本的に、黒服が邸内に入る事はない‥‥ 警備はなるべく一家の目に触れぬよう、慎重に配慮がなされている‥‥)
 その代わり、周囲の警戒は厳重だ。壁の外を回る巡回のペースを記した有希は‥‥奥様と共に庭へ出てきたクリアに気づき、目を留めた。バスケットを手に、奥様の後をついて歩くクリア。有希はしばしその姿に見とれた。
「なんだ、兄ちゃん。あの嬢ちゃんに懸想しとるのか?」
 背後から突然声をかけられ、有希は慌てて振り返った。親方が有希の視線を追って庭を見下ろしていた。
「諦めた方がいいぞ? ありゃ奥様付きのメイド長だ。俺たちみたいな学のない人間なんざ相手にしてもらえんよ」
「あはははは‥‥(婚約者なんですけどね)」

 館の主人であるエウリコは、庭の片隅に立てられた温室で趣味の剪定を行う事が日課となっていた。
 『執事』である今給黎 伽織(gb5215)は、ガラス張りの温室内の入り口付近にさりげなく身を置いていた。何かあった場合、即座に主人を庇える位置だ。
 慎重に視界を横へ振る。遠く庭の向こうには、迷路の様になった生垣の間を駆け回る坊ちゃまとのもじの姿。‥‥のもじも無事、お坊ちゃま付きのメイドとしての役目を果たしているようだ。‥‥或いは素で遊び倒しているだけかもしれないが。
 屋上には二人の人影は‥‥大丈夫、守原君だ。敷地を囲む石壁は高く、外から狙撃の心配もない。庭に警護の姿は見えないが、見えない所で警戒の視線を張り巡らせているのだろう‥‥
 パチン、と枝を切る音がして、伽織はそちらへ目をやった。綺麗に刈り込まれた低い生垣の向こうに、庭師の格好をした榊 兵衛(ga0388)がしゃがみこんで仕事をしていた。
「どうだ、そちらは?」
「庭には壁際──見えない所に、やはり警護の人間が配置されている。調べた限り、庭に罠や仕掛けの類はない。後から仕掛けられた形跡もない」
 淡々と庭師の作業を続けながら、兵衛は答えた。『庭師』として潜入していた兵衛は、その役職を活かしてすっかり庭を調べ上げていた。
「そうか。こっち(館内)も、使用人の中に怪しい態度・仕草の者はいなかった。阿野次も色々とカマをかけたらしいが、そちらからも何も出なかったらしい。今度、週一の買出しで町に出るらしいから‥‥情報漏洩や危険物の搬入があるとすればその時が怪しいな」
 伽織の言葉に頷くと‥‥兵衛は膝についた土を払いながら立ち上がり、剪定鋏を置いて大きく伸びをした。視線の先、庭の中央に配置された白いテーブルでは、クリアがお茶会の準備を進めている。休憩に出て来るエウリコと共にお茶をするのが奥様の日課だった。
「日々、事もなし、か──」
 兵衛は呟いた。もともとキナ臭かったドローム本社は色々と馬脚を現しつつあるが‥‥ こちらは住人も、警護も、使用人たちも、おしなべて平和だった。

 いつか来る脱出に備えて──
 車庫で車両のチェックを終えた須磨井 礼二(gb2034)は、汗まみれになりながら、車の下から這い出した。
 館の車庫には3台の車両が置かれていた。家族用の普通車と警護の車、そして、能力者が持ち込んだ高機動車である。『運転手』として全ての車両をチェックした礼二は、そこに細工等が無い事を確認していた。車を使用するのは週に一度、との事で、その間、車庫に近づく者もいない。
 礼二は大きく伸びをすると‥‥中身を確認すべく、高機動車の荷室の扉を開けた。そこには、有事に備えて能力者たちの戦闘装備が隠してある──
 カタリ、と物音がして、礼二は慌てて扉を閉め、スパナを手に振り返った。
 探検に来た坊ちゃんか、或いは襲撃者か── 物音がした方に、礼二はにじり寄るようにして‥‥
「なんだ── お嬢様でしたか」
 ホッと息を吐くと、手にしたスパナを台に置いた。
「ねぇ。ちょっと車に乗せて町まで行ってよ」
 少女は言った。「いい加減、ここでの暮らしは退屈なのよ」と、うんざりしたように嘆息する。
「家出ですか?」
 少女が背負う荷に気づいて礼二が行った。
「ダメですよ。特に今は」
「何か起こるの?」
 お嬢様の目は、輝いていた。


 モリスから連絡があったその日の夜。現場は早速、明確な脅威に曝された。
 館の外を巡回するチームが警戒をするよう伝えてきたのが4分前。いくつかの班とは既に連絡が取れなくなっている。
「どうやら敵には強化人間が含まれているらしい。我々だけでは手に余る。能力者『たち』の手を是非、借りたいのだが」
 隊長の言葉にセラは内心で苦笑した。
「‥‥強化人間の数は?」
「少なくとも一人以上」
 その報告に現場の混乱を見て取れる。セラは少し考え込むと‥‥兵衛と有希を緊急用の無線で呼び出し、強化人間を迎撃するよう頼んだ。
「私も出ます」
「ありがとう。これでなんとかなりそうだ」
 椅子から立ち上がりかけたセラは、だが、次の瞬間、強烈な眩暈に襲われた。ばたり、と倒れる隊長。セラも椅子の背もたれに肘をつく。
「おや、まだ意識があるのか。随分と強力な薬を使ったはずなのだがね」
 流石は能力者といったところか。そう言って入ってきたのは副長と‥‥武装した黒服の一団だった。
「なぜ‥‥」
「我々はサラリーマンだ。派閥など関係ないが、社命には逆らえん」
 そう言って拘束を命じる副長。メトロニウム製の手錠を持った黒服が近づいてくる。
 その間にもセラは薬への『抵抗』を続け‥‥どうにか酩酊の『段階』を弱めると跳躍し、窓を突き破って脱出した。

「襲撃だ。敵には強化人間がいるらしい」
 月が夜を照らす庭── 兵衛は合流した有希にそう言いながら、胸元のポケットからペン型の超機械を取り出した。本当なら車庫まで武装を取りに行きたい所であるが、どうやらそんな時間はないらしい。
「強化人間、といってもピンキリですからね。強い奴だとやっかいですよ」
 工具箱から蛇剋を取り出し、湾曲した黒い刀身をクルリと回して構える有希。一山幾ら、の強化人間ならどうにかなりそうだが、正直、心許なさ過ぎる。
「来た」
 月明かりの下、門衛を蹴散らし、素早く門扉を開ける敵。その後ろには銃を持った襲撃者のチームが続いている‥‥
 有希と兵衛は頷き合うと、庭に入ったばかりの強化人間に突っ込んだ。兵衛がかざす超機械から放たれた怪光線が、強化人間と思しき者を焼く。その間に肉薄し、闇夜に消える刀身を振るう有希。刃が敵の黒衣を裂き、衝撃がアーマー越しに敵の身体をくの字に折る。
「よし、いける!」
 そのまま近接戦で敵の拘束を計る有希。アーミーナイフを手にした兵衛がフォローに走り‥‥
「援護射撃、てー!」
「っ!?」
 後ろの味方から放たれた銃弾は、強化人間へではなく、兵衛と有希に放たれた。その間に跳び退さる強化人間。敵チームもまた銃撃を浴びせかけてくる。
「裏切りか!?」
 思えば、初めから敵には『外部の襲撃犯』など必要なかったに違いない。ここにいるのはドロームの人間ばかり。わざわざ襲撃などしなくとも、電話一本で事足りる。
「脱出する。後は他の仲間を信じろ」
 そう告げると、兵衛は包囲網の一番薄い部分目掛けて走り出した。ここにいるのは2人のみ。セラは万一を考え、家族付きの人間は動かしてはいなかった。
「クリアさん‥‥!」
 有希は館を一度、振り返ると、兵衛に続いて走り出した。

 敵襲の報を受けた館内の能力者たちは、当初の避難計画に従い、エウリコたちを連れて車庫へと入った。
 その行動は誰よりも早かった。主人を伽織が、奥様をクリアが、坊ちゃんをのもじが連れてやって来る。礼二は彼らに車から降ろした武装を投げ渡すと、自らは倉庫片隅のカバーシートを取り払い、隠しておいたAU−KVを身に纏った。纏いながら視線を振り‥‥人数が足りないことを確認する。
「お嬢様がいない!」
「私が!」
 メイド服に暗視スコープなのもじが銃を手に飛び出していく。それと入れ替わるように、黒服2人が飛び込んできた。
「すみません、遅れました。すぐに脱出の手筈を」
 そう言って走り寄ろうとする黒服たち。それをなでしこはやんわりと、だが、毅然とした態度で押し止めた。
「おかしいですね‥‥緊急避難時の運転役は、たしか他の人‥‥あなた方ではないはずですが」
 なでしこの言葉に、黒服たちが顔を見合わせる。瞬間、銃を抜き放つ黒服たち。クリア、そして、伽織が袖口から指揮棒型超機械を取り出し、車庫に銃声が交差する。
「ちっ、こんなところにも能力者が‥‥」
 倒れたのは黒服2人だった。家人に怪我はなし。被弾して怪我をした伽織に救急セットを持ったなでしこが走り寄る。
「ここももう危ないですね‥‥モリス様の上司様が用意しているというセーフハウスへの移動も視野に入れては?」
 伽織の治療をしつつ言うなでしこの言葉に、クリアはうーんと唸った。伽織が手を上げ、それを止める。たしかにストリングス派はエウリコたちを狙っている。だが、ベルナール派だって、口封じに何をしてくるか分からない。
 クリアは伽織の言葉に頷くと、モリスへ直接電話した。
「あ、モリスさん? 今度ばるたんがデートしよう、って言ってたよ!」
「‥‥いきなりなんの冗談だ?」
 よかった。このモリスは本物だ。クリアは事情を説明すると、避難場所、回収場所の指示を要請をした。
「それでいい。自分たち以外誰も信用するな」
 連絡を終えると、能力者たちは家族を自分たちの車へ乗せた。どちらにせよ門はひとつ。強行突破の必要がある。
 能力者たちは車庫の扉を開けると、礼二を先頭に飛び出した。AU−KVによるローラーダッシュ。進路上の黒服たちを追い散らしながら‥‥正面、慌てて振り返った強化人間を『竜の咆哮』がけのスパナで思いっきり吹き飛ばす。
「お待たせ!」
 館の窓ガラスを突き破って飛び降りてきたのもじが、お嬢様を抱えたまま車両の屋根に乗る。正門を突破した礼二が、高機動車に併走しつつ振り返った。
「また慌しい家出ですね、お嬢様?」
「でも、退屈よりずっといいわ!」