●リプレイ本文
敵直衛陣内、第一次攻撃隊・第一波爆撃群制空隊──
消耗したKV隊に向け、戦力を再集結させた敵が攻勢を開始した。
回遊する魚群を思わせる敵直衛陣──その一部が厚みを増し、圧倒的な量感と質感でもって迫り来る。編隊の中央、パピルサグ『紅良狗参式』に乗る響 愛華(
ga4681)はその光景に一瞬、息を呑み、皆に警告の叫びを上げた。
「敵大集団接近! ‥‥来るよ!」
愛華は機の最大射程兵装であるD−02を撃ち放った。パピルサグの巨体から放たれた狙撃砲弾が先頭の小型HWを正確に撃ち貫く。怯まずに突進して来る敵をレティクルの向こうに見据え、愛華はさらに47mm砲弾を立て続けに浴びせかけた。着弾の衝撃に機体を震わせる敵。それが火を噴いてよろめきながら敵隊列から零れ落ちる。
だが、敵の前進は止まらなかった。隊前衛で迎撃する味方の奮戦をその戦場ごと『呑みこんで』、敵は『後列』に位置する愛華の所まで瞬く間に到達する。
フェザー砲を乱射しながら迫る敵へブラスターを撃ち返しつつ、近接戦用の重機関砲へと兵装をスイッチする愛華。と、突如、隣の正規軍機が爆砕し──その爆炎の向こうからクローを展開した小型HWが現れた。自動反応したファランクスの弾幕をものともせず、そのまま押し潰す敵。衝突の衝撃に揺れた愛華が振り仰いだ視線の先には、パピルサグの巨体に取り付いてクローを振り上げる敵機の姿。愛華はシザースのレーザーを振り回して敵脚部を根元から切り飛ばし。だが、敵は構わず、そのクローを振り下ろし──
──直後、後方から突進してきた巨大な何かが、その『翼』でワームの『腕』を切り落とした。その衝撃にバランスを崩すHW。ずるりと滑り落ちたそれを愛華が重機関砲の一連射で吹き飛ばす。
愛華は機を立て直すと、助けてくれたその『何か』へ礼を言った。その『何か』──阿野次 のもじ(
ga5480)のシュテルン・G『日輪装甲ゴッド・ノモディ』が、剣翼を振ってそれに応える。
「助かったんだよ、のもじさん」
「気にしないで。ケモフレじゃない!」
だが、新手は次から次へと現れた。正規軍の主力機『F−201C』は小型HWに対しても優位な性能を持つ機体だが、流石に3機がかりで追い立てられてはその性能も活かせない。
特に、最前衛にあって鬼神の如き奮闘を続けていた白鐘剣一郎(
ga0184)のシュテルン・G『流星皇』に対しては、敵も小型HWが9機がかりで当たっていた。それも各個に攻撃するのではなく、3機3組による半包囲──完全な慣性制御技術を持つバグア機にしか真似できない、完璧な連携下での斉射である。その全てを完全にかわす事はいかな剣一郎でもできなかった。幾つかの火線が機体を擦過し、その装甲を灼熱させ──3機3本のフェザー砲を束ねて放たれた一撃は、剣一郎機の増加装甲の一部を融解、爆発させる。
圧倒的な危機的状況にあって、だが、剣一郎はその敵の動きに感嘆していた。正直、雑兵だと侮っていた。だが、この小型HWの動きは──或いは、これまでは単騎でも勝てたからそう使われていただけであって、本来、無人ワームとはこのような使い方を想定して作られたのではないか── そんな考えさえ浮かんでくる。
「まだ無事かっ、剣一郎!」
と、そこへ綾嶺・桜(
ga3143)のシコンが駆けつけ、包囲態勢を形成する1編隊の1機に向けて、88mm光線砲を撃ち放ちながら突っ込んだ。背後を取られたHWを2発の光線が撃ち貫き、光の塊と化して爆発する。慌てて振り返る僚機の2機。そこへ桜機から88mmよりはか細いプラズマ光弾が立て続けに撃ち放たれ‥‥まるでミシンで縫うように4箇所を撃ち抜かれたHWが火を噴き、桜機がフライパスした直後に爆砕する。
包囲陣の一角が崩れたのを受け、剣一郎は即座にその翼を翻した。慌てて砲撃を集中する2編隊6機をスルリとかわし‥‥開いた包囲の穴ではなく、敢えて編隊の一つに突っ込んでいく。敵は完全に不意をつかれた。剣一郎機のチェーンガンが唸りを上げ、僅かな時間差を置いて小型HWが2つ、3つと爆発する。
剣一郎はそこから包囲網を脱出した。不意をつかれた敵の再包囲は遅れた。剣一郎は全力でそれを引き離すと旋回しながら戦場を見下ろし‥‥激しいシュプールを描く桜機の戦場へと移動し、その背後に回りこもうとしていた2機の新手を撃ち落とす。
「すまない、助かったのじゃ」
「なに、お互い様さ」
爆撃群制空隊の隊長から、散開と後退が命じられたのはその頃だった。命令に従い、ブーストを焚いて戦闘から離脱していく各機。敵の攻撃は指向性を失い、散開したKVを追ってバラバラになっていく。
再集結地点は、敵の直衛陣から離れたギガワームとの中間地点だった。突出した追撃機を打ち払いながら到着した爆撃群制空隊の面々は、そこで文字通り一息ついた。
‥‥残存機数は、さらに少なくなっていた。
「なるほど。敵も『用意周到』というわけだ。手をこまねいていては、味方の損害が増えるばかりか」
剣一郎は嘆息した。だが、直衛陣の外側と連絡が取れるならやりようはある。
一方、桜は集結した友人たち──愛華やのもじたちとの再開を喜んだ。その中にはセシル機もいた。カラーリングが目立つ為か、先頭に立って吶喊していく様を戦場でも幾度か見かけた。
「いつか死んじゃうよ」
心配する愛華に、俺にはこれしかできないからな、と肩を竦めてみせるセシル。のもじは苦笑した。獰猛な闘犬のような戦い方──鎖を握る者さえ適切ならば、ま、それもありだろう。前はイルタの手にその鎖はあったのだが‥‥さて、今の護衛機3機のベテランたちはどうだろう?
「ここからは私も一緒についていくわ」
のもじの言葉に驚くセシル。ベテランたちは文句を言わなかった。
軍人は常に命令という鎖に縛られている。その辺りの事情を察したのもじは、彼らの鎖を緩める役割を自分が担う事にしたのだ。
「白鐘機より各機。これより、敵直衛陣外の味方と連携し、爆撃隊の脱出路を開拓する。目標は‥‥敵防衛線の要たる2機の大型HW!」
外側の味方と打ち合わせを終えた剣一郎の声が無線を渡り、パイロットたちは大きくどよめいた。敢えて火中の栗を拾う道を、隊長たちは選んだのだ。
とそこへ、後方から『unknown』と表示された味方機が1機、ブーストを噴かしながらやってきた。それを見た剣一郎は怪訝な顔をした。
「爆撃群の護衛機か? たしかにこちらに手は足りないが、護衛の方は大丈夫なのか?」
「いや、護衛隊ではなく、爆撃隊だよ。‥‥『荷物』を降ろした後の機は流石に軽いな」
その漆黒のK−111『UNKNOWN』のパイロット、UNKNOWN(
ga4276)の言葉に剣一郎は驚いた。
「全機、突撃態勢」
隊長から指示が飛び、隊は再び編隊を組み直した。改めて敵の方へと機首を向け直す。分厚い敵陣が何とも威圧的だ‥‥
「OK。じゃ、うちらの目標は大型2機とその護衛。皆、他の敵にも注意してね。連中、この『星条旗』目掛けて突っ込んでくるわよ!」
のもじの発破にパイロットたちが気合を入れ直す。愛華と桜は、セシルに声をかけた。
「セシル君‥‥君が『英雄』にされてしまったのは残念だけど‥‥こうしてまた、同じ戦場に立てた事はよかったと思っている。状況は圧倒的に悪いけど‥‥だけど、絶対に、絶対に生き延びようね!」
「そうじゃぞ、セシル。ぬしが『本当の英雄』になるその日の為に‥‥ここは絶対、生き残るのじゃ!」
●
同刻。敵直衛陣外、制空隊──
剣一郎の呼びかけは、電子・情報支援を行う威龍を介して、ワイルたちへと届けられた。
その頃、集合場所には多くの正規軍機と傭兵機が集結していた。その中の1機、ディアブロ『月洸 弐型』を駆る月影・透夜(
ga1806)は、剣一郎の大型ガンシップ攻撃案を聞いて我が意を得た。彼もまた同じ事を考えていたのだ。
「まずは大型を1機だ。最大戦力は突破してしまえば大きな穴となるからな」
「‥‥成程。確かに堅固な防壁ではありますね」
奇しくも同じディアブロを駆る飯島 修司(
ga7951)は、透夜の言葉に頷いた。敵は陣に開いた穴にパッチを当てるように大型ガンシップを移動させていた。実際、大型に進入を阻止された爆撃隊も幾つかある。
「ですが、直前の戦力大量離脱の影響か、全ての戦域をカバーするだけの数はないようです。月影さんが仰るように、墜としてしまえばその損失を補う事は難しいでしょう」
能力者たちは作戦を決定した。敵大型HW(ガンシップ仕様)とその護衛機を無力化し、空戦性能や奇襲性能の高い敵──例えば、敵有人機やフライングランサー(蒼い三角錐型の短期決戦型高機動ワーム)──を優先的に排除しつつ、周辺空域を脱出路として確保する──
「大型とその護衛機はウチら傭兵が叩きます。軍は周辺の敵を排除し、脱出までの間、その空域を確保して下さい」
イビルアイズ『烈火刃』に乗る守原有希(
ga8582)が、最後にそう確認する。
「‥‥内外で呼吸を合わせて、一気に突破する、か‥‥ それしかないだろうな」
ミカガミ『剣虎』に乗る堺・清四郎(
gb3564)はそう嘆息した。また大きな被害が出る事になる。戦いに犠牲はつきものではあるが。
清四郎は、傍らを飛ぶ雷電『忠勝』のパイロット、榊 兵衛(
ga0388)に「大丈夫か」と声をかけた。彼は先の制空戦で流れ弾をコクピットに被弾、負傷していた。
「ああ。幸い、機体には目立った損傷はないようだ。‥‥虎口に飛び込んだ仲間の為、突破口を開いてやる必要がある。少々難儀だが、ここが踏ん張りどころだろう」
兵衛の言葉に清四郎も頷いた。ここでやらねば、爆撃という危ない役割を担ってくれた勇者たちが大きな被害を受ける事になる。見捨てる事などできはしない。
「何が何でも救出するぞ‥‥アメリカの反撃の狼煙、消させはせん!」
「後継機が出たって、この子はまだまだ現役なんだからーっ!」
それから程なくして、敵直衛陣に対する攻撃が開始された。
フェニックス(A3型)『白竜(92−22929)』を駆る常世・阿頼耶(
gb2835)は、正規軍のF−201C隊と共に翼を並べ、皆の先頭に立って突撃した。
斜め上方から突っ込む阿頼耶機に対して、砲口を掲げて迎え撃つHW。阿頼耶は翼下のAAEMを惜しげもなくリリースすると、ロケットモーターに点火して目標を追い始めた誘導弾から逃れるべく回避運動に入った敵へと肉薄。敵が対応するより早く、機体胴下のリニア砲の引き金を引き絞る。放たれた磁力砲弾は瞬く間に敵へと達し、その正面装甲をひしゃげさせつつ貫通、爆発。直後、放たれた誘導弾が次々と命中して機体を粉々に吹き飛ばす。
爆散し、砕け散る小型HWを尻目に、突撃を継続する阿頼耶機と正規軍機。その進路上に立ち塞がる敵に、後方から放たれた光線と砲弾が次々と飛来し、敵の迎撃陣を崩していく。
その支援砲撃を放ったのは、負傷のため狙撃砲による遠距離砲戦を選択した兵衛と、88mm光線砲装備のミカガミ『白皇 月牙極式』を駆る終夜・無月(
ga3084)だった。
「エミタ‥‥また貴女との距離が遠のく‥‥」
空を見上げて呟いたのはつい先程の事。この戦場の──リリアの戦力の過半を引き連れて去った強敵を思い、今、この戦場で会い見えぬ事を残念に思った。
だが、またすぐに会える時が来るだろう。その事を無月は確信していた。だからこそ、その時の為、今はより強くなる為に全力で戦わなければ‥‥
「前方、阿頼耶たちが巴戦に入った」
「‥‥ええ、視認しています」
狙撃砲から長距離バルカンに兵装を変更した兵衛が、前方の敵へと弾丸をばら撒く。巴戦──即ち、ドッグファイト。それは、突進を続けていた阿頼耶たちの足が止められた事を意味していた。強固な防衛線に遭遇したのだ。
その後方にいた兵衛と無月も、すぐに敵の砲火に曝される事となった。距離を置いて敵の動きを見極めていた無月は、右から、左から、怪光線の乱れ飛ぶ『美しくない』戦場に軽く眉根をひそめた。
「‥‥少し、邪魔ですね」
無月は兵装を速射の利くプラズマライフルに切り替えると、負傷している兵衛の前に立ち、近づいてくる敵を片っ端から狙い撃った。光弾を喰らって次々と火を噴き、落ちていくHW。応射もまた苛烈だった。だが、無月は機位を退かない。
兵衛は無月の奮闘ぶりに口笛を一つ鳴らそうとして、身体に走った痛みに眉をひそめて苦笑した。近づく敵は無月に任せ、自分は前方の阿頼耶たちを邪魔する奴らを狙い撃つ。狙撃砲弾は狙い過たず、正規軍機の背後を取ろうとしていたHWの尻を叩いた。兵衛は兵装を機関砲に切り替えて続け様に攻撃する。立て続けに着弾し、砕け散る装甲の破片。程なくHWは火を噴き、回転しながら落ちていく。
後列の援護の下、周囲の敵を一掃した阿頼耶機と正規軍機は、再び突入を開始した。制空隊は敵陣に楔を打ち込むように、その切っ先を沈めていく。
「各機、僚機とのロッテ、ケッテを崩すなよ!」
修司は47mm砲弾をばら撒いて前方の敵を一掃すると、新たな敵を求めて周囲に視線を振った。と、風防越しの視界の隅、1機のイビルアイズが数機のHWに囲まれて── 修司は即座に操縦桿を押し込むと、翼を翻して突っ込んだ。95mm砲の一撃で敵の1機を爆砕し、もう1機を機関砲で追い散らし‥‥最後まで有希のケツについていた1機は、すれ違い様に剣翼で切り裂いた。真っ二つに下ろされて爆発するHW。残り1機をスラスターライフルで撃ち落した有希機と合流し、再び警戒の視線を飛ばす‥‥
「大丈夫ですか? 単騎では危ないですよ?」
「僚機(正規軍イビルアイズ)が墜ちてしまって‥‥でも、ウチを狙う敵機の機動は、他の味方にとっては『狙うべき隙』になりますから」
まるであの『英雄殿』のようなやりようだ、と苦笑する修司。有希もまた苦笑した。自分には帰るべき場所がある。こんな所で死ぬつもりはない‥‥
一方、先陣を走っていた透夜と清四郎は、阿頼耶隊(いつの間にかそんな『愛称』になっていた)と共に『敵陣』を抜け、遂に大型HWの元まで辿り着いた。
小型HWの『圧迫』がなくなり、周囲に手広い空間が広がる。──眼下には、互いに支援態勢を取りながら悠々と宙を行く『鯨』──大型ガンシップ2隻の姿。まるで宙に放られたかのような感覚がパイロットたちを包み込む。
だが、そんな感傷は一瞬。大型から放たれた『艦砲』──大型拡散プロトン砲の斉射は、そんな静寂を瞬く間に切り裂いた。無数の光条が宙を奔り、KV隊を薙ぎ払う。直撃を受けた機体が一瞬で蒸発し、光条に絡み取られた数機が火を噴きながら墜ちていった。
「散開! 散開!」
「ちぃ! 弾幕で前が見えない!」
翼を翻し、突破口から離れる透夜機と清四郎機。正規軍機の本隊を連れて来なくてよかった。だが、ともかく、これ以上あれを撃たせるわけにはいかない。
「イルタ、ワイル! 後ろの護衛機を何とかしてくれ! 俺たちはあの『主砲』を黙らせる!」
「どこかに弾幕の薄い場所があるはずだ。そこからなら‥‥」
打ち上げられる弾幕を見下ろしながら、宙を翔ける透夜と清四郎。その眼前で再び大型の主砲が火を噴いた。後続の無月と兵衛、そして修司と有希、正規軍機に対して放たれたものだった。
「弾幕の切れ目‥‥弾幕の切れ目‥‥ちっ、そんなものどこにもないぞ!?」
叫ぶ清四郎。透夜は唇を噛み締めた。こいつは文字通りの『針鼠』というわけだ。
「弾幕にムラがなければ‥‥こちらで作ってやるのじゃ!」
通信機のレシーバーに響く桜の声。
こちらに呼応して突入してきた爆撃群制空隊が、ついにこの戦場へと到達したのだ。
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「各機、ロッテの維持を厳守。‥‥行くぞ、皆。我々の通り道、こじ開けさせてもらう!」
大型到達の少し前。敵陣内側からの攻撃は、剣一郎の号令を嚆矢として始められた。
桜のシコンが放った『種子島』の一閃が宙を貫き、それを楔として剣一郎機とUNKNOWN機が敵陣を抉る様に突っ込んでいく。後に続くは、セシルを初めとする正規軍機とのもじ機たち。愛華のパピルサグが隊形の底を持つ。
「ふむ‥‥流石に敵の数が多いようだね」
先鋒を務めるUNKNOWNは、前方に立ち塞がる敵機の数を見て、その口の端を僅かに上げた。右へ左へ機を揺らしながら、まるで宙を舞う蝶の如く優雅に機を泳がせるのがUNKNOWNの信条であるのだが、流石にここの敵の数は多過ぎた。ましてや、敵は剣一郎機と同様に小型HW9機の連携でもってUNKNOWN機に当たってきた。
「まぁ、それだけ多くの敵を拘束している、と考えれば名誉な事ではあるが‥‥」
UNKNOWNは素早くフットペダルを踏み込むと、錯綜する火線を避けつつ、正面のHW1小隊に向けて95mm砲を3発、速射した。直撃を受けた3機がそれぞれ立て続けに爆発、四散する。
普段のやりようではなかった。UNKNOWNは左右から放たれる怪光線をものともせずに包囲を正面から押し通ると、そのまま包別の小隊を側後背から攻撃した。増援を呼ぶ間もなく、包囲網を再構築する間もなく、墜ちていく敵。逃げ散る残りの1小隊を無視して、UNKNOWNはそのまま弧を描くように中型の正面へと突進する。放たれる拡散フェザー砲とポジトロン砲。構わずUNKNOWNは砲撃を続け‥‥僚機の支援をなくした中型ガンシップを正面から打ち砕いた。
随分と無茶をするな、と驚く剣一郎に、UNKNOWNは肩を竦めた。無謀は避けなければならない。だが、無理と無茶は押し通さねばならない時がある。
剣一郎とUNKNOWNの戦場を掠め飛び、セシルとのもじ、そして桜は敵大型へと辿り着いた。圧迫からの開放感。頭上、陽光を孕んだ雲海を背景に、優雅に宙を動きながら砲を放つ『鯨』の姿──
「敵の火線をバラけさせるのじゃ! 弾幕は分厚いが、全ての空域を濃密にはできぬはず‥‥!」
桜は叫ぶと、のもじやセシルたちと共に、別々の方向から突入を開始した。空を走るKVを追って、対空砲火の火線が宙を舞う。それは蝿を払うために鞭を振るう様にも似て‥‥すぐに、対空砲火の濃度にムラが出来始める。
桜はのもじ機を追う火線の隙間へ機をねじ込むと、誘導弾を撃ち放った。放たれた螺旋弾頭は砲塔の『天蓋』へと着弾し‥‥その装甲を喰い破って爆発。その主砲を沈黙させる。
「最優先に潰すべきは拡散プロトン砲なんだよ!」
愛華の叫びに頷くと、兵衛は突破口(正規軍の奮闘により大きく広がりつつある)から入ってきた正規軍の部隊に、敵の火線を誘引してくれるよう頼んだ。
「透夜と清四郎が突入する。敵の弾幕を散らしてやってくれ」
「「りょーかい!」」
要請に応じて、敵弾幕兵装の射程ギリギリ、『見えざる球』の表面を走り始める『阿頼耶隊』。それを狙って対空砲火が上がり始め、火線が眩しく空を染める。兵衛は阿頼耶を援護する為、狙撃砲と長距離機関砲でもって対空砲を1基ずつ潰していった。弾着が装甲を砕き、発砲の度に大型表面に爆発の光が弾ける。
攻撃の開始と同時に、有希は先頭の大型HWに対してロックオンキャンセラーを発動させた。さらに兵衛と一緒に多数の誘導弾を撃ち下ろし、その迎撃に火砲を割かせて弾幕をさらに『薄く』する。
「ここからならば!」
清四郎と透夜は弾幕の薄くなった場所を見つけると、そこを目掛けて機を逆落としに突っ込ませた。互いに背を向け合いながら、まるで稲妻が落ちるように一気に大型HWへと肉薄する。
「下手な回避行動は無意味! 速度と重力に任せ、一気にいくぞ!」
叫び、清四郎は88光線砲とスラスターライフルを立て続けに撃ち放った。弾着が大型ガンシップの船体表面を一直線につっ走り、対空火砲を薙ぎ払う。透夜は敵主砲の天蓋を集積砲の一撃で爆砕させると、そのまま清四郎機と翼を並べ、スラスターライフルによる掃射に加わった。右舷と左舷、大型ガンシップの表面を砲弾の雨が撃ち貫く。砕け散る対空砲、炎に呑まれる高射砲── 火柱が連鎖して沸き上がり、二筋の傷をその船体に刻み込む。
続けて突入した無月と修司は、打ち上げられる弾幕の中、装備した主兵装の狙いをつけた。修司機が装備する電磁加速砲「ファントムペイン」が、無月機が装備するM−12帯電粒子加速砲が、その砲身と粒子加速器に唸りを上げる。撃ち下ろされる強烈な一撃。プラズマの尾を引く磁力砲弾とプラズマ化した弾体は目にも留まらぬ速度で飛翔し、それぞれ砕けた砲塔内に飛び込んだ。内部装甲をあっけなく貫き、幾層ものデッキを抜けて船内で爆発する神のいかづち。ガンシップが鳴動し、その船体がかすかに傾ぐ。
パイロットたちは歓声を上げると、さらに果敢に攻め立てた。桜、兵衛の支援攻撃、有希の電子支援の下、阿頼耶隊が、そして、再び高度を稼いだ透夜機と清四郎機が続けて砲への攻撃を開始する‥‥
攻撃を終え、敵ガンシップの船体横を通り抜けた修司機は、もう1隻の後衛ガンシップから放たれる長距離射撃を避ける為、前衛と後衛を結ぶ直線上──前衛の船体が陰となるゾーンに移動した。
そこには、大型の弾幕兵装の射程ギリギリに位置取り、味方の突撃を支援していた愛華のパピルサグがいた。小型HW数機に纏わりつかれていた彼女の敵を、修司機は追い払ってやった。愛華は礼もそこそこに、無線機に向かって叫んだ。
「みんな、大型ガンシップに意識が集中しすぎだよ! こういう時こそ、『奴ら』が来るんだよ‥‥!」
「『奴ら』‥‥そうか、FL(フライングランサー)か!」
とっさに修司は頭上を見上げた。そこになにか雲霞の様なものが‥‥まるで空を飛ぶ龍のような形に集まった何かの群れがこちらへ鎌首をもたげるようにして──やがて、幾つかの流れに分かれて一斉に降りかかってきた。
「回避ーっ!」
命令と悪態と怒号が通信回路を乱れ飛び、KV隊が散開する。狙われた機体は不運だった。2個小隊以上のFLに急降下攻撃を喰らった機体は、何が起こったのか分からぬままに粉々に砕かれた。
阿頼耶は隊の1機が狙われたのを見つけて、その側方から飛び込んだ。数機のFLが鋭角機動でスーパーボールの様に宙を跳ね回り、こちらへ突進の機首を向ける。阿頼耶は咄嗟にスタビを起動すると即座に変形。左腕部に持ったラスターマシンガンを左へ振り撃ち、その1機の進路を変化させ、同時に、右腕部に展開したトゥインクルブレードを正面から向かってきたFLに向け振り抜いた。敵の突進速度を利用し、敵の機体を切り裂く阿頼耶。斬られた箇所から破片を撒き散らしながら、砕け散るFL。阿頼耶は赤い力場を反射して煌く剣を再び仕舞うと、再び機首を向け直した左のFLから戦闘機形態で逃れ飛ぶ。
体当たり攻撃を終えたFLは反転せず、そのまま降下してから再び高度を上げ始めた。
「一撃離脱だと!?」
清四郎が呻く。敵は特色であるはずの高機動による巴戦を放棄し、その速度を活かしての一撃離脱に戦法を変えていた。こちらが得た戦訓への対抗だろうか。或いは、継戦能力を重視した戦法か──
「とはいえ、やる事が変わるわけでもない。むしろ、直線的な動きの方がやり易い」
能力者たちは散開すると敵の降下を旋回しながら待ち構えた。
「敵編隊下方を掃射する。上へ逃れたところを片付けてくれ」
清四郎を追う『龍の胴』へと向け、透夜は横合いからスラスターライフルを撃ち込んだ。瞬間、パパッ、と鋭角機動を用いて『群れ』から逸れる数機のFL。それを透夜機後方の正規軍機が弾幕射撃で撃ち砕く。
のもじはセシルの護衛のベテラン3機にFLの対応を願うと、セシルと共にその後方から逸れたFLを狙い撃った。自らを囮にする有希と連携し、敵を打ち果たす修司。無月は鋭角機動を行ったFLに対してブーストの擬似慣性飛行で喰らいつき、彼我共に三次元機動を行いながらその敵を撃ち砕く‥‥
僅か2回の攻撃で、FLはその数を半数近くまで討ち減らされていた。再編すべくまた高高度に集結するFL。そこへ正規軍機が殺到し、数を減らした敵を纏めて討ち取っていく。
FLの攻撃の間も、正規軍による攻撃は行われていた。次々と敵表面に着弾し、爆発する誘導弾。既に敵はそれを迎撃できるだけの火砲もなく── 大型ガンシップは再び火力を得るべく、上下裏表をひっくり返す為にその巨体をゆっくりと回転させ始めた。
「敵の船体が回転する‥‥今だ!」
透夜が叫ぶ。表面──陣外側へ、火砲が多く残っている船体下側が向くというならば。多数の火砲が失われた船体上側は裏面──陣内側へ向く事になる。
「ここが勝負所だ。行くぞ、流星皇!」
UNKNOWNの援護の下、剣一郎は小型HWの群れの中から抜け出した。その機動力の全てを速度へと転換し、剣翼を煌かせて突進する。
「援護するのじゃ。無茶だけはするではないぞ!」
桜は飛び行く剣一郎機を見送ると、88mmでもって残存する対空砲を狙い撃ちし始めた。愛華もまた威力を向上させた狙撃砲で一つ一つ火砲を潰していく。
「斬り捨て御免っ」
打ち上げられる対空砲は、剣一郎機を止めるには余りにも少なかった。弾幕に炙られながらも、その只中を潜り抜けた剣一郎はその剣翼で敵巨体を『頭から腹まで』切り裂いた。その『傷跡』から大きく火を噴くガンシップ。ガクリとその船体が傾き、ゆっくりと高度を下げ始める。
「ごっつぁんです!」
そこへさらに剣翼を装備したのもじ機が、空中変形した(させられた)セシル機と、慌てて追いかけてきた護衛3機を連れて突っ込んだ。
その一撃はとどめとなった。回転途中であった大型ガンシップは、そのまま大きくひっくり返ると、北米の大地に激突して折れ砕け、光の塊と化して爆発した。
●
残ったもう1隻の後衛ガンシップは、失った火力を補う為に通常戦力を代用として呼び集めた。
「もうそろそろだと思うのですが‥‥」
修司の言葉に、有希は無言で頷いた。威龍、バードウルフと連携しつつ、敵戦力の分布図が映ったセンサーモニターを精査する。風防の外に光が走った。修司が近づいてきた小型HWを撃破したのだ。
「戦力集中の皺寄せ‥‥無かはずが無か‥‥絶対に、どこかに‥‥っ!?」
有希は目を見開いた。通信機のマイクに向かって叫ぶ。
「敵戦力の薄くなった箇所です! 場所は‥‥」
ここの大型ガンシップが戦力を呼び集めた為、周辺に防御線が薄くなった箇所が幾つか出来ていた。他の制空隊、爆撃群制空隊がそこに攻撃を集中し、幾つもの脱出口を開けていく。
慌てたように戦力を散らし始める大型HW。だが、なにもかもが遅すぎた。更に言えば、こちらとしてもこのまま逃がすつもりは無い。
「――通らせて貰おう、か」
「私たちの『逆襲』はこれからだよ!」
「うおらああああ!!」
残った大型ガンシップは支援機を失いすぎていた。どんなに強力な兵器であっても、単騎ではなんの意味もない。
全周から総攻撃を受けたガンシップは、20秒と経たない内に『煉獄の釜の底』と化した。斉射を1回する間もあらばこそ、砲を潰され、装甲を砕かれた後衛機は、前衛機とほぼ同じ位置に墜落、爆散した。
内側隊ののもじ機と、外側隊の清四郎機が。それぞれの背後へ向けて、虎の子のK−02を撃ち放った。
放たれたマイクロミサイルが、突破口付近に押し寄せていた敵を──そして、セシルたちを追撃してきた小型HW群を吹き飛ばす。
「しつこい追いかけに困っているようだな、セシル! バグアどもにもファンが山ほどいるようだ!」
セシル機とすれ違った清四郎は、そのまま内側を追撃してきた敵集団へと突っ込んだ。足止めすべく火線の鞭を振りながら、「英雄殿は好みにうるさいんだ。弾丸やるから諦めてくれ!」と一撃離脱を繰り返して敵の前進を阻害する。
同様に後衛戦闘にやって来た阿頼耶は、セシル機のカラーリングを見て色んな意味で絶句した。
星と青と赤と白── ちなみに、人型に変形するともう一つの星が胸部に出る。勿論、下地は青地のタスキがけライン入り、だ。
「名前が売れるのも大変なんだなぁ」
生暖かい視線でセシル機を見送る阿頼耶。空に翻る星条旗をイメージしているんだろうけど、なんだかなぁ、と苦笑する。
突入する阿頼耶に続いて、修司と有希も撤退支援に突っ込んだ。電子支援を行いつつ、ありとあらゆる火力で残余の部隊を打ち払う。
大型ガンシップという要を失ったこの戦場には、まだ内側攻勢に用いた小型、中型のHWがいまだたくさん残っていた。そして、他戦線の大型ガンシップもまた、辿り着く可能性がある。
「バードウルフ、もし新手の大型が来るようなら報せてくれ。対処を検討する」
透夜が周辺の戦況を注意深く収拾する。桜は機を反転させると、突破口の前に旋回して立ち塞がった。
「ここはなんとしても維持させてもらうのじゃ。爆撃隊が戻ってくるまでは‥‥!」
その隣には兵衛の機体。怪我にも関わらず最後までここを維持するつもりなのだ。
「セシル、君は正規軍機を先導してくれ。さぁ、行くんだ」
UNKNOWNもまた突破口を維持すべく、翼を翻した。剣一郎、無月もまたそれぞれに迫る敵を打ち払う。
離脱を勧められたセシルもまたその機首を翻した。作られた英雄としてではなく、一人の軍人として踏み止まったのだ。それを見た愛華は、「お母さんが残した言葉の意味‥‥分かったのかな?」と微笑した。のもじが首を振る。事ここに至って言うべき事はない。彼は既に自分の道を少しずつ見出しつつある。
「おかえり、セシル」
万感の思いを込めて、ただ一言だけそう告げる。照れたように、セシルは笑った。
「爆撃隊、こちらUPC軍制空隊。ようこそ、宅配便。この脱出口は敵中に垂らした蜘蛛の糸だ。慌てず、かつ性急に上られよ」
迫り来る爆撃隊に、透夜が告げる。
その通信網がざわめいた。
遥か地平線の向こうから、ユニヴァースナイト弐番艦がその白き姿を現しつつあった。