●リプレイ本文
機体のパッシブセンサーに反応がある。それを見て古河 甚五郎(
ga6412)はコックピットから立ち上がった。
廃墟、と言う程には破壊されていない、小奇麗な、しかし、人の絶えて久しい小市街地。メインストリートから少し離れた建物の陰に、甚五郎のS−01と僚機、エミール・ゲイジ(
ga0181)のXN−01が息を潜める様に隠れていた。光が反射せぬようダストで汚し、膝をつき、姿勢を低くしたその機体から‥‥甚五郎は差し上げた腕部を階段代わりに建物の屋根へと上がった。身を伏せ、ジャケットをひさし代わりに、エミールから借りた双眼鏡で道沿いに視線を伸ばし、迫り来る敵を視認する。
敵は地上用ワーム、機数は6。新型はいない。『6本足』型の中に『8本足』型が2機混じっている。併列縦隊を組んでいるようだが酷く無造作だ。待ち伏せの危険がある市街地に入ろうというのに、迂回も警戒もする気配がない。
「よほどこちらを舐めているのか‥‥あるいは‥‥」
指揮官のいない無人機の集団、なのかもしれない。甚五郎は、向かいの屋根の上に身を伏せた綾嶺・桜(
ga3143)の姿を確認し、情報の共有を確認する。作戦に変更無し。手筈通りにやるだけだ。
甚五郎はジリジリと屋根の上を這い戻ると、自機のコックピットに潜り込みながら、借りていた双眼鏡をエミールにぽーんと投げて返した。
「敵が来ます。始めましょう」
「‥‥ん? やっと来たのか?」
コックピットから大きく脚を投げ出して昼寝を決め込んでいたエミールは、飛んできた双眼鏡を欠伸混じりに受け取り、その長い足を操縦席に押し込めた。寝惚け眼で、だが、確実にKVの各種機器をチェックしていく。
主機。出力最低レベル、待機状態‥‥問題なし。練力。およそ4分の1を消費。即時行動の為の暖機運転によるものだ。交戦に支障なし‥‥
「‥‥でも、どうせなら英二郎とも一緒にやってみたかったぜ。話を聞く限り中々面白そうなオッサンみたいだしな」
心底残念そう、という程でなく、チェック中の雑談として言ってみる。
鷹司は今回の待ち伏せには参加していなかった。こちらが奇襲に失敗し、短時間での敵殲滅が出来なくなった時に備え、鷹司隊はすぐ東の農場に後詰として待機していた。
「‥‥ああ、あの人ですか。‥‥まぁ、そうなんですけどねぇ‥‥」
エミールの言葉に、甚五郎は曖昧な表情で苦笑した。
「いよいよじゃぞ、天然貧乏腹ペコ犬娘! 敵が来たのじゃ!」
地上で待機する響 愛華(
ga4681)に向かって叫びながら、桜はぽーんと屋根から宙にその身を躍らせた。そのまま真っ直ぐ落下してコックピットのシートにスポッと収まる。小柄な桜ならではの芸当だ。
一方、瓦礫を椅子代わりに桜特製弁当をパクついていた愛華は、慌てて立ち上がると廃墟──外壁の一部を残して地階まで崩落した小ビル──に隠したKVに飛び乗った。
「‥‥御免ね。後で綺麗にしてあげるからね」
薄汚れた愛機に謝りながら乗り込む愛華。お弁当はしっかり蓋を閉めて仕舞い(後で食べるのだ)、パッシブセンサーの感度を最大にして待機する。
ジリジリと焼け付くような沈黙。雲一つ無い青い空、キャノピー越しに照りつける太陽が妙に熱い。頬を伝った汗がポタリと雫を垂らし‥‥やがてセンサーが敵機の接近を告げた。
風防と廃墟のビルの窓枠越しに、路上を走る敵機の姿が目に入る。見た目は普通の小型ヘルメットワーム変わらない。側面に地上移動用の脚があり、その先についた車輪まで見て取れた。
軽やかに装輪走行する敵ワーム。その近さに桜はブルリと身を震わせた。
味方は二手四班に分かれて待機中だ。もし今見つかれば、班ごとに各個撃破される事もあり得る。
(「気付くでないぞ‥‥そのまま真っ直ぐ通り過ぎるのじゃ‥‥」)
喉がカラカラに渇いていた。だが、今更、水を飲むわけにも‥‥
名残惜しそうに水筒に目をやって、ふと隣りの愛華機でも愛華が自分と同じく緊張した面持ちで敵を見ているのに気がついた。こちらに気付き、笑顔に両手でグッとガッツポーズを作って見せる愛華。それを見た桜は肩の力が抜けるのを感じて‥‥水筒をガッと掴むと一気に呷り、フフンと不敵な笑みを作って見せる。
敵は、潜んだ4機のKVに気づかなかった。
ただひたすらに東進する敵隊列。その先頭が放置された廃車の横を通り過ぎた時──街の西側に待機したA班4機のエンジンが一斉に甲高い咆哮を上げた。廃車は能力者たちが運んできたもので‥‥即ち、敵が攻撃開始位置に達した目印だった。
街中に急激に高まったエネルギー反応を察知して、ワームたちがその足を止める。勿論、その反応は遅すぎた。
「A班全機、攻撃開始」
無線封止解除。号令と共に、建物の陰から半身を出した甚五郎機とエミール機が無防備な敵後背へと高分子レーザーの雨を浴びせ掛けた。敵機は殆ど回避も為し得ず、撃ち掛けられる光の槍に装甲を貫通されては小爆発を繰り返す。
「行くぞ、天然(省略)犬娘! 飯を喉に詰まらせるでないぞ!」
「わぉ───────んっ!」
その弾幕の横を、路上に飛び出した愛華機と桜機が装輪走行で疾走する。
ブースト点火。瞬間的に400kmにまで加速したGに覚醒して耐えながら、愛華のR−01は両腕のドリルを突き出して騎士の様に突撃、そのまま『8本足』の装甲表面に突き立てた。装甲の表面に散る激しい火花。ドリルは装甲を激しく凹ましながら脇にそれ、ワームの脚を2本ほど削り取った。残された脚で退避しようとするワーム。愛華機がその身を横へと開いた。
「桜さん!」
「いっけぇーい!」
直後、巨大な鎖付きハンマーを肩越しに担いだ桜機が突っ込んで来た。振り下ろされた巨大な質量がグシャリと装甲を叩き潰し‥‥直後、ワームは火を吹いて爆発する。
一際大きく咲いた爆炎の花に、エミールはひゅぅと口笛を鳴らした。
「ま、敵さんには悪いけど、こちらも悠長に遊んでいる暇は無いんでね。手加減は無しだ!」
両腕で構えたレーザーを撃ち放ちながら、前線へと突っ込んでいくエミールのXN−01。振り向きかけたワームに3本の光弾が突き刺さり、がしゃり、と糸の切れた人形の様に崩れ落ちて爆発する。
甚五郎は援護射撃の手を止めると、機体を1本裏の側道に滑り込ませた。側方へと流れるであろう敵機の頭を抑える為だ。
1機たりとも逃がしてはならない。敵は包囲下に置いたまま殲滅しなくてはならなかった。
●
「さて。二段構えの奇襲作戦、ここからが本番です。上手くいけばいいのですが‥‥」
戦場から響いてくる爆音に、市街東部で待機するB班の長、叢雲(
ga2494)は静かにその身を操縦席に沈ませた。全兵装、安全装置解除。戦闘システム確認、全て問題なし。主機は暖機状態にしたまま、機体の戦闘準備を整える。
西部待機のA班が進入してきた敵をやり過ごして後背より奇襲。敵が西に頭を向けた所で東部待機のB班が突入、挟撃。そのまま一気に殲滅する。それが叢雲が立てた作戦だった。初撃は成功。ここまでは予定通りだ。後は、敵がこちらの予想通りに動くかどうか‥‥
結果が出るまではほんの10秒。その間、叢雲はギュッと操縦桿を握り締めて‥‥
「全敵機の反転を確認しました。班長、命令を!」
敵機の様子を双眼鏡で確認──KVのパッシブセンサーでは敵の向き等、細かな情報までは分からないからだ──していたクレア・フィルネロス(
ga1769)の声が無線機越しに叢雲の耳を打つ。その一瞬、叢雲は目をギュッと瞑って‥‥溜め込んだ息を安堵と共に、号令にして吐き出した。
「B班各機。主機フルアクセル、突入です。遠慮は要りません。1機残らずぶっ潰しちゃって下さい」
「了解! 全機、ぶっ潰します!」
言い慣れぬ乱暴な物言いで皆を鼓舞した叢雲に、クレアは大きな声で答えてみせた。
双眼鏡ごとシートに飛び込み、キャノピーが閉まるのも待たずにスロットルを全開、ガトリングのSESへ機体の練力の一部を回す。風防が閉まると同時にブレーキ解除、路上へと飛び出し、腰だめに構えた砲口を敵へと向ける。
敵はA班の攻撃に対応する為、全機が反転。車輪を引っ込め、脚移動による戦闘態勢を整えていた。そしてA班に対して応射しつつ、後退して縦深を取ろうとする。だが‥‥
その最後衛をクレア機がガトリングで掃射した。攻撃力の底上げされた砲弾の嵐が、敵機を、装甲を、脚部を薙ぎ払う。
「みんなが無事に撤退できるようにする為だ。一匹たりとも逃がしゃしないぜ!」
「OK、班長! R−01、雪村さつき! Get ready、GO!」
ジェサイア・リュイス(
ga6150)のXN−01、雪村・さつき(
ga5400)のR−01が、それぞれ僚機の陰から前へと飛びだした。『ジャック・ザ・リッパー』のエンブレムのついたR−01、その横に緑と白とでカラーリングされたXN−01が並ぶ。2機は人型形態であるにも関わらずその両翼を大きく広げ──その翼には共に『ソードウィング』。ジェサイア機とさつき機は文字通り『翼を並べて』疾駆する。
「‥‥面白いね。このまま行くよ!」
「切り刻んでやるぜぇーっ!」
クレアの攻撃で破損した『8本足』が1機、再反転しようともがいていた。その両翼へと突っ込む2機のKV。ワーム本体の両側を『翠の翼』と『死神の鎌』が切り裂いていく。瞬間、二人は上下真っ二つになる『8本足』を幻視した。
通過は一瞬。機体の両側を切り裂かれた『8本足』は、その『傷口』から炎を吹き上げて爆発、四散した。
「‥‥どうも、こいつは負けていられないね」
半ば呆れた様に呟きながら、叢雲は黒塗りの愛機『レイブン』を側道に入れた。そのまま疾走して敵隊列の横に出る。僅か10秒余りで弾を撃ち尽くし、弾倉交換中のクレア機に狙いを定める敵ワーム。叢雲機はそこへ突進し、横腹を晒した敵機の脚を数本、ビームコーティングアクスで吹き飛ばした。
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待ち伏せは完全に成功した。
2機の『8本足』は、戦闘に何ら寄与する事なく最初の20秒で撃破された。
ほぼ同時に『6本足』も1機。この時点で敵は既に戦力の過半を喪失している。
「くぅ‥‥っぅ‥‥こんのぉお!」
至近距離から撃ち放たれた収束フェザー砲の弾幕を、さつきは緊急用ブースターの一斉点火でかわし切った。激しい横Gに、覚醒していても内臓が飛び出しそうになる。それに歯を食いしばって耐えながら、さつきはクルリと機体を回転させて、まるで舞踏の様にソードウィングで切り払った。
舞い散る破片。傷つきながらもワームは空いたスペースへと突っ込んで、そのまま市街地を北へ抜けようとする。だが、その先には甚五郎機が待ち構えていた。
狭い路地。互いに回避の術は無い。フェザー砲を撃ち放ちながら突っ込んでくるワームに照準し、甚五郎は冷静にレーザーを浴びせ掛ける。交差する光線。焼かれる装甲。脚部を吹き飛ばされ、ボロボロになりながらも前進を止めない敵ワーム。甚五郎はあくまで道を空けずに立ち塞がって、抜剣したライト・ディフェンダーを突き込んだ。
「ハッ! 袋の鼠ってヤツだな! 鼠にしちゃ脚が多いみたいだがよ!」
路地裏で起こった爆発に、ジェサイアは笑いながら翠の翼を翻し、ワーム目掛けて突っ込んだ。それから逃れるように横歩きでフェザー砲を撃ち放つワーム。そのまま建物に爪を立てながら側壁を登って行く。
「おいおい。スルーとは寂しいねぇ。もっと一緒に楽しもうぜぇ!」
撃ち放たれるレーザー砲。外壁に無数の穴が穿たれ、側壁はワームごと崩れ去る。瓦礫の中でのたうつワームに、クレアはガトリングの砲口を向けた。
(「敵に包囲されて殲滅される‥‥その恐怖は如何ばかりのものでしょうね。とても恐ろしく絶望に満ちたもの? ‥‥分からないでしょうね。無人機のあなたにはそんな恐怖‥‥。プログラミングに従って、ただ人を殺戮する為だけに動くあなたには。‥‥不公平です。酷く不公平です。私達は‥‥私は‥‥あの人は‥‥そんな死の恐怖と絶望に耐え続けていたというのに‥‥!」)
照準の向こうで、ワームが瓦礫を払い落とす。そのまま逃れようと踏み出すその足に。クレアは無言で引鉄を引き絞った。
最後の1機は、西方の壁を突破しようとしていた。
桜機のハンマーと愛華機のドリル。姿勢を低く、横へ跳び。反撃もせずに回避に集中して、瞬間、横を駆け抜ける。
「桜さぁん!」
「ちぃっ!」
即座に反転する桜機と愛華機。ワームは車輪を出して装輪走行に入り、一気に走り去ろうとする。
「うわっ、近っ!?」
エミール機の撃ち放つレーザーを横っ飛びでかわす敵ワーム。エミールは2度目の引鉄を引く前に左腕部でソニックブレードを引っ掴み、抜き打ちでその鼻面に切りつけた。
高速振動する刀身が装甲を削って激しい火花を吹き散らす。その一撃で足を止めたワームに向かって、機体を回転させた桜機が、そのままの勢いでハンマーを叩き付けた。横殴りに振るわれた鉄球にベキョリと半身を潰される『6本足』。全く同じタイミングで反対方向に回転した愛華機がそのドリルを突き込んだ。
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味方機の後側背を援護し、やって来るであろう敵増援に対して警戒する。その為に視界を確保すべく後退した叢雲は、味方KVの『暴れっぷり』を呆然と見守っていた。
敵全滅までの時間は1分と掛かっていない。文字通りの秒殺だ。これでは敵増援もやって来れようはずもない。敵に渡った情報も殆ど無いだろう。
「‥‥そうなるように作戦を組んだとはいえ‥‥なるほど、バグアも新型機を投入してくるわけだ」
叢雲は周辺の敵戦力沈黙を確認すると、苦笑と共に全機に戦闘の終了を宣言した。
「よし。用事が終われば長居は無用。さっさと立ち去るのじゃ!」
戦闘終了後の早期離脱も任務の内だ。各機は人型形態のまま東へ移動、待機していた鷹司隊と合流した。
「こりゃまた随分と早かったな‥‥」
戦闘開始を伝える無線連絡から僅かに5分。鷹司が目を丸くする。
「武勇伝はデトロイトに帰投してから、酒でも飲みながら聞かせて貰おう。‥‥離脱する」
鷹司隊に続いて、戦闘機形態に変形したクレア機と甚五郎機が真っ直ぐに走る道路を滑走、他機に先駆けて離陸した。ミサイルを積んだ両機はそのまま上空を旋回。万が一敵機の来襲に備えて警戒する。
「お前たちも先に行け。殿は俺たちがやらせて貰う」
全機の離陸を確認して鷹司が言う。甚五郎が悪戯っぽく尋ねてみた。
「‥‥落ちませんよね?」
「‥‥その件に関しても帰ってから聞く。今は先に行って休め」
機嫌が悪そうに、しかし、苦笑交じりに鷹司が言う。一行は言葉に甘える事にした。
偵察隊が殆ど情報を残さずに全滅した為、バグアの追撃部隊はその進撃速度を落とさざるを得なくなった。
かくして、このルートの地上部隊は追撃の魔手を逃れ、無事にデトロイトまでの後退に成功する。
なお、鷹司機は無事の帰還が確認された。酒代は彼の奢りだったらしい。