●リプレイ本文
オグデン第1キャンプ、外縁陣地──
州都第1キャンプの陥落の報を受け、かの地は喧騒と緊張とに包まれていた。
セレスタ・レネンティア(
gb1731)と鳳覚羅(
gb3095)の二人は、人工的に作られた丘の上にそれぞれ駆け上がると、望遠装置でキャンプ外に広がる無人の町並みを見回した。遠く、立ち上って棚引く砂煙──『駅馬車』隊と、それに追い縋る、見た事もない数のキメラの群れを。
「獣人型キメラ多数、接近中。『駅馬車』の追撃隊に周辺のキメラが次々と合流している模様」
「弾幕射撃を要請。敵の足は速いです。弾着修正は早めに願います」
セレスタと覚羅の報告に従って、丘の後ろに配置された重迫撃砲隊が砲撃を開始。その衝撃と爆風とが敵の侵攻速度を遅らせる。
その隙に『駅馬車』隊の車列は全速力でキャンプのゲートに逃げ込んだ。殿を走る戦車の上に乗っていた響 愛華(
ga4681)が一人、地へ飛び降り‥‥砂煙を蹴立てて止まりながら、同時に入り込んだ敵へ向けガトリング砲を撃ち捲くる。
「ゲート閉じて! 物凄い数の敵が来るんだよ!」
愛華の叫びに応じて、重いゲートの扉が落とされた。取り残された敵を愛華と兵が駆逐していく‥‥
「今、降りたのは‥‥響さん? ここの守備戦力として数えても?」
「覚羅さん? 勿論だよ!」
「では、ポイントDの支援を。纏まった数の敵がそちらへ移動中です」
その頃、市街地から『染み出して』来たキメラの群れは、砲撃を、砲火を、張り巡らされた鉄条網をものともせず、まるでイナゴの群れの様に地を覆い、斜面を駆け上っていた。
その正面、ポイントA4と呼ばれる陣地には、傭兵の南 日向(
gc0526)がいた。
(大丈夫‥‥絶対に、絶対に守りきります!)
湧き上がってくる恐怖に蓋をして、日向は一歩踏み出した。土塁の上に立ち上がり、彼我の視線に曝されながら漲る両腕で円を描く。
「変‥‥身‥‥っ!」
噴き出すオーラの鎧を纏い、日向が『ヒーロー』へと覚醒する。湧き起こる兵たちの歓声──そうだ、我々はヒーローと‥‥能力者たちと共にある。
目の前の軍の第一陣は‥‥激しい敵の攻勢にあっけなく崩れ去っていた。塹壕を飛び出し逃げてくる兵と、土塁を乗り越え迫る敵。日向は一歩も退かぬ覚悟と共に、手にしたガトリングシールドを構え持ち‥‥土煙の向こうから迫る影へ向けて銃撃を開始する。
着弾の衝撃に短い舞踏を終え、一匹の虎人型が倒れ伏す。湧き上がった歓声は、だが、次々と湧き出す新手に沈黙した。
「大丈夫! 今、私以外にも、能力者の皆さんが動いてくれています! 頑張りましょう!」
兵たちを励ましながら、迎撃の銃火を放つ日向。その弾を撃ち尽くし‥‥再装填をする隙に肉薄してきた狼人型は、だが、その鉤爪を振り下ろされる寸前、後方から飛来した大口径弾によって力場を貫かれ、肩口の半ばを吹き飛ばされて絶命した。振り返る日向。対物ライフルを構えて伏射姿勢をとったセレスタの姿があった。
「敵先鋒、ポイントA4を突破しつつあり。これより支援に向かいます」
セレスタは身を起こすと、前方、日向たちが篭るポイントA4を視界に収めるトーチカの上に陣取った。滑り込む様に腹ばいになりつつ、素早く二脚を接地する。
第1陣から脱出した兵を追う虎人をサイトに捉え‥‥ 落ち着いた呼吸で引き金を絞り、その頭部を吹き飛ばす‥‥
「鳳より各傭兵。ポイントD1において敵が第1陣を突破。誰か支援に向かえますか?」
「僕が行きます」
覚羅の支援要請を受けた時には、旭(
ga6764)は既に駆け出していた。
後方部隊の行き交う丘の後ろを疾走し‥‥そのまま丘の斜面を越えて稜線から出た旭は、目の前の眼下に広がる光景に絶句した。
既に第一陣の防衛線はズタズタに引き裂かれ‥‥その隙間からは、大量のキメラが進入しつつあった。
(数が多すぎる‥‥ いったい、どれだけを‥‥いや、全部護るつもりでないと!)
旭は腰に提げた聖剣を抜き放つと、丘の斜面を駆け下り始めた。そのまま味方の陣を越え、土塁の陰からガトリング砲を撃ち捲くる愛華の脇を抜けて突撃する。
第一陣で殺戮に酔っていた敵は、横合いから切り込まれて即座にその立場を変えた。殺す側から殺される側へ。速度と重量、そして、持ち手の怒りと共に振り下ろされた刀身が、キメラを肩口から切り飛ばす。
「今の内に後退と再編を! ここは僕が引き受けます!」
逃げ惑う味方に呼びかけつつ、両手に構えた聖剣を振りながら右へ左へ駆け回った。白銀の剣と鎧は返り血であっという間に赤く染まる。
愛華は旭が逃がした味方を迎え入れながら、腰溜めに構えたガトリング砲を旭の支援に撃ち捲くった。
「みんな、頑張って! 私たちの背後には、何千人もの人々がいるんだよ! 大丈夫、援軍は必ず来てくれる! だから、頑張ろう! 諦めなければ、絶対に何とかなるよ!」
●
州都の第一キャンプが陥落した── その情報が漏れ出した時、キャンプの避難民はまだ冷静だった。
声を掛け合い、命からがら辿り着くであろう州都の人間を出迎えるべく、毛布や食料、医薬品を手にゲート裏の広場へ集合する。
だが、やって来た『駅馬車』隊は予想以上に損害を出していた。周囲に家族や友人の姿を呼び探す州都の避難民たちを見て、その身を竦ませるオグデンの避難民たち。そして、軍用車両の無線機が伝える外縁陣地の劣勢に、オグデンの避難民たちは一人、また一人とその場を走り去る。
「あわわわわ、こ、これはいったいどうしたことですか〜?」
軍からの指示で『駅馬車』隊を迎えに出ていた八尾師 命(
gb9785)は、人々が慌てたように駆け出し、声を掛け合い、荷物を纏めて駅舎方面へ歩き出すのを呆然とした面持ちで見やった。
「な、なにが起きたでありますかー!」
ボランティアの慰問でキャンプの仮設住宅に来ていた美空(
gb1906)は、駅舎に向かうその人数が急速に膨らんでいく様に目を丸くした。
『駅に列車がいるらしい』という噂がさざなみの様に人々に広がり、空気が変わるのを美空は感じた。徒歩だった集団が、早足で、駆け足で駅舎に向かい出す。
気づいた時には、大勢の人間が鈴なりになって駅前への移動を始めていた。集団はあっという間に膨れ上がり──それ自体が、人々の心理をより大きな恐慌へと煽り立てた。
列車の護衛として屋根の上に乗り込んでいた葵 コハル(
ga3897)は、駅舎の屋根越しに、尋常ならざる数の人々がこちらへやって来るのを見た。大量の荷物を抱えた人々が駅舎に入ろうとして駅員(兵)に制止され‥‥最初はその言葉に従っていた人々は、だが、広場に次々と人が押し寄せるにつれてその言葉を荒くしていく‥‥
「あー、こりゃやばいかも」
列車の屋根の上でコハルがそう呟いた瞬間、駅員が暴徒に殴られた。
たがが外れた群衆は、あちこちから駅に侵入し始めていた。
「なによ、これ‥‥もうどうしようもないじゃない‥‥」
MATの玄関でそう呟いたレナの鼻腔を、香ばしい臭気がくすぐった。
受付の待合室、その長ソファに座り、コーヒーをすする一人の男── 長い間このユタで支援活動(復帰申請の復興支援)にあたっていた鴇神 純一(
gb0849)がそこにいた。
「まぁまぁ、落ち着いていこうか、レナ。淹れたての紅茶でもどうだい? コーヒーもあるぜ?」
コーヒーミルで豆をごりごりと挽きながら言う純一。そこへダンがやって来て、落ち着いた様子で純一が淹れたコーヒーカップを手に取り、その香気を顎に当てた。
「‥‥で、万一の時の準備は済んだのか、純一?」
「ああ、勿論。怪我人が出る事は避けられないなら、その後の事にも備えないとな。医薬品に毛布に医療機器の消耗品‥‥全て準備は済んでいるよ」
純一の言葉に頷くダン。そんな二人にレナは腹が立った。
「なに暴動が起きる前提で話進めているんですか。そりゃ必要な事ですけど‥‥こんな大人数が集まった所で騒ぎが起きたら、犠牲者の数はちょっとやそっとじゃ済みませんよ!?」
レナのその言葉にダンは肩を竦めた。
「‥‥どうやって『アレ』を止める気だ? お前、自分で言ってたじゃないか。『もうどうしようもない』って」
絶句したレナに肩を竦めて、ダンは広場に目をやった。既に群集は統制を失い、駅舎に向け雪崩れ込み始めていた。
「まずいな‥‥」
数瞬の間、沈思したダンが、レナに装甲救急車のキーを寄越すよう告げる。それを見ていた純一は苦笑を浮かべながらソファから身を起こした。
「しかし、二人とも、よくよく厄介事に巻き込まれるよな‥‥ いや、進んでそういう所に居るんだろうけど」
気になる事があるならつきあうぜ、と純一は苦笑した。
「止められる自信があるのか、ダン?」
「連中が俺の話を聞いてくれるならな」
それが一番の問題なんだが。そうダンは肩を竦めて嘆息した。
●
もっとも早く集団としての秩序を回復したのは、ゲート内部の駐車場だった。
とはいえ、それも容易な事ではなかった。軍は降車した避難民を統制しようとしたが、『駅馬車』隊は多大な損害を受けており‥‥家族を、友人の安否を求めて彷徨う人々を、無理に止める事はできなかった。
それに、車両ごとにバラバラになっているのは大隊も同じだった。指揮系統が回復せねば、いかに『最強の部隊』とてその戦闘力は発揮できない。
「おい、ジェシー! 早いところこの混乱をなんとかせねば‥‥!」
駅馬車隊の護衛として雇われていた綾嶺・桜(
ga3143)は、混乱する現場に顔見知りの戦友を見つけて声をかけた。背後の外縁陣地で一際大きな爆発音が響き、慌ててその身を振り返らせる。
「心配?」
「いや、全く‥‥という事はなきにしもあらずな気がしないでもないような」
しどろもどろに答える桜。外縁陣地には親友の愛華がいる。そうでなくても、一刻も早く増援を手当てしないと‥‥陣地を突破されれば、避難民たちにどれ程の被害が出るか分からない‥‥
統制を回復したきっかけは、敵の飛行キメラだった。
車両の上に立った月影・透夜(
ga1806)が素早くDF−700で急降下する天使型を狙撃して‥‥落下してばたつくそれを『瞬天速』で駆け寄った桜が薙刀でぶった斬る。飛び落ちる血と避難民の悲鳴。その間にも、透夜は銃口を振って立て続けにキメラを撃ち落し、桜は地上をネズミ花火の様に走り回って、キメラが二度と飛べぬよう、貫き、斬り上げ、薙ぎ払う。
「ここから先は、通しませんよぉ〜」
命も即座に(?)透夜と桜に連携した。避難民たちを挟んで反対側の位置におっとりと走り寄り、肘まで覆われた美しい籠手型超機械を小脇に構え‥‥
「てぃ〜」
と無造作にその拳を突き出した。そのぷるぷる震える拳の先から電磁波がなんか放たれ、避難民たちに急降下で突っ込もうとしていたハーピーがその電磁波に焼かれて煙を発し‥‥慌てて上昇へ転じようとしてそのまま力尽きて落下する。
「早く帰って下さいねぇ〜」
ぷすぷすと焦げたキメラにそう伝えて(?)、きょろきょろと空を仰ぐ命。再びてや〜、と放たれた電磁波に、新たなキメラがぽとりと地へ落ちる。
降下した全てのキメラを撃退されて、残ったキメラは空へと戻っていった。
その瞬間、州都の避難民たちは、自分たちが助かった事を知った。同時に、まだ自分たちの身が完全に安全ではない事を。そして、ここには自分たちを護ってくれる戦力が存在している事も。
透夜はそのタイミングで車上から皆に呼びかけた。
「皆、落ち着け! 俺たちが必ず皆を守る! 陣地で戦っている仲間だって、外のキメラを入れやしない! 皆はその場で周りの皆と手を繋ぐんだ。助け合って乗り切るぞ!」
透夜が語り終わるタイミングを待って、刀身から血糊を払った桜が避難民たちに指示を出す。透夜は車両から飛び降りると、落ち着いた歩調で大隊長に歩み寄った。
「‥‥駅馬車隊は避難民の誘導と護衛を。大隊はこのまま外縁陣地への援軍にいけませんか?」
小声でそう提案する透夜。大隊長は思案した。
「‥‥我々は秩序を保っている。だが、混沌とした戦場に闇雲に後詰をしたとて、かえって混乱に拍車をかける事もあるぞ?」
「俺が先行して誘導します。とにかく、外縁陣地を何とかしないと‥‥」
あそこを陥とさせるわけにはいかない。それはこのユタに残った最後のキャンプが全滅する事を意味している。
大隊長は透夜の提案を了承した。礼を言い、即座にキャンプ方面へと走り出す透夜。大隊長が部下たちに命を下す。
一方、集まった避難民たちは、ブブゼラと旗を持った命を中心に集まっていた。
「避難誘導を開始しますよ〜。皆様、大丈夫ですか〜」
集団の先頭に立って旗を振り、ぼへ〜、とブブゼラを吹きながら移動を開始する命。隊列の最後尾についた桜は、薙刀をSMGに持ち替え、油断なく周囲の空に視線を飛ばした。
それを見たジェシーは意外な顔をした。戦場には桜の親友がいる。
それをジェシーに告げられると、桜は何とも言えない複雑そうな顔をした。そうして、ジェシーに、戦場で愛華に会ったら伝えてくれ、と言った。
「避難民の移動が終われば、わしもそちらにすぐにいく。それまで、なんとしても持ちこたえるのじゃぞ、と」
●
開始時、同刻。キャンプ内、仮設住宅地──
駅前広場へ向け移動する人々のただならぬ様子に、美空はいてもたってもいられずに走り出した。
何をすればいいのか、すぐには分からなかった。ただ、移動する人々を呆然と見送るしかなかった自分は、果たして最善の行動を取れたのか‥‥その疑問に対する衝動に突き動かされていた。
(いや‥‥『あれ』の前に立ち塞がるのが危険だったのは間違いないのであります。であれば、最善ではなくとも次善を目指して行動しないと‥‥!)
美空は自らの仮宿に向かうと、そこにあったAU−KVに飛び乗り、外縁方向へと走り出した。そのまま住宅の端まで辿り着くと、放置したそれに『不眠の機龍』を使用してから、すぐ近くにあるプレハブへと走り込む。
その建物には、避難民たちの自治組織があるはずだった。警察とか消防とか、軍以外の行政機関もその中に詰めている。
そこには同じ傭兵の守原有希(
ga8582)が既に辿り着いていた。有希はテーブルの上に広げられた地図を指差し、実働部隊の隊長たちから、この地の状況と情勢について現場の情報を集めていた。
「‥‥では、ここの避難民は、避難訓練とか、緊急時の対応は行ってはなかったのですか?」
「ここに残っているのは、皆、他のキャンプから救出されて来た者たちばかり‥‥ここではただ鉄道輸送の順番を待つ身、だからな」
「‥‥万一の場合、避難先に指定してあったのは?」
「‥‥駅前広場」
そこが一番安全と思われていたので、と背広姿の男が言った。なんてこつ‥‥と有希は心中で頭を振った。避難民たちは事前の指示に従っただけなのだ。その結果、そこが一番、危険極まりない場所と化そうとしている。
「あの‥‥住宅の人たちが、なんか尋常ではない雰囲気で駅へと移動しているのでありますよ!」
と、そこへ、飛び込んできた美空が住宅地に残っていた避難民たちの様子を伝えてきた。有希はまた頭を振った。これ以上、広場に人が流入すれば収拾がつかなくなる。
「現在、動員できる消防車の数は‥‥ 4台? ‥‥そうですか。少ないですが、仕方なかです。とにかく、ありったけを広場に投入して、鎮圧を‥‥」
「あの‥‥!」
有希が言おうとした直前、美空が元気良く挙手をした。それでなんとかなるのでありますか、と聞く美空に、有希は頼りなさ気に首を振った。
「‥‥分かりません。全体を一斉に制圧できるわけではなかですから‥‥ それに、追い散らす事ができたとしても、その過程で多くの怪我人が出るでしょう。しかも‥‥」
外縁陣地が陥落する、という最悪の事態を想定した場合、防衛的な観点からすれば、人々を散らした事が裏目に出る可能性もある。
「で、あるのでしたら! まずはこの住宅地に残っている人が駅に向かうのを止めるべきだと美空は思うのであります!」
再び手を挙げ、美空がそう進言する。有希は頷いた。確かに、人々が駅前広場に流入する事を止める事ができれば、少なくともこれ以上の状況の悪化は防げるだろう。
「なるほど、まずは恐慌度の低い外縁から、というわけですね」
「あ、あと、出来うる限り倉庫の物資を開放して、皆さんに配給する事も‥‥」
美空がそう言い掛けた時、外に置いていた美空のAU−KVのクラクションが鳴り響いた。
何事か、とプレハブを飛び出した美空と有希は‥‥そこに、突然鳴り出したクラクションに驚き、硬直(勿論、避難民護衛の為である)した命と桜の姿を見出し、力を抜いた。どうやら、彼女らが連れてきた避難民に『不眠の機龍』が反応したらしい。
「音‥‥」
その瞬間、美空はそれを思いついた。迎えに出ようとした有希の服の裾を掴んで、こちらへと振り返させる。
「そうです、音です! 音なら誰も傷つけず、全員を『制圧』する事ができるのですよ!」
●
最初に駅員を殴り飛ばした『暴徒』は、そのまま家族の手を引いて駅舎内へと走りこんだ。
一人が始めれば、後はもうなし崩しだ。入り口だろうがどこだろうが構わず、入れる所全てから群集が雪崩れ込んでくる。
駅のホームに下り立ったコハルは、その『得物』を手にゆらりとホームの中程まで進み出た。その正面には件の家族連れ── 何もかもがゆっくり流れる視界の中、コハルはゆっくりと右手に持った『銃』を掲げ上げ──
「久々に来てみたら、この修羅場とは‥‥あたしもたいがいついてないよね」
手にした水鉄砲でもって、その父親に冷や水を浴びせかけた。
水をかけられ、きょとんとした顔でコハルを見返す父親。その肩を突き飛ばすようにして入ってきた後続の男たちを、コハルは逆の手に持ったハリセンで片っ端から沈めていった。
「いい加減にしなさい! 軍の人たちは今も、皆を守るため命がけで戦っているってのに!」
腹の底から響くその声に、正面の群集が足を止める。
だが、怯んでくれたのは近場のごく一部だけだった。人々はすでにホームの端などからも続々と入り込み、鍵の掛かった列車の扉に手をかけ始めている。
と、ホームのどこか遠くから、パン、という乾いた破裂音が響いてきた。暴徒に恐れをなした兵が、空に向け威嚇射撃を行ったのだ。
「銃はダメ!」
コハルの叫びは、だが、怒声にかき消された。空気が変わった。人々は文字通りの暴徒と化して、列車の前に立ち塞がる兵たちに襲い掛かった。コハルもまた、その圧力に押されて後退した。ハリセンで叩き倒しても、それ以上の人間が押し寄せた。まずい‥‥! とコハルは顔を引きつらせた。このままだと、本気で覚醒しなければならなくなる‥‥!
と、その瞬間。
駅舎の、そして、広場の全てのスピーカーが──
物凄い音量で、泣き女(バンシー)の金切り声にも似た独特の高域音を絶叫させた。
轟音は、その場にいたありとあらゆる人間の耳と心を直撃した。動きを止め、何が起きたのか分からぬまま呆然と周囲を見回す。
音響機器が発する破壊的なハウリング音── それが、美空が思いついた暴徒鎮圧用の『武器』だった。名づけて、『朝礼の校長』作戦。時と場所を選びはするが、大多数の人間全てを制圧するのにこれ程適したものはない。
「あー、あー。皆、そのまま聞いてくれ。ダンデライオン財団、MATのダン・メイソンだ」
人々の前に姿を現したその男を見て、群衆はざわめいた。この場にいる彼らは全て、キメラの海に孤立していたキャンプにいた人々だ。自らの命を顧みずに医療支援を行ってくれた財団と突撃医療騎兵隊には、それぞれ多かれ少なかれ、何らかの形で世話になっている。
ダンはとりあえずあれを見てくれ、というと、ホームに立つ純一に合図を送った。純一は「本当にいいのかよ‥‥」と呟きながら、手にしたSES兵装で貨車の一つを吹き飛ばさせた。
騒然とする人々を再びハウリングで黙らせて‥‥ダンは群集に向かって訴えかけた。
「分かっているだろう? 元々、こいつには俺たち全員を運び出せるだけの運搬量はない。自分たちだけ逃げ出すのか? いや、逃げ出せると思っているのか?」
ダンは空を飛ぶ飛行キメラを指差した。こんな真昼間に護衛なしで出発したとして、あいつらの餌食になるだけだ。
「‥‥なら、どうするか。俺にそれを命じる権利はない。だが、逃げられなければする事は一つだ。そして、ここには──それを可能とする『もの』がある」
ダンの言葉に従って、貨車の中に詰まれていた武器弾薬が引き出される。ざわめく群集。ダンがさらに言葉を続ける。
「同胞を、家族を、友を、自分を──護りたければ、今、自分に出来る事をしろ。その気のある奴は、駅舎の前に並ぶがいい」
それだけを言うと、ダンはホームに戻っていった。そして、軍の隊長にこっそりと耳打ちをする。
「兵1人に民兵5人で1班を組織し、広場の外周に配置させろ。まず渡すのは銃だけだ。弾薬は配置についてから兵に配布させるんだ」
「いや、でも、私たちは補給の‥‥」
「いいんだよ。胸だけ張ってりゃあ。大きな戦闘にはなりゃしない。とにかく、武器を持って何かをしなきゃ、と思っている間は余計な事は考えなくて済む」
そう言ってその場を離れたダンに、レナが呆れたように肩を竦めた。
「無茶しますね」
「‥‥列車は台車さえ壊さにゃなんとかなる。自分たちが見ている『救いの術』が実は『幻想』に過ぎない事と‥‥能力者の力を改めて、彼らに認識させる事が目的だ」
なぜ恐慌を起こすのか── 自らの身の安全を保障するものがないからだ。
なぜ列車に群がるのか── それが唯一の生存の道だと信じて疑わないからだ。
「だが、実際にはそうではない。むしろ、この『蜘蛛の糸』の存在こそが、今回の騒動の原因とも言える」
逃げ場のないキャンプにいた頃は、この様な暴動はなかった。その限度を越えたケースが、今回の騒動と第5キャンプの崩壊なのだが‥‥どちらも、『蜘蛛の糸』に縋って集まり、自ら糸を切ってしまった事は共通している。
「さて、後は外周陣地が上手くやってくれれば始末がつくんだが‥‥」
‥‥本来、これは俺の仕事じゃないぞ。呟き、ダンは天を仰いだ。
●
私は覚えてる。一緒に戦って死んで逝った人達の事を‥‥
私は覚えてる。救えた筈なのに掌から零れ落ちていった命の事を‥‥
でも、私は諦めないよ。
――ティム君。もう此れ以上、君に負ける訳にはいかないから‥‥
外縁陣地を守る能力者と兵たちは、各戦線で奮闘している。だが、戦力差はいかんともしがたかった。
守備隊は既に第2陣も放棄して、稜線に沿って築かれた第3陣に拠って抗戦している。だが、ユタに残された唯一のキャンプ、そこに攻め寄せる敵の数は、まるでユタ中のキメラが集まって来たような勢いだった。
目立つ赤い鎧に身を包んだ愛華は、白い煙を上げるガトリング砲を抱えながら塹壕を駆け抜けていた。
それを上空から追う天使型。それは両手に集めた『神弾』を愛華目掛けて撃ち下ろそうとして‥‥ 直後、身体中に包帯を巻いた日向の銃撃によって阻まれた。そちらへ注意を逸らした瞬間、横合いの塹壕から飛び出してきた覚羅が振り下ろした龍斬斧によって、胴部を真っ二つにされ地に落ちた。
愛華は味方の籠もった塹壕の一つに飛び込むと、焼けた砲身に水をかけつつ、再装填を行った。その横には、脚甲まで傷だらけにした旭と、折れた血塗れのナイフを見下ろし嘆息するセレスタの姿──
「なんか‥‥みんな、大丈夫?」
荒い息で訊ねながら、愛華が塹壕の陰から外を見る。
その口から乾いた笑いがこぼれた。この期に及んで現れたのは、蟷螂型の大型キメラ。どうやら偶然なのだろうが‥‥決着をつけるに相応しい大物のご登場、ではある。
あれを通すわけにはいかない、と、旭が疲れた身体に鞭打ち、立ち上がる。通せば被害は尋常ならざるものになる。最優先で潰さないと‥‥
「追い込みます。火力を集中して下さい!」
『制圧射撃』を放って足を止め、味方のキルゾーンに引きずりだそうとガトリングシールドを撃ち捲くる日向。だが、敵はそれを『受け』つつ陣地へ向けて突進する。愛華もまた、その阻止攻撃に加わり、ガトリング砲を撃ち捲くる。だが、敵はその両の鎌で顔面を庇いながら、一向にその速度を落とす気配を見せない。
「こうなったら‥‥」
愛華はガトリング砲を捨て立ち上がった。こうなったらもう『獣突』で敵を押すしかない。今の自分に蟷螂の全力攻撃に耐えられるかは分からないが、このままでは突破されてしまう‥‥
「付き合いますよ。盾位にはなれます」
そう言って笑う旭。礼を言って愛華はその足を踏み出して‥‥
だが、直後、斜め横合いから飛来した120mm砲弾が、蟷螂の力場を打ち据え、その巨体を殴り倒した。
陣内のあちこちで湧き起こるどよめき。彼らが振り返った視線の先に‥‥ 丘を越えて来た増援、後衛戦闘大隊の戦闘車両の姿があった。
「随分とギリギリなタイミングのようじゃが‥‥どうにか間に合ったかの」
「桜さん!」
その車両の上で、SMGと薙刀を構えた桜が、親友を見つけて息を吐いた。その後ろには命と透夜。大隊長が歩兵の展開を指示し、全車両に突撃を命令する。
「これ以上は行かせん! 守ると約束したからな!」
砲を撃ち放ちながら吶喊する車両から飛び降りて、透夜は蟷螂へ向け走り出す。
桜はそれを見て進路を変えると、陣内に入り込んだ敵を討つべく塹壕の脇を駆け抜けた。そして、上から薙刀を突き刺し、振り払い、中にいるキメラの首を斬り飛ばしながら味方の戦線を再編させる。
「範囲攻撃があるって噂だしね‥‥味方を巻き込ませるわけにはいかないでしょ!」
旭は敵の注意を引くべく、敢えて真正面から蟷螂へと突っ込んだ。迎え撃つ蟷螂の羽根が大きく展開して光を放ち‥‥背部の回転機銃のレーザーがそこに乱反射して前方へと乱れ飛ぶ。
『虚闇黒衣』に包まれた旭を幾つもの光条が擦過する。だが、旭はその前進を止めなかった。振るわれる鎌を聖剣で打ち弾き、柔らかそうに見える腹部へ構えた切っ先を突き入れる。
それを見下ろし、鎌を振りかざす蟷螂の顔目掛け、愛華が銃撃を集中させた。わずらわしげに鎌を盾にする蟷螂。その隙に、別角度から突っ込んだ覚羅が正面の旭のフォローに入る。そこへ振り下ろされる鎌。それを龍斬斧で『受け落とした』覚羅は、するりとその身を蟷螂の腹の下へと潜り込ませた。
「あまり侮らないで貰いたいね‥‥見せてあげるよ。鳳凰の羽ばたきを‥‥!」
覚羅は肩越しに振り被った龍斬斧を、目の前の地面に向かって叩き下ろした。十字型に走った衝撃波が蟷螂を打ち叩き‥‥周囲の『随伴歩兵』──獣人たちを打ち払う。
と、その吹き飛んだ獣人の横を駆け抜け、透夜が迅雷で稲妻の如く突進する。その瞬間、塹壕を移動していたセレスタ(蟷螂が出現した時点で、日向の手を引っ掴んで移動を始めていた)は、塹壕から半身ごと銃を出し、構えた。そのまま日向と共に貫通弾で脚を撃つ。覚羅の攻撃でバランスを崩していた敵が、その銃撃で横へと倒れる。
そこへ肉薄した透夜に対して、蟷螂はレーザーを乱射した。光条の中を抜ける透夜。そこに近接戦用の散弾が撃ち放たれ‥‥左腕部を乱打されながらも構わず突入、一本に繋げた槍を右手に踏み込み、レーザー砲を打ち貫く。
そこへさらにセレスタから銃弾が撃ち込まれ、蟷螂が背負った卵状の銃座は爆発した。
バランスを崩す敵。そこへ覚羅と旭が同時に踏み込む。
「鳳君!」
「旭さん!」
覚羅が上から振り下ろした龍斬斧と、旭が下から斬り上げた聖剣とが、蟷螂の首を挟んで切り飛ばす。
高く舞った首が落下へと転じ‥‥地響きと共に倒れた胴体の横に落下した。
●
「勝った‥‥の?」
後退へと転じたキメラの群れが斜面を下りて行くのを見やって。
覚醒を解いた日向は、自らの痛む身体を掻き抱きながら、疲れきったように膝をついた。
兵たちから湧き上がる歓声。包帯だらけの愛華が桜に駆け寄りギュッと抱く。
「こちらは安全でありますから、皆さん落ち着いてひにんしてほしいのであります。‥‥ん? 違う、避難、であります。間違い間違い間違いであります、あわわ」
仮設住宅では、集まった人々を前に美空が天然ボケをかましていた。それを見て有希が笑う。
駅のホームでは、コハルが兵たちと人々と共に、片付けと荷下ろしを手伝っていた。病院では純一が手配した物資を配って回った。広場と駅で出た死傷者の数は、決して少ないものではなかった‥‥
「どうやら‥‥短いようで長かった一日が終わったようですね」
覚羅が微笑と共に、蟷螂の上に座り込んだ旭に手を差し出す。透夜は、湖越しに遠く州都の方を見た。どうやら守りきれたようだ。これ以上、このユタで好きにさせるわけにはいかない‥‥
「おや〜? あれはなんでしょ〜?」
夕焼けに染まり始めた空を見上げていた命が小首を傾げ、セレスタもまたそちらを見上げた。
陽光を受けキラリと輝くその陰は‥‥大陸中央部から飛来してきた小型HWだった。
「単騎でこんな所を‥‥?」
レナが疑問に思う内に、機影はますます大きくなり‥‥
「おい、まさか‥‥」
ジェシーが気づいた時にはもう、尋常ならざる風切り音で、大塩湖湖上の堤に突っ込み、自爆した。
呆然とそれを見やる人々。やってくれたな、とダンが苦虫を噛み締めた。
州都のバグア指揮官、ティム・グレンの手によって、西海岸から続く鉄道は湖上にて分断された。
外界に最も近かったオグデン第1避難民キャンプは、蜘蛛の糸を失い、孤立した。