タイトル:3室 遭難の二人マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/21 08:04

●オープニング本文


 2011年12月。北米、サンフランシスコ。ドローム本社、第1会議室──
 ビル・ストリングスが死んで初めて行われた役員会議── 社の今後を決定するこの重要な会議の末席に、KV企画開発部のモリス・グレーもまた、その名を連ねていた。
 彼は一連の派閥抗争において、エウリコ・ベナビデスという男をその庇護下においていた。エウリコは南米ボリビアにおいてバグアの技術情報を入手する裏取引に関わっていた人物で、社にとってはあまりその存在をおおっぴらにしたくない存在で、実際、先の抗争の折にはその身を狙われ、モリスが手配していた傭兵に助け出されている。
 思いがけずこの強力な『カード』を入手したモリスは、その存在を有効に使って上層部に食い込んだ。今はまだ上司幹部の後ろにくっついての参加であるが‥‥いずれ機会を得れば、その才覚に応じた地位にまで上り詰めることだろう。
「俺は俺の道を行く。このドロームのトップへ至る道だ。たとえ同期の友人であっても、これからは住む世界が違う」
 この会議の前、モリスが言ったその言葉に、第3KV開発室長ヘンリー・キンベルは、そうだろうね、と肩を竦めた。ヘンリーは元々出世にも社内政治にも興味はなかったし、これからのトレンド、宇宙用機体に関するノウハウもなかった。とりあえず今の仕事──F-204『スレイヤー』のバージョンアップを終えたら、戦闘用ではない作業用の──各地の復興に力を発揮する、そんな機械をのんびりと設計するつもりだった。それらの開発には、KVほど予算は必要ない。今後は自然とモリスの助力も必要なくなっていくだろう。
「これからはあの男の都合で振り回されることもなくなるわけだ」
 せいせいする、と肩を竦めるヘンリー。まぁ、無茶を押し付けあってきたのは、お互い様ではあるけれど。

 会議の終了後、ヘンリーは腕時計の時間を気にしながら、本社屋上の駐機場へ続くエレベーターに乗り込んだ。
 これからまたネバダのKV実験場で、201と204に関する技術試験を行う事になっていた。また、傭兵たちから204バージョンアップに関する意見を聴取する事になっており、その時間までにはなんとしてもネバダに帰っておきたかった。
「会議が延びなければもう少し余裕があったんだけど‥‥」
 着替えの入ったアタッシュケースを手に、最後の階段を駆け上がる。
 屋上には、同じく手にアタッシュケースを提げたモリスがいた。隣で話しているのは‥‥整備士だ。たしかグランチェスター開発室の。以前、204の試作機を本社に地上輸送した時、一緒についてきた一人だった記憶がある。現在、あの機体は三座に改装され、前線航空統制機・管制機仕様の実験機として運用されているから、その関係でこちらに残っているのだろう。
「どうかしたのか、モリス?」
「ヘンリーか。いや、これからオタワに出張なんだが、社用ジェット(VTOL)が故障で飛べないらしい」
 そいつは困ったな、とヘンリーはモリスに同情した。ヘンリーが乗る予定の大型ヘリはネバダまで。便乗させる事もできない。今から飛行機のチケットが果たして取れるだろうか。
「あの‥‥なんだったら下の試作機、いや、実験機でお送りしましょうか? あれ、元々、運用実験の為にオタワに送る事になってるんで」
 整備士がポンと手を打って、モリスにそう提案した。整備士は能力者ではないが、操縦のライセンスは持っているという。戦闘はできないが飛ばすだけなら問題はない。
 モリスは時計に目を落とすと、少し迷ってから頷いた。整備士は気さくに笑うと、手続きの為、関係各所に連絡を入れ始めた。
「じゃあ、ついでだし、僕もネバダまで乗せていってもらおうかな? 席は3つあるんだし」
「ふ、二人‥‥しかも寄り道ですか‥‥」
 ヘンリーの言葉に、整備士はひきつった笑みを浮かべた。


 ネバダ州、ドローム社KV実験場──
 SES-200エンジンの主設計者、ルーシー・グランチェスターは、その日、緊張につつまれていた。
 その理由は、エンジンの新型実験が行われるからでも、社のお偉いさんが視察に来るからでもなかった。
 ヘンリーが本社から帰ってくる── それが彼女の緊張の原因だった。
「どうやら、僕は君のことが好きみたいだ」
 衆目の中で唐突に行われたヘンリーの告白に、ルーシーは「ごめんなさい」と言って逃げ出した。翌日、顔を合わせるに際して、どのような顔をすればよいか分からずに。努めて普段と変わらぬよう、ビジネスライクに仕事の話を進めてみたが、当のヘンリーから何事もなかったかのように普通に接してきたので、ルーシーも態度を変えるタイミングを失った。
 おそらく、ヘンリーにとっては、それが長らく接してきた当たり前の空気感だったのだろう。だが、当のルーシーは──彼女自身にも意外な事に──動揺を禁じえなかった。
「いまさら‥‥そんな事を言われても‥‥」
 デスクに突っ伏し、嘆息するルーシー。40を過ぎたこの歳になって、まさか色恋沙汰で困惑させられる事になろうとは。
 と、そこへ突然、部下の一人が慌てた様子で飛び込んできて、ルーシーはバッと背筋を伸ばした。部下はルーシーの様子に気づかなかった。ただ、急ぎこう伝えた。
「こちらへ向かっていた204の管制実験機がシエラネバダの山中に墜落しました! 機にはうちのディの他、企画部のモリス氏と‥‥3室のヘンリー室長が乗ってました!」
 ルーシーは顔面を蒼白にすると、部下には構わず管制塔へと走り出した。そこには既に、ルーシーの研究室の副室長を始め、関係者が集まり始めていた。
「『HWの編隊を確認した。これより退避行動に移る』‥‥それがディからの最後の通信でした」
 冷静に語る副室長をよそに、ルーシーは自らセンサーと通信の記録に目を落とした。‥‥高度を下げる204。センサーにHWの陰はない。やがて後席二つの射出座席が飛び出し‥‥慌てて機首を巡らせた機影が右往左往し、やがて、パイロットの射出座席が機から打ち出される。
「その後、乗り手を失った機は山中に墜落しました。現在、救助隊を編成中です」
 落ち着いた様子で語る副室長を睨みつけるルーシー。それではダメだ。それでは間に合わない。それではヘンリーは助からない。
「‥‥いえ、輸送用のクスノペがありましたね。それを差し向けて下さい。それと、集まっている能力者に要請を。彼等に救助を担当して貰います」

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
刃金 仁(ga3052
55歳・♂・ST
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD
アクセル・ランパード(gc0052
18歳・♂・HD

●リプレイ本文

「F−204は墜落。しかも、通信では『HWの編隊に遭遇』ときたか」
 須佐 武流(ga1461)はそう皮肉気に苦笑しつつ、救出用に用意されたクノスペへと飛び乗った。
 輸送庫に備え付けたベンチシートにその身を固定する能力者たち。急ぎ燃料だけを補給したクノスペが慌しく実験場を後にする。
「ルーシーさん、動揺してたなぁ‥‥」
 ブースト噴射にカタカタと揺れる輸送庫の音を聞きながら、クリア・サーレク(ga4864)はそう呟いた。無理もないです、と応じるアクセル・ランパード(gc0052)。遭難したのは彼女の部下と、大学時代からの友人だ。
「それにしても、あの二人‥‥何かに取り憑かれてでもいるんでしょうかね?」
「まぁ、ヘンリーは平常運転として(をい)。今回のメインはモリスっち? やれやれ、家族もいるってのに、心配かけるなんてダメなパパよね」
 冗談めかしてアクセルが言うと、阿野次 のもじ(ga5480)が肩を竦めた。赤崎羽矢子(gb2140)もまた「『取り憑いた』相手は誰だと思う?」とアクセルの話に乗っかった。
「ビル・ストリングス‥‥は冗談として。ディさん、というのはどうですか?」
 羽矢子は驚かなかった。彼女も同じ事を考えていたからだ。
「‥‥脱出時の状況とか、レーダーに映っていないHWとか、あたしも状況的にはディっていう整備士が怪しいと思う。でも、血相変えて私たちに救出を依頼してきたのも、その整備士が所属する開発室の室長なんだよね‥‥」
 羽矢子はうーん、と頭を掻いた。ルーシーの様子を見る限りどうも彼女はシロっぽい。だが、それもヘンリーが予想外に巻き込まれたから‥‥という可能性もある。
「ふむ‥‥どうやら色々と面倒なことになっておる気がするな」
 『おやっさん』、刃金 仁(ga3052)が、腕を組みながらそう唸る。守原有希(ga8582)は絶句した。長年こびりついた汚泥というものはそう簡単に落とせるものではないらしい‥‥
 クリアはちらと、傍らの親友──AU−KVに向き合ったまま何の反応も示さないヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)に気遣わしげに視線をやった。
「ルーシーさんは暖かい紅茶でも入れて待っていてください。すぐ3人を連れて帰りますから」
 ルーシーには精一杯の笑顔でそう言ったものの、実際、ヴェロニクにそんな余裕などあろうはずもなかった。動揺が抑えられない。早く覚醒して、AU−KVを纏って、鉄の鎧の下に自分の弱い心を押し込めてしまいたくなる‥‥
「全員生かして我が家に帰す。その為に我輩らが行くんだからな。なに、なんとでも助けられるわい」
 そんなヴェロニクに、仁がふてくされたような態度を見せながら、気遣いの言葉をかけた。
 アクセルは頷いた。なんにせよ、一刻も早く全員を救い出し、保護しないといけない。
「じゃ、とりあえずは、ミッション名:『危険な生存戦略。そうなんしただいのおとなを救え!』を達成するっていうことで」
 のもじが拳を握り締めて立ち上がり‥‥シートベルトに引っ張られて座席へと引き戻された。


 墜落地点上空──
 ホバリングへと移行したクノスペのハッチを開けて、能力者たちは下の様子を確認した。
 眼下は木が生い茂り、着陸できそうな地点はない。木々の狭間に隠れるように、墜落機の痕跡が地面に刻まれている。
「‥‥機体痕が東から西へと滑っているな。『HW』が東から来たのなら、搭乗者は西に向かったと考えるのが正しいが‥‥」
「でも、HWに襲われたって感じじゃないわよねー」
 ハッチからひょっこり顔を出して呟く武流とのもじ。この辺りがディが脱出したポイントらしい。ヘンリーとモリスの脱出地点はまた少し離れた所になる。
「‥‥二手に分かれる?」
 ヴェロニクをチラと見やってのもじが言った。ヘンリーとモリスの座席からは救助用シグナルは出ていないらしい。壊れたのか、或いは切ったのか。いずれにせよ、普通の状態ではない。
 ハッチからワイヤーロープが垂らされ、降下装置を着けた能力者たちが次々と下へと降りていった。まずはアクセル、続けて羽矢子と武流。最後に、有希がロープを手にハッチの端へと脚をかけながら、婚約者のクリアに声をかける。
「この時期、空腹の熊が起きています。注意を‥‥」
 頷くクリアに見送られ、ロープを滑り降りていく有希。クノスペはロープを回収すると、北西方向へと離脱する。
 有希が改めて見回すと、羽矢子は既に墜ちた機体に取り付いていた。武流は離れた場所に落ちた座席に向かい、アクセルは周辺部の木々を調べて、なにか移動の痕跡が残されていないか調べ始めていた。
(外したパラシュートは放置。座席からサバイバルパックは抜かれている‥‥ 急ぎここから離れたか)
 状況からそう判断した武流はそれを無線で伝えると、周囲で一番背の高そうな木の上へと登った。枝から枝へと跳び掴み、鉄棒の要領で上へと上がっていく。
 有希は機体まで歩いていくと、垂直尾翼の根元に取りついた羽矢子を横から覗き込んだ。振り返った羽矢子は無言で赤く塗装された機器を指差した。ブラックボックス──名と異なる色をしたそれは、航路記録のFDRと音声記録のCVRからなる。機内の通話や各種計器の数値などもこれに保存されている。
「このブラックボックスにもデータの自壊機能などが仕掛けられてる可能性もありますが‥‥」
 有希が懸念を示すと羽矢子は首を横に振った。放っといても破壊されたり、握りつぶされたりするだけだ。それだったら自分たちの手で確保しておいた方がいい。
 有希は意を決すると、根元から機器を引っこ抜いた。顔を上げると、羽矢子は木の上に上った武流の方を見やっていた。
「どうかしましたか?」
「ん? いや、あのディってのが、状況を確認する為、高所に上った可能性を考えててね」
「‥‥そう言えば、なんで機を捨てたんでしょう。一番の高所は上空なのに」
 羽矢子と有希は無言で顔を見合わせた。機体には戦闘の痕跡はなかった。機を捨てる理由などない。
 その時、アクセルが羽矢子と有希の二人を呼んだ。そちらへ向かうと、膝や肘を泥だらけにしたアクセルが満足そうに立っていた。ディさんはどうやらこっちへ行かれたようですね、と、地面の一角から下生えの茂みにかけた範囲を指差した。その先には小さな赤い木の実がポロポロと転がり、茂みの枝々がいくらか折れてぶら下がっている。
「足跡が分かりにくい場所ですが、ディさんも素人。草木を踏んだり、木々の枝を落としながら移動していると思いまして」
 衣服に引っかかって枝が折れたりもするだろう。アクセルはそれを予測し、見事、その痕跡を見つけ出したのだ。
 ディの移動痕は北西──ヘンリーとモリスが脱出した方向へ伸びていた。
「どうします? この痕跡を追いますか? 予定では、このまま南から東へかけて捜索することになっていますが」
 だが、その決断を3人がする事はなかった。木の上から周囲を警戒していた武流から連絡が入ってきたからだ。
 武装した40人ほどの集団が東側からこちらへ接近している──武流はそう報せていた。


 ヘンリーとモリスの脱出地点上空に到達した時、ヴェロニクは降下装置も着けずにワイヤーロープを引っ掴んだ。
 AU−KVのグローブ越し、握力のみで滑り降りる。手を焼きながら降着したヴェロニクは、周囲に向かってヘンリーの名を叫んだ。無人の座席、空しく響く木霊の声── ヴェロニクは空の座席に飛びつくと、サバイバルパックが抜かれている事を確認した。よかった。まだ生きてる。そう思いながら再び周囲に呼びかける。
「ばるたん、無茶しないで!」
 降りてきたクリアがヴェロニクに駆け寄り、仁がバサリと地図を広げる。仁は周囲の地形を確認し、自分たちの降下地点に丸を記した。西には川──川岸には無人の管理小屋があるらしい。東側には狩人用の小さな山荘。北側には自然の洞窟が幾つかありそうだ。老骨には厳しい寒さ──凌げる場所はそれ位か。ヘンリーとモリスも同様だろう‥‥
 周辺を捜索したクリアは、地面に光る何かに気づいた。それは鈍色に光る一発の空薬莢だった。ゴクリと唾を飲んだクリアが、続けて地上の木の葉に垂れた赤い斑点に絶句する。血の跡は西へ続いていた。顔面を蒼白にしたヴェロニクが慌てて血の跡を追う。
「私がばるたんをフォローするから! 仁さんたちは急がず探索を!」
 ヴェロニクを追って走り出すクリア。仁は頷くと慎重に周囲へ視線を配りながら、『人の手が入った』違和感を探して歩みだした。
 のもじがその後につき、大きな声で『ゴッドノモディソング』──のもじの、のもじによる、のもじの為の敵味方識別歌を歌い上げ、隠れているであろうヘンリーとモリスに救出が──いや、味方が来た事を報せる‥‥
 血痕は途中で唐突に途切れた。返事もなく、痕跡もなく。ヴェロニクとクリアは先へと進む。
 川岸にもだれもいなかった。追いついたのもじは管理小屋に向かい、罠などに気をつけながら、慎重に小屋の扉を開け中へと入った。
「誰かが来た跡はあったわ。でも、がっつり休憩した痕跡は皆無だった」
 川辺で腹ばいになって足跡を探したのもじが、結果を能力者たちに言う。苛立つヴェロニクに仁は落ち着け、と一匹のウサギの死骸を差し出して見せた。
「これは‥‥」
「血痕が途切れていた辺りの茂みに放られておった。血は殆ど残っていない。弾痕と思しき小さな穴が開いておる」
 仁の言葉に、クリアはハッと顔を上げた。切られたシグナル。落ちていた空薬莢。そこから続く血痕。それが途切れた所に捨てられていた、弾痕のあるウサギの死骸──
「それは、つまり──」
「そう。ヘンリーとモリスは追われている。そして、こいつで誤誘導を図った──」
 西にはいなかった。北の洞窟も選ばぬだろう。有希も熊が出ると言っていた。では──
 急ぎ、東へと駆け出すヴェロニクたち。山荘の近くに彼らが辿り着いた時──
 前方に、一発の乾いた銃声が響き渡った──


(あれは‥‥捜索隊か? ‥‥いや、それならば俺たちに連絡の一つもあっていい。なにもないのはおかし過ぎる‥‥)
 なら、あれはここに落ちた何かを狙ってやって来た可能性が高い。人数から考えれば、その狙いは機体ではなく搭乗者か? 車でやって来たという事は、少なくとも自分たちより大分近場から来たのだろう。
 部隊は開けた空間に車──4台のトラックを停めると、横列を敷きつつ森の中へと入っていった。武流は尾行を継続した。そして、その様子を羽矢子たちに報告し続けた。
「案の定です」
「ドロームの闇は晴れない、か‥‥」
 嘆息する有希と羽矢子。無線の傍受はできなかった。連中、軍用無線機と同等のスクランブルをかけているらしい。
 アクセルがヴェロニクたちにその様子を報告すると、東の山荘に向かっている、と返事が返ってきた。──地図を見る。部隊の位置と山荘との距離は遠くない。
「‥‥最悪、こちらで足止めするしかないか」
 羽矢子は言い、その通りに実行した。相手の進路上に姿を現し、銃を構えた連中の前に武流が威嚇の矢を放つ。
「あなたたちは何者だ?」
 油断なく目を配る有希とアクセルの間に立って、羽矢子がそう問いかける。
「捜索隊だよ、勿論」
 リーダーと思しき男が答えた。嘘だ。タイミングが良すぎる。それにロケット弾を装備した救出隊などいるはずもない。
「そうかもな。だが、お前たちにはそれを証明できない」
 確信などあろうはずもない。だからこうして姿を現すしかなかった。
 相互の沈黙は、だが長くは続かなかった。
 北の方から一発の銃声が鳴り響き‥‥それに呼応するように、激しい銃撃音が鳴り響いたからだった。


 モリスの銃撃により、横列で接近して来た謎の武装集団は地に伏せてその足を止めた。
 だが、それが時間稼ぎにもならない事は分かっていた。部隊は山荘を包囲するように隊列を伸ばし、激しい銃撃で窓枠を制圧しつつ近づいてくる。
「まさかこんな所でお前と死ぬことになるとはなぁ‥‥」
 達観したように呟くヘンリー。モリスは笑う気にもなれなかった。どうやら『敵』はこちらに弾を当てる気はないらしいが、明るい未来が待っているとはこれっぽちも夢想できない。
 変化は唐突に湧き起こった。それまで激しい銃撃をし続けていた敵の一部が、悲鳴と共に沈黙したのだ。
 恐る恐る木の板の隙間から外を見やるモリスとヘンリー。見れば、1体のAU−KVが、敵を端から蹴散らし始めていた。
「邪魔だぁぁっ!」
 ヴェロニクはそう吼えると、AU−KVの人型装輪で武器を構えた男たちを次々と跳ね飛ばした。混乱する男たち。その隙にクリアと仁が山荘の中へと入る。のもじはその扉の前に取り付きつつ、突撃するヴェロニクを支援する為に洋弓を引き放った。男たちの武装に次々と矢が突き刺さり、砕けた武装と共に男たちが倒れ込む。
 仁はヘンリーとモリスに駆け寄ると、盾をかざしながら二人に怪我がないか調べ始めた。──目立つ外傷はなし。寒さに震える二人の喉にコスケンコルヴァを注ぎ込む。
「五体満足、壮健この上なし。ふん、やることが残っておる者は頑丈じゃの」
 仁の言葉にクリアはホッとした。その頃には表の『敵』も殆ど蹴散らされていた。「能力者なんて聞いてねぇぞ!」「割りに合わねぇ。ずらかれ!」‥‥そう言って逃げ散っていく。
「どうせ遭難するなら、男二人じゃなくてばるたんと遭難してくれればよかったのに」
 安心したクリアが軽口を叩く。のもじもまた「往年の動きが取れない中年ズにお砂糖展開」とか言いながら、ヴェロニクに向かってジェスチャーつきでこう叫んだ。
「というわけで、バルたん、ファイト、一発!」
 言われるまでもなく、ヴェロニクはヘンリーに抱きついていた。AU−KV越しなので、のもじが求めるほど甘い展開ではなかったが。
「クノスペを呼んであります。着陸は出来ないので、このまま私が吊り上げます」
 感極まりながら、冷静さを保とうとするヴェロニク。ヘンリーはただ、ありがとう、と微笑んだ。


 男たちはその後も山荘を包囲し続けたが、南から有希たちが合流すると完全にその戦意をなくした。
 ヴェロニクに抱えられヘンリーが、のもじとクリアに挟まれてモリスが機上の人となっていく。他の能力者は地上で相手を牽制しながら、後に続いて機へと上った。それを男たちが悪態と共に見送る。
「‥‥結局、ディさんは見つかりませんでしたね」
 アクセルが地上を見下ろし、呟く。結局、その行動に多くの謎を残したまま、ディは森に姿を消した。

「地上に降りてHWをやりすごします。いざとなったら走って機から離れて下さい」
 ボイスレコーダーには、そう語るディの声が残されていた。二人の脱出はそれから暫くして。モリスの操作により行われた。
 その事に関して、モリスは何も言わなかった。
 一連の状況は、謎のまま残された。