タイトル:【QA】聖夜に落ちた流星マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/11 01:03

●オープニング本文


 その日、『宇宙要塞』カンパネラを拠点とするUPC宇宙軍所属の巡洋艦『ソード・オブ・ミカエル』は、その日、新たに進宙した2隻の僚艦と共に、慣熟訓練を兼ねた戦闘哨戒任務に出航した。
 UPC宇宙軍は、ようやく宇宙の片隅に確保した人類側の領域を維持する為に、カンパネラや封鎖衛星網が存在する高度よりも高い宙域に、多数の監視ステーションを設置し始めていた。これは小型の宇宙輸送船──リギルケンタウルス級のような大きなものではなく、KV8機程度を積載可能な高速輸送船──のコンテナを居住ブロックと観測デッキに換装し、即席の観測用宇宙ステーションとしたもので、その作りこそ簡素ではあるが、高度な電子機器を長時間使えないバグアジャミング下では、宇宙のバグアの動向を目視にて警戒・確認する為のこのステーション群は極めて重要な価値を持っている。
 ソードオブミカエルを含む3隻の宇宙巡洋艦が今回、与えられた任務は、この監視ステーション群が展開された宙域を巡りつつ、いざ敵発見の報を受けた際にはただちに現場に急行し、必要な戦力を投入、敵を撃退する──というものだった。

「エクスカリバー級巡洋艦『ハルパー』、艦長は北中央軍出身のジョージ・テイラー少佐。同じく、エクスカリバー巡洋艦『カドゥケウス』、艦長は南中央軍出身のカルロス・ロメオ中佐‥‥ これから共に艦列を組むことになるご同輩、か。どのような操艦をするのか、早いとこ癖なりなんなりを把握しておきたいところだな」
 巡洋艦『ソードオブミカエル』艦橋の艦長席から、窓越しに僚艦を見やりながら。
 艦長のロディ・マリガン中佐は、まるでじくじくと痛む虫歯を奥歯に抱えたかのような表情で呟いた。
 カンパネラ周辺の戦火が遠のいた事もあり、カンパネラにおけるUPC宇宙軍の編成も本格的に始まっていた。『ソードオブミカエル』の所属も既に内定していた。このまま何も問題がなければ、旗艦となるヴァルキリー級弐番艦『ヴァルトラウテ』の打ち上げを待ち、僚艦『ハルパー』、『カドゥケウス』と共に『UPC宇宙軍中央艦隊』の一翼を担うことになる。
「テイラー少佐とその幕僚たちは頭脳派が多い印象でした。シミュレーションでも、統計に基づいた確率や数字で判断する傾向が強かったように思います。逆に、ロメオ中佐はマニュアル通りの戦闘はあまり好きではないようですね」
 艦長席の横に佇む副長のアーク・オーデン少佐が艦長に告げる。
 ああ、そうか。とロディは首肯した。副長と彼らは他のクルーたちと同じく、オタワの仮設航空宇宙局において宇宙戦闘の正規の訓練を受けている。
「つまり、速成訓練で艦長になった『もやし』は、私だけだというわけだ」
「艦長‥‥」
「いや、気にしなくていい。砲雷長にも言われたよ。『あなたは艦の運用の為に急遽、配属された艦長に過ぎません。こと宇宙での戦闘に関しては口を出して欲しくはありませんな』ってね」
 ロディが肩を竦めながら砲雷長の口真似で言うと、こちらを振り返ってニヤニヤとしていたオペレーターの少年士官ルイ・バロー──船務士と通信士と航宙管制士を兼ねる──がプッと吹き出す。ロディはそれを睨みつけて仕事へと戻らせると、咳払いを一つした。
「艦長! 監視ステーション201号より入電です! 敵らしきものを見ゆ。数、1ないし複数。黄道牡牛座方面より接近しつつあり。至急、戦力の派遣を望む。‥‥以上です」
 もう一人のオペレーター、CIC(戦闘指揮所)で生真面目にコンソールに向かい続けていた少女、コニー・ハートが声を裏返しながら報告する。
 なんて杜撰な報告内容だ、とロディは舌打ちした。ひっ、と怯える少女を「いや、君のせいじゃないから」と宥めながら、全艦に戦闘準備を通達する。
 推進剤を噴いて加速する3隻の巡洋艦。そこから戦場へ先行すべく、軍のS-02部隊が発進、飛び出していく。
 光の尾を曳いて先を行くKVたちを見送りながら、ロディは何か嫌な予感に捉われた。とてつもなく嫌な予感。だが、それが何か分からぬ内に、副長に促されてCICへと移動する。
 CICへ下りたロディを待っていたのは、先行したKV隊から送られてくる阿鼻叫喚の通信だった。混乱し、悪態を吐くパイロットたちの声── それが唐突とも言えるタイミングで次々と途切れていく。
 瞬間、静寂がCICを包み── 「全滅‥‥」というコニーの呟きが小さく、重々しく響く。
「12機のS-02が全滅‥‥? 出撃から3分経たずにか!?」
 思わず叫ぶロディ。艦橋から移動してきたルイがコンソールに取り付き、冷静に監視ステーション201号との通信を再び接続する。
「監視ステーション、こちら哨戒艦隊。何が起こったのか報告を」
「こっ、こちら201号。あ、え、KV隊は全滅‥‥て、敵の数は‥‥1」
「たった1機の敵に!?」
 叫ぶロディ。それはもういいから、と無視してルイがさらに報告を促す。
「そうだ。敵はたった1機‥‥ あれは‥‥あれは、ユダだ!」
「ユダだと!?」
 騒然とするCIC。こんな戦略的価値もない辺境の最前線に人類最凶の敵が現れるなんて、いったい誰が予測し得るというのか。
「救助艇、発進。それと残余のKVを全て出せ! バロー、本部に連絡、こちらの状況を報せろ!」
 ロディは直ちに傭兵機に発進を指示しつつ、カンパネラに報告するよう命じた。コニーが艦内に警報を発し、ルイが本部へチャンネルを開く。
 死神に心臓を掴まれたような気分になりながら‥‥ロディはそれでも、冷静に思考しようと努力した。あのユダを相手にどうすれば生き残れる‥‥奴が本気になれば、巡洋艦3隻などただ鈍重な獲物に過ぎない。せめて1艦でも、1人でも多く生残させ、一片でも多くの情報を本部に持ち帰らないと‥‥
 だが、肝心のユダはステーションや艦隊には目もくれず、ただ悠々と宙域を通り過ぎていく。まさに歯牙にもかけない、といった風情であった。
「ユダ、大気圏突入!」
「単騎でか!? どこに降りる!」
「不明! 連中には慣性制御があるから、コースで算出なんてできません!」
 金切り声を上げるコニーとロディ。開けっ放しになっていたチャンネルから、再び201号の悲鳴が響く。
「こちら、201号! 敵宇宙用大型キメラ、多数接近中! 見つかったようだ。助けてくれ!」
「なんだと!?」
 いまだ艦隊と201号との距離は遠いが、既に3隻の巡洋艦には傭兵たちのKVしか残されていない。だが、201号を見つけた敵は、ほどなくこちらも見付けるだろう。数少ない戦力を、こちらは更に二つに分けねばならなくなるだろう。
「いかがしますか?」
 アーク副長が小声でロディの耳元に囁く。
 ロディはギリ、と奥歯を噛み締めた。

●参加者一覧

赤村 咲(ga1042
30歳・♂・JG
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
流 星之丞(ga1928
17歳・♂・GP
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
櫻小路・なでしこ(ga3607
18歳・♀・SN
威龍(ga3859
24歳・♂・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
篝火・晶(gb4973
22歳・♀・EP

●リプレイ本文

 各巡洋艦の艦内に緊急発進の警報が鳴り響き── 予備戦力として待機していた傭兵たちは、慌しく待機所を飛び出した。
 この時点ではまだ、彼らに詳細な状況は伝えられてはいなかった。たが、尋常ならざる事態が発生したことは彼らにもなんとなく分かっていた。
「まったく‥‥聖夜に酷いプレゼントじゃな」
「わぅ。クーリングオフは出来ないのかな?」
 廊下を泳ぐように移動しながら、パイロットスーツに身を包んだ綾嶺・桜(ga3143)と響 愛華(ga4681)が言葉を交わす。ユダが現れた事や12機が全滅したことなどは、コクピットでの出撃準備中に伝えられた。
「このタイミングでユダ‥‥いったい何をしかけるつもりだ?」
「ですが、今は目の前のことに集中しなくては」
 月影・透夜(ga1806)のディアブロ、流 星之丞(ga1928)のスフィーダが相次いで艦から発進する。編隊を組む間もなく、三々五々、といった態で慌しく前進する8機のKV。彼らは巡航速度で前進を続けながら、丁度中央に位置していた篝火・晶(gb4973)のピュアホワイトを中心に相互の位置座標を設定した。
「CICとのデータリンクを確認。共有情報を表示します」
 晶から通信が入り、全機のセンサーモニターに味方の位置情報が投影される。
 能力者たちは息を呑んだ。モニターに表示されたのは、破壊され漂流する12機の脱出ブロックが一面に広がって点在する様だった。
「‥‥宇宙で溺れる、これ程の恐怖はない‥‥ 救助艇が来るまでの辛抱だ。その為の時間は、俺たちが稼ぐ」
 ステーション201号を越え、遠く漂う脱出ポッドを横目に見やりながら、赤村 咲(ga1042)がそう呟く。自分たちで回収する余裕はなかった。既に新手はすぐ側まで迫っている。
「重力波感知。敵機群を捕捉。仰角20、10時、12時、2時方向より接近中。接触まで3分。敵戦力はそれぞれ大型キメラ級1、中型キメラ級2。その後方に小型HWらしき反応2」
 晶の声と共にセンサーモニタの縮尺が変わり、新たに上半分に11個の光点が示される。それを見た櫻小路・なでしこ(ga3607)は、ポムと小さく手を打った。3方から迫る敵をただの1機も逃さず防ぎ切るには、こちらも戦力を3つに分けて当たるしかない。状況が許せば各個撃破も出来たかもしれないが、その場合、最低1隊には後ろに抜かれてしまうだろう。
「というわけで、左翼には咲さんと威龍さんと愛華さん。右翼には星之丞さんと桜さんとわたくしで。中央にはピュアホワイトの晶さんが残って情報支援を。透夜さんが護衛に当たる、という形でどうでしょう?」
 なでしこの提案は、広い空間に点在した能力者たちが最も効率よく展開できる形であった。
「了解した。では、赤村、響、左を叩くぞ。‥‥傭兵家業とは言え、後方との信頼関係は大事だしな。無様な真似をして信頼を損なうような真似は避けんとな」
 ハヤテを駆る威龍(ga3859)が、同じハヤテの咲と共にその『翼を翻す』。
 愛華はその後を追いながら、友人の桜と互いの無事と健闘を祈りつつ、改めて気合を入れ直した。
「あのユダが何の為に地球に降下していったのかは分からないけど‥‥ とにかく、今はあの人たちを助けなきゃ! 絶対に、死なせはしないんだよ‥‥!」


 1分後。3方から迫る敵に対して、3隊に分かれた能力者たちはそれぞれ正面から接触した。
 敵はそれぞれ、中型の蠍キメラ2匹と大型の烏賊キメラ1匹で構成されていた。そして、その後方には2機の小型HW。そのHWと前線との距離は、戦闘に参加するには少し遠すぎるように思えた。
「なにを考えているのか分からんが‥‥まずは前衛のキメラを潰す。抜かれると厄介だ。潰し易い中型の蠍から片付けていくぞ」
 咲は前方に展開する蠍の1匹に目標を据えると、アクセラレータを使用して一気に突っ込んだ。
 それに呼応し、もう1匹の蠍へ突っ込む威龍。2匹の蠍がその鋏を振りかざして迎撃の為に前進を開始し、2匹の間に位置していた烏賊がその『触手』の先端から幾本もの怪光線を咲機と威龍機へ撃ち放つ。それをヒラリとかわしながら、威龍は迫る蠍を見据えつつ、擬似慣性制御で機体を横へと跳ねさせた。
「貴様(蠍)と戦うのも二度目か。わざわざ得意な近接攻撃に応じてやる必要はないな!」
 威龍は迫る蠍から距離を取りつつ、G放電装置で蠍を打った。稲光に包まれた蠍が硬直し、直後、弾かれた様に慣性制御で威龍機の後を追う。威龍はスラスターを噴かせて再び距離を取りながら、その進路上にミサイルをばら撒きつつ突撃砲で迎え撃った。蠍は両の鋏を交差させて爆炎と着弾を受け凌ぎつつ、その尻尾を大きく逸らせて威龍機にレーザーを浴びせかける。
 一方、咲は烏賊からの砲撃をロールを打ってかわすと、その弾幕の中、正面の烏賊に突撃砲の照準を重ね合わせた。
 続けてミサイルのロックオンが完了し、引き金を引き絞る。だが、その直前、咲は視界の隅を煌く光条を見やって、慌てて機を横へと飛ばした。一瞬前まで咲機がいた空間を、怪光線が鋭く切り裂き、抜ける。咲は回避運動を続けながら、発射点──後方に控える小型HWへ視線をやった。
「ポジトロン砲‥‥狙撃支援機か!?」
 叫ぶ咲の機体を烏賊の弾幕と蠍の突進が追い縋る。HWの狙撃は威龍機にも放たれた。砲撃に脚を止められた威龍機に、鋏を振りかざした蠍が迫る。
「クッ‥‥あれは厄介だぞ。どうする、先にアレを叩き潰すか!?」
「しかし、あれにかかずらっては、キメラに後ろへ抜かれてしまう」
 回避運動のGに振り回されながら、言葉を搾り出す威龍と咲。
 と、HWから放たれる攻撃が一瞬止んで、威龍と咲は態勢を立て直した。遅れて戦場に到着した愛華のパピルサグが、後方のHWに向けて攻撃を開始したのだ。
「わぅっ! あの狙撃機は私が抑えるんだよっ! ぐるるるるっ‥‥ぜぇーーーったい、やらせないから!」
 ブーストを焚いた愛華機の赤い巨体が戦場を割るように進み、狙撃砲を撃ち放ちながら再び2発の誘導弾を発射した。長射程のミサイルに追われたHWが移動を開始し、そのすぐ脇を放たれた狙撃砲弾が擦過する。
「これは私からのプレゼントだよっ!」
 炸裂したミサイルの破片に襲われるHWに向け、今度はG放電を放つ愛華。反撃のポジトロン砲が装甲を切り裂き、小爆発が愛華機を震わせた。

 一方、右翼においても、キメラとHWの連携は能力者たちを苦しめていた。
「さあ、お前たちの相手は僕たちです!」
 キメラの突破を防ぐため積極的に前に出た星之丞は、人型へと変形し、手にしたナイトハルバードの刀身を光らせ、それを大きく振りかざして見せた。
 それに反応した蠍型が星之丞機目掛けて突進を開始し、烏賊型も激しい弾幕を加え始める。目的を達した星之丞は再び戦闘機形態へと変形して回避に移り── 直後、後方から放たれたポジトロン砲に狙い撃たれた。コンソールの警告灯が赤く点灯する中、全力で回避行動に入る星之丞。そこへ迫る蠍2匹に、桜のシコンとなでしこのS−02が牽制の攻撃を浴びせかける。
「えぇい、まさか長射程の狙撃機とはのっ!」
「厄介ですね、あれは。先に潰しておく必要があるかもしれません」
 誘導弾をばら撒きながら、敵の前進を阻む桜となでしこ。多数のミサイルの追い縋られた蠍はレーザーでそれを撃ち落しながら、残弾を両の鋏の交差で受けつつ、距離を取るため後退した。助けられた星之丞が二人に礼を言う。言いながら、星之丞は二人に改めてキメラを引きつけておくよう頼んだ。
「まさか‥‥おぬし、あのHWを潰す為に敵中に突っ込む気か?!」
「僕の機体はスフィーダです。この機体の瞬間性能なら、或いは‥‥」
「同感です。私たちの機体構成は長期の戦闘に向いていません。であれば、戦闘力の保持されている内にあの厄介な狙撃機は排除しておくべきです」
 冷静に語るなでしこの言葉に、桜はむむむ、と唸りながらも了承した。
「では、HWは星之丞に任せます。キメラはこちらで受け持ちます」
「行ってくるが良い。後ろは気にせぬでよいぞ。わしらが近づけさせぬ故」
 なでしこと桜の言葉に、星之丞は微笑と共に頷いた。
「メテオブースト、オン! 加速開始! これ以上、狙い撃ちはさせません!」
 奥歯を噛み締め、ブーストとメテオブースト併用の急加速に耐えながら、星之丞機が一筋の流星の如く戦場を駆ける。立ち塞がろうとした蠍たちは、桜となでしこが放った弾幕にその行く手を阻まれた。
 突撃した星之丞機は、放たれる迎撃の砲火を縫う様に掻い潜り、一気に敵前へと肉薄した。そのまま人型形態へと変形し、手にした光刃を振りかざす。
「僕達には、護るべきものがある‥‥その想いを宿し、輝け、ナイトハルバード!」
 振り下ろした一撃は、HWのポジトロン砲を真っ二つに切り裂いた。爆発。だが、その間に後ろへ『跳んで』距離を取ったHWが拡散フェザー砲を撃ち放つ。光弾が星之丞機を打ち、小爆発が機を揺さぶる。星之丞は再び戦闘機形態で吶喊し‥‥止めの変形攻撃を改めて叩きつけた。


「敵、中型2、大型1、依然、V型隊形で接近中。10秒後にK−02の射程に入ります」
 晶の報告に一人、コクピットで頷きながら、透夜は装備したK−02の火器管制をONにした。正面3匹のキメラに照準が重なり‥‥射程に入った瞬間、その照準が赤へと変わる。透夜は静かに操縦桿の引き金を引き──直後、機体各所に装備された小型誘導弾を全弾一斉に発射した。
 放たれた無数の誘導弾が宙を飛び交い、3匹のキメラに襲い掛かる。編隊も、迎撃も、その余りの弾数には意味がなかった。立て続けに直撃を喰らったキメラたちが次々と湧き起こる爆炎の光球に飲み込まれる。
「なんというか‥‥物凄いね」
「あまりマルチロックは好きではないんだが‥‥そうは言ってられない状況だしな」
 湧き起こる爆発に呆気に取られながら呟く晶に、頭を振って答える透夜。だが、次の瞬間、エネルギーの奔流に敵をロストしていた晶機のセンサーが再び反応した。
「前方、高エネルギー反応!」
 その叫びと同時に、爆炎の中から姿を現す砲撃形態の大型キメラ。烏賊の頭──いや、あれは腹か。二つに分かれた身体の間、『砲身』が赤く光を発する。
 透夜は即座に突進を開始した。注意を惹く為、敢えて真正面から敵へと突っ込む。
 回避に転じようとした晶は、だが、直後に舌を打った。敵のプロトンビームがどれだけの射程と威力を誇るのか分からない。だが、今、自分が機を動かせば、後ろの味方に当たる可能性がある‥‥
「クソッタレめ‥‥!」
 兵隊的な悪態を衝きながら、レーザーガトリングを撃ち放つ晶機。その直撃を受けた烏賊は、だが、まったく反応を見せず‥‥ 晶は、冷静な声で、敵に突進する透夜を呼び止めた。
「‥‥もう死んでる」
 赤い光を徐々に消しながら、漂い過ぎて行くキメラの死骸── それを確認した透夜は、やれやれと一つ息を吐いた。
「‥‥殲滅完了。では、俺はこれから他班への増援へ向かう。小型HWが残っているのは左翼班の方か?」
 移動しようとする透夜を、だが、晶は再び呼び止めた。
「透夜は右翼班へ回って下さい。‥‥左翼よりも、右翼が押されています」

「CIC、こちらハングリードッグ! 『紅良狗』にご飯を頂戴!」
 左翼の戦線。小型HWに牽制攻撃を加えていた愛華のパピルサグが、練力を使い果たして一時、戦線から後退を始めた。
 狙撃砲を撃ちつつ距離を取り‥‥敵から離れた所で一気に愛華機が後方へと離脱する。
 愛華が砲火を交えていたHWは、傷つきながらも健在だった。だが、その頃には既に、咲と威龍は蠍をそれぞれ屠った後だった。
「とどめだ!」
 異口同音に口走った威龍と咲が、それぞれ烏賊とHWへ突撃をかける。放たれる迎撃の砲火。それを超伝導AECが弾いて受け凌ぐ。ほぼ同時に人型へと変形した威龍機と咲機は、同じくほぼ同時にその拳を敵へと振り抜いた。ブースターの煌きと共に、加速を威力に上乗せした一撃が烏賊の皮膚を、HWの装甲を穿ち、貫き、引き裂いた。爆発し、或いは撒き散らした体液を凍らせながら、それぞれの敵が宙を果てる。

 一方、真っ先に小型HWを討ち取った右翼側は、逆に3匹のキメラに押されていた。
 HWとの戦いで大きな損傷を負った星之丞機が前衛に立てなくなり、前線での数的優位がキメラ側に移っていたからだ。
「クッ、練力が‥‥ 済まぬ、一時、補給に後退するのじゃ!」
 だが、それまで戦線を支えてきた桜機の後退と共に、辛うじて保たれていたバランスは大きく崩れた。烏賊と蠍は一斉に加速をかけ、一気に前進を開始する。
 僚機の支援に徹していたなでしこ機は、その瞬間、前線にさらされた。突進して来た蠍の鋏に両の腕を掴まれ、振りかざされた尻尾のレーザーを放たれる。擦過するそれを機の首を傾けかわしたなでしこ機は敵の鋏を跳ね飛ばし、素早く掴んだ練槍をアグレッシヴ・ファングと共に突き入れた。体液を噴く蠍をそのまま切り飛ばし‥‥だが、その横を烏賊ともう1匹の蠍が突破する。
「なでしこ! 星之丞!」
「桜さんは補給に戻って下さい、ここは僕が‥‥!」
 叫び、星之丞が前に出る。あと一撃貰えばこの機体は砕けてしまうだろう。だが、ユダに撃墜された皆を救う為にも、ここで負けるわけにはいかないのだ。そう、この勇気の証たるマフラーに賭けて!
 再びメテオブーストを焚いて烏賊へと突進をかける星之丞。桜は奥歯を噛み締めながら‥‥機を、残る蠍へと突進させた。
「見捨てるなぞできるか! CIC! 後でちゃんと回収してくれよ!」
 桜はそう言うと、練力の乏しくなった機を突進させながら、兵装を近接戦用にスイッチした。味方の救助艇は近い。下手に流れ弾が飛んでも厄介だ。
「沈めぃ!」
 最後の練力を振り絞り、振り返った蠍の『背骨』を銀の拳で砕く桜機。そのまま動かなくなった死骸と共に漂いながら戦場を振り返り‥‥
 残る大型が星之丞と駆けつけた透夜機によって3枚に下ろされるのを見て、桜は安心したように息を吐いた。


「ステーション201号。ユダに関するデータは確認できましょうか? 今後の参考になると思うのですが‥‥」
「データは艦に転送した。ただ、12機があっという間に蹴散らされただけだからなぁ‥‥」
 データを収集する間もなかったという事か。母艦へ帰る救助艇を護衛しながら、なでしこはコクピットで眉をひそめた。いや、それでも貴重な情報には違いない。何事も積み重ねだ。
「厄介な奴が減ったと思ったら、またすぐに厄介な奴が増えるの、バグアは」
 愛華機に抱えられた機の中で苦笑する桜。愛華はそれに頷きながら、思案気な顔をした。
 同じ様な思いは透夜や星之丞も抱いていた。何の為にユダが降下したのか。それがどうにも気にかかっていた。

 オタワに下りたユダの情報が開示されたのは、また少し後の事となる。
 宇宙にまで拡大した戦闘は、その激しさを増すばかりであった。