●オープニング本文

「旗艦『ヴァルトラウテ』より入電。宛、巡洋艦『ソード・オブ・ミカエル』艦長、ロディ・マリガン中佐。‥‥暗号コード解読終了。読みます。──これより本艦は僚艦『ハルパー』、『カドゥケウス』と共に敵大型封鎖衛星『ヘラ』に対する攻撃を敢行する。貴艦においては作戦予定通り、敵機動戦力による後方からの襲撃を警戒されたし」
　緊張に声を裏返させながら、オペレーターの少女士官コニーが旗艦からの通信を読み上げる。CIC──戦闘指揮所の艦長席に座ったロディは、苦虫を噛み締めたような表情でそれを聞いていた。
　返事がないのを訝しんだコニーがおずおずと振り返り‥‥　艦長の怖い表情を目の当たりにして涙目で前を振り返る。それに気づいたロディは咳払いを一つして、本人がなるべく優しいと思える声音で返信をするよう命じた。コニーはコクコクと頷きながら、『僚艦の武運と無事の再開を祈る』旨、定例文を送り返した。‥‥少女の震えは止まらなかった。それを見ていた同僚のオペレーター──少年士官のルイ・バローが、コンソールを叩く手を止め、笑いをこらえて身を捩る。
　そんなに怖い顔だろうか──？　と、ロディはそっと手鏡を取り出し、自分の顔を見つめ返した。中年の入り口にさしかかったシャープな印象の制服男──渋い表情を浮かべる見慣れた自分の顔の向こうに、傍らに立つ青年副長アーク・オーデン少佐が映り‥‥　鏡越しに視線を合わせてしまった野郎二人は互いに咳払いを一つすると、あらぬ方を見やって気まずい数瞬をやり過ごす。
「‥‥そんなに不満ですか？　攻略に参加できず、後方に配置されたことが？」
　多少の照れ臭さもあったのだろう。暫くして、アークがそんなことを訊ねてきた。ロディは、そんなことはない、と型通りに答えつつ‥‥アークにだけ聞こえるように小さくそっと溜め息を漏らした。
「‥‥無論、任務の重大性は理解している。ヘラを偵察した部隊が背後から奇襲を受けたことを考えれば、艦隊の後方を警戒するのは当然であるし、実際、敵がこちらに現れれば、その時は『ヘラ』攻略の成否は我々が握っていると言っていい」
　だが、どうしても『おいてきぼりをくらった』感は拭えない。ロディはそうアークにぼやいた。或いは艦隊司令部は、この艦の戦力が僚艦に比べて劣っている、と判断したのだろうか？　艦の能力とか、クルーの練度とか‥‥
　その言葉を聞いた瞬間、前の席に座っていた砲雷長が、ガタリ、とその巨躯に相応しい所作で艦長席を振り返った。コニーがまたビクリと震えた。砲雷長の声はまたバリトンで怖いのだ。
「言っておきますが、艦長。この艦も、乗組員も、どこに出しても恥ずかしくない、最高の『ライトスタッフ』ですぜ」
「‥‥耳がいいんだな、砲雷長」
「つまり、この艦に疑問を抱かれたとすれば、艦長。他に理由があるんじゃないですかね、艦長」
　艦長、を強調して繰り返す砲雷長。「もし、この艦が能力を疑われて後方に回されたのだとしたら、それは宇宙戦闘に明るくない素人が艦長だからだ」──言外にそう言っているのだ。
「そこまでにしてください。砲雷長」
　ロディが嫌味の一つでも言い返そうと口を開いた時、アークがぴしゃりと二人を止めた。その言葉に、（一部は面白そうに）やりとりを見ていたクルーたちがカタカタと自分の仕事へ戻る。
「他に劣ると判断した艦を、司令部はこんな重要な戦域に置いたりはしません。この艦が単艦の任務を与えられたのは、おそらく、この艦の砲塔配置によるものです」
　この『ソード・オブ・ミカエル』は初期設計を元に建造された艦であり、そのため主砲塔の配置が他の同型艦と異なっている。即ち、一般的なエクスカリバー級巡洋艦が主砲塔を前方に集中配置しているのに対して、この艦のそれは前方4基、後方4基と艦の上下面に背負い式で配されているのだ。このため、他のエクスカリバー級が前方に敵を置いた時に最大火力を発揮できるのに対して、この艦は側方に敵を置いた時にその火力が最大になる。
「つまり、他の艦とは運用方法が異なる──ぶっちゃけて言えば、艦隊として使うにはこの艦は使いづらいんです。一隻だけ後方に残すとしたら、この艦以外ありえない。能力や練度は関係ありません」
　わかりましたか？　と、艦長と砲雷長に目で訊ねる副長。はぁ、と言葉をなくした砲雷長に仕事に戻るよう命じるその声を聞きながら、コニーはホォ、と息を吐いた。──さすがは副長。見事にこの場を纏め上げた。優秀だし、優しいし、格好いいし、怒鳴らないし‥‥　ああ、副長が艦長だったらよかったのに‥‥
　夢見る乙女へと変わったコニーに呆れたような視線を投げながら‥‥　ルイは、鋭い警報音を発したセンサーモニターに瞬間的に向き直った。
　センサーにブーストをかけ、反応のあった宙域を中心に再度、索敵を実施する。‥‥いた。これまでに見たワームなどではない、大きな反応が二つ、こちらへと急行している。
「センサーに感！　バグア艦と思しき反応‥‥恐らくはクルーザー（巡洋艦）級、２つ、本艦に接近しつつあり！」
　ルイの報告に、ロディは即座に反応した。
「副長、全艦戦闘準備。砲雷長、対艦・対宙戦闘。Ｇ光線ブラスター砲およびG5弾頭ミサイルをいつでも撃てるようにしておけ。コニー、旗艦『ヴァルトラウテ』および待機中の巡洋艦『メギドフレイム』に連絡。──我、敵ト遭遇セリ。巡洋艦2、予測どおり本艦正面より接近中。これより遅滞戦闘を開始する──以上だ」
「敵艦より多数の小型宇宙艇──HWおよび大型キメラ多数発進！」
「コニー。本艦後方のアスクレピオス救護船団に直接、警報を出せ。ルイ。母艦として展開中の小型輸送船群にKVを発進させろ。本艦を最終防衛ラインとし、敵を迎撃させるんだ」
　ロディは矢継ぎ早に命令を発すると、戦闘に際して艦内に檄を飛ばした。
「達する。こちら艦長。‥‥我が艦はこれより戦闘に突入する。敵はこちらに倍する2艦なれど、諸君も承知の通り、僚艦『メギドフレイム』がその敵の後方を扼すべく移動中である。我々はそれまでこの戦線を持久し、敵の突破を防がねばならぬ。我らの敗北は即ち、敵に本隊の後方を衝かせる結果となり、『ヘラ』攻略の趨勢に直接帰結する。我々に敗北は許されない。故に私は命じる。諸君らの義務を遂行せよ」
　訓示の間にも、後方の母船から発したKVたちが、何機、何十機と、流星の如き推進炎を曳きながらソードオブミカエルの前に出て行く。
「敵ワームをいくらか敵巡洋艦に引きつける。VLS、G5弾頭2発、発射準備。目標、敵先頭艦」
「敵別働隊、アスクレピオス船団方面へ移動中！」
「まだ後方にいる戦力を幾らか回してそちらに当たらせろ。こちらにも‥‥まだ来るぞ」
　汗を一筋垂らしながら、口の端に笑みを浮かべるロディ。CICが映す正面モニターには、敵ワームとキメラが発する赤い光が大量に明滅し、輝いていた。

●参加者一覧

●リプレイ本文

「ほわ、宇宙かぁ‥‥」
　外部ハッチを出た瞬間、押し包むような無限の闇に包まれて。クラウディア・マリウス（ga6559）は思わず足を止め、感慨深く息を吐いた。
　星空への憧れを持ってはいたが、まさか本当に自分が宇宙に出ることがあるなんて。嬉しくもあり‥‥怖くもある。実際に来てみれば、宇宙はただひたすらに底の見えない闇の世界で──　そして、そんな世界の只中で、圧倒的な存在感で蒼く、美しく輝く地球──　だけど今、その上には、無数の不吉な赤い光とKVの噴進炎が星の様に瞬き、輝いている‥‥
「G5弾頭、VLS1番、2番、それぞれ天頂、天底方向へ戦場を迂回するようコースを設定。終末誘導は適当でいい。完了次第、発射せよ」
　蒼く光る地球に照らされ、宇宙を進むSoM（ソード・オブ・ミカエル）──そこから2発の大型ミサイルが打ち出され、敵巡洋艦へと飛翔していく。その発射を待って待機していた最終班──最終防衛線を形成するKV隊には、改めて発進許可が出た。
「そろそろ宇宙機も欲しいところなんじゃが、のぉ‥‥　サクラ、シコン。出撃するのじゃ！」
　クラウディアと同班の綾嶺・桜（ga3143）が艦から機を発進させる。響 愛華（ga4681）は、愛機パピルサグII『紅良狗参式・改』のコクピットで発進の順番を待ちながら、モニタ越しに映る彼我の光点の数に唾を呑んだ。──宇宙戦はこれが3回目だが、ここまで大規模な戦闘は初めてだ。パイロットスーツの上から胸元に手を当て、お守りの存在を確認する。と、そこへ出撃を告げてくる飛行長。愛華はスッと息を吸い‥‥冗談交じりに声を返した。
「わぅ！　これが終わったら宇宙食大盛りで貰うからね！」
　移動するSoMから離れた愛華と桜の機体は、そのまま慣性に従って艦の横へと展開。同じライン上に最終防衛線を形成する。
　クラウディアもまた同様にピュアホワイトを発進させ、艦の直上に機位を占めた。
「じゃあ、『ピュアちゃん』、よろしくね」
　EMS起動、データリンク確認──　ぽんぽん、と機のコンソールを叩くクラウディアに応えるように、センサーモニターに彼我の機影が光点が星の様に表示される。──敵は大きく横に広がりながら、一見、無造作に前進してくるように見えた。対して、味方はその前面に2段構えの防衛線を構築しつつある。
　と、その両者を迂回しつつ、敵巡洋艦へと迫る2発のG5弾頭弾──　敵はそれに対応すべく、前衛から『針鼠』──中型HW（ガンシップ仕様）を中心とした戦力の一部を引き戻した。迎撃の火線が撃ち上げられ、その内の数本がG5弾頭を撃ち貫き──　爆発が巨大な光球となって宙に咲き、それに構わず前進する敵巡洋艦の姿を闇の中に浮かび上がらせる。
　だが、ロディが企図した通り、敵前衛の戦力は迎撃に割いた分だけその数を減らしていた。その敵に対して、Aライン──第1線に配置されたKV隊が迎撃を開始する。
「よかった。暇にはならないようで安心しました。‥‥数が多いのは、ちょっと厄介ですけど」
「友軍が来るまで、なんとしても戦線を支えないといけない、か‥‥　責任重大だな。どこまでやれるか分からないが、最善を尽くさせてもらうぜ」
　Aラインまで進出した宗太郎＝シルエイト（ga4261）と威龍（ga3859）がハヤテを駆って、正規軍のS−02と共に赤い光点へと突進する。どうやら前衛の敵は、狙撃機仕様の小型HWを横列に展開し、その前面に多数のキメラを配置・突撃させているようだった。傭兵たちが自らに課した役割は、正規軍の負担を減らす為、この狙撃機を優先して撃破することだった。その為には軍とキメラが戦う戦場を突破して、戦線の後方で優雅に構える狙撃型の元まで辿り着かねばならない。
「自分たちが花火にならないように気をつけタマヤ。というわけで、射手座なスターダストボ〜イズ、ひゃうぃGo〜！」
　ブーストを焚き、スフィーダ『スター・プラチナ（仮）』を前に出す阿野次　のもじ（ga5480）。それを見た威龍は、マジか、と呆気に取られつつ。それでも、突出するのもじ機を追いつつ、傍らを飛ぶ宗太郎に無線を入れる。
「宗太郎、のもじ機をフォローするぞ」
「了解。んじゃま‥‥さっそく暴れるぜぇ！（覚醒）」
「なにィィィ！？」
　驚く威龍をよそに、のもじと一緒になって突撃する宗太郎。慌ててその後を追った威龍は、まるで糸を張ったように等距離で編隊を維持する2機を見て不安を消した。
　当の宗太郎は、どうやら威龍を驚かせられたことに満足の笑みを浮かべつつ、改めて戦場を見直した。前方の敵は既にモニタ越しに識別できる程に近づいていた。それらは突出したのもじ機を押し包むように迫りつつある。
「ちっ、邪魔くせぇ‥‥　道を開けるぜ、のもじ！　前は任せた！」
　宗太郎はK−02で正面5匹をロックオンすると、シーカーの色が変わった瞬間、一斉にそれを解き放った。250発ずつ、2度にわたって放たれる計500発のマイクロミサイル。光の尾を曳いて宙を乱舞するその軌跡が、次々と敵を捉えて爆発を連鎖させる。
　のもじはその只中に機を突っ込ませた。被弾し、負傷したキメラをよそに、針路上の最低限のキメラを蹴散らし、疾駆する。
　キメラの群れを突破すると、距離を置いて砲を撃つ狙撃機の整然とした横列が目に入った。単騎で飛び出してきたのもじ機に向け、射程内の狙撃機が一斉にポジトロン砲を撃ち放つ。のもじはメテオ・ブーストを焚いてクルリとその火線を避けると、稲妻の様に宙を翔けながら（無駄）手近な1機に肉薄した。
　高速で疾走しながら接近、変形、したのもじ機がナイトハルバードを振り被り、頭上に円を描くような軌跡で袈裟切りに振り下ろす。機の質量を基点に叩きつけられた槍斧は、HWの前面装甲を断ち割って喰い込んだ。そのままラッシュをかけようとするのもじ。だが、その一撃に耐えた敵は、その連撃が始まる前に後方へと離脱した。──人型ののもじ機は即座には追いつけない。そこへ敵の火線が集中し、それを人型のもじ機がメテオな動きで避け泳ぐ。
「もう一押しか？　なら、こいつで‥‥！」
　その後方にいた宗太郎機がアクセラレータを起動しながら彗星ロケットに点火する。その身を圧迫するGに耐えながら距離を詰めた宗太郎は、のもじが一撃した敵へと超高速で追い縋り、変形しつつ練機刀「白桜舞」を展開。一閃した。
「『羅刹・風牙』！　食らいやがれぇ！」
　威力を底上げした光の刃がHWの装甲を大きく切り裂く。残心──破孔から火を吹き、爆発する狙撃機。その爆発光を背景に、宗太郎機とのもじ機がなんか目と目で通じ合う感じでキラリと輝く。
「まだ終わってないぞ！」
　と、そこへ追いついてきた威龍機が、2機の周囲へ展開し始めた狙撃機へ向け、G放電を撃ち放った。煌く電光。距離をつめた威龍機が突撃砲の連射で止めを刺す。
　敵は横列を解き、4機で立法陣を組み始めていた。再び戦闘機形態へと変形したのもじ機と宗太郎機が陣形変換を始めた敵編隊の一つへ突っ込み、撹乱し始めた。

●
「傭兵隊、敵前衛を突破。後列の狙撃機隊に攻撃中。ポイントA−5の敵は崩れつつあります」
「A−2、A−7、A−9で敵が防衛線を突破、浸透しつつあり。Bラインより後詰を出します」
　クラウディアやオペレーターからもたらされる報告は、艦のCICのモニタにも映し出されていた。
「どう思う、副長？」
「妙ですね。接敵後、どうも敵艦の足が鈍くなったように感じます」
　やはりか、とロディは呟いた。戦力比は2：1。敵の方が数で優勢なのだから、一気にこちらを突破しようとしてもおかしくない。だが、敵の攻勢はどうにも慎重に過ぎるように感じられる。
「報告によれば、敵は赤い新型機を戦場の両翼に配置していたようだ。‥‥この中央ではなく、な」
「‥‥前線に敵艦の様子を確認させますか？」
　副長の問いに、ロディは首を横に振った。
　戦線は押され始めている。そんな余裕はすぐになくなる。

「敵がAラインを突破するよっ！　透夜さんと凛君はポイントA−9の手当てに回って！」
　クラウディアの報告を受け、Bラインの傭兵──ディアブロ『影狼』の月影・透夜（ga1806）とハヤテの勇姫　凛（ga5063）は即座に戦場へと移動を開始した。
「あの敵に突破させるわけにはいかない。ここで食い止める！」
「『ヘラ』を攻撃している仲間の為にも、ここは絶対に抜かせない！　宇宙の平和も凛たちが守るんだからなっ！」
　味方と敵が入り乱れる戦場を横目に見ながら、中央右側の宙域目掛けて戦線後方を疾駆する。
　やがて、前方に、ティーバッグから漏れ出す茶の湯のように、敵キメラの赤光が抜け出してくる箇所が見えてきた。透夜はまず、その敵を横合いから蹴散らすことにした。
「行くぞ、凛。遅れるなよ！」
「大丈夫。このハヤテの足があれば、どんなピンチにだって駆けつけられるから！」
　ブーストを焚き、透夜機を先頭に正面の敵へ一撃離脱をかける凛機。Aラインの戦場を突破したばかりの敵は、まだ隊列を整えてはいなかった。そこへ横合いから狙撃砲を撃ち放ちながら突っ込む透夜機。その突進に、突出した敵集団の中央が真っ二つに切り裂かれる。
「よし、凛も！」
　凛もまた、分断された敵の前方集団へと突撃した。混乱する敵をモニタ越しに見据えながら、誘導弾『アルコバレーノ』を照準、最大射程で撃ち放つ。
「宇宙に希望の虹を描け、アルコバレーノ！」
　7色の軌跡を描いて宙を翔けた7発の誘導弾が次々と命中、爆発する。敵中を突破した凛は再び旋回し、再び誘導弾からG放電、レーザーへと繋げて敵キメラを追い散らした。その様はまさに宇宙に咲いた光の祭典といった趣だ。
「凛、こちら透夜。俺はこのままAラインを抜けて、その後ろの狙撃機をやる。凛は‥‥」
「うん、その間、ここを抜けてくる敵を片っ端から落とせばいいんでしょ？　任せといて！」
　その答えに頷き、操縦桿を傾ける透夜。ブーストで急旋回、高速で宇宙を疾駆する赤い機体が戦場を切り裂き、敵陣の裏へと抜ける。凛もまた既に突破した敵をこの宙域から蹴散らすべく、再び機首を巡らせた。

●
　傭兵たちは、形勢が味方に不利になった戦域を手当てすべく駆け回り、強敵を駆除することで、崩れそうになる戦線を支え続けた。
　だが、全体の趨勢はやはり、2倍の戦力を擁する敵側に傾いていった。Aラインは既に崩壊し、Bラインと合流して戦線を維持している。だが、それも、敵巡洋艦と共に前進してきた敵直衛が再び戦線に加わり始めると次第に後ろに下がり始めた。対するこちらに予備兵力はない。欠けた櫛の隙間は埋まらず、補給のやり繰りもままならなくなってきた。

「こちら宗太郎。練力が乏しくなってきやがった。補給ローテの確認を頼む」
「のもじ機、同じく」
　Aラインの裏で敵狙撃機を掻き回してきた能力者たちも、敵後衛の合流と共にBラインまで下がっていた。以降、敵陣が分厚くなった為、狙撃機や針鼠等への攻撃はできていない。前線の味方機の数が減れば、傭兵たちにかかる負担も大きくなる。それでも、傭兵たちは1線を張って戦い続けていた。
「ここが腕の見せ所だよね。お願い、星よ、力を‥‥」
　管制を担当するクラウディアが、素早く補給ローテを組み上げていく。その機体の側を掠め飛ぶ流れ弾。その向こう、桜機と愛華機がそれぞれ、射程内に入った敵へ誘導弾を放ち始める‥‥
「よし、のもじと宗太郎は後退を開始しろ。『瑞龍』にはまだ余力がある」
　そう言った威龍は、機を簡易ブーストの擬似慣性制御で横へと跳ねさせ、正面にいた敵の側方へと回り込んだ。だが、敵もまた慣性制御でもって宙を跳ねるように回り込む。側方で光を放つ敵キメラの『砲口』に舌を打ちながら、操縦桿とフットペダルを踏み込む威龍。放たれた怪光線が風防の外、モニタの至近を掠め飛ぶ。
「SoM、こちら透夜。敵をそちらの射線上に集めた。砲撃は可能か？」
「無理だ！　この乱戦下ではどうやったって味方に当たる！」
　3機3編隊、合計9機のHWに囲まれて、せわしなく操縦桿を動かしながら、透夜は忌々しげに舌を打った。流石に敵の数が多すぎる。機にロールを打たせながら急反転。纏わりつく敵にK−02を撃ち放つ。逆に、敵は味方の損害も構わず砲を撃ち放ってきた。とはいえ、艦砲による小型機への攻撃は効率が悪く、その損害は大きくない。
　補給の為に艦に戻っていた凛は、その様子を奥歯を噛み締めながら見つめていた。この補給を待つ間というのは、いつもやきもきさせられる‥‥って、別に、凛、焦ってなんかいないんだぞっ！
「桜さん、右、大型1！」
「ちぃっ！？」
　愛華の報せを受けた桜は、正面の敵にガトリング砲を撃ち捲くりながら、機の頭部を横へと振った。
　味方の戦線を突破して、まるで鯨の如き勢いで更に先へと進む大型烏賊キメラ。桜は舌を打った。既に予備戦力はない。ここを抜かれれば無防備な小型輸送船群、そしてヘラ攻撃中の本隊まで味方はいない。
　桜は正面の敵に螺旋弾頭弾を撃ち込んで止めを刺すと、ブーストを焚いて一気に烏賊へと突っ込んだ。敵前で変形し、銀に輝く機拳をその横腹に打ち貫く。味方を抜けてくる間にダメージを受けていた敵は、その一撃で力尽きた。だが、ホッと息を吐く暇はなかった。その横を突破にかかる新たな烏賊──　人型の桜機には届かない。
「行かせないよ！　ここはまだ、私たちの縄張りなんだからっ！」
　代わりに突っ込んだのは愛華だった。弾倉が空になっていた狙撃砲をうっちゃり、最後のG放電を放ちながら敵へと肉薄。その巨体を叩き付けながら、零距離で重機関砲を撃ち放つ。弾丸に貫かれ、穴だらけになったボロボロになった表皮をはらわたのように棚引かせつつ、赤光を消して沈黙した烏賊キメラの死骸が流れ行く。
「すまん、助かったのじゃ！」
「まだ来るよ！」
　再び狙撃砲に装填し、前方へと撃ち放つ愛華。戦闘機形態へと戻った桜機が全ての誘導弾を投射する。
「こっ、このままじゃ‥‥」
　センサーモニタに視線を落としたクラウディアが唇を噛む。それに応えるように、愛機が電子音を発した。
　──敵巡洋艦の後方に、味方を示すシグナルが明滅している。巡洋艦『メギドフレイム』、および、それに随伴するKV隊──！　ピュアちゃん、でかしたよ、とクラウディアの笑顔が弾ける。
「味方だ！　味方がやって来た！」
　オペレーターの報告が通信網を駆け巡り、歓声が戦場に飽和する。うろたえたのは敵だった。メギドフレイムがM3帯電粒子砲を撃ち始めると、敵巡洋艦2隻は収容可能な機体を回収、さっさと離脱し始めた。回収不能なキメラはその場に残された。彼らは殿として死ぬまで戦い続けるだろう。
　任務の成功に沸き返るCIC。だが、艦長と副長はその表情を崩さなかった。
「なにか‥‥妙ですね」
「そうだな‥‥」
　ともあれ、今はこの戦場を片付けなければ。ロディは残敵の掃討を皆に命じた。