●リプレイ本文
翌日。
おやっさんこと整備班長は、午前中の試験飛行を終えたテストパイロットたちを昼食に誘った。現在、各種データを収集している3機の試作機について、実際に使う彼らに意見を求める為である。
その呼びかけに集まったのは6人。営業から聞かされた話しの詳細を班長が聞かせると、美空・桃2(
gb9509)はガタリと椅子から‥‥もとい、椅子の上に立ち上がって声を震わせた。
「つまり‥‥あの3機のうち1機しか発売されないということでありますか‥‥?」
桃2は妙に良い発音で「超Bad‥‥」と呟いた。美空の口癖がうつった北米系整備員から『逆輸入』した発音である。
「発売機種を絞るって‥‥ 全機種出せよ、天下の最大手企業」
上げていた髪を解いて猫の様に頭を振りながら、ルナフィリア・天剣(
ga8313)が揶揄するように言う。同様に髪を解いた綾嶺・桜(
ga3143)は、キョロキョロと周囲を見回してから自分で髪を梳き出した。少し寂しそうなのは、いつも髪を梳いてくれる友人が傍にいないからだろうか。
「無理だろうな、この現状では‥‥ 上層部は、初期投資コストに見合うだけの利益が回収できるかどうか懸念を抱いているはずだ。最悪、開発技術は他に転用できるし、これ以上、埋没費用を大きくするリスクは回避したい所だろう」
班長がそう言うのを、桐生院・桜花(
gb0837)と時枝・悠(
ga8810)はそれぞれの表情で聞いていた。いつの間にか隙なく身だしなみを整えた桜花に対して、悠はどちらかというと無造作な感じのまま。突然のことに困惑した──といっても、軽く眉根を寄せる程度だが──様子を見せる桜花と違い、悠はどこか他人事な様子で肩を竦めている。
30分後、私服に着替えて食堂へと集合した一同は、各々、カウンターから好みの昼食を持ってテーブルに座った。午前のテストが押したため、既に昼食時のピークは過ぎていた。この後、試験機は機械的な検証が行われる予定なので、今日はもう機体に乗り込むことはない。
会話の口火を切ったのは、天上院・ロンド(
ga0185)だった。
●YKMS−A4『コロンビヤード』
「俺は、S−01の頃からドロームユーザーです。一時期、英国のワイバーンに浮気したこともありましたが‥‥ 現在はスピリットゴーストを愛機としています」
目の前に置いた紅茶のカップから立ち昇る湯気と香気を嗅ぎながら──途中、苦笑を交えつつ、ロンドは班長にそう切り出した。
「ドロームの人間として礼を言うべきだろうな」
「あ、私もリッジウェイにはお世話になってます。慣性制御装置とか運んでるし、仲間の歩兵乗せてドームの壁壊して突入とか‥‥いや、もう大活躍よ」
桜花が横からそう言うと、班長はそうか、と厳つい顔で頷いた。その表情には、隠しきれない嬉しさが溢れていた。彼は、これまで自分が整備士として関わってきた全ての機体に、相応の愛情を注いでいる。
ロンドもまた整った顔に微笑を浮かべ、班長への言葉を続けた。
「‥‥そういうわけで、是非とも、その系譜を受け継いだ宇宙用KVを傭兵向けに販売して頂きたく思うのです。機動性の高い前衛向きの宇宙用KVは既に複数ありますが、後衛向きの、砲撃支援用の機体はまだありません。個人的にかなり欲しい機体であるのは勿論のこと、他の傭兵たちにも需要が見込めると思うのですが」
故に、コロンビヤードに一票。ロンドが皆にそう告げる。
その意見に、桃2は積極的に賛同した。『永遠の夜の中』──宇宙にいる為か、夜型人間・桃2のテンションはいつもより高かった。椅子の上に立ってその場の皆に訴えかける。
「そう、宇宙戦の今後を考慮すれば、長距離支援機は必須! 現状の軽量機は火力が抑え目でやや不満。加えて、うちの姉妹たちの間ではSG、MDでも満足いかない今日この頃。そこへ今回の開発依頼! 美空・桃2はシスターズ代表として、色々と勢い込んでズドンというわけでありますよ!」
分かりますか?! と問う桃2に対して、ルナフィリアと悠がそれぞれ「ああ、なるほど‥‥」と呟いた。いや、ズドンに関しては知らないが、スピゴ系に関する不満ならなんとなく共感できる。
「スピゴ系は固定兵装に積載圧迫されてて困る。固定兵装‥‥無い方がいいんじゃない?」
「同感。あれは見た目の割りに装備力がないのが気になる。固定兵装取っ払うか、リロード可にするかしろ、とか無茶振りたくなる程度には」
「でしょう!?」
呟くルナフィリアと悠に向かって、桃2がシュピッと指を差す。2人は目を合わさず、黙々と食事を続ける。
「というわけで! 『天』をも凌ぐ莫大な装備力と、絶大な攻撃力! 中堅な命中性能と練力量、そこそこの防御と抵抗! 回避はまぁ、お愛想で! そんな『SG2機を横に繋げた双胴型KV』なんかどうでありますかっ?!」
そう言ってグリンと班長を振り返る桃2に、笑顔を引きつらせるおやっさん。いや、確かに、かつてドローム内でもリッジ後継として、往年の名機(?)P−38や、某国債救助隊(変換間違い)2号っぽい機体が検討されたことはあるのだが。
「でも、ダメだ」
「どうしてでありますかっ?!」
「母艦や巡洋艦に収まり切らんだろう」
「クッ‥‥!!!???」
椅子の上からズルズルと、机の下へ沈んでいく桃2。まぁ、いざとなったら艦で牽引するという方法もなくはないが、艦船で運用しにくい機体になることは間違いない。
消えていく桃2を真正面の席から苦笑と共に見送りながら、ロンドが班長へ言葉を続ける。
「できれば本体価格は300万以下、固定兵装は50万以下──スピリットゴーストと同程度の価格に納めていただきたいです。搭載するミサイルは『範囲攻撃』の方が良いと思います。範囲攻撃を行える機体は少ないですから」
範囲攻撃、という言葉に悠は小さく頷いた。極端に燃費が悪いとかでなければ、2回攻撃よりリターンが大きそうだ。攻撃範囲は扇型より円形型。砲撃支援機であれば、敵に近づく必要がない方が安全だろう。
「うむ。ミサイル浪漫なら、一気に撃って一気に戦域を離脱するのがよさそうじゃしな」
それまで一心不乱に食事に集中してきた桜が、スパゲティの皿から顔を上げてそう言った。麺の端をつるりと吸い込み、ケチャップソースに赤く染まった口元をティッシュで拭う。ぬ、いかん。最近、誰かさんに食べ方が似てきた気がする。気をつけねば。
「同感。固定兵装限定の2回攻撃って、それ、劣化ロングボウだし」
茹でた根菜にプスリとフォークを刺しながら、ルナフィリアがバッサリと切って捨てる。班長は眉を潜めた。彼は自分が関わった全ての機体を愛(以下略)。
「本当に劣化だと思うか? 土台となる機体はスピゴ系で、前提能力はファルコンスナイプ系だぞ? 射程2倍でいったいどれだけの威力修正が乗ると思う?」
「でも、使える兵装は固定のみ。マルチロックが使えないんじゃ、ねぇ?」
言葉に詰まるおやっさんをよそに、食事を続けるルナフィリア。マルチロックがあったらコイツも欲しかったところだが、まぁ、無理ならば仕方ない。
「そもそも、ミサイル自体、弾数が少なすぎるのよね。ショップ売りの平均が4回って少なすぎるわ! まぁ、宇宙戦闘ならどのみち長く留まれないけれども。それでも、援護砲撃機を謳うなら倍の8回は欲しいわね!」
パクパクと食事を続けながら、桜花が器用に口の中に物が入っていないタイミングで言葉を紡ぐ。
班長は、気づいて顔を上げた。シャンとしていた背中が猫背気味になっているが気にしない。
「‥‥コロンビヤードに関する意見が多いな。皆、こいつに1票ってことなのか?」
だが、その言葉に手を上げたのは、ロンドと桃2(テーブル下)の2人だけだった。
桜花は「まさか!」と声を高めた。
●YACS−002C『クラーケン』
「私が欲しいのは、『水中と宇宙で行動できる機体』だもの! だから、私の1票は『クラーケン』。他の2機はなにをどう条件をつけても‥‥というより、比較すること自体が不可能よ!」
そう声を大にして言う桜花の手元で、フォークが皿に当たりがちゃり、と音を立てる。ハッと我に返った桜花は、頬を赤く染めながらコホンと咳払いをしてから話を続けた。
「‥‥通常機と水中機と宇宙機を用意したら、それだけでもうハンガーは一杯。電子支援、輸送、補給── 色々な役割を柔軟にこなしたい、って人にとって、この機体は革命よ。需要は高いと思う。あと、さりげなく、前面以外の敵へ攻撃可能、って始めてよね。凄いことだと思うわ。尊敬する」
心底、感心したように言う桜花。その言葉に、班長は嬉しそうに頷いた。班長は自分が関(以下略)
食事を終え、ナプキンで口を拭くルナフィリア。なんとなく照れ臭そうなのは気のせいか。
「宙空水は他にないからセールスポイントにはなるかと。性能面では不足でも、独自性を推せば一定の需要はあるはず‥‥水中機乗りは新型欲しがってそうだしね」
ルナフィリアの言葉に、一心不乱にデザートを食べていた桜がその言葉に顔を上げた。‥‥うん、おいしいデザートだったのでお土産に持って帰ってやりたいところじゃが、流石にLHに戻る前に溶けてしまうじゃろうなぁ。
「水中小隊の隊長として、今後、宇宙が増えることを見据え、わしもどちらでも使えるこの機体を推す。水中小隊として、この機体が一番、魅力的じゃし、なんと言っても一番個性的じゃ」
性能についても特に注文はない、と椅子の上に立った桜は、腕を組んだまま2度、コクコクと頷いた。ただ、練力は多少多めにとっておいて欲しくはある。宇宙では消費が激しい為、練力消費系の武器やスキルが使いづらくなってしまうからだ。
「シスターズ海兵隊の特派員としては待望の機体ではありますが‥‥ 全員同じ機体を揃えるにはいささか高価であると思うのであります」
テーブルの水平線から目と指だけを浮上させ、桃2がポソリと意見を述べる。オロチのような人型でないKVになりそうで面白そうではあるのだが。
「使い方次第では安いかも。場合によっては水中戦力を回せるとなると、前回の大規模作戦で不足気味だった宇宙の戦力を、補うことだってできるかもしれない」
ルナフィリアはナプキンをテーブルの上に置いて『クラーケンに1票』と片手を上げた。それに倣って桜もまたクラーケンに挙手をする。桜花の票と合わせて、これでクラーケンは3票となった。
ロンドと桃2は『コロンビヤード』── 3対2。どちらの機体が発売されるか、まだ、意思を表明していない悠がキャスティングボードを握る。
固唾を呑む一同と、マイペースに茶を飲み続ける悠── あのー、と一人呑気な声で、班長が皆に声をかけた。
「ところで、お前ら。『リベレーター』に対する意見はないのかい?」
●YS−03『リベレーター』
班長の言葉に、能力者たちは互いに微妙な視線を交し合った。
「あー、えっと‥‥ テキトーな意見は場を混乱させるだけだと思うから、黙っとくわね(汗)」(桜花)
「リベレーター‥‥たしか、『解放者』じゃったか。名前は良いのじゃが、どうしても地味になってしまうのう(汗)」(桜)
「既に高級機ラッシュが始まっているのに、今からバランス型中堅機出しても出遅れ感がある」(ルナフィリア)
「各社高級機が出始めている状況で、リバティーの上位機はクルーエルと被るので却下であります」(桃2)
いや、流石に他機種と被るような機体は開発しないが‥‥ そう呟きながら、おやっさんはあまりのフルボッコ具合に、S−03を思って半泣きになった。班長は自(以下略)
だが、それも仕方ないか。S−03は本来、ターン型・単発狙撃型のブレス・ノウと、ターン型・単発大威力型のアグレッシヴ・ファングを組み合わせて使って貰う機体だったのだ。それが実験機の段階でいろいろと問題が発生し、現在の形に落ち着いた、という経緯がある。まぁ、その辺りの事情は他の2機(以下検閲)
とは言え、新造の『回避オプション』系は、単発でターン継続型に比べて効率には劣るものの、最大射程からの攻撃をすかしたり、次の手番の為に肉薄したり、と、使い出のある能力なのだが‥‥
「そうだな。回避重視の装備と、距離修正のあるスナイプで、中距離戦向けに組むと使い易そうな印象だな」
班長の言葉に同意したのは悠だった。故に、周りがざわり、と揺れる。
「確かに、クラーケンの『今までにない』と言うのは強みだ。今までになかった理由が『単に必要とされてなかったから』というのでなければね。パピー(パピルサグ)の売れ行きを考えると、コケるか否かはコストパフォーマンス次第かな。拡張性にまで手を広げてないなら、その分マシになっていると思いたいが‥‥ 前と同程度だと正直、厳しい印象がある。
その点、リベレーターは、悪く言えば地味だが、クセの強い他の2機より無難ではある。高級機に見劣りするのはこの機体に限ったことでもないし、低価格帯からの乗り換え先としては十分ありかと」
周囲のざわつきが大きくなった。それを抑えて、班長は悠に尋ねた。
「では、君は『リベレーター』に1票、ということでいいのかね?」
●
「いや。私は『クラーケン』に1票を入れるから」
平然とした顔で、悠は班長にそう告げた。これで4:2。この時点で、クラーケンとコロンビヤードの得票比に2倍以上の差がついた。
沸くクラーケン組と、テーブルの下に沈み、或いは天を仰ぐコロンビヤード組。ルナフィリアが珍しく椅子の上に立って天を見上げた。
「これ細かい調整だけど‥‥ パピルサグIIの水流抵抗軽減や、Bシザース射程伸張をフィードバックして、水中機動性とレーザーの性能向上とかできれば、アピールポイントの追加になるかも」
どこか斜め上を振り返って、宙に話しかけるルナフィリア。隣の桜に「誰に話しかけているんじゃ?」と問われて、「さあ?」と小首を傾げて妖しく笑う。
「意外だったな。1番ネガティブな意見を出していたように思えたんだが」
「欲しい機種、という点では1番好みだったからね」
「理由は?」
「なにより、動かしていて楽しいし」
その答えを聞いた班長は、目から鱗が落ちる思いを味わっていた。
冒頭にも上がったリッジウェイも、性能的には既に旧式機だ。だが、それでも、他の機種には真似できない仕事ができる。
そういうことなのだろうか。と班長は思った。或いは班長自身こそが、KV開発における初心を忘れてしまっていたのかもしれない。
「ここで伺った意見は全て、報告書に纏めて社の上層部へのレポートに添える。‥‥現状では、クラーケンが傭兵向け発売機種の最有力となるだろう」
おやっさんはそう言ってこの『会議』を閉めた。
解散の直前、班長を振り返った桜花が言った。
「これ以上の注文はいらないと思う。‥‥宇宙の海と地上の海を泳ぐ大海魔クラーケン、待ってるわ!」