タイトル:美咲センセと遅い年明けマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/20 09:59

●オープニング本文


 2012年1月4日──
 なかよし幼稚園、園庭に、当方のネタキメラを1体、お送りいたします。
 コンテナの荷の名前は、『お正月イベント用、独楽型オブジェ』。つきましては、橘美咲先生以下、万全の態勢にて迎撃の準備に当たられますよう。


 2012年1月4日、未明──
 朝もやに煙るなかよし幼稚園の園庭に、等身大程度の大きさの立方体型のコンテナがひとつ、ポツリと置かれていた。
 武装した能力者たちが、その周囲を取り囲む。‥‥それを待っていたかのように、ゆっくりと開き始めるコンテナ。中に入っていたのは案の定、巨大な独楽型の機械化キメラで── それは高速回転を始めながら文字通り園庭へと躍り出た。
 それを迎え撃つ能力者たち。弾かれる近接攻撃── 能力者たちは即座に非物理攻撃にシフトして、独楽に確実にダメージを重ねていく。
「行ったよ、美咲さん!」
 地を激しく削りながら回転移動する独楽型キメラ。元なかよし幼稚園教諭の元兼業能力者、橘美咲は、『瞬天速』でその進路上に立ち塞がると、手にした大剣を敵の足元の地面に突き刺し、強力でもって持ち上げる。大剣の平で回る独楽。思わぬ宴会芸におおっ、と歓声が上がる中、困ったように回る独楽ごと大剣を引っくり返して、美咲が雄叫びと共に地面へと叩きつける。地を激しく跳ね回った後、擱坐する独楽。それが再び立ち上がるより早く、能力者たちが、そして、大剣を振り被った美咲が敵へと止めを刺す‥‥

「とりあえず、橘さんのLH島への移動は待機とします。黒幕と思われたバグアが死んだ後もこうも続けてキメラが出現するとは‥‥ まだ事件は終わってないと見るべきなんでしょうね」
 独楽型キメラとの戦闘後、軍や警察と共に実況見分の場に現れた背広姿の若い男は、事情聴取を終えた後、美咲に対してそう言った。
 どうやら自分の立場はまた宙ぶらりんになってしまったらしい、と美咲は改めて困惑した。
 敵ボス『ユーキ』を倒す為の上級職転職。その代償として兼業の権利を失い、1人の傭兵としてLHへ──戦場へ向かうはずだった美咲。その移動は、だが、立て続けに再発したネタキメラの襲撃により留め置かれていた。
 いったいこれはどういうことだろう。
 年末、ユーキが死ぬ前に残していったネタキメラたちが、運送会社の倉庫──ユーキは人類支配地域でのキメラの移動に宅配便を利用していた──から消えたという話は聞いていた。最も怪しい容疑者たるコバヤシ君──個人的なアルバイトとして、ユーキのキメラをそれと知らずに受付、配達していた従業員──は、その時、別の離れた場所で配達をしていたといい、アリバイがある。それは運送会社の社長が証言している。
 おそらく、年末の駅前と、今日のこの独楽型はそのキメラが使われたのだろうが、では、いったい、誰が、何の為に、キメラを園に送りつけているのだろうか‥‥?
 美咲は園舎の職員室に戻ると、唯一の手がかりである『予告状』を改めて見直した。
 ユーキが生きている、という可能性は考えられない。あいつは私や皆の目の前で息絶え、消えた。それに、あいつは予告状を送るなんて真似をしたことはなかった。やりようが違いすぎる。
「なんとなく、分かりそうなものですがねぇ‥‥」
 ポツリと、園長がそう呟く。美咲はハッと顔を上げた。
「どういうことですっ?! 園長にはなにか犯人に心当たりがあるんですかっ!?」
「‥‥『置きキメラ』の存在を、やはり他の人間が知っていたとは思えないよ。それに、その手紙の意味を考えれば‥‥」
 手紙の意味? 改めて美咲は手紙の文面を見直した。確かに、この内容は‥‥ そういえば、園長はこの予告状の存在を軍や警察に報せていなかったような‥‥?
「園長! 大変です! 新たな予告状が‥‥!」
 そこへ飛び込んできたのは、園の同僚で中学時代からの親友でもある柊香奈だった。

 2012年1月9日──
 なかよし幼稚園、園庭に、当方のネタキメラを1体、お送りいたします。
 コンテナの荷の名前は、『お正月イベント用、等身大太神楽師(偽)人形1体』。つきましては、美咲先生以下、万全の態勢にて迎撃の準備に当たられますよう。

 1月9日── 始業式の前日である。文面自体に変わった所は見受けられない。
「園長‥‥?」
「ともかく、橘先生は迎撃の準備を。能力者たちにも連絡を入れてください」


 2012年1月8日、深夜──
 園庭の遊具の陰に隠れて待つ美咲の前に、1台のトラックがその姿を現した。
 現れたのは、案の定というべきか、宅配便のコバヤシ君だった。コバヤシ君は荷台からコンテナをリフトで下ろすと、何食わぬ顔をして車に乗り込み、園庭から出て行った。
(なるほど。堂々としたものだ)
 半ば呆れるようにしながら、感心する美咲。或いは全てが予定の内、ということだろうか。で、あれば、これ以上の襲撃は無いと見て良いのだろうが。
 ともあれ、コバヤシ君に事情を聞くのは後である。今は目の前のアレを滅ぼさなければ。
 美咲はその場を離れて園舎の一室で仮眠を取ると、夜明けを待ってから大剣を手に園庭へと降り立った。
 他の能力者たちと共に、キメラの入ったコンテナを包囲する。‥‥それに反応したのか、展開図のように開放されていくコンテナ。中に居たのは、開いた大きな和傘を笠に被った、和服姿で鉄傘と鉄枡を手にした、全長2mの人型キメラだった。その顔は何の冗談か、『失敗した福笑い』。そこから笑い袋のような含んだ笑い声が絶える事なく聞こえてくる。
「よし、やるよ!」
 美咲が能力者たちに声をかける。キメラの頭上の笠──いや、傘か?── が高速で回り出し。石突の先から出てきた鞠がポロリと転がり、傘の上で弾かれ、飛び出した。

●参加者一覧

綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
遠石 一千風(ga3970
23歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
MAKOTO(ga4693
20歳・♀・AA
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA

●リプレイ本文

 ユーキを倒したはずなのに、園にはいまだにネタキメラが現れ続けている──
 その理由と原因について、能力者たちは、確信に近い推測を立てていた。
「これまではなかった予告状。しかも、まるで倒してくれと言わんばかりのその文面。そして、『置きキメラ』の存在を知り、美咲さんが園に残ることを望んでいる人物──」
「‥‥状況からして、まず一人しかおらんじゃろ」
 無言で戦いの準備を続ける美咲を心配そうに見やりながら、響 愛華(ga4681)と綾嶺・桜(ga3143)が互いに眉をひそめ合う。
 葵 コハル(ga3897)もまた難しい顔をしてずっと考え続けてきたが‥‥ 結局、推理の結論は変わらなかった。
「あー、もう、なんて言ったらいいんだろう‥‥ ユーウツ、じゃないなぁ‥‥ なんかこう、モヤッとしたなにかが胸の中でブスブスと‥‥」
 腕を組んで天を見上げるコハル。それを遠石 一千風(ga3970)は無言で見つめた。コハルたちが胸に抱いている感情── それは『やりきれない』という想いに違いない。
 一千風には『犯人』に対してそこまでの感傷はない。故に、より引いた目線で今回の事件を見ることができる。
 即ち、『たとえどんな理由があろうとも、多くの人が翻弄されていいわけがない』。
 そして、それは、桜や愛華、コハルたちにも分かっている。
 だからこそ、やりきれない。
「しかし、バグアとの最終決戦が近いこの時期に、まさか『キメラを使った犯罪』とは‥‥」
 はっきりとそう口に出したのは、辰巳 空(ga4698)だった。
 犯罪、という一言に、美咲の肩がピクリと揺れる。刀の柄の上に置いた守原有希(ga8582)の握り拳に力が込められ、鞘の中でカチャリと音を立てる。
「そのことだけど‥‥ 今回の件の『首謀者』については、私たち以外には絶対に漏れないようにして欲しいんだよ」
 空を振り返り、頼む愛華。それはつまり、警察や軍には報せず、自分たちで内々に処理するという意志の表れだ。
「‥‥分かりました。外への報告は、『バグアがキメラを投入して逃げていった』という感じで合わせておきます」
 そう言って、遊技場の窓から園庭の『コンテナ』を見やる空。白ばみ始めた空の下、キメラの入ったそれは泰然と挑戦者の登場を待ち続けている‥‥
 美咲がポツリと呟いた。
「予告状の日付がさ‥‥ 1月4日と1月9日だったでしょ? あれ、正月休み明けの始業日と、始業式の前日── つまり、園児たちは園にいない時なんだよね」
 愛華はハッとした。やはり、美咲も気づいている。
「前回は、LH島で美咲さんの歓迎会の準備をしてたさぁ。それがまさかこんなことになっているなんて‥‥」
 巨漢の能力者、御影 柳樹(ga3326)がさめざめとそう零す。本来ならその後、「残念さぁ。まさか旬のうなぎキメラが出るなんて。僕も食べたかったさぁ」と続けて場の空気を明るくするはずだったのだが‥‥ あまりにも重すぎて言い出すこともできない。
 遠く事務室からボーンと時計の音が聞こえてくる。
 美咲が得物を手に立ち上がった。桜も薙刀を手にそれに続いた。
「さて、わしも色々と想うところはあるが‥‥ なんにせよ、まずは目の前の障害を排除してからじゃ」


 コンテナはまるで能力者たちが来るのを待っていたかのように、園庭に出た能力者たちの前でゆっくりと開き始めた。
 展開図のように開放されていくコンテナ。中に居たのは、開いた大きな和傘を笠に被った和服姿の、鉄傘と鉄枡を手にした全長2mの人型キメラだった。その顔は何の冗談か、『失敗した福笑い』。そこから笑い袋のような含んだ笑い声が絶える事なく聞こえてくる。
「太神楽、ね‥‥」
 そのキメラの姿を見て、苦々しげに呟く有希。一千風と柳樹は頭を振った。
「相変わらずズレたセンスね。最近見なくなった伝統芸。懐かしいわ」
「ユーキ君はもしかしてマニア向けに知識が偏ってるさ? その方向から見るとあのキメラたちにも全て意味があったとか」
 でなければ、このネタキメラ、一度にたくさん買うとお安くなるセール品とか? 一山幾らの特売品なら、こんなのばかり出てくることも頷け‥‥ないか。
「作られた思惑とか、意味とか、名前とか、格好とか‥‥ そがんことどうでんよか。悲しかとは沢山です。悲しみ終われと叶う迄、流星嵐の如く斬りつけるのみ!」
 叫びながら抜刀し、両の手に二刀を煌かせながら有希が正面から敵へと突進する。
 違いない、と呟きながら、桜とコハル、一千風と空もまたキメラを取り囲むように移動する。「いくよ!」と号令をかける美咲。柳樹が敵の背後に回り込みつつじっと動静を観察し続け。ひとり、後衛に位置した愛華が、サプレッサーつきの拳銃「ラグエル」を狙い定めて撃ち放つ。
 敵はそれを手にした『傘』で打ち弾きつつ、被った方の『笠』を高速で回転させ始めた。その石突の先から押し出されるように出てきた鞠がポロリと転がり、高速回転する傘に弾かれ、ポーンと宙に打ち上げられる。
「太神楽は高度過ぎて、真似するのは無理やったとでしょう!」
 一方、敵の元に走りこんだ有希は、愛華の銃撃を弾いた傘目掛けて斬撃を繰り出した。左の横払いから右の袈裟切り。敵はそれを傘で受け弾き。そこから一歩足を退きつつ、傘を槍の様に構えながら牽制の突きを放つ。
 そこへ横から同じく二刀を構えたコハルが突っ込み、傘を持つ腕目掛けて切りつける。振るわれた刃は皮膚を切り裂いたものの、だが、分厚い筋肉に阻まれて届かない。反撃。重い傘の一撃を横殴りに振るわれ、二刀ごと受け飛ばされたコハルが一度距離を取る。
 反対側からタイミングを合わせて突っ込む一千風。キメラは振り返ることなくそちらへ鉄枡を投げつけた。顔面目掛けて飛んできたそれを首を傾げてかわしつつ、一千風は速度を落とさず突進し‥‥
「一千風さん!」
 柳樹の叫びにハッとしながら、前方へと転がり伏せる。そのすぐ上を、まるで見えざる糸に引かれたかのように、避けたはずの鉄枡が『後方から』飛び過ぎていった。それをまた振り返る事なく左手で受け掴む敵キメラ。『失敗した福笑い』の目が顔の端からぎょろりとねめつけ──その口からは、相変わらず笑い袋のような録音音声が流れ続けている。
「えぇい、こんな奴はさっさと倒してしまうのじゃ!」
 時間をかけるのも惜しいというのに! 心中にそう叫びながら、巫女服をはためかせつつ突っ込む桜。フェイントを一つ混ぜながら『瞬天速』で反対側へと回り込み。敵が振り返るより早く、その足を刈り取るように薙刀を横へと振るう。切り裂かれる敵の袴。その中の脚甲に薙刀の刃が喰い込み‥‥ そのまま追撃をかけようとした桜は、だが、背後から聞こえてきた親友の笑い声に思わず背後を振り返った。
 そこには、腹を抱えて、捩って、笑い続ける愛華の姿。
「い、いったい何があったのじゃ!?」
「ま、鞠さぁ! 最初に跳んだ鞠が弾けて‥‥!」
 状況の一部始終を見ていた柳樹が報告する。
 最初にぽーんと宙を跳んだ鞠は、唯一、後列にいた愛華の方へ飛んでいた。それに反応した愛華は銃でそれを『撃ち落』とす。銃弾は見事、鞠を貫き‥‥ 直後、弾けて飛び広がった煙に包まれた瞬間。堪え難いといった風情で愛華が笑い始めたのだ。
「あひゃひゃひゃひゃ‥‥ お、お腹痛い‥‥!」
「しょ、笑気ガス!?」
 厳密にはまた違うのだが。涙目で転がり回る愛華の姿に能力者たちが戦慄する。空はすぐに愛華の側に駆け寄ると、その肩に手をかけ『キュア』を使用した。瞬間、笑いを納めてごろりと仰向けに転がる愛華。荒い息を繰り返しつつ、ありがとうと身を起こす。
「これは‥‥ まずは、動きを止めることからですね」
 空もまた立ち上がると、前衛組と戦闘を繰り広げている敵キメラをキッと見やり、そちらへと歩み寄りながら『呪歌』の前奏を口ずさみ始めた。ピクリ、と敵の身体が震え、僅かにその動きが鈍くなる。震える手で放たれた鉄枡の往復を、歌に合わせたステップでクルリとかわし、徐々にその声量を上げていく。さらに動きを遅くする敵に打ちかかる前衛組。敵は突っ込んでくる有希とコハルに向け、傘をワンタッチで大きく広げた。突然の『猫騙し』に一瞬、身を硬直させる有希とコハル。反対側から来る一千風と桜には高速回転する笠を向けてその接近を牽制しつつ。キメラは突如、その笑い声を大きくし、その絶大な『音』を正面の空と愛華に叩きつけた。
「これは‥‥強いんだよ‥‥!」
 再び地に転がされた愛華がペッペッと砂を吐きながら立ち上がる。ダメージはない。だが、空の歌は中断させられた。
「‥‥頭は重いはず。なら、足元を狙って重心を崩してやれば‥‥」
 そう考えた美咲は敵へと突っ込み、大剣を横殴りにぶん回し。直後、キメラの笠がさらに高速回転し始め、まるで竹とんぼの様にキメラが宙を浮遊する。
「いっ!?」
 驚きの声を上げる能力者たち。敵は包囲網をふわりと飛び抜けながら、石突からポロポロと黒い鞠を押し出し。高速回転する笠の上に落ちたそれらは、回転に弾かれて広範囲に飛び落ちた。
 地に落ち、或いはうち弾かれて、周囲に小爆発が連鎖する。
「えぇい、そんな嬉しくないポロリはいらぬ! いや、嬉しいポロリが何かはしらぬがっ!」
 爆煙の中で咳き込みながら、キメラに拳を上げる桜。流石に芸達者ね、と、一千風が呆れたように呟いた。

 斬りかかってきたコハルに応じて敵が背中を見せた瞬間、柳樹は手にした杖を振り被り、背後から打ちかかった。
 敵の背を打ち据える鈍い感触。だが、敵はこちらが二撃目を放つより早く振り返り、反撃を放ってきた。左手に掴んだままの鉄枡を裏拳で振り抜いて。その横殴りの一撃を立てた杖で以って柳樹が受け弾く。
「うぅ‥‥やっぱり『背中にも目(視界)がある』さぁ‥‥」
 痺れる手に杖を持ち直しつつ、一度後退する柳樹。‥‥やっぱり、以前と比べると身体が重い。あ、いや、太ったからじゃなく、いやいや、事実、太ったりはしたんだけど。エキスパートに転職したからさ、本当さ‥‥
 愛華は、柳樹に向き直った敵の右肩に銃撃を連射した。和服を貫き、小さく赤く、弾ける銃弾。コハルの斬撃もあって敵の右腕は既に赤く染まり、腕をつたって流れ落ちた血が地面へと滴り落ちている。
 再び銃撃を仕掛けた愛華は、だが、地を転がすように振り向けられた傘によってその銃撃を阻まれた。射点を変えるべく移動する愛華。新たな鞠は傘の上をコロコロと回り続け‥‥ 能力者の攻撃にキメラが怯む度に、転がり落ちては周囲に爆発と笑気ガス(仮)を撒き散らす。
「いつもより余計に、ってトコ? 本家ならともかく、アンタは最初から回さなくてエエのんじゃー!」
 半ばアフロになりかけながら、ご近所さんに配慮して小声で拳を突き上げるコハル。有希と空は爆発の破片を盾で防ぎながら、互いに意見を述べ合った。
「まずは動きを止める‥‥ この方針に間違いはないはずです」
「ええ。とにかく、一つずつ動きを封じていかないと‥‥」
 能力者たちは互いに声を掛け合うと、再び敵を取り囲むように移動した。
 その包囲態勢下、ほぼ同時に突っ込んでいく前衛組。柳樹の警告。笠から弾き出された鞠を愛華が撃ち抜き、空中でそれを破裂させる。迎撃に放たれる枡。一千風は瞬間、目を見開いて足を止め、脚甲による鋭い回し蹴りでもってそいつを地へと打ち落とし。それが跳ねる間もなく『瞬天速』で距離を詰め、持ち上げた踵で以って枡を斜め上から地に踏み抜く。
 さらに敵へと迫る有希、桜、空とコハル。その数を制限すべく、キメラが傘を広げて『壁』をつくる。だが‥‥
「どっせぇぇぇい!!」
 その壁は、走り寄ったコハルの『天地撃』によって空中へと吹き飛ばされた。打ち上げられ、クルクル、フワリと宙を舞い下りてくる傘。枡と合わせて両手の得物を失ったキメラは再び宙を舞って逃げようとする。
 だが、宙へ跳ぼうとしたその瞬間、空の『呪歌』によってキメラは跳躍するタイミングを失った。音噴射を放つキメラの横へ有希がスルリと入り込み。その反対側からは桜が薙刀を正面に突き出しつつ『瞬天速』で地を奔る。
「遠心力の弱い懐ならば‥‥!」
 慌てて横に振るわれる笠を潜り抜け、両手の刀を突き入れる有希。直後、キメラに肉薄した桜もまた横殴りに切り裂いた力場の隙間から、その体重と遠心力ごと薙刀の刃先を突き入れた。


 串刺しになって力尽きたキメラの姿を、園の屋上から見下ろして。
 園長と香奈はホッと息を吐いて安堵した。
 犠牲者が出ずによかった、と胸を撫で下ろす宅配便の社長さん。その横にはうんうんと頷くコバヤシ君の姿があり‥‥

「さて、いったいどういうことなんさ?」
 堂々と、或いはのこのこと。再び戦場に現れたコバヤシ君を、柳樹は遊戯室の真ん中に座らせた。
 正座をさせられつつも、どこか飄々として見えるコバヤシ君。それを見やって、愛華は「なんというか‥‥色んな意味で大物だよね〜」と苦笑する。
「なぜこんなことを? バグアでも強化人間でもないようだけど、親バグア派だったりするの?」
 とてもそうは見えないけど。と心中で呟きつつ、一千風が彼にそう訊ねる。いや、それはないっしょ、と自分で笑うコバヤシ君。その頭頂部に柳樹がチョップを入れる。
「‥‥キメラ輸送の現行犯なら、軍に発砲されてもおかしくない。バグアに殺害される可能性だってある。‥‥君がキチンとしてくれんば、誰も君ば護れんよ?」
 それまでずっと無言でいた有希が、怖いほど真剣な面持ちで彼を見る。コバヤシ君は頭を掻いた。真剣な表情で、それはないよ、とそううそぶく。
「それはどういう‥‥」
「それくらいにしてあげてください。もう、これ以上‥‥ キメラの襲撃はないのですから」
 声を挟んだのは社長だった。能力者たちは顔を見合わせた。『置きキメラ』を運び出すことができたのは、時系列的にコバヤシ君以外ありえない。そのコバヤシ君のアリバイを証言したのはこの社長だ。であれば、社長も今回の件に一枚噛んでいることになる。
「キメラの『配達』は2回が限度だろう、と、最初から『彼女』は言ってました。‥‥この幼稚園には軍と警察に口添え頂いた恩がある。これくらい、なんてことはないんです」

 同刻。職員室前。
 扉の前に立ち尽くす美咲に気づいて、桜はそちらに歩を進めた。
 もう何分その扉の前で立ち竦んでいるのだろう。その背を知らぬ振りで通り過ぎながら。桜はポツリと、言葉を紡いだ。
「愛華も言っておった。『親友ならば、ちゃんと面と向かって話し合うべきだ』、との。わしもそう思う。お互いに納得出来ないままではどちらにせよ辛かろう?」
 数分後、美咲は意を決したように扉を開けた。
 いつもの場所に、いつものように。自らの席、美咲の隣の席に座った香奈がゆっくりと振り返った。