タイトル:3室 日向へ君の手を引マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/21 23:00

●オープニング本文


●3室 日向へ君の手を引いて

「傭兵たちがバリー・エドモンドソンの私邸に突入し、囚われていた男を救出しました。囚われていたのは営業部のトミー・マクスウェル。グランチェスター開発室のディ・マクラーレンではありません」
「また、書斎で死体となって発見された男は、バリー・エドモンドソン本人という確認が取れました。死因は拳銃による自殺。強制された様子はありません」
「私邸の周辺で警戒に当たっていた男たちは、皆、民間軍事会社に属するバリーの私兵でした。なぜトミー・マクスウェルを監禁し、上司の遺体を放置したのか、未だに黙秘を続けていますが‥‥」
「トミー・マクスウェルによれば、ディ・マクラーレンはバリーの私兵たちと行動を共にしていたようです。ドロームによるグランチェスター重工買収の件に関して、当時の事情を詳細に尋問された、との証言が取れました」
「バリー・エドモンドソンは死ぬ数日前に、銀髪の老人ほか数人の男たちとともにこの私邸を訪れました。囚われたトミーを見て、バリーは驚いていたそうです。彼はそこで男たちに拘束され、奥の書斎に連れ込まれました。銃声が聞こえたのは数日後‥‥傭兵たちが踏み込む2日前。‥‥恐らく、数日がかりで自殺に追い込んでいったのでしょう」
 サンフランシスコ郊外。ドローム資本の大病院──
 その最上階。警護の厳重な『高級病室』にあって、ドロームKV企画開発部のモリス・グレーは、自らの遭難事件から連なる一連の事件について、ドローム調査部──通称、『情報部』の捜査官から詳細を聞かされていた。
 状況を聞いたモリスは、溜め息と共に首を振った。
 強引な買収工作により、当時の社長とその息子を失ったグ室の面々は、ドロームに恨みを持っている。旧ストリングス派のバリーは彼等を自らの復権の為に利用しようとしたのだろう。
 だが、実際に利用されたのはバリーの方だ。グ室は、『予算』の削減によりバリーに切り捨てられようとしていた私兵たちを抱きこみ、買収に関する裏の事情を知り、当時のプロジェクトリーダーだったバリーを死に至らしめた。‥‥銀髪の初老の男は、グ室の副室長、イクス・マクラーレンに違いない。自らの息子、ディを『隠れ能力者』──ドロームの暗部に進ませたのも全て、この復讐の為だろうか。
「‥‥全ては『情報部』の思惑通りということか?」
 皮肉気に顔を歪めて、モリスは調査官を見やった。彼等がヘンリー──第3KV開発室長ヘンリー・キンベル。モリスと、グ室長ルーシー・グランチェスターとは大学時代からの同期で友人──に対しても、同様の情報を流したことは知っている。結果、調査部はこの『騒動』に関して誰よりも大きなアドバンテージを得たことも。
「‥‥ベルナール派の台頭によって勢力を失うのは、なにもストリングス派だけではないのですよ。これまでドロームの後ろ暗い『仕事』を一手に担ってきた我々『情報部』もまた、これからはその規模を縮小せざるを得ないでしょう。生き残るためには、我々がまだドロームにとって有用であることを示す必要があるし、ついでに、我が調査部内に巣食っている時代遅れの強硬派も整理しておきたい」
「その為に、火種がここまで大きくなるまで待っていた、というわけか?」
「我々には後ろ盾となる有力者が──それも、我々の存在を容認し、使いこなせる人間が必要なのです。‥‥例えば、エウリコ・ベナビデスという手札を有効に使って現上層部に喰い込んだ、モリス・グレー。貴方のような後ろ盾がね。
 ‥‥バリー・エドモンドソンを自殺に追い込んだグ室と私兵集団は、その後、ネバダにある我が社のKV実験場を占拠しました。彼等は、施設および各種新鋭機、実験機、そのデータを『人質』に、私兵という非正規社員に対する補償と再雇用、および、グランチェスター重工買収における真実のマスコミへの公表と名誉の回復を要求しており、その交渉人として、貴方を指定しています。‥‥さて、どうしますか?」
 答えなど決まっている。ドロームは今、大事な時期だ。ただでさえ、社内にバグアがいたという逆風の中にあるのに、この時点で過去の暗部の公開など出来るはずがない。やるならば、現上層部の権力基盤が安泰になった時。全てをストリングス派におっかぶせる形でなら、ドロームに溜まった全ての膿を吐き出せたかもしれないが、現時点では尚早だ。
「故に、鎮圧する。『情報部』の秘密部隊に包囲させろ。君らなら既にネバダに派遣しているはずだ。COP化の為に軍から戻されたF-201Cがあるな? その内、4機にエラーが発生することとする。納品を一週間ずらせ。鎮圧部隊へ回すんだ」
「保安部が介入したがっています」
「抑えさせる。これは『情報部』の仕事だ。既にマスコミにリークされている可能性もある。入り込んだ連中は軍事機密を理由に排除しろ。一連の事件が社外へ漏れ出る前に、速やかに片をつけるんだ」
 命令を発するモリスの元に、だが、新たな捜査官が駆け込んできて、モリスはすぐに部隊に待機を命じることとなった。
 もたらされた新たな報せは、3室長ヘンリーが、モリスの妻と子を連れて件の実験場に入っていった、というものだった──


 事情を正確に記しておけば。モリスの妻と子を実験場に招待したのはグ室の面々だった。
 モリスの家族とグ室長ルーシーの家は毎年、娘の誕生会で交流があり、仕事で帰れぬルーシーの為、サプライズで娘を連れていき誕生会を行う──そういう口実で、モリスに対する人質にすべく呼び出していたのだ。
 しかし、よけいなおまけがついて来た。二人を連れてきたのはヘンリーだったのだ。イクスはそれを訝しく思ったものの、誕生会に参加しに来たと言われては断るのも不自然である。
 開いたゲートから施設内へと入ったヘンリーは、迎えのいる居住棟には向かわず、誰もいない倉庫群の横に車をつけた。
 陽が落ちた宵闇の中、昏く赤い空の下。ライトをつけたまま動かない車に首を傾げるグ室の男たち── それを運転席から眺めやりながら、ヘンリーはイクスに連絡を入れた。
 曰く、この車にはモリスの家族だけでなく、ルーシーの一人娘も乗っている──
「これで、モリスも、イクスも、早まった真似は出来なくなる。その間に、鎮圧部隊が強行突入する口実を排除する。僕たちでグ室の『反乱』にケリをつけるんだ。誰一人、死なせずに」
 ヘンリーが運転席から振り返り、荷室に乗った能力者たちに声を掛ける。能力者たちは頷きを返しつつ、具体的な方法を尋ねた。
「これから僕が一人で乗り込んで時間を稼ぐ。交渉で解決できればいいんだけどね。なんか難しそうだから。みんなはその間にこっそりと、実行部隊である私兵たちを無力化してほしい。今回の『反乱』だって、彼等の武力あってこそだろうから──」

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
水円・一(gb0495
25歳・♂・EP
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD
アクセル・ランパード(gc0052
18歳・♂・HD

●リプレイ本文

「開発される1機のKVに、いったいどれだけの技術が注ぎ込まれていると思う?」
 この車にはモリスとルーシーの家族も乗っている。自分を交渉人として受け入れられたし── 携帯でイクスにそう告げたヘンリーは、その返答が来るまでの間、車内の能力者たちに向かってそんな事を話しかけていた。
「機体を構成する数多の機材にパーツ、その全てが技術の塊だ。いや、ハードに限った話じゃない。機体の制御プログラムにメトロニウム合金の構成比率── その一つ一つに莫大な年月と人員、予算が投入されている」
 それをグ室の面々はロハで他所に流すと言うのだ。それがいったいどれほどの損失を与えるか── 故に、社は決してそれを容認しない。かつて、A−1『ロングボウ』のシステム回りを設計した技術者、ウォレム・ハーターは、独自の行動を取ろうとした瞬間、不可解な『事故死』を遂げた。ヘンリーが南米でスカウトしたSE、ラファエル・クーセラも、資料から完全記憶した気流制御力場の技術をもし売り飛ばそうとしていたら──ヘンリーと能力者による交渉と説得が失敗していたら──、モリスが事前に手配していた『情報部』の人間によって暗殺されていただろう。
「しかし、それでもモリスはグ室の要求を飲むことはない。今、この時期に、ドロームの過去の『悪行』が白日の下に曝されることの方が、より大きな損失を招くからだ」
 それは、新生の道を歩んでいるというイメージを破壊するものだからだろうか。後席で黙々と武装の手入れをする終夜・無月(ga3084)の傍らで、水円・一(gb0495)がそう尋ねた。恐らく、イエロージャーナリズムはこぞってドロームの過去の汚点を、読者の興味と好奇心を煽るように面白おかしく書き立てるだろう。‥‥そう。かつてグランチェスター重工がそうされたように。
「勿論、それもある。だけど、本当に怖いのは、社外でなく社内の反応だ」
 これを機に、力を失っている旧ストリングス派が盛り返して権力闘争が再発すれば、社内は混乱し、ビル・ストリングスの一件でただでさえ厳しい社外からの圧力に抗しきれなくなるだろう。そうなれば、ドロームはこの世から消えてなくなる。幾つかのグループに解体されて、その力を失うだろう。
「‥‥いきなり車に乗ってくれ、なんて言われた時は何事かと思ったが‥‥ そういう事か。随分とまぁ、大掛かりで大胆な『復讐劇』だな」
 寿 源次(ga3427)が合点がいった、といった風情で呟いた。イクスがわざわざこの時期を選んで『反乱』を起こしたのには、そう言った読みもあったのかも知れない。
 ヘンリーの話を聞いたクリア・サーレク(ga4864)は、しかし、疑問を抱いて小首を傾げた。
「‥‥でも、おかしいよ。遭難の時といい、今回の交渉人指名といい、グ室の人たちは執拗にモリスさんの身柄を求めている。なのに、当のモリスさんは、人質にされるかもしれない家族を匿ってもいない‥‥」
 両者の対応に温度差が、というか、なにかちぐはぐな感じがする。それに、バリーは自殺させたのに、同じ買収に関わっていたトミーは拘束だけして放置とか、腑に落ちない点が多すぎる。
「モリスさん、本当に重工の買収に関わっていたのかな?」
 ボクの親友の想い人、その友人が、また別の友人を嵌めておいて平然と友達を続けられるとは思えない。クリアが言を強くする。
 クリアの言葉を継いだのはヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)だった。彼女はヘンリーに向かって座り直すと、正面から改めて言葉を紡いだ。
「一連の事件を端緒から結果まで、俯瞰して見て、とりあえず一つだけ分かったことがあります。今回の件で一体誰が最大利得か‥‥ 考えたら答えは一つしかありませんでした」
 つまり、その人物がグ室に虚言を吹き込んで、モリスを悪役に仕立て上げた可能性がある。
「トミーさんです」
 本当に分かっていないヘンリーに、業を煮やして答えを言う。同時にホッと息を吐くヴェロニク。やっぱりいつものヘンリーさんだ、とどこか安心したりする。
「トミー、トミーね‥‥ なるほど。グ室をけしかけ、過去の悪行を知る者全てを抹殺しつつ、自らはモリスの後釜に座ろうというわけか」
 だが、ヘンリーはすぐに首を横に振った。
 トミーが一連の事件の首謀者だとすると、今回の『反乱』はグ室と私兵たちがトミーの手を離れて暴走したということになる。トミーが社内で栄達を図ろうというのなら、社に損害を与えるようなやり方は決して容認されないからだ。
「いや、やっぱり、トミーが首謀者の線はないよ。競争相手を潰す為だけに、自らも関わった過去の悪行を掘り起こすとか、リスクと規模が大きすぎる」
 でも、トミーさんが首謀者じゃないんなら‥‥ なんでトミーさんだけ殺されなかったんだろう?
 クリアの疑問に、個人的な推測に過ぎないが、と前置きしてから、ヘンリーは答えた。
「グ室からモリスへ当てた『メッセージ』だったんじゃないか。トミーが生きていたのも、バリーの遺体が放置されていたのも含めてね」
 買収プロジェクトのリーダーだったバリーは、グ重工の社長と同じく拳銃自殺という最期を遂げた。悪辣な渉外活動を行っていたネブラスも死んだ。
 トミーは生きていた。それはプロジェクトに関わったものでも、その中核を担わなかった人間の命は取らない、という言外のサインだったのかもしれない。或いはそれが、イクスたちの復讐を容認するルーシーのギリギリのラインだったのか。
「ただ殺すだけなら、モリスなんていつだって殺せた。わざわざ遭難を偽装してまでモリスの身柄を確保しようとする必要はない。でも、そうしようとしたのは、恐らく、恨みを思い知らせたかったのか、直接謝罪させようとしたのか、買収の裏の真実をモリス自身に語らせようとしたのか‥‥」
 だが、立場上、モリスはそうするわけにはいかなかったし、バリーの元私兵たちの存在も問題を複雑化させた。
 バリーの私兵の中に居るプチ強化人間とは、ビル・ストリングスの支援の下、バグアの技術で身体能力だけを僅かに強化した人間のことだ。フォースフィールドも使えず、強化人間と呼べるほどの強さはないが、エミタの資質も必要なく、心身共に安定しているため人の中では使い易い。情報部は社の為に働くが、私兵はビルの下、ストリングス派の為だけに働く。故に、社外の人間ということになっている。
 だが、プチ強化人間も隠れ能力者も定期的なメンテナンスは必要だ。社の人間であればそれを受けられるが、彼等はビル・ストリングスの支援なくしては受けられない。
「つまり、私兵たちは命がけ。なんとしても社に要求を呑ませる必要がある。故に、共闘するグ室も妥協できない。そして、モリスが要求を呑むこともないとくれば‥‥」
「情報部による鎮圧‥‥ うーん。結局、情報部の一人勝ち、ってことなになるのかなぁ‥‥」
 納得いかない、という表情でクリアが嘆息する。
 悪辣だ。だが、情報部が悪辣なのではない。悪辣でなければならないのが情報部なのだ。例えば、南米ボリビアへエウリコ・ベナビデスの救出に向かったのは情報部の戦闘班だった。エウリコを守って全滅した彼等は高潔だった。だが、そんな彼等に増援も送れず、見殺しにせざるを得ないのが情報部という組織の立場である。
「ともあれそれも、僕らがその状況を変えてしまえば、落とし所は幾らでもあります」
 力強くそう話すヘンリーに、守原有希(ga8582)は阿野次 のもじ(ga5480)と顔を合わせ、不思議そうにヘンリーを見た。ヘンリーはきょとんとした顔でどうしたのかと聞き直した。
「いえ、うちらの知る室長って、どうしても社内政治に疎いイメージがあるもので‥‥ 今回の件についてもやけに『迅速』ですし‥‥」
「前回からみょーにアクティブなのよね。誰の手引き? 多分、ルーシーさんくさいけど」
 探るような目つきでチラとヘンリーを見やる有希とのもじ。ヘンリーはあからさまにその話題を避けた。
「まぁ、その話はおいおいすると言う事で‥‥ さて、そろそろ時間だね」
 呟くヘンリーの手の中で携帯が呼び出し音を鳴らせる。イクスは管理棟への入場を許可した。ヘンリーは車を倉庫の一つに入れると、運転席の扉を開けた。
「室長。燃えるのは結構だが、無茶だけはしてくれるなよ。あんたは居てくれなければ困る人だ」
「ばるたんに心配ばっかかけて‥‥ あとで一回殴ってやるんだから、絶対、無事戻って来るんだよ!」
 窓枠から顔を見せ淡々と、だが、心の底から呟く源次。その後ろで身を乗り出しながらクリアが告げる。
「日向へ君の手を引いて、ね‥‥ その引く手に力はあるのかしら?」
 ヘンリーの背にのもじがそう問いかける。足を止めたヘンリーは、振り返らずに頭を掻いた。
「だからこそ君たちの力を借りるのさ。数々の奇跡を起こしてきた、君たち能力者の力を」

● 
 倉庫から出たヘンリーは、自然体でもって管理棟目指して歩き出した。
 途中、管理棟から出てきた迎えがこちらへとやって来る。先頭に立つのは見た顔だった。共に仕事をしたグ室の技術者だ。すぐ横に銃を持った私兵が居るという点だけが、現状をヘンリーに認識させる。
 ヘンリーは軽く両手を広げて、武器を持っていない旨知らせると、やってくる迎えと合流した。
「ヘンリーさん、どうして‥‥」
「それは僕が君に訊く台詞な気がする」
 その答えに互いに苦笑し合い、そのままチラと車の入った倉庫を見やる。
「フロネちゃんは‥‥うちの室長の娘さんは?」
「モリスの家族と一緒にいる。‥‥車は倉庫に置いておこう。あそこは鎮圧部隊の予想侵攻ルートから外れている。管理棟の中は、いつ戦いに巻き込まれるか分からない」
 ヘンリーの言葉に技術者は少し考えて‥‥ その考えを是とすることにした。では行きましょう、と、拘束もせずに連れ立って管理棟へと歩いていく。

「そうだ。この倉庫群は、鎮圧部隊の予想侵攻ルートから外れている。そして、実験場全てに人員を配置できるほど、私兵の戦力は多くない」
 車の入った倉庫の裏手。管制塔から死角になった陰の中──
 そう呟く一が視線を落とす先には、地面に開けられたハッチと、地下へと続く階段があった。
「電源ケーブルを収めた共同溝だ。メンテナンスが出来るようトンネル状になっている」
 これを通って施設へ近づく。一は皆にそう言った。勿論、敵が立て篭もっている管理棟の近辺は見張りなり、警報機なり仕掛けられているだろう。或いは、爆発物等の罠か、もしくは出入りできぬよう溶接されているかもしれない。だから、移動は1ブロックのみ。それでも、この倉庫近辺に注がれている視線をやり過ごす効果はある。
 『人質』を警護する為、倉庫に残ることになった源次に見送られ、能力者たちは次々と共同溝に消えていった。源次は全員の移動を確認してから蓋を閉め、重いドラム缶を押して上へと乗せる。
 暗闇の中、暗視スコープをつけたヴェロニクを先頭に、手探りで共同溝を進んだ能力者たちは、すぐ次のハッチで外に出た。ハッチは閉鎖されていなかった。或いは、罠に誘き寄せる為にあえて開けておいたのかもしれない。
 ともあれ、能力者たちはそれ以上地下を進まず、外に出た。既に日は落ちており、赤く染まった空もじきに藍色に沈むだろう。闇は濃く、深くなりつつあり、照明に照らされた建物の影が周囲に死角を生み始めている。
「地の利は私たちにあります。‥‥ここで過ごした、大切な時間の分だけ」
 ヴェロニクの言うように、『地形』は完全に頭に入っていた。過去、幾度となく、試作機のテストパイロットとして過ごした日々が、そこかしこに思い出と共にこびり付いている。その半分は、ここを占拠したグ室の面々とのもので、アクセル・ランパード(gc0052)は沈痛にその表情を暗くするしかない‥‥
 建物の陰から陰へ、影を渡りながら移動した能力者たちは、途中、こっそりと車へ向かおうとしていた4人の私兵(非能力者)を音も無く無力化しつつ、ついに管理棟のすぐ隣にまで辿り着いた。管制塔の屋上等、各所に立つ見張りの注意は、ヘンリーと空港外の鎮圧部隊に向いている。思わぬ場所から侵入して来た能力者たちには誰も全く気づいていない。
 能力者たちは二手に分かれた。燃料庫、弾薬庫、格納庫といった大型野外倉庫群を制圧する班3人と、敵の本丸たる管理棟を制圧する班4人とにである。無月、有希、一の三人が、管理棟を大きく回り込みながら大型倉庫群へと向かった。残るクリア、のもじ、ヴェロニク、アクセルの4人はその場に残り、管理棟の歩哨の人員配置を確認した。
「正面入り口に歩哨なし‥‥ 恐らくは監視カメラ。巡回する兵もなし。鎮圧部隊の狙撃を警戒してか、或いは、単なる人手不足か」
 もしくは、ここまで潜入されることをまだ想定していないのか。でなければその全て── 暫し管理棟を観察して、ヴェロニクはそう当たりをつけた。窓を破って内部へと侵入する。1Fには殆ど人がいなかった。玄関ホール、そして階段の前にいた1人ずつを沈黙させ、ふんじばって空室へ放り込む。2Fも同様。敵本部が設けられていると思しき3F前の歩哨を倒して階段前を確保する。のもじはさらに上へと進んだ。4F踊り場の歩哨の顔面を踏み蹴るように駆け上がり‥‥その歩哨の腹部に拳を叩き込んで処理をするアクセルに苦笑を浮かばせながら、屋上入り口を確保する。
 だが、そこで、能力者たちの進撃は停止した。
 本部と思しき3階のフロアには、グ室の人間も合わせて20人以上の人員が詰めていたのだ。目標たる管制塔──そちらへ至る階段への扉は、テロ対策で一つしかない。20人の目を盗んで進入できぬ以上、強襲して制圧するしかないわけだが──
「クリアよりのもじちゃん。そっちはどう? 外から管制塔に取り付けそう?」
「ぶっちゃけ、無理ね。管制塔屋上の歩哨は3人。死角の人間は狙撃できないし、そもそも殺さずに黙らせることができない。管制塔の壁には掴まる物がなにもないし、覚醒して足場や取っ掛かりを打ち込みながらなら登攀できるかもしれないけど、多分、向かいの居住棟屋上にいる歩哨に見つかる。それでなくても、ほら、あれだ。私のみゅんみゅんオーラって隠密行動に向かないし」
 ともあれ、管制塔に対する奇襲は無理だ。クリアは眉をひそめながら時計に目をやった。強襲であれば、倉庫群を制圧に向かった3人とタイミングを合わせなければならない。
 ヴェロニクはそっと階段ホールの陰から室内を覗き見た。ヘンリーの元へ、管制塔から下りて来たルーシーが足早に歩み寄るのが見えた。
「ちょっと、ヘンリー! あなた、いったい何をしているの!?」
「似たような質問は何回目かな‥‥ 交渉人のヘンリー・キンベルだ。君たちを助けに来た」


 同刻。実験場外、鎮圧部隊本部──
「これを見てください」
 監視班の詰所たる天幕にやって来た鎮圧部隊の指揮官は、監視班員の指差すモニタを見つめた。
 それは監視の為に設置した暗視カメラが撮影した映像だった。そこには、突如、実験場敷地内に現れた複数の人影が、管理棟に侵入し、大型倉庫群前の歩哨を速やかに沈黙させていく姿が映っていた。
「なんだこれは。独断で先行した隊があるのか?」
「いえ。部隊は全て所定の位置で待機しております」
 現場の指揮官と思しき野戦服姿の隊長が上司にそう報告する。背広姿の指揮官は暫し、瞑目し‥‥ 指揮下の全部隊に突入準備の指示を出した。
「しかし、本社からは待機命令が出ています。強襲となれば施設の被害は免れませんし、何より、『技術者たちは殺さずに確保せよ』との命令が困難になります」
「構わん。現場の判断を優先する。KVを出せ。4機全部だ。それと、1班を派遣して人質の乗った車を確保させるんだ」

 その少し前。大型倉庫群、燃料庫前──
 オレンジ色の夜間照明が周囲を照らし出す中、有希は地を翔けるように走りながら、目的地たる燃料庫へと辿り着いた。飛び込むようにして物陰へと転がり込み、管制塔の歩哨が振り返るより早く身を隠す。そのまま給油筒の下を潜るように移動して──そのあまりの静けさに眉をひそめた。
(おかしい‥‥見張りが誰もいない‥‥)
 改めてその事実を確認しながら、有希は頭上の燃料計へと目をやった。
 驚愕した。燃料系の目盛りは殆どゼロを示していた。
(これはいったい‥‥!?)
 試作機に給油した? それだけで地下タンクの航空燃料全てが無くなるなんてありえない。暫し考え込んだ有希は、ハッとして弾薬庫へ向け走り出す。
 一方その頃、弾薬庫へ向かった無月と一は、その入り口前に立つ二人の歩哨の排除にかかっていた。
 ある種の猫科の肉食獣の様に、半地下になった弾薬庫へ続く側溝を這い進む無月。そのまま弾薬庫の側まで這い進んだ無月は、側溝を出てゴロリと横へ転がり、半地下入り口へと続く階段の中へと入った。トーチカの様に折れ曲がるコンクリ製の露天通路。その陰から顔を出して歩哨の状態を確認し、それこそ猛獣の如く襲い掛かる。
「っ!? 敵しゅ‥‥!」
 叫ぶ間もあればこそ。銃口を持ち上げようとした歩哨は、次の瞬間、『瞬天速』で一気に距離を詰められ、腹部に当身を食らわされて肺の中の空気を強制的に吐き出された。倒れ込むその身体と銃を無月が受け止め、口を塞いで腕を極めつつ、横たわった敵の背を膝で踏む。
 それを傍らで見ていた一は、その手際の良さに無音で口笛を吹く真似をした。もっとも、その一もまたその時には、無月に銃口を向けたもう一人の歩哨の銃を手品の様に奪いつつ、その背にクルリと回りこんでその首に背後から腕を回して締め上げている。
 歩哨を締め落とした一は出入り口の警戒を無月に任せると、自らは盾を構えながら弾薬庫の内部へと侵入した。物陰から飛び出してきた兵を盾と銃床で殴り飛ばして気絶させ、光のない闇の中にライトを灯す。
 弾薬庫の中身は、事前に予想していたよりも空に近くなっていた。特に弾薬類は殆ど総浚いといった有様だ。
「どういうことだ? 実弾ならともかく、模擬戦用の空砲やペイント弾まで持ち出している。明らかに過剰な量だ」
 そこへ、有希が駆け込んできて、燃料庫の残量がほぼゼロだったことを告げた。二人は暫し目を合わせ‥‥ 慌てて弾薬庫の中を調べる。
 危惧していたものはすぐに見つかった。弾薬庫の中で明らかに不釣合いな代物──航空燃料を満載したドラム缶数本の横に、置かれた幾つかの弾薬箱。そこにアンテナの伸びた簡易な遠隔起爆装置がついている。
「やはり、自爆装置‥‥!」
「ちょっと待てよ、ドラム缶だと‥‥?」
 有希と一は改めて可燃性危険物を見やった。最初に入った空の倉庫。その床に残っていた無数の輪の跡を思い出す──!

「来やがったか」
 車の入った倉庫のキャットウォーク。その明り取りの窓から外を見やって──
 『人質警護』の為、その場に一人残った源次は、実験場の外から手馴れた動きでこの倉庫に近づく集団に気づいて、床面目掛けて宙を舞った。
 そのまま運転席に飛び乗り、後席にぬいぐるみやクッション、予備の防具にアルパカキャップといったものを投げ入れる。
「お嬢ちゃん。ちょっとそのぬいぐるみを抱いていてね。奥さん。申し訳ないが、シートベルトを。ちょっと荒れるが、我慢してください」
 そう告げながら、エンジンのキーを入れ、ハンドルをハの字に握る。扉脇に取りついた兵たちが突入しようとしたまさに直前、思い切りアクセルを踏み込んで外へと飛び出す。敵はこちらへ自動小銃の銃口を向けたが、発砲は行われなかった。そりゃそうだろう。モリスの家族が乗っているとなれば、うかつなことはできるはずがない。
「つまり、君のパパはそれだけ凄いってことさ。So、グゥレイト!」
 振り返らずに叫びながら、広い滑走路へと移動する。このままここで縦横無尽に逃げ回ってやろう。そう思っていた源次は、だが、フェンスを飛び越えて侵入してくる4機のF−201Cを目にして慌ててその針路を変える‥‥

「突入! 突入だ! KVに乗られたら手ば出せんと!」
 KV格納庫目掛けて無月や一と走りながら、有希はそう叫んだ。現れた鎮圧舞台のKVに呼応するかのように、格納庫唯一の扉が開いて中から1機のKVが歩み出る。それは有希が見た事がある機体──F−205の試作機だった。204用の長距離支援用ユニットの試作型をフル装備し、フルアーマーとでも呼ぶべき姿になっている。その閉まりゆく装甲カバーの下、風防越しに見えるパイロットは──
「ディさん‥‥!」
 足を止め、機体を見上げる有希の目の前で、205が装備した誘導弾を一斉に撃ち放つ。続けて放たれる長砲身の大口径磁力砲。接近する間もなく、2機の201Cが炎に包まれ爆発する。
 抗戦する205の足元を、だが、無月はすり抜け、格納庫の中へと入った。続けて入った有希と一は、その人数の多さにギョッとした。KVの発進準備を進めていたのだろう。中にはグ室の技術者や整備士が数多く詰めていた。
 混乱する格納庫の中にあって、無月は銃を持った野戦服姿の人間に突っ込んだ。掌底でもって顎を狙い、それをかわされるや隠れ能力者と見てさらに肉薄。その身を弾いて崩してから後ろ回し蹴りで蹴り倒す。
「このバカもんが!」
 この人ごみの中で銃を構える兵を見つけて、有希は叫びながらそちらへ突っ込んだ。突きつけられた銃口を跳ね上げ、両手で掴んで捻り上げる。引き金と逆に捻られた兵の人差し指がぐにゃりと折れるが気にしない。それくらいは我慢して貰う。こんな所で発砲したら、いったいどれだけの被害が出たことか── 有希はそのまま銃を奪うと、右指を押さえる兵の首筋へ手刀を入れて黙らせる。
 一方、機体の側へと走りこんだ一は、庫内に残されたもう1機のKV、人型のF−201H(204と同じエンジンシステムを搭載した試作改良機)に乗り込もうとするパイロットスーツ姿の男に気づいて、手にした銃口をそちらへ向けた。キャットウォークを走るその背後に人はいない。能力者だと即断し、迷う事なく発砲する。肩口を撃たれ、もんどりうって倒れる男。階段を駆け上がる有希の姿を見ながら、一はドラム缶の姿を探してそちらへと走り寄る‥‥
「管理棟班、管理棟班。格納庫は確保した。鎮圧部隊が侵入している。管制塔は確保できたか──?」

 同刻。管理棟内──
 情報部の突入を知った本部の人間たちは、混乱の渦中にあった。
「KV4機が滑走路に進入!」
「フロネちゃんの乗った車が移動! 敵歩兵が確保に動いている!」
 そんな報告の中で、各階の歩哨と連絡が取れないというものがあった。ルーシーがハッとしてヘンリーを見やり‥‥階段ホールのヴェロニクと視線がぶつかる。
 ルーシーは軽く目を瞠って‥‥無言で一つ、頷いた。それを見たクリアが屋上ののもじとアクセルにGoサインを出す。
 連絡を受けたのもじとアクセルは互いに頷き合い、管制塔屋上の兵たちが滑走路上のKVに気を取られている間に外に出た。そのまま屋上の手摺にロープのフックを引っ掛け、下へ跳ぶ。落下中、階下の窓の中に見える反乱本部。のもじは『回転舞』で宙を蹴ると、そのまま窓から飛び込んだ。けたたましい破壊音。振り返った兵がのもじの両脚の裏に顔面を蹴り飛ばされる。普通に飛び込んだアクセルはそのまま前転しながら肉薄し、敵の足を刈り払うと、ヘンリーとルーシーの元に走り寄ってその内懐に二人を庇う。
 そこへ階段ホールからもクリアとヴェロニクが突入し、本部にいた兵は瞬く間に制圧された。
 管制塔へと続く扉は、だが、管制塔からの操作で固く閉ざされてしまっていた。

 巨大な騎兵槍を構えた205が、そのスラスターの全てを吹かして吶喊する。そのあまりの速度と質量に、喰らった201が粉々になって砕け散る。
 残余の1機は、単騎で対抗し得ぬと判断して後退した。勝利した205のディは、だが、凱歌をあげることなく背後を向いた。
「お前たちのやりようは‥‥分かっているんだ!」
 KVで派手に目を引いておいて、歩兵が反対側から侵入する── 看破したディは機銃を乱射した。吹き飛ぶ兵隊。それを見た一が歯を噛み締める。
(復讐するな、とは言わない。だが、死者を出したのは‥‥)
 人死にを出した鎮圧部隊は、もう容赦しないだろう。
 有希もまた頷いた。事態の収拾を急がねば、最後はひどいことになる‥‥


「お〜れは田舎のアウトロぉ〜(ヘイ!)♪」
 右へ左へ、激しく進路を変える車の中で、源次は自ら鼻歌に合いの手を入れながら走り続けていた。
 このまま逃げ切れるのではないか── そう思い始めた矢先、兵たちが一斉に銃を撃つ。発砲した!? 慌ててハンドルを切る源次。追い込まれたその先で、一斉にタイヤがパンクした。鎮圧部隊はスパイクベルトを並べていたのだ。
 たちまち兵に囲まれる車。手を上げてドアを開けた源次が瞬く間に引きずり出され、兵たちが荷室を覗き込む。だが──

「どういうことだ、ヘンリー室長!」
 その光景を管制塔から見ていたイクスが、管理棟のヘンリーに問いかけた。車の中には‥‥ 誰の姿も無かったのだ。
「モリスの家族とフロネちゃんは、家政婦と一緒に近くのレストランで誕生日会の真っ最中さ」
 管制塔に立て篭もるイクスに答えるヘンリー。既に私兵たちは能力者たちによって鎮圧された。情報部が気づく前に、なんとか投降させねばならない。
「イクスさん。一つ伝えるべきことがある。あの買収劇の真実だ。モリスから僕はそれを聞いた」
「それが真実だと信じる謂れはないな」
「それでも聞いてくれ。モリスの妻と娘を僕に預けたのは、そのモリス本人なのだから」
 ドロームがグ重工を買収しようとしていたのは確かな話だ。だが、それは新型軍用ヘリが墜落した後のことだ。少なくとも、その事件をドロームが起こした事実はない。
「嘘を言うな」
「嘘じゃない、と思う。恐らくバリーもトミーも同じことを言ったはずだ。だが、あなたたちは信じなかった。前社長が、自分たちが作ったエンジンが本当に不良品だったと、認めたくはなかったからだ」
 買収中止となるところを説き伏せ、強く推したのがモリスだった。困っていた重工を、友人を助けるつもりだったのかもしれない。その技術力から、必ず立ち直ることを信じていたのかもしれない。
 だが、経理のトミーは予算が足りないとバリーに告げた。トミーはただ事実を告げただけで、その後の展開も知らなかった。
 バリーは重工を買い叩くべく、ネブラスに報道を煽らせた。結果、前社長は自殺し、ルーシーは夫を過労と心労とで失うこととなる‥‥
「たとえそれが真実だとしても、受け入れるわけにはいかない。今更‥‥」
 呟き、無言で自爆装置のスイッチを入れるイクス。倉庫が、居住棟で次々と爆発が湧き起こり‥‥ しかし、大型倉庫も、管理棟も、何も変わらず立ち続けている。
 どういうことだ、と驚愕するイクスたちの声が無線に流れる中、有希と一は互いの顔を見合って笑みを零した。その手には管理棟に仕掛けられていた自爆装置の受信装置。
 呆然とするイクスに向けて、ヘンリーから館内電話の受話器を受け取ったアクセルが言葉をかけた。
「買収の時、いったい何が起こったのか、当時の状況を調べさせてもらいました。‥‥俺はグ室の作ったエンジンが好きです。それを搭載したKVが好きです。故に、一ファンとして、あの買収劇を許すことはできません。‥‥ですが、今回の騒動は、それ以上に許せません。亡き社長、そして自分たちの、理想や看板に泥を塗る行為だからです。貴方たちの作ったエンジンを愛する者として、これを許すことはできません」
 アクセルはそこで一度言葉を切り、ルーシーとヘンリーに視線をやった。頷く二人に力を貰って言葉を続ける。
「貴方がたが本当にやりたかったことはなんですか? 復讐? 違うでしょう。亡き社長の汚名を雪ぐことのはずだ。貴方たちはそれを果たした。SES−190、そしてSES−200の完成がそれを成し遂げた。あなたたちのやるべき事はこんなことではなく、夢半ばに倒れた社長や理念を、これからもずっと実現させ続けることではないんですかっ!」
 アクセルの説得は、最後には絶叫になっていた。イクスが崩れ落ち、管制塔へ続く扉が開いて‥‥
「冗談じゃない。それなら俺は、一体何の為に隠れ能力者になったんだ。なぜ、この手を汚し続けなけりゃならなかったんだ!」
 無線に響く高笑い── その声の主、ディが205の銃口を、自分をその境遇へと追い込んだ父親のいる管制塔へと向ける。
「ディさん!」
 有希はその機体のカメラの前に、閃光手榴弾を投げつけた。閃光。視界を潰され、大きく身体を開く205。そのコクピットを、生き残った201が試作粒子砲で撃ち貫く──

「抵抗は止んだ。今すぐ施設を制圧するんだ」
 事ここに至って状況を把握した鎮圧部隊指揮官は、部下にそう命令を発した。
 だが、その命令が果たされることはなかった。捕まった源次が見ている前で、到着したモリスと捜査官が指揮官を解任したからだ。
「命令に背いたな。覚えておけ。これからのドロームにおいては、武力を持つ者の勝手は決して容認されない」
 モリスの指示により『元』指揮官の命令は撤回され、鎮圧部隊は事態の収集作業に入った。抵抗はなかった。燃え上がる倉庫を背景に、私兵たちが武装解除に応じていく。
「数年後、社内が落ち着いたら、貴方の名前で重工の名誉を回復してあげてくれませんか? ストリングス派の悪行のひとつとして、誰よりも早く、自分たちで」
 アクセルがモリスに向かってそう提案する。
 約束はできないが、と前置きしてから、モリスはそれを受け入れた。