タイトル:若き英雄とアルマジロマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/30 18:01

●オープニング本文


 英雄に対する熱狂というものは、麻疹にかかるのと同じ様なものだ。
 或いは、流行りの冬物コートだとか、チューインガム。春が来ればコートは用なしになってクローゼットの奥にしまわれるし、味のしなくなったガムは吐き出されるより他にない。
 つまるところ、英雄などと呼ばれてみても、その存在は一発当てては消えていく芸能人の類となんら変わりはしないのだ。
 人々を導く旗となれ── そうは言ってみたところであくまでも旗は旗であり、その旗を振るのは旗手である。英雄の役割とは、人々にとってなるべく見栄えの良い『旗』でいること── まぁ、どう言い繕おうと、道化であることには違いない。
「だが、まぁ、そのことを忘れずに常に頭の片隅に入れておけば、人生を間違わずにすむだろうよ。こいつは先人からの忠告だ。‥‥いや、そんな大層なもんでもないな。個人的な経験談──つまり、単なる愚痴だ」
 ある戦場で出合ったとある壮年傭兵が、そんな事を言っていたのが強く印象に残っている。
 おかげで、彼、セシル・ハルゼイは──アメリカ西部戦線において、自らの危険も顧みず、危地にあった多くの民間人の盾となり、軍広報部によって英雄に祭り上げられた青年は、熱狂の渦中にあっても自分を見失わずに済んだ。英雄の名に舞い上がって自らの意志と理性を放棄することもなかったし‥‥ まるで手の平を返したように人々が自分に興味をなくしても、世を恨んで拗ねるような無様な真似はしなかった。
「ま、こんなもんだよな」
 苦笑混じりにただそれを受け入れる。今、北中央軍は、北米全てのギガワームを殲滅し、北米バグア軍の司令官リリア・ベルナールを打倒した。その先鋒は既に、人類首都メトロポリタンXの存在するフロリダ半島の付け根、アトランタ近郊にまで及んでおり、もう国債購入や志願兵徴募の宣伝に『個人』の武功を頼る必要はなくなっていた。
「原隊に復帰するかね?」
 プロジェクトの終了を淡々と告げながら、軍の広報担当が淡々とセシルに尋ねてくる。
 幾つかの懐かしい顔を思い出しながら、しかし、セシルは返事を保留した。命令違反を犯して無茶をし、怪我をした。その事を謝る間もなく英雄に祭り上げられ、部隊を去った。以降、余りにも多忙で手紙の一つも出す間もなかった。‥‥或いは、英雄になる為に、嬉々として部隊を捨てた。そう思われているかもしれない。今更、どんな顔をして彼等と見えれば良いというのだろう‥‥
 基地のスピーカーが警報のサイレンを鳴り響かせたのはその時だった。
 続けて、オペレーターのアナウンスが、敵航空戦力による基地への奇襲を伝えてくる。高空を飛ぶ直掩機のエンジン音。緊急発進するスクランブル機の轟音── セシルは広報官のオフィスを飛び出すと、シェルターではなくハンガーへ向かって走り出した。
「状況は!? 俺の機体は出せるのか!?」
「無理です! 懐に入り込まれ過ぎています! 今からじゃ、とても‥‥!」
 滑走路脇を走る牽引車に跳び乗りながら、セシルが顔馴染みの整備士に尋ねる。状況が絶望的なのはすぐに分かった。基地内に轟く爆発音── 振動と熱と衝撃波を感じて見上げたセシルの視界に、有人機と思しきタロスが複数と多数のHW(ヘルメットワーム)と共に多数の火線を撃ち下ろしているのが見える。
 と、突然、セシルが乗る牽引車に影が落ち、すぐに通り過ぎていった。首を竦めて空を見る。地に影を落としたのは、火を噴きながら落ちていく輸送機型の中型HWだった。そう思う間もなく、それは基地施設の一つに激突し、爆発して周囲に破壊を撒き散らす。
「セ、セシルさん!」
 整備士に袖を引っ張られて、セシルは反対側の空を振り返った。
 目を見開いて固まった。恐らく、先の輸送機型が投下していったのだろう。なにか巨大な球形のものが、その径を大きく見せながらゆっくりと──でかいのでそう見えるが、その実は高速で──こちらに落下してくるのが見えた。
「まずい‥‥っ!」
 セシルは整備士の襟首の背を引っ掴むと、そのまま操縦席から引っこ抜いて牽引車から飛び降りた。直後、地に落ちた巨大な球体はFF(フォースフィールド)を煌かせつつ、地を抉ってバウンドしながら牽引車を粉々に押し潰しながら薙ぎ払う。球体はそのままゴロゴロと滑走路上を転がると、地を転がったセシルと整備士の視線の先で、突如パカリと『展開』した。
 その球体は、巨大なアルマジロ型の機械化キメラだった。その頭部には雄牛のそれを思わせる二対の角。尻から伸びた長い尻尾。肩口の2つのユニット──前面に8つの穴が開いた直方体型の機械は、旋回式のフェザー砲かなにかだろうか。その全身を覆う強固な鱗甲板には、ボコボコとタイル状の何かが張り付いており、それらはリアクティブアーマー(爆発反応装甲)やVLS(ミサイルの垂直発射装置)の蓋を思わせる。
 まるで恐竜の様な巨大アルマジロはその4本の足で巨体を立ち上がらせると、その頭部をグルリと巡らせ‥‥ KVハンガーの方に向きを変えると、そちらに向かってゆっくりと歩き出した。
「いっ、いやな予感しかしない‥‥ セシルさん、あれ、止められないんスか!?」
「無茶言うな! 装備も何も無いっていうのに‥‥!」
 とにかく、まずは逃げろ、と、整備士を引っ張って走るセシル。その横を、鎧竜──アルマジロが二人には見向きもせずに進んでいく。セシルは苦笑した。まさかこんな所でキメラにまで無視されるとは。
「セシルさん!」
 小脇に抱えた整備士が叫ぶのを聞いて、セシルはそちらを振り返った。見れば、兵舎から飛び出してきた傭兵能力者たちが、完全武装で鎧竜に向かっていく。
 それを見たセシルは「なんとかなるかもしれない」と呟いた。「え?」と聞き返す整備士にはもう答えず、セシルはその足を速めた。

●参加者一覧

月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
ミリハナク(gc4008
24歳・♀・AA
入間 来栖(gc8854
13歳・♀・ER

●リプレイ本文

「これはまた、敵も随分と面倒な置き土産を残してくれたな」
 球形から展開する巨大なアルマジロ型キメラを見やって、滑走路上を駆けながら月影・透夜(ga1806)が呟いた。
 形状自体は前にプロボで見たアルマジロ型と酷似している。だが、そのサイズは大分小さい。
「‥‥その代わりか、随分と武装化しているな。外殻はさらに硬そうだし、肩のユニットは範囲兵器か?」
「これぞ『兵器』としてのキメラ、ですね。足が遅すぎて主力とは連携出来ない、単独行動前提のキメラ── 或いは、自爆兵器かもしれません」
 透夜に答える辰巳 空(ga4698)の言葉に、入間 来栖(gc8854)は「自爆!? そんな‥‥!」と悲鳴にも似た声を上げた。
 では、あの仔はただ死ぬ為に生まれてきたのか。その全身を兵器化された挙句、自らの命と引き換えにただ目標を破壊する──その為だけに生まれたというのか。
「‥‥ホント、アリガタイ話。ただでさえ生身では厳しそうな相手だってのに、自爆まで‥‥」
 時枝・悠(ga8810)は空の予測に「やれやれ」と肩を竦めてみせた。でも、まぁ、状況的に基地はどこも手一杯だろうし、私たちで潰すしかない。「空を飛ばないだけマシ」とは空の言い様だが、まぁ、タートルやレックスを相手にするよりかは良心的な状況だと思っておく。そもそも敵輸送機が健在だったら、格納庫のもっと近くに、もっと大量のアルマジロがばら撒かれていたのだろうし‥‥
「あら。それはそれでとても素敵♪ 滑走路一面に展開する『鎧竜』の群れ── ああ、愛おしい。ラヴです。愛しています。ええ、決めました。今からあのキメラの名前は『鎧竜』です。とてもとても強そうで‥‥ ──喰らい甲斐が、ありそうですわ」
 夢見る少女のようなミリハナク(gc4008)の表情が、台詞の最後でどこか淫靡なものへと変わった。目を細め、吹きすさぶ風に乾いた唇を舌でペロリと湿らせる。
「久しぶりに生身で戦う大物じゃ。気をつけるのじゃぞ、天然(略)犬娘。アレはなんとしても倒さねばならぬ!」
「うん、そうだね、桜さん。今は私たちがあの子をどうにかしないと‥‥!」
 気合を入れる綾嶺・桜(ga3143)と響 愛華(ga4681)。来栖はハッとした。格納庫では現在、多くのKVが出撃準備を行っている。
 来栖は足を止めると『先見の目』で周囲の状況を確認した。続けて、生物学者の養父から語り聞かされたアルマジロに関する知識を知らせる。
「アルマジロは哺乳綱異節上目被甲目。硬い甲羅で身を護り、前足に穴を掘る為の鋭い鉤爪を持っています。本来は夜行性ですが、キメラに不利な特徴は残されていないと思われます!」
「腹は? 柔らかいのか?」
「全身が硬い種もいます。けど、丸まる種──ミツオビアルマジロに関して言えば、そのお腹はぷにぷにのふにょふにょです!」
 もっとも、キメラである以上、断言はできない。でも、背にあれだけの増加重量を抱えている事を考えれば、腹部まで重くはできない気がする。
 透夜は頷いた。定番では、この手の敵の腹は柔らかいものだが‥‥ ともかくやってみるしかない。
 透夜は鎧竜の左側へ回り込みながら、槍を背に払って小銃をその両手に構えた。その後を、薙刀を手に提げた桜が続き、さらに、ガトリング砲を抱えた愛華が『瞬速縮地』で後を追う。
 それを見たミリハナクは、鎧竜を挟み込むべく敵右側へと移動した。不用意には近づかない。射程の長い輝弓を活かすべく敵との距離を保つ。その移動線の内側に入った空は、盾を手に、鞘から直刀を抜刀しつつ、右翼前衛で『呪歌』を紡ぎ始めた。
 正面には悠と阿野次 のもじ(ga5480)。能力者たちは接敵から10秒も経たない内に、鎧竜への半包囲を完成させていた。
「個人的な事情に過ぎないが‥‥ 私はセシルに──あの坊やに一つ借りがある。──もし、セシルが英雄にならなかったら、世論を煽る為の道具として、軍はユタの難民孤児を引っ張り出していたかもしれない」
 敵針路上に立ち止まり、洋弓に矢を番えたのもじが万力を込めて弦を引く。
「──故に、時間は私らが稼ぐ。秘儀、切な・さ乱れ打ち☆」
 放たれる3本の矢はそれぞれが弾頭矢。それらはのもじの狙い通り、鎧竜頭部の目前に落ちて炸裂した。
 眼前での爆発に、鎧竜が雄叫びを上げて一瞬、その足を止める。再度、敵の眼前に弾頭矢を放つのもじ。だが、鎧竜は今度は怯まず、格納庫への前進を再開する。
「わぅわぅ! ここから先は私たちが通さないんだよ!」
 こちらの左翼──敵から見て右側、浅い位置に射撃位置を決めた愛華が、ガトリング砲を腰溜めに構えつつ、靴底を滑らせ足を止めた。夥しい数の空薬莢を吐き出しながら炎の舌を吐く砲口──愛華は反動を抑えつつ砲を動かし火線を振ると、肩口の武装ユニットに弾を集めた。ユニットの装甲に跳弾の火花が弾け、その周辺で着弾した『増加装甲』は、直後、刹那の間も置かずに装甲自体が外側へと弾け跳ぶ。
 砕けた装甲は散弾と化して鎧竜右側へ扇状に飛び散った。幸い、敵に接近している者はいなかったので被弾した者はいなかったが‥‥
「‥‥見た目以上の『爆発反応装甲』ってわけか。自ら弾ける事で攻撃威力を殺しつつ、かつ、こちらへの近接防御を兼ねる、と。‥‥アルマジロどころかヤマアラシだ。『クレイモア』(対人散弾地雷)くらい飛んだぞ、破片」
 呆れたようにそう呟いて、悠が警告の声を上げる。空は『呪歌』を歌いながら、心中でなるほど、と呟いた。
(分厚い装甲と散弾で耐え忍びつつ、ひたすら目標へと突き進む‥‥ 本当に自爆攻撃に特化しているのですね‥‥)
 麻痺効果を与える旋律は、現状、目に見える程の効果を表してはいなかった。図体が大きい為か、抵抗系もそこそこ高いらしい。空は旋律を止める事なく、更に『呪歌』のランクを上げていく‥‥
 鎧竜はその速度を遅くすると、両肩のユニットを旋回させて反撃を開始した。8つ空いた砲口から次々と対人フェザー砲を撃ち放ち、透夜へ、桜へ光弾の豪雨を浴びせかける。それを見た愛華は再び肩の『砲塔』目掛けて砲撃を再開した。弾ける跳弾と飛び散る散弾。鋼の豪雨にその装甲をベコベコに凹まされながら、旋回した砲塔が今度は愛華に連射を浴びせる。
「随分と硬いな‥‥ ならば‥‥!」
 透夜は回避運動を続けながら小銃の弾倉を『貫通弾』入りに交換すると、スコープを右目で覗きながら立て続けに発砲した。何発かは装甲に弾かれたものの、数発が装甲を貫通し、機械部に小爆発を発生させる。
「やったか?」
 すぐに応射によって返事がなされた。透夜は無言で舌を打つと、新たな弾倉を装填しながら再び射撃を開始する。
 右翼戦線──鎧竜の左側でも、フェザー砲による迎撃の銃火は引っ切り無しに放たれ続けていた。盾をかざしながら、右へ、左へ、ジグザグに回避運動を取る空。『高速機動』で反射速度を加速させつつ、その砲口を見極め、先んじて横に跳ぶ。
 砲撃は、ミリハナクのいる後方まで飛来した。「そうこなければ」と笑いながら、降り掛かる怪光線の飛沫を戦闘用ドレスの袖で払い── 膝をつき、斜めに構えた輝弓に弾頭矢を番えて打ち放つ。放物線を描いて飛翔した矢は、狙い過たずにユニットを直撃して爆発した。応射を放つフェザー砲。その光弾飛ぶ先に、だが、既にミリハナクの姿はない。射撃後、いち早く場所を移動していた彼女が再び、二の矢を放って敵砲塔を『爆撃』する。
 しかし、機械化キメラ『鎧竜』の肩部ユニットはよほど頑丈に作られていたのか、傭兵たちの第一次攻撃に耐え切った。右へ、左へ、怪光線を連射しつつ、鎧竜は前進する──
「前に出ます! 辰巳さん、少しの間、砲火を引きつけておいてください!」
 右翼に回った来栖が空に向かってそう叫んだ。返事代わりに敵砲塔近くにまで肉薄して、手に提げた直刀で装置の基部に切りつける空。その応射を一撃離脱で跳び避けてる間に、来栖は『練成弱体』の効果範囲──30mまで近づいた。
「これで‥‥っ!」
 敵の防御力を下げつつ、自らも超機械を振るって敵肩部に電磁波を叩きつける。そこに応射が放たれ、足元に着弾を受けた来栖がわきゃあと悲鳴を上げながらコロリと後ろへ転がる。
 状況は直後に動いた。愛華、そして透夜の十字砲火を浴び続けたユニットが、遂に耐え切れず爆発したのだ。続けて右翼。ミリハナクの放った弾頭矢が損傷した砲塔を吹き飛ばす。
「今じゃ!」
 それまで回避運動に徹していた桜が『瞬天速』で一気に鎧竜へと肉薄した。愛華がその桜を支援すべく鎧竜との距離を詰め、透夜もまた得物を槍へと替えて『迅雷』で突撃する。
「ミツオビアルマジロ属しか丸くならない。そう知った時は、衝撃だった‥‥」
 敵正面── 大太刀を鞘から走らせながら、悠はしみじみとそう呟いた。刀身から立ち昇る陽炎に周囲の空気を揺らめかせながら、両の手にゆるりと構えつつ、徐々に歩速を上げていく。
 その視界に、先陣を切っていた桜が左から飛び込んでくる。桜は薙刀を持った手を背の方へと回しながら、地を滑るようにして鎧竜の眼前へと躍り出た。
「眼ならば増加装甲もあるまい!」
 桜はそのまま足を止めると、背に回した薙刀を腰ごと、腕ごと突き出した。狙うは急所、敵の右目。眼球を抜き、脳まで届けと突き出された一撃は、だが、牛の角状の武装によって受け弾かれた。む、と薙刀を引き戻す桜。それに付け入るように鎧竜の角が迫る。
 その時、既に全速に達していた悠が大太刀を大上段に振り被り、反対側の右角を打ちつけた。角を叩かれ頭部を揺らし、桜を捉え損ねる左角。その間に桜は鎧竜から距離を取って体勢を立て直し、同じく、硬い角に刀を弾かれた悠もまた、痺れる手の平に片手を振りつつ一歩退く。
 そこにのもじの弾頭矢が放たれた。頭部へと集中する弾頭矢。立て続けに湧き起こる爆発── だが、それでも敵はひるまない。横っ飛びでその進路上から跳び逃れるのもじ。その傍らを鎧竜の巨体が通過していく‥‥


 両肩のフェザー砲を失ったことで、鎧竜はその歩速を常歩から速歩へ上げた。
 右翼の戦線で敵の左側から支援攻撃を続けていたミリハナクは、それまで使用していた輝弓から機関砲へとその得物を替えた。
「味方もたくさんいるようですし‥‥ 私は外装から破壊していきましょうか」
 艶やかな声音で囁きながら、大口径の単銃身機関銃を『猛撃』でぶっ放すミリハナク。そのまま派手に銃身を振って広範囲に弾をばら撒く。立て続けに直撃を受けた装甲タイルが、砕けて、弾けて、散弾の嵐を撒き散らす。
 まるでバケツ一杯の爆竹を引っくり返したみたいだ。接近と離脱を繰り返しながら『練成弱体』を維持する来栖が、その轟音に悲鳴を上げる。一方、空は武装を天剣に持ち替えると、コンクリの弾けた噴煙の中を盾をかざして突っ込んだ。そのまま機械と肉の継ぎ目を天剣でもってぶん殴る。反撃の散弾は撃ち出されなかった。周辺の爆発装甲はミリハナクによってあらかた排除されていいる。
 左翼側でも能力者たちは鎧竜にダメージを与え続けていた。愛華の支援射撃の下、接近と離脱を繰り返す桜と透夜が、手にした薙刀の切っ先を、両の手に持った双槍の穂先を『急所突き』で増加装甲の隙間へ捻じ込んでいく。
「よし、このまま押し込んでいければ‥‥!」
 攻撃後、鎧竜の身体を蹴って、後ろ宙返りで離れた桜が、更に地を蹴り、愛華と並んでSMGを撃ち捲くる。反応する爆発装甲。鎧竜の右側でも確実に鎧は剥がされていた。
 再び『瞬天速』、『迅雷』で肉薄しようとする桜と透夜。次の瞬間、鎧竜上部の装甲パネル──防護カバーが一斉に弾け跳び、VLSから無数のマイクロミサイルが撃ち出された。白煙を曳いて直上に到達したそれらは、まるでネズミ花火の様に乱舞しながら逆落としに降り注いできた。近くにいた桜を抱きかかえながら、ガトリング砲を上に向けて『撃ち落し』をかける愛華。ミリハナクも同様にその銃口を跳ね上げる。
 鎧竜を中心に、ドーナツ状に湧き起こる爆発と爆煙。その攻撃を受けなかったのは、鎧竜に張り付いた来栖だけだった。周囲に構わず、前進を続ける鎧竜。その煙の中を抜けて飛び出してきた悠が、揺れる白煙と空気を刀身に曳きながら、下段からそれを跳ね上げ、先の自らの一撃により折れかけていた右の角を斬り飛ばす。
 『拡張練成治療』を行う為、張り付いていた鎧竜から飛び降りた来栖は、ぴちゃり、と音を立てた地面に視線を落とした。瞬間、身を固まらせる。鎧竜は血の川を跡に曳きながら前進を続けている‥‥
 その鎧竜の走る速度が、再び速くなった。速歩から駈歩へ── まるで命を絞るようにその速度を上げていく。
 これは助走だ── 能力者たちは直感した。再び丸まり転がる為の、そのまま格納庫へ突っ込む為の加速をつけている‥‥!
「ええい、丸まられたら厄介じゃ! その前に‥‥!」
「転がられる前に倒さないと‥‥!」
 再び攻撃を続けようとする桜と愛華。だが、その直前、敵の後尾に、敵の丸まりの前兆を察したのもじが、『瞬速縮地』で喰らいついていた。
「空っち、愛華っち! 今こそトリプルビーストキックを大怪獣に見舞う時よ!」
 トリプルビーストキック──即ち、『獣突』による一斉飛び蹴り。通常、重過ぎて鎧竜には効かない『獣突』ではあるが、角度と重心バランス次第で、つまり、前転前のこのタイミングであれば、すっ転ばせることができる。
 信じて返事を待たず、さらに『瞬速縮地』で加速をつけるのもじ。鎧竜が前転するタイミングを見計らって自らも跳躍し、後ろから蹴り付け転がそうと──
「あれ?」
 攻撃を外したのもじが、延髄蹴りをするプロレスラー(その真似をする芸人)のような姿で落ちていく。慣性の法則により、前進し続ける物体を後ろから飛び殴るのはとてもとても難しい。
 故に、鎧竜をこけさせたのは、側面から突っ込んだ空の『獣突』斬りだった。丸まろうとした上部を横から叩かれ、のもじの予測通り倒れ付す鎧竜。背を下にして身体のバネで跳ね起きようとした鎧竜は、しかし、一瞬早く踏み込んできた悠の『天地撃』によって再びコンクリ面に叩きつけられた。続けて流れるように刀身を翻し、『両断剣・絶』でもって鎧竜の腹を打ち据える。
「全力の一撃だ。斬り裂け!」
「続かせてもらう! 連続攻撃を喰らうのじゃ!」
 悠に続いて、残った連力全てをつぎ込んで飛び掛った透夜と桜が、槍の穂先を下にして身体ごと鎧竜の腹へと突き落ちる。
 柔らかい腹部を立て続けに貫かれた鎧竜は、断末魔の悲鳴を上げてそれきり動かなくなった。それを見た来栖が魔法の杖をギュッと握る。
 格納庫の中から、その身を犠牲にしてでも格納庫を守ろうとしていたセシル機が現れ── 決着がついているのを見て「あれ?」と呟いた。