タイトル:Uta小隊 再上陸マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/07/09 13:24

●オープニング本文


 敗走した旅団の殿軍につき、州都の避難民たちを守って4年以上、彼の地で戦い続けた『僕』ら後衛戦闘大隊の面々は、サンフランシスコに着いた瞬間、既に英雄に祭り上げられていた。
 避難民救出作戦開始から『僕』らの大隊が脱出するまで、ここ西海岸の各マスコミは連日特番を組んで、作戦経過の詳細を戦意高揚の為に流していた。ここ最近のUPC軍の優勢を受けて、人々の熱狂は最高潮に達していた。各都市に設けられた軍の出張所には、連日、入隊希望の志願者と戦時国債を買い求める人々の列が出来ているという。
「優勢になった途端にこれか。現金な話だよな、ジェシー?」
 戦友のウィルが人々の歓声に向かって手を振りながら、『僕』にだけ聞こえる声で皮肉を言う。どうせ志願するのなら、もっと早くしてくれれば良かったのに── その想いは、大隊の兵の殆ど全てに共通するものだったのだろう。人々の歓声の中を歩き抜ける兵たちの表情には、歓喜よりも疲労の色が濃い。
 式典やら何やらでまる2日を『僕』らに浪費させた後で、軍は大隊の全員に一時金と2ヶ月の休暇を与えたが、『僕』が実際に自由な時間が持てたのは一週間かそこいらだった。ユタ防衛戦の最初期から戦い続けてきた『僕』やウィルのような人間は、軍の広報によって可能な限りマスコミに露出させられた。任務とは言え、ステレオタイプな番組構成や無知なコメンテーターの間の抜けた質問が延々と続くのは苦痛だった。中には、あの戦場で戦った全ての戦友や、戦死者を侮辱された、と感じるものまであった。もっとも救いがなかったのは、彼等自身にその自覚がないことだった。結局の所、彼等は何も分かっていないのだ。‥‥あの戦場で戦い、生き残ったということが。
 ある時、遂に堪えられなくなって、生放送中、『僕』たちに安っぽい同情と共感めいた発言をしてきた芸能人に向かって、嫌味と皮肉で応じてやった。以降、番組出演の声は掛からなくなり、『僕』はささやかな休暇を手に入れた。負傷して入院加療中の戦友トマスの見舞いに行くと、その時の放送を見ていたらしく「よくぞ言ってくれました」と妙なところで感謝された。帰りしな、どこか開いた病室の窓から、若い女性の歌声が聞こえてきた。聞き覚えのある曲だったが、どこで聞いたのかは思い出せなかった。
 件の生放送で妙に有名になってしまった『僕』は、以降の休暇の殆どを基地内で過ごした。
 隊への復帰命令が出た時、あの地獄のようなユタの戦場から大隊が脱出して、既に2ヶ月が経過していた。

「よう、ジェシー! 久しぶりだな! あの放送見たぞ。先を越されたな!」
 久方ぶりにあったウィルの顔は、真っ黒に焼けていた。あの忙しい中、ちゃっかりと休暇を満喫してきたらしい。半ば呆れながらも「ウィルらしい」と苦笑しながら、拳を合わせてハグをする。
 その瞬間、嗅ぎ慣れた異臭がして『僕』たちは笑いあった。『僕』もウィルも、支給された新しい軍服ではなく、あの激戦を共に戦い抜いたあの時の野戦服を着用していた。こっちに来てから何回も洗濯はしたのだが、長い間着ずっぱりだったせいで綺麗に臭いは落ちなかった。
 その後も、デイジーやルーなど懐かしい顔が次々と戻って来て、その度に『僕』はあの生放送のことをからかわれた。その感想の殆ど全てが好意的であったことは、『僕』にとって勲章などより遥かに価値のある誇りとなった。
 彼等の多くとは、部隊の再編後もまた同じ大隊に組み込まれていた。その際、ずっと『州軍に志願した民兵』であった『僕』らも正式な軍人となった。階級は軍曹。ユタで長い間分隊を指揮してきた実績を考慮され、野戦任官で得た階級をそのまま与えられた。分隊長から小隊長代理、中隊長代理と隊を指揮し続けてきたバートン『軍曹』は、正式な士官教育を受けていなかった為、一階級上がって曹長となり、大隊長づけの最先任下士官となった。
 新たな大隊の名称は、通称『アヴェンジャー(復讐者)大隊』と名づけられていた。連隊並みの待遇である。けど、『僕』らはそのご大層な名前に顔を見合わせ苦笑した。後年、様々な場所でこの呼称が使われることとなるのだが、当の本人たちはただ単に『大隊』、或いは昔の『後衛戦闘大隊』と自分たちの事を呼び習わしていた。
「アテンション(気をつけ)!」
 バートン曹長の大声が響き渡り、整列した『僕』らの前に2人の士官が入って来た。一人は良く知る『僕』らの大隊長だった。今回、正式に中佐に昇進した。無事に脱出するまで、と験を担いで伸ばしていた髭は、今や綺麗に剃られている。
 もう一人は、『僕』らの大隊が属する新たな部隊── ユタ解放独立混成旅団の新たな指揮官だった。この西方司令部で長らくユタに関わってきた元参謀で、オグデンでは避難民救出部隊の指揮官として我が大隊と共に敵中に孤立した間柄である。恐らく今回の任務に最も適任と判断されての登用だろう。階級は准将に昇進している。
「──多くの者には久しぶりだ。今更、挨拶はいらんだろう。まぁ、なんだ。またこれからよろしく頼む」
 かつての大隊の面々を前にして、大隊長が照れてみせる。話はすぐに実務的なものへと入った。
 新たに再編されたといえど、『僕』たちが戦う戦場はひとつしかない。
 脱出してきたあのユタを‥‥ 逃げ出すしかなかったあの場所を、再び人類の手に取り戻しに行くのだ。
「東海岸で手痛い敗北を喫した敵は、大陸中央部の戦力をフロリダ方面へと引き上げた。状況は劇的に変化した。既にユタ上空の航空優勢は我が軍が確保している。敵中に孤立していた避難民たちは既におらず、敵指揮官の存在も確認されていない。‥‥諸君、今こそ反攻の時だ! 州都近郊のキメラどもを掃討し、かの地を取り戻すのだ。他ならぬ、我々自身の手によって!」
 旅団長がそう言葉を結ぶと、『僕』たちは歓喜の怒声を上げてそれに応えた。我等が往くは再びの戦場。だが、妙に居心地の悪いこの町に比べれば、よっぽど故郷に近しく感じる。
「作戦を説明する。我等が大隊は旅団の先鋒としてかの地に上陸。航空部隊の支援の下、後続が到着するまでの間、橋頭堡の一つを確保する。‥‥目標は、ここだ」
 スライドで表示された地図と航空写真を見て、大隊の面々からおー、という声が漏れた。
 西面には広がる大塩湖。湖上の堤を走る鉄道。荷物の乗せ下ろしの為に新設した駅舎のターミナル周辺にはプレハブの倉庫と住宅が並び、それらを、造成した人工の丘──防御陣地がグルリと取り囲んでいる。
「オグデン第1避難キャンプ──」
 ウィルがポツリと言葉を漏らした。大隊長が言葉を続ける。
「我々は水中用キットを装備したLM-04Fに搭乗し、ビーチから上陸。元キャンプ敷地内のキメラを駆逐・掃討しつつ、本隊到着までの間、外縁陣地を確保する」

●参加者一覧

月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
入間 来栖(gc8854
13歳・♀・ER

●リプレイ本文

 戦争は、掛け値なしの地獄だと思う── 大塩湖を渡るLM−04Fの兵員室の中で、鐘依 透(ga6282)は考えていた。
 少しでも多くの誰かを助ける。少しでも早く戦争を終わらせる── 戦場は、そんな透の想いを情け容赦なく呑み込んだ。
 目の前で救えなかった命がたくさんあった。だが、それでも、この身体が動く限り、少しでも悲劇を減らせるなら、と、そう思い戦場を転戦してきた。
 戦場に終わりはまだ見えない。──それは夜の海を泳ぐに似ている。足掻くのを止めれば、後はただ沈むだけ。
 地獄の終わりはまだ見えない。だが、それでも。行く手にはささやかな光が見える。

 2012年、某日── 傭兵の能力者たちを含む『アヴェンジャー大隊』800名は、LM−04FとAAV7に分乗して大塩湖を渡っていた。
 波を蹴立てて湖上を進む『上陸艇』の隊列── その中の一つに、上部ハッチを開け、潮風に身を晒す阿野次 のもじ(ga5480)の姿があった。
「生きるなら〜アヴェンジャーよりアレンジャー〜。続くユタへのカントリーロード〜♪」
 演歌調にこぶしを利かせながら機嫌よく歌うのもじ。その姿に再び戦場へ舞い戻る気負いは、少なくとも表面上は見られない。
 兵員室の中にいる兵たちの大部分は、のもじと同じく淡々としていた。地獄のユタで戦い続けた熟練兵たちである。
「ま、『内地』の連中が何と言おうと、ジェシー、わしらにとってお主は戦友じゃ。それ以上の言葉は要るまい?」
 そう語る巫女服の少女、綾嶺・桜(ga3143)もまた、ユタで戦い続けたベテランだ。‥‥今は親友・響 愛華(ga4681)の腕の中にすっぽりと納まり、顎で髪の毛をわしゃわしゃと遊ばれているけれど。
 一方、蒼い顔して黙り込んでいるのは西海岸で徴募した新兵たち。一応、正規の訓練を受けた兵たちなのだが、緊張と船酔いで朝食を全部袋に戻してしまう者もいる。
「あっ、あのっ! 私、傭兵の入間来栖と言います! 今日はよろしくお願いしますねっ! 私もまだ傭兵になって日が浅くて‥‥ あ、でもでも、戦い慣れたベテランさんたちがついてます! 帰る時はみんないっしょですよっ!」
 そんな新兵たちを励ますように、入間 来栖(gc8854)が声をかけた。初陣を迎える新兵たちの気持ちはよく分かっていた。自分だって死ぬのは怖い。でも‥‥
(みんなを‥‥ 仲間を守る為だったら‥‥ 誰一人欠く事なく。それが私の願いだから‥‥!)
「上陸5分前」
 運転席から車内無線で伝えられたその声に、来栖と新兵たちはビクリと震えた。上部ハッチでのもじがちらと視線を振る。湖上の堤には、破壊された堤を修復する工兵仕様のLM−04。その上空を爆装した編隊が通り過ぎていく。
 不意に、閃光と熱風が機上ののもじの頬を撫でた。見れば、前方に立ち昇る炎の壁── 爆音は遅れてやって来た。航空隊が目標周辺にフレア弾とナパーム弾、そして、気化爆弾による空爆を開始したのだ。
「結局‥‥バグアに制空権ばなければ成り立たん脚本か。『アラン・スミシー』?」
 消息不明の敵指揮官、ティム・グレンに向け、守原有希(ga8582)が独り言つ。直後、衝撃に車体が揺れた。機の装輪が遠浅の湖底に着いたのだ。
「愛華。いつものやつを頼む」
 桜の言葉に頷くと、愛華は悪戯な笑みで皆の顔を見回し、大きく息を吸い込んだ。
「さぁ、上陸だよ! 今日の晩御飯を私に取られたくなかったら、みんな、ちゃんと生き残るんだよ!」

 湖水を蹴立てて上陸した04F隊は、そのまま砲を撃ち捲くりながら砂浜へと乗り上げた。その後部扉が開き、能力者と兵たちが次々と兵員室から飛び降りては、散開しつつ浜へと走る。
 来栖は新兵たちと共に湖面へと飛び降りると『先見の目』を使って前方の様子を探った。‥‥待ち伏せはないようだった。キメラはポツポツと点在しているだけで、こちらを迎え撃つ砲列も組織された防衛線も存在しない。
「Hei、ジェシー! ビーチで美女が熱烈お待ちかね、って展開はないようね。んじゃ、このままパーティー会場に乗り込むわよ!」
 バシャバシャと水を蹴立てて進むのもじの言う通り、砂浜にキメラの姿はまばらだった。足を止め、狙撃銃を立射するセレスタ・レネンティア(gb1731)。胸部に被弾した獣人型キメラが後ろへひっくり返り‥‥ そのまま転がるようにして砂浜から逃げていく。
 点在する他の獣人たちも大軍に抗戦を諦め、逃散し始めた。セレスタはその背に狙いをつけると、銃撃を浴びせて背骨を砕いた。棹桿を操作して廃莢する。湖面に落ちた薬莢がジュッと音を立てた。
「‥‥野良か。統率されては、おらぬようじゃの‥‥」
 そんなキメラの様子を見て桜が呟く。傍らには二刀を抜いた有希。後方では愛華が逃げていくキメラに向けガトリング砲を撃ち捲くっている。
 その時、空気が破裂するような甲高い音が鳴り響き、桜と兵たちは慌てて身を伏せた。正体はすぐに見当がついた。聞きなれた発砲音。どこかに『砲甲虫』──角の代わりに砲が生えた甲虫型の大型キメラが潜んでいる。
「前方、2時方向。道路向こうの廃屋。窓から『ヤドカリ野郎』の砲身が見えてるわよ」
 目ざとく敵の砲身──長砲身型らしい──を見つけたのもじが、味方にその位置を報告する。すぐさま04Fの応射があり、廃屋ごと穴だらけにされた砲甲虫が擱坐する。
 同様に廃屋に隠れた『砲甲虫』から次々と放たれてくる礫弾。だが、その砲撃は散発的で連携も取れていない。砂浜に身を伏せ、ほっぺに砂を張り付かせた来栖が「なるほど」と頷いた。どうやら野良の砲甲虫はヤドカリのように殻に入ると落ち着く性質らしい。でも、資料で読んだ砲甲虫にそんな性質があっただろうか‥‥
 考え込む来栖のすぐ横の砂を蹴って、月影・透夜(ga1806)が透と共に廃屋の一つへ突っ込んでいく。気づいた虫の砲口がそちらを向き‥‥瞬間、二人が別々の方向に『迅雷』でもって加速する。舞い上げられた砂を背景に、一気に肉薄する透夜と透。そのまま廃屋右側面へ入り込んだ透夜は、連結した双槍を振るって、半壊していたプレハブ小屋の壁と柱を吹き飛ばす。
 反対側に回り込んでいた透は構えた魔剣を振り下ろし、『エアスマッシュ』を打ち放った。砕ける壁面。吹き飛ぶ破片── 『殻』を失い、本体を曝したその砲甲虫の横腹へ向け、透は魔剣を突き出すように構えながら突っ込み、甲虫の甲殻の隙間に向けその切っ先を突き入れる‥‥
「阿野次さん。道路の向こうに本隊から死角となる廃屋が一軒あります。角度が悪くて私からも狙えません。お願いできますか?」
 砂浜で膝射姿勢を取り、砲身を覗かせている窓に向けて片っ端から銃弾を送り続けるセレスタが、スコープから目を離して無線機でのもじに告げた。
 のもじは「りょーかい」と答えつつ、洋弓に新たな矢を番えながらそちらへと走り出す。小屋は、前進する隊の横腹を狙い撃ちできる位置にあった。砂浜の最大障害。初っ端から大損害なんて頂けない。
 のもじは速度も緩めずに裏手の窓から跳び蹴りで飛び込むと、かつては店舗か倉庫と思しきそこに居座る砲甲虫に肉薄した。それが振り返るより早く、片足を軸にクルリと回転。『獣突』で回し蹴りをお見舞いする。
 シャッターを吹き飛ばしながら屋外へと蹴り出される砲甲虫。それを膝射姿勢で待ち構えていたセレスタが素早く銃撃を浴びせかけた。


 砂浜に橋頭堡を制圧した大隊は隊ごとに再編を済ませると、続けて『市街』への進攻を開始した。
 能力者たちは分隊ごとに二人ずつ別れると、それぞれ04Fの支援の無い分隊の前に立って前進を開始する。
「大隊の皆にとっては、故郷を奪還する為の戦いです。‥‥はびこる敵を、駆逐しましょう」
 そう言って狙撃銃に装弾するセレスタ。故郷と家族を奪われた痛みは自分にも分かる。
 のもじとセレスタ組は大きく先行し、進路の安全を確保しながら前に進んだ。距離のある内から敵を狙撃し、それでも迫る獣人型はセレスタが大腿部を狙撃してのもじと隊が止めを差す。
 透夜と透の二人は、大隊前方で直衛した。分隊の重機関銃が、対物ライフルが、迫る敵へと浴びせかけられ、その弾幕を抜けてくる敵を透が衝撃波で吹き飛ばす。
「お前等の相手は慣れている。俺たちも、大隊も、な」
 呟く透夜は槍を手にすることもなく、スコープ付きの小銃で狼人型を立て続けに狙い撃ち、危なげなく敵を駆逐していく‥‥

「いいですかっ! 慌てちゃダメです! 私がフォローしますから、訓練どおりに、です!」
 来栖と有希が随伴した隊の正面には、甲虫の群れが屯していた。こちらに気づき、殺到してくる甲虫の群れ。だが、能力者のお陰で先に敵を発見できた分隊は既に横列へと転換している。
 新兵たちの間に交じった来栖は、彼等を励ますように声をかけると『拡張練成強化』を使用した。兵たちの構えるSES銃器が赤く発光し始める。それに意を強くした新兵たちは、分隊長ウィルの命令の下、一斉に銃撃を開始した。ワキワキと押し寄せる甲虫の群れが火力の壁にぶち当たり‥‥ と、そこで練度の差が現れた。照準能力、無駄弾の多さ、再装填の速さ──新兵正面の爆煙の中から、傷だらけの甲虫が突破してくる。
 とっさに身体が動かない。それでも来栖はどかなかった。迫る甲虫の角の鋭鋒── その直前、間に飛び込んだ有希がその角を弾き上げた。
 目を見開く来栖の眼前で踊る有希。右の刀──蝉時雨で角を弾き上げつつ、左の『乙女桜』で敵甲虫を易々と斬り捨てる。
「そのまま攻撃を続けてください。突破してきそうなのは、うちが」
 有希は来栖にそう告げると、火線の横を駆け上がって敵の一翼に飛び込んだ。甲虫の後方ではビートルの亜種──火弾を放つファイアービートルが砲列を組み始めていた。野良にしてはバランスのいい構成だな、と有希は思った。火力を持つ兵にとっては、懐に飛び込まれない限り、強力な獣人型よりも飛び道具を持つ亜種の方が怖い。
 有希は亜種の存在を無線で報告すると、自らも弾着を観測しながらSMGを連射した。分隊が放った迫撃砲弾が、笛を吹くような音を立てつつ亜種の頭上に降りかかる‥‥

 桜と愛華の二人は、隊列の最前線に立って共に前進を開始した。
 自らに倍する薙刀を引きずるように背負いながら、首から提げたSMGを両手に構える桜。その桜を先頭に、重いガトリング砲を肩から提げ、弾薬箱ごと腰に固定した愛華が続く。
 分隊は一軒一軒、虱潰しに捜索しながら、まだ残っていた敵を次々と駆逐していった。やがて、隊は旧仮設駅舎前の広場を通り過ぎ、かつて避難民が生活していた仮設住宅群へと入る。
 懐かしい、という感慨は、硝煙の臭いによって掻き消された。プレハブは味方の砲撃によって全て破壊されていた。
「‥‥いいの? 全部壊しちゃって? もったいなくない?」
「兵舎ならまた建てればいい。それよりも広い射界と視線を確保する方が、俺たち兵隊に取っては重要だ」
「‥‥なんともアメリカ的な話じゃな。まぁ、確かに効果的じゃが」
 愛華と桜、それとジェシーたちは砲撃で生き残った獣人たちを遠距離から狙い撃っていった。瓦礫の下から飛び出して来る甲虫たちは桜が薙刀で対処した。進むにつれ、点在する獣人型の死骸は、片腕だったものや大きな傷跡を持つものが多くなった。恐らく、大きな戦いを経ては回復してきた歴戦の個体だったのだろう。
 分隊は敵を駆逐しながら、外縁陣地の麓へ至った。
 他の中隊が旧食料庫と旧弾薬庫を確保して。外縁陣地を除く全ての地域は、大隊によって制圧された。

 隊を離れた能力者たちは、自分たちだけで班を組むと、斥候の為、外縁陣地の『丘』を登った。
 途中、巨大なキメラが能力者たちの前に立ち塞がった。大きな顎と鎌、背に『卵』(回転式レーザー機銃)を背負った蟷螂型だ。
「お出ましか‥‥」
 二刀を抜刀した有希が正面から突撃する。側面へ回る味方から目を逸らさせる為の陽動だ。バサリ、と翅を広げて迎え撃つ蟷螂。長い月日に晒された為か、その翅の端は随分と破れている。
 翅を震わせ、衝撃波を発しようとした蟷螂は、だが、半分しか叶わなかった。のもじが『急所狙い』の弾頭矢を洋弓で右側の翅に叩きつけたからだ。
「お前たちの相手は、慣れていると言ったろう!」
 乱射される回転機銃の光弾を回避しながら、透夜は『迅雷』で滑り込む様に腹の下へと潜り込んだ。そのまま槍を双つに分けて『剣劇』による乱舞を頭上へ見舞う。
 鎌で銃撃を『受け』られることを過去の対戦から知っていた愛華は、『瞬速縮地』で死角へ回りこみ、後方から頭部へ砲撃を集中させた。透夜に続いて左に回った透は、冷静に機銃の砲口を見極めながら魔剣を振るい、敵の足元へ衝撃波を叩きつけた。感覚器と足元を叩かれ、蟷螂の巨体がバランスを崩す。
「『卵』を‥‥機械化部分を壊しますっ!」
 右側に回り込んだ愛華の横で、超機械「マジカル・ドライバー」を振るって電磁波を浴びせる来栖。かつて『卵』の表面に装備されていた近接防御用の散弾は消耗したのか既にない。側方の射撃地点に到達したセレスタは、膝射姿勢を取り、素早く棹桿を操作して薬室内に『貫通弾』を装填すると、銃口を持ち上げ照準、急所を狙って発砲した。銃弾は来栖に焼かれた『卵』を貫通し、直後、機銃ごと爆発して四散する。
「とどめじゃ!」
 頭と身体を振って敵に向き直ろうとする蟷螂に向かって、桜は『正面から』突進した。慌てて振り向き直す蟷螂が振るった鎌を跳び避けて、『真燕貫突』でその首に薙刀を横に薙ぐ。連続攻撃によって力場を抜けた目にも留まらぬ二撃目が、蟷螂の首を断ち切った。
 『迅雷』で腹の下から逃れる透夜。蟷螂はその巨体をドゥと倒して息絶えた。


「これで大体、掃討は終わったか‥‥ ここからが第一歩、だな」
 無線で状況を知らせる透夜の呟きを先頭に、能力者たちは更に丘の上へと登った。
 丘の上から見えたのは── 陣地外、旧市街から立ち昇り、棚引く無数の黒煙だった。かつてはキメラが跋扈した廃墟群が、業火に包まれ燃えている。
「勝利の炎、か。‥‥まるで地獄ですね」
 透の呟きに、愛華はギュッとガトリング砲の銃把を握り締めた。
(確かに地獄だね‥‥ でも、ここまで、逃げて、逃げて、戦って、やり返そうとして失敗して‥‥ やっと、やっとここまで辿り着いたんだよ)
 終わらせる。この地獄を終わらせるから‥‥ だから、もう少しだけ頑張ろう。‥‥多くのものを失った。せめて、それくらいはやり遂げないと。
「ユタを取り戻せたら‥‥ ダンさんは、皆は、笑ってくれるかな‥‥?」
 呟く愛華の背を、背伸びした桜が叩いた。
「どうかの。じゃが、くじけたら別の意味で笑われそうじゃ。それにティムの奴だって‥‥ 今回は見かけなんだが、このまま先に進めば、必ず‥‥」