●リプレイ本文
「2隻も沈めれば金星ですよね。上手くいったら、ご褒美弾んでくださいね?」
大きな岩塊の陰に隠れたSoM── その甲板上を歩くKVの操縦席で、黒木 霧香(
gc8759)がそう告げた。
彼女の搭乗する機体はDEX−666『ヴァダーナフ』── ピッカピカの最新鋭機だ。その背後、右舷側の繋留装置からも2機のスレイヤーが進み出てくる。黒を基調としたその2機には、クリア・サーレク(
ga4864)と守原有希(
ga8582)の2人が乗っていた。
「深く、静かに、そして、素早く、ですね」
「気休めだけど、機体に夜空をペイントしていてよかったかも‥‥ あ、地球に戻ったらまた白に戻すから、安心してね、有希さん。なんたって、この子はボクの花嫁衣裳なんだから!」
クリアの言葉に赤面する婚約者・守原有希。作戦任務中であるにも関わらず、短距離通信で兵たちが囃し立てる。
クリアは表情を切り替えて、操縦桿をギュッと握り締めた。‥‥メトロポリタンXは彼女の故郷だ。その解放戦が間もなく行われる。
(こんな所で負けてられない。絶対、地球に帰るんだから‥‥)
クリアは有希と共に霧香と合流すると、機を操作して甲板から跳躍。慣性により天頂方向へと移動を始めた。
同様にして、艦底からも3機のKVが天底方面へと移動する。月影・透夜(
ga1806)、綾嶺・桜(
ga3143)、響 愛華(
ga4681)の3人だった。能力者たちは3機ずつ、2つの捜索班を編成していた。敵キメラの『推進器』が発する赤色光の分布から、敵艦2隻は天頂方面と天底方面に1隻ずつ隠れていると推察されていた。
「さて、敵艦はどこにいるやら‥‥ さっさと見つけたい所じゃの」
「時間との勝負か。かと言って焦りは禁物だな」
周囲に視線を飛ばしながら、宙を行く桜のタマモと透夜のディアブロ。その2機の間には、挟み込むようにして抱えられた愛華のクラーケンの姿があった。跳躍移動が難しいため、2機に曳いてもらっているのだ。
「わふぅ〜‥‥ 二人とも、手間を掛けさせて御免ね?」
「構わぬ。じゃが、今のおぬし、MIBに連行されるリトルグレイみたいじゃのぉ」
3機はそのまま最初の目標である岩塊に到達すると、その岩塊を基点に周囲の捜索を開始した。狙撃砲を手に岩塊を蹴って近場に位置を変える透夜機。直後、触腕を展開した愛華機がその岩塊に取り付いて静止する。装備した各種ミサイルをいつでも使えるよう準備しながら、愛華機の背後に占位して後ろ半分を索敵する桜。愛華機が2本の触腕──ブラストテンタクルを岩塊の陰から覗かせ、向こう側の様子をそっと窺う‥‥
「わぅわぅ。まるでかくれんぼみたいだね。なんとしても先に見つけなきゃ!」
そう言う愛華に、桜は「何を呑気なことを」と言い返そうとして止めた。たしかに、これは命がけのかくれんぼだ。どちらかというと艦蹴り、もとい、缶蹴りに近い気もするが。
「敵影なし。‥‥しょんぼり。そっちは? 桜さん?」
「いいや。て言うか、まだSoMからそう離れておらん。こんな所に居られたら、それはそれで一大事じゃ」
そう言う彼等の足元には、まるでミニチュアみたいなSoMの艦影── 宇宙では、上下左右は主観的な概念に過ぎない。彼我の位置情報は、母艦を基点に設定された相対座標が全てである。
「報告。エリアE、0、3、敵影なし」
2機から離れた位置にいる透夜がSoMに向けて状況報告を行った。発信はごく短時間、出力は最低限。暗号電文だから内容が漏れることはないが、傍受されれば発信位置を特定される恐れがある。
最後にもう一度、周囲を確認した透夜は愛華と桜の元に戻ると、再び桜機と共に愛華機を抱え上げ、再び次の岩塊目がけて岩を蹴り跳躍した。
それを3度繰り返したところで、初めて敵と──宙を泳ぐ2匹の中型キメラと遭遇した。発見はこちらが早かった。岩陰に身を隠し、光学センサのみで観察する。‥‥敵はまだ気づいていない。警戒する様子も無く、無造作にこちらへ近づきつつある。
「ち、敵キメラか‥‥ なるべくならやり過ごしておきたいところじゃが‥‥ どうじゃ?」
岩陰に隠れた桜が、触腕で岩塊の向こうを窺う愛華に訊ねる。愛華はうーん、と一つ唸った。戦闘の光は、遠目からでもかなり目立つ。
「‥‥敵はこちらに気づいてないから、やり過ごせるだろうけど‥‥ どうだろう? このまま進まれると、SoMが見つかっちゃう可能性も‥‥」
「では決まりだ。出来るだけ引きつけてからやるぞ」
透夜の決断は早かった。狙撃砲を手に岩塊を『上』へと昇っていく透夜機。器用に肩を竦め、桜機が反対側へと回り込む。
接近を続ける2匹の中型キメラの様子を確認していた愛華機の触腕が、そちらにちょいちょいと『指を差した』。その横に頭を出した透夜機が、指し示す先へ向け狙撃砲を構え、発砲する。
瞬間、2匹のうち後ろに位置していた中型キメラが、音も無く飛翔した高初速弾に甲殻ごと本体を撃ち貫かれて絶命した。赤光を消し、沈黙したまま、着弾の衝撃に横へと流れるキメラの遺骸。異常に気づいたもう1匹が慌てて周囲に敵を探し‥‥ 透夜機に気づいた直後、反対側、岩塊の『下』側から回りこんできた桜機の銀の拳に殴り飛ばされた。甲殻を砕かれながら、戦闘態勢を取るキメラ。だが、その態勢が整うより早く、肉薄した桜機にその頭部を粉砕される。
「敵キメラの殲滅を確認。周囲に新たな敵影は‥‥」
緊張しつつ、全周に警戒の視線を飛ばす愛華。戦闘は‥‥ どうやら他の敵には、感知されなかったようだった。
「よし、先へ進むのじゃ。‥‥またいつ接敵するやもしれぬ」
汚れた拳を振るって体液を払いながら、再び愛華機を抱えるべく桜機が移動する。
その後を追いながら透夜は嘆息した。敵中型キメラはまだまだいる。どうやら長い一日になりそうだった。
その頃、天頂側で索敵を行うクリア、有希、霧香の3人も、索敵中の中型キメラ4匹と遭遇していた。
岩塊の陰に隠れる3機。4匹は‥‥こちらに気づく事なく、編隊を保ったまま『右』方向へと飛んで行った。
岩塊の陰から頭部を出してそっとそれを確認すると、クリアは頭部カメラを望遠にして、彼等が来た『左』方向へと向けた。巡洋艦クラスが隠れられる、巨大な岩塊を探しているのだ。無数の岩塊が浮遊する暗礁空域と言えどもその大きさの物は限られており、探索する対象を絞り込める。
そして、捜索範囲に関しては、敵の動きからある程度判別できるはずだった。
「キメラの知能は高いとは言えない。恐らく、事前に与えられた『命令(コマンド)』に従って捜索しているはず。赤光の流れを見れば、法則性なり、不自然な偏りなり、見えてくるのが道理です」
そう言う有希の手には、出撃前、SoMが感知したキメラの赤光を記した分布図が広げられていた。
「たとえばここ。中型キメラの航路が他と比べて多く交わっている。敵の動きが母艦を守る為の哨戒も兼ねているなら、比較的、周囲に戦力が多く、非常時の対応が楽なここに潜んでいるかもしれない」
有希の予測に、霧香は首を横に振った。
「‥‥敵の指揮官がこちらと同等以上と仮定すると‥‥ 戦力は全て捜索に回しているかと思います。敵巡洋艦の脅威はSoMだけですから。一刻も早く見つけ出したいはずです」
であれば、護衛は残っていても少ないだろう。でなければ、これ程の数の中型キメラが宙域を飛びまわっているはずがない。
「となると、他に怪しいのはここですね」
有希はそう言って、分布図の一箇所に指を差した。
「キメラの哨戒ルートが殆ど通っていないエリアです。敵がもし焦っているのなら、敵がいないことが分かっているエリアに──つまり、母艦が索敵済みの範囲に多くの戦力を割いたりしないでしょう」
もちろん、外れる可能性もありますが、と肩を竦める有希。周囲を警戒中のクリア機が『身じろぎ』を一つした。操縦席から出て、ヘルメットを付き合わせて相談する有希と霧香を見て、むぅ、と唸ってみせたりする。
「このまま当ても無く彷徨うよりはよいと思います」
霧香は有希の予想に乗った。問題があるとすれば、周辺にキメラの数が多すぎることだった。なるべく戦闘は避けたいところだが、その度に隠れていては大きく時間をロスしてしまう。
霧香は頷いた。
「では、私が派手に戦闘を起こして囮になります。お二人はその間に件のエリアに向かってください」
有希とクリアと別れて場所を移動した霧香は、岩塊一つの上に立つと、周囲の岩塊へ向けロケット弾を撃ち捲くり始めた。
降り注ぐ噴進弾により、細かく砕かれていく岩塊。弾き飛ばされた砂塵や破片が周辺へと飛び散っていく。
霧香は周囲の岩塊に全弾をばら撒くと、足元の岩陰に隠れた。異常を察した中型キメラ4匹が、本来のルートを外れて状況を確かめに戻って来る。
「母さん、私を守って‥‥ フォース・アセンション、起動!」
霧香は機を岩場の陰から飛び出させると、敵編隊へ向かって突撃砲を連射した。不意を打たれた先頭の1匹が弾着に砕け散り、残る3匹が散開する。その背後には新手が4。霧香は再度の銃撃で右方の1匹を撃破すると、足元の岩塊を蹴って敵集団から距離を取った。
6対1。既に逃げ出してもよい戦力差だ。だが、霧香は逃げなかった。有希を、クリアを、そして、SoMから敵の注意を逸らす為、囮としてもう少し時間を稼ぐ必要がある。その魂は、報酬の多寡を理由に戦う者のそれではない。
「始まった! 急ごう、有希さん!」
霧香の戦闘光を遠くに確認して、岩塊を蹴って飛び出そうとするクリア機の腕部を、有希機が掴んで引き戻した。
なんで? と振り返るクリアを制して、隠れたまま周囲に視線を飛ばす。
と、遠くの岩塊の陰から1機のHWが姿を現し、戦場へと移動を開始した。有希はやはり、と呟くと、岩を蹴り、ブーストを焚いてHWへと突進した。気づいた敵が振り返るより早く、機剣の刀身をHWの『腹』目掛けて突き入れる。火花を発し、爆発するHW。岩を蹴って離れていた有希機がそのままブーストで加速する。
「HW!? どういうこと、有希さん!?」
「通信手段を持たないキメラだけで索敵なんてできるはずがないんです。戦闘光が届くのも限りがありますしね。案の定、『判断力』を持つ有人機が索敵エリアの中心にいた、というわけです」
流れゆく星と岩塊── その隙間を縫うようにしながら、光の尾を曳き、流星と化して疾走する有希機とクリア機。クリアは操縦桿を小刻みに動かしながら、モニタ越しに目当ての岩塊を探した。
「──あった!」
件のエリアには、艦船も隠れられるような巨大な岩塊が存在した。機首を傾け、回り込む。果たして、岩塊の陰には、求めていたバグアの巡洋艦の姿があった。
「BINGO!」
叫んだ瞬間、クリア機の背後で光が瞬いた。近くの岩塊に隠れていた『直衛』の大型キメラ4匹。その内の1匹を有希機が破壊した光だった。
「うちには構わず、早う打電を!」
残る3匹のプロトンビームが有希機を擦過し、交差する。クリアは操縦席で頷くと、全出力、全方位へ向けて、敵艦の位置情報を発信した。
「敵艦発見! 巡洋艦1、エリアC−2−1、巨大岩塊の陰にて停止中‥‥!」
届いたか? 届いてなくとも、誰か味方が中継してくれるはず。クリアは撃ち上げられる対空砲から逃れる為に敵艦から距離を取ると、接触を継続し、移動を始めた敵艦の位置情報を報告し続けた。
「G5弾頭ミサイル、1番から8番、発射準備。2発ずつ、10秒間隔で発射する。射出後、200m前進後にロケットモーターに点火。2発ずつ、異なるルートで巡航するよう設定しろ。終末誘導はオートでいい」
敵艦発見の報を受けたSoMのCIC── ロディ艦長の指示が飛び、当該のエリアに向けて必殺のG5弾頭弾が放たれた。
音も無く放たれた誘導弾にロケットの火が入り、それぞれに異なるルートを通って敵巡洋艦目掛けて進んでいく。
「上が見つけたか。もう潜伏の意味はないな」
クリアからの通信を聞いた透夜は、それまで隠れていた岩塊から飛び出すと、周囲の中型キメラへ向けてスラスターライフルを撃ち捲くった。
砕け散るキメラの甲殻。立て続けに4匹を蹴散らし、ブーストを焚いて移動する。隠れる必要さえなくなれば、探索できるエリアはずっと広がる。
「護衛機は片付ける。本命のでかい方は頼んだぞ」
遠く、旋回して戻ってくる赤光を見据えながら、透夜が愛機の中で告げる。それを受け、桜と愛華が走り出した。
「後ろの正面──! 紅良狗、今こそ君の力を見せる時だよ‥‥!」
追い縋るキメラを後ろに見やり、愛華は全ての触腕のロックを解除した。展開され、ウネリと動くブラストテンタクル。照準機の一つが敵を捉え、愛華は引き金を絞り込む。
放たれた3条のレーザーは敵の頭部を貫通し、尻まで抜けて切り裂いた。背後への攻撃に慌てた敵が、編隊を解いて一時散開する。
その隙に前進を続けた桜は、岩塊の陰から抜け出してくるもう1隻を見つけて位置情報を打電した。伏せていた大型キメラの奇襲をかわしてその背後へと突き抜ける。
敵艦は、同様に岩塊の陰から抜け出したSoMを背後から襲撃した。味方の犠牲の下、攻撃の隙をつこうというのだ。発砲される敵主砲。至近弾がSoM近くの岩塊を打ち抜き、破片が船体を乱打する。
だが、その敵艦の動きは、SoM艦長ロディによって誘導されたものだった。G5弾頭は射出済み。迎撃の準備は出来ている。そして、他の艦ならいざ知らず、SoMには後部にも主砲塔が存在する。
「目標、敵二番艦! 後部5番から8番砲塔、G5ブラスター砲、てー!」
勝負は既についていた。敵艦はSoM後部から放たれた光条に撃ち貫かれ、3つに分かれて爆沈する。
ほぼ同時に、敵一番艦に放ったG5弾頭弾も到達。4発の本命が有希とクリアの護衛の下、敵巡洋艦を直撃した。
霧香機が手にした散弾砲の一撃の下、鎌を手に迫り寄るキメラの一が吹き飛んだ。
それに対するキメラの応射は30本以上あった。隠れていた岩塊が灼熱して蒸発し、それに押されるようにして霧香機が陰から飛び出す。そこに回り込む3匹の新手。勝てない。逃げれない。コンソールは既に警告灯の赤に染まり、機体のダメージは90%を越えている。
「ここまでかしらね‥‥」
迫るキメラの醜悪な顔──と、それが突然、砕けて消えた。直後、ブースターを吹かした透夜のディアブロが頭上を飛び過ぎる。
「お待たせしたんだよ!」
続けて到着する愛華機と桜機。さらに、有希機と肩を組んだクリア機が飛んでくる。
生き残りのキメラたちは、蜘蛛の子を散らすように戦場から逃げ出した。まだ見ぬ残余の有人HWは顔を出さない。母艦が沈んだ以上、早々に離脱したのだろう。
「どうやら‥‥生き残れたようですね」
感慨深く、息を吐く霧香。半壊したモニタの向こうに、迎えに来るSoMの姿が見えた。