●リプレイ本文
「今回、キーを握る重要なファクターとして、軸となる二つのタイムシートが存在するわ」
戦闘開始前、艦長ロディが設けた意見聴取の場において、傭兵・阿野次 のもじ(
ga5480)は皆の顔を見回し、そう告げた。
二つの軸。即ち、『敵の救助の進行状況』と『味方艦が到着する時間』である。この二つの時間を軸にどこで攻撃をしかけるか── それによって戦場の様相は大きく変わるのだが、傭兵たちは迷わなかった。
「勿論、即時攻撃あるのみだよ! 味方の危機にはかえられないんだよ!」
味方が奇襲されるような事態は避けねばならない。響 愛華(
ga4681)が力説すると、月影・透夜(
ga1806)と綾嶺・桜(
ga3143)もそれに同意した。
単艦での奇襲── まず慣性でそっと敵に近づきつつ、射出したミサイルをKVの護衛つきで別ルートで突入。敵がそちらに気を取られている隙に主力たるSoMが突撃する── それが透夜たちの作戦案だった。
「最初に発射しておくG5弾頭ミサイルは囮ではあるが、同時に初撃の本命でもある。救助艦はすぐには動けず、座礁艦も出来てせいぜい固定砲台といったところだろう。まずは周囲の2隻──我関せずとばかりに無造作に浮いている艦から確実に沈めていく。警戒の甘い艦ならば、搭載機の発艦も対空防御も遅れるだろうからな」
透夜の言葉に、愛華と桜が賛意を示した。自身より多数の敵を相手にするには最初に奇襲で数を減らすしかない。
のもじはむぅ、と首を捻った。
「‥‥ぶっちゃけ、『敵の感知範囲外へ一度離脱して、味方艦に連絡。完全に連携がとれた状態で包囲殲滅』ってのがベストなんだけど、そんな悠長な状況でもないしねぇ‥‥ でも、奇襲に失敗した時はどうする? 撃沈に失敗した場合、救助艦と座礁艦を除いても2対1。その上、4艦から発したキメラに殺到されたら、とてもじゃないけど抑え切れない」
故に、のもじは奇襲による一撃離脱を進言した。
「封鎖衛星を撃破した時の様に、最大速度で突き抜けながら攻撃する。即ち『当て逃げアタック』。そうして離脱、分断しておいて改めて味方艦と敵を殲滅すればいい」
「ふむ、なるほど‥‥ だが、それでは初撃後、討ち漏らした敵に逃げられてしまう可能性があるな。‥‥奴等を殲滅する機会をみすみす逸してしまう」
のもじの案を聞いて、ドクター・ウェスト(
ga0241)が声を一段低くした。隣に立つ威龍(
ga3859)がチラと目をやり‥‥ カリカリと爪を噛むウェストを見て、視線を作戦卓へと戻す。
それを聞き、黒木 霧香(
gc8759)が挙手をして発言を求めた。
「ならば、そちらは私が手当てをしましょう。逃げるにしても1隻ぐらい沈めておかないと、見逃しては貰えないでしょうしね」
霧香の機は吼天だ。単騎でも敵艦に損害を与えうる。水雷艇の如く側方から内懐へと入り込み、味方の攻撃に合わせて別方向から攻撃すれば敵はさらに混乱するだろう。
「危険じゃないか?」
「はい。ですので、護衛にこの艦のS−02を半小隊ほどつけていただきたいのですが」
ロディは視線を振ってS−02のパイロットたちに意見を求め、了承を得た後、それを認めた。
「では、作戦はこうしよう。透夜案に従い奇襲を敢行。敵艦撃沈に成功した場合は戦闘を継続。失敗した場合はのもじ案に従い一撃離脱する。‥‥以上、なにか質問は?」
質問がなかったので、ロディは解散を命じた。各人が手早く退室し、担当部署へと散っていく。
愛華は駐機場へ向かう廊下を流れる様に移動しながら、友人の桜の横に並んだ。
「ロディ艦長、疲れているのかな‥‥? 色々と大変そうだけど‥‥」
「そうかの? アヤツの場合、信頼されているという自信がないだけのような気もするがの‥‥」
のもじと桜が並んで廊下を流れていると、背後からぴゅーん、とのもじがすっ飛んできた。
「個人的には『過ぎない』辺り、いい悲観ぶりだと思うけどね」
実は人望は築きつつある。決断力もある。ないのは楽観論。素晴らしきかな。
ロディをそう評しながら、ぴゅーん、とすっ飛んでいくのもじ。それを苦笑と共に見送りながら、威龍は肩を竦めて見せた。
「まぁ、あの艦長がいつも貧乏くじを引かされているのは、確かな気がするけどな。とりあえず、今は俺たちに出来うる事で艦長の手助けをすることにしようぜ」
●誘導弾点火より30秒後まで
敗走中のバグア巡洋艦4隻に対する単艦奇襲攻撃を決断したSoMは、敵艦が座礁した宙域へ向け、そろりと移動を開始した。
甲板を蹴り、慣性で艦から離れるKVたち。同様にVLSから放たれた2発のG5弾頭ミサイルが別方向へと流れ行く。透夜のディアブロ、威龍のタマモが誘導弾の護衛に付く為、人型で岩塊を蹴り、随伴。その反対方向へは、霧香の吼天が正規軍のS−02二機を従え、飛んでいく。
「はぁ〜、我輩も吼天を使ってみたかったのだがね〜‥‥」
その霧香機の背を見送りながら、操縦席で嘆息するウェスト。彼は吼天がまだ開発中だった時分に間近でその威力を目の当たりにしており、以来、礼讃にも似た念を抱いている。
そのウェストの天と愛華のクラーケン、2機が直衛としてSoMの至近に張り付き。さらには桜の吼天が対艦攻撃を補助する為に同速度で進行中。KV隊の情報支援を担当するのもじのピュアホワイトは、現在、無線封止中の為、センサー類もパッシブなものに限定されている。
静かな──焦れるような時間が過ぎた後。十分にSoMから離れた所でミサイルが加速を開始。事前に入力された航路に従って猛然と敵に突進し始めた。人型から戦闘機形態に変形し、ブーストを焚いて追随する透夜機と威龍機。迎撃機が上がってくる様子はない。敵は事前に警戒機を配置していなかった。
接近してくるミサイルに最初に気づいたのは、やはり警戒艦だった。他の艦に警告を発しつつ、自らは激しく対空砲火を撃ち上げ、ミサイルを迎撃しようとする。
だが、ミサイルは警戒艦を迂回するように軌道を取り、他の3艦方面へと突っ込んだ。警戒艦以外の3艦は不意を打たれており、うまく攻撃に対応できない。
透夜と威龍の直衛を受けた2発の誘導弾がそれぞれに異なる軌跡を描いて、無警戒艦の側面に直撃する。フライパスする透夜機と威龍機の背後で艦上に湧き上がる2つの巨大な閃光── それは瞬く間に艦体を飲み込んで一つとなり、巨大な光球と化して爆発する。‥‥生残していれば最も獰猛であったはずの艦は、初撃であっけなく暗礁宙域の闇へと沈んだ。
「たっ、探針重力波感知! 敵にこちらの存在を看破されました!」
「機関、最大戦速! 全主砲塔、装填始め。予定通りこのまま突っ込むぞ!」
ロディは直ちに突撃を命じた。主砲射程に達する前に発見されることは想定内だ。主砲の有効射程400m── 艦は全長200mある。
「突進だよ! 今日は最初から全力全開でいくよ!」
加速・突撃するSoMと同じく機速を上げる愛華機と桜機、ウェスト機。無線封止が解かれたことで、のもじは僚機とのデータリンクを確立。情報支援を開始する。
SoMの発見を受け、座礁艦は対空砲火を撃ち上げながら、搭載する全てのキメラとワームを順次、発艦させ始めた。救助艦への移送の為、起動済みの個体が多かったのだ。
救出艦は重力コンベアを引き千切るように座礁艦から離れながら、急遽起動した主砲塔をSoMに向け発砲した。牽制の為に放たれたその砲撃に、SoMと護衛機たちは怯まなかった。離れた空間を灼いて飛び過ぎる怪光線の光条に照らされながら、その主砲を旋回させる。狙うは警戒艦だ。
「全艦、右砲戦用意! 砲雷長。全砲塔、照準。自動追尾開始せよ。コニー、目標の動きは?」
「間もなく射程内に入りま‥‥ あっ!?」
オペレーターの声にロディはメインモニタに視線を移す。
警戒艦は、脱兎の如く、この戦場から逃げ出そうとしていた。味方も何もかも見捨てて、いっそ潔いと言えるほど見事な逃げっぷりだった。
(最初から逃げるつもりでいたか!)
思えば敵は一度も警戒機を発していなかった。艦載機の回収には手間がかかる。或いは最初からそのつもりであったのかもしれない。
だが、そんな警戒艦の側方には霧香の吼天がいた。
「『天鏡』射出、展開開始。測敵誤差修正。アップトリム5度‥‥」
岩陰に隠れた霧香機から砲撃誘導装置『天鏡』が打ち出され、岩塊の上方でその位置を固定する。照準──のもじ機から送られてくる周辺のデータを基にその誤差を修正し、目標に狙い定めて慎重にトリガーを引き絞る。
岩陰から放たれた光条は、天鏡の粒子偏向装置に屈折し、鋭い曲線を描いて虚空を切り裂いた。敵艦上を光刃が走り、艦外に剥き出しにされていた主砲が一文字に切り裂かれ、更なる砲撃によって半壊した主砲が吹き飛ばされる。反撃の対空砲火は、厚い岩塊に阻まれて霧香機まで届かなかった。さらに砲撃。ワームの射出口と思しきハッチがその一撃に焼き炙られる。
霧香機の攻撃を受けた警戒艦は、さらにその速度を上げつつ、同時に、多数のキメラを一斉に艦外へとばら撒いていった。ワームの姿はひとつもない。完全な使い捨てだ。
「っ! 移動します。陣地転換を‥‥」
その場を離脱するより早く、キメラが周囲に殺到する。霧香機の両脇を固め、砲火を発するS−02。だが、敵の数が多すぎて流石に手が回らない。
真後ろに回り込んだ大型キメラが霧香機の背面からプロトンビームを撃ち放つ。十字砲火に晒され傷ついていた霧香機は、その一撃に装甲を貫かれた。
●戦闘開始後、30秒〜
「別働隊、全滅! 全搭乗員の脱出を確認!」
「救助艇を向かわせろ。護衛は残り2機のS−02。威龍機も向かわせろ。‥‥警戒艦の方は? 追いつけるか?」
「敵の方が優速です。このまま暗礁空域の外に出られたらとても‥‥」
「全主砲、エネルギー臨界に達します!」
「ちっ! 砲雷長! 警戒艦にG5弾頭弾を追い放て! 主砲は左舷の救助艦に目標を変更する」
慌てて砲塔を旋回させるSoM。だが、急な目標変更により、照準はぶれにぶれた。直撃弾1、至近弾4。夾叉こそしているものの撃沈には至らない。
「ちっ、敵の数が多すぎるぞ!?」
救助艇に先立って現場宙域の制空にやって来た威龍は、破壊された機の残骸に群がるキメラどもに向け、まず一撃離脱でGP−9ミサイルをばら撒いた。
放出されるプラズマ。薙ぎ払われるキメラたち。威龍はさらにロケット弾をばら撒いて敵を追い散らすと人型へと変形。脱出ポッドを守るように突撃砲を撃ち捲くりながら、機拳で敵を殴り飛ばす。
一方、逃げる警戒艦を追い討ちしたG5弾頭ミサイルの護衛についた透夜機は、その類まれなる戦闘力で迫るキメラを払い除け続けた。
「ミサイルは落とさせん」
弾頭針路上のキメラを貫き、艦の対空砲群にミサイルを降り注がせる。直後、突入した弾頭弾は、見事、敵艦の後部に着弾したが、1弾では止めを刺すには至らなかった。
透夜は逃げる敵艦を悔しげに見送りながら、奮闘する威龍の元へとその機首を翻す‥‥
「みんな! 座礁艦から発した敵が来るわよ! パーティの準備はいい?!」
右方より迫る多数の敵を感知して── のもじがその情報を味方に送りながら、自らも機に狙撃砲を構えさせつつ前に出る。
真っ先に迎撃に出たのは、ウェストの天だった。迫る前衛の中型キメラに機体の各所から小型ミサイルを撃ち捲くりながら、両腕部に構えた荷電粒子砲『レミエル』で大型キメラを撃ち貫く。
「けひゃひゃひゃひゃっ、バグアは全て滅んでもらおうか〜!」
哄笑と共に、ギラついた憎悪の視線を迫る敵へと向けるウェスト。その背後で狙撃砲を放っていたのもじ機がその兵装を背に回し、近づく敵に引き抜いたプラズマリボルバーを連射する。
「ぐるるるるっ! 来るよ、桜さん!」
「分かっておる。背中は任せるぞ!」
艦を挟んで反対側では、愛華と桜が対キメラ戦闘に突入していた。こちらは通常の防空戦闘ではなかった。桜の吼天がその目標を救出艦へと変更し、砲撃を敢行しようとしていたからだ。
「こちらならしっかり射程内じゃ! まずは機動力を奪わせてもらうのじゃ!」
砲撃の為、救出艦へと回頭する桜の吼天。そこへ群がらんとするキメラたちは、桜機後上方にぴったりとはりついた愛華機によって阻まれた。まるで桜機の回転機銃のように、テンタクルブラスターを全周囲にグルグルと振り回し、煌く光刃で敵を追い散らす。被弾の衝撃に揺れる機体。愛華はその振動に揺さぶられながら頭を振り、今度はSoMに近づくキメラをレーザーで仰ぎ撃つ。
一方、愛華の防戦により砲撃に集中することができた桜は、展開した電磁砲身に3発分のエネルギーを注ぎ込んでいた。
「喰らうがいい!」
桜が引き金を引くと同時に、莫大なエネルギーの奔流が桜機の砲口から放たれた。圧倒的な光量が宙を灼き、瞬間的に救助艦の艦尾に突き刺さる。湧き上がった爆発は、敵艦のスラスターノズルの幾つかを引き千切り、ゆっくりと回転させつつ脱落させた。よしっ、と拳を固める桜。これであの艦は逃げに転じてもすぐに逃げられることはない。
「アレだ! 我輩はアノように全てのバグアを焼き尽くす力が欲しいのだ〜!」
吼天の砲撃を目の当たりにしたウェストは、その光条に照らされながら、神を仰ぐように両手を捧げ上げた。迫る敵の眼前で機の増加装甲を排除し、軽快な動きで背後に回り、「シンジェ〜ン〜!」と叫びながら重練機剣で叩き切る。
それを「うわーお」と見送ったのもじは、文字通り一息つきながら周囲の情報支援を再開した。傭兵たちの奮戦により、SoMは敵機に煩わせられずに対艦攻撃に集中している。
「止めを刺す。攻撃準備」
「救護艦にですか? しかし、主砲は再装填はまだ‥‥」
「違う。G5弾頭弾だ。座礁艦に直接叩き込め」
ロディの指示により眼下の岩塊に対してG5弾頭が撃ち下ろされた。座礁しながらも主砲を放とうとしていた損傷艦が、G5弾頭の業火に焼き払われる。
残るもう1隻の救護艦は、主砲を再装填する前に座礁艦と同様、ミサイルにより沈められた。反撃の誘導弾は、傭兵たちがきっちり片付けた。
「全ての敵の沈黙を確認」
オペレーターが信じられないといった表情で艦長を振り返る。
ロディはホッと息を吐くと、きりきりと痛む胃にそっと右手をあてがった。
●
遅れてきた追撃隊の艦長たちは、文字通り絶句した。
1隻には逃げられたものの、単艦による3隻撃沈── SoMとロディのスコアはこれで6。文句なしのトップスコアである。
「幸運な状況と優秀な部下、そして傭兵たちの奮闘の賜物です」
そう答えながら、ロディは「これでまた同僚たちにも嫌われるな」と胃を抑える。
「これでロディはエースの仲間入りかのぉ」
笑う桜に透夜は答えた。
「艦長は十分、クルーに認められてると思うけどな。でなければ、こんな過酷な連戦をああもこなせはしないだろうさ」