タイトル:カリブの敗残兵マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/11/10 11:48

●オープニング本文


 バグア・ドルトンが生き残ったのは、重力制御技術の賜物だった。でなければ、高速回転しながら墜落するBF(ビッグフィッシュ)の中で、その遠心力に内臓ごと潰されていただろう。
 フロリダの決戦より敗走し、宇宙へ逃れようとして果たせず、撃破され── メキシコ湾に墜落した彼等を助けたのは、水中用ゴーレム2機を擁するバグア水中部隊の1小隊だった。宇宙に出る為に隔壁を閉鎖していたのが幸運したのだろう。海底深くに沈んだBFの気密区の中で、ドルトン他の生き残りたちは、同じく敗走中であった彼等水中部隊に回収された。
 もっとも、意識を取り戻し、それらの事情を聞いたドルトンは、自身が生き残ってしまった事実を幸運だとは思わなかった。上司たるリリアを喪い、守るべき戦域を喪い、命を預かった部下を喪い、殿に残った戦友を喪った。挙句、宇宙への脱出も果たせず、こうして生き恥を晒す羽目になった。我等を逃がすために犠牲となった戦友たちに、どうして顔向けが出来ようか‥‥
 ふとドルトンは我に返り、大声で笑い始めた。この地球に来るまで、同僚などヨリシロ獲得のライバルとしか思えなかった。上司は絶対者であり、部下は駒。そこには連帯も紐帯もなく、せいぜいが同じ目的を有する競争者──獲物の質と量とを競い合う狩人としての感覚しかなかった。
(それがどうだ。この地球で戦い、敗走し、追い詰められる間に随分と『人間らしい』思考になったじゃないか。地球人というヨリシロの価値観に触れたからか、或いはこの『敗北』という種として最初の経験が、我らバグアに変化を‥‥いや、『進化』をもたらしたのか)
 ひとしきり笑い終えたドルトンは病床から抜け出した。
 水中部隊の基地は、どうやら海蝕洞を利用したものらしかった。天然のドックに彼等の母船と思しき中型のBFが浮かんでおり、その側で2機の水中用ゴーレムが大掛かりな補修作業を進めている。
 その2機の傍らでバラバラになった強化型ゴーレムの残骸を見て、ドルトンは一瞬、その表情を強張らせた。そんなドルトンに気づいたのか、一人のバグアが近づき、話しかけてきた。
「すまない。あのゴーレムはパーツ取りに使わせてもらった。正式な許可を得ずに手をつけたことは謝罪する。この水中部隊の指揮官、ロアンだ」
「構わんよ。あのゴーレムの乗り手は‥‥もういない。救助に感謝する。BFを預かっていたドルトンだ」
 二人は互いに握手を交わすと(これも地球人の流儀だ)、洞窟内の指揮所に移動した。指揮所と言ってもその建物は、地球で言えばプレハブに相当する程度のもので、この基地が恒久的な基地として設けられたものではないことを窺わせた。
「正直、君たちが落ちてきてくれて助かったよ。大量の資材と補給物資、それに優秀なメカニックをもたらしてくれた。‥‥我々の手持分は、既に枯渇しかけていたのでな」
 指揮所の椅子に座るなり、先程の男、ロアンが苦笑交じりにそう言った。よく見れば、外套の隙間からパイロットスーツが見え隠れしている。「指揮官代理なんだ」と、視線に気づいたロアンが笑った。
「ともかく、君たちの船が積んでいた物資によって、我が隊の戦闘力はどうにか回復した。と言っても、精々、数回戦分、といったところだけれど」
 つまり、この限られた戦闘力を今後、どのように活用するか。早急にそれを決めなければならない。
「決まっている。攻撃だ。猿どもは皆殺しだ」
 そう呟いたのは、ドルトンでもロアンでもなく、その場にいたもう一人の男だった。陰湿な目をしたその男も、ロアンと同じパイロットスーツを着ている。つまりは、この男とロアンがあの水中用ゴーレムのパイロットなのだろう。
(名はバロー。俺の相棒だ。‥‥以前の戦闘で機の片腕を失くした際、バグアとして初めて『恐怖』を感じたようで‥‥ 以来、地球人を倒すことだけを個人的な目的としている)
 ロアンがドルトンに耳打ちする。バローはそれきり無言で立ち上がると、「‥‥決定には従う」とだけ告げてそのまま指揮所を出て行った。
「‥‥実際、地球人とは一戦やらかす必要はあるだろうな。‥‥我々は孤立している。大西洋に向かうにも、中米に向かうにも、敵の警戒線を突破する必要がある」
 死に時だな、とロアンはそう嘆息した。ドルトンは意外そうに彼を見た。この基地のありようを見れば、彼が最悪の状況の中でもベストを尽くしてきたであろうことはすぐに分かる。その彼をして死に時と言わしめるとは。そこまで状況は悲観的だと言うのか。
「‥‥ブライトンが死んだ。奴の手によってバグア本星は大きく瓦解し、生き残った本星の連中は地球からの離脱を始めるそうだ」
 その言葉を聞いた時、ドルトンはまるで頭を殴られたような衝撃を感じた。
 ‥‥なんだ、それは。いったいなんなんだ。我等を尖兵としてこの惑星に送り込んでおきながら、自らの身が危なくなったら我等を見捨てて逃げるのか。
 ドルトンは笑った。これ以上、戦う理由が見つからない。生きる目的が見つからない。一体、バグアは何の為に戦ったのか。部下や戦友たちは何の為に死んだのか。
「ならば、せめてこの地に我等の徒花を咲かせよう。地球人どもに、そして逃げる本星の奴等に、バグアの誇りを見せ付けるのだ」


 バグアの水中戦力残党を掃滅すべくメキシコ湾に展開していた、空母『エンタープライズIII』(CVS-101)と水中用KV母艦(改強襲揚陸艦)『ホーネット』(KVD-1)を基幹とする艦隊が、至近にその敵を発見したのは、艦載機の多くを敵基地攻撃に向かわせた後のことだった。
 対潜ヘリからもたらされた報告に、艦隊司令部指揮所(TFCC)が騒然とする。KVをはじめとする防衛戦力は残してあるが、艦隊の防備は万全とは言いがたい。まして、このように懐まで潜り込まれたとあってはなおさらだった。
「発見したのは1隻だけなのか?」
 慌てる艦隊幕僚を他所に、戦闘指揮所の艦長が落ち着いた声で報告を求める。1隻──通常ならあり得ない。バグアの戦力は既に減退し切っており、KV戦力の拡充した今の空母戦闘群に単艦戦闘を仕掛けるなど無謀にもほどがある。それだけに敵の意図が読めない。だというのに──
「っ!? 敵艦、浮上!」
 敵艦・中型BFは、敢えてその身を海上に晒した。開いた甲板上のハッチには、1機の強化型タロス。大型のプロトンランチャーを構えたその機を乗せたまま、水上を突進して来る。
「全艦、対空、対潜、対艦戦闘準備。本艦、ならびにホーネットの傭兵KV戦力の展開を上申せよ」

 そのタロスのコクピットでドルトンは部下たちに最後の通信を入れた。
「では、始めよう。敵艦隊突破後は各自、各々の裁量により行動せよ。本連合(よせ集め)部隊は本日をもって解散とする」

●参加者一覧

月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
美海(ga7630
13歳・♀・HD
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
タイサ=ルイエー(gc5074
15歳・♀・FC

●リプレイ本文

 艦隊に接近して来るBFを最初に発見したのは、水中を直衛していたクラーケンと2機のアルバトロスだった。
 3機はTFCCに通報しつつ、自らは機首を敵へと向ける。母艦が統合した彼我の位置情報がデータリンクされ、敵が赤、味方が青、とタグ付きで表示されていき── アルバトロス『ディープ・ワン』の操縦士、タイサ=ルイエー(gc5074)は、水中を進む僚機に対して各機の状況を確認した。
「こちらクラーケン『バイラスI』、美海(ga7630)であります。全機能問題なし。いつでもいけるのであります! ‥‥相手が敗残兵だからと言って、逃しはしないのでありますよ」
「アルバトロス『EdgeCaliber』、守原有希(ga8582)です。右に同じ。奴等にこらからの時代の邪魔はさせません。行きましょう」
 各機器のチェックを済ませ、美海と有希が返信する。二人とも、眼前に現れたこの敵を完全に撃滅するつもりでいた。このメキシコ湾は海の要衝だ。重要な航路が幾つもあり、戦後の復興に不可欠な資源が豊富な海域でもある。相手は探知が難しい水中部隊。ここで逃せば将来に長く禍根を残す。たとえ敵がかつての自分たちとおなじ境遇にあろうとも、同情するつもりは一切ない。
 一方、空母『エンタープライズIII』の艦上では、対潜装備で待機していた一班が急遽、発艦を始めていた。
 最初に月影・透夜(ga1806)のディアブロ『影狼』。続けて2機のクラーケン、綾嶺・桜(ga3143)機と響 愛華(ga4681)の『紅良狗四式』がカタパルトから打ち出される。そのまま上昇へと転じるKV3機。風防越しに見える艦隊が天地と共にグルリと回り‥‥ 浮上して海上を進むBFと佇立する強化型タロスの姿が前方の視界に入る。
「水中班。こちら空中班。水中の状況は? 敵はあのBF1隻?」
「こちら水中班、守原。そうです。敵はBF1隻‥‥いや、待ってください。敵艦より敵機発進! 数は4、メガロです!」
 愛華はセンサーに目を落とした。データリンクされたセンサーモニタに、BFから離れて飛び出す小さな4つの光点が確認できた。桜が機を傾け、直接海上を視認する。海上にヒレを出し、波を蹴立てて進む4つの航跡。敵はこちらの艦隊に向けて、4機の水中用鮫型ワーム『メガロワーム』を扇状に突進させていた。
「艦隊に対する攻撃‥‥!? 透夜さん! まずはアレを潰さないと!」
 愛華はそう声をかけると、自ら翼を翻して左端の鮫型の針路上へと向かった。中央の2機は水中の3人に任せられる。空中の自分たちは迎撃がし難い両端を片付けるべきだろう。
「わぅ! ダイナマイト漁ならぬ爆雷漁だよ! 有希さん、敵鮫型Aの索敵情報を頂戴!」
「了解。敵鮫型Aの諸元、送ります!」
 敵深度6m──有希から送られてきたデータを基に爆雷の爆発深度を調整する。操縦桿を押し込んで低空まで高度を下げながら、迫る海面と前方水上を斜めに走るヒレとを睨み据え‥‥ 愛華は引き金を引くと同時に操縦桿を斜めに引き寄せた。放たれた対潜ミサイルが斜めに海中へと飛び込み、突進する鮫型の進路と交差する。直後、外れた防護カバーから飛び出した爆雷が爆発し、巨大な水柱を海上へと噴き上げさせた。背後を振り返る愛華。空中にまで吹き上げられた鮫型が、バラバラになって落ちていく。
 同様に爆雷で右端の鮫型を撃破した透夜は、だが、直後、視界の隅にキラリと光るものを感じて、咄嗟に操縦桿を引き倒した。空中を跳ね上がる透夜機の真下を飛び過ぎて行く怪光線。BF艦上のタロスが放ったプロトン砲による砲撃だった。さらに第二射。それを透夜はロールを打って回避する。
「やはり当たらんか‥‥」
 その砲撃をするタロスの操縦席で、ドルトンはポツリと呟いた。照準機の向こうに映るKVには見覚えがあった。先の宇宙への脱出行に際して、殿を務めた無銘──パーツ取りに使われたあのゴーレムのパイロットだ──と渡り合った強敵だ。
「どうやら空中は分が悪そうだ。貴艦は高空ではなく、水中からの突破を目指せ」
 ドルトンは、タロスにプロトン砲を捨てさせると、フェザーライフルを拾い上げながらBFにそう通信を入れた。
 そのまま単騎で飛び上がる。BFは名残を惜しむように暫しその背を見送った後、海中への潜行を始めた。
「BFを頼む。奴の相手は俺が」
「任された。逃がさんのじゃ!」
 闘技場を回る剣闘士の様に、互いに空中で円を描き始める透夜機とドルトン機。その傍らをブーストで掠め飛び、桜機が沈むBF目掛けて突進する。
 海面に向け斜めに突っ込みながら、沈降するBFに照準して88mm光線砲とブラストテンタクルを放つ桜。海面下へ逃げるBF、立ち昇る着弾の水煙。その上空をフライパスするクラーケンの操縦席で背後を振り返った桜の視界に、中規模な水柱が噴き上がるのが見えた。
「やったか!?」
 桜は機を旋回させつつ速度を落とすと、海面に着水して潜水モードで海へと潜った。
 潜行していく敵艦を追いつつ、上から敵状を確認する。敵艦主砲があったと思しき艦橋前の構造物が砕けていた。空気の流出はないようだ。少なくとも大規模な浸水はしていない。
「じゃが、虎の子の主砲を失くしたの‥‥ 悪いがここで頂くのじゃ!」
 追撃をかけるべく速度を上げる桜。と、その眼前に怪光線が放たれ、桜は思わずその行き足を止めた。
 BFの艦底側から現れる2機の水中用ゴーレム。1機は長大なプロトンランチャーをその両腕に保持しており。もう1機は片腕で、海賊船長の様な鉤爪と盾、そして足爪を装備している。
「片腕とランチャー持ちの2機の水中用‥‥! こやつらとも地味に因縁があるのぉ‥‥」
 一筋の冷や汗を垂らす桜。そこへ後衛、ロアン機の支援を受けつつ、片腕のゴーレム、バロー機が鉤爪を振りかざして突っ込んできた。


 水中を突進して来る鮫型2機を正面に捉えて。魚雷に敵の諸元を入力しながら、だが、有希は敵の動きを訝しく思っていた。
 敵はあまりに数が少なかった。何か搦め手があるのだろうか? 例えば、妨害物質を搭載したメガロを眼前で自爆させてこちらを撹乱しつつ、更なる増援を発進させて一気に突破を図るのではないか。
 有希からその懸念を伝えられたタイサは、少しの間──ほんのちょっぴりだけ考え込んで、すぐ面倒くさそうに頭を振った。
「だー、考えても分かんねーや。敗残兵だし、もともと手持ちが少ねぇとか?」
 有希は頷いた。その可能性も十分ある。扇型に展開したメガロでこちらの陣形を横に伸ばしておいて、BFとゴーレム2機で中央を突破する腹積もりだったのかもしれない。
 もっとも、両端の鮫型は既に爆雷攻撃で撃破されているので、その場合、敵にはもう手札は残っていないことになるが‥‥
「ま、なんにせよ、警戒だけは怠らないでいくのであります。窮鼠猫を噛む、との格言もある通り、各々方、油断めさるな、であります」
 美海がそう締めた瞬間、タイミングよくセンサーが警戒音を発した。敵がこちらの有効射程に近づいたのだ。タイサは口の端に笑みを浮かべた。
「ハッ! 艦隊はやらせねーよ。さーて、いっちょ派手に行こーか!」
 有効射程に入った瞬間、タイサは2基の多連装魚雷発射機から計48発の小型魚雷を撃ち放った。ほぼ同時に、有希機の小型魚雷ポッド、美海機の多連装大型魚雷発射機からも一斉に魚雷が放たれる。鮫型の針路前面にばら撒かれた多数の魚雷、その航跡が海中を埋め尽くす。鮫型は一切の回避運動を取らなかった。敵を捉えた魚雷群が一斉に鎌首をもたげて針路を変え、接近・近接して爆発。その衝撃波を叩きつける。
 連鎖した無数の爆発が球形に花開き、直後、水圧に潰され圧縮される。敵がどうなったのか、この時点ではまだ分からない。爆発で発生した大量の気泡がソナーを一時的に無効化している。
「鮫型の装甲は薄い‥‥ 本来であれば爆圧に耐えれるはずがなかとばってん‥‥」
 無言で待ち続ける3機。と、じっと前方を見続けていた美海が目を見開き、三十六式をリリースした。気泡の森を抜けてくる2機の鮫型。美海の隠密魚雷がその先頭に直撃し‥‥ 敵が装備した増加装甲が砕けて周囲に剥がれ落ちる。
「っ! ただの鮫型じゃない! 機動性を犠牲に鎧を幾重にも重ねている!」
「っだと、このクソ鮫がぁ!」
 警告の叫びを上げる有希に応じて、タイサが機のガトリング砲を撃ち放ちながら鮫型目掛けて振り回す。水中を走る火線が鎧の剥げた鮫型を捉えて、針で穴を空けるようにその装甲を撃ち貫き。直後、巨大な爆発の華で海中を押し広げる。
 鮫型が積んでいたのは、撹乱物質ではなく爆薬だった。『爆雷』の爆発にも似た巨大な水柱が海上へと噴き上がる。
 その爆発の陰から飛び出した鮫型が、KV3機が形成する横列の隙間をその高速性能を活かして突破。ただひたすらに艦隊目掛けて疾走する。
「っ!!」
 美海は即座にコンソールのスイッチを押し込んだ。直後、ロックされていたクラーケンの触腕がばらりと広がり、その内の2本、ブラストテンタクルが、側方を抜けていく鮫型に対して追い討ちを浴びせかける。
 がむしゃらに連射されたレーザー光が斜め後方から鮫型を捉え、装甲を切り裂き、穴を空ける。直後、巨大な球と化した爆発が海中に咲き‥‥ 間近で湧き上がった巨大な水柱に、艦隊の将兵は肝を冷やしつつ歓声を上げた。


 激しいドッグファイトの最中、真後ろに回り込んだタロスに対して、透夜はブーストを焚きつつ操縦桿を一気に引きつけた。
 擬似慣性制御で機体を制御しつつ機首を上げ、空気抵抗により急減速した透夜機がドルトンの眼前で沈み込む。眼前をオーバーシュートしかけるタロスに集積砲を撃ち放つ透夜。瞬間的に反応したドルトンが機に練力を叩き込み‥‥急停止に振り出した脚部が吹き飛ばされる。
「ちぃっ! このままでは‥‥!」
 ドルトンはあっけなく覚悟を決めると、その身を機体に融合して一気に透夜機へと迫った。被弾の衝撃を堪えつつ、近接戦でフェザー砲の速射を透夜機へと叩き込む。
 透夜は強烈なGに耐えながら、ブースト機動を継続した。側面に対した敵に機を横滑りさせて回り込みつつ、その機首と砲口を敵へと向ける。
「零距離だ。落ちろ!」
「その機動は無銘戦で見せてもらった!」
 透夜機が転回するより早く、フェザー砲を抜き打ちに放つドルトン。怪光線に集積砲を破壊されつつ、透夜機はなおもブーストを焚いた。更に相手の側方へと密着するように機を滑らせながら、剣翼でタロスの胴部を払い斬る。
 一際大きな爆発が起こり、タロスは力なく海上へと落ちていった。致命傷だった。
「すまない‥‥」
 ドルトンの意識が消える。最後に彼の脳裏に浮かんだものは、絶対的上司であるリリアではなく、共に戦い、死んでいった戦友や部下たちの姿だった。


 プロトン砲による支援砲撃を撃ちながら、ロアンのゴーレムが側後方へ回り込もうとする。その動きを、桜は展開したブラストテンタクルの速射で牽制した。
 機動を諦め、一旦桜機から距離を取るロアン機。桜は荒い息を吐きながら、それでも汗まみれの顔に笑みを浮かべる。
「ハッ、横だろうが後ろだろうが、こいつなら撃てるのじゃ! 烏賊を舐めて貰っては‥‥っ!?」
 言い終える前にバロー機が体当たりをかましてきた。息が飛び、意識を喪いそうになるのを堪えて機を操作する。密着状態から繰り出された足爪による攻撃は、以前、喰らっていたので対応できた。続けて振るわれた鉤爪の腕を触腕で受けつつ、敵の盾の下にガウスガンの砲口を突き入れる。零距離からの発砲。だが、反応したバロー機が素早い動きでそれをかわす。
「クッ。このままでは‥‥」
「‥‥桜さん、行くよ! 『逃げて』!」
 レシーバーの耳を打つ親友からの言葉に、桜は小型魚雷をばら撒きながら一気に後方へと離脱した。逃がすか、と迫るバロー機。突出するな、と呼び止めながら後を追おうとしたロアン機の眼前に、海上から『爆雷』が飛び込んで来て、慌てて距離を取ったロアン機とバロー機の間で大きく爆発する。
「お待たせだよ、桜さん! わぅわぅっ! 海の中は久しぶりだよ。紅良狗、本領発揮、行くよ!」
 着水し、桜機の傍らに潜行してきた愛華機が、前方に孤立したバロー機目掛けて一斉に大型魚雷を発射する。
 メガロワームを始末した水中班の3機が到達したのもその頃だった。
「多対一は戦闘の基本であります! 飽和攻撃、行くのであります!」
「まぁ、なんだ。これでも喰らっとけ?」
 十分に敵との距離を取りつつ、魚雷を立て続けに斉射する美海。タイサは敵にガトリング砲を撃ち捲くりながら、機体各所から一斉に小型魚雷を放出する。
 圧倒的多数の魚雷を投射されて、バロー機は爆発に盾を弾かれ、次々と直撃弾を喰らった。怒り心頭に発したバローは機体融合を行い、フェザー砲を乱射しながら能力者たちに突っ込んできた。
「おのれ、おのれ、人間共がっ! 殺す! 殺し尽くす! 地球人どもは皆殺しだ!」
「やめろ、バロー! ヨリシロにもせずただ敵を滅ぼすなど、それこそ地球人のような下等生物が如き振る舞いではないか‥‥!」
「ふざけるな!」
 バローとロアンの会話に割り込み、叫んだのは有希だった。
「他者から奪い尽くすだけの生命体、それがバグアだ! 人の思考も感情も、奪わなければ湧きもしなかった! 寝言はあの世で言え。貴様等には慟哭すら許さん!」
 有希機は味方機の前に出ると、向かってくるバロー機に『バンシー』を構えて待ち受けた。振り下ろされた鉤爪に左腕を受け貫かれつつ、魚雷攻撃で出来た装甲の隙間にソニックネイルを突き入れる。
 致命傷を受けたバローは最早ただの一言も発せず、無念の表情で深海へと沈降していった。バロー‥‥と呟くロアン。遠く海上に何かが落下して‥‥それが撃墜されたドルトンと知って唇を噛み締める。
「‥‥我らを収奪者と呼ぶか、殺戮者どもよ。いいだろう。我等を殺し尽くし、その血塗れの手で掴み取った仮初めの平和を暫し享受するといい。‥‥だが、どうせお前たちはすぐに同族で殺し合いを始めるさ。差別、貧困、戦争、虐殺‥‥ それらは皆、お前たちの内から生じる傲慢さが生み出すものだからな!」
 ロアンはBFの所まで後退すると、UPC艦隊に対する突撃を命じた。吶喊してくるそれを前にして、能力者たちは勿論、退かなかった。迎撃態勢に入る各機。大破した桜機も、残された一本のブラストテンタクルを敵へと向ける。
「これでとどめじゃ。せめて主らが長く戦った、この海の中で散るがよい」
 武装のないBFに、能力者たちの火力が集中する。浸水、爆発── 穴を穿たれ、水圧に押し潰されつつ、断末魔の悲鳴を上げる船体。やがて搭載した大量の爆薬に火が回り‥‥ 敵の母船は傍らのゴーレムごと巻き込んで、四度に亘って大爆発を繰り返しながら、メキシコ湾の海の底へと消えていった。