●リプレイ本文
故郷に戻ってきた──
電車の窓から見える風景が見知ったものに変わるのを見て、美咲はようやくその事実を実感できるようになっていた。
学生時代に何度も通った駅や街の佇まいが、窓越しに目の前を流れて行く。
到着した地元の駅は、何一つ変わっていなかった。
駅前の広場には、見慣れた友人のハッチバック車。恐らく、早く着き過ぎたのにずっと外で待っていたのだろう。すっかり身体を凍えさせた香奈が白い息を吐きながら、美咲に気づいて顔を上げる。
瞬間、美咲は戸惑った。──戦場では多くの戦友が死んだ。そして、今も戦っている者がいる。‥‥そんな彼等を差し置いて幸せになる資格が、果たして自分にあるのだろうか?
一方、万の言葉で美咲を迎えようとしていた香奈は、実際に美咲を目にした瞬間、その全てがすっ飛んだ。溢れ出てくる涙に止めず、ただ走り寄って抱き締める。
綾嶺・桜(
ga3143)、響 愛華(
ga4681)、龍深城・我斬(
ga8283)の三人は、再会する二人に気を使って少し離れた場所から見守っていたが、まず貰い泣きをした愛華がブワッと涙を溢れさせた。居ても立ってもいられずに香奈と美咲に飛びかかり‥‥ そんな愛華に苦笑しながら、桜と我斬が驚く美咲に片手を上げて挨拶する‥‥
「そうか。美咲はもう能力者を辞めたのじゃな」
エミタが除去された美咲の右手を見て、桜はそう感慨深そうに呟いた。そう言う桜自身にはまだエミタが光っている。桜も、そして愛華と我斬も、完全に情勢が落ち着くまでは能力者を──傭兵稼業を続けていくつもりでいた。
「ま、俺はあの寄生虫どもを駆逐し尽くすまで戦いをやめるつもりはねえが‥‥ まあ、美咲先生には帰るべき場所があるしな。香奈先生もよかったな。これでもう悲しい想いはしないで済む」
我斬が言うと、香奈は涙ぐみながら改めて皆に頭を下げた。本当によかった── 香奈の笑顔に、我斬が思う。
「そうだよ! 美咲さんが(特に宇宙で)頑張っていたのは知ってるから! 後は私たちに任せて、幼稚園の先生を頑張って欲しいんだよ!」
「じゃな。ま、わしの場合、傭兵を続けでもせぬと天然(略)犬娘の食費を賄えぬ、という事情があるわけじゃし」
「わふんっ?!」
そんなこんなで再会を済ませた五人は、車とバイク(我斬自前)で郊外の大型スーパーへと向かった。そこで飲み物や酒類、お菓子や雑貨を買って回る。歓迎会かな、とは想像できたが、お菓子を細かく一つ一つラッピングして貰っている理由が美咲には分からない。
「今日、なかよし夜討ち園‥‥もとい、幼稚園でね、クリスマスパーティーをやるんだよ! 園長先生や子供たちと一緒に、有希さん(守原有希(
ga8582))にクリアさん(守原クリア(
ga4864))、コハルさん(葵 コハル(
ga3897))たちもお手伝いに来てるんだよ!」
「守原の奥さんの発案でな。帰ってきた美咲先生に飛び入りでサンタクロース役をやってもらって、子供たちへのドッキリにしてもらったらどうか、って」
理由を尋ねると、愛華と我斬がなんか不自然なほど爛々とした瞳で答えた。その不自然さに桜と香奈が冷や汗を垂らすも、美咲は全く気づかない。
「え? 有希君、結婚したの? 誰と?」
「クリア・サーレク。ほら、あの赤毛の婚約者」
「あー、あの! マジだ!?」
どいつもこいつもいつの間にやら籍入れやがって‥‥ 美咲と我斬が異口同音にそんな言葉を口の端から棚引かせる。それを見て、あはは、と苦笑する香奈。慌てた愛華が鞄に手を突っ込む。
「えーと、まぁ、そういうわけで、美咲さんにはこれを着て欲しいんだよ」
愛華が中から取り出したのは、おなじみの衣装──赤と白とで構成されたサンタ服だった。それを見たち巫っ女・桜は後退さった。明らかにサイズの小さい自分用のサンタ服を見つけたからだ。
「おい、待て、愛華。おぬし、まさか‥‥」
「クリスマスだもんねぇー。私たちもちゃんとサンタさんにならないと。‥‥勿論、桜さんの分も用意してあるよ? さぁ、桜さん。とてもとてもかわいらしいちびっ子サンタに変身だぁ」
「ぬおぉぉぉっ!? またか、またなのか!? 最初がサンタなら最後もサンタで締めなのかーっ!!!?」
にじり寄る愛華に、首を横に振りながら後退さる桜。がしゃり、とぶつかった背後の棚に退路を失い、両脇をがっしり捕まえられ。そのまま駐車場へと連行されて、車中で無理やりサンタ服へと着替えさせられる。
我斬はバイクの傍から揺れる車を遠目に見やると、白い息を吐きながら、星の多い夜空を見上げた。
「──クリスマスか。お祝い事にはお誂え向けの季節だねぇ‥‥」
園に最初にネタキメラ──サンタキメラが現れたのもこの時期だったという。あれから既に5年の月日が流れていた。
「5年か‥‥ そりゃ成長期(←色々間違い)のコハルも、いい加減、大きくもなるよなぁ‥‥」
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もう男子とは間違えさせない。
そう気合を入れて5年前と同じミニスカサンタ系の衣装に身を纏い、園でパーティーの準備を進めていたコハルは、だが、同じくサンタコスをした園児たち(たくさん)の「遊んで、遊んでー」攻撃に晒されていた。
「ちょ、ごめ‥‥ おねーちゃん、今、忙し‥‥」
入れ替わり立ち替わり纏わりついてくる園児たち。他の先生や保護者たちはよくしたもので、コハルが園児たちの飽和攻撃に晒されている間に、手早く作業を進めていく。
「我斬君から連絡があったよ〜。今、駐車場で着替えているから、あと20分位でこっちに着くって」
パーティー会場にトナカイの格好をしたクリアが入ってくると、コハルと遊んでいた園児たちの半分がそちらに流れた。若干、男の子が多い気がするのは、トナカイコスの方がサンタコスより身体のラインが出るからだろうか。
「‥‥やっと美咲先生が帰ってくるんだね。この子達の卒園までに戻ってこれて、本当に良かったんだよ」
整列させる為に園の先生が園児たちを呼び集めると、コハルとクリアはようやく園児たちから解放された。文字通り一息ついて呟くクリアに、互いのスタイルを見比べながら、コハルがちょっぴり複雑な表情で返事する。
「紆余曲折にして波瀾万丈‥‥ 色々あったけど、これで無事にハッピーエンド、カナ?」
正直、なかよし幼稚園とここまで長い付き合いになるとは思っていなかった。始まりも終わりもクリスマス。これも奇縁というやつだろうか。
そんなコハルと別れたクリアは、次に給湯室へと向かった。そこでは、彼女の婚約者‥‥じゃない、夫となった有希が、保護者のお母さん何人かと共に、パーティーに出す食べ物の調理を担当していた。別室なのは勿論、刃物や火が子供たちには危ないからだ。
「美咲先生、あと15分で来るそうですよ〜」
クリアが告げると、有希たちは改めてスパートに入った。
メニューは、ゆで卵や野菜を練り込んでツリー型にしたミートローフに、クリスマスらしい鳥料理。チキンだけでなく本場の七面鳥やまで用意してある。他には、鱈のフライに鮭のホイル焼き。ほうれん草入りのミネストローネに、マカロニサラダにポテトサラダ。ケーキ類には、生クリームと果物のホールケーキにブッシュドノエル、そして、クリスマスプティングにドラジェ、パンドーロと、国際色豊かに取り揃えている。
「大人数のパーティーですが子供も多いので、個々の量は控え目にして品数を多く、色々な味を楽しめるようにしてみました。見た目は、クリスマスらしく赤と緑と白を意識して構成してあります」
クリアと同じくトナカイのコスをした有希が、額の汗を拭いつつ満足そうにそう言った。早速、会場へ料理の皿を運んでいくお母さんたち。気を利かせたのか、その場には有希とクリアの夫婦だけが残された。
「うん、さすがだね、有希さん。でも、量はもう少しあっても大丈夫だと思うよ。だって、ほら‥‥」
「あー」
二人の脳裏に、赤い犬耳尻尾な誰かさんのシルエットが浮かぶ。
二人はそのまま給湯室で、追加の料理の調理を始めた。テキパキと作業しながら、有希はハッと気づいた。隣に立ったクリアが覚束ない手つきで、だが、子供たちのため丁寧に、魚の骨を取り除いている。
「手間でしょう? うちがやりましょうか、クリアさん?」
「やらせて、有希さん。いつか家族が増えたら、お母さんとしてちゃんと料理をしてあげたいから‥‥」
言うだけ言って押し黙り、顔を赤くする二人。まな板の上で包丁だけがトントンと音を立てる‥‥
なかよし幼稚園に到着した美咲たちは、車を静かに駐車場に入れると、二昔前のスパイものな気分で園舎への侵入を開始した。存外ノリノリな美咲が廊下を渡り、その後ろに、恥ずかしそうに頬を染めた桜と、動作の端々まで楽しそうな愛華が続く。
忍び足で会場の扉の前まで進んだ美咲がシー、と後ろを振り返り‥‥ 思いっきり扉を開け放ちながら「とぅっ!」と中に飛び込んだ。
「やあ! なかよし幼稚園のみんな! 良い子にしてるかな! みさきサンタがプレゼントを届けに来たよ!」
皆まで言う前にクラッカーの砲列が打ち鳴らされ、炸裂音と紙吹雪が美咲の口上を遮った。傭兵の習性で思わず身を伏せる美咲。きょとんと辺りを見回す彼女に対して、合唱の体制で待ち構えていた園児たちがせーので一斉に声を張り上げる。
「メリークリスマス、美咲せんせー! お帰りなさーい、美咲せんせー!」
先生と保護者たちが送る拍手と歓声。コハルにクリア、有希の姿もある。そのまま合唱で美咲を迎える園児たち。背後を振り返った美咲は香奈たちの悪戯っぽい笑みを見て、ようやくドッキリを仕掛けられたのが自分の方であることに気がついた。
「皆、美咲先生の帰還を心待ちにしてた、ってことさ。帰るべき場所へ、さ」
「そうじゃ。ここがお主の帰る場所じゃよ。これまでずっとお主が守ってきた‥‥ そして、遂に守り切った、な」
我斬と桜がそう美咲の背中をポンと叩く。愛華は座り込んだ美咲にそっと右手を差し出した。
「美咲さん。貴女は無事に帰ってきたんだよ。‥‥ほら、こんなにも美咲さんの帰りを待っていてくれた人たちがいる。ここが貴方の居場所なんだから。悲しい顔を、しちゃ駄目だよ」
ほら、『家』に帰って来たらあの言葉を言わないと。愛華がそう耳打ちしながら美咲のことを引き上げる。立ち上がった美咲は袖で涙を払うと、なんかやけくそ気味に元気な調子で、背後のパーティー会場を振り返った。
「あー、みなさん、お久しぶりです! 橘美咲、(ドッキリに引っかかって)恥ずかしながら帰ってまいりましたー!」
主役の帰還を迎えて、パーティーは最高潮に盛り上がった。
美咲を中心に集まる園児たち。多くのサンタから配られるプレゼント。帰ってきた美咲に子供たちが、美咲が居ない間、園でどう過ごしていたかを伝える劇が演じられ。その劇の最後には、香奈のオルガン、美咲のキーボードの伴奏で園児全員がミュージカル調で歌い、美咲を引き込んで踊りまくる。
「ねね、美咲センセはイケる口でしょ? 良かったら、差しつ差されつ、なんてどーですか?」
歓迎会が終わって子供たちが帰ると、コハルはスーパーで買った日本酒のビンと空いていたコップを手に美咲を誘い、テーブルの片隅で大人だけの二次会を開始した。余ったおかずをかき集め、つまみ代わりに箸で摘む。
「サンタ衣装の香奈先生も素敵だ‥‥ と見惚れてられるのも平和の証かねえ?」
料理が余ることを見越してパーティー中、食事を控え目にしていた我斬は、だが、物凄い勢いで料理を片付けていく愛華の姿に愕然とした。愛華の横では、桜が「持ち帰りは可能じゃろうか? 持ち帰れれば食費が少しは浮くのじゃが」などと平然とした顔で園長に聞いている。
「ところで、みんなは今後、どうするの?」
美咲の帰還という事で、酒の肴の話題が自然とそちらに移った。訊ねた当のコハルは、美咲や香奈たちと同じ道を選ぶつもりでいた。幼稚園教諭の教員養成課程のある短大か大学に進んで資格を得る必要がある為、今冬中に急いで出願先を決めなければならない。コハルの悩みに、美咲や香奈を初めとする園の先生たちは親身になって相談に乗ってくれた。各学校の噂話や学生時代の体験談を、先輩としてこれでもかと聞かせてくれる。
「ウチは今、クリアさんと一緒に、メトロポリタンXで復興の手伝いをやっています。ULTや軍の下請け依頼所、兼、食堂としてね」
一通り洗い物を終えた有希が、妻のクリアと共に肴持参で宴席へと加わり、言った。
戦争は終わったが、まだどこも復興は長くかかるだろう。だからこそ、地域に密着した能力者が今後は大切になっていくはずだ。有希はそう考えていた。
「なら、ついでに彼等の拠点も引き受けよう、って。まぁ、それがなくても、美味しい食事で皆が休める店にしたいな、って」
皆、ちゃんと前に進んでいるんだなぁ、と美咲が赤ら顔で呟いた。クリアが笑顔で、大きく頷いた。
「確かに、戦争が終わって、これからどうしようか、迷う事も有るけど‥‥ でも、それも逆に言えば『これから先は何だってできる』って事だもん。だったら戦争の時に出来なかった事、苦しかった分まで楽しまなきゃ損だよ。ボクは、そう思う」
だからこそ、美咲先生にも、この幼稚園で幸せな未来を作って欲しい。そうでなければ、あの戦いの日々も全て意味がなくなってしまうから。
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パーティーの片付けと打ち上げの酒宴を終えて──
皆と別れた美咲は、香奈を送って夜の道を歩いていた。その道すがら、互いに近況を話し合う。
バグア・ユーキが残したキメラコンテナを香奈が勝手に動かした件に関しては、『多くの人々を救う為の緊急避難的措置』として、園長・宅配業者共々不起訴処分で決着をみた。
一方、美咲は、宇宙で出会った事件や戦友たちについて語った。自身の知らない世界について、香奈は目を瞬かせながら聞き入った。
「もう全部、終わったんだね。‥‥もう全部、なにもかも」
アパートに着いた所で、香奈がそう呟いた。
美咲は頷いた。──戦争は終わった。園は守られた。戦友たちの助けを借りて、バグアから祐樹を『解放』した。
‥‥能力者でもなくなった。少なくとも、美咲の戦いはもう終わった。
香奈はクルリと美咲を振り返ると、微笑と共に告げた。
「ありがとう、美咲ちゃん。これまでお疲れ様。──そして、お帰りなさい」
その瞬間、美咲は大粒の涙を溢れさせた。人は故郷そのものに帰るのではなく、そこに居る人に帰るのだ── そんな想いを実感する。
愛華に言われたことを思い出す。頬に差し出された香奈の手を握り、涙を止めぬまま嗚咽と共に。
しっかりと香奈を見つめて、ただ一言だけ、搾り出す。
「ただいま‥‥ 香奈‥‥ 帰ってきたよ‥‥」
橘美咲は帰還した。いつからか外れていた、彼女の人生の本道に。