●リプレイ本文
日本、某所。復興工事現場──
忙しく働く作業員と重機に交じって。数台の土木用リッジウェイが作業を行っていた。試験的に採用された運用実験の機体である。
御影 柳樹(
ga3326)はその内の1機に搭乗し、故郷の復旧作業に従事していた。
「おーい、りゅうちゃん! そろそろメシにしようや。ほれ! 山田さんとこの婆ちゃんが芋持ってきてくれたし! こないだビニールハウスを直してくれたお礼だと!」
芋を手に呼びかける作業員。気付いた柳樹は腕時計に目をやり、機械を止めた。扉を開け、大きな身体を捻るようにして機外に出る。アメリカ製の04と言えど、柳樹の身体の大きさは規格外のようだった。
「また山田のおばあちゃんから差し入れさ? 気にしないでいいのに‥‥ このままじゃ、エミタ外した時に太り過ぎで動けなくなっちゃうさぁ」
冗談で皆を笑わせつつ、芋に手を合わせて礼をする。受け取った柳樹は『自室』(取り外した04の兵員室。キャンピング仕様)に戻ってそれを調理し、現場の皆に振舞った。
「りゅうちゃん! お客さんじゃぞ! けったいな格好をした娘さんじゃあ!」
昼食を終えて談笑している時に、現場監督がこちらに来ながら柳樹を呼んだ。
振り返った柳樹は苦笑した。現場監督の後ろには、彼が言うところの『けったいな格好』をした知人──どこか厨二病全開なコートに身を包み、どう見ても怪しげな黒眼鏡をかけた阿野次 のもじ(
ga5480)がついて来ていた。
迎えに出た柳樹に、のもじは(なぜか)小声で訊ねた。
「‥‥例のブツはできてる?」
「え? 何さ? そういうプレイ? ‥‥えー、ごほん。‥‥さすがだな。時間ぴったりだ。ご覧の通り、まだ熱々さぁ」
柳樹は芝居がかった口調で言うと、のもじに『ブツ』を手渡した。知らされたレシピを元に、モリスの奥さんの愛妻弁当を再現したお弁当だ。所用で日本に来ていたのもじが、アメリカに帰る前に柳樹に頼んでいたものだった。
「これからそれを持ってサンフランシスコへ?」
強風にはためくヘルメットを抑えながら、訊ねる柳樹。振り返って頷くのもじの背後に、高速連絡艇がゆっくりと下りてくるのが見えた。
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「リッジウェイの新しい仲間が開発されたと聞いて!!」
北米フロリダ、H&R社──
貸しビルの1フロア、その一室の狭い社内に、みやげと花束を提げた寿 源次(
ga3427)がそう叫びながら飛び込んできた。
あっけに取られるラファエル、アル、リリーの3人。源次は構わず手にした花束を社長席のラファエルに手渡す。
「会社立ち上げ、おめでとう。滑り出しも順調なようで何よりだ。‥‥兵士と共にあったリッジウェイが、今も形を変えて人々と共にある── 理想じゃないか! ここの人たちはいつもやってくれる!」
『汎用人型土木建機、新生LM−04、Re−Birth』
『大戦で負った悲しみを希望に変えて! 立てよ職人!』
『このマシン、人を選ばず、現場を選ばず』
多少の誇張やエスプリの効いたエスニックな内容のクレバーでワンダホゥ(本人談)なキャッチコピー案が次々と源次の口から滑り出す。
まるで我が事のように喜んでくれる源次を見てアルとリリーは嬉しくなった。ラファエルなどは、営業を俺にやらせてくれ、とまで言い出した源次に即決でOKを出しちゃったりしている。
とりあえず、源次が持ってきたケーキを切り分け、戦時中は貴重品だったコーヒーと共に卓を囲む。
3人の姿を見た源次は、感慨深く呟いた。
「アルもリリーも、新しい職場で活き活きしているように見える。社長もだ。初めて会った時は邸宅でテロだったか。随分と昔のことのようだが‥‥ その間、色々と思う所も変わったモンかい?」
源次の問いに、アルとリリーはきょとんとした顔をした。『諸般の事情』を知らない彼等はドロームに思う所はない。
ラファエルは無言で笑みを浮かべた。‥‥ラファエルの本質は変わっていない。これからも己の能力を頼みに生き抜いていくことだろう。
「しかし、ヘンリー室長まで社を辞めるとはな‥‥ 無理からぬことではあるが、しかし、思い切った決断を‥‥」
言いかけた源次がはたと気付いた。この部屋には、彼が会いに来た人物が一人欠けている。
「ん、あれ? 肝心の室長はどこに?」
その日二回目の問い── H&Rの三人は改めて暗い顔を見合わせた。
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同刻。北米西海岸、ドローム本社──
役員用の食堂を出てヘンリーと別れたモリスをのもじが待ち構えていた。
警戒するSPをモリスが制して、そのままオフィスへと向かう。働く秘書たちを横目に応接室へと入り‥‥ ふかふかのソファに腰を沈めながら、呆れたようにのもじは呟いた。
「ほんとに出世したのねー」
「ちょっと仕事が増えただけだ。‥‥面倒も増えたがね」
自ら茶を入れながら、モリスはのもじに用向きを訊ねた。ここには荷物を取りに来ただけだ。余り多くの時間は割けない。
「ん」
のもじは弁当を広げると、無言でモリスに差し出した。
断ろうとしたモリスは、だが、その中身を見て動きを止めた。腰を下ろし、箸を進める。
「どう?」
「妻の弁当ではないな。だが、よくできている」
それは柳樹の作った弁当だった。モリスの顔に懐かしそうな表情が浮かぶ。
(石橋を叩いても『工事中』と張って近づけない。‥‥やれやれ。そこまで奥さんと子供が大事かね)
表面上、モリスは家族と別居中ということになっている。だが、それが家族を『危険』から遠ざける為のポーズだとのもじには分かっていた。
「ヘンリーに関しては、これ以上できることはないわね。‥‥問題は貴方。もっと余裕を持ってくれないと」
ずい、と顔を近づけるのもじを、弁当の蓋でかわすモリス。のもじはそれを口でくわえ取りつつ、「これ、ゆっきー(守原有希(
ga8582))からの伝言」と言って紙片を渡す。
『色々と苦労が絶えぬと聞きます。ですが、見え難い貴方のその力で救われている人は確かにいます。‥‥何かトラブルの際には、遠慮なく自分たちの事務所を頼ってくださって構いませんので』
メモを読んだモリスは、そうか、とだけ呟いた。どこで誰が聞いているか分からない。だが、その表情が緩むのをのもじはしかと確認した。
他に用はないか? と立ち上がるモリスに、のもじはもう一つだけ、とニヤリと笑った。
「‥‥賭けをしない? ヘンリーが娘を養子にすると言いだすに1000cr。かつ5年後に娘さんが『私、ヘンリー父さんのお嫁さんになる』に追加で1000crで」
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翌日。フロリダ、ヘンリー邸前──
旅の装いを整えて自宅から出てきたヘンリーをジーザリオの運転席から確認して。白鐘剣一郎(
ga0184)は懐かしい想いに捉われていた。
そうか、あれからもう5年になるのだな‥‥ と、試作型リッジウェイの試験に携わった頃を思い出す。剣一郎にとってリッジは陸上任務の頼れる相棒だった。その生みの親たるヘンリーは、今尚、尊敬に値する人物だ。
「ご無沙汰しています。ヘンリー室長」
敢えて室長と呼称しながらヘンリーを出迎える。そこから少し離れた場所では、ヘンリーに同行する守原クリア(
ga4864)を、夫である有希が見送りに来ていた。
彼自身は同行することを遠慮した。復旧工事があることも理由だったが‥‥ ヘンリーとルーシー、そして、妻の親友であるヴェロニク・ヴァルタン(
gb2488)のことを考えると、付き合いの深いクリアだけが同行する方が良いだろうと考えたのだ。
「これ、頼まれていたフルーツケーキです。‥‥ルーシーさんによろしく言っておいてくださいね」
「有希さんも。風邪なんかひいちゃだめだよ」
有希から荷を受け取りながら、チラと親友に目をやるクリア。無言で出発の時を待って佇むヴェロニクは泣きはらした顔をしていた。ルーシーの余命が一年と聞いて昨晩はずっと号泣していたのだ。
それを心配そうに見るクリア。不安そうな妻に気付いて、有希はやさしく抱きしめた。
「うちの大事なクリアさん‥‥ 大丈夫。貴方はちゃんと大事な人たちの力になれますよ。ほら、うちがその証拠です」
有希は思った。ヘンリーやルーシー、ヴェロニクたちには、後悔なきよう全力を尽くして欲しい。後悔があってもそれを抱いて進んで欲しい。彼等の強さを知る者として、感謝し尽くせぬ友人として。ただそれだけを切に願う。
「それでは白鐘さん。護衛はよろしくお願いします」
有希の言葉に頷いて、剣一郎は車を空港に向け出発させた。
ルーシー宅に到着したのはその翌日。昼を過ぎた辺りの時分だった。生活するには困らない規模の地方都市から、少し離れた場所に位置する小さな湖畔のロッジだった。
ヘンリーたちを車中に残し、剣一郎が先に降りる。やはりと言うべきか、周囲に小屋を観察するような気配があった。だが、それもすぐに離れて消えた。事前にモリスから連絡があったのだろう。
庭先へと入り、玄関の前で呼び鈴を押す。扉の前で気配があり、女性の声が応答した。
「失礼。ルーシー・グランチェスターさんのお宅はこちらですか?」
是と答えるルーシーの声に応じて、剣一郎は半身をずらした。開かれた視界の先には、車から降りたヘンリーたちの姿がある。
ルーシーは驚かなかった。モリスがヘンリーに知らせるであろうことは、薄々わかっていたのかもしれない。
「‥‥久しぶりね」
「ああ。‥‥久しぶりだ」
短い挨拶の後、ルーシーがヘンリーたちを招き入れた。剣一郎は遠慮し、そのまま家周辺の警護に当たる。
「これ、有希さんから。フルーツケーキです。X−201のテストの時のと同じものなんですよ」
クリアがそう言って土産を渡すと、懐かしい機体の名前にルーシーの顔が綻んだ。紅茶と共に宅を囲み、懐かしい昔話に華が咲く。ルーシーの病気については話題にでなかった。ヘンリーたちはそれを避けているように見えた。ヴェロニクは笑顔で会話に応じていたが、テーブルの下では親友の手をギュッと握り締めており、その様がクリアには痛々しい。
「‥‥モリスから聞いているのでしょう? 私の病気のことは」
そんなヴェロニクの様子にいたたまれなくなったのだろう。ルーシーがそう切り出した。
ヘンリーたちは絶句した。沈黙の中、柱時計の刻む音だけが鳴り続ける‥‥
「F−201や204‥‥ ヘンリーさんやルーシーさんが生み出してくれた『翼』には、有希さんとの思い出がいっぱい詰まってる。色々あって、ボクと有希さんは親しくなれて、一緒にもなれた。なのに、その『翼』を生み出してくれた生みの親二人がすれ違ったままというのは悲しいよ‥‥」
最初に沈黙を破ったのはクリアだった。無言のヴェロニクを励ますように、手に込めた力を強くする。
「せめて、ヘンリーさんの告白にちゃんと返事をしてほしい。今、想っていることを素直に話してあげてほしい。伝えられなかったこと、素直になれなかったこと、そんな色々を抱えたまま永遠に会えなくなるのは、本当に辛いから‥‥」
思い入れが強くなり、比例して声も大きくなった。脳裏に浮かぶは、生き別れた家族の肖像──
「‥‥ボクは有希さんに支えられて幸せになれた。だから‥‥ だから、二人とも、もっと我侭を言って、甘えて、‥‥幸せになってもいいんじゃないかな?」
それ以上は続けられなかった。目頭を押さえて席を立つ。励ますようにヴェロニクの肩をポンと叩いて‥‥ 紅茶のおかわりを入れてくる、と言って、クリアは部屋から出て行った。
「‥‥私、今は工業系の大学へ進学したんです」
沈黙の後、ヴェロニクが話し始めたのは彼女の近況についてだった。
「KV工学の学科です。学生と傭兵の両立は大変ですけど、毎日がとても充実しています。エンジン工学を専攻する予定です。将来は自分が設計したエンジン用に、機体を設計して貰い‥‥ます、から‥‥」
そこまでだった。語るヴェロニクの両目から想いが涙となって溢れ出していた。
彼女の後を継ぐ── それはヴェロニクがルーシーと交わす『約束』‥‥となるはずだった。いずれ追いついてみせるという、ルーシーとヴェロニクの間の遠い約束。
だが、先へ進み続けるヴェロニクに対して、ルーシーは未来を失おうとしている。そして、代わりに永遠を手に入れる。
「‥‥ずるいですよ。そうやって逃げられたら、私、永遠に勝てないじゃないですか。後を任せると言うのなら、自分のやるべきことを全部やってからにしてくださいよ!」
涙だけでなく、想いも溢れた。
フェアじゃない。‥‥ルーシーではなく自分自身が。自覚しつつ部屋を飛び出し、親友の胸に飛び込むヴェロニク。あぁ、泣くつもりなんてなかったのになぁ。もう少し格好良く決めるつもりだったのに。
ヴェロニクを追おうとしたヘンリーを、ルーシーは首を振って引き止めた。
確かに、はっきりさせておかないといけない。ルーシーは苦笑した。色恋に疎いとの自覚はあったが、まさか年下の女の子たちからそれを教えられるとは。
「貴方は私を好きと言ってくれたけど‥‥ 多分、私も好きだったんだと思うわ、貴方のこと。今も、昔も。多分、異性として。‥‥でも、それは燃え上がる恋情といったものではなく‥‥ お互い、側にいて居心地が良い慕情のようなものだったのじゃないかと思う。多分だけど、それだけでは恋人同士にはなれないのよ、きっと‥‥ 夫婦だったらまた話は別なのかもしれないけどね」
そう互いの想いを『解析』して‥‥ ルーシーは笑った。ヘンリーもまた笑った。解析とはまたなんとも『科学者』らしい話じゃないか。
結局の所、二人の関係に恋人同士という未来はなかった。今の二人の想いというのは、学生時代の思慕を──過去の思い出を引きずっているのだろう。
「なるほど。確かに恋人という言葉は僕らからは程遠い言葉だな。この関係は‥‥『親友』とでも呼べばよいものだろうか」
「そうね。私たちはこの上なく大切な、かけがいのない『親友』‥‥ううん、『戦友』よ」
聞きながら、ヘンリーは泣いた。
「貴方は幸せになってね、ヘンリー。私の分も、きっと」
ルーシーはその後、2年に亘って闘病を続けた後、その息を引き取った。
葬式に際し、ヴェロニクは204で上空を飛んだ。ルーシーが開発したスルトエンジンの声を最後に聞かせる為だった。
大学を卒業したヴェロニクはH&R社に入社し、設計に携わるようになっていた。
ちなみに、ヘンリーとは未だに男女の関係になってはいない。そのことでのもじやクリアにからかわれたりもするが、まぁ、脈がないというわけでもないし‥‥
「やあ、ルーシー。こちらは相変わらずにぎやかだよ。そちらはどうだい? 旦那さんたちと仲良くやってるかい?」
ルーシーの墓の前で、呟くヘンリーの声に、遠く、KVのエンジン音が重なった。
平和の空を飛ぶ、SES−21系エンジン音が。