タイトル:3室 冷たい朝の中でマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/03/16 11:41

●オープニング本文


 KV第3開発室に所属した元フリーのエンジニア、ラファエル・クーセラは、ドロームを退社し、フロリダにて起業していた。
 H&R社という、機械関係を扱う小さな製造工場だ。企画と設計・試作のみを担当し、製造および販売に関しては古巣のドロームを介して行う。
 現在、ラファエルが扱っている案件は、軍用のLM-04『リッジウェイ』を土木作業用へと改造し、それを各地の復興地域に格安で販売することだった。戦時、その使い勝手の良さと生産性の高さから、地上部隊用に数多く生産されたLM-04も、戦争が終わった今では各地で余りがちになっていた。それを安値で引き取り、土木作業用の新たな『ワークホース』として再生する。復興が始まった今、この手の機械に対する需要は鰻上りだ。しかも、余っている機体の再利用とあって、初期費用は格段に小さい。
「しかし、LM-04は元々野戦築城ができたはずだ。今更、何を『売り』とするつもりかね?」
 最初にこの企画を持ち込んだ時、ドロームのKV企画開発部の担当者は失望を隠さず、そう言った。
 ラファエルはニヤリと笑った。彼の本領はSE── ハードではなくソフトこそが彼の扱う『商品』だ。
「操縦者、アルフレッド・ノーマン。これより試作1号車によるデモンストレーションを開始します。プログラムのトレースはできてますか、ラファエルさん?」
「OKだ。そのままやってくれ」
 ラファエルと社の担当者が見ている前で、人型へと変形していく土木作業用LM-04── 外見上の違いは、兵員室が荷台に変わったことと、正面装甲が強化ガラスに換装され、操縦席が開放型になったくらいだろうか。
 やがて変形を終えた04は、でこぼこ道の上をゆっくりと歩き出し‥‥ 背から取り出したKV用工具で、掘削、杭打ち、土留から締固めまで、一通りの土木作業をただ1機でこなしていった。
 それを見た担当者は目を瞠った。──通常、人型での作業は能力者のエミタの補助がいる。だというのに、エミタのない『非能力者』がこれだけの作業をこなすとは!
「エミタが制御していた部分の内、基本制御と作業動作をプログラムにより代替しています。機体の動的水平制御に優れたLM-04たればこそ、ですね。流石に動きは鈍いですし、戦闘に対応できるような汎用性もありませんが、ある程度動作がパターン化している土木作業であればこれ位は朝飯前です」
 社に持ち帰って検討する、と言い残して、担当者は慌てて帰っていった。それから一ヶ月もしない内にGoサインが出た。土木作業用リッジウェイは、能力者・非能力者共に使用が可能な作業用機械として各地へ出荷され、実験的に運用が始まっていった。
「上手くいきました。ニューヨーク市の土木課が研修用に2台の導入を決定しました。ユタ州ではなんと40台の大口契約ですよ!」
 売り込みを終えて返ってきたスーツ姿のリリアーヌ・スーリエが、満面に笑みを浮かべながら社屋──といっても、小さな貸しビルの1フロアだが──に戻ってくる。
 かつて3室に所属した『新人』3人の内、アルフレッドとリリアーヌの二人がドロームを辞め、ラファエルのH&R社に入社していた。兵器開発より性に合っていると思ったのだ。アルフレッドはラファエルと共に開発の主軸として。リリアーヌはその事務能力を買われて経理と営業を担当している。
 3人組の内、ハインリヒ・ベルナーはドロームに残った。今では研究室の一つを任され、宇宙開発に向けた新型機の開発を続けているという。
「ありがとう。南米の件はどうだった?」
「S-01用のオプション装備ですね? COP装備一式に、204で採用された最新式の熱帯地戦用フィルター、さらにはブレス・ノウ2相当の照準プログラムをつけると言ったんですけど‥‥ いやー、決まりませんでした。やっぱりリカルドさん相手は厳しいです」
 テキパキとテーブルを片付け、南米土産のお菓子を広げ、全員分のコーヒーまで準備するリリアーヌ。感嘆し、嫁に来ないかと冗談を言うラファエルに、『横目で聞いていた』アルフレッドが慌てて茶をこぼす。
「‥‥そう言えば、『室長』は今日は『本社』でしたっけ?」
 コーヒーカップを手に取りながら、ふと気付いてリリアーヌが振り返る。
 ラファエルとアルフレッドは無言で頷き、静かに椅子に座りなおした。
 元第3KV開発室長、ヘンリー・キンベル。ドロームを辞めた彼はラファエルと共にH&R──ヘンリー&ラファエル社を創業し、今は同社の最高顧問に収まっている。
 かつて数々のKVを開発してきた彼は、しかし、現在、開発には携わっていなかった。作業用04もアイデアと方向性を示しただけで、設計には関与していない。

 そのヘンリーは、今、『本社』── サンフランシスコのドローム本社を訪ねていた。旧友に会う為だった。
 かつてドロームのKV企画開発部に所属し、今では上層部の末席に身を連ねる同期のモリス・グレーは、ヘンリーが最後に会った時よりやつれて見えた。恐らく、かつての『情報部』を預かる者として気苦労が耐えないのだろう。ミユ・ベルナールに対する暫定統一政府首班就任要請を、社内で冷遇されていた旧ストリングス派は機会と捉えているはずだ。派閥抗争の泥沼化を避けるべく奔走しているに違いない。
 そんなモリスがヘンリーの為に割ける時間は、昼食の間だけだった。役員用の食堂で料理を挟んで向かい合う。かつてモリスが欠かさず持参していた愛妻弁当も今は無い。
「‥‥で、そんなに忙しい最中に、わざわざ僕を呼び出した理由はなんなんだ?」
 どこか白々しい会話を切り上げ、ヘンリーは本題を促した。モリスは無言で、折り畳まれた一枚の紙片をヘンリーに差し出した。中を開くと、そこにはカナダの一住所が記されていた。
「『彼女』は現在、カナダで一人娘と共に暮らしている」
 モリスの言葉にヘンリーは身を硬直させた。ルーシー・グランチェスター── ヘンリーとモリスの大学時代からの同期のKV用エンジン開発者。ドローム情報部に義父と夫を死に追いやられ、かつての部下たちと共にドロームに『叛乱』を企てた、ヘンリーの『初恋』の人‥‥
「‥‥なぜ、今頃?」
 動揺を隠せぬまま、ヘンリーは訊ねた。叛乱後、『情状を酌量』されたルーシーではあるが、情報部による監視の目は張り付いていたはずだ。会社を辞め、姿をくらましたとしてもそれは変わらない。
 ルーシーの失踪当時、ヘンリーはモリスに彼女の居場所を問い質したものだが、モリスが私用で情報を洩らすようなことはなかった。それが、何故‥‥?
「‥‥これが最後の機会となるだろう。どうするかはお前たち、二人に委ねることにした。同期の友人として、俺に出来る精一杯の心遣いだとでも思ってくれ」
 モリスの言葉に、ヘンリーは目を見開いた。
「‥‥ルーシーは死病に冒されている。医師の話によれば、余命は1年程度らしい‥‥」

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD

●リプレイ本文

 日本、某所。復興工事現場──
 忙しく働く作業員と重機に交じって。数台の土木用リッジウェイが作業を行っていた。試験的に採用された運用実験の機体である。
 御影 柳樹(ga3326)はその内の1機に搭乗し、故郷の復旧作業に従事していた。
「おーい、りゅうちゃん! そろそろメシにしようや。ほれ! 山田さんとこの婆ちゃんが芋持ってきてくれたし! こないだビニールハウスを直してくれたお礼だと!」
 芋を手に呼びかける作業員。気付いた柳樹は腕時計に目をやり、機械を止めた。扉を開け、大きな身体を捻るようにして機外に出る。アメリカ製の04と言えど、柳樹の身体の大きさは規格外のようだった。
「また山田のおばあちゃんから差し入れさ? 気にしないでいいのに‥‥ このままじゃ、エミタ外した時に太り過ぎで動けなくなっちゃうさぁ」
 冗談で皆を笑わせつつ、芋に手を合わせて礼をする。受け取った柳樹は『自室』(取り外した04の兵員室。キャンピング仕様)に戻ってそれを調理し、現場の皆に振舞った。
「りゅうちゃん! お客さんじゃぞ! けったいな格好をした娘さんじゃあ!」
 昼食を終えて談笑している時に、現場監督がこちらに来ながら柳樹を呼んだ。
 振り返った柳樹は苦笑した。現場監督の後ろには、彼が言うところの『けったいな格好』をした知人──どこか厨二病全開なコートに身を包み、どう見ても怪しげな黒眼鏡をかけた阿野次 のもじ(ga5480)がついて来ていた。
 迎えに出た柳樹に、のもじは(なぜか)小声で訊ねた。
「‥‥例のブツはできてる?」
「え? 何さ? そういうプレイ? ‥‥えー、ごほん。‥‥さすがだな。時間ぴったりだ。ご覧の通り、まだ熱々さぁ」
 柳樹は芝居がかった口調で言うと、のもじに『ブツ』を手渡した。知らされたレシピを元に、モリスの奥さんの愛妻弁当を再現したお弁当だ。所用で日本に来ていたのもじが、アメリカに帰る前に柳樹に頼んでいたものだった。
「これからそれを持ってサンフランシスコへ?」
 強風にはためくヘルメットを抑えながら、訊ねる柳樹。振り返って頷くのもじの背後に、高速連絡艇がゆっくりと下りてくるのが見えた。


「リッジウェイの新しい仲間が開発されたと聞いて!!」
 北米フロリダ、H&R社──
 貸しビルの1フロア、その一室の狭い社内に、みやげと花束を提げた寿 源次(ga3427)がそう叫びながら飛び込んできた。
 あっけに取られるラファエル、アル、リリーの3人。源次は構わず手にした花束を社長席のラファエルに手渡す。
「会社立ち上げ、おめでとう。滑り出しも順調なようで何よりだ。‥‥兵士と共にあったリッジウェイが、今も形を変えて人々と共にある── 理想じゃないか! ここの人たちはいつもやってくれる!」
『汎用人型土木建機、新生LM−04、Re−Birth』
『大戦で負った悲しみを希望に変えて! 立てよ職人!』
『このマシン、人を選ばず、現場を選ばず』
 多少の誇張やエスプリの効いたエスニックな内容のクレバーでワンダホゥ(本人談)なキャッチコピー案が次々と源次の口から滑り出す。
 まるで我が事のように喜んでくれる源次を見てアルとリリーは嬉しくなった。ラファエルなどは、営業を俺にやらせてくれ、とまで言い出した源次に即決でOKを出しちゃったりしている。
 とりあえず、源次が持ってきたケーキを切り分け、戦時中は貴重品だったコーヒーと共に卓を囲む。
 3人の姿を見た源次は、感慨深く呟いた。
「アルもリリーも、新しい職場で活き活きしているように見える。社長もだ。初めて会った時は邸宅でテロだったか。随分と昔のことのようだが‥‥ その間、色々と思う所も変わったモンかい?」
 源次の問いに、アルとリリーはきょとんとした顔をした。『諸般の事情』を知らない彼等はドロームに思う所はない。
 ラファエルは無言で笑みを浮かべた。‥‥ラファエルの本質は変わっていない。これからも己の能力を頼みに生き抜いていくことだろう。
「しかし、ヘンリー室長まで社を辞めるとはな‥‥ 無理からぬことではあるが、しかし、思い切った決断を‥‥」
 言いかけた源次がはたと気付いた。この部屋には、彼が会いに来た人物が一人欠けている。
「ん、あれ? 肝心の室長はどこに?」
 その日二回目の問い── H&Rの三人は改めて暗い顔を見合わせた。


 同刻。北米西海岸、ドローム本社──
 役員用の食堂を出てヘンリーと別れたモリスをのもじが待ち構えていた。
 警戒するSPをモリスが制して、そのままオフィスへと向かう。働く秘書たちを横目に応接室へと入り‥‥ ふかふかのソファに腰を沈めながら、呆れたようにのもじは呟いた。
「ほんとに出世したのねー」
「ちょっと仕事が増えただけだ。‥‥面倒も増えたがね」
 自ら茶を入れながら、モリスはのもじに用向きを訊ねた。ここには荷物を取りに来ただけだ。余り多くの時間は割けない。
「ん」
 のもじは弁当を広げると、無言でモリスに差し出した。
 断ろうとしたモリスは、だが、その中身を見て動きを止めた。腰を下ろし、箸を進める。
「どう?」
「妻の弁当ではないな。だが、よくできている」
 それは柳樹の作った弁当だった。モリスの顔に懐かしそうな表情が浮かぶ。
(石橋を叩いても『工事中』と張って近づけない。‥‥やれやれ。そこまで奥さんと子供が大事かね)
 表面上、モリスは家族と別居中ということになっている。だが、それが家族を『危険』から遠ざける為のポーズだとのもじには分かっていた。
「ヘンリーに関しては、これ以上できることはないわね。‥‥問題は貴方。もっと余裕を持ってくれないと」
 ずい、と顔を近づけるのもじを、弁当の蓋でかわすモリス。のもじはそれを口でくわえ取りつつ、「これ、ゆっきー(守原有希(ga8582))からの伝言」と言って紙片を渡す。
『色々と苦労が絶えぬと聞きます。ですが、見え難い貴方のその力で救われている人は確かにいます。‥‥何かトラブルの際には、遠慮なく自分たちの事務所を頼ってくださって構いませんので』
 メモを読んだモリスは、そうか、とだけ呟いた。どこで誰が聞いているか分からない。だが、その表情が緩むのをのもじはしかと確認した。
 他に用はないか? と立ち上がるモリスに、のもじはもう一つだけ、とニヤリと笑った。
「‥‥賭けをしない? ヘンリーが娘を養子にすると言いだすに1000cr。かつ5年後に娘さんが『私、ヘンリー父さんのお嫁さんになる』に追加で1000crで」


 翌日。フロリダ、ヘンリー邸前──
 旅の装いを整えて自宅から出てきたヘンリーをジーザリオの運転席から確認して。白鐘剣一郎(ga0184)は懐かしい想いに捉われていた。
 そうか、あれからもう5年になるのだな‥‥ と、試作型リッジウェイの試験に携わった頃を思い出す。剣一郎にとってリッジは陸上任務の頼れる相棒だった。その生みの親たるヘンリーは、今尚、尊敬に値する人物だ。
「ご無沙汰しています。ヘンリー室長」
 敢えて室長と呼称しながらヘンリーを出迎える。そこから少し離れた場所では、ヘンリーに同行する守原クリア(ga4864)を、夫である有希が見送りに来ていた。
 彼自身は同行することを遠慮した。復旧工事があることも理由だったが‥‥ ヘンリーとルーシー、そして、妻の親友であるヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)のことを考えると、付き合いの深いクリアだけが同行する方が良いだろうと考えたのだ。
「これ、頼まれていたフルーツケーキです。‥‥ルーシーさんによろしく言っておいてくださいね」
「有希さんも。風邪なんかひいちゃだめだよ」
 有希から荷を受け取りながら、チラと親友に目をやるクリア。無言で出発の時を待って佇むヴェロニクは泣きはらした顔をしていた。ルーシーの余命が一年と聞いて昨晩はずっと号泣していたのだ。
 それを心配そうに見るクリア。不安そうな妻に気付いて、有希はやさしく抱きしめた。
「うちの大事なクリアさん‥‥ 大丈夫。貴方はちゃんと大事な人たちの力になれますよ。ほら、うちがその証拠です」
 有希は思った。ヘンリーやルーシー、ヴェロニクたちには、後悔なきよう全力を尽くして欲しい。後悔があってもそれを抱いて進んで欲しい。彼等の強さを知る者として、感謝し尽くせぬ友人として。ただそれだけを切に願う。
「それでは白鐘さん。護衛はよろしくお願いします」
 有希の言葉に頷いて、剣一郎は車を空港に向け出発させた。

 ルーシー宅に到着したのはその翌日。昼を過ぎた辺りの時分だった。生活するには困らない規模の地方都市から、少し離れた場所に位置する小さな湖畔のロッジだった。
 ヘンリーたちを車中に残し、剣一郎が先に降りる。やはりと言うべきか、周囲に小屋を観察するような気配があった。だが、それもすぐに離れて消えた。事前にモリスから連絡があったのだろう。
 庭先へと入り、玄関の前で呼び鈴を押す。扉の前で気配があり、女性の声が応答した。
「失礼。ルーシー・グランチェスターさんのお宅はこちらですか?」
 是と答えるルーシーの声に応じて、剣一郎は半身をずらした。開かれた視界の先には、車から降りたヘンリーたちの姿がある。
 ルーシーは驚かなかった。モリスがヘンリーに知らせるであろうことは、薄々わかっていたのかもしれない。
「‥‥久しぶりね」
「ああ。‥‥久しぶりだ」
 短い挨拶の後、ルーシーがヘンリーたちを招き入れた。剣一郎は遠慮し、そのまま家周辺の警護に当たる。
「これ、有希さんから。フルーツケーキです。X−201のテストの時のと同じものなんですよ」
 クリアがそう言って土産を渡すと、懐かしい機体の名前にルーシーの顔が綻んだ。紅茶と共に宅を囲み、懐かしい昔話に華が咲く。ルーシーの病気については話題にでなかった。ヘンリーたちはそれを避けているように見えた。ヴェロニクは笑顔で会話に応じていたが、テーブルの下では親友の手をギュッと握り締めており、その様がクリアには痛々しい。
「‥‥モリスから聞いているのでしょう? 私の病気のことは」
 そんなヴェロニクの様子にいたたまれなくなったのだろう。ルーシーがそう切り出した。
 ヘンリーたちは絶句した。沈黙の中、柱時計の刻む音だけが鳴り続ける‥‥
「F−201や204‥‥ ヘンリーさんやルーシーさんが生み出してくれた『翼』には、有希さんとの思い出がいっぱい詰まってる。色々あって、ボクと有希さんは親しくなれて、一緒にもなれた。なのに、その『翼』を生み出してくれた生みの親二人がすれ違ったままというのは悲しいよ‥‥」
 最初に沈黙を破ったのはクリアだった。無言のヴェロニクを励ますように、手に込めた力を強くする。
「せめて、ヘンリーさんの告白にちゃんと返事をしてほしい。今、想っていることを素直に話してあげてほしい。伝えられなかったこと、素直になれなかったこと、そんな色々を抱えたまま永遠に会えなくなるのは、本当に辛いから‥‥」
 思い入れが強くなり、比例して声も大きくなった。脳裏に浮かぶは、生き別れた家族の肖像──
「‥‥ボクは有希さんに支えられて幸せになれた。だから‥‥ だから、二人とも、もっと我侭を言って、甘えて、‥‥幸せになってもいいんじゃないかな?」
 それ以上は続けられなかった。目頭を押さえて席を立つ。励ますようにヴェロニクの肩をポンと叩いて‥‥ 紅茶のおかわりを入れてくる、と言って、クリアは部屋から出て行った。
「‥‥私、今は工業系の大学へ進学したんです」
 沈黙の後、ヴェロニクが話し始めたのは彼女の近況についてだった。
「KV工学の学科です。学生と傭兵の両立は大変ですけど、毎日がとても充実しています。エンジン工学を専攻する予定です。将来は自分が設計したエンジン用に、機体を設計して貰い‥‥ます、から‥‥」
 そこまでだった。語るヴェロニクの両目から想いが涙となって溢れ出していた。
 彼女の後を継ぐ── それはヴェロニクがルーシーと交わす『約束』‥‥となるはずだった。いずれ追いついてみせるという、ルーシーとヴェロニクの間の遠い約束。
 だが、先へ進み続けるヴェロニクに対して、ルーシーは未来を失おうとしている。そして、代わりに永遠を手に入れる。
「‥‥ずるいですよ。そうやって逃げられたら、私、永遠に勝てないじゃないですか。後を任せると言うのなら、自分のやるべきことを全部やってからにしてくださいよ!」
 涙だけでなく、想いも溢れた。
 フェアじゃない。‥‥ルーシーではなく自分自身が。自覚しつつ部屋を飛び出し、親友の胸に飛び込むヴェロニク。あぁ、泣くつもりなんてなかったのになぁ。もう少し格好良く決めるつもりだったのに。
 ヴェロニクを追おうとしたヘンリーを、ルーシーは首を振って引き止めた。
 確かに、はっきりさせておかないといけない。ルーシーは苦笑した。色恋に疎いとの自覚はあったが、まさか年下の女の子たちからそれを教えられるとは。
「貴方は私を好きと言ってくれたけど‥‥ 多分、私も好きだったんだと思うわ、貴方のこと。今も、昔も。多分、異性として。‥‥でも、それは燃え上がる恋情といったものではなく‥‥ お互い、側にいて居心地が良い慕情のようなものだったのじゃないかと思う。多分だけど、それだけでは恋人同士にはなれないのよ、きっと‥‥ 夫婦だったらまた話は別なのかもしれないけどね」
 そう互いの想いを『解析』して‥‥ ルーシーは笑った。ヘンリーもまた笑った。解析とはまたなんとも『科学者』らしい話じゃないか。
 結局の所、二人の関係に恋人同士という未来はなかった。今の二人の想いというのは、学生時代の思慕を──過去の思い出を引きずっているのだろう。
「なるほど。確かに恋人という言葉は僕らからは程遠い言葉だな。この関係は‥‥『親友』とでも呼べばよいものだろうか」
「そうね。私たちはこの上なく大切な、かけがいのない『親友』‥‥ううん、『戦友』よ」
 聞きながら、ヘンリーは泣いた。
「貴方は幸せになってね、ヘンリー。私の分も、きっと」

 ルーシーはその後、2年に亘って闘病を続けた後、その息を引き取った。
 葬式に際し、ヴェロニクは204で上空を飛んだ。ルーシーが開発したスルトエンジンの声を最後に聞かせる為だった。

 大学を卒業したヴェロニクはH&R社に入社し、設計に携わるようになっていた。
 ちなみに、ヘンリーとは未だに男女の関係になってはいない。そのことでのもじやクリアにからかわれたりもするが、まぁ、脈がないというわけでもないし‥‥
「やあ、ルーシー。こちらは相変わらずにぎやかだよ。そちらはどうだい? 旦那さんたちと仲良くやってるかい?」
 ルーシーの墓の前で、呟くヘンリーの声に、遠く、KVのエンジン音が重なった。
 平和の空を飛ぶ、SES−21系エンジン音が。