●リプレイ本文
海面が白く盛り上がり、轟音と共に巨大な水柱が吹き上げた。
出港以降、ずっと船団を追跡していた水中用ワームを攻撃、爆沈させたのだ。それはバグアの水中部隊が包囲網完成前に船団位置情報を喪失した事を意味しており‥‥即ち、反撃開始を告げる『狼煙』だった。
「水中KV部隊全機、エントリー開始!」
「全機ですか、大佐?」
「当然だ! 我々には、財布に取っとける様な余分なコインは1枚だってありゃしない!」
白い波を蹴立てて奔る輸送船団。その甲板から次々と、水中用KVが海中へ──彼等の戦場へと身を投じていく。
「ほな、いっちょ派手にいこかー!」
1隻の輸送船から、相沢 仁奈(
ga0099)の乗るW−01『テンタクルス』が真っ先に海へと飛び込んだ。
続けてエントリーしていく小隊のKVたち。機体を舷側まで移動させた響 愛華(
ga4681)は、眼下に広がる海原にピタリとその動きを止めた。
「? どうしたのじゃ?」
背後の僚機・綾嶺・桜(
ga3143)が怪訝そうに問いかける。な、なんでもないよ! と愛華は慌てて首を振った。
息を止め、ギュッと目を瞑ったまま、愛華が機体を飛び込ませる。波がキャノピーを洗うのも一瞬、すぐに早朝の暗い海が操縦席を押し包んだ。
「うぅ‥‥怖くない、怖くないんだよ‥‥『この子』に乗ってる限り大丈夫‥‥」
自分と愛機に言い聞かせながら、機体を母船後方へと移動させる愛華。洋上の艦船とのデータリンクを確立し、索敵情報を共有する。万が一、短期決戦に失敗した際、後方からの襲撃を警戒するのが桜と愛華の役割だ。
「煉条より小隊全機。俺たちの役目は、可能な限りの敵水中用ワームを破壊する事だ。‥‥腕の見せ所だぞ。俺たちがただの『兎』ではない事をバグアたちに思い知らせてやろう」
煉条トヲイ(
ga0236)が短距離水中通信で戦闘前の最終確認をする。檄を飛ばしたつもりもないのだが、小隊各員からの返答は熱く煮えたぎっていた。
「了っ解っっっ! 悪い宇宙人の水中用怪ロボットなんて、兎の牙で首ちょんぱだよ! 美海ちゃん、ボクたちの手で海の平和を守ろうね!」
「はっ、はいです! 勉強させて貰いますですよ。よろしくお願いします、ろまんさん!」
小隊最前列に位置する潮彩 ろまん(
ga3425)と美海(
ga7630)が拳をおー、と突き上げる。その勢いに、トヲイは面食らった。
「‥‥お二人だけでなく、先程の大佐の言葉で兵たちの士気が一気に高まったようです。‥‥私たちが手に入れた『牙』の力、見せ付けてやれそうですね」
トヲイ機の背後に位置した水鏡・シメイ(
ga0523)が微笑する。その声音につられて苦笑して‥‥トヲイはふと気付いた。
「シメイ? 俺の僚機は春花だったと思うんだが」
「おや?」
配置を間違えましたかね、とフラフラとあさっての方向に進もうとするシメイ。そんなシメイを僚機の仁奈が慌てて迎えに来た。
「シメイさん、シメイさん、そっちやなくてこっちやって」
「これは仁奈さん。今回はよろしくお願いします(ペコリ)」
「いやいや、こちらこそ宜しゅうな!(ペコペコリ)」
操縦席でお辞儀をし合いながら離れていく仁奈とシメイ。それを無言で見送って‥‥咳払いを一つ、トヲイは僚機の夕凪 春花(
ga3152)に呼びかけた。春花機はトヲイ機の下後方にひっそりと占位していた。
「‥‥大丈夫か?」
「はい。水中戦は初めてですが、基本は変わらない筈ですから」
春花の言葉にそうか、と答え、そのまま二人して沈黙する。そのまま無言でいる事暫し‥‥やがて、俺もだ、とトヲイが呟いた。
「俺も水中戦は初めてだ。流石に緊張するが‥‥春花の背中は俺に任せろ。俺の背中は春花に任せる」
「‥‥はい」
ぶっきらぼうに言ってから、何となく春花がにっこり笑っている気がして、トヲイは人知れずそっぽを向く。
センサーに光点が表示されたのはその時だった。
「『ハングリードッグ』より小隊各機! 12時方向に敵機を確認! ‥‥いよいよだよっ!」
愛華の報告に全隊に緊張が走る。トヲイは、モニターの表示範囲を最大にして敵味方の配置を読み込んだ。大きく環状になって接近する敵。その中央で震えるだけだった『兎』の群れは、その『牙』を剥き出しにして西へと跳んでいた。西側の敵を撃破した後に北か南に回り込んで各個撃破。それが大佐の作戦らしい。
「‥‥それだけの余裕があればよいのじゃが‥‥」
手間取れば、敵中で袋叩きに合う羽目になる。それだけが桜の心配の種だった。
「全艦隊、攻撃開始! アスロック、全弾発射!」
大佐の命令と共に、KV部隊後方に位置した各フリゲートから一斉に対潜ロケットが撃ち出された。
明るくなった空に咲くパラシュートの白い花。敵前に着水した短魚雷は螺旋を描く様に沈降し‥‥やがて目標目掛けて突進する。
対する敵マンタ・ワーム(文字通りエイのように平べったい水中用ワーム)は、碌に回避運動すら行わずに直進を続けた。通常兵器では、フィールドに阻まれて碌なダメージを与えられないからだ。
それはこれまで幾度となく繰り返された海戦の光景。ただ、いつもと異なるのは、撃ち放たれた魚雷にSESエネルギーを付与されたものが大量に交じっているという点で‥‥
「いてこましたれー!」
仁奈の叫びと共に、海中を疾走した2本のDM5B3重量魚雷がワームの鼻先に激突して爆発した。
海中に瞬く無数の光。凄まじい轟音と共に、数多の水柱が瀑布となって天を衝く。それはまるで、海上に現れた巨大な白い壁の様だった。
「こちら煉条、第2射発射!」
「水鏡です。予定通りに第3射」
次々と放たれる重量魚雷。敵は何が起こったのかも分からず『混乱』する。
そこへ美海とろまんが突っ込んだ。
「『テンタコルス海兵隊』長、美海。吶喊します。援護宜しくです!」
「この海は地球に住むみんなのものだ! お前たちの好きにはさせないぞ!」
闇の中から湧き出るように姿を現す美海のテンタクルス。レーザークローが光を放ち、マンタの胴部へ突き刺さる。切り裂きながら引っこ抜いてもう一撃。積載量を強化した美海機はKFー14並の手数を誇る。
「波を裂き、海を断ち割るこの一撃‥‥くらえっ! 奥義、波斬剣!」
美海機の向こうでは、水中とは思えぬ素早い動きで振るわれたディフェンダーがワームの『頭部』を断ち割っていた。
「斬っ!」
ろまんの叫びと共に、2機のマンタが爆散する。戦場の此処彼処で、水中用KV部隊は敵ワームを圧倒していた。
「西側の敵ワームの9割を撃滅しました。味方は1割小破も損失なし。大勝です!」
旗艦のCICで、副長が満面に笑顔を浮かべてバッソ大佐に戦果を報告した。沸き返るCIC。だが、肝心のバッソに笑みはない。戦いはまだ始まったばかりだ。
「大佐、次は北と南、どちらの敵を攻撃するのですか?」
恐らく北だろう、と副長は思っていた。ここで北側の敵を撃破すれば、ジェノバへの退路が確保できる。
だが、バッソが指し示した針路は、南だった。
「北だと退路が確保できるが、敵にも退路を与える事になる。我々の目的は誘引した敵の壊滅だ」
徹底的にやってやれ! バッソの叫びがCICに轟いた。
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同様に南側の敵も平らげて、船団はその針路を北へと向けた。
哨戒機の報告によれば、残る北側と東側の敵は合流を計っているらしい。船団は敵集団の南側から接近し、陸地と挟み込んで押し潰しにかかる。一方、敵も正面から船団を突破する構えであり‥‥
「‥‥これからが本番だ」
艦橋に上がって窓辺で一人、バッソ大佐は呟いた。
夜明けから既に2時間近くが経過していた。
決戦を前にして、海上ではKVの魚雷と練力の補給が行われていた。コンテナ用クレーンで吊り上げられるW−01。一方で、補給を終えたKVが逐次、海中へと身を躍らせる。
「うわぁ‥‥綺麗なもんやねぇ‥‥♪」
海中に飛び込んだ仁奈が見たものは、操縦席を包み込むジェノバ沖の青い海だった。
嘆息する。ブルージーンズの由来はこのジェノバの青だと聞いた事があるが‥‥折角の地中海、KV越しでなく生身で泳いでみたいものだ。
「なぁ。今回の戦いが終わったらみんなで泳ぎに行かへんか?」
「この戦いが終わってバグアが少し静かになれば‥‥それもいいかもしれんな」
大規模作戦を控えてそれは無理だ。そう認識しつつもトヲイはそう呟いていた。頭では分かっていても、このキラキラと光る青い海を目にすれば、その誘惑には抗し難い。
「そうじゃな。その時はわしが特製海鮮弁当を作ってやろう。赤い弁当箱の3段重ねじゃ!」
「さ、桜さん、それ本当!? ご、ご馳走なんだよ〜!」
戦いを忘れ、その一瞬にはしゃいでみせる。だが、現実はやはり現実で‥‥
敵の接近を告げる警報は、一瞬で楽園を戦場へと変えていた。
「敵機、魚雷群を回避! 突っ込んできます!」
最大射程で放たれた重量魚雷は、1、2発の命中弾を除いてその殆どが回避された。第2射、第3射とも同様だ。目標を見失い迷走する魚雷群。その間隙を縫ってマンタ・ワームが突進する。
「こんのぉ!」
敵の針路に割り込むように、ろまんが戦闘機形態の機体を突っ込ませた。変形し、ディフェンダーを振り被る。だが、次の瞬間、マンタはその身を翻し、クルリと回って距離を取る。重力を無視したその動きはまさにワームのそれだった。
「このっ、お前の攻撃なんか、ボクのテンちゃんには全然効かないもん!」
ガウスガンで応射しながら距離を詰めるろまん。だが、マンタは距離を維持しながらプロトン砲を撃ち続け‥‥ガシュッ、と、背後に回りこんだ美海機の攻撃を受け、そのまま小爆発を繰り返しながら沈んでいく。
「ありがとう、助かったよ!」
「いえいえ、お互い様なのですよ」
照れて手を振る美海機の背後に迫る新たなマンタ。ろまんは人型形態のままブーストし、そのまま剣を一閃させた。
「慌てないで。射撃を集中し、確実に敵を格闘組に追い込むんです」
前線を突破し、接近するマンタの群れ。それを見ながらも冷静に指示を出すシメイは、その口の端の笑みを大きくした。
(「待ち望んでいた水中戦、とことん暴れさせてもらいますよ」)
一列に並んだ4機のKVが、マンタ目掛けて手にしたガウスガンを連射する。磁力により高速で射出された水中弾が『火線』となって群れを追う。最後尾のマンタが逃れきれずに『火線の網』に捉えられ、穴だらけになって爆発する。水圧により瞬間的に押し潰される爆発。それをブラインドにしてマンタの群れが突っ込んだ。
「なんとぉー!?」
人型形態で銃撃を続けていた仁奈機は慌てて離脱しようとした。変形して回避‥‥いや、間に合わない!
咄嗟にそう判断した仁奈は、副兵装のレーザークローを起動させて振り被る。だが、それより先に、近接戦用のクローを大きく展開させたマンタが突っ込んだ。
衝撃。マンタのクローが仁奈機の装甲を削り取る。
が、次の瞬間、仁奈のレーザークローがマンタのクローを切り払った。パラパラと落ちていく金属の爪。仁奈はそのマンタの『腹』に2発、3発と水中弾を叩き込む。
一方、トヲイ機にも1機のマンタが肉薄していた。
放たれるプロトン砲。トヲイはブーストを焚いてそれを回避、相手の背後に回り込む。彼の駆るKF−14は、その機動性でもマンタに引けはとらない。
変形したトヲイ機のレーザークローがマンタの『背』を切り裂く。慌てて前へと逃げようとするマンタ。トヲイは逃がさん、とその後を追い、直前、マンタがクルリとその身を翻した。
「‥‥クッ!」
とっさに操縦桿を押し倒す。ゼロ距離から浴びせられたプロトン砲が目の前を掠め飛んだ。距離を取ろうと後退するトヲイを今度はマンタが追い縋る。
と、そこに。
側面から飛んできた1本の魚雷がマンタの『横っ腹』に突っ込んだ。
横っ面をぶん殴られてよろめくマンタ。即座に続けてもう1本。直後、魚雷はマンタを巻き込んで爆発した。
呆気に取られるトヲイの前に現れる春花機。遠距離雷撃が当たらないと判断した春花が、それを至近距離から放ったのだ。‥‥流石に近すぎる気もしないでもなかったが。
「よかった。間に合いました」
ホッと息をつく春花。任された背中ではないですが、と小さく笑った。
「これが‥‥水の中のでの戦い‥‥」
目の前で繰り広げられる水中戦に、愛華はゴクリと唾を飲んだ。降り注ぐ陽光と底なしの闇の底。爆発は天上へ、残骸は奈落の底へ。それはどちらかというとノーガードの殴り合いに近い。
「くっ‥‥やはり突撃か‥‥流石に速さでは敵わんの‥‥」
桜が歯を軋ませる。射撃を主にした第2陣も、やがて押し寄せる敵に接近戦を余儀なくされていた。
「桜さん、私たちも前に出た方が‥‥!」
「ダメじゃ! わし等までここを離れたら誰が船を守るのじゃ?!」
戦場を逃れ出るように、1機のマンタがフラフラと戦線を突破した。やがて2機、3機、とその数を増していく。
「来るぞ、天然犬娘! 決して奴等を通すでないぞ!」
ニードルガンを照準しながらディフェンダーを抜き放つ。牽制に撃ち出された金属針をものともせず、クローを前に突っ込むマンタ。桜機は剣を盾にして両手でその突進を受け止める。
「今じゃ!」
「わぅっ!」
そこへ真上から落ちかかった愛華機が、その質量ごと両手のジャイロを抉り込んだ。抵抗は数秒、貫いた穴から黒煙を吐きながらマンタは沈んでいく。
「やったよ、桜さん!」
「まだじゃ!」
振り返り、突進してくるマンタに魚雷を放つ愛華機。初撃の爆発を煙幕代わりに続けて本命を叩き込む。
ふと、その内の一機が、群れを離れて輸送船目掛けて突進を開始した。その動きに愛華機が追従する。
「させないんだよっっっ!」
プロトン砲の発射前に、愛華はブーストを点火して機体をマンタに叩き付けた。そのまま組み付く。至近距離で再びマンタの砲口が輝いた。
「頑張って‥‥キミは強い子だよ‥‥!」
それにもうすぐ桜さんが来てくれるから。
「愛華ぁ!」
背後からのディフェンダーの一撃で、桜はマンタを愛華機から引っぺがした。自由を取り戻したマンタはそのままクローで母船に取り付こうとして‥‥横合いから放たれたガウスガンの一撃で沈黙する。
「なんとか‥‥間に合いましたか?」
それは前線から戻ってきたシメイ機だった。ブーストを焚いてここまで戻ってきたのだ。
「ぼちぼち、皆も後退して来ると思います。‥‥大分押し込まれました。これからは、母船の防衛が最優先となるでしょう」
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この日、ジェノバ沖で行われた海戦で、水中用KV部隊はその4割に被害(損失に非ず)を出した。船団はフリゲートと輸送船が各1隻中破。輸送船が大破し、後に自沈処分となった。
誘引したマンタ・ワームは、実にその7割が撃破された。取り零しは3割。だが、ジェノバ沖の敵水中戦力は、その脅威を大幅に減じる事となった。