タイトル:戸惑いの鷹司マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2008/05/20 16:21

●オープニング本文


 鷹司英二郎。56歳、傭兵。
 パイロットあがりの元UPC軍大佐で、現役時代は凄腕の『ファントムライダー』として知られていた。真偽の分からぬ噂話(当事者たちが決して口外しないからだ)ではあるが、米国に渡って行われた模擬空戦において、仮想敵のF−15をF−4で『撃墜』した、との伝説があるとかないとか。
 『現役』を退いた後も訓練教官として後進を指導し、大佐昇進後は山陰UPC軍岩国飛行場の基地司令としてバグアと戦い続けてきた──根っからの『空の男』である。

 その鷹司英二郎が、ラストホープ内の訓練施設に初めて足を踏み入れた。
 凄腕の教官としてではなく、一人の訓練生として。


「‥‥まさか、この歳になって訓練を受け直す羽目になるとはなぁ」
 ラストホープ内にあるとある訓練施設。シミュレーターの使用申請窓口の列に並んだ鷹司英二郎は、ある種の感慨と共に深く溜息を吐いた。
 苦笑する。初めて飛んだのは19の時、JASDFでの訓練飛行だった。現在、56歳。年齢的な限界から翼をもがれてより二十年‥‥能力者となって、再びKVで空を駆けられるようになったのは、自分のような男には幸せな事だった。
 もっとも、こうして訓練を受けなければならなくなったのも、その為なのだが‥‥
「まぁ、でも、鷹司さんの場合は自業自得ですよね、再訓練♪」
 すっかり顔なじみになった窓口のULTオペレーターがニッコリと笑ってそう言った。
 岩国とデトロイト。鷹司は能力者になってから2度、KVを墜落させている。ついた仇名が『KV crusher』。現役時代から鷹司のTACネームは『Wild hawk』だったのだが、最近ではそちらよりも通りがいい。
「‥‥仕方ないだろ。あの『AI』ってのがどうにも苦手なんだ」
 げんなりとした表情で、鷹司が孫みたいな年齢の少女に申込用紙を提出する。少女は「早く慣れて下さいね〜」と流しながら、手馴れた手つきで用紙を機械へとかけて‥‥印字処理中の待ち時間、少女はきょとんとした顔で鷹司を振り返った。
「‥‥ちょっと待ってください。苦手って、AIが?」
 AIとはエミタに埋め込まれているAIシステムの事だ。SES搭載武装による攻撃時のエネルギー調整等、エネルギーバランスの制御を自律的に行っている。特に、KVの機体制御に大きな役割を果たしており、飛行訓練も受けていない能力者たちがKVをゲームか何かのように簡単に、感覚的に動かせるのもこのシステムのお蔭だった。
 つまり、能力者が扱う特別な物には、(意識せずとも)多かれ少なかれ関わっているものなのだが‥‥
「えっと、鷹司さん? 今までどうやってKVを動かしてました?」
「どうって‥‥これまで通り、普通に‥‥」
 『これまで通り』、『普通』──その言葉に違和感を覚え、少女は鷹司の過去のシミュレーターによる訓練データを端末に呼び出した。
「もしかして‥‥これまでAIの制御を極力廃して飛んでました?」
「なんか気持ち悪いんだよ、あれ」
「自前の操縦技術だけでバグアと戦ってきたんですかっ!? 能力者なのに!?」
 驚愕する少女に、それがどうした、という表情で見返す鷹司。非能力者のパイロットは現にそうやって戦っている。
 鷹司にとって、能力者になった事は『再び戦闘機に乗れるだけの身体能力を取り戻せた』という認識でしかなかった。
「いやいやいや、ダメですって! 鷹司さん、最初の意識からして間違ってますっ!」
 少女は慌てて端末に向かい直ると、申請されたシミュレーター訓練の状況項目を全てキャンセルした。この状態で戦闘訓練だけ繰り返しても意味はない。
「鷹司さん、共同訓練を予定している他の班に回します。他の人(能力者)たちと一緒に訓練をして、色々と話なんかも聞いてみて下さい」
 凄腕の戦闘機パイロットとして生きてきた鷹司の『常識』は、一般の能力者のそれとはどこかズレていた。まずはそこから何とかするべきだろう。
「‥‥エンジンストールなんかも全然気にしないでいいんですよ? よっぽど無茶な機動をしない限り、AIとSESが何とかしますから」
「そんな馬鹿な!」
 驚愕の声を上げる鷹司。こりゃ随分と先が長そうだ、と、オペレーターの少女は溜息を吐いた。

●参加者一覧

雪野 氷冥(ga0216
20歳・♀・AA
伊藤 毅(ga2610
33歳・♂・JG
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
夜木・幸(ga6426
20歳・♀・ST
森里・氷雨(ga8490
19歳・♂・DF
須藤・明良(ga8652
20歳・♀・EP

●リプレイ本文

 御影 柳樹(ga3326)はピンチだった。
 シミュレーターの順番待ちの待合室。同じ訓練を受ける夜木・幸(ga6426)に挨拶をした所、何か妙に気に入られてしまったのだ。
「良いガタイしてるね〜♪」
 などとペタペタ身体を触られている分には赤面するだけで良かったが、ニッコリ笑顔で「彫っていい?」などとノミを取り出された日には、それは危機に違いない。
 助けを求めて室内を見回す。だが、目の合った森里・氷雨(ga8490)は、生温かい視線と共に親指をグッと立てるだけだ。
(「こっ、このままではおムコに行けない身体にされてしまう‥‥っ! せめて、せめて虎柄にっ」)
 そこに一人、壮年の男が入室して来て‥‥柳樹は、これぞ神の配剤とばかりにダッシュでそこに走り寄る。
「こんにちは初めまして僕は御影柳樹で今日は宜しくお願いしまするさー」
 その男、鷹司の両手を握り締めてブンブンと振る柳樹。そこへ一組の男女が走り寄り、直立不動で踵を鳴らした。
「お初にお目にかかります。自分は元302飛行隊、伊藤 毅(ga2610)と申します。お噂は兼々、諸先輩方より聞き及んでおります」
「同じく須藤・明良(ga8652)であります。あの『WildHawk』にお会いできるとは光栄です」
 シュピッと鷹司に敬礼する毅と明良、そして、返礼する鷹司。もしかして何か凄い人なんさ? と柳樹は改めて鷹司を眺めやった。そういえばどことなくオーラがあるような無いような。
 続けて入って来た二人は柳樹の見知った顔だった。綾嶺・桜(ga3143)と響 愛華(ga4681)。柳樹は挨拶をしようと片手を挙げて‥‥ズカズカと歩み寄る二人の剣幕に思わずその手を引っ込めた。
 なんだ、ち巫っ女に腹ペコ娘じゃないか。言いかけた鷹司の笑顔は、目の前を行き過ぎる風圧に引きつった。
「「英二郎(さん)の、馬鹿(者が)ぁーーーっ!!!」」
 ぶぅん、と左右より同時に放たれるハリセンの連撃を、鷹司は辛うじて避けていた。
「い、いきなり何だっ!?」
「「そこに正座っ!」」
 思わず、といった感じでちょこんと正座する鷹司に、毅と明良が目を丸くする。
「英二郎さん! 今までAIを使わずに飛んでいたって本当!? そんな無茶‥‥藤森中尉や奥さんが知ったら何て思うか分かってるのかな!?」
「そうじゃそうじゃ! ついでに誰が『ち巫っ女』じゃ!」
 怒られる鷹司の背中が小さくなる。あれ? オーラはどこ行った?
 その光景に苦笑する柳樹。その背中をポンと幸に叩かれて、今度は柳樹が油汗と共に硬直する。
「今日はよろしく、柳樹さん。それと君はあれか? 急発進した救急車に取り残されたりするタイプか?」
「‥‥何この混沌空間」
 室内の余りのカオスっぷりに、雪野 氷冥(ga0216)の笑顔が引きつった。


 御影柳樹はピンチだった。
 だが、それも一瞬。モニターに映る敵機が放つ閃光にコックピットが真っ赤に染まる。
「やられたさ〜」
 ぐるんぐるんと回転する座席から悲鳴を飛ばし、柳樹は仲間に被撃墜を知らしめる。
 墜落していく柳樹機のCG映像。これで残ったのは自分と氷雨機だけになった。
「あんなデカブツが宙に浮くなんてデタラメだ」
 鷹司が舌を打つ。モニターに映る敵は全長70mを超す大型ヘルメットワーム。大規模作戦等で確認された化け物だ。
「いや、アレもKVも魔法で飛んでいるんです。つまり、パイロットは皆魔法使いであり、鷹司元大佐は大魔法使い! そして、俺も30過ぎれば魔法使い、って、うわ、それマジですか!?」
「‥‥早く恋人見つけろよ」
 ぼちゅーん、と同時に被弾して墜ちる2機。赤色照明に染まったシミュレーターに敗北を告げる画面が映る。
「ええい、この程度で撃墜されるでないわ! 最初っからやり直しじゃ!」
 臨時に教官役となった桜の声がレシーバー越しに聞こえてくる。いやいや、大型は無茶ですって。
「あはは、みんな、次は倒せる様に頑張ろうね〜」
 同じく教官役の愛華がにこやかに、問答無用で再起動のボタンを押し込んだ。

「ふむ‥‥こうして見るとやはり、空自組は位置取りやエネルギー管理、空戦技術等に一日の長があるの」
「でも逆に、幸さんや氷雨君の方が『KVとして』の動きは良いよね(もぐもぐ)」
 現状を把握する為に行った模擬空戦のデータを見ながら、桜と愛華はうーん、と首を捻った。ちなみに今は昼食時。訓練施設の食堂で一つのテーブルを囲みながら、それぞれが思い思いの昼食を取っている。桜と愛華の弁当は赤色重箱3段重ねで、その殆どが愛華の胃に納まる予定だ。
「実際、AIを使わずにいる、というのは不可能でしょうから‥‥無意識に、これまで通りの感覚で飛べるようにAIが調整してるんでしょうね」
 骨の髄まで染み付いた操縦感覚‥‥やっかいね、と氷冥が嘆息する。従来機であれば機種転換訓練を重ねれば済む話だが、彼等が扱うのはKVだ。
「‥‥なぁ、KVって何処が普通の戦闘機とどう違うんだ?」
 幸の疑問に、「別物だ(です)!」と即座にツッコミを入れる毅と明良。そう。問題はKVと戦闘機が似て非なる物である事であり、それをどう分からせるかが問題だ。
 バグアのヘルメットワームに対抗する為に開発された、人型変形機構を備えた戦闘機‥‥? いや、どうにもしっくりこない。
「不思議戦闘機‥‥」
 氷冥が悩んでいると、柳樹がボソリと呟いた。
 確かにその考え方が一番しっくりするかも知れない。何せ、飛行中に考えねばならない諸々の面倒を一切気にせずに飛べるのだ。そして、その諸々を一手に引き受けてくれるのがKV、そして、AIだ。
「AI。即ち、愛! 愛が地球を救うのです。能力者と共に戦う頼れる戦友、もしくは、秘書か女房役か! む、女房役!? 即ちこの右手こそ俺の嫁!?」
「「「‥‥早く恋人見つけろよ」」」
 突っ走る氷雨に周り中から入る総ツッコミ。「女房‥‥秘書‥‥? ‥‥土下座!?」と驚愕する鷹司に至ってはもう訳が分からない。
「‥‥まぁ、冗談はさておいて。真面目な話をすると、AIは補助器具と割り切ればいいと思いますよ」
 一転、真面目な顔をして、氷雨がそんな事を言う。それを聞いた愛華は食事の手を止めて複雑な顔をした。
 愛華は、自分のAIを母の名『縁』で呼んでいる。AIに親しみを持てるように、いつも母と一緒にいると思えるように。例え会話はできなくても、意志は通じ合っている。そう思う。
 だが、それがあくまで自己流だという事も分かっていた。AIとの『意思の疎通』は直感的なものだ。‥‥だから、愛華は何も言わず、手にしたサンドイッチを小さくかじった。
 氷雨が続ける。
「OSに例えると、鷹司さんたちは、アイコンをクリックすれば良い所をコマンドで直打ちしてるんです。どんなに慣れているといっても非効率でしょう?」
「AT車にギアは必要ない。そう割り切るしかないんさ。電源入れればテレビは点くし、蛇口を捻れば水が出る。AIもそれと同じさぁ」
 結局、そういうもんだと受け入れて慣れるしかない。氷雨と柳樹の出した結論に氷冥は頷き、桜と愛華に向かって挙手をした。
「提案。午後の訓練は人型形態で行うのはどうでしょう?」
 人型ならAIを使わずには動けない。なるほど、AIという存在と価値を認識させるには良い訓練だと思われた。


 最初に行われた訓練は、実機を用いたものと同様、歩行と装輪走行の訓練だった。
 ただし、シミュレーターの設定値は、氷冥の友人、夕凪 沙良が設定した数値が用いられた。通常のモーションデータよりも閾値が大きく取ってあり、行動の自由度が増す一方、バランサーがひどく甘くなる。上手くAIに制御させないと、立っているだけでもフラフラだ。
「‥‥っ、建築資材の運搬とかで慣れてるつもりだったけど、こいつは‥‥っ」
 グラリ、とバランスを崩してよろめいた毅機は、すぐ横の鷹司機に支えられた。
「す、すみません、三佐!」
「気にするな。俺も似たようなものだ」
 そう言って振り返る。明良機や幸機等が四苦八苦している様子が見て取れた。だが、意外な事に、柳樹機は予想以上に軽快な動きを見せていた。
「空を飛ぶのは散々だけど、地べたでなら負けないさぁ」
 そう言って神社の三男坊はLM−1で流麗に神楽を舞ってみせる。通常では決して見られぬその機動も、柳樹とAIが作り出したものだ。AIの経験とは即ち、データの蓄積と個々の能力者への最適化。経験を積んだ能力者とAIのペアの動作は、無駄が少なくなって洗練される。『エミタが馴染む』とは、能力者の『ベテラン』がよく口にする言葉だ。
「腕の振りは小さく、重心移動やスラスターの微調整にも気を使って! 無駄な動きは小さく、なるべくコンパクトに!」
 氷冥の声が拡声器越しに響き渡る。シミュレーターだから無線機を使えばいいのにそうしない所が何かの拘りか。
 空自組で真っ先にコツを掴んだのは明良だった。
「‥‥馴染んだ」
 唐突にボソリと呟くと、明良はF−108を直立させ刀を鞘にしまわせた。足を開いて腰を落とす。左手は鞘に、右手は柄に。そうして空白の間を置いて‥‥
「喰らえ必殺、両・断・剣っ!」
 叫び、爆発するような勢いで前へと飛び出し、抜刀した刀身を横に薙ぎ払った。
 おおー、と上がる歓声。毅がいったいどうやったのかと尋ねてくる。
「『流し斬り』だ。KVで動きだけでもトレスしようかと思ってな‥‥昔よく人型に変形するロボット番組がやっていたろ? あれをイメージした」
 そのままジャキーン! とポーズを決める明良機。感心する鷹司に、思わず照れて頬を掻く。
「いや‥‥昔、男子に交じって憧れてたんですよ、こういうの。このポーズとかにも意味はないんですが‥‥もうあの頃の感覚で一杯で」
 はしゃぐように殺陣を演じる明良。元々、習うより慣れろ、な家系だった事も幸いしたのかもしれない。
 鷹司は真剣に、ゲーム・アニメ・特撮世代を羨ましがった。‥‥それは、鷹司にとって、とても縁遠いものだった。
 
 本格的な戦闘訓練は、市街地での対人戦をシミュレートしたチーム戦だった。
 鷹司は、廃墟の陰からそっとKVの顔を覗かせると、敵が居ないのを確認して後続をハンドシグナルで呼び出した。そのまま列の最後についてKVを走らせる。視界の悪い戦場、妨害されたという設定で真っ白になったセンサーモニター。頼りになるのはKVを通して得られる五感情報だけだ。
「畜生、こいつはパイロットじゃねぇ。歩兵だ」
 ぼやく鷹司を氷雨が振り返る。
「違いますよ? これはKVです。もしかして、KVを剣が持てる重機とか移動砲台程度に考えていませんか?」
 氷雨の言葉に重なるように、甲高いエンジン音と装輪音が響き渡る。銃を構えて振り返った時には遅かった。物陰より飛び出した3機のKVは地を滑るように滑走し、一気に鷹司組の懐へと飛び込んだ。インラインスケートのように機を滑らせる柳樹機、一気に懐へと飛び込む氷冥のK−111、明良機は先ほど見せたKVの『流し斬り』(トレス)で薙ぎ払う。
「‥‥とんでもない。KVは機動兵器です。これまでにない、全く新しい兵科なんですよ?」
 投げ飛ばされてひっくり返された姿勢のまま、氷雨が鷹司に言う。
 なるほど、身を以って教えられた。呟いて、鷹司は機体を引き起こし、倒された幸機へと足を伸ばした。
「大丈夫か?」
 声をかける。シミュレーターの衝撃はそう大きくないはずだが‥‥幸は身体的には打たれ弱いサイエンティストだ。
 幸は自力で起き上がろうとしていた。鷹司も手を貸さなかった。
「‥‥大丈夫、まだやれる‥‥やらなきゃいけない。俺も‥‥ひ弱なサイエンティストなだけじゃ、駄目だから‥‥」
 死にたくないし‥‥強くならないと。少し目は回るけどね。
 幸のその様子に、鷹司は人知れず微笑した。へこたれない訓練生の存在はいつも鷹司を喜ばせる。
(「もっとも、今の俺は人の事を言える立場じゃないけどな」)


「最後はまた飛行戦闘訓練なのじゃ。場所は見ての通り、障害物のないまっ平らな平地という設定じゃ。迫り来るヘルメットワームの編隊を緊急発進で迎撃する。助走をつけて跳躍、空中で戦闘機形態に変形してブースト全開、急上昇するのじゃ。手本は先程見せた通り。じゃが、最初の『アレ』は忘れるのじゃ!」
「わぅ〜、桜さん、ゴメンなさいなんだよ〜」
 『アレ』とは、一番最初に人型変形緊急上昇訓練の見本を見せようとした際、愛華の阿修羅が蹴つまづいて、桜のディアブロに突っ込んだ件だ。流石にぶつかり合ってこんがらかる、というモーションはシミュレーターにも入っておらず、CPUは爆発オチで処理したわけだが‥‥誰だ、爆発アフロなんてモーションを入れた奴は?
「よし、いくぞ、天然貧乏犬娘! 今度こそミスるでないぞ!」
 桜機と愛華機を先頭に、今度こそKVが大空目掛けて駆け上がっていく。その様はまるで天へと昇る龍のようで‥‥その様を、鷹司は一人、地上から眺めやった。変形後にバランスを崩し、地面に激突、大破したのだ。
「わぅー‥‥英二郎さん、大丈夫かな‥‥」
 心配した愛華が無線で声を掛けてきた。鷹司は嘆息した。挫けるつもりはないが、こうも感覚が掴めないと流石に凹みたくもなる。
「どうにも『直感的にAIを制御』というのが分からなくてな‥‥何もしないでいい、というのが理解できん」
「直感的は直感的だから‥‥でも、それで分からないというのなら、口にして頼んでみたらいいんじゃないかな? 何でも自分でするのでなく、AIに任せちゃうんだよ」
 それは本来のAIの使い方からすればひどく非効率的なやり方だ。だが、鷹司みたいな人間にはその方が分かり易いかも知れない。AIの経験とはデータの蓄積と最適化。その内、普通に使いこなせるようになるだろう。
 鷹司は深呼吸をすると、KVを再び大地に立たせた。疾走する。流れ行く大地の風景の上に、彼が求めて止まない大空が広がっていた。
「頼む、『結奈』。地を蹴り、重力を振り払い‥‥俺を再びあの蒼穹へ」
 跳躍する。AIは鷹司の意を受け止めて、その機体を大空へと打ち上げた。


 シミュレーターでの訓練を全て終えると、鷹司は実機で大空へと舞い上がった。
 風防越しに広がる、CGでは表現できない深い蒼。それを満喫する様に、鷹司は操縦桿を傾けた。
「なるほど‥‥うーわー、確かに世界が変わりますね、これは‥‥」
 訓練名目でついてきた毅が、フルに性能を引き出したKVの性能に感嘆の吐息を洩らした。『亡霊乗り』の時代は終わったか、と寂しそうに呟く毅に、鷹司は悪戯っぽく言ってやった。
「ひとつ教えてやる。‥‥俺は昔、イーグルに乗りたくて仕方がなかった」
 恐らくきょとんとしているだろう毅に、鷹司が笑う。
「俺を大空に連れてってくれるなら何だっていいんだ。‥‥これからは、こいつが俺の翼だ」
 年甲斐も無くはしゃぐように、鷹司機は思う存分、自由自在に飛びまわった。