●リプレイ本文
遠く東の彼方から夜の空を渡って来た爆音は、重く鈍い振動となって飛行場まで轟いた。
敵襲を告げる警報が鳴り響いたのはその後だ。スクランブル待機中だった雪村・さつき(
ga5400)はそれより早く、エプロン(駐機場)で暖機運転中の愛機、F−108目掛けて駆けていた。
『瞬天速』で距離をつめ、コックピットへと潜り込む。管制塔へ無線を開いた途端、レシーバー越しに阿野次 のもじ(
ga5480)の怒声が聞こえてきた。
「管制塔、警報遅いよ、何やってんの! いーから、早く発進許可を‥‥はぁ!? 迎撃機より先に私(岩龍)を上げないでどうすんの!?」
滑走開始位置へと移動する『岩龍』のコックピットで、メイド服を着たのもじがインカムに向かって怒鳴っていた。その服装に思わず二度見したさつきを始め驚愕する周囲を余所に、発進許可と同時にあっという間に夜空へと駆け上がる。まるで、台風か鉄砲玉のようだった。
「‥‥世界って、広いなぁ」
呆然とそれを見送って、そんな事を呟いて。さつきは、管制塔からの声に改めて気を引き締め直した。
「‥‥雪村さつき、F−108『ディアブロ』。Get Ready」
「了解。発進を許可します。幸運を」
甲高い轟音と共に滑走を開始するディアブロ。夜の月に『ジャック・ザ・リッパー』のエンブレムが煌いた。
上空へと上がったのもじの岩龍は、すぐに燃え盛る炎に照らされたゴーレム2機を確認した。
既に御影・朔夜(
ga0240)とヤヨイ・T・カーディル(
ga8532)の二人が迎撃に向かっている。だが、総じて守備隊の動きは鈍かった。‥‥完全に奇襲である。
「司令部直衛より上空の岩龍。他に敵影はありませんか?」
司令部に残った飯島 修司(
ga7951)は、小さく溜め息を吐いて背後の駐機場を振り返った。守備隊主力の起動まで、まだ5分以上は掛かりそうだった。どこも戦力は必要だろうが、他方からの奇襲を考えるとここを離れる訳にはいかない。せめて海中に敵が残っているかだけでも分かれば違うのだが‥‥
「えーっと、ちょっと待って下さいねー‥‥あ、今、埠頭から1機、W−01が海に入りました! 索敵データが届き次第送りまッス!」
上空をクルクルと旋回しながら、のもじはすぐにデータリンクの構築に入った。とは言っても、岩龍に処理や管制の能力はない。集めたデータを司令部に転送し、処理されたものを地上の各機へと中継する。それが、のもじの仕事だった。
その日の埠頭での作業は、それで終わりのはずだった。
最後のコンテナをヤードに積み上げて。響 愛華(
ga4681)は愛機から顔を出し、お疲れ様でしたー、と作業員たちに声を掛けた。皆の返事を聞きながら、仕舞っておいた三段重ねの重箱を引っ張り出す。友人の綾嶺・桜が作ってくれた、赤くて3倍の角突き弁当だ。もしも、今、覚醒したら、尻尾が物凄い勢いで振られるに違いない。
東から爆発音が聞こえてきたのはそんな時だった。
海からの攻撃。ゴーレムの上陸。状況を聞いた愛華はすぐに機体を海へと飛び込ませた。作業中だったため武装はないが、今、水中の索敵を出来るのは自分だけだ。
暗い夜の海に身を震わせながら、愛華は通信用のブイを海面へと伸ばし、パッシブソナーの感度を最大まで引き上げた。アクティブソナーはまだ使わない。探信音を発すれば、敵の位置を掴めるのと同時にこちらの位置も曝け出してしまう。
反応はすぐに出た。音源は二つ‥‥はっきりとはしないが、二つとも湾内に進入しようとしているようだった。
全神経を集中する。一つは湾内を北東へと進み‥‥これは逆側から司令部を奇襲しようとしているのかもしれない。そして、もう一つは湾の西‥‥つまり、埠頭へと進んでいる。
瞬間、愛華の脳裏に積み上げられたコンテナ群が閃いた。そして、丸腰の作業員たちも──
上陸を許せば、甚大な被害が出る。だから、愛華は迷わなかった。
カァぁァーンッ! 愛華機の発した探信音が、ゴーレムや岸壁に跳ね返って乱舞する。埠頭に上陸しようとしていたゴーレムが愛華機に気付いて針路を変えた。‥‥よし、1機なら何とかなるかもしれない。
愛華は索敵データをのもじへと送信すると、通信ブイを切り離して囮行動を開始した。
「わぅ‥‥桜さん、絶対生きて帰るからね‥‥」
私はお姉さんだから、ずっと一緒に居るって約束したから‥‥
「きたっ! きたきた、きてまスプーン!」
愛華機から届いた水中の索敵データを、のもじはすぐに修司機へと転送した。
月夜の美しいジェノバの港に、ゴーレムがその身を乗り上げる。大量の海水を滴らせ、まるで海の底から現出した悪魔の様にその身を起こしたゴーレムは、しかし、石畳の上に立ちはだかる1機の『騎士』にその行く手を阻まれた。
手にした機槍『ロンゴミニアト』、その身に佩いた『ハイ・ディフェンダー』。中世の騎士のようなそのKVは、修司の駆るディアブロだった。
「‥‥海の底からご苦労な事ですが、君らもよくよく運がない。どうやら今宵のジェノバには、猛者が多いようですよ?」
勿論、貴方も地獄行きです。海の底から地獄の底へ。両者を同義とする考え方もありますれば、そう皮肉めいた話でもないでしょう‥‥
その言葉が終わらぬ内に横殴りにるわれるゴーレムの剣。それを半分ほど鞘走った刀身で受け止め、そのまま抜刀。円を描く様に斬りつける。
一方、最初に上陸したゴーレム2機の殲滅に出た朔夜とヤヨイも、市街地を北上する敵と接触しようとしていた。
「奇襲、か──‥‥ああ、そうだな。別に驚く程の事でも無い。全く、度し難い話ではあるが」
俊敏な猟犬を想起させるEF−006『ワイバーン』のコックピットにあって、朔夜は頭痛にも似た強い既知感に顔をしかめた。頭を振る。だが、張り付いた冷たい汗は容易に朔夜を放さない。
ヤヨイは口に出しては何も言わず、そろそろですね、とだけ呟いた。周囲には急速に戦場の気配が漂いつつあった。
「先に行くぞ、カーディル」
躍動する獣の様に地を駆け、朔夜機が一気に加速する。途端、視界に飛び込んでくる炎と敵機。待ち構えていたように、ゴーレムが手にした拡散フェザー砲を撃ち放つ。
「──この『悪評高き狼』を甘く見るなよ、木偶が!」
姿勢を下げ、被弾面積を最小にした朔夜機が獣の様に飛びかかる。それを受け流そうとゴーレムが盾を出すが、機槍『ロンゴミニアト』による突進は盾ごと左腕装甲を貫いた。瞬間、槍先より噴出した液体炸薬に点火、ゴーレムの左腕を吹き飛ばす。
すかさず撃ち放たれるリニア砲。高速で撃ち出された磁力砲弾は強かに胸部装甲を凹ませた。並のゴーレムなら大破している程の連続攻撃。だが、水中用ゴーレムは倒れず、よろめく膝を踏ん張らせてフェザー砲を浴びせ掛ける。
「──ハハッ」
朔夜の口から笑みが零れた。面白い、流石は改良型といったところか。だが、その歓喜も沸き上がる既知感に拭い去られていく。
「伏せてください、火力を集中させます!」
無線機が伝えるヤヨイの声に、朔夜は機体を伏せさせた。遅れて到着したヤヨイの『アンジェリカ』が手にした高分子レーザー砲を敵へと向ける。
警報。別の1機がこちらを照準している。ヤヨイは構わず、手負いのゴーレムへ向けて照準し、『SESエンハンサー』を起動させた。女性的なフォルムを持つ機体の胸部ユニット、そこに搭載されたエンハンサーが、火器へと回す練力を高密度・高圧縮なエネルギーへと練り上げていく。発する熱は、展開した腰部の『スカート』──2枚の放熱板へと誘導され、機体後部に陽炎を立ち昇らせる。
「撃ちます!」
放たれたレーザー光は、見た目には大した違いは見られなかった。だが、通常よりも威力を増した光弾は、ゴーレムの強化した抵抗力を容易く貫通してのけた。
「待ってろよ、悪い宇宙人! すぐにボクたちが行くからな。そしたら、正義の太刀でギッタンバッタンだ!」
出撃準備中の倉庫の中で、怒りの炎を燃やした潮彩 ろまん(
ga3425)がグッと拳を握りしめた。美海(
ga7630)は、ギッタンバッタンはシーソーだよね? と思いつつ、その士気に水を差さぬようスルーする。
「その意気なのですよ、ろまんさん。我等と水中で対した敵は、皆、死んで屍拾うものなし、なのです!」
「そうだ! ジェノベーゼの恨みを思い知れ!」
は──? きょとんと首を傾げる美海に、「夜食にパスタを作って貰うはずだったんだ」と熱弁する。
「バグアめ、食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ! 愛華さんもそう言ってた!」
美海は小さく溜め息を吐くと、ギッタンバッタンはシーソーなのですよ? と笑ってみせた。
上陸を阻止するべく敵を誘引し続けた愛華のW−01はボロボロになっていた。
「まだ‥‥だよ‥‥絶対に、帰るから」
機敏な反応を示さなくなった機体で騙し騙し機動する。だが、それも限界だった。
「あ──」
真正面に捉えられた。ゴーレムは両手で剣を取るとそれを最上段に振り被り──
そこへ、ろまん機が横合いから突っ込んだ。
「蘇りし鋼の体、テンタクルスFX、只今参上! 諸々みんなひっくるめて、港の平和はボクらが守る!」
ブーストで一気に距離を詰め、敵前で人型へと変形させる。愛華機に振るわれた剣を『氷雨』で代わりに受け流し、もっとも装甲の厚い所で受け止めた。
「流石ボクのFXだ、何ともないや!」
お約束の台詞を口にしながら、反撃の太刀を振るう。波斬剣奥義、水中2段突き。だが、今度はそれをゴーレムが両手で剣を盾代わりに受け止めた。
「なっ、なにぃー!」
どぎゃ〜ん、という効果音と共に背景色すら変わりそうな勢いで衝撃を受けるろまん。その隙に素早く背後へと回り込んだ美海機が──美海のW−01なら、このテの機動や近接戦闘は苦にならない──、ゴーレムの背中にレーザークローを突き込んだ。レーザーの刃が装甲を灼熱させ、容赦なく沈み込む。そのまま切り裂くようにしながら大きく『傷口』を抉り込む。
そして剣を関節部へと捻じ込むろまん。ぐりん、と剣を捻ってやり、ごきん、と右腕の肘関節を破壊してやる。継戦不能になるまでのダメージを受けたゴーレムが防波堤の隙間から逃走を開始。美海たちは深追いしなかった。
「愛華さん、愛華さん!」
大破した愛華機に『駆け寄る』ろまん機。周囲を美海が警戒する。
みんなは無事? とだけ呟いて。愛華はそのまま気を失った。
「奇襲にしては、やはり妙ですね」
撃破したゴーレムの爆発を見届けて、ヤヨイは不本意そうに呟いた。サブモニターに表示された敵の進行路。司令部に対して3機、埠頭に1機‥‥戦力も、目標も、中途半端な感が否めない。
丘や戦力が集中するルートを避けつつ、痛撃を狙う。ならば、敵の本命は駅周辺の物資集積場に違いない。
「飯島。行けるか?」
「司令部の他の機体も起動し始めましたし‥‥大丈夫でしょう」
「のもじさん、川沿いの索敵をお願いできますか?」
「春なのに秋鮭‥‥ううん、何でもない。もう向かってるよ〜」
のもじの岩龍は丘の間を流れる川に沿って飛行していた。周辺は襲撃に際して点けられた照明が光っているが、川の部分だけは闇が浮き彫りになっていた。センサーに反応は無いが‥‥これは怪しい。
のもじはセンサーの感度を上げつつ高度を下げると、眼下の闇に照明弾を発射した。勘‥‥ではない。東に上陸したゴーレムと同時に防波堤の隙間を通過して河口から上陸したと仮定するならば‥‥
「‥‥ビンゴ」
照明弾の明かりに浮かび上がる2機のゴーレムの姿を目視して、のもじは機体を上昇させた。
「のもじアイより全機! 河川敷を進むゴーレムを2機発見! 1機はフェザー砲を所持、もう1機は‥‥うわぁ、何かごっついの持ってる!」
それは大型のプロトンランチャーだった。もしも集積場に撃ち込まれたりしたら‥‥そんな事、想像するまでもなかった。
真っ先に到着したのは、飛行場上空で警戒していたさつきのディアブロだった。
河原へと進入して変形降下、敵の進攻ルートを抑えに掛かる。接敵し、味方が来るまでの時間を稼ぐ‥‥改良型2機を相手に単騎では心許ないが仕方ない。
「このっ‥‥装甲が厚いったら‥‥っ!」
整地もされていない砂利の上をスラスターで跳ぶ様に地を駆け、フェザー砲の一撃を横Gと共にかわしながら20mmを叩き込む。爆ぜる機銃弾。たとえ重装甲を誇ろうが、センサー類や開口部、関節部は弱いはず‥‥!
機体のすぐ横を飛び過ぎる光の弾丸に、コックピットのさつきが照らされる。激変するGに耐えつつ、細かく機動を変化させ‥‥プロトンランチャーの砲口がこちらを向くのを視認して、さつきは思いっきり操縦桿を傾けた。
全力で機体が横へ跳ぶ。夜空を切り裂く閃光は──ディアブロの左腕を消し去った。
爆発が機体のバランスを弾き飛ばす。コントロールを取り戻した時には、フェザー砲の照準がこちらを捉えていた。
覚悟を決める暇すら無いその一瞬。さつきの視界には、闇夜に炸裂するジェット炎と、川沿いに超低空をぶっ飛んでくる岩龍の姿が映っていた。
「──はい?」
「刮目せよ、宇宙人! これが48のメイド技が一、超ウルトラCやけっぱちアタック(自爆風味ジェノバ風)よっ!」
高速で行き過ぎる岩龍の『ソードウィング』がゴーレムにぶち当る。背後からの奇襲にゴーレムはたたらを踏んで、その隙にさつきは距離を取った。
「助かった‥‥凄いぞ、48のメイド技!」
「あははははははは‥‥(無理無理無理、こんなの二度と魅せらんないって‥‥!)」
バランスを崩しながらも急上昇へと転じるのもじ機。フェザー砲の送り狼に機体を振動させながら、のもじは半泣きの笑顔で硬直していた。
のもじの奮闘と、さつきの全力を挙げた遅延行動は、正当なる報酬を以って報われた。大きく丘を迂回して司令部組の3機がようやく辿り着いたのだ。
川沿いの道から飛び下りる様に突っ込んでくる前衛機。フェザー砲で迎撃するゴーレムは、次の瞬間には2本の機槍に貫かれていた。振り返ったゴーレムのプロトンランチャーを、ヤヨイがレーザーによる近距離狙撃で破壊する。
左腕の他に翼まで失っていたさつき機はガクリと地に膝をつき‥‥その右腕を敵へと向けた。切り札というものは、こういう時の為にある。
「唸れ、練力、我が豪腕! 48は無いさつき技の一つ、バァーニシぃ〜ングっ、ナッコォー!」
ありったけの練力を込めたアグレッシヴ・フォースを拳に纏い、撃ち出されたバニシングナックルは、フィールドを易々と貫いて胸部へとめり込んだ。装甲を突き破り、内部のメカを砕くメトロニウムの拳。それは止めと成ってゴーレムを沈黙させ‥‥巨大な火柱となって爆発した。
●今戦闘における被害
埠頭 :被害無し
集積場:物資の2割に損害
市街地:1街区で火災発生
NPC:戦力に損害なし
お弁当:水浸し