●リプレイ本文
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最後衛にあって取り残された一個小隊を救出すべく、北東方面から市街地に進入した救出隊B班の能力者4人は、300mと進まぬ内に、救出対象である分隊の一つに接触した。
「貴方たち、第2小隊の人?」
「第3分隊だ。あんたたちは?」
「騎兵隊です。お髭の素敵な少佐殿の依頼を受けて、貴方たちを助けに来ました」
長く美しい銀髪のグラップラー、リディス(
ga0022)はそう言いながら、掌のエミタを掲げて見せた。
能力者か、と驚く男を余所に、リディスは、外で周囲を警戒しているクリストフ・ミュンツァ(
ga2636)と棗 当真(
ga3463)の二人を口笛と手信号で呼び寄せた。気付いた二人の少年が道路を横断して駆けて来る。それを確認してからリディスは無線機を取り出して、街の西側を探索しているA班に第3分隊発見を報告した。
「誰か怪我をしている人はいませんか?」
分隊が立て籠もる廃墟に入った当真が救急セットを手に進み出た。奥の部屋に負傷者が二人いる、と案内されて入った奥の部屋には2人の負傷兵が担架ごと床に横たえられていた。重傷だった。それでも彼等は銃を手放さない。
一方、クリストフは事前に用意しておいた市街地の地図を広げ、分隊長の軍曹に他の分隊の所在について知らないか尋ねていた。
「市街地に突入する前に連絡を試みたのですが、通じなくて‥‥」
軍曹が通信機を持つ兵を呼び寄せ、各分隊に連絡を取った。そして、地元の人間にしか分からぬような符丁で位置を確認し、地図上に印を付けていく。
第1分隊と第2分隊の位置情報だった。どちらも市街の西側だったので、リディスはそれをA班へと連絡する。
「第4分隊だけ応答がない。‥‥バッテリーか通信機に異常があったか、バグア共の妨害電波の網にかかったか。或いは‥‥」
そこへ、負傷兵の治療を終えた当真が戻ってきた。重く冷たい空気の中、当真の明るい声が響く。
「処置、終わりました。2人とも重傷ですが、脱出行には十分耐えられると思います‥‥けど‥‥あれ?」
きょとんとする当真を見て、リディスが苦笑する。そうだ。ここで暗くなっていても仕方がない。
「‥‥分かりました。連絡の取れない第4分隊は私たちが探します。第3分隊は合流予定地点まで後退して下さい」
リディスは、スナイパーのアッシュ・リーゲン(
ga3804)に連絡を入れ、周辺の様子を尋ねてみた。アッシュは、付近のビルの屋上に陣取り、高所から周辺の索敵と分隊探索を行う、言わばB班の『目』だ。
「あー、あー、こちらアッシュ。現在、退路に敵影なし。今なら思う存分、大通りを突っ走ってくれても構わないんだがね?」
飄々とした、どこか緊張感に欠けるアッシュの声。だが、その言葉は明確に、脱出の機会を告げていた。
リディスが目で訴える。数秒の逡巡の後、軍曹は謝罪と礼の言葉を残して北へと離脱を開始した。
リディスと当真、二人のグラップラーが前進を開始する。クリストフはリディスに代わり、無線でアッシュに状況を説明した。
「とにかく時間が惜しいので、なるべく敵とかち合わないように進みたいんです。アッシュさんには早め早めの誘導をお願いします」
「了解した。ただ、市街地っていうのは思った以上に視界が悪い。大通り沿いなどの開けた場所ならともかく、ちょっと入り込むと死角だらけだからな。そちらでも十分に気をつけてくれよ」
通信を終え、さて、とアッシュは立ち上がった。進行方向隣りのビルへと視線を移す。その屋上部分は崩れてしまっていた。
「やれやれ。俺はB班の『目』だもんなぁ。なるたけ先行しとかんとなぁ」
アッシュはわざとらしく溜め息を吐くと、残ったビルの壁面部分にひょいと飛び降りた。狭い足場。落ちたら能力者といえど只では済まない。だが、アッシュは飄々とそこを行く。
「さてさて。迷子の兵隊さんたちはどこかなぁ?」
呟くアッシュの口元は、どこか楽しそうだった。
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その頃、市街地の西側を探索するA班の『目』たるスナイパー、天上院・ロンド(
ga0185)は、ビルの屋上から屋上へと、全力で駆けていた。
(「無茶苦茶だ‥‥!」)
心中で呟く。声に出す余裕はない。屋上の柵を飛び越え、疾走。また次のビルへと飛び移る。
視界の悪い市街地で地上班を誘導するには、常に先行しなければならない。そして、彼が導くべき地上班は、すぐ下の大通りを、全速力で南下中だった。
「大丈夫かい、小鳥ちゃん? 辛いようなら俺が抱っこしようか?」
「う〜‥‥こ、子ども扱い‥‥しないでくださいぃ〜!」
鏑木 硯(
ga0280)が発した台詞に、幸臼・小鳥(
ga0067)は、頬を膨らませた。小柄な、というよりもチビッコな容姿にコンプレックスを持つ小鳥が、意地になって硯を追い抜こうとして‥‥盛大にすっ転ぶ。
「なぜこんな所にバナナの皮が‥‥っ!?」
涙目で戦慄する小鳥を、戻って来た硯がひょいと抱き上げた。
「あはは、ゴメンね。こんな強行軍でさ。‥‥でも、助けられる限りは助けたいんだ」
その言葉に小鳥は硯を見上げる。長い黒髪をポニーテールに纏めた硯は、まるで本物の女の子みたいで‥‥でも、その心はしっかりと男の子だ。
「おい、てめぇら。真面目にやれよ? 不純異性交遊はおウチに帰ってからだ」
先頭を行く角田 彩弥子(
ga1774)が苦笑しながら二人を振り返った。からかう様な口調で茶化してやる。まさか、こんな所で、生徒を引率する教師の気分にさせられるとは思わなかった。
と、突然、彩弥子が真面目な表情に戻って拳を上げた。硯が小鳥を下ろし、彩弥子のすぐ後ろにつく。
彩弥子はそのまま少し先行すると、双眼鏡で様子を窺った。視線の先には4車線の道路が交わる交差点。周囲にキメラの姿はない。頭上を見上げる。四つ角のビルの一つ、その屋上を占位したロンドからも、同様の手信号。よかった。だいぶ時間と距離を稼いだようだ。強行軍をした甲斐があるというものだ。
この交差点が、連絡の取れた第1、第2分隊との合流予定地点だった。予定通りなら、既に二つの分隊は近くに到着しているはずだ。
彩弥子は懐から照明銃を取り出すと、頭上に一発、打ち上げた。ポンっ‥‥と上空で光の花が咲く。彼等が到着した印だった。
道路に面した建物の一つから兵士が顔を出す。彼等は一人、また一人と道路を渡ると、能力者たちが隠れる建物へと走り込んだ。
「第2分隊です。援護、感謝します」
「第1分隊は?」
「分かりません。自分たちとは合流しておりません」
その時、ズゥゥゥン‥‥と、遠雷のような音が響いてきた。
「‥‥あれは?」
「トラップです。誘い込んだキメラをビルごと瓦礫で押し潰すという‥‥」
それは、つまり。まだここに辿り着いていない第1分隊が途中でキメラと戦闘になったという事であり。
「ロンド!」
彩弥子が無線機にがなる。屋上のロンドからは、市街地に立ち昇る煙がはっきりと見えていた。
その方向をロンドがライフルで指し示す。次の瞬間、硯が路上へと飛び出していた。
「硯さん!」
その後を追いかけて小鳥も飛び出していく。彩弥子も後を追おうとして、慌てて無線機にがなり立てた。
「ロンド! 第2分隊は任せる。危ないようだったら、俺様たちを待たずに撤退しろ!」
硯が戦場に到達した時、第1分隊は半数しか残っていなかった。
瓦礫の山をワラワラと、甲虫型のキメラに追われる兵士たち。手にした銃はキメラに効果もなく‥‥最後尾を守っていた一人が、キメラの巨体に押し潰された。小隊長ぉ、との若い男の悲痛な叫び。キメラはその新たな目標に狙いを定め‥‥
「‥‥!」
硯の目が赤く染まった。姿が消える。次の瞬間、硯はキメラと若い兵の間に割って入っていた。
ガリッ、と頭の近くで嫌な音がした。視界を飛ぶ赤い飛沫。気のせいだ。痛みは感じない。硯は雄叫びを上げながら、そのまま瓦礫の斜面を利用して『ビートル』を投げ転がす。
「小鳥ちゃん!」
「はいっ‥‥!」
転がる先に、追いついた小鳥がいた。小鳥は足を止め、背中の矢筒から矢を取り、番え、引き絞る。
その背中がパアッと輝き、光が翼の様に背に広がる。目に映るキメラの甲殻の継ぎ目。小鳥は迷う事無く、そこ目掛けて矢を放った。
放たれた矢は、キメラの全面に展開された力場を容易く貫通すると、狙い過たずにそこへと命中した。がしゃり、と脱力し、沈黙する『ビートル』。小鳥は、それがまた動き出さないかビクビクしつつ、兵隊たちに呼びかけた。
「み、皆さぁん、こっちに集まって下さいぃ‥‥!」
小鳥の叫び声はか細かったが、それでも何とか聞こえたらしい。戦場に現れた天使の元に、兵隊たちが死に物狂いで走り寄る。そこを目掛けて襲いかかろうとするキメラ。その足を止めようとする硯を、質量で押し切ろうとする。
そこへ、横から。駆けつけた彩弥子が長槍を構えて疾風の様に飛び込んだ。見開かれた瞳は蛇の様。禁煙パイプを銜えたままの口元が、心底楽しそうに笑みに歪む。
彩弥子の突き放った槍突撃は、バキャッ、という音を立ててキメラの甲殻を突き破った。引き抜く。グルリと回る槍の穂先。ビチャリと飛び散った体液が綺麗に地面に円を描く。
キメラに反撃の機会はなかった。続く彩弥子の一撃が、至極あっさりとキメラに止めを刺していた。
第2分隊を預かったロイドは、一足先に脱出すべく北上を続けていた。
ビルの上から索敵し、分隊を誘導する。地上の分隊から、背後より迫ってくるキメラの存在を報告されたのは、そんな時だった。
ロイドは舌打ちした。あと少しで安全圏へと離脱できたというのに。
ロイドは前方を確認すると、そのまま真っ直ぐ大通りを北上するよう、分隊に言った。了解し、全速で大通りを駆け始める兵たち。それに気付いたのか、キメラは速度を上げ、まっすぐにそちらへと進み始めた。
「‥‥さて、スナイパーはスナイパーの仕事をしますか」
独りごち、屋上に身を伏せる。淡々と銃を構え、スコープの向こうに目標を探す。
いた。
随分と狙い易い、直線的な動きだった。兵を囮にした格好だが‥‥仕方がない。スナイパーライフルといえど、キメラに対する有効射程は長くはない。せいぜい70mといったところか。
その70mに目標を捉え、ロンドは涼しげな表情で引鉄を三回引いた。
パァン、パァン、パァァァン‥‥ 銃声が響く度、『ビートル』の右側の足三本が、次々に弾けて飛んだ。
「さて。後は皆を信じて撤収、と、いきたいところだけど‥‥」
やはり、そういうわけにもいかないだろう。
ロンドは、第2分隊が安全圏に離脱するのを確認すると、動けなくなったキメラに止めを刺し、第1分隊を連れたA班の三人が戻って来るまで、そこで退路を確保し続けた。
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第4分隊を探して市街東部を南下していたB班が、銃声と爆発音を聞いて、南西へと走り出したのは数分前の事だった。
今は、もう、銃声は聞こえてこない。
それが何を意味するのかは分かっていた。それでも、僅かな可能性に希望を託して、爆煙棚引くビルの中へと入っていき──
その光景を前にして。リディスは、思わず、口と鼻を手で覆った。クリストフも顔を背ける。無理もない。彼等は能力者として戦闘には慣れていても‥‥戦場に慣れているわけではない。
屋内には、文字通り、血の海が広がっていた。
「‥‥阿鼻叫喚‥‥ですらないですね、もう‥‥」
当真は眉をひそめながら、一人、室内へと足を進めた。そして、一人一人の遺体から認識票を取っていく。
リディスとクリストフの二人も覚悟を決めて中へと入った。靴の裏に張り付く血の感触を、無理矢理心から引っぺがす。
「遺体は8体‥‥もしかしたら、一人、どこかで生き残っているかも」
縋るような口調でリディスが言う。どこかで死んでいるのかも‥‥クリストフはそんな事を考えたが、口にはしなかった。どちらにしろ、調べれば分かる事だ。
何かが聞こえたような気がして、リディスはその足を止めた。
「‥‥歌?」
微かに聞こえてくるそれは、確かに歌だった。リディスは慎重に足を進め‥‥狭い隙間にうずくまる女性兵士──まだ若い少女──を発見した。
「‥‥見つけた」
目が潤んだ。駆け寄り、抱き起こして呼びかける。だが、少女は心が壊れてしまったのか、ただただぼんやりと歌を口ずさむだけだった。
リディスは他の二人を呼びながら、少女の肩を抱き上げた。そして、廊下へと出た所で‥‥いつの間にか、そこに、キメラがいた。
少女を抱えたままリディスが跳ぶ。直後、キメラの体が入り口に叩き付けられた。バキバキとパーテーションを砕きながら、進入してくる『ビートル』。そこへ、ヴィアを腰に溜めて構えた当真が横合いから突っ込んだ。
「―――はああぁぁぁッ!!」
力任せに押し込み、廊下の奥へ。リディスは開いた出口から飛び出すと、跳弾の危険を鑑みて発砲できないクリストフに少女を押し飛ばす。
「先に行って、守ってあげて。当真君! ここで戦っても意味はないわ。私が足止めをするから‥‥当真君?!」
ゴリッ、とヴィアを突き込む当真の顔には表情がなかった。
そこへさらに、窓を突き破るように一匹のキメラが雪崩れ込む。リディスの髪がブワッと漆黒に染まった。
難なく攻撃をかわし、衝動に任せて拳を叩き付ける。今度は当真がリディスを止める番だった。
「下がりましょう。退路は確保しましたし」
初めのキメラに止めを刺した当真が言う。その言葉で冷静さを取り戻し、リディスは一つ、息を吐いた。
「‥‥そうね。ここにもう用はない」
同時に、キメラの前からリディスと当真の姿が消えた。二人は瞬時に外へと離脱する。
そのまま俊足を活かして走り去る。建物からは、『ビートル』が2体這い出してくる所だった。
「そのまま追わせる訳にはいかんなぁ‥‥」
近くのビルの屋上に伏せてライフルを構えるアッシュが呟く。呟きながら、キメラの近くに放置された乗用車へと発砲する。
パスン‥‥カンッ。
銃弾はガソリンタンクに穴を開け、残っていたガソリンが流れ出す。煙草をに火を点け、もう一発。それで車は爆発し、爆炎がキメラを呑み込んだ。
「懐かしい、戦場の空気‥‥随分と久しぶりだ」
口元が思わず愉悦に歪むのに気がついて、アッシュは煙草を手に苦笑する。我ながらどうにも度し難い事だ。
アッシュは皆の離脱を確認すると、自らもビルの上を北へと走り去った。
爆煙を越え、殆ど無傷のキメラが姿を現した時。既に、視界には能力者たちの姿は見えなくなっていた。
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幾体かのキメラを倒し、生き残りの兵を救出し、能力者たちは戦場を離脱した。
生き残りは22人。どうにか過半数を助け出す事には成功した。
「死すべき運命にあった22人。君たちがいなければ、彼等は間違いなく全滅していただろう。前線でバグア共と戦う全ての兵士たちになり代わり感謝する。ありがとう」