●リプレイ本文
ラストホープ島、ドローム支社。最も奥まった区域の一角にある重役幹部用の会議室。
足を踏み入れた企画部のモリス・グレーは、肌を撫でる様に流れる冷たい空気に思わずその足を止めた。
空中ラウンジを思わせる円形の部屋の窓は全て閉じられ、風景を映す壁面の全周囲モニターも今は何も映していない。完全なる円を模した円卓、正確に等間隔に配された8つの席は、一つを除いて皆空席で‥‥それぞれの不在を示すドローム社のシンボルマークと『sound only』のホログラムだけが、薄暗い室内に浮かんでいた。
先程感じた冷気は、各種機器の為に室温が低めに設定されている所為だろう。だが、そこに魔窟めいた何かを感じて、モリスは知らず唾の塊を飲み込んだ。
「? どうかしましたか、モリス・グレー?」
正面の席に座ったミユ・ベルナール社長の‥‥この会議室で唯一生身の存在である彼女の声に、モリスはハッと我に返った。心中で首を振る。おいおい、いずれこの席の一つも取ってやろうって男が、この程度のこけおどしでビビるなよ‥‥
咳払い一つで常の飄々たる態度を取り戻したモリスは、部屋の隅に設けられたプレゼン用の卓へと歩を進めた。胸元の大きく開いたスーツ姿の社長に、寒くはないのかな、などと心中で軽口を叩ける位には自分を取り戻す。
「‥‥では、M3粒子加速砲に関しては以上です。次は、低〜中価格帯KVの開発機種を選定します。モリス?」
「KV企画開発部のモリス・グレーです。先日行われた社内コンペティションについてご報告します。お手元の端末に表示されたものが関係資料の一覧です。なお、記載してある数値は各開発室・研究室が上げた開発段階のものであります。実現可能性については後ほど説明を。まずは先日、KVの使い手たる能力者たちの現場の意見から今回の‥‥」
●2日前 ラストホープ島支社1F
ラストホープ島に置かれたドローム社の支社ビルは、今日も自らの愛機を改造・調整する為に訪れる能力者たちで変わらぬ賑わいを見せていた。
だが、それも、ロビーや整備工場に限った話だ。
KV開発案に対する意見を聞く為に集められた能力者たちは、ロビーで渡された入館許可のプレート(兼カードキー)を胸に下げ、案内役のモリスの後をついて立入禁止区画の奥へと入っていった。能力者たちの喧騒はビジネスマンたちのそれへと変わり‥‥さらには水を打ったように静かな廊下を進む。
「こっちの方は相変わらずね。静かで‥‥」
ここに来るのももう何回目か、ヤヨイ・T・カーディル(
ga8532)は呟いた。あまり使われない場所なのだろうか。清掃の行き届いた白い廊下は静謐だがまるで生活感がない。或いは来客者用の区画なのかもしれない。
やがてモリスは『第4会議室』と書かれたプレートの前で立ち止まると、スロットにカードキーをスライドさせて、開いた扉に能力者たちを招き入れた。意外とこじんまりとした部屋に長机と椅子がセッティングされており、卓の中央には紅茶にフルーツジュース、ドロームコーラにミネラルウォーター‥‥飲み物のペットボトルが10本近く纏めて無造作に置かれていた。
「では、適当に座って下さい。飲み物は好きな物をご自由にどうぞ。会議中は喉が渇きますからご遠慮なく」
気軽に言うモリスの言葉に、姫藤・蒲公英(
ga0300)は軽く目を見張った。会議中に紙コップもなくペットボトルをがぶ飲みしろだなんて‥‥そのあまりのフランクさ、というか大雑把っぷりに、ドロームもファストフードな在米企業なのだと改めて思い知らされる。だが、あちらではこれが普通なのか、蒲公英がおろおろとしている内に次々と横から手が伸びてきて‥‥蒲公英は余ったドロームコーラを少し涙目で手に取った。
「機体開発に私たち傭兵の意見を募集か‥‥何かお役に立てるのなら、微力ながらお手伝いさせて貰おう」
会議の冒頭、今回の依頼の趣旨をモリスから説明されて、リャーン・アンドレセン(
ga5248)は、その怜悧な顔に真摯な表情を浮かべて頷いた。あくまでも優雅に、ずれた眼鏡を指でクイと押し上げる。
「新型の開発に関われるなんて‥‥光栄です!」
井出 一真(
ga6977)は開口一番、モリスの手を握り締めんばかりの勢いでそう言った。KV好きが高じて整備士資格の取得まで目指す男だ。この機会に生産工場の見学もしてみたかったが、流石に認められないだろう。
「自分の命を預ける事になるかも知れない機体だ。ドローム社には少しでも良い物を作って貰いたい所だな」
「そうだよー。ドローム社も頑張らないと、業界の勢力地図が変わっちゃうかもしれないよー!」
リャーンの言葉にクリア・サーレク(
ga4864)が言葉を重ねる。クリアは最近、他社の最新鋭機に乗機を変えたばかりであり、それはすこぶるご機嫌な性能だった。
我が社も生産性と価格を考慮に入れなくていいのなら、あれくらいは‥‥そう言いかけてモリスは思わず苦笑した。随分と大人げない事を言ってしまうところだった。
「低価格帯から中価格帯のKV開発は未開拓と言ってもいい。戦線を維持する数多の戦士たちの戦力が底上げされるというのなら、戦線の押し上げにも繋がるかもしれない‥‥が、まぁ、なんというか‥‥」
よくもここまでクセのある機体ばかりが出たモンだ、と、寿 源次(
ga3427)は苦笑した。
「‥‥つまり、ほぼ全員が『イビルアイズ』を優先開発機種に、という意見なのだね?」
モリスの問いに、能力者のほぼ全員が頷いた。ただ一人、エメラルド・イーグル(
ga8650)のみが『グライドル』を第1候補に推していたが、その彼女も異論はないようだった。
「最新型の電子兵装とマルチロックオン‥‥これが実現するなら、すごい有用な機体なんだよ!」
クリアが意気込んで身を乗り出す。ただ、肝心の外付け電子兵装が壊れやすかったりしたら意味ないけど、と付け加えるのも忘れない。
「だが、外付けにする事で、R−01の大幅な流用が可能なのだろう? 開発期間の短縮と費用が低減が見込めるのは大きいな」
「寿氏の意見に同意します。既存機の電子戦装備が『キューブワーム』に対応し切れない今、高性能な電子戦機の早期投入は必須です。御社のシェア拡大にも大いに寄与するものと考えます」
クラリッサ・メディスン(
ga0853)が自分の意見を述べる。『イビルアイズ』の導入に一番熱心なのが彼女らしかった。
「今更、戦場で荷物扱いされる電子戦機を開発されても困りますが、元となるR−01自体が良い機体ですから。多くの傭兵の期待に叶うモノとなるはずです」
それはどうだろう、とモリスは視線を机に落とした。電子兵装を装備する分、既存機より能力は落ちるはずだ。だが、クラリッサの言う需要が『戦闘に耐え得る電子戦機』であるならば‥‥S−01Hに積んだエンジンをこっちに流用させるか? だが、あれは性能もあげるが価格も跳ね上げる‥‥
「そうですね。寿さんとメディスンさんの言う通り、R−01自体信頼性の高い良い機体ですから。これをベースにするというのはなかなか良いのではないかと思います。電子戦機といえばクルメタル社も『ウーフー』を開発しているようですが、整備性とコストを武器にすれば十分シェアを争える筈です」
「うん。俺もみんなの意見とほぼ同じ。‥‥でも、クルメタルのウーフーって、俺は没になったって聞いたけど?」
「え!? そうなんですか!?」
ざわめく会議室。流石にモリスも他社の事情に口を出す立場にない。‥‥『情報部』辺りなら何か掴んでるかもしれないが。
クイクイと袖を引っ張られる感覚を感じて、モリスはふと横を見た。顔を赤くした蒲公英が、モリスに一枚の紙を差し出していた。どうやら自分の意見をレポートに纏めていたらしい。
「なになに‥‥? 『電子戦機体の分野に関しては現在、岩龍の独壇場であり、新機体を望む声は高い。電子戦部品のユニット化によるメンテナンス性の向上は利点だが、機体コストが割高になる可能性、機体性能が低下する可能性など問題も多い。しかしながら、それを差し引いても開発するだけの価値は高いと考える』‥‥なるほど」
モリスが娘と同い年の蒲公英に微笑を向ける。人見知りで内気な少女は、すでに視線を机の下へと向けていた。
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「『イビルアイズ』の一人勝ちだったと?」
「はい。岩龍に続く電子戦機、それもキューブワームに対抗できるものが現場では早急に求められているようです。予測通りでしたが、それ以上に需要が高い」
「‥‥で、その電子戦装備はその要求を満たせるのかね?」
「開発陣からは『キューブワームに対抗し得ると言い切って構わない』との言質をとっています」
モリスは矢継ぎ早に浴びせられる重役(音声だけだが)たちの質問に、淀みなく答えていった。
「‥‥では、モリス。能力者たちから出された『イビルアイズ』に関する提案について、その実現可能性を述べて下さい」
「『新型機に空中管制・データ共有能力を付与する大型レドームを』(by蒲公英)に関しましては‥‥現時点においてR−01クラスの機体に搭載するには、物理的に、そして、操縦士の負担の面から厳しいようです。ただ、今後の需要は見込めると個人的に考えます。
『マルチロックオンを最大限活かす為、武装スロットを4にできないか?』(byクラリッサ)。こちらはアクセサリスロットを減らす事で対応できると聞いています。もっとも、『マルチロックオン』がどういうものになるのか、現時点では不明なのですが。
『電子戦用ユニットを被弾しやすい胸部には‥‥腰辺りに出来ないか?』(byクリア)。機体構造的に腰部は難しそうです。胸部からの変更は検討が行われています。
『ユニットを装備する機体をR−01に特定せず、アクセサリ化できないか?』(byリャーン)。他の機体の能力に関しても同様ですが、『それぞれの機体に最適化、あるいはその為に設計された専用機体での運用が前提であり、既存機への対応は難しいだろう。規格に合わせた再設計など、機体開発とはまた別の問題が発生する』‥‥との事です。
‥‥『イビルアイズ』に関しては以上です」
「わかりました。他の機体に関しては‥‥『グレイドル』と『ロングボウ』が同数票ですね。直接、彼等の声を聞いてみて、どちらの需要が高いように感じましたか?」
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「今回のコンペティションに関し、自分は友人から意見を預かっている。第1候補は『イビルアイズ』、第2候補として、大規模小隊や正規軍向けの『ロングボウ』、偵察機として『グライドル』を推すと」
源次の知人・高坂聖の意見は、そのまま能力者たちの意見だった。第2候補として推す機体はその2機種で真っ二つに割れていた。源次本人は『トーレタシェル』を推したのだが、賛同者はいなかった。同様に「個人的には『エレメント』かなー、って思うんですけど‥‥」という一真の声も消えていった。
「『ロングボウ』は‥‥機体の発想自体は面白いし、需要も見込めるとは思いますが、護衛機が必須という時点で傭兵向きの機体ではありませんね」
そう評するクラリッサに、クリアはえー!? と不満の声を上げた。
「個人的にはイチ押しなんだけどなー。割り切った支援特化機は重要だよ。弱点は仲間との連携で補えばいいし、ミサイル攻撃に強いこの能力は嬉しいよ?」
「確かに私も汎用機としては色々どうかと思う部分もありますが‥‥火力に優れたこの特殊能力は便利だと思いますね」
クリアに続いてヤヨイも賛同の声を上げる。クラリッサは首を振った。
「慌てないで下さい。確かに傭兵向きではないと言いましたが、正規軍や大規模小隊で運用する分にはその遠距離攻撃力は魅力的です。なので、現時点では『ロングボウ』を次点とします」
おおー、と湧くクリアとヤヨイ。これで『ロングボウ』に3票入った。
一方、『グライドル』に関しては‥‥
「まさに汎用機向けのコンセプトだな。これで改造費や成功率を他機体より高めにして貰えるなら言う事はない」
リャーンが力強く言い切ると、蒲公英もあせあせと紙にレポートを書き記してモリスへと差し出した。曰く、『リャーン様に同意。静粛性・低高度飛行・旋回性能の高く、従来的用途だけでなく威力偵察や市街地戦闘における優位性が見込まれる』‥‥
やんわりと異を唱えたのはヤヨイだった。
「回避性能と静粛性が高いのはいいですが、低装甲・低装備重量は乗り手を選ぶのではないですか?」
「それで良いのです。戦闘ではなく偵察にこそ、この機体は真価を発揮する」
それまで一言も発しなかったエメラルドが口を開いた。テーブルの上に身を乗り出すように、身体をズズイと前へ出す。
「小型という利点を最大限に活かし、今までのKVでは活用できなかったエリアに投入。水中用キットや地殻変化計測器の装備して静粛性を保ったまま調査活動に赴く‥‥そんなニンジャ的な立ち回りも面白い。それに、どれが採用されたとしてもサブ機体だろうからコストは重要。大規模で撃墜された時用の機体として岩龍のシェアにも食い込めるかと‥‥」
一息に、それでも淡々とした口調で言い切って‥‥エメラルドは、皆がちょっと驚いた顔をしてこちらを見ているのに気がついた。
沈黙。無表情のままエメラルドはススッと姿勢を戻し、カタンと椅子に腰を下ろした。
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「‥‥『グレイドル』と『ロングボウ』、どちらにも需要はあるように感じました。各自の嗜好が分かれたのではないかと。
『エレメンタル』に関しては、開示した情報が少なかった事が響いたものと思われます。高機動型、防御型、遠距離攻撃型などの特性を持つ専用の外部兵装パックを開発できるなら、十分、有用なコンセプトである、との声はありましたし。
『トーレタシェル』は、専用装備の空間爆雷が注目を集めましたが、それ以外の部分が弱かったようです」
「‥‥わかりました」
しばしの議論と黙考を経て、ミユ社長は決を下した。
「今回のコンペティション、『イビルアイズ』と『グライドル』を採用とし、両機の開発に予算を投入します。なお、『ロングボウ』に関しても技術研究は継続させて下さい。傭兵向きは無理でも、上手くすればUPC北中央軍に売込みが掛けれるかもしれません」
「了解しました。では、関係各所に連絡を取りその様に。各開発室には試作機の完成を急がせます」
「頼みます。では、次は来週行われるサンフランシスコ・ベイエリアでのLM−01改良実験の‥‥」
開発の方向性は決まった。後の実務はモリスたち社員の仕事だ。モリスは資料を纏めると、室内に一礼して会議室を退出した。
人間の世界へ戻ってきた。何となくそんな気分で‥‥モリスは小さく息を吐いた。