タイトル:MAT 突撃医療騎兵隊マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2008/08/30 05:00

●オープニング本文


 MAT(Medical Assault troopers)、突撃医療騎兵隊──
 バグアの侵攻により瓦解した南北アメリカの旧赤十字を統合する形で発足した民間の医療支援団体、『ダンデライオン財団』。その搬送車両班に対する通称がそれだった。
 政情不安定な南米の道無き道を、キメラ蠢く北米の廃墟の中を、装甲救急車を駆って疾走する──国や軍では手の回らぬ危険な競合地域で活動する財団の中でも、常に矢面に立って患者を搬送し続けるMATは特に死傷率の高い部署であり‥‥自らの危険も顧みずに患者の為に命を懸けるその姿勢から、財団内でも常に畏敬の念を以って語られる存在と言って良い。

「‥‥んな大したもんでもないけどな」
 ユタ州オグデン、ダンデライオン財団・ユタ派遣団医療拠点。その裏口付近に設けられた待機所の窓からぼんやりと青い空を眺めながら──機関員、ダン・メイソンが呟いた。開いた口から漏れ出た紫煙を空の彼方へと吹き散らし、壁で火を揉み消してから吸殻を投げ捨てる。それを後ろから見ていたレナ・アンベールは、若者らしい潔癖さでその凛々しい眉間に皺を寄せた。
(「‥‥まいった。まさかMATにこんな愚連隊みたいな男がいるなんて」)
 表には全く出さずに、レナは心中で溜め息を吐いた。能力者適性検査に落ちた半年前、少しでも人々の為になる仕事を、とMATの門を叩いた自分。血の滲むような訓練と研修を終えてようやく配属された先で、まさかこんな男と組む羽目になろうとは。目の前にいる機関員は‥‥レナが最も嫌うタイプの人間に見える。
(「MATに属する人間は、皆、高潔な人間ばかりだと思っていたのに」)
 唇を噛む。実際、レナが見てきた隊員たちは尊敬に値する者たちばかりだった。なのに、現場に出て初めて組む相手がよりにもよってこんな──喫煙の待機所で煙草を吹かし、吸殻を野外に捨てて平然としているような‥‥「命懸けで励みます!」という自分の挨拶を鼻で笑うような男と組む羽目になろうとは。人事を決めたリンケ隊長を恨みたくなる‥‥
 ふとダンが振り返る。レナはスッと背筋を伸ばした。
「‥‥結局、俺たち車両班に患者は救えない。治療をするのは医師先生たちで、俺たちは脇役、単なる運び屋だ。それでいながら、隊員の死傷率は団でも飛び抜けている。‥‥お前は機関員志望だったな。知ってるか? 騎兵隊などと言って持ち上げてはいるが、俺たちの事を便利屋や戦争バカとしか思ってない奴だっているんだぞ?」
 自嘲する様に笑うダン。レナの頭にサッと血が昇った。
「‥‥それでもっ! ‥‥それでも、私たちが運ばなければ助からない命だってあるのでしょう!? 彼等を運ぶ事は、彼等の命を救うことと同義のはず。その事で後ろ指を指される謂れはありません!」
 一息に言い切って、大きく息を吐く。気がついたときにはレナの口から心が飛び出していた。現場の隊員の口から、そんな言葉が出た事が我慢ならなかった。
「──半分は正解、ってとこだな」
 いつの間にか、ダンが真摯な瞳でレナを見ていた。
「‥‥それって、どういう‥‥」
 意味ですか? と聞こうとして。待機所のスピーカーが大きくブザーを鳴らした。それは装甲救急車出動の合図。レナはビクリと身体を震わせ‥‥ダンは、すでに部屋を飛び出していた。
「何をしている。グズグズするな、ヒヨッコ!」
 慌てて返事を返して後を追う。医療拠点地下の駐車場には、整備を終えた装甲救急車がレナたちを待っていた。助手席に飛び込んで、4点式のシートベルトをロックする。ダンがエンジンのキーを回して暖機運転を始めると、無線機の向こうのオペレーターから出動に関する情報が送られてきた。
「第3避難キャンプより救急出動要請。患者は24歳、男性。避難所裏手にて倒れている所を知人が発見、意識レベル3──」
 ビクリ、とレナの身体が震えた。忘れかけていた緊張が戻ってきて、歯の根が合わなくなりそうになる。それを見透かしたように。パン、と、ダンがクリップボードでレナの頭を叩いた。
「‥‥しっかりしろ。無線は聞いていたな? 助手席の役割は何だか言ってみろ」
 渡されたのは、前任者が残したオグデンのロードマップだった。シンプルな白地図の上に、赤ペンで無数の情報が記されている。碁盤の目状で分かりやすい道路も、今はキメラがうろつき、崩れた瓦礫やら何やらで通れなくなった道も多い。
「護衛の傭兵たちから送られてくる情報を基に、可能な限り早く目的地に辿り着くルートを選別する事。それを遅滞無く機関員に知らしめる事、です」
「それと救急本部や護衛車両との諸通信もお前の役目だ。‥‥場合によっては、そいつをぶっ放すのもな」
 ダッシュボードの中に固定された50口径の大型拳銃。だが、実際にこれを手に取る事はないだろう。レナの細腕にはゴツすぎるし、何よりキメラ相手には豆鉄砲だ。
 そうだといいがな、というダンの呟きは、レナの耳には届かなかった。
「AMB6より護衛のHMV1へ。先行し、進行ルートの偵察とキメラを掃除してルートを開拓して下さい。HMV2は救急車に張り付いての護衛を願います」
 緊張しつつもレナが通信を開始する。その横顔をチラと盗み見て‥‥大丈夫そうだと、ダンは小さく頷いた。バックミラーを調整する。医療鞄を抱えた医師と看護師が背部扉へ飛び込む姿が映っていた。
「‥‥よし。それじゃあ、キャンプ3までぶっ飛ばすぞ、ヒヨッコ。舌噛まんように気をつけろ」
「ヒヨッコは止めて下さい。レナ・アンベールです」
「嘴が黄色くなくなったら止めてやるよ、ヒヨッコ」
 反論しようとする前に、ダンは救急車のアクセルを思いっきり踏み込んだ。
 地下駐車場を飛び出し、車体を傾かせながら道路へと飛び出す装甲救急車6号。その加速度と重力にシートに押し付けられながら、レナは全く関係ない事を考えていた。
「‥‥ヒヨコって、鶏になっても、嘴は黄色いよね‥‥?」

●参加者一覧

綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
暁・N・リトヴァク(ga6931
24歳・♂・SN
六堂源治(ga8154
30歳・♂・AA
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
鴇神 純一(gb0849
28歳・♂・EP
ミスティ・K・ブランド(gb2310
20歳・♀・DG

●リプレイ本文

 それは常世と幽世の境であろうか。
 オグデン第1キャンプ、その最外縁に位置するゲートの前で、護衛2号車の後部座席に座った綾嶺・桜(ga3143)は、そんな事を考えた。
 胸元に忍ばせた御守りをそっと引っ張り出し、結び付けられた赤犬のマスコットを目の高さまで持ち上げる。
 絶対、絶対、無事に帰って来るんだよ──
 そう言って我が身を抱きしめた響 愛華──手のかかる姉のようなその友人を思い出し、桜は小さく苦笑した。
「‥‥ふん。あんな念を押さずとも、ちゃんと無事に帰るのじゃ。わざわざこんな‥‥」
 お手製の御守りを揺らし、呟いて。桜はそれを仕舞い直すと巫女服の襟元をキュッと正した。まったく、こんなもの。戦闘中に失くしたりしたら大変じゃ‥‥
「交戦はなるべく避けるとして‥‥往路は多少の無茶は承知で突破。復路は多少の時間がかかっても迂回‥‥ってとこかなぁ?」
 運転席の外、車体に背を預けて紫煙を曇らせる暁・N・リトヴァク(ga6931)が、車内から引っ張ってきた無線機のマイクで装甲救急車に呼びかけた。
 マイクを取ったのはダンだった。
「いや、往路で迂回、復路で突破、で頼む。行きに派手にやらかすと、周り中のキメラが集まってくる」
「‥‥患者を乗せても?」
「直線道路ならどうとでも。それに、そういう時の為に君たち傭兵がいるのだろう?」
 期待している、と一方的に無線が切れる。暁は目を瞬かせ、後ろの救急車を振り返った。不満気に文句を言うレナと、涼しげな顔で無視するダン。なるほど、どうやら一筋縄ではいかない現場らしい‥‥
 ゲート両脇の小さな雑居ビルの屋上。周囲にキメラがいない事を確認した兵士たちが、下の詰所へゲート開放の許可を出す。救急車のすぐ横で待機していたミスティ・K・ブランド(gb2310)は、愛機AU−KVに跨り、ハンドルに引っ掛けていたヘルメットを被ってロックした。
「私たちを守ってくれる人たちにああいう言い方をするなんて!」
 すぐ横の救急車の中から、レナの怒声が聞こえてくる。ミスティはハンドルに添えた手を放すと、指でコンコンと窓を叩いた。
「気にするな。それが、私たち『戦争屋』の役割だ」
 窓を下げて顔を覗かせたレナは恐縮したようだった。コロコロと表情が変わるのは、若さ故の純真さからだろうか。
「‥‥君だって、他人に褒められる為にここまで出張って来たわけじゃあるまい? 地獄で望んで命を張るからには、もっと凶暴な代物が胸に入っている筈だ。私にも、君にも、勿論、隣のMr.ドライバーにもな?」
 後ろ指など放っておけ。その言葉にハッとするレナ。それを見ていた暁は、微笑と共に煙草を踏み消し、運転席へと身を戻した。
「はてさて。久しぶりの運転はどうなることやら」
 扉を閉める。ルーフの上では、車内から半身を出した御影 柳樹(ga3326)が重機関銃のレバーを引いて射撃体勢を整えた。
「なんか妙に懐かしい気もするけど‥‥時間も無いし、気張っていくさぁ」
 呟く柳樹。目の前のフェンスが押し開かれ、間髪入れずに2号車が飛び出していく。重力と風圧が身体を押し戻すその感触に、柳樹は小さく微笑した。

 先行して索敵とルートの確認に当たっていた1号車は、既に予定の半ばを走破していた。
(「‥‥瓦礫が多いな。これじゃ患者を乗せては走れない」)
 ガタガタと揺れる高機動車の助手席で、龍深城・我斬(ga8283)が無線のマイクに手を伸ばす。
「『イーグルアイ』より『ホワイトロック』。ルートA51は使用せず、B41からA53へと迂回されたし」
 言いながら地図上に新たな記号を書き加え、チラと隣りの寿 源次(ga3427)に視線を送る。源次はハンドルを大きく切って、車を別の路地へと走らせた。
「‥‥良いッスね、こういう任務は。人の命を救う事がダイレクトに分かるってのはモチベーション上がるッスよ!」
 後席の六堂源治(ga8154)が振り返る。源次も頷いた。
「ああ。我が身の危険を物ともせず、希望の綿毛を運び続ける‥‥その信念に多少なりとも関われる事は誇りだな」
「宜しく頼むッスよ、兄弟。Wゲンジの力、見せてやるッス!」
 会話を続けながらも、源次は巧みにハンドルを捌いていく。チラホラと顔を見せる『獣人』型キメラは相手にしない。正面にさえ居なければ、走行するこちらには手が出せないからだ。問題なのは‥‥
「む‥‥っ!?」
 ルーフ上に半身を出し、車載のグレネードランチャーを構えて周囲の警戒に当たっていた鴇神 純一(gb0849)は、前方を横切る巨大な甲虫の存在に気がついた。双眼鏡で確認する。間違いない。『カノンビートル』だ。長い射程を持つそれを回避するには大きく迂回せねばならず‥‥ルートが限られている以上、それは致命的な時間ロスになりかねない。
「‥‥排除する。手間はかけられんな‥‥」
 源次の言葉に我斬も無言で頷いた。桜たちの話だと、甲虫は『接近戦に弱いが頑丈』らしい。ならば、下車し、最大の攻撃力で一気に畳み掛けるのみ。
「分かった。ギリギリまで突っ込む。接近したらすぐに飛び出してくれ」
 頷き、源次がアクセルを踏み込んだ。加速した車のルーフの上で純一がランチャーを照準し──横断する敵はまだ気付いていなかった。『探査の眼』は伊達じゃない。
「‥‥現代の迷彩忍者は、銃器の扱いもお手の物、ってな!」
 呟き、引鉄を引く。甲虫の体の下を狙って放たれた擲弾は、手前の地面に着弾。炸裂し、その破片をキメラへと浴びせ掛けた。
 甲虫が、その突撃砲にも似た身体をこちらへ向ける。その射線を避けながら、車体を横滑りさせた1号車がその懐へと滑り込む。それが止まらぬその内に。前後の扉が開け放たれ、我斬と源治が飛びだした。
「行くぞ、源治!」
「おうよ!」
 雄叫びと共に正面からそのまま突っ込んだ我斬のイアリスが赤い光を放ち、そのまま流れるように叩きつけられた刀身が甲虫の脚をひしゃげさせた。返す刀でもう一撃。それで脚が千切れ飛ぶ。脆い。運転を止めた源次の『練成弱体』がその効果を発揮していた。
「これで、仕舞いだゴラァっ!」
 全身を赤色のオーラに身を包んだ源治が、全身全霊を込めて甲殻の継ぎ目へと愛刀を振り下ろした。無骨に、ただひたすらに鍛え込まれた無銘の刀がキメラを打つ。断ち分かつその一刀に押し込まれるようにして。脚を失い、破片まみれと化した甲虫は倒れ込んだ。


 先行班の誘導のおかげだろうか。救急車とその護衛は、大きな接敵もなく無事に第3キャンプへと辿り着いた。
 患者は既にゲートの近くまで運ばれていた。救急車から医師と看護師が飛び出していく。意識を失ってからもう大分時間が経っていた。
「‥‥手伝ってくるさ」
 柳樹が屋根から飛び降りる。ストレッチャーを運ぶ看護師に断り、担架を肩に担いで『瞬天速』。1、2、3の掛け声と共に患者を担架に移動する。
 その間も、桜とミスティーの二人は周囲への警戒を強めていた。
「キャンプ内での襲撃はない、とは思いたいがの‥‥」
 下車し、2丁拳銃を構えた桜が小さく横に首を振る。患者の事は気になるが、自分たちの仕事をするしかない。
 運転席に留まった暁は、傍らに立つ兵士に先に到着した1号車がどうしたのか聞いてみた。
「ああ、あの高機動車なら、弾薬の補充を済ませるとすぐに出て行ったよ。先に帰り道の掃除をしておくんだと」
 その言葉に暁は微かに眉をひそめた。復路は敵の数も増す。1台で大丈夫だろうか‥‥
「連中を信じるしかないの。信じて一気に駆け抜ける。‥‥余り遠回りをしていては、患者も危険じゃ」
 直衛の桜が戻ってくる。救急車は患者の乗ったストレッチャーを呑み込む所だった。

「往路で派手にやらかしたからって‥‥非武装の救急車と護衛にこれだけの戦力をぶっこむか!?」
 大きく悪態を吐きながら、我斬は振るわれた鉤爪を横にかわした。斬り返す。手傷を負った『獣人』は鳴きながら後ろへ下がるも、すぐに新手が現れて‥‥キリがない。
 ユタ州都近辺とその北方にばら撒かれているキメラは、南方より迫る『軍団』とは違って統率が取れていない。‥‥砂糖に群がる蟻と一緒だ。
「くそっ、まだ止めを刺しちゃいないってのに‥‥!」
 源治が歯軋りする。目の前には、ガクリと傾きつつも健在な甲虫の姿。次々と迫る『獣人』を運転席から電磁波で焼きながら、源次も大きく舌を打った。
「もういい、六堂! 相手をするだけ時間の無駄だ!」
 甲虫に止めを刺せぬ悔しさに身を震わせながら──それは救急車がこのルートを使えなくなる事を意味する──源治は敬愛する兄弟分の言葉に頷いた。迫り来る『獣人』たちに牽制の銃撃を加えながら、我斬と源治は背中合わせに後退する。
「イーグルアイよりホワイトロック。ルートB16レッド。ホワイトロックはB13からC16への迂回ルートへ回れ」
 車内から引っ張ってきたマイクに純一が叫んだ。我斬と源治の乗車を確認すると、進路上に連続で擲弾を撃ち放つ。源次はギアを入れ替えると、そこ目掛けて思いっきりアクセルを踏み込んだ。
「ホワイトロック。こちらイーグルアイ。これより合流する。現在位置を報せたし‥‥」
 とりあえずの危機を抜け、ホッと息を吐く純一の視界に。進路上で横転し、炎上するトレーラーの姿が飛び込んできた。物資輸送の途中に襲撃されたのだろうか。ともかく、白地図にはない新たな障害物でその道は閉じられた。
「‥‥っ! メイデイ! ルートB15レッド! 繰り返す! B15コードレッド‥‥!」

 先行班が開拓したルート二つが使用不可──
 レナは白地図に情報を書き込みながら、状況をダンに報告した。‥‥復路は、敵情の知れぬ道となる。
「アルバトロスよりホワイトロック。前に出る。ちゃんとついて来いよ?」
 暁より通信。道路上にワラワラと現れ始めた『獣人』に柳樹が銃撃を開始する。
 不安そうなレナに、AU−KVで併走するミスティがフッと笑った。あ‥‥とレナが呟くその間に。AU−KVはバイク形態からアーマー形態へと移行。疾走しながら、前方より飛び出してきた獣人をその盾で押し弾く。
「ルート選定、ぐずぐずするな!」
「は、はいっ!」
 ダンの叫びに弾かれた様にレナが地図へと視線を落とす。選んだルートは、オグデンまでなるべく一直線に突っ走るルートだった。
「ルートB14からA41へ入って下さい。恐らくこれが最善です」
 断言するレナ。ダンは反論しなかった。

 ルート変更の為、ゆっくりと角を曲がる救急車。
 患者が乗せてドリフトなど出来る訳もなく‥‥そして、速度が落ちたそこを、連中は見逃さなかった。
「‥‥っ、何さぁっ!?」
 バンッ、と背後に感じた衝撃に、柳樹は慌てて振り返った。角の雑居ビルから降って来た『獣人』が、高機動車の屋根に飛び乗っていた。
 顔が引きつる。重機関銃の射界は前方のみ。爪‥‥は装備が間に合わない。とっさに引き抜いた照明銃、それを目の前の敵に向けようと‥‥
 ガンッ、という音と共に。ルーフに引っ掛けた照明銃が、ポトリと車内に落っこちた。
「ピッ、ピンゾロぉ〜!?(←悲鳴)」
 鉤爪を振りかざして迫る獣人。直後、横合いから飛んできたちっちゃな何かがそれを思いっきり蹴っ飛ばした。
「桜さんっ!? たっ、助かったさぁ‥‥!」
「良いから銃撃を続けるのじゃ! 前からワラワラやって来るのじゃ!」
 落ちた敵には見向きもせず、救急車の屋根に取り付いた獣人を拳銃で狙撃する。多少の流れ弾はご愛嬌。撃ち落とせなければ、それで『詰み』だ。
「暁っ、救急車に連絡! 2台の針路を固定するのじゃっ!」
「針路固定‥‥了解っ!」
 桜の叫びをそのまま救急車へと復唱する暁。ハンドルを固定して‥‥側面から運転席目掛けて飛びかかってきた獣人を銃でとっさに迎撃する。
「‥‥銀の弾丸でも用意しておくんだったよ!」
 軽口を叩く暁。視線を前方に戻し‥‥道路上に位置する複数の獣人の姿を目の当たりにする。回避は‥‥間に合わない!
「このままぶつける! 衝撃に備えろぉ!」
 叫び終わる時には、敵は目前に迫っていた。しっかりと目を見開き、ハンドルを握る暁。屋根上では、柳樹が桜をがっしと抱え上げ‥‥
 激しい衝撃と、煌くフォースフィールド。車体をひしゃげさせながらも、1号車は敵中を突破した。

 前方のビルの陰に潜むその甲虫は。瓦礫から身体をはみ出させながら、その砲身を道路へと向けていた。
 恐らく、眼前を救急車が通過するのは一瞬だ。『砲撃』したとて当たるかどうか‥‥いや、それ以前にこちらに気づいているかも怪しい。だが、もし、気付いていて、撃って、命中すれば‥‥それで全て終わってしまう。
 だから。
 万に一つの可能性をつぶす為に。ミスティは『竜の翼』でもって、その身を前へと進ませた。
 目の前に現れた敵影に甲虫が肝を潰したか、慌てたようにその砲口が揺れる。『竜の鱗』。守るのは、ホンの一瞬。救急車が通過する僅かな間だけでいい‥‥
 衝撃がミスティの全身を打ち据えた。かざした盾を貫通した礫弾が装甲に激突して砕け散る。
 衝撃を殺しきれずに吹き飛ぶミスティ。だが、装甲車両すら破壊するその一撃を受けてなお、AU−KVの装甲とその身に埋め込まれたエミタはミスティの命を守っていた。
 走り去る装甲救急車。それを微笑で見送って‥‥ミスティはその身を起き上がらせて離脱する。
 派手に装甲をひしゃげさせたAU−KVに、同じく、ボロボロになった1号車が横に並ぶ。
「‥‥オグデンまで乗ってくか?」
「ありがとう。でも、まだ私は走れるから‥‥」


「ああ‥‥もう車はコリゴリだ‥‥次はヘリだ。ヘリがいい」
「や、約束どおり、無事に帰ってきたのじゃ‥‥おやつは奮発してもらうのじゃ‥‥」
 患者の搬送を終えた能力者たちは、その身を待機室のソファに突っ伏した。
「人一人運ぶのにも一苦労だな。非効率な事だよ、まったく」
 我斬がそう悪態を吐く。だが、MATの様な活動をする人がいるからこそ、俺たちは戦える‥‥
「レナもお疲れ様。紅茶でもどうだい? 熱いから気をつけてな」
 テーブルに人数分のカップを用意してポットを掲げる純一。レナの隣りに座ったミスティは、無言でその相伴に預かる。
「ちなみに、ヒヨッコってのは、ヒヨコじゃなく雛鳥の事だ」
 そっと耳元で囁く純一の言葉に、レナは赤面して咳き込んだ。オチを取られた格好のダンは苦笑を浮かべて立ち上がる。
「‥‥まぁ、初陣にしては良くやった」
 ニコリともせずに去るダンと、満面の笑みを浮かべるレナ。源次は一人頷いた。
「リンケ隊長の見立てに間違いはなかった、って事だ。レン、気負いすぎず、出来る事を確実にな」
 風が無ければ綿毛だって飛ばない。呟く源次を「イカスゼ、兄弟!」と源治が混ぜっ返し‥‥待機所に紅茶の香りと笑いが満ちる。
「この雰囲気‥‥やっぱり、どこか懐かしいさぁ」
 巨体をゆっくりソファーに沈め、柳樹は小さく息を吐いた。