●リプレイ本文
●ブラッディ・小雛組
再度の空襲警報と、滑走路修復妨害の為と思われるキメラ『ハーピー』の降下。KVによる要撃を終えてようやく地上へと戻った能力者たちは、休む間もなく、すぐにその対応に追われる事となった。
「さぁぁて、思う存分暴れさせてもらうぜベイベェ! ショーぉうタイムだぁ!」
雄叫びを上げるように叫びながら、ブラッディ・ハウンド(
ga0089)は掩体壕を飛び出した。その様はまるで鎖を解かれた猛犬のようだ。恍惚にも似た下品な笑い声。全身に刻まれた刺青が、淡く、赤く、光を浮かび上がらせる。
その後を追うように、隻眼の女剣士・鷹司 小雛(
ga1008)もまた滑走路へと駆け出した。状況を確認する。降下したキメラは8体。滑走路全体に満遍なく散らばるように下りていた。‥‥厄介な事になった。この広い戦場で、空を飛ぶ敵を相手に、無数の非戦闘員を抱えて戦う破目になるなんて。
その矢先、地表を掩体壕目指して逃げてくる工兵たちの集団に、ハーピーが上空から突っ込んだ。工兵たちに為す術はない。空中を羽ばたきながら、ハーピーが次々と工兵をその鉤爪にかける。それはまるで水面の魚を啄ばむ海鳥のようで‥‥小雛は唇を噛み締める。
ブラッディの笑い声が止まった。同時に、その姿も掻き消える。溢れ出る殺気すらも押し込めて、水面を飛ぶ石のように疾走する。
殺戮に酔うキメラは、自らの背後に現れた影に気付かなかった。大地を蹴り、鋼鉄の鉤爪を振りかざして跳びかかるブラッディ。それはまるで、水鳥に襲い掛かる猛禽のようだった。
背中を切り裂かれ、金切り声の悲鳴を上げながらハーピーが空へと逃げていく。それを目で追いながら、ブラッディは鼻で笑った。
「ふん。今度はこっちが狩る番だぁぜ」
唇の端が笑みに歪んだ。
その頃、小雛は、別の工兵集団を襲うキメラの前に立ち塞がっていた。
今にも工兵を引き裂こうとしていたハーピーに、駆け寄る勢いもそのままに身体をぶち当てる。バランスを崩し、獲物を捕らえ損ねて上昇していくハーピー。よかった。何とか間に合った。犠牲が出るのは避け様がないが、一人でも多く助けたい。
そこへ、怒りの金切り声と共にハーピーが襲い掛かってきた。
雷光の様に降りかかる急降下攻撃。それを小雛は刀の入ったままの鞘で受け止める。抜刀。シャランと小気味良い音を立てて鞘走る『ひばり』の刀身が、淡く、赤く、発光する。そのまま円を描くように回される剣先の軌跡。強かに斬りつけられたハーピーは、驚いたように慌てて空へと逃げていった。
小雛を難敵と感じたのか、キメラはそのまま下りて来なかった。未練がましく上空を二、三回旋回した後、他の工兵を襲うべく移動していく。小雛はチラとブラッディの方に目をやった。大分離れてしまっていた。これでは連携など取りようがないが、工兵たちの命を優先した結果だ。仕方がない。
小雛は、キメラの血の付いたままの剣先を振るい、掩体壕を指し示した。
「皆様方、今の内に早く壕の方へ!」
凛とした小雛の声に、周囲の工兵たちから歓声が沸き起こった。
ブラッディと小雛を強敵と断じた二匹のハーピーは、その後、二人を避けて飛びながら工兵を襲おうとした。二人はそれを追う様にしながら、近場の工兵たちを護衛する。キメラはそれを振り切ろうとするも、二人は喰らい付いて離れない。それどころか、隙あらば工兵を襲いに下りて来た所を襲い掛かった。
結局、戦闘終了まで、二人は二匹にかかりきりとなった。だが、同時に。その二匹による工兵の犠牲者は、その後一人も出なかった。
●一平・ロンド組
風祭一平(
ga0120)と天上院・ロンド(
ga0185)の二人組は、遊撃として掩体壕に待機していた。キメラのリアクションに即応する為だ。
「ったく、のっけからこの騒動かよ‥‥ま、今のご時世じゃしょうがねぇけどさ」
舞い降りるキメラを遠くに眺め、一平少年は自分に言い聞かせるように呟いた。その拳が微かに震えていた。
それをロンドが目に留める。‥‥無理もない。一平は今回が初仕事。生身でキメラと‥‥人外の化け物とやり合うのは初めてだ。
ロンドは、一平の肩にぽんと手を置いた。
「今日はよろしくお願いしますよ。前衛はグラップラーであるあなたにお任せします」
「おう! あんなキメラ共、とっとと片付けてやろうぜ!」
思いの外元気な返事に、ロンドは多少驚いた。一平の拳が震えていたのは、緊張でも怯懦でもなく、ただ怒りの為だった。
遊撃班の動く機会はすぐに来た。避難する工兵たちを護衛するブラッディと小雛。その手の回らぬ滑走路上、逃げ遅れた工兵たちを、1体のキメラが襲っている。
もう我慢できないという風に一平がロンドを振り返る。ロンドは静かに頷いた。
「うおぉぉぉ‥‥っ!」
炎のような紋様を浮かび上がらせ、雄叫びを上げて突進する一平。一人の工兵に止めを刺そうとしていたハーピーが、その勢いに振り返る。
突っ込む。爆撃痕の淵を蹴り、宙で羽ばたくハーピーに鉤爪付きの拳で殴りかかる。慌てて上空へと退避するハーピー。そこへロンドがライフルで銃撃すると、ハーピーはさらに距離を取る。
そうして稼いだ貴重な時間で、ロンドは工兵たちに呼びかけた。
「大丈夫ですか? 早く合流された方がいいですよ」
新しい弾倉に交換しながら、ブラッディと小雛が守る集団を指に指す。工兵たちは礼を言い、慌てたように駆けていった。
一平とロンドの二人は、そのキメラを引きとめる事に成功した。だが、それは、決して肯定的な事態を意味しなかった。
殴りかかる一平の拳を躱し、逆に鉤爪を振り下ろすキメラ。避け切れず、ファングで辛うじて受け止め‥‥パパッ、と地面に一平の血が降り落ちる。
キメラ『ハーピー』は強敵だった。特に攻撃が重いわけでも、打たれ強いわけでもない。ただ機動力を活かして確実に攻撃を当ててくる。
「クッ‥‥!」
慌てて一平が距離を取る。追撃。防御しようとした血塗れの腕を掻い潜り、鉤爪がケブラーの上から抉るように一平の身を削った。
そのまま止めを刺そうとするキメラ。そこへロンドが銃弾を送り込む。怒りの声を上げながら、ハーピーがその矛先を瀕死の一平からロンドへと向ける。
距離を詰められるのは一瞬だった。
「‥‥!」
辛うじてロンドは、その一撃を銃で受け止めた。跳ね上げられる小銃。ロンドは跳び退さりながらハンドガンのホルスターに手を伸ばし‥‥! 抜く間もなくキメラが眼前に迫っていた。死を意識したその一瞬、キメラの足がガクリと止まる。
その足首を、倒れた一平が掴んでいた。
「‥‥行かせない。前衛を任されたんだよ、俺はっ!」
雄叫びを上げながら、ロンドは抜き放った拳銃を至近距離から撃ち放つ。ハーピーは溜まらず一平の手を振り切ると、血を撒き散らしながら戦場を離脱していった。
その背に弾が無くなるまで引鉄を引き続け‥‥やがて静かに銃を下ろした。
「悪い‥‥ザマァないな、これじゃ‥‥」
呻く一平に、ロンドはそんな事はないと首を振った。肩を貸し、掩体壕へと向かう。これ以上の継戦は無理だった。
小さく、一平の口が動いた。次は負けない。吐息の様な小さな声が、ロンドの耳に届いていた。
●リディス・キーラン組
逃げ回り、混乱する戦場にあって、ただ一台、ロッテ・ヴァステル(
ga0066)が運転するトラックだけが、敵に向かって疾走していた。
キメラから逃げてきた工兵からリディス(
ga0022)が『徴発』したもので、2500mもある滑走路を素早く移動するには欠かせない足だった。
「後席、しっかり掴まってなさい。飛ばすわよ!」
ロッテが叫ぶ。勿論、小さなトラックに後席はない。あるのは土に汚れた荷台だけだ。
返事も待たずにロッテはアクセルを踏み込んだ。咆哮するエンジン。公道を走るときには考えられない速度でトラックが加速する。路上に開いた爆撃痕や逃げ惑う工兵たちを、ロッテが軽快なハンドル捌きでかわして行く。
「‥‥はわ!?」
「おっと」
荷台の上。重力に振り回されてバランスを崩した幸臼・小鳥(
ga0067)を、キーラン・ジェラルディ(
ga0477)が背に手をやって支えてやった。
「はう‥‥ありがとうございますぅ」
「どういたしまして」
にっこりと大人な笑みを浮かべるキーランに、さすが紳士の国の人だ、と小鳥が顔を赤くする。もっともそれは『日本人=サムライ』と同じ位怪しいレッテルに過ぎないのだが‥‥リディスが微妙に生温かい目で見守っているのに気が付いて、キーランは困った様に苦笑した。
「アレ、と‥‥あれ。あの二匹を私たちで頂きます」
「了解。さっさと『掃除』してしまいましょう」
最も近いキメラに向かって、荷台の上の三人が一斉に照明銃を撃ち放った。白い煙の尾を引きながら飛んでいった照明弾がパッ、パッ、と空中で白く燃える。元々、命中精度など無きに等しい代物だ。ただ、一瞬でもキメラの気を引ければ、その分工兵の犠牲者が減る。
減速したトラックの荷台から、リディスとキーランが後ろ向きに飛び降りる。ゴロリと前転して衝撃を殺し、そのままの勢いで走り出す。
「行くぞ、キーラン。天使とダンスを踊るのは私たちだけで十分だ!」
気が付いた時には、リディスの髪は銀から漆黒になっていた。覚醒したリディスが乱暴に‥‥いや、少々ワイルドになるのはいつもの事だ。
「さて。お前たちの相手はこちら、ですよ?」
輝くキーランの銀色の瞳。キメラから見てリディスと反対の方向に走りながら、アサルトライフルを撃ちまくる。あわよくば羽の付け根を撃ち抜くように、だが、最大の目的はこちらにキメラの注意を引き付ける事だ。
自らの力場を打ち破る狙撃手の登場に、キメラの注意がキーランへ向く。その一瞬で、リディスはキメラの懐に飛び込んだ。
組み付く。最初の一撃で羽を貰った。暴れまわるハーピー。転がされ、叩き付けられ、鉤爪で身を削られる。だが、それでも、リディスは掴んだその腕を放さなかった。体を入れ替え背後を取る。その首に腕を回し、あらん限りの力を込め‥‥
「リディス、大丈夫ですか?」
気が付けば、キーランがこちらに手を差し伸べていた。腕の中のキメラはもう動かなかった。
リディスはキーランの手を取ると、立ち上がり、上空を舞うもう一匹のキメラを見上げた。
「‥‥下りて来ないな」
「きっと、リディスが怖いんですよ。‥‥冗談抜きに言えば、工兵を襲う機会を狙っているんでしょう」
「ふん。下りて来たら、また首をへし折ってやるさ」
不機嫌そうに呟くと、リディスは生き残りの工兵たちを付近に呼び集めた。
まだまだこれから、掩体壕までの長い護衛行が待っているのだった。
●ロッテ・小鳥組
滑走路の一番奥。最も遠方に向かった組が、ロッテと小鳥の二人だった。最も遠いという事は、最も時間がかかるという事であり‥‥つまりは、最も工兵たちに犠牲が出るという事だった。
「ロッテさん! 工兵さんたちが‥‥!」
その惨状に、小鳥は声を震わせた。
大空を優雅に舞い、振りかかってくるハーピー。その姿はまさに大空の狩猟者だ。逃げ惑う工兵は獲物の群れ。そこには、遥かな太古から地球上に存在する弱肉強食の掟があるだけだった。
ギリッ‥‥と、ロッテの奥歯が鳴っていた。自分たちはここに最速で到着した。出来うる限りの早さでここに来たのだ。だから、これは避けられなかった惨劇。だが‥‥
「人の命は唯一無二‥‥代わりなどないの。工兵たちの命を奪わせない。その為にここまで駆けて来たというのに‥‥」
その時、パン、パン、パン、とロッテの頭上で発砲音がした。生き残りの工兵を襲うキメラを小鳥が牽制しているようだった。たとえ当たらなくても、工兵の側から追い払えれば十分だった。
「ロッテさん! あっちの工兵さんが危ないです!」
小鳥の声に、ロッテは冷静さを取り戻した。なんだろう。らしくない。多少の苛立ちを感じながら、運転席のドアを蹴り飛ばす。
「行くわよ、小鳥。まだ私たちに助けられる命がある」
それまで、この戦場にあって、彼等に敵する者などいなかった。
殺戮は容易であり、まるで草でも刈るように人間たちは彼等の爪にかかって死んでいく。
だからこそ、そのハーピーは。遠く‥‥そう、ライフルの射程ギリギリの所に、毛色の変わった人間がいる事にも気付けなかった。
パァァン! 音と、衝撃と、鉛玉とがそのキメラを弾いていた。地に堕ちる。キメラは空へ逃げようともがき続けるが、片羽に大穴を開けられてはそれも叶わない。
「羽さえ潰せば‥‥もう怖くなんかないですぅ!」
光の羽を背負った小鳥が叫ぶ。
そして、次の瞬間には、キメラは致命的な距離にまでロッテの侵入を許してしまっていた。
狩る者から狩られる者へ。蒼髪白瞳の死神に、キメラは死に物狂いで爪を振るう。それをスルリとすり抜けて、ロッテは軍用ナイフをキメラの喉元に叩き込んだ。
そのままクルリと後ろに回り、顎を掴んで両腕を引く。
宙を舞う鮮血。倒れ、動かないキメラを前に、頬を微かに赤らめたロッテがふぅ、と息を吐く。
命を助けられた工兵たちは、その姿に美を感じつつ、それ以上の畏怖に囚われ沈黙した。
●戦闘終了後
「結局、3匹には逃げられましたか‥‥」
負傷者のズラリと並ぶ掩体壕から外に出て、リディスは銜えた煙草に火を点けた。
あの後、掩体壕へと避難した工兵たちは、補給を終えたKVの護衛を受けて滑走路の修復を再開した。生き残っていたハーピーは再び妨害を仕掛けてきたが‥‥最初の一匹がKVの20mmであっけなく粉々になってしまうと、一目散に逃げていった。
そして今も、KVによる護衛の下、滑走路の修復は続けられている。今の時間はロッテとブラッディと小雛が護衛についているはずだ。交代の時間が来れば、リディスも護衛に立つ事になる。‥‥もっとも、キーランのように、休憩時間中も滑走路修復を手伝うようなマメな者もいるわけだが。
「他に怪我をされている方は‥‥もういませんかぁ〜?」
小鳥が怪我をした工兵たちを治療して回っている。リディスが工兵たちに渡した救急セットも何人かの命を救ったようだ。
深手を負っていた一平は、応急処置を受けると早速、滑走路の修復の手伝いに出て行った。元気な事だ、と、掩体壕の中でロンドは苦笑する。
やがて、基地のスピーカーが、明るい声で滑走路修復の完了を告げる。工兵たちの間に沸き上がる歓声。すぐに滑走路上から機材やら何やらを引き上げる。
「KVは直ちに発進準備。敵編隊接近の恐れあり。繰り返す‥‥」
続けて流れる警報。基地が再び慌しさを取り戻す。
「やれやれ。忙しい事です。煙草一本吸う暇もない」
滑走路上にいたKVが、戦闘機形体へと変形して滑走を始める。
リディスは煙草を踏み消すと、掩体壕の愛機へと駆けていった。