●リプレイ本文
陽光が、凪いだ海をキラキラと照らしていた。
緩やかな曲線を描く水平線は遥かに遠く、顔を出した太陽が払暁の闇を朝焼けに染めていく。満天の空を覆うは朱から藍へのグラデーション──今、この時、神々しさすら感じさせるこの瞬間に、いったいどれだけの空が戦場になっているのだろう‥‥
「どうしたの? 高度が落ちているわよ?」
レシーバー越しに耳朶を打ったリディス(
ga0022)の声に、アグレアーブル(
ga0095)は人知れず我に返った。いつの間にかディスタンの腹が見えている。アグレアーブルは操縦桿を軽く引くと、ウーフーを同高度まで上昇させた。
「すみません。センサーには未だ反応ありません」
ロッテを組むリディスに答えながら、中和装置が敵のジャミングを弱めているのを確認する。完全とは言えないが、味方機のレーダーや照準補助器は十分役目を果たせるはずだ‥‥
「‥‥綾嶺じゃ。敵編隊を見つけたのじゃ!」
最初に敵を発見したのは、中高度を飛んでいた綾嶺・桜(
ga3143)だった。バディを組む南部 祐希(
ga4390)が桜機の前に出てミサイルの安全装置を解除する。敵編隊の機数は6。中型2機を含んでいた。
「こちら、南部。これより遅滞戦闘を開始します」
「了解。こちらも確認しました」
アグレアーブルが敵の相対的な位置を味方機に通達する。接敵までの余裕は余り無かった。
「中型を含む6機。間違いないな!?」
「急行する。それまで堪えてくれ」
アグレアーブルたちと同じく、高高度待機の緋沼 京夜(
ga6138)と榊兵衛(
ga0388)が即座に降下を開始する。翼を翻して逆落としに落ちていく兵衛の雷電。その後ろを、ブーストを点火した重装備のディアブロが共に眼下の敵へと突進していく。
同様の情報は、低高度索敵中のツァディ・クラモト(
ga6649)、飯島 修司(
ga7951)のペアにも届いていた。
「早起きは三文の徳って言うが、随分と気合の入った襲撃だな。偵察機は撃墜、俺たちは寝起きを駆り出され‥‥二文もくれてやれば十分だろ。これ以上の駄賃は御免被る」
「‥‥ですね。或いは、連中、焦っているのかもしれませんよ。特にここいらの局地戦では負けが込んでいるようですし」
綺麗に翼を並べたワイバーンとディアブロが揃って上昇を開始する。低高度を飛んでいた2機は、位置エネルギーを速度に転換できない。宗教画のような空を背景に飛ぶ敵編隊、その高みに昇るまでは幾らか掛かる。
「さて。私たちも行くわよ」
「待って下さい。報告にあった小型は8機‥‥残り4機の所在が不明です」
通常、爆撃機型は、発見され難い低空か迎撃機の上昇に時間がかかる高高度から進入する事が多い。今回の中高度進入は『針鼠』の火力を最大限発揮する為だろう。
その『針鼠』は『子持ち』の後方に直衛配置され、弾幕の死角となる前方には小型ワームが4機、立方陣で対角配置されていた。敵は飽く迄も『子持ち』を守る構えのようだ。だとしたら‥‥
「‥‥いました。同高度、11時方向。敵小型4機」
ウーフーのセンサーが、雲の切れ目に見え隠れする敵影を捉えた。恐らく、編隊攻撃中に上空から奇襲するつもりだったのだろう。
「やらせませんけどね‥‥先制する。援護を」
バカンスを潰したツケは払って貰う。そんな事を呟きながら、リディスが照準器のモードをスナイパーライフルへと切り替えた。
照準、発砲。直撃を受けた敵先頭機が体勢を崩し──
廃莢、装填。射程に入った新たな敵へと続けざまに撃ち放ち──直後、照準器の向こうの敵が、微かにブレた。
「外れた‥‥? いや、避けられた?」
瞬間、リディスは何の根拠も無しに確信した。偵察機を殺ったのは、こいつだ、と。
「‥‥偵察機撃墜時の状況から、高機動か長射程の敵がいると推測できます。恐らく‥‥」
「ああ。こいつは‥‥エースだ」
続けて放った次弾もかわし。エース機を先頭にした4機編隊は、リディスたちを取り囲む様に大きく展開した。
●
先制は、長射程を誇る敵編隊から行われた。
小型機がその間隔を広げ、『子持ち』がプロトン砲を撃ち放つ。そのエネルギーの奔流を祐希はクルリとロールだけで回避すると、その照準器に敵を重ね合わせた。
「少し前までHワームと絶望は同義でしたが‥‥そんな時代はもう終わった、と見せつけてやりましょう」
「まったくじゃ。ここより先は通行止めじゃ!」
真正面に映る敵を睨み据えて桜が呟く。新品同様に輝くその雷電は、新機体の初陣という事で友人の響 愛華が整備兵たちに交じってワックスがけを行ったものだ。結局、緊急出撃の所為で(照れながら)文句を言う暇も無かったが‥‥出撃できなかった愛華は今、ビアク島基地に残っている。
「絶対に、行かせぬのじゃ」
決意を込めて呟きながら、胸元の御守りをギュッと握る。ロックオンの完了を報せる電子音が鳴り響き、桜は引鉄を引き絞った。
祐希機と桜機の翼下から切り離された誘導弾が敵目掛けて突進する。だが、同時に。敵小型機からもキラリと何かが分離され、白煙と共に突っ込んできた。
護衛についた小型4機は、バグアのミサイル搭載型だった。
「なんじゃと!?」
すれ違う互いのミサイル群。こちらに倍する数の誘導弾が桜と祐希に襲い掛かる。索敵の為に分散せざるを得なかった傭兵たちと、突破の為に戦力を集中させた敵編隊。この僅かな時間、敵の火力は能力者を優越する。
「回避っ!」
叫んで、祐希は跳ねる様に機体を急旋回させた。後を追うミサイル群。桜は重い機体を推力に任せて上昇させると、捻りながらループをうつ。追ってきたミサイルが周囲で爆発し、破片と振動が機体を揺さぶった。
その時、一際大きな爆音が響き、桜は風防越しに敵編隊を見下ろした。桜と祐希が放ったミサイル群が1機の小型機に直撃、爆砕したのだ。だが、それでも敵は編隊を崩さず、その歩みを止めることも無い。
「やはりこれ位では止まりませんか‥‥突っ込みます。味方が来るまで何とか足を止めないと」
「なんじゃと!? おい、無茶はよせ!」
細かく針路を変えながら敵編隊に向かって一気に斬り込む祐希のディアブロ。止めようとする桜機にフェザー砲を撃ち放つ小型機が迫り‥‥桜は舌打ちして回避機動を取ると、誘導弾に次々と点火しながら対戦車砲を撃ち放った。
一方、敵編隊に肉薄した祐希機は、脱落した機がいたスペースから敵陣へと突っ込んだ。迫る中爆。祐希は機体を縦にすると敵に対して『刃を立てた』。
強烈な擦過音と目が眩む程の激しい火花。それでいて滑らかに、ソードウィングが『子持ち』の装甲を切り裂いていく。機首から真一文字に刻まれた切り口。そこに小爆発が連なった。
「やった!?」
確認する暇は無かった。続けて現れるガンシップ。その針鼠のように配された砲口から一斉に拡散フェザー砲が撃ち放たれる。視界を眩く染め上げる光の網。祐希は機体を降下させると全力でそこから離脱した。
「なんて弾幕‥‥この機体で避け切れないなんて」
機を水平飛行に戻しながら祐希が呟く。敵編隊は、未だその速度も高度も落ちずに健在だった。
「灼熱の雨だ――燃え尽きろっ!」
照準機が眼下の敵全てを捉えるのと同時に、京夜は待機状態にあったK−01を一気に解き放った。
機体各所に取り付けられたランチャーの射出口からカバーが弾け飛び、無数の小型ミサイルが一斉に撃ち出される。3桁を数える膨大な数の誘導弾が文字通り雨の様に敵編隊に降り注ぎ、その悉くを爆炎で包み込んだ。
「もう一つ!」
再び放たれる灼熱の雨。アグレッシブフォースで威力を上げたその嵐の如き猛攻は、桜と交戦中だった1機を背後から巻き込んだ。回避に走る敵。だが、一度命中して体勢を崩したが最後、無数の小ミサイルに次々と喰らい付かれて爆砕する。
ふわりと浮かぶ京夜機の横を、兵衛の雷電が通り過ぎた。装備したG放電装置が淡く光を放っていた。
(「4機──まだ戦力は少ないが、今回の仲間は皆ライトスタッフだ。時間さえ稼げばどうとでも‥‥!」)
爆煙の中から姿を現す中爆に兵衛が放電を開始する。敵機の周囲で帯電した空気がバチッと弾け、やがて無数の雷蛇となって機体を這い回る。だが、敵は動じる事無く前へと進み続けた。
なんて奴だ、と内心舌を巻きながらも、兵衛は冷静に武装を8式螺旋弾頭ミサイルへと切り替えた。目標後方の『針鼠』から、プロトン砲よりも『鋭利』な印象の怪光線──ポジトロン砲が激しく対空砲火を打ち上げる。擦過し、装甲を削り取る激しい弾幕。ふとそれが軽くなった。
「『針鼠』は引き受ける。ま、チクチクとやってる間に『子持ち』を落としちゃってくれ」
低高度からブースト全開で上昇してきたツァディのワイバーンが、最大有効射程でミサイルを切り離した。2発、3発‥‥撃ち放たれた高速の誘導弾は次々と『針鼠』に激突、爆発する。それは表面のフェザー砲を何門か薙ぎ倒し‥‥しかし、それを圧倒する数のポジトロン砲がお返しとばかりに咆哮する。
撃ち放たれた弾幕から、ツァディの『空駆ける猛犬』はその速度を活かして一気に離脱した。そして、またクルリと戻って再び最大射程で攻撃を繰り返す。大空に描かれる無数の8の字。『針鼠』に纏わり付くように、ツァディは確実に攻撃を当てていった。
一方、修司のディアブロは、小型機と砲撃戦を繰り広げる桜と祐希とに合流していた。
「まずは数を減らします。この残った小型2機を片付けてしまいましょう」
修司はそう告げると、機首を翻して敵を挟むように回り込んだ。その機動に戸惑い、機体を揺らす敵。そこへ祐希が誘導弾を撃ち放ち──散開して回避行動に移る2機の間に、修司はガトリングで弾幕を張りながら機体を割り込ませた。分断され、孤立した1機に修司と桜が纏わり付く。
「ええい、さっさと落ちるのじゃ!」
ガン、ガン、ガン、と連続で撃ち放たれた高初速砲弾が装甲を抉りへこませる。桜機へと砲口を向ける敵ワーム。その背後を修司が取った。
「まずひとつ」
修司機のリニア砲から弾体が超高速で射出された。プラズマ化した導体が炎となって迸り、衝撃波が炸裂する。弾体はワームの装甲を容易く貫き、激突した機体内部で爆発した。
「こっちに来る『針鼠』の砲撃の内、半分は引き受ける。頼むぜ。早くやらないと俺が墜としちまうからな」
そう兵衛に告げた京夜が突撃する。『針鼠』にロケット弾をばら撒きながら、わざと腹を見せる様に横切り敵の射撃を集中させる。その無茶ぶりに兵衛は苦笑して‥‥螺旋弾頭弾を『子持ち』へとロックした。
「悪いがここから先へ行かせるわけにはいかないのでな。暫し俺たちの下手なダンスにでも興じてくれ」
ドリル状の弾頭を激しく回転させた誘導弾が翼下から切り離される。放たれた螺旋弾は激突した『子持ち』の装甲を喰い破り、内部に潜り込んで爆発した。
迎撃開始より2分──
京夜機の剣翼に切り裂かれた小型機が、小爆発を繰り返しながら背後の『子持ち』へと激突した。
それがとどめとなったのだろう。無数の実体弾に乱打されて装甲をひしゃげさせ、数多くの螺旋弾に穴だらけにされながらも進攻を続けてきた爆撃機型は、力尽きたかのようにガクリとその機首を下げると、ゆっくりと回転しながら海面へと激突。爆発し、巨大な水柱を上げて空と海とを震わせた。
これで残るはガンシップ1機。だが、『針鼠』が進路を変える気配はない。‥‥確かに、あれだけの火砲で撃たれれば、基地は尋常ならざる被害を受けるだろう。
「誰か。まだ螺旋弾頭ミサイルを残している者はいるか?」
最後の誘導弾を撃ち終えた兵衛が皆に呼びかける。『針鼠』に有効そうな武装はそれで撃ち止めだった。ガトリングやソードウィングで近づくのは危険だ。今の状態でもし火力を集中されたら、恐らく走馬灯を見る間もなく蒸発する。
「Aフォース抜きで良いなら、まだ集積砲が使えるぜ?」
「同じく。発射速度は遅いですが、リニア砲ならまだいけます」
京夜と修司が声を上げる。能力者たちの決断は早かった。
「2機をアタッカーとし、他は囮となって砲撃を引きつける。これを最後の攻撃としよう」
一斉に散開し、全方位から降下を始める能力者たち。無数の黒煙を棚引かせる敵は既に青息吐息。だが、以前と変わらぬ弾幕でもって、傭兵たちの攻撃を撥ね退ける。
「そんな急ぐなよ。もう少し付き合ってくれ」
ブーストをフルに使用したツァディ機が空中を跳ね回るようにして光の弾幕を後置する。全方位からの攻撃に対空砲の密度は薄く広がり、その隙を衝いて正反対の方向から京夜機と修司機が突っ込んだ。
2発ずつの命中弾を与えた京夜機と修司機が敵機上空で交差する。一瞬、砲火を沈黙させて‥‥『針鼠』は機体のあちこちから炎を噴出させながら、直後、巨大な火柱となって爆発した。
●
「‥‥リディスさんっ!」
アグレアーブルの合図と共に、ウーフーの放電装置が雷の網となって1機のHワームを捉えた。無数の放電が纏わり付いて小爆発を誘引する。リディスはその1機に、使わぬと決めていた螺旋弾頭ミサイルを2発、叩き込んだ。
激しく火花を散らして螺旋弾が敵中へと入り込む。ベコン、と機体が大きく膨らみ、次の瞬間、巨大な火の玉となって敵が爆発する。その爆炎の向こうから姿を現す敵ワーム。その機動からエースだと直感して、操縦桿を倒し込みフットバーを蹴り上げる。グルリと回転する機体、風防の向こうを怪光線が行過ぎる。
(「まず1機‥‥!」)
大きく機体を旋回させながら、アグレアーブルは周囲に視線を走らせた。激しく戦闘機動を繰り返すリディス機。敵のエース機がその周りをあり得ぬ機動で跳ね続ける。呼び掛けても返って来るのは無線をon・offする音だけ。声を出す余裕も無いらしい。
翻って我が身を顧みれば、後方より追い縋る2機の小型ワーム。これまで自分が生き残れたのは、支援機でありながらかつての愛機を凌ぐ機動性と耐久性を見せるウーフーのお蔭だった。
(「いい子ね。貴方とは上手くやっていけそう。‥‥ここを生き延びられたら、だけど」)
その時、一際大きな爆発音が衝撃波となってセンサーを震わせた。レーダーから光点が一つ消える。中高度の敵が残らず堕ちた瞬間だった。
気がつけば、後ろを追っていた2機の姿が消えていた。きょとんとしながら、水平飛行に移行したリディス機の横につける。レーダーには、撤退していく3機編隊の姿が映っていた。
「鮮やかな引き際ね‥‥もっとも、こっちには追撃する余裕も無いけれど」
それでも。別働隊を引き付けて生き残る事が出来たのだ。生き残ればまた次がある。それは御の字というものだろう。
UPC軍ビアク島基地に来襲した敵編隊は、中型2機を撃墜されて撤退した。
滑走路と基地施設に被害なし。損害は‥‥運の悪い偵察機ただ1機のみだった。