●リプレイ本文
「ゆっくりシャワーも浴びてられない!」
再び鳴り響いた警報に、鏑木 硯(
ga0280)は慌ててシャワー室を飛び出した。
手早く着替えを済ませ、蜂の巣を突いたような騒ぎの格納庫へと走り込む。弾薬を積んだ運搬車や給油パイプを抱えた整備兵が走り回る間をすり抜けながら、愛機の元へ辿り着いた硯はコックピットに掛けられたラダーを駆け上がった。
「状況は?」
無線機のスイッチを入れ、半乾きの髪を一つに纏める。レシーバーからは司令部の混乱振りが漏れ聞こえてきた。
「じゃから、上空の偵察機はどうするのじゃと聞いておる!」
要領を得ないオペレーターに綾嶺・桜(
ga3143)が怒鳴り声を返した。その頬がほんのりと上気しているのは怒りの為ではなく、先刻まで姉貴分の響 愛華(
ga4681)にぎゅっと抱き包まれていたからだ。最近、怪我が絶えぬ所為か、多少過保護気味であるらしい。
「一連の事態に何か関わっているかもしれない。黙って見過ごす訳にはいかないんだよ」
その愛華が言葉を継いで偵察機に関する指示を求める。無線機の向こうの声が基地司令のそれへと代わった。
「件の偵察機はバグアの鹵獲改造機と思われる。構わん。撃墜してしまえ!」
「う〜、簡単に言ってくれるんだよ‥‥」
無線機をoffにして愛華が呟いた。これまで各地で確認された鹵獲機は皆、バグアによる超改造がなされており‥‥見てくれに騙されると痛い目に遭う。
「こんな所に再攻撃? ホント、インド防衛で忙しいっていうのに、これ以上仕事を増やさないで欲しいわ」
スカートのままアンジェリカのコックピットに飛び込んだ藤田あやこ(
ga0204)が溜め息を吐いた。機首の前へと出た若い整備兵があやこに出撃準備完了のハンドサインを送る。その顔が真っ赤なのは、あやこが搭乗する際に上を見上げてしまったからか。生き死の瀬戸際に純情な事である。
「よしっ、前進! 電ちゃん万全じゃないけど、悪い宇宙人の好きには絶対させないもん!」
対空砲に砲弾をフル装填した潮彩 ろまん(
ga3425)の雷電がゆっくりと前進を開始する。抜けるように青い空。格納庫を出た機体が陽光にキラリと光る。
「補給の最中に再攻撃とは、なかなか頭の良い敵じゃないか。‥‥皆、聞いてくれ。敵は、小型機で抵抗を排除しつつ中型でキメラを強襲揚陸し、基地機能を完全に破壊するつもりだろう。とにかく敵を基地に近づけてはならん」
緑川安則(
ga4773)が敵の行動を分析し、その意図を推測した。それになるほどと頷いて‥‥セラ・インフィールド(
ga1889)はふと眉根に皺を寄せ、その糸の様な目をさらに細くした。
安則の言葉は恐らく正しい。だが、何故、今、ここなのか。こんな後方の小基地、潰そうと思えばいつでも出来る。
8年前の識別信号を発する偵察機、強力すぎる敵戦力‥‥その意図が読めないだけに不気味なものがある。
「まぁ、全部落としてしまえば関係ないですけど」
戦闘機形態のまま、滑走路へと進入していくセラのディスタン。その横を、ルンバ・ルンバ(
ga9442)の岩龍が人型形態に変形し、重そうにヘビーガトリングを空へと向けた。
風防の向こうには、滑走路に進入する硯機とセラ機。それを横目にジャミング中和装置を起動する。ノイズ混じりながらもレーダーがクリアになり‥‥既に上空に進入した2機の小型楔を捉えていた。
「守り切ってみせる。今度こそ」
唇を噛み締めるルンバ。故郷の島を失ったあの時のような思いは、もう沢山だった。
戦闘気乗りにとって悪夢と呼べる状況は幾つかあるが、『滑走中を攻撃される』もその最たるものの一つである。
離陸距離が短いKVであっても、その事実は変わらない。
「先に出ます! 援護お願いします!」
真っ先に滑走路に飛び出した硯機とセラ機がエンジン音も高らかに地を駆ける。その上空、キラリと蒼い機体を輝かせ、2機の『楔』が急降下を開始した。風防越し、稲妻の如く落ち来る敵。その鋭鋒が二人を地上に縫い付けんとしたまさにその時、地上から撃ち上げられた無数の火線が二人を守る傘と化した。
「みんなも滑走路も、絶対傷つけさせないもん! 超伝導パワーオン! くらえっ、大往生キャノン!」
滑走路の真横に位置したろまんの雷電が、超伝導アクチュエータを使用して、射程内──地上戦の範疇に侵入してきた敵に向かって対空砲を撃ち放った。ダン、ダン、ダン! リズムを刻む様に、自動装填装置から送り込まれた砲弾が次々と直上の敵へと撃ち上げられ、足元に薬莢が積み上がっていく。青石楔はその灼熱した砲弾を跳ねる様に回避して‥‥直後、斜め下から撃ち放たれた光の槍に捉えられた。
「リカの高出力をもってすれば、難敵など!」
放熱により周囲の空気を陽炎に揺らしながら、あやこのアンジェリカがレーザー砲で青石楔を切り刻む。そこを火力の網に捉えられ‥‥青石楔は二つ、三つと砕かれて、細かい光の粒となって砕け散った。
もう一機の青石楔は鋭角機動で弾幕から逃れ出ると、側方から滑走路に突っ込む構えを見せた。その軌跡はとても目に追えない。だが、この低高度では動ける範囲も限られる。
「一度戦えばある程度は弱点が見えるのもの‥‥そこじゃ!」
「やらせはしないんだよっ!」
管制塔の付近に陣取っていた桜機と愛華機が、鋭角機動の直後、攻撃へと移るその一瞬に攻撃を重ね合わせる。ルンバの岩龍の中和装置は正常にその効果を発揮していた。桜機と愛華機の照準補助器は正確に敵を捉えていた。
高速で回転する多銃身が物凄い勢いで回転しながら砲弾をばら撒いた。穴だらけにされた青石楔が崩壊しながら飛び過ぎるその下を、硯機とセラ機は一気に通過、機首を上へと向けて急上昇を開始する。
「ふーっ! まったく、吸血鬼じゃあるまいし、杭で打たれて灰になる、なんて冗談じゃないですよ」
無事に離陸を済ませた硯が息を吐く。セラはその洒落た例えに微笑しながら、その機首を海上へと向けた。
キメラを積んだ中型は真っ先に落とさねばならない。その中型楔は、海上から超低空で基地へと進攻中だった。
「続けて行くぞ! 援護頼む!」
滑走路上では、続けて安則とあやこが離陸準備に入っていた。再び戦闘機形態に変形し、滑走路へと進入。急加速を開始する。
新たに進入してきた小型楔が2機、再び降下を開始する。ガトリング系を装備した機体が一斉にリロードし、ろまんは休む間もなく砲弾を空へと送り続ける。再び空を向く多銃砲身。放たれた弾幕が空を覆うも、その密度は先程よりも明らかに薄く‥‥鋭角機動により弾幕を突破した2機の青石楔は、滑走するあやこ機と安則機に斜め上方から突っ込んだ。
「‥‥っ!」
激しい衝撃と擦過音が機体を揺さぶる。とっさにブーストを焚いてそれをかわしたあやこは、そのまま操縦桿を引いて空へと駆け上る。
「重装甲の雷電にメトロニウムフレームの3枚重ねだ。生半可な攻撃など‥‥!」
上から押し潰されるように切り刻まれながらも、そのパワーで強引に上昇する雷電。そのまま中型を迎撃する為、先行する硯とセラの後を追う。青石楔2機は、そのまま飛行場上空に留まった。
「よし、今度はわしらの番じゃな。流石にちと厳しいが」
ガトリングを撃ち放ちながら桜が呟く。唐突に進路を変える青石楔に振り回される火線。上空には新たな、最後の小型楔が2機、戦場への降下を開始しており‥‥最早、悠長に滑走している余裕はなかった。
「行くぞ、天然(略)犬娘! いつぞやみたいにミスるでないぞ」
「大丈夫! 今度は失敗しないんだよっ!」
桜機と愛華機は最後までガトリングを撃ち続けながら‥‥人型と4足形態のまま、滑走路へと駆け出した。
「今じゃ! 跳べ!」
「わお〜〜〜ん!」
そのまま地を蹴り、空中で変形、ブーストを極限に噴かす。自らを空へと打ち上げた2機は、そのまま推力にまかせて自機を空へと押し上げた。
「わぅ! 桜さん、成功だよ!」
「よし! わしらはこのままあの偵察機へと向かうのじゃ!」
上昇を始めた2機は、そのまま高高度を飛ぶ偵察機へ向け高度を上げ始める。‥‥敵の動きに変化が現れたのはその時だった。
「このっ! このっ! ‥‥あれ?」
地上に残ったろまんとルンバに纏わり付いていた小型楔4機が一斉に急上昇を始めた。それはまさに天を衝く槍の様で‥‥高度を上げる桜と愛華を追う動きだった。
「くっ‥‥まさか全機こちらに来るとは‥‥今回の攻撃は全てこの偵察機の為か!」
「桜さん、ブースト! 振り切るよ!」
上昇力でも敵の方が優速だ。二人はブーストで距離を稼ぎながら‥‥ようやく、偵察機の飛ぶ高度にまでやって来た。変わらずのんびりと巡航速度で飛ぶRF−111C。愛華はゴクリと唾を飲むと、目の前の偵察機に呼びかけた。
「貴方は誰‥‥? 何処にいこうとしているのかな‥‥?」
返答は無かった。代わりに、まるで跳ねるようにして、偵察機は2機の射線から逃れ出る。やはり、バグアの鹵獲改造機──迷っている時間はなかった。この期に及んで偵察機を見逃すという選択肢はない。アレは間違いなく何らかの役割を担っている。
「撃墜する! 時間がない、一撃で仕留める!」
桜と愛華は激しく回避運動を取り続ける改造機を追い詰めると、その進路を交差させるように十字砲火を浴びせ掛けた。やたらと頑丈な改造機は、しかし、砲弾に穴だらけにされ‥‥炎の花を咲かせて残骸を空へと散らす。ごめんね、と呟く愛華。桜が叫んだ。
「急げ! 急降下で振り切るのじゃ!」
感慨に浸る暇はなかった。後方から迫る4機の『楔』。空で倍の数のあれに囲まれるのは御免だった。
ブウゥゥゥ‥‥ン!
まるでミシンか何かのような連続音を立てて、撃ち放たれたガトリング砲が海面スレスレを進攻する中型楔を捉えた。
その瞬間、まるで跳ねたかのように水平に位置をずらす中型楔。敵を捉え損なった砲弾が不満気に海上で水柱を上げる。
後方のセラは即座に敵に対応した。機首をずらし、狙撃砲の照準を回避直後の敵へ向ける。発砲、装填、発砲。撃ち放たれた砲弾が中型楔の機首を叩く。その真後ろに、硯機が迫っていた。
撃ち放たれる一連射。弾倉が一つ空になるまで火を吐き続けたガトリングが舐める様に中型の機体を撃ち据える。穴だらけにされた中型は海面に突っ伏すように突っ込むと、そのまま巨大な水柱を上げて爆発した。
「ようやく、1機‥‥!」
異口同音に呟いて、硯とセラはもう一機の中型へと視線を向ける。そちらにはあやこと安則の二機が取り付いていた。
「超伝導アクチュエータ起動! 零距離射撃だ。ぶっとべ!」
「通すな! 気迫で刻めー!」
安則機とあやこ機は敵の進路を押さえるように、真正面から持てる火力の全てを叩き付けた。
海面を衝撃波で蹴立てながら、ガトリングとレーザーを撃ちまくる雷電とアンジェリカ。切り裂かれ、穴を穿たれ‥‥だが、中型楔は回避もせずに、フォースフィールドを煌かせるとただ一直線に加速した。
そのまま2機が塞ぐ進路を抉じ開ける。小型楔とは比べ物にならない衝撃が激しく2機を揺さぶった。すぐに機を旋回させる安則。あやこはスタビライザーを使用して無理矢理最小半径で旋回すると、後方からレーザーを浴びせかけ‥‥
眼下を行過ぎる海岸線。‥‥撃墜には、あと10秒程足りなかった。
「こっちに来るなぁ! 悪い宇宙人めぇーっ!」
「落ちろ落ちろ落ちろこの島に突き刺さるな!」
低高度を突っ込んできた中型楔は、対空砲火を浴びせるろまんとルンバの頭上をあっという間に飛び過ぎた。そのまま地上施設に突っ込もうと切っ先を煌かせ‥‥
「ええいっ、儘よ!」
その側面から、あやこ機が突っ込んだ。その衝撃で機首を逸らす。さらに、上空からアクセルコーティングを使用したセラが機体を叩きつけ‥‥中型楔は滑走路脇の駐機場に機首を突っ込み、その巨体を跳ね飛ばした。
土煙の中、キメラ『ヒュージアント』がポロポロと地面に落ちる。まるで割れた醤油ビンのようにそのシミは広がり‥‥その直上で、人型に変形した安則の雷電が自由落下状態でガトリングを撃ち落とした。
降りかかる多数の砲弾が『蟻の巣』を貫通し‥‥激しい土煙の中、中型楔が爆発する。
そんな地上の様子を空中から、硯は管制塔へと報告していた。
「敵キメラの揚陸を許しました。これより掃討します。それと、個人的な想像ですが‥‥偵察機は誘導機ではないかと。監視艇のいなくなった近海を豪州の水中部隊がインドへ侵攻中かもしれません」
「豪州軍の目標がインドであるという根拠は? 或いはこの攻撃こそ陽動で、連中はインド攻撃に呼応して東南アジアから我が軍を一掃しようとしているのかもしれんぞ?」
否定的な答えを返す基地司令。レシーバー越しに小さく「分かった!」と叫ぶ通信員の気弱そうな声が聞こえた。
「偵察機です! インドか、タイか、シンガポールか、その偵察機がどこに進路を変えるか分かれば、敵の‥‥」
ザザッ‥‥!!
突然、レシーバーに走った雑音に、硯は思わず耳を逸らした。
視界の端、眼下に捉えた閃光。
砂浜から走った一条の光が、管制塔を直撃していた。
対空・対水中を警戒していた監視艇。それが無くとも空襲警報が出るというのなら。敵の目的は対水中の目を潰す事に他ならない。
硯はそれを戦略的なものだと予測した。豪州軍の戦略目標がインドであるなら、それは間違いではない。或いは完全に正しいのかもしれないが、この時点では判断材料がなかった。
実際には、この時点において潜行していたのは2機の水中用ゴーレムだった。
プロトンランチャーとシールドを装備したゴーレムは、水中監視の穴を利用して基地に接近。海→浅瀬へと進攻して‥‥最初の一撃で管制塔を狙撃。完全に破壊した。
「な、なんだっ!?」
ルンバが岩龍を振り返らせる。照準する暇はなかった。プロトン砲が光を放ち‥‥薙ぎ払われた怪光線は、ルンバの岩龍の脚部を根こそぎもっていった。
「ルンバくん!? こんな所にも悪い宇宙人が!」
ろまんの雷電が倒れたルンバ機の前に立ち塞がり、残っていた2発の対空砲を敵に水平発射する。盾に弾かれ砂浜を抉って爆発する砲弾。その間にろまんはルンバ機を抱えて退避しようとして‥‥敵の反撃に雷電の左腕が吹き飛ばされた。
そこへキメラの対応に追われていた他機が2人の元へ駆けつける。2機のゴーレムは新手にその砲口を向け‥‥
ふと、その動きが止まり、2機のゴーレムは牽制射撃を行いながら海へと後退を開始した。
遥か上空で偵察機が撃墜されたのはその時だった。
滑走路に被害はなかったものの、地上施設には大きな損害が出た。実質的な基地機能は失われたと言っていい。
偵察機は撃墜した。それにより敵の目論見は阻止したものの、その目的は謎として残っていた。