タイトル:KV新型エンジン運用実験マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/08 16:36

●オープニング本文


 F−104E『バイパーE』──
 バイパーの普及率を上げる事を目的に、主に価格面での改善が図られたローエンド版の普及機である。
 パーツ単位から見直しが図られ、生産性と整備性の効率化により、性能を下げずに価格を抑える事に成功した。
 設計はドローム社第3KV開発室。試作機による各種試験を経た後、社長決裁を以て、生産ラインに乗せられる──はずだった。

「開発中止!?」
 唐突に突きつけられたその現実に、第3KV開発室長、ヘンリー・キンベルはその耳を疑った。
「実験経過は良好、試作機にも何のトラブルも発生していない。それが何故今頃!?」
 いや、この男が来た時から嫌な予感はしてたんだ──
 開発室のオフィスの自席のすぐ後ろ、近場から引っ張って来た椅子に腰を下ろした同期の男──企画部のモリス・グレーに向かって、ヘンリーは苦虫を噛み潰して詰め寄った。モリスはすまなそうな表情で椅子をヘンリーから遠ざけながら、ビジネスライクに理由を告げた。
「当初とは状況が変わったんだ。‥‥バイパーの改良機が思った以上に好評でな。社としては廉価版よりそちらを押す事になった。E型は設計にそれだけの余裕が無い。余剰部品でアンジェリカと共用出来るものはそちらへ回される」
 とりあえず落ち着け、といなすモリス。ヘンリーは呆けた様に自らの席に腰を落とした。
 またか、と、ヘンリーは溜め息を吐いた。リッジウェイの時も、実用機の開発は他の開発室に移された。その後、社内政治に巻き込まれる形で開発元が次々と変わったそうだが‥‥それがまた今回も起きたのだろうか。この期に及んで梯子が外されるとは、『上』で何かがあったとしか思えない‥‥
「いや。今回の事は社の総意だ。重役連中の意見も一致している」
 その言葉に、ヘンリーは今日一番驚愕した。社内においてすら競争原理を方針の基幹とするこのドローム社にあって、重役連中が意見の一致を見せるとは。
「これは俺の想像でしかないが‥‥恐らく、社の上層部は‥‥」
「‥‥バイパーでは、次世代の標準機たりえない、と?」
 モリスの返事はなかった。他社から次々と世に送り出される高性能機の数々‥‥KV市場で圧倒的なシェアを誇るドローム社だが、傭兵たちの間では既に逆転現象を見せているらしい。上層部が危機感を抱いてもおかしくはない。
「ま、今回、3室が蓄積したノウハウも立派な社の財産だ。次の機体に活かされるさ」
 腐るなよ、すぐに次の仕事を持って来てやる──呆けた様子のヘンリーの肩を、モリスがポンと叩いていった。


「随分と荒れてるのね」
 サンフランシスコ郊外にあるとあるバーのカウンター。グラスを傾けるヘンリーの隣りに一人の女が立っていた。
 30も半ば以上を過ぎて尚、年相応の美しさを湛えるスーツの女。それ以上に、決して折られぬ性根を示す凛とした佇まいに、ヘンリーは「変わらないな」と心中に呟いた。
「酔っている様に見えるかい?」
「見えない。だからこそよ。貴方、本当に酔いたい時は、幾ら飲んでも酔えないじゃない」
 ヘンリーの了承も取らずに隣りに座る女。ルーシー・グランチェスター。大学時代の同期であり、第3KV開発室と繋がりの深い、ドローム社第3KV用エンジン開発部の室長でもある。
 ルーシーは、バーのマスターに自らブラッディマリーをオーダーすると、出来上がったそれを半秒とかけずに飲み干した。続けてダイキリ。これも同様に杯から消える。
「相変わらず、酒に気の毒な飲み方をする」
 そのままペースを変える事なく、二人で杯を乾していく。大学時代からよく二人で飲む仲だが、色気のある話になった事はない。話題は自然と社と仕事へと移った。
 ‥‥ヘンリーは、愚痴を零さなかった。
「そういえば、君が主設計を担当した新型エンジン‥‥『SES−190』だったか。随分と評判が良いみたいじゃないか」
「ありがとう。そういえば、機体とのマッチングを担当したのは貴方の開発室だったわね」
 少し前。ルーシーたちが開発した『SES−190』エンジンは、その運用試験において非常に高い評価を得た。実験に使われた『S−01H』は、試作機であるにも拘らず、その高い完成度から少数が量産されている。専用に設計された機体は未だないが、いずれ新型機に搭載されてゆく事になるだろう。
 ‥‥だというのに。ルーシーはこの日初めて、ヘンリーの前で溜め息を吐いた。
「‥‥どうした?」
「‥‥あー。190はね、ついでみたいなものなのよ。あれは只、無難に、コンパクトに纏めただけ。私たちが本当に作りたかったエンジンは『SES−200』の方なのよ」
 『SES−200』エンジン。190と共に運用試験が行われたエンジンで──現場からボロクソに叩かれた。
 上層部の評価も似たようなものだった。比類なきパワーを誇り、技術的にも素晴らしいが非常に高価。高すぎる出力は制御が難しく、燃費も効率的とはいえない。精緻なる設計故に生産性に乏しく、部品数の多さは整備士たちから評判が悪い──
「そりゃ私だって空中で止まる様なエンジン作る気はないわよ。開発を続ければ、問題は追々解決していける。なのに‥‥問答無用で開発中止だなんて」
 ‥‥恐らく、社はSES−190の開発で、ある程度満足てしまったのだろう。欠点だらけのエンジンに予算をつぎ込む必要はない、と。
 報われる事の少ない3室にいるからこそよく分かる。
 ‥‥つまりは、ルーシーの吐いた溜め息は、ヘンリーが抱える何かと同種のものだった。
 俺が作る。ボソリと呟いたその言葉に、ルーシーはキョトンと振り返った。ヘンリーは杯に残った酒を飲み干すと、再びその言葉を口にした。
「ウチ(3室)が作る。『SES−200』の性能をフルに引き出せる新型機を。その為の技術研究なら予算も下りるはずだ。‥‥なに、モリスには貸しが山ほどある」
 鼓動が二桁を数える程の短い沈黙の後。ルーシーは小さく、ありがとう、と呟いた。


「無茶しやがる。本当に予算を下ろさせやがった」
 アメリカ大陸西部。ドローム社の所有するKV用実験場──
 荒野の只中にポツリと佇む飛行場に、3機の『バイパーE』がその翼を並べていた。いずれもその尻が膨らんでいる。行き場のなくなった試製E型に『SES−200』を搭載した、エンジン開発の為の実験機だ。
「分かっているな!? 今、社の要求する試作機は『単発の小型〜中型機』だぞ!?」
 吹き荒ぶ風の中、スーツ姿のモリスが白衣のヘンリーに喉を枯らす。だが、当のヘンリーは涼しい顔で聞き流した。
「俺たちはそんな小さく纏まったものを作る気は無いよ」
「‥‥それは一社員の言い様じゃない」
 立ち止まり、振り返る。ヘンリーは、憑き物が落ちたかの様に さわやかに笑ってみせた。
「俺は技術者だ。‥‥出来上がる代物で答えを出すさ」

●参加者一覧

刃金 仁(ga3052
55歳・♂・ST
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
高原 リチャード(gb1360
22歳・♂・EL
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD
オリビア・ゾディアック(gb2662
19歳・♀・ST
常世・阿頼耶(gb2835
17歳・♀・HD

●リプレイ本文

 雲一つない蒼穹を天に戴き、SES−200エンジンを搭載した3機のバイパーEが駐機場へと引き出された。
 整備と調整を済ませたばかりの銀色の機体が陽光を受けてキラリと輝く。形状面でも徹底的に最適化が図られた機体は、しかし、無理をして載せたエンジンの所為で不恰好になっていた。
「へぇ‥‥これがF−104Eかぁ‥‥」
 それをオリビア・ゾディアック(gb2662)が物珍しそうに観察する。子供の様に目を輝かせ、機体の周囲を回ったり下に潜り込んだりするその様子に、ヘンリーは思わず相好を崩した。
「あっ‥‥すみません。つい見とれてしまって‥‥」
 オリビアの顔に赤みが差す。露骨に視線を逸らすオリビアに苦笑しながら、ヘンリーは「よろしく」と右手を差し出した。
「こちらこそっ! 一度、見てみたかったんです、開発の現場ってものを‥‥今回は夢みたいです。よろしくお願いします」
 ヘンリーの手を握り返すオリビア。KVマニアの身からすれば、自分の好きな事を仕事に出来るヘンリーのような技術者は心底羨ましい。能力者となったこの身には──少なくともこの戦争が終わるまでは、叶わぬ望みだ。
「‥‥フン。概略は聞いておるが、細かい話は後回しじゃ。まずは実際に触ってみない事には何とも言えん」
「わっ!?」
 いつの間にか隣りに来ていた刃金 仁(ga3052)が、機のエンジン部分を見上げて呟いた。驚くオリビアを気にも留めず、年の割には若々しい顔をヘンリーへ向ける。
「こいつの中を見せてもらっても構わんか?」
「見れる範囲であれば。専用の工具がなければ中枢部は開けませんが」
 ヘンリーが了承すると、仁は二人に興味をなくしたのか、さっさと機体の下へと潜り込んでいった。
 そこへ、鉄板と金網を小脇に抱え、クーラーボックスを肩に提げ、その上、大きなダンボール箱を肩に担いだ御影 柳樹(ga3326)が、足取りも軽くやって来た。
「ヘンリーさんのお久しぶりさぁ! 今日はまたお手伝いさせてもらうさぁ!」
 箱を下ろし、ヘンリーの手を握り締めてブンブン振る。荷物の中には、下拵えの済ませた肉と野菜が大量に入っていた。
「バーベキューセットさ。ほら、いつかの実験の時は残念な味のレーションしかなかったさ?」
 その気遣いに、ヘンリーは掛け値なしの賞賛を惜しまなかった。実験場にも食堂はあるが、辺鄙な場所ゆえ美味とは言えず‥‥スタッフの歓声も無理はなかった。

「いつぞやのコンペでは世話になったな」
「こちらこそ。表には出ずとも、皆さんのご意見は確かに頂戴しておりますので」
 少し離れた場所で実験スケジュールの確認をしていたモリスの所に、ヘンリーへの挨拶を済ませた寿 源次(ga3427)が歩み寄った。
「新規開発と聞いて変だとは思っていたが‥‥なるほど、ヘンリー室長ならば納得がいく。確かな技術力と反骨精神は未だ健在のようだ」
「もう少し社内力学とかにも気を使ってくれると助かるんだがね、私としては」
 源次の言葉にモリスが肩を竦めてみせる。それをクリア・サーレク(ga4864)は、多少、気の毒そうな視線で眺めやった。
「それが道理ではあるよね。傍から見てるボクたちには、『やれやれーどんどんやれー』って感じだけど」
 無責任にけしかけるのは良くないんだけどね、ホントは。そう言いながらクリアがペロッと舌を出す。だって確かに、大型双発機は見てみたいし。
 その正直な反応に困惑するモリス。高原 リチャード(gb1360)は苦笑した。
「まぁ、小型にせよ、大型にせよ、実験は是非とも成功させたいですね。技術者がその矜持を賭けているとなれば尚更です」
「‥‥その矜持には、社の予算がリスクとしてかかるわけだが」
「勿論、現実と理想の間に距離がある事は理解しています。その間を取り持てたら、と考えていますよ」
 ついでにあの二人の間も。思わせぶりに嘯いて、リチャードが視線を横に振る。その先に、実験について語らうヘンリーとルーシーの姿があった。
「モリスさん。あの二人ってどういう関係ですの?」
 ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)が興味津々といった態でモリスに尋ねた。そういう事に興味のある年頃なのだろう。軍関係者や政府高官との交渉にも決して怯まぬ男は、多少、たじろぎながら口を開いた。
「あの二人は大学の同期でね。あの頃から馬が合っていたが、浮いた話を聞いた事はないな。互いに才能を尊重する間柄、って感じだったかね」
 視線が集中しているのに気付いて、モリスは咳払いを一つした。自分もあの二人との付き合いは随分長い。
「でも、互いに憎からず思っているようですし、今回の実験で急接近ってことも?」
 どうだろうな、とモリスは首を振った。顔から微笑が消えていた。
「ルーシーには10歳になる娘がいる。旦那が死んでもう大分経つが、指輪を外した事はないはずだ」


「こちら阿頼耶。これより垂直上昇を開始する」
 無線機のマイクにそう宣言すると、常世・阿頼耶(gb2835)はエアマスクをヘルメットに固定した。
 バイザー越しの瞳が彩色を帯びる。阿頼耶はスロットルを全開にすると、操縦桿を引いて上昇を開始した。
 咆哮するエンジン音。天地が回転し、目の前の光景が蒼一色に染まる。目まぐるしく数字の変わる速度計と高度計‥‥急激な加速によるGに身体をシートに押し付けられながら、阿頼耶は空だけを見つめていた。
 蒼空を遥か天上を目指して駆け上がる一筋の白い雲。その様子を、仁と源次の二人はスタッフたちと共に地上に設けられた日除けテントの下で観察していた。
「おいおい、リミッターかけてこの出力なのか?」
 ディスプレイに表示された数値に、源次は驚きの声をあげた。ヘンリーの話では、リミッターを外さない状態でもSES−190エンジンに近しい性能は出せるらしい。
「その割に上昇速度は芳しくないようじゃがな」
 プリンタが吐き出す印字用紙に目を落としながら、仁はずずっ‥‥と茶を啜った。長テーブルに湯飲みを戻し、スタッフに燃焼試験時のデータを要求する。
 高度2万mまで達すると、阿頼耶はそのまま操縦桿を引いて大きく弧を描いてから、機体を背面から水平へと戻した。蒼いなぁ、と一人、成層圏を堪能してから時計を見る。‥‥高度2万まで2分半。間に合わせの実験機でなければ、もっと縮まるだろう。
『寿より常世。続けてブースト使用時の安定性をテストする』
 了解と返事をして、阿頼耶は遥か地上を見下ろした。広大な荒野に点在するKVは、粉粒ほどにも見えなかった。

 地上では、柳樹がもう一機のバイパーEを使って、人型形態時の運動試験を行っていた。
「素人目にも無理して積み込んだように見えたけど‥‥これは凄いさ!」
 激しく演武を舞いながら右へ左へと駆け回る。軽量化されたE型とはいえ、バイパーに出来る動きではなかった。重い質量を高出力で跳ね回しているのだ。
 故に‥‥
「おっと!」
 鳴り響いた警報に、柳樹は機の動きを止めた。軽快な動きであっても、慣性を打ち消しているわけではない。関節部への負荷は相当なものだった。
「リミッターを解除すると具体的にどうなるのじゃ?」
「第1のリミッターを外すと、出力の上昇と共に制御が不安定になります。二つ目を外すと‥‥『博打』になります」
「‥‥それは使い物にならんなぁ」
 仁の言葉に神妙に頷くルーシー。そこへヘンリーが慌てた様子で駆け込んできた。
「ルーシー、ちょっと‥‥」
 声をかけ、持って来たデータを卓上に広げる。それは柳樹機のデータだった。
「ここ。操縦者が覚醒してから出力が安定している。多分、エミタのAIが制御に影響しているんだ。これを利用すれば、少なくとも出力制御の問題は解決するかもしれない」
「けど、覚醒し続けなければ飛べないエンジンなんて‥‥」
「普段はリミッターを掛けて飛べばいい。戦闘時のみAIを利用する。これなら現状とそう変わらない。‥‥君が目指す『完璧なエンジン』には程遠いかもしれないけどね」


 実験最終日。
 人型による模擬戦闘が行われる事となった、この日。
 ヘンリーの指示によって、遂に第1のリミッターが外された。

「これが‥‥バイパーの動きっ!?」
 機体を左右に振ってフェイントを掛けたリチャードの実験機が、ヴェロニクと阿頼耶の翔幻の間を突破した。
 岩龍のガンカメラでその映像を送信していたオリビアはその光景に絶句した。ヘンリーさん、貴方、もしかして、とんでもないものを作っちゃうんじゃないでしょうね?
 2機が旋回する間に、実験機はブーストを噴かして地を飛ぶ様に突進する。その前に、クリアの雷電が立ち塞がった。
「大出力が人型形態時に与える影響‥‥ここまでなんてね!」
 予想を超えた動きを見せ付けられて、クリアは心底楽しそうに笑みを浮かべた。巨大な半月形の模擬刀を実験機めがけて振り払う。リチャードはバイパーEに地を蹴らせると、出力を最大にしてその攻撃を『雷電ごと』飛び越えた。
「いけるかっ!?」
 重い機体を空中で一回転。どこかに吹っ飛びそうになる体勢を、ブースト空戦スタビライザーで無理矢理に制御する。そのまま雷電の背後へと着地したバイパーEは、雷電が振り返るより早く模擬槍をその背部に突きつけていた。
 沈黙。オリビアがおずおずとヘンリーに問いかけた。
「ヘンリーさん、どうです?」
「駄目だ。これでは実用には耐えられない」
 実験機の状態を示す表示が真っ赤になっていた。練力計は空に近く、関節部分は既に限界を超えていた。

「実際の所‥‥今回のヘンリーさんの行動をどう思われているんですか?」
「最終的に社の利益になるなら構わない」
 リチャードの問いかけに対するモリスの答えは意外なものだった。
 軽く目を見張ってモリスを見返す。モリスはそ知らぬ顔であらぬ方を見つめていた。
「‥‥なるほど。社の期待がないからこそ、そこにヘンリーさんの想いが入り込む余地がある、と?」
「誰も期待していないからこそ得る物も大きい。社も、3室も、そして、私も」
 人の良いことですね。思わぬ言葉に、モリスは怪訝そうに振り返った。
「だって共に沈む覚悟がなければそこまでできないでしょう?」
 モリスは憮然としたまま答えなかった。


「新型実験機の方向性ですか‥‥難しいですね。大型双発を社に納得させる、SES−200を必要とする機体‥‥」
 柳樹が用意したバーベキューの席上。目の前に焼肉の串を置いたまま、ヴェロニクはうーんと首を傾げた。
「小型単発機ならば、高推力で高機動な機体を目指せばいいのじゃが。複数のノズルで推力バランスを取れば‥‥」
「‥‥あの推力なら人型でも飛べるかもね。でも流石に非効率だろうから、地上での匍匐飛行による高機動化、とか」
 仁の言葉をクリアが継ぐ。モリスが大きく頷いたが、ヘンリーは首を横に振った。
 被弾やトラブルでエンジンが止まった際、単発だとそのまま落ちるしかないが、双発なら片肺でも基地に辿り着ける。高価なエンジン故、機体も高価にならざるを得ない。生存性は代え難かった。
「では、中型の双発機は?」
 リチャードが提案する。大型より高い機動性が得られ、関節部への負担も少ない。
 だが、これにもヘンリーは首を振った。機体が小さくなる分、単純に、搭載できる燃料が少なくなる。燃費が悪い200では作戦半径がかなり小さくなってしまう。
「‥‥表向きは単発小型機を開発しつつ、ブースター部分を増設して大型双発機にしてしまうのは? 増設部分は増加装甲や大推力パックにして、緊急時には排除、小型機部分が離脱できるようにするの!」
 クリアが串を振りながら熱弁する。アイデアは非常に面白い、とヘンリーも頷いた。
 だが、システム的に‥‥もとい、技術的に難しい。構造が複雑になる分、設計や性能・価格の面でも非常に不利になる。
 肉が焦げる匂いと立ち昇る煙の中。能力者とスタッフたちは腕を組んで唸った。
「出てない他のアイデアもひっくるめて、私が他の開発室へ企画を投げてみる。もしかしたら実現の目があるかもしれない」
 とにかく、今は肉を食べよう。モリスはそう言うと、食堂の給仕に金を渡して酒と飲み物を持って来る様に言いつけた。
「‥‥小型機に載せる為にエンジンを小さくしたら本末転倒だ。大型なら、速さと頑健さを兼ね備えた機体になるかもしれない」
 源次が給仕からグラスを受け取りながら言った。ついでにプリンがあるかも尋ねてみる。
「大型機って事は、コックピット周りにも余裕が? AU−KVごと乗れるように‥‥」
「すまん」
 阿頼耶の言葉に、モリスが開口一番謝った。同じ開発部でもドラグーン用のKV開発は部署が違う。
「あれだけ推力があれば垂直離陸機とか出来たりするさぁ?」
 肉を焼くのに忙しい柳樹が煙の向こうから尋ねてきた。
 只でさえ制御に四苦八苦している200だが、複数のノズルを同調させる事が出来れば可能だろう。だが、それには特殊能力化が必要となる。
「なら、巨人攻撃機は? 大推力を活かした重防御大積載の巨人攻撃機!」
「できなくはない。ただ、巨人機に詰むような大型エンジンならプチノフにもある。200はあくまで汎用機サイズの大推力エンジンだから、それを活かしたくはある」
「ぶー」
 むくれても毒を感じさせないのはクリアの才能だろう。モリスが「これも投げとくから」とメモに記す。
「出来ない事ばっかりじゃな。いっそ、他の人型を上に乗せて飛べる機体とかどうじゃ」
「さすがにそれは‥‥」
 無理っぽい。乗る機体を固定しなければ吹っ飛ぶし、固定したら一緒に失速する。やるならバグア並の技術力が必要だ。
「ならば、ヘンリーたちはどのような機体を考えているのだ?」
 仁の言葉にヘンリーは口をつぐんだ。
 出来ない事ばかり。分かっている。故に、早い内に方向性を纏めて、技術的な障壁を突破しなければならないのだが‥‥
 考えている事はある。だが、技術的にひどく難しく、可能であるかどうか未だはっきりとしていない。
「人型のまま完全飛行できる、とか。宇宙まで飛び出せます、とか。光の翼を広げて飛翔する天使‥‥憧れますね」
 ずっと悩んでいたヴェロニクが、ポンと手を打ってそんな事を口にした。皆の視線が集中する。ヴェロニクは照れた様に視線を逸らした。
「‥‥子供っぽい意見でごめんなさい。でも、シェイドに勝つには、今ある機体じゃ──既存の常識の延長じゃ駄目だと思うんです」
 シェイドに勝つ。その言葉にヘンリーの身が震えた。技術者故に、あの化け物に勝てる訳がない、と諦めていた。だが‥‥
「単騎で‥‥1機種であれに勝つ必要なんて、ないか」
 ならば、自分たちに出来うる限りの事はやってみよう。その先が、たとえ出口のない袋小路かもしれないとしても。
「すまん、モリス」
「?」
「また泥を被らせる」
 気色ばんで立ち上がるモリスを余所に、ヘンリーは決意を込めた表情で頷いた。