●リプレイ本文
●ブリーフィングにて
「難易度の高いミッションとなりますが、よろしくお願いします」
作戦内容の説明を終えた後、依頼主である藤森中尉は、集まった能力者たちを前に深々と頭を下げた。
それを見たヴィス・Y・エーン(
ga0087)は軽く目を瞠った。本国にいた頃は、軍人なんて面子と体面に拘る阿呆ばかりだったが‥‥いやはや、はた迷惑な上官を持つと下の者は苦労する。落ちた大佐殿とやらも、お偉いさんらしく後方でふんぞり返っていればいいだろうに。
「力が有るが故に選んでしまう選択が、時に災厄をもたらす‥‥か」
部下の犠牲に対する義務感が焦りと奢りを生んだのだろうか。出撃した大佐の心中を察するように、九条・命(
ga0148)が呟いた。もしそれが当たっているのなら、命と大佐は似ているのかもしれない。
「どうかなぁ‥‥だって、これ、冷静に考えるとかなりマヌケですよ? 機体ほぼ無傷って‥‥落ちたのって、絶対、無茶な換装の所為でしょう?」
平坂 桃香(
ga1831)がからかう様に視線を振ると、整備の深山中尉がサッと視線を外した。桃香の予想は半分、当たっていた。KVが落ちたのは、大佐の指示による無茶な換装と、大佐の無茶な回避機動の所為だ。
「もうそれ位にしてあげましょう。まぁ確かに、一風変わった司令官殿のようですが」
優しい苦笑を浮かべたキーラン・ジェラルディ(
ga0477)が言う。短い滞在ではあるが、大佐が基地の皆から慕われている事は分かっていた。
「それで、つかぬ事をお伺いしますが、『姉さんに土下座』とはどういう‥‥」
「ああ、いえ、私の一番上の姉の旦那が大佐だというだけの話です。いつも姉さんに心配ばかりかけているので‥‥」
‥‥室内に沈黙が舞い降りた。
軍人にとって死は近しいものだ。だが、上官の死と身内の死は‥‥同じ死であっても、やはり異なる。
「‥‥お母さんがいつも言ってた」
響 愛華(
ga4681)がポツリと呟いた。膝の上に友人の綾嶺・桜(
ga3143)をちょこんと座らせ、それをギュッと抱き締めている。最初は「子供扱いするでなぁい!」と抵抗していた桜だったが、今は神妙に愛華の話を聞いていた。
「一人が無理をすれば十人の人が泣く。一人が亡くなればもっと多くの人が泣く、って‥‥
そんな事にならないように頑張るんだよ‥‥! 大佐も、私たちも、みんな一緒にここへ帰って来るんだよ!」
感極まったのか、目の端に涙を浮かべる愛華。隣に座る高木・リート(
ga0757)は、それに気付いて慌てて立ち上がった。
「やりましょう! KVは勿体無いけど、この際どーんとやっちゃいましょう! えーと、だからつまり『どーん』ですよ『どーん』!」
リートの気合いと勢いは、何となく皆に伝わった。
「‥‥やってやるさ」
「そうですね。中尉と奥方の為にも大佐を無事に連れ帰りますよ」
「ああ、でも勿体無いなぁ、カスタムKV‥‥」
皆口々に頷き合う。いつの間にか士気が上がっていた。
(「まったく‥‥この天然娘は‥‥」)
桜はフッと小さく笑うと、頭上の愛華を見上げて言った。
「おぬしも気負いすぎて落っこちるでないぞ。‥‥まぁ、わしも皆の無事を祈っておいてやらないこともないのじゃ」
言ってる途中で気恥ずかしくなり、慌てて顔を背ける桜。愛華が素直に礼を言う。
「あの‥‥もう一度作戦の確認をしましょう。‥‥皆の為にも、私たちにミスは許されませんから」
水上・未早(
ga0049)が最後に作戦概要の纏めに入るのを、皆は真剣に見つめていた。
●
基地を進発した能力者たちは、前線を大きく迂回し、日本海上にて先行した救難ヘリと合流。オウルチーム(命・キーラン・桜)を護衛に残し、一路、落ちたKVを目指して進入を開始した。
低空飛行で『上陸』し、山あいを縫うように『駆け抜け』る。スワローチーム(索敵班)の未早と桃香はさらに先行、コンドルチーム(爆撃班。ヴィス・リート・愛華)の予定進路を『開拓』していく。
「こちらスワロー1、『Holger』。目標を確認した。ポイントエコーまで敵影なし」
落ちたKVを確認した未早が、作戦に入ってから初めての無線を発した。規定通りに周波数を変えつつ、目標座標の修正を連絡する。
「それじゃあ、桃香さん、行きましょう」
「はいです!」
谷あいの地形を抜け出し、機首を大きく上へと向ける。この瞬間、バグアの機上レーダーはこちらを発見したはず、なのだが。
未早は苦笑した。桃香の返事は、どこかとても楽しそうだった。
高度を上げてすぐ、桃香は眼下を飛ぶ4匹のキメラを見つけた。ぱちくりと瞬き一つ。そして無線に呼びかける。
「未早さん! 3時方向、高度500、恐竜みたいなキメラが飛んでますよ」
報告を受けた未早はヘルメットのバイザーを上げると、眼鏡を外してそちらを見た。ダイヤモンドを組んだ翼竜らしきキメラが4匹、正対し‥‥つまり、KVが落ちた方向へと飛んでいく。
「どうします? キメラですけどヤっちゃいます?」
「もちろんです。墜落地点には一匹たりとも行かせません」
未早の返事を聞いた桃香は「おや?」と思った。未早の声は力強く、それまでのどことなく押しが弱そうな調子が抜けていた。
未早機が急降下に入るのを見て、桃香は慌てて操縦桿を傾けた。Gに耐え得るよう覚醒。少し距離を取り、トランプのエンブレムを追う様に降下する。レーダーによる遠距離攻撃が無効化した現在、空戦の形態は第二次大戦以前の有視界戦闘に近い。
パッと閃光。バンッ、バンッと前方の未早機が115mm滑腔砲を発砲する。砲弾はプテラノドンの様なキメラを直撃、背骨を折られたキメラは堪らず、壊れた紙飛行機のように堕ちていく。
桃香は最後尾のキメラへと機首を向け、照準し、発砲した。軽い振動と共に撃ち出されたライフル弾が、狙い過たずに敵を打つ。さらに機銃弾を浴びせかけながらすれ違い‥‥上昇に転じて後ろを見ると、穴だらけになったキメラが血の糸を引きながら堕ちていった。
「やりましたよ、未早さん。二匹撃墜です」
「そうですね。でも本番はこれからです」
KVのレーダーのノイズが一段と増していた。敵の主力、ヘルメットワームが近づいてきている証左だった。
●
落ちたKVは、まるで力尽きた旅人の様な格好で、谷あいの底の畑に半ば埋まるように突っ伏していた。
遠くから聞こえる小鳥の声。ピクリとも動かぬ巨人の姿はどこか哀れで物悲しい。だが、最新技術の塊である巨人には、このまま静かに朽ち果てる事も許されない。
静寂を破るように響き渡るロケットの飛翔音。直後、轟音と共に、KVの周囲で吹き飛ばされた土と爆煙の花が咲く。
その上空をフライパスするヴィス機。上昇に転じた機体からヴィスが後ろを振り返る。
再度の爆発。爆撃を終えたコンドル2、愛華機が、ヴィス機と同様に上昇に転じる。下では、リート機がアプローチに入っていた。
「ごめんね、S−01‥‥でもバグアに捕まってあんなことやこんなことをされたくないでしょう? 仕方ないよね‥‥うん、仕方がないんだ。というわけで! ロケットランチャー全弾発射! 景気良くいっちゃって下さい、どーんと!」
ポチッとな、という擬音が聞こえてきそうな勢いで、リートが愛機のトリガーを引く。シュパパパパッ‥‥と撃ち出されるロケット弾。爆煙晴れぬ大地へと突き刺さり、次々と爆発する。
「どうです? 派手に、豪勢に、格好良く吹っ飛びましたか?」
「あらら。ダメみたいねぇ‥‥」
機上でヴィスは頭を振った。随分と派手ではあるが、炸裂したロケット弾が巻き上げた土煙ばかりで燃料が爆発したときの爆炎が確認できない。ロケット弾は元々命中精度を重視した武器ではないが‥‥KV以外なら既に衝撃と破片で吹き飛んでいる。まったく、やたらと頑丈なのもこういう時は考え物だ。
「こちらコンドル1。愛華ちゃんにリート君、再攻撃するわよー」
再び旋回すべく大きく機体を傾ける。だが、谷あいの底に位置するKVを攻撃する方向は限定され、再攻撃には大きく旋回して再び谷へと侵入する必要がある。そして、それは大きな時間のロスを意味しており‥‥
再びアプローチを開始した時には、上空に敵機の姿が見え始めていた。
「あらららら。お客さんみたいねぇ」
見上げ、通信機に入らぬよう嘆息するヴィス。真面目な顔をすると、無線機をONにする。
「こちらコンドル1、『Silver Star』。コンドル2はこのままアプローチを続行せよ。コンドル3は私と上空の敵を迎撃する。ついてらっしゃい!」
その頃、西方にて敵の足止めをしていた未早と桃香は、やって来た敵の主力と次々集まる増援に次第に追い詰められていた。
「桃香さん、南に敵HW! 小型が2機に、中型の‥‥恐らくKVを運ぶ為の輸送機型。そちらでやれますか!?」
未早の耳に、カチカチと無線機をON・OFFする音だけが聞こえてきた。回避機動に振り回されて、声を出す余裕も無いのだ。
「‥‥ッ!」
未早は自分で機首を向けると、ブーストを焚き、纏わり付くキメラを一気に振り払った。
接近を感知した護衛のHWが有り得ない機動で砲口を向け、怪光線を撃ち放つ。未早は操縦桿を押し倒し、輸送機型の鼻先へと機銃弾を撃ちまくる。全く動じずに前進を続ける中型HW。飛び過ぎ去った未早機をHWの砲口が追い‥‥そこから放たれた光線の一本が未早機を掠めていった。
「数が多すぎます。これ以上は無理ですよぉ!」
桃香の悲鳴。まだ予定時刻には早かったが、これ以上戦闘を継続しても墜とされるだけだ。
「‥‥離脱します。上空八千で合流。そこまでキメラは上がれませんから」
「うー‥‥やっぱり悔しいですねぇ」
歯噛みする桃香。だが、彼女らが稼いだ貴重な時間は、爆撃班に最後の機会を与えていた。
「こちらコンドル2。了解」
通信を終えるや否や、愛華機の前後を飛んでいたヴィス機とリート機が上空の敵目掛けて急上昇していく。爆撃の任務は、愛華一人に託された。
「うう‥‥大役なんだよ‥‥」
自分を鼓舞するように呟きながら、震えそうになる手でしっかりと操縦桿を握る。上空では戦闘が開始され、青空に白いシュプールが描かれ始めていた。
山あいを抜け、KVへとひた走る。目標視認。コース維持。その時、前線を突破した『翼竜』が上空から逆落としに降ってきたが‥‥愛華は操縦桿を動かさなかった。
ヴゥゥゥゥ‥‥ンッ! 追い縋ったヴィス機のガトリング砲が、そのキメラをぼろ雑巾の様に吹き飛ばす。愛華はただSESのエネルギーをロケット弾に回す事に集中し‥‥その蒼い瞳に、照準と擱座したKVが重なった。
「君も災難だったね‥‥せめて、これで」
落ちたKVに言葉を手向け、愛華はトリガーを引き絞った。
まるで映画か何かの様に、爆炎が大きく立ち昇った。黒煙は山より高く立ち昇り、狼煙の様に棚引いていく。
やった‥‥? と喜んだ愛華は直後、複数のキメラに追い回される羽目になった。すでに上空はバグアに制されようとしていた。
コンドルリーダーのヴィスが離脱を宣言する。後は救出班が上手くやってくれる事を祈るばかりだった。
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有効射程に入ってきた『翼竜』に向けて、キーラン機はそのギリギリでライフルを撃ち放った。壁にぶつかったようにつんのめり、堕ちていくキメラ。さらに機首を振り、もう一匹。そこに逆方向から別の一匹が突っ込んでくる。
「命!」
キーランが皆まで言う前に、命が長距離バルカンの弾を撒き散らす。進路を塞がれ、慌てて退避する翼竜の背にキーランが砲弾を叩き込む。
「まだじゃ! 5時方向からも3匹来てるのじゃ!」
「‥‥ッ!」
ヘリを直近で守る桜の声に、命は無言で行動に移した。素早く機首を翻し、密集する敵に向かってロケット弾を撃ち放つ。投網のように広がる白煙。散開した敵をキーランが撃ち落としていく。
「そうは問屋が卸さぬとは思っていたが‥‥まさか、これ程とはの‥‥」
疲れたように呟いて、桜は文字通り一息ついた。直近でヘリを守り続けた彼女の機体は、既にボロボロになっていた。
ヘリの護衛をするオウルチームは、この数分の間、次々と現れる敵を打ち払ってきた。その殆どが東から来た敵だった。西からの敵は未早と桃香が足止めを喰らわせ、残りもKVの墜落点へと向かった。東からの敵は‥‥皆こちらに来た。
敵の只中故、時間と共に敵が集まってくる──そんな藤森中尉の言葉が蘇る。だが、それでも、KV3機という大きな戦力を貼り付けたお蔭で、どうにか救出地点にまで辿り着こうとしていた。
「もう少しです。頑張りましょう」
オウルリーダー、『Azure』ことキーランが励ますように声を出す。その労いの声が終わらぬ内に、新たな敵が姿を現した。
「‥‥やれやれだ」
「まったく‥‥遠慮のない客じゃな」
三人はそろって溜め息をついた。
森に色付きの煙が上がる。
ヘリの着陸できる地点を示す為、地上の大佐が焚いた発煙筒の煙だった。森の中に開けた小さな空き地に煙が上がっている。大佐の姿はなかった。森の中に潜んでいるのだろう。
「こちらオウル1。外周を警戒します。救出が完了次第、とっとと離脱しますよ?」
「尻に帆かけて、か?」
「はははっ、それでよい。いつまでもバグア共に付き合う義理はないのじゃ!」
珍しく冗談を口にした命に皆が笑う。正直、まだ半分護衛行が続くと思うと気が滅入るが、おっつけ他のチームも駆けつけるだろう‥‥
ヘリがホバリングをしながら降下していくと、森の端からパイロットスーツの男が飛び出してきた。あれが例の大佐殿ですか、とキーランは微笑んだ。救出が済んだら、藤森中尉が『姉さんに土下座』と言っていた事を知らせてやろう‥‥
惨劇は、その時起こった。
地上から照射された一条の光。それは降下するヘリを紙の様に貫通し‥‥それまで、必死になって守ってきた救難ヘリは、いともあっけなく爆散した。
能力者たちが目を見開く。現れたのは、地上型のワームだった。敵の只中。ああ、畜生!
炎上し、ガシャァン、と墜落する救難ヘリ。大佐が慌てて逃げてゆく。
「離脱っ! 全機離脱して下さい!」
地上のワームから再び光線が撃ち放たれる。KVは蜘蛛の子を散らした様に飛び退さる。
「大佐は‥‥っ!?」
命が振り返ったが、次々に放たれる光線を避けるので精一杯だった。
桜は、悔しそうに無線機に声を張り上げた。
「救難ヘリ墜落! 繰り返す、救難ヘリが墜落したのじゃ!」
●
大佐の救出には失敗したものの、KVの破壊には辛うじて成功した。
その報告を、藤森は微笑と共に受け入れた。
「大丈夫です。あのバカオヤジは簡単にくたばりませんから」
聞けば、救出失敗後、大佐が電話連絡をよこしてきたという。
「ともかく、KVの破壊という最低限の目的だけは達成しました。大佐には救出までひもじい思いをしてもらいましょう。いい薬です」
ニッコリと笑う藤森中尉。その笑顔が痛々しかった。