●リプレイ本文
それはまるで砂糖に群がる蟻のようだった。
角甲虫──ホーンビートルの一撃を受けて動きを止めた戦車にキメラが群がっていく。その光景を前にして‥‥橋の上をひた走りながら、MAKOTO(
ga4693)は小さく眉を潜めた。
「‥‥相変わらず前線は地獄だね」
戦車のぶ厚い装甲も、動けなければ鋼鉄の棺桶に等しい。まったく、久しぶりに戻ってみればこれだ。戦況は相変わらず容赦がない。
「南詰の戦車。聞こえますか? これより救出に向かいます。聞こえてますか?」
はぐれ戦車に無線で呼びかけ続けた常世・阿頼耶(
gb2835)は、絶望的な思いで響 愛華(
ga4681)を振り返った。
返事がない。無線機が破損したのか、あるいは‥‥
(「そんな事ない。絶対に、絶対に助けられる‥‥! だって、私たちはその為にここにいるんだから!」)
愛華は唇を噛み締め、頭を振って悪い予感を振り払う。
「先行する。『足』のある者はついてくるのじゃ!」
戦車まで30m。先頭を走っていた綾嶺・桜(
ga3143)が叫びと共に掻き消えた。
瞬く間もあればこそ。直後、戦車の周りに屯するキメラたちは、その只中に、自らの背に倍する薙刀を水平に構えた桜の姿を見出した。
「戦車から、離れぬかァ!」
身を捻り、身体全体をバネにして薙刀を横に薙ぎ払う。突然の攻撃に距離を取るキメラたち。桜は身体の回転もそのままに、地を蹴り横へと『跳ねて』追撃する。
MAKOTOは内なる獣の力を脚部に漲らせると、桜とは逆サイド、戦車に突き刺さったままの角甲虫へ突っ込んだ。
その姿はまさに雷の如く。金髪を風に流しながら薄黄色の穂先を一直線に突き入れる。砕ける甲殻と飛び散る体液。思いのほか深く沈み込んだ槍先を蹴り飛ばすようにして引っこ抜き、そのままクルリと回転させて、背後を牽制しながら体液を振り払う。
そのMAKOTOを包囲するように『隊列』を整え始める甲虫たち。その側面に、AL−011『ミカエル』を身に纏った阿頼耶が突っ込んだ。
装輪駆動音も高らかに突進してくる、重装騎兵の様なAU−KV。一番端の甲虫から蹴散らしにかかるその姿に、キメラたちがワタワタと離れていく。
「MAKOTOさん! ホーンビートルを!」
滑るように機を停止させた阿頼耶が、戦車に突き刺さったままの角甲虫を指し示す。MAKOTOは頷くと、槍をテコにして隙間を作り『獣突』で突き飛ばした。
角甲虫をぶつけられて混乱する虫の隊列。その横を他の群れがにじり寄る。
「モテモテですね。戦車」
「ホント。美人が2人もいるのにね」
嘆息する阿頼耶にMAKOTOが苦笑を返した。実際、戦車は橋を塞ぐように停車しており、川を渡ろうとする敵は自然とここに集まってくる。
「ま、実際、安いナンパはお断りだけどね。キメラに言い寄られても嬉しくないし。‥‥蹴散らすよ。援護宜しく」
「でも、今日のは随分としつこそうです。さっさと袖にするに限りますね。‥‥了解。後ろは気にしないでいいですよ」
「キミたち、ちょっとお痛が過ぎるんだよ!」
激しい連射音が轟き、戦車に取り付いていた1匹の甲虫が穴だらけになって転げ落ちた。
装填し、続けざまにもう1匹。反動で跳ね回る銃身を抑えながら、愛華は鉄の猛威で以って戦車周りのキメラを追い散らす。
敵の後退を確認した愛華は、砲塔に上がって上部ハッチをノックした。固唾を飲み、祈るようにして待つ。‥‥ハッチは、開いた。
「よかった! 助けに来たんだよ!」
歓喜と安堵の息を吐き出した後、愛華は前方から迫る長砲身の砲甲虫を指差した。
「脱出の前に、戦車砲であれをやっつけて欲しいんだよ。遠いし、射程は長いし、色々と厄介だから」
少し待て、とベンは答えた。先程の攻撃で砲手のハンスが負傷していた。
「俺が撃つ。耳を塞いどけ。おい、ロッシ、装填しろ。いつまでヘタレてやがる!」
車内へと戻るベン。愛華は、橋を渡ってくる後続の能力者たちに向かって『負傷者あり』のサインを送った。そして、前へと首を巡らせ‥‥
そこで、こちらへと突進してくるトロルに気付いて目を見開いた。
先程、砲撃を受けて倒れていた奴だった。距離が近い。躍進しつつ、トロルは巨大なつるはしを大きく振り被り──
直後、厚い胸板に銃撃を受けたトロルが大きくその身を仰け反らせた。第2射が側頭を掠め飛び、トロルは堪らず転倒する。
振り返った愛華の視線の先に、橋の真ん中で伏射姿勢をとった三島玲奈(
ga3848)の姿があった。
「‥‥『対戦車ライフル』を抱えて戦車救出、って、冗談きついよね」
照準から視線を外し、玲奈がフフンと笑みを漏らす。‥‥後続が前衛へと到達したのだ。
「俺たちが出張ったからには、誰一人犠牲になんぞさせねぇからな!」
龍深城・我斬(
ga8283)は近場の甲虫に向けて『番天印』を撃ち放った。近づく敵へ続けざまの連射。脚が吹き飛び、擱座した甲虫へ銃撃を集中させて止めを刺す。
「射程と命中精度で選んだ銃だが‥‥ちょっとパワー不足かな」
溜め息を吐く我斬。それでも、自らの高い攻撃力を補正として逃げ散る甲虫を追い散らす。
激戦続きで皆、疲労がピークに達していた。だが、ここはもう一頑張りだ。橋を落とせばまた幾らかの時間が稼げるし‥‥何より、俺は誰かを守れるだけの力を得る為に能力者になったのだ。
「けけけけけーっ!」
甲高い笑い声を上げながら、NAMELESS(
ga3204)が戦場へと突っ込んだ。長槍を手に、近場に残っていた大物──大蟻へと一目散に突進する。反応したキメラが頭をもたげ、至近距離から酸を吐いた。散弾のように飛び散った酸の雫が顔面へと飛んでくる。それをNAMELESSは身を屈めてかわすと、突進の勢いを緩める事無く大蟻の顎の間に槍の穂先を突き立てた。
天へ突き上げ、地に叩き付け、2度3度と突き下ろす。笑いが途切れる事はない。
やがて大蟻が完全に沈黙すると、NAMELESSはゆっくりと槍を引き抜いた。笑い声を洩らしながら、妙に冷静な視線で道の左右へ視線を振る。
道の奥に、迫り来る甲虫の集団があった。NAMELESSは、桜と愛華に視線を向けると、その群れをスッと指差した。
「あの側方集団は任せた。俺たちはこのまま前進し、迫る敵を迎撃する」
そう語ったのはNAMELESSではなく、その横に立った月影・透夜(
ga1806)だった。涼しげな佇まいの透夜と、狂気すら感じさせるNAMELESSの取り合わせにどこか可笑しみを感じつつ、桜は鷹揚に頷いた。
「分かった。でかいのは任せるのじゃ」
「頼む」
短く答え、起き上がったトロルに気付いたNAMELESSを透夜が追う。刹那、二人を見送って‥‥桜と愛華は迫る甲虫の群れへと正対した。
「私たちが最終防衛線だよ、桜さん」
「まったく、ちっちゃいのがうじゃうじゃと。行くぞ、天然(略)犬娘。奴等を戦車に近づけるでないぞ!」
うん! と元気に頷きながら、桜の斜め後ろに占位する愛華。桜さんもちっちゃいけどね、という台詞は胸の内にしまっておく事にした。‥‥何となく、後でばれそうな気がしないでもないけれど。
砲手の怪我は意外と重いものだった。角甲虫の角が脇腹を傷つけていたのだ。
上部ハッチからその身を受け取ったMAKOTOは、慎重に引き出すと橋の袂まで運んで横にした。救急セットを取り出す。とりあえず止血と消毒だ。内臓まで傷がついているか、医者ならぬ身には分からない。
「しっかりしてや、おっちゃん。ウチ、重砲兵が目標なんや。帰ったら弟子にしてもらうんやから、ホンマ頼むで」
ライフルと超機械を抱えて前進して来た玲奈が、なぜか南部訛りの英語でハンスに呼びかける。ハンスはうっすらと目を開け、「能力者が、重砲?」と油汗に塗れて笑って見せた。
パン、パン、パン、と銃を撃ちながら下がってきた我斬が、負傷者の横で膝をつく。手には救急セットがあった。
「手伝おう」
「お願い」
二人掛かりで傷口を留め、ありったけの止血剤を振りかける。
砲声がした。吐き出された砲弾が砲甲虫を直撃し、その中身を文字通り吹き飛ばす。
ある程度の治療を終えると、MAKOTOは負傷者をその背に背負わせた。呻き声を上げるハンスに「少しの間、我慢してね」と声をかける。
少しでも早く橋を渡り切る必要があった。傷もそうだが、いつ角虫が飛んでくるかも分からない。
「天使の慈愛と悪魔の狡知、ね。大胆さと慎重さ、かしら」
言って、銃のホルスターのベルトを口に咥えて押さえ込む。グルリと空を見回して‥‥そのまま一気にMAKOTOは橋を渡っていった。
戦車へと戻った我斬は、装填手用ハッチから転げ落ちるように飛び出してくるロッシと出くわした。そのまま一目散に逃げようとする所を襟首掴んで引き戻す。
「一人で動くな。危ないだろう!」
自分たちが護衛するから、と──特に「危険だから」と言い含める。「車長と操縦手はどうした?」と尋ねると、「今、車長が操縦手ハッチを開ける」と戦車を指差した。
砲塔が旋回し始める。M1A1−SESの操縦者ハッチは、砲塔を横にしないと開けない。阿頼耶はそれを焦れる思いで見守った。
脱出は速さが決め手となる。足止めしている皆の撤退が遅れれば、橋の爆破前に付け入る隙を与えてしまう‥‥
ようやく旋回を終え、やっと、という感じで開放されたハッチを阿頼耶が覗き込む。
「背中を切られた。引っ張り上げてくれ」
どこか冗談めかした顔で、ひょっこりと顔を出した操縦手、リーが両手を上げる。阿頼耶は苦笑を返しながら、その身体を引っ張り上げた。
「よっしゃ。さっさとずらかろう!」
最後に車長の脱出を確認した玲奈が叫ぶ。角甲虫の羽音が聞こえたのはその時だった。
「角虫が行くぞ! ‥‥畜生がっ、降りてきやがれ!」
NAMELESSの警告が飛ぶ。拳銃の届かぬ高みから進入してきた角甲虫は、そのまま、上空から酸の雨を降らせてきた。
「退避ーっ!」
リーを引っ張り上げた阿頼耶が戦車から飛び下りる。背中を血で濡らした操縦手に目を丸くしながら、装輪で一気に距離を取る。
ベンと玲奈、そして、ロッシを引きずる我斬も慌てて戦車から跳び退さる。その直後、酸の霧が戦車へ降り注いだ。間一髪だった。
「おっちゃん、ちょいと肩貸してな」
芸を一つ見せたげる。そう言って玲奈は膝をつくと、ベンの肩に対物ライフルをドンと置いた。慌てて耳を塞ぐベン。再び旋回してくる角虫目掛けて玲奈が引鉄を引き絞る。
直撃2発、止めに1発。叩かれた蝿の様に落ちる甲虫に玲奈が悪態混じりの歓声を上げた。
「よし‥‥ここまでくれば、後は一人でも味方の所まで走れるな? 脇目は振らなくていいぞ。脇目を振るのは俺たちの仕事だ」
橋の中程までロッシを護衛してきた我斬は、そう言って少年兵の背を押した。一緒に行かないのか、と驚くロッシに、どこか照れたように笑ってみせる。
「まだ仲間が残っているからな。迎えに行ってやらないと」
横殴りに振り回された鉄柱が、受け止めたNAMELESSの槍を思いっ切り引っ叩いた。
激しい金属音と共に振動する槍。手の中から飛び出したそれを足の甲で拾い上げ、逆方向から振るわれたつるはしを後ろへと跳び避ける。
その隙に敵の後ろへと回り込んだ透夜が、肩から提げたSMGをトロルの両膝裏へと撃ち放った。フルオートで撃ち放たれた銃弾が膝裏の肉が千々に乱す。いくら強化した所で、関節を守るには限界がある。膝が落ちたら脳を討つ。いくら回復量が高くともそれで終わりだ。
グラリ、と崩れかけるトロルの膝。勝機と見た透夜が背から槍を両手に回す。
次の瞬間、落ちかけたトロルの膝がグンと伸びた。目を見開く。銃弾はぶ厚い肉に阻まれ、関節まで届いていなかった。
投げられたつるはしが回転しながら飛んで来るのを身を捻ってかわす。体勢を立て直す間に距離を詰める敵。突き出された膝を槍で受け止め、後方へと弾き跳ばされる。
追撃はNAMELESSによって阻まれた。心底楽しそうに笑いながら、柄の長さを活かして素早く穂先を顔面へと出し入れする。
笑い声が止まる。ガン、と槍先を打ち上げたトロルの鉄柱が、『返す刀』でNAMELESSの肩口を強かに打ちつけていた。NAMELESSは下がらなかった。再び笑い声を上げながら、槍先でトロルの皮膚を裂く。
透夜は、ダメージが残る膝裏に後方から改めて槍を突き込んだ。だが、それでも、トロルは倒れない。
(「強敵‥‥! 二人掛かりでこれか‥‥!」)
ポン、と軽い音がして、空に照明弾が撃ち上げられた。我斬が打ち上げた照明弾──それは戦車兵の救出が完了した事を報せていた。
透夜は振り絞るように息を吐くと、淡々とした口調でNAMELESSに告げた。
「合図だ。引き上げよう」
途端、NAMELESSの槍が止まり、トロルから大きく距離を取る。祭りは終わりか。ただ一言呟いた。
側方で繰り広げられていた甲虫相手の防衛戦は順調に推移していた。
扇状に展開された愛華の銃撃。その弾幕を追う様に桜が薙刀で止めを刺していく。
「ここは通さん。わしらを舐めるでないわ!」
「でも、桜さん。いい加減キリがないよ‥‥」
桜の背後で弾倉を装填しながら愛華が呟く。照明弾が上がったのはその時だった。
「救出は終わったようじゃな。わしらもそろそろ撤退するか」
迫る敵を愛華の銃撃で牽制しながら後退を開始する。そうして戦車の脇から橋へ抜けようとして‥‥
横から飛び出してきたトロルとの後衛戦闘に巻き込まれた。
「桜さんっ!」
桜を引き戻した愛華の頭部を、トロルの鉄柱がかすめ飛んだ。衝撃に愛華がぺたりとへたりこむ。
「この‥‥っ! わしの愛華に何をするのじゃ!」
「桜さん、だめ!」
トロルに突きかかろうとする桜を愛華は慌てて引き止めた。これ以上後退が遅れたら他のキメラに橋を渡られかねない。
戦闘を継続してきた透夜たちが戦車を乗り越え、離脱する。
後方に響く咆哮。鎧角竜が遂に瓦礫を崩して振り払う。振り返るトロル。その隙に、桜と愛華は移動系能力を使って一気に離脱した。
「ごめんね。君は連れて帰れない‥‥でも、ありがとう。みんなが助かったのは君のお蔭だよ」
満身創痍の戦車に別れを告げて。能力者たちは橋を渡り切った。
鎧角竜の突進に、キメラたちは慌ててその進路上から飛び退いた。
60t。『獣突』でも吹き飛ばせない戦車をも蹴散らしながら、ただひたすらに直進し続ける。
「今じゃ、ジェシー! 吹き飛ばせ!」
合図と共に橋梁に仕掛けられた爆弾が巨大な爆発を引き起こす。鉱山の発破にも使われる強力な爆薬は橋を粉々に吹き飛ばし、乗っていた鎧角竜を瓦礫と川の流れの中へと突き落とした。
「おー、おー。随分と派手にぶっ飛んだなぁ」
どこか呆れた様に我斬が呟く。これで幾らか時間が稼げればいいんだが。透夜はそう考えて首を横に振った。
「余り、時間はないかもしれない‥‥」
強化されたトロル、そして、爆薬でも倒し切れなかった鎧角竜を思い起こして、透夜はその表情を暗くした。