タイトル:SES−200搭載試作実験機マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/01/01 18:19

●オープニング本文


 毎度、毎度の事ながら、この瞬間はいつも緊張するものだ。
 手の平にかいた嫌な汗を人知れずそっと拭きながら、ドローム社・第3KV開発室長ヘンリー・キンベルは、小さく喉を動かした。
 唾を飲み込む音が予想外に大きく響いた気がして、さりげなく周囲を窺う。幸い、部下たちは誰も気付かなかったようだった。‥‥よかった。リーダーは常に泰然としていなければならない。でなければ不安は容易く彼等に伝播する。
 ヘンリーは小さく息を吐くと、管制塔に併設されたテストデータ収集用の情報管理室の窓から、滑走路へと視線を戻した。その視線の先に、駐機場から滑走路へと移動する1機の見慣れぬKVの姿があった。
 S−01やバイパーよりも大型の機体だった。優美な気品を漂わせつつも、あくまで骨太で力強いそのデザイン──KVでありながらどこか制空戦闘機の系譜を感じさせるその機体は、ヘンリーたち第3KV開発室が設計した新型KVの試作機だった。
 やがて滑走開始位置についた試作機が搭載したSES−200エンジンの出力を上げ、その『歌声』を高らかに響き上げる。固唾を飲んで見守る3室の技術者たちとは対照的に、スピーカーを通して聞こえるテストパイロットと管制官の事務的な遣り取りはあくまでも冷静だ。
 離陸許可が出され、鎖を解かれた猛犬の様に加速を始める試作KV。実験場に響くエンジン音は、既に『歌声』から『咆哮』へと変わっていた。
(「万全は尽くした。理論的には何も問題はない。‥‥そうさ。飛行機が飛ぶのは当たり前だ。だというのに、くそっ、何だってこういつもいつも‥‥!」)
 奥歯を噛み締める。20秒にも満たない僅かな時間‥‥やがて、ふわりと翼を持ち上げた試作機は、天を衝く様な勢いで蒼空へと駆け上がっていく。
 湧き上がる歓声。それぞれの部門が、それぞれの『試練』を試作機がクリアする度に喜びを爆発させる。ヘンリーはただ一人、最後まで緊張を維持し続け‥‥上空のパイロットが「問題なし」の報告を寄越してきてから、ようやくその身をシートに沈ませた。
「お疲れ。まずはおめでとう、ね」
 横から声を掛けられてヘンリーが振り返る。そこに自分と同様に疲れ切ったルーシー・グランチェスターの姿を見出して‥‥二人は互いに苦笑を交し合った。
「そうだね。まずはめでたい。お互いに」
 試作機が搭載するSES−200エンジンは、KV用エンジンを専門とするグランチェスター開発室が手掛けた物だ。
 拳を合わせて席を立つ。歓喜に沸いていた室内は、急速に技術者たちの仕事場へとその雰囲気を変えつつあった。飛行実験はこれからが本番であり、試作機には未だ予想し得ぬ問題が数多く内包されているかもしれなかった。

 アメリカ大陸西部、赤茶けた荒野の只中にあるドローム社のKV実験場。
 ここでは今、第3KV開発室が設計した試作実験機『X−201』を用いた技術試験が行われていた。
 『X−201』は、新型KV用エンジン『SES−200』の性能をフルに発揮できる機体として設計された試作実験機で、極めて高いエンジン出力と新型のベクターノズルを持つ。バイパーやアンジェリカと同様にブースト空戦スタビライザーを搭載しており、その技術を応用した新たな機体制御技術とも相まって、『X−201』は大型機ながらも高い機動性を実現している。
 極めて高いレベルでバランスのとれた能力を誇る『X−201』ではあるが、唯一の弱点が『燃費の悪さ』だった。『X−201』は『SES−200』エンジンに最適化された機体であるが、それ故に『SES−200』エンジンが持つ問題点がそのまま機体の問題点となっていた。
 『SES−200』は、グランチェスター開発室が現状の技術的限界に挑んだ意欲的に過ぎるエンジンだ。同室が同時期に開発していた『SES−190』エンジン(『S−01H』に搭載)に比べても極めて大きな出力を持つが、価格・燃費・出力制御・生産性と整備性に大きな問題を抱えていた。巡航時にはリミッターをかけ、戦闘時には搭乗能力者のAIにエンジンの制御を依存する事で出力制御の問題には目処が立ったものの、依然、他の問題点は解決の目処が立たなかった。

「そもそも機体が大型化したのも、燃料タンクのスペースを確保する為だろ? それでも解決しなかったのか?」
 ヘンリーから提出されたスペック表をパラパラとめくりながら、企画部のモリス・グレーはどこか呆れた様に呟いた。
 スペック表に載っている『X−201』のKVとしての基本性能は押し並べて高かった。ただ、練力値だけが極端に低い。これではブーストとスタビライザーを使用したら殆どすっからかんになってしまう。
「‥‥局地戦闘機でも作るつもりか?」
「‥‥いや、あくまで汎用機にしたいなぁ、とは思っている」
 モリスが肩を竦めて鼻で笑うのを見て、ヘンリーは苦笑した。今の状況では言い返せない。だが、新型の機体制御装置や気流制御補助力場を使用する以上、どうしても燃費は悪くなる。
「で、解決策は考えてあるんだろう?」
 さも当然と言わんばかりの口調でモリスが訊ねてくる。ヘンリーは、コンフォーマルタンクの使用を検討している、と返答した。
「コンフォーマルタンクは、機体側面に装着する密着型の超大型増槽だ。空気抵抗が少なく、戦闘能力を損ねずに燃料搭載量を大きく上げる事が出来る。汎用機と呼べる位にはなるはずだ。『X−201』の場合は、正確には『コンフォーマルタンクっぽいもの』だな。装甲で覆うから」
「デメリットは?」
「積載量の減少。あとアクセサリスロットも。それに重量増加による若干の性能低下と‥‥あぁ、あと、タンクの着脱は恐らく選択式には出来ない。それでも、何個も燃料タンクを吊るすより効率は遥かに良いと思う」
 ふむ、とモリスは口をつぐんだ。この性能なら意外といけるかもしれない。現在、社内で『場末』の3室に期待する向きは少ないが、やりようによっては十分『上』に売り込める。
「‥‥華が欲しいな」
 モリスの言葉に、ヘンリーはそちらへ首を向けた。『X−201』は高い機体能力が特徴ではあるが、特殊能力は未だ実用化されてはいなかった。
「考えてはいるさ。勿論」
 答えるヘンリーの頭上で、『X−201』が飛行状態から空中変形する。推力を最大にして宙を突き進む機体は、しかし、僅か数秒の抵抗の後、空気の壁に押し返されて失速した。慌てて戦闘機形態へと変形し、最短の時間で機体制御を取り戻し水平飛行へと移行する『X−201』。それを確認したヘンリーは、安堵と落胆の溜め息を同時に零した。

●参加者一覧

守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
井出 一真(ga6977
22歳・♂・AA
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
エレノア・ハーベスト(ga8856
19歳・♀・DF
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD
常世・阿頼耶(gb2835
17歳・♀・HD
ロレンタ(gb3412
20歳・♀・ST

●リプレイ本文

 クルメタルの新型機『シュテルン』の情報は、ドロームにも大きな衝撃をもたらした。
「凄いスペック‥‥これ、本当なの?」
「12枚の可変翼に4基の推力偏向ノズルか‥‥随分と野心的な設計をする技術者がいるね」
 まだ日も上がらぬ早朝の食堂で、本社より送られてきた各種データを顔つき合わせて見やりながら、ルーシーとヘンリーは渋い顔で唸りを上げた。
「確かに、他と比べて頭一つ抜け出してるなって感じですね」
「ライバルの出現です、モリスさん。開発費をもっとたくさん取って来ないと負けちゃいますよ!」
 カンパネラ学園の制服に身を包んだ常世・阿頼耶(gb2835)とヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)が発破をかける。
 モリスは苦笑した。社を脅かす競争相手の出現は、しかし、皮肉なことに3室にとっては追い風だった。社の誰も見向きもしなかった技術試験機は、今や注目の的である。
「一等星か。なるほど、素晴らしいKVです。でも、ヘンリーさんたちの敵はこの機体じゃないのでしょう?」
 スラリとした体躯の少女のような少年、守原有希(ga8582)が涼やかな声で宣言する。
「貴方たちの理想はその先にある。なら私たちでX−201をその高みまで届かせましょう」

 日の出と共に、空は蒼さを取り戻しつつあった。
 仰角を大きく取ったX−201が、白く雲を引きながら朝焼けに染まった雲間を抜けていく。薄暗い煤けた様な蒼空を上昇していく機のコックピットで、阿頼耶は目まぐるしく変わる高度計の数字を見つめていた。
「やっぱり間に合わせの機体より全然速い‥‥!」
 感嘆の呟きを漏らした時には成層圏へと達していた。陽光を受けて煌きながら上昇を続ける機体‥‥やがて高度2万mでループを打つ。
「高度2万まで2分強‥‥」
 非武装、増槽未装備ではあるが十分すぎる値だった。以前に乗ったSES−200搭載型バイパーEの時は2分半以上掛かったのだ。
「よし。急降下してそのまま戦闘機動に入るぞ。ついてこれるな?」
 無線機越しに耳朶を打った龍深城・我斬(ga8283)の声に、阿頼耶はハッと我に返った。ひっくり返ったままのキャノピー越しにもう1機のX−201が見える。阿頼耶は機を水平に戻すと我斬機の斜め後ろへと移動した。
 我斬はそれを確認すると、翼を翻して機を逆落としに急降下させた。
 ひっくり返る天地と急転する計器の値。そのまま高度6千まで降下して戦闘機動を開始する。
「よし、行くぞ!」
 コックピットの我斬の身体から薄紫色のオーラが立ち昇った。覚醒とAIの指示を受けて機体がリミッターを瞬時に解除。傾けた操縦桿に従って機体が跳ねる様に機動する。
 大型機にも関わらず操縦桿の取り回しは軽かった。ベクターノズルが炎の尾を振る度に機が急角度で空を跳ねる。振動は驚く程少ない。機体の各所でうっすらと紅く光る微弱な力場──気流制御用の補助力場のお蔭だろうか。特殊能力使用時の愛機・雷電が『流れる様に振るわれる大剣』であるならば、こちらは『風を切り裂く大剣』のようだ。
「さすがエンジン音からして従来機とは違いますねぇ。これは凄い機体になりそうです」
 駐機場へと帰還してきたX−201──昨日、組み上がったばかりの3機目をどこか子供の様な目で眺めながら、井出 一真(ga6977)は感嘆の吐息を漏らした。KV好きが高じ、遂に整備士資格まで取ってしまった男である。最新鋭機の開発現場に身を置くは、まさに夢の様な心地であった。
「エンジン出力は凄いけど、大型化のせいであまり余裕はないみたい。もう一つ、リミッターが設定されてるらしいけどね」
 3号機から降りて来たクリア・サーレク(ga4864)が一真の横に立って言った。燃料補給を終えた後、パイロットを一真に変えた上で3号機は再び空に戻る予定だった。激戦を想定しての連続出撃。整備性に難のあるX−201の課題であった。
「仮にこの子に愛称をつけるなら『スルト』とかどうかな?」
 クリアの言葉に一真は小さく首を傾げた。スルトは北欧神話に登場する炎の巨人だ。機体ともドロームとも結びつかない。
「‥‥そのココロは?」
「エンジン=炎神=火の神=スルト‥‥的な?」
 ‥‥‥‥。
 喧騒の中の静寂。補給を終えた整備士が一真を呼んだ。
「あ、はい。すぐいきます」
「スルーですかっ!?」
 クリアの声は、わくわくしながら機へ急ぐ一真の耳には届かなかった。

 その日の実験は全て終わった。
 地上へと戻ってきた阿頼耶は、ヘンリーの姿を見つけるなりいきなり駆け寄った。
「凄いですよヘンリーさん! 凄い凄い凄い!」
 その両手を取って上下にブンブンと振り回す。大空を駆け上がる感動を何か言葉にしようとして‥‥何も言えずに再び凄い凄いと手を握る。
「予想以上の大出力でした。あの推力を活かした高機動機でいけばいいと思います!」
 操縦の興奮を余韻に残した一真が力強く進言する。有希もそれに頷いた。
「シュテルンが重装甲汎用なら、こちらは攻撃型高機動汎用で並び立つが上策かと」
 シュテルンとX−201のデータを見比べながら、有希が実際に数値を上げて能力者としての意見を出す。
 データはロレンタ(gb3412)が用意したものだった。今日1日地上に残ったロレンタは、この時の為にシュテルンの資料とバイパー系機体の運用データ、そして、今日の実験で得た情報を纏め、皆に配布していた。
「回避に重点を置きながらも十分な防御力を持つ万能機であって欲しいですね」
「パッと見、目立つ能力があると購買意欲が湧くんじゃないか?」
 有希が出した数字に一真や我斬が新たな数値を書き加えていく。
「KVには実用性と汎用性、万能性を求めるべき‥‥ですが、本機の場合‥‥多少の尖鋭化は仕方ないですね」
 記された数値を眺めてロレンタが呟く。その数値は概ね彼女の要求を満たしていた。
「おいおい。随分とハードルが高いじゃないか」
「X−201とSES−200、それにヘンリーさんたちなら実現できると信じています!」
 思わず出た長崎弁を交えながら熱弁を振るう有希。ヘンリーは苦笑した。現状では他社なら恐らくシュテルンが技術的天井に近い。だが、ドロームはまだ余裕があるはず。提案された傾向を踏まえつつ、実現可能なラインを設定し‥‥
 その数値を、エレノア・ハーベスト(ga8856)がさらに大きな数値で書き換える。
「SES−200に設定されたリミッター‥‥これを解除し、制御する事ができれば、これ位の数値は達成できまへんか?」
 書き込まれた数値は、随分と野心的で革新的なものだった。流石にこれは‥‥とヘンリーは首を振った。
「リミッターを解除してもここまで能力が上がる事はないよ。長時間の連続運転には耐えられないし、練力も馬鹿食いする」
 現時点で現実的な選択肢じゃないな、と嘆息するヘンリー。一方のエレノアは、そうですか、とあっさりその矛を収めた。平然とした涼しい顔。なるほど。最初からハードルを上げる為にふっかけてきたかとヘンリーは理解した。
「特殊能力はどうです? ブレス・ノウとアグレッシヴファングを同時発動するようなのとか、脚部だけの部分変形だとか」
「部分変形か。面白いな。外付けのコンフォーマルタンクを可動式にして、機動に連動させて重心を動かすのはどうだ?」
 一真の案に我斬が新たな案を出す。続けざまに様々な案が提案され、ヘンリーとモリスによってそれぞれ検討が行われた。
「既存技術の組み合わせ系のものは技術的には可能なんだが‥‥他の研究室が開発した物、特に新技術を用いたものは情報開示が難しいんだ。そのまま乗せるという手もあるが、それだと特殊能力の枠が埋まってしまう」
 ドロームにも色々あるんだよ、とヘンリーが溜め息を吐く。まぁ、ここら辺の交渉はモリスに任せるしかない。
「限定的な変形は『失速の危険性が人型変形時とあまり変わらない』とのデータが出ている。あと、各『能力値』の概念を超越した技術も実現はできない。貫通攻撃系は‥‥敵味方識別不可、発射後、回避・防御が一切出来ない物なら載せられそうだが‥‥」
 どうだろう? 今回、他に攻撃系が提案されていないのを見ると、需要が余りないとも感じる。
「ともかく、開発を続けるに当たっては燃費の改善が絶対条件だと思うんです。ただでさえ大喰らいになりそうだし‥‥」
 阿頼耶の言葉に我斬が同意する。阿頼耶は意を強くして提案を続けた。
「ブースト空戦スタビライザーって、バイパーとアンジェリカでノウハウを蓄積してるじゃないですか。消費練力を抑えたりできないものですかね」
 阿頼耶の問いに淀みなく答え始めるモリス。ヘンリーがその顔をチラと見た。
「そうだな‥‥申し訳ないが中々難しいみたいだ。ただ、専門の研究室で技術開発は続けているから、遠くない将来、何らかの発表があるかもしれない。企画部の人間として、それは期待してくれて良いと思うよ。‥‥そうだ、先程のタンク移動による重心移動の件。アイデアは面白いが、燃料の減少による重量と重心の変化、それに伴う制御システムの開発となると、費用対効果がやはり問題に‥‥」

 3日目の夜。『戦闘糧食よりは随分とまし』な夕食を終えたヘンリーに、ロレンタが声をかけてきた。
 イヴの夜、火を使えるような場所はないかということだった。
「屋内で? それなら食堂の厨房があるけど‥‥確か実験場のパーティーで使うんじゃなかったかな」
 その答えに考える素振りを見せるロレンタ。当初の規模より大きいけれど、便乗させて貰おうか‥‥などと呟いてみせる。
「なに?」
「いえ。なんでもありません。当日を楽しみに」

 実験最終日前日の夜に行われたクリスマスのパーティーは、能力者たちの手配もあって盛大なものとなった。
 3室の技術者たちから整備したち、実験場の職員たちの諸々が食堂に集まる。流石にこんな辺鄙な場所では、他に遊びに行ける場所も教会も近くにはなかった。
「ハッピークリスマース! クリスマスにはプディングだよっ!」
「こちらはトナカイリッジウェイとイビルアイズサンタの生クリームのフルーツケーキ!」
 食堂の厨房を借りてケーキをこしらえたクリアと有希がカートにたくさんのケーキを乗っけてやって来る。プレゼントを包んだクリスマスプディングに、可愛らしい砂糖菓子の乗ったホールケーキ。有希は本当はリッジウェイをサンタにしたかった──背中に荷物を背負っている──のだが、ドローム製機体に4つ足がリッジウェイしかいなかった為、急遽、トナカイ役に変更したらしい。
 バタン、と食堂の扉が開いて、外から息を切らした我斬と阿頼耶が飛び込んできた。手にはジュースやアルコール、クリスマスのパーティーグッズを山ほど抱えている。50km程離れた近場の街まで、車とAU−KVでひとっ走り行って買ってきたのだ。広すぎるにも程がある、と呟く二人は、アメリカの大自然を思う存分満喫できたことだろう。
 ヴェロニクは伝統的な鳥料理を調理した。フランスの祖母仕込み秘伝レシピ、ハーブを利かせた逸品だ。ホロホロ鳥やシャポンをローストし‥‥まぁ、ここはアメリカだし、七面鳥でも我慢しよう。
 腿肉を受け取ったヘンリーはシャンパン片手に会場を渡り歩き‥‥見慣れぬ料理を手にしたエレノアを見かけ、近づいた。
「これは‥‥?」
「ちらし寿司。なんやしらんけど、パーティするって聞いたよってに」
 日本の料理だと言う。冷めても美味しく、ある程度手の込んだものとして持って来たらしい。意外な組み合わせとギャップにヘンリーが目を丸くする。どうにもこうにも、今回は随分とお嬢様が多いようだ。
 散らし寿司を一口貰って立ち去ろうとしたヘンリーに、エレノアが呼び止めた。こんな時に不粋ですが、と前置きして聞いてくる。
「個人的な興味やけど、これだけの主機で作った空対空戦闘機ってどんな感じになるんやろか? もしかしたら空戦のみならステアー辺りなら対等に渡り合えへんやろか」
 なるほど。いわば空中専用KVという事か。
「確かに軽量化と生産性・整備性の改善は可能でしょうね。それでも、上級機──少なくともX−201に関しては、それ程の差はないと思いますよ」

 その日の夜。
 もっこもこになるまで防寒着を重ね着したヴェロニクは、寝室を抜け出して格納庫へと足を向けた。
 眠れなかった。スペインで多くの死を目の当たりにして以来、このような夜はしばしばあった。
 X−201を収めた格納庫は未だ照明も落とされず、少し離れた場所では今も整備士たちが作業を続けていた。
「‥‥ねぇ、X−201? 貴方は私達の『影』を払う『光』になれる?」
 嘆息するように呟き、機体を見上げる。
 その視線がコックピットにいるクリアのそれとぶつかった。
「〜〜〜〜〜っ!????」
「あー、何と言うか‥‥ごめんねぇ」
 独り言を聞かれてヴェロニクが真っ赤に染まる。クリアは頭をポリポリ掻いた。
「話し声が聞こえると思ったら‥‥こんな時間にどうしたんだ?」
 騒ぎを聞きつけたヘンリーとモリスがやって来る。眠れなくて、と二人は答えた。
「ねぇ、ヘンリーさん。この子はシェイドを倒す為の一振りの剣となれる?」
「無理だな」
 至極あっさりと、ヘンリーは答えた。現状では、と付け加える辺りは技術者としての矜持だろう。
「学生時代、俺は機械工学と制御技術を専攻していた。当時はメトロニウムが発見され技術革命が始まった頃でね、俺やモリスは大学に残って研究を続けたよ。やがてエミタやSESが登場し、教授の勧めもあってドロームに入社した。KVの開発に関わるようになったのは、それが最先端の技術の塊だったからだ。
 ‥‥やがて、本格的な侵攻が始まった。俺はシェイドの暴れっぷりを直接目にした事がある。‥‥あれは化け物だ。だが、それでも。こうして階梯を一段ずつ登る事には意味があると信じたい」
 柄にもない事を言った、という風に照れながら去るヘンリー。ヴェロニクは去りかけたモリスをそっと呼び止めた。
「あの‥‥ルーシーさんの旦那さんて‥‥やっぱり‥‥?」
 バグアの侵攻で亡くなったのだろうか。ルーシーのエンジン開発に対する情熱はその復讐の為に思えたのだ。
「いや‥‥戦災ではない」
 それ以上、モリスは答えなかった。

 実験最終日。X−201による空中人型変形の実験が行われた。
 高度を取り、実験の開始を告げる。コックピットのヴェロニクは安定装置を作動させると、推力を最大にして変形を開始した。
 宙を切り裂くように飛んでいた機体に、突如巨大な空気抵抗が押しかかる。機体制御。見る見る内に失われる速度に対抗するようにエンジンが咆哮する。
 お願い‥‥短い時間、例え一瞬でもいいんです。天かける翼を下さい‥‥!
 うっすらと紅く光る機体は、しかし、遂に空気の壁に屈して失速する。ヴェロニクは大きく息を吐くと、機の姿勢を制御しながら戦闘機形態へと変形させた。
「‥‥道のりは、まだ遠いか」
 ヘンリーが呟いた。