●リプレイ本文
「見えた。あれが若葉さんさぁ。僕は、魔窟と化した鷹司さんの部屋を片付けておくから、それまでMAKOTOさんは観光案内をお願いするさ」
兵舎の階段の踊り場から、こちらへと歩いてくる一人の女性を見下ろしながら。人づてに巡り巡って、鷹司の『お願い』を聞く事になったMAKOTO(
ga4693)は、同じく厄介事を引き受けた御影 柳樹(
ga3326)に「ふぅん」と気のない声を返した。
騙すのは性に合わない、と嘆息するMAKOTOに、これも人助けと柳樹が笑う。じゃ、よろしく、と言い残して鷹司の部屋へと向かう柳樹。MAKOTOは若葉を迎える為に階段を下りながら、心と表情のチャンネルを切り替えた。
「貴女が若葉さん? 岩国では兄がお世話に‥‥あ、私、故あって鷹司さんから観光案内を頼まれました、ガイドのMAKOTOです。どうぞよろしく〜」
決めポーズ付きの自己紹介は流石にやりすぎだったろうか。きょとんとする若葉にいささか照れながら、MAKOTOは事情を説明した。鷹司はどうしても抜けられない用事があって、若葉さんのお相手を私に任せて出かけました、と。
「あのオヤジ‥‥すみません。身内のゴタゴタに巻き込んでしまって」
おいおい、いきなりバレてるじゃない。内心でツッコミを入れながら、MAKOTOは笑顔を堅持した。
「‥‥まぁ、そういうわけでして。どこかご希望のスポットとかありましたら、どこでもご案内致しますよ〜」
どこでも? 呟きながら若葉は地図に目を落とし‥‥スッと指を滑らせた。指し示す先は、情報を元に若葉が導き出した鷹司の『逃走先』だった。
「それじゃあ、このKV用訓練施設に行ってみたいんだけど」
「いいですよ」
「えっ? いいの?」
至極、あっさりと了承したMAKOTOに、若葉は目を丸くした。
「私が頼まれたのはあくまで観光案内ですから。若葉さんの希望先が『たまたま』あの人の逃げた先と同じだとしても、それはもうしょうがないんじゃないかと」
にこにこと人好きのする笑顔を向けながら、唇の端でニヤリと笑ってみせるMAKOTO。若葉はプッと吹き出した。
「ありがとう。じゃあ、案内をお願いするわ」
無言の協定を成立させて。MAKOTOと若葉は連れ立って、鷹司を追って歩いていった。
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同刻。KV用シミュレーター、予約受付ホールにて。
機種転換訓練中の雪野 氷冥(
ga0216)は、訓練直後、再び予約の列に並んだ所で、ホールに入ってきた鷹司英二郎に気がついた。
タオルで汗を拭きながら、挨拶しようと待ち続ける。だが、当の鷹司は、きょろきょろとやたら周囲を気にするばかりで‥‥不審に思った氷冥が呼び掛けると、鷹司はビクリと慌てた様子で振り返った。
流石に不穏なものを感じ、列を離れて問い質す。緊張しながら事情を聞いた氷冥だったが、すぐにその表情を弛緩させた。
「何事かと思えば‥‥それじゃ、その奥さんの妹さんから逃げ回っていたの?」
「いや、まぁ、そうなんだが‥‥」
で、いったい何をしたのか。尋ねる氷冥に、鷹司は流石に恥ずかしそうにしながら、その理由を吐き出した。
「‥‥デトロイトでKVを落とされた時な。軍から出た退職金を担保に新型機の権利を買った。‥‥相談なしで」
こいつ、いっぺんこってりと絞られた方がいいんじゃないか。氷冥は半ば本気で呆れながらも、苦笑混じりに立ち上がった。ここからすぐに立ち去った方がいい。その言葉に、鷹司は怪訝な視線を氷冥に向けた。
「追って来るのは元副官だったんでしょ? なら、咄嗟の動向は読まれてるんじゃないかしら。‥‥逃げるなら当てがあるわ。暇だし、せっかくだから付き合ってあげる」
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公園を抜けた若葉とMAKOTOは、大通り沿いのスーパーの前で、姉妹の様に連れ立って歩く共通の知人と遭遇していた。
「まったく‥‥おぬし一人に買出しを任せると、余計な物まで買い込むからの‥‥」
「わふぅ〜。桜さんとお買い物〜‥‥って、あれ? 藤森中尉? どうしてL・Hに?」
熱々コロッケを嬉しそうに食べ歩く響 愛華(
ga4681)と、溜め息をつきながら苦笑する綾嶺・桜(
ga3143)。事情を聞いた二人は、一も二も無く、若葉に協力を申し出た。
「ホント、英二郎さんってば‥‥若葉さん、絶対に捕まえようね!」
「まぁ、どうせ暇じゃし、探すのを手伝うとするかの?」
会話に花を咲かせつつ、訓練所へと到着する4人。ホールに鷹司の姿は見えなかった。愛華は受付に見知ったオペレーターを見つけると、情報を得るべく歩み寄った。
「こんにちは。今日は英二郎さん、いる?」
「鷹司ちゃん? えーと、今日は入ってないよ。あ、でも、さっき氷冥ちゃんと一緒にいるのを見かけたけど」
鷹司ちゃん? 女連れ? その言葉に若葉が反応して振り返った。
浮気? いや、まさか。アメリカでの一件で懲りてるはずだし、それに、オペレーターの娘は、ちんまりとした可愛らしい外見で‥‥鷹司にそういう趣味はなかったはずだ。鷹司の好みはもっと大人の女で‥‥
「ところで、MAKOTOさん。鷹司とどういった関係で?」
一応、戦友‥‥と答えようとして、心中に沸き上がった悪戯心を知覚したMAKOTOは、「ご想像にお任せします♪」などと笑ってみせる。
一方、情報を得た愛華は、オペレーターに礼を言うと、何か考え込みながら皆の所へと戻ってきた。
「立ち寄ったのに、訓練していない‥‥?」
「おお、天然(略)娘。今、鷹司の目撃情報を‥‥どうかしたのか?」
怪訝そうな顔をする桜に、愛華は真剣な面持ちで視線を上げた。
「桜さん。あっちは若葉さんの追跡に気付いてるよ。それと、氷冥さんが英二郎さん側についたかも」
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その頃、訓練施設を出た鷹司と氷冥は、商業区の大通りを堂々と歩いていた。
「木を隠すなら森の中。傭兵を隠すなら傭兵の中、って事ですよ」
氷冥の言葉に頷きながらも、鷹司は居心地悪そうに視線を振った。連れて来られた場所は、ブティックやら甘味処やらが軒を連ねる、商業地区の中でも特に女性向きのエリアだったのだ。
「普段、行かない場所に行った方がこちらの動きを読まれないでしょ? それに‥‥」
どん、という音と共に鷹司が急に足を止めた。「「あ」」と声が重なり、びちゃり、と何かが地に落ちる音がする。
鷹司が視線を落とすと、石畳の路上に尻餅をついた中高生位の少女の姿があった。娘は、あ痛たた‥‥と呟きながら身を起こし‥‥手にしていたはずの苺生クリームクレープが、お気に入りのワンピースの上でべっちょりとその中身をぶち撒けているのを見て硬直する。一際大きな悲鳴が響き渡った。
「わ、私のクレープが‥‥! ちょっと、オジさん! お気に入りのワンビまで台無しじゃない! どうしてくれ‥‥ってか、これ、どうすんのよっ!? ちゃんと責任取ってよね!」
「‥‥服が汚れたのはお互い様なんだがな」
その少女、鈴木 天子(
gb5234)が上げる金切り声に辟易した様に、鷹司は耳を塞いで片目を瞑った。生クリームがべっとりと張り付いたシャツを摘んで嘆息する。
「ただのクレープとワンピじゃないんだからっ! 初依頼の報酬で‥‥初めて、自分で稼いだお金で買った、初めてのお買い物、の‥‥っ」
それ以上は言葉にならなかった。鷹司は涙目になった天子を見下ろすと、無言でその頭の上に手をやった。
「‥‥悪かった。代わりにはならんかもしれんが、同じ物を買ってやる」
「‥‥‥‥ホント?」
きゅぴ〜ん、という効果音が脳裏に閃き。嫌な予感に跳び退さろうとした時には、鷹司は既に天子に袖口を掴まれていた。
「よ〜しっ! まず服を買い換えてから、食べ歩きツアーの再開ねっ! もちろん、みんなオジさんの奢りだから!」
一時間後。
新たなワンピースを身に纏い、両手一杯に食べ物を抱えた天子を先頭に、3人は商店街を歩いていた。
次はどこに行こうか悩む天子の後ろで、『NW』Tシャツに着替えた鷹司は、以前の愛機に対する氷冥の愚痴を聞いていた。
「目指した開発案をそのまま発売できる開発者なんて、そうはいないさ。俺たちが戦場で状況を選べないのと同じだ」
なんとなく涙目で答える鷹司。彼の名を呼ぶ大声が商店街に響き渡ったのは、その時だった。
「見つけたのじゃ、鷹司英二郎!」
街路の中央に、自らの身長の1.5倍はある巨大なハリセンを立てた桜が立っていた。
「ぬ、お前は『ち巫っ女』!?」
「誰が『ち巫っ女』じゃっ! ええい、ともかく若葉に助太刀なのじゃ。神妙に縛につけい!」
巨大ハリセンを持ち上げ、その先端を向ける桜。鷹司は舌打ちすると、両手で天子を抱え上げて横道へと逃げ込んだ。
「目標を発見、追跡中なのじゃ。『外食』エリアから『甘味』エリアへと逃走中!」
すぐさまそれを追いながら、桜は無線機で若葉に連絡を入れる。
「予想通りですね。そちらには愛華さんを配置してあります。追い込んで挟撃して下さい」
若葉が冷静な口調で指示を飛ばす。彼女たちは地道な聞き込みを続けながら、このエリアで鷹司たちを補足したのだ。壮年の男と若い女、それに少女という組み合わせはやはり目立つ。
「‥‥ん? ちょっと待った中尉。天然犬娘を甘味処にやったのか?」
是と答える若葉に、桜は「いかん!」と叫びを上げた。
「わふぅ〜〜〜!!! あれもこれもどれもみんなおいしそうなんだよ〜♪」
店から店へ、街路を右へ左へふらふらと漂う愛華。1個くらいいいよね、と街路の屋台でハニーシュガーボールを買うその背後を、「予測通り」と目を光らせた氷冥たちが通り過ぎる。
「この天然腹ペコ犬娘ぇ〜!」
無線機から桜の怒声が響き渡った。
「何だか目を惹くねーちゃんだな〜」
街路の一角でライブパフォーマンスを行っていたヤナギ・エリューナク(
gb5107)は、街中を颯爽と歩く若葉を視界に捉えてそんな事を考えていた。ベースを弾きながら視線だけで後を追う。その颯爽とした足取り以外にも、手にした場違いな無線機と、何よりこちらを一顧だにせず歩み去るその姿が印象に残った。
一曲終えて観客が去った所で、今度は別方向から、息を切らせて走る変な3人組がやって来た。ヤナギはふむ、と頷くと、唇の端を歪ませて心底楽しそうな顔をした。
「ちょいとそこの兄さんたち。そそそ、あんたたち。せっかくだから一曲聴いてってよ」
急いでいる、と断ろうとするも、天子が瞳を輝かせてヤナギへと走り寄る。律儀に付き合う鷹司。氷冥が微笑んだ。
「かっこいい〜! 音楽とかできる人っていいなぁ!」
「ありがとよ。何かリクエストとかあるかい?」
天子の注文は最新のJ−Popだった。知ってる曲だ。UKrockではないが、たまにはいいだろう。
一曲、流したところで、ヤナギは、3人が慌てる理由を尋ねてみた。もしかして、これこれこーいう容姿のねーちゃんに追われてるんじゃないのかい?
驚いた様子の鷹司たちに、ヤナギは若葉が通った道を教えてやった。礼を言って立ち去る3人組。その背を手を振って見送って‥‥ヤナギはいそいそとベースギターを片付け始めた。
「くくっ‥‥面白ぇ事になりそう〜」
こっそりと後を付け始めるヤナギ。彼が教えた逃走路は、若葉が向かった方向と同じだった。
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「大事にならなければいいけど‥‥」
街中で繰り広げられる『追いかけっこ』をビル上の展望台から見守りながら、アーク・ウイング(
gb4432)は呟いた。
人づてに『依頼』を受けたアークは、あくまで中立の立場でこの騒動を眺めていた。高所から双眼鏡で全体を俯瞰しつつ状況を確認、度を過ぎた状況になりそうになったら介入する‥‥
だが、それももう終わる。わざわざ敵中へと移動した鷹司たちは、既に追跡隊の包囲下にあった。
アークは双眼鏡を仕舞うと、騒動の終着点へ向けて走り出した。信条はあくまで中立だが、鷹司の『依頼』として受けた身だ。最後くらい手伝ってもいいだろう‥‥
「やっと、やっと、やっと捕まえたんだよ〜!」
夕陽に陰る公園の噴水前。腰に縋りつくようにして鷹司を引き倒した愛華が、夕陽に向かって叫ぶようにームの終幕を宣言した。駆け寄ってくる桜とMAKOTO。氷冥と天子も足を止める。
「さて‥‥何か言い訳はありますか?」
どどん、と夕陽を背にした若葉が鷹司を睥睨する。
「そんなに怒らなくても‥‥悪い人じゃなかったわよ(全部払ってくれたし)」
おずおずと天子が切り出した弁護の声は、若葉の纏う怒気の前に霧散する。アークが到着したのは、そんな折だった。
「こんな所にいたんですか、鷹司さん! やっと見つけた。依頼のサポートをお願いしていたでしょ。みんな待ってるから早く来てよ!」
半ば強引に引っ張り上げながら、アークは若葉を振り返る。
「お願いします。後で必ず連れて行きますから」
若葉は大きく息を吐き出すと、先に兵舎に帰っていると告げて去っていった。
「このまま逃げ続けても、何も解決しないと思うよ? 一回くらいきちんと話し合ってみたら?」
鷹司に向かってアークが告げる。鷹司は無言だった。
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夕陽の差し込む兵舎の一室。
すっかり部屋の掃除を済ませ、ピカピカになった室内を見渡しながら。白地に黒の虎柄エプロンを身につけた柳樹は、額の汗を拭いながら満足の吐息を漏らしていた。
「うんうん。すっかり生活破綻者の気配は消えたさぁ。これなら若葉さんもケチつけられないさ」
パーフェクトな仕事振りに自然と笑みが零れる。最後に干しておいた布団を引っ張り込みながら、どうやら、部屋の主が帰って来たらしき気配を感じる。ふと悪戯心が沸き起こるのを感じた柳樹は、お茶目な冗談で鷹司を迎える事にした。
「お帰りなさ〜い。あ・な・た(はぁと)」
両拳を口元に当てて満面の笑みで振り返る。
扉を開けて入ってきたのは、鷹司でなく若葉だった。どさり、と。若葉の手にしたボストンバックが落ちる音がした。
「あ、いや、これは‥‥」
言い訳しようとする柳樹に、若葉がよろっと後退さる。そこへ鍋の材料を持って入ってくる他の面々。いつの間にか紛れ込んでいたヤナギが唐突に叫んだ。
「そう、この鍋こそおさんどんの証! 大男もボインちゃん(死後)もロリっ娘もショタっ子も、かく言うこの俺様も、みんなみんなおっさんの現地妻だったのさー!」
どどーん。若葉の脳裏に轟雷が響き渡る。何も知らない鷹司、その帰宅まで後20秒の事だった‥‥
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あの夜を──『姉さんに土下座』の夜を経て、若葉帰還の日がやってきた。
あの夜以降、若葉は激怒することなく、鷹司に案内されて島内観光を楽しんだ。意外さに戸惑う面々に、若葉は小さく笑って見せた。
「退職金とか、本当はどうでもいいんです。ただ、姉さんや私たちを忘れず、無茶さえしないでいてくれれば」
若葉は踵をそろえると、皆に向かって深々と頭を下げた。
「どうか、これからも鷹司をよろしくお願いしますね。‥‥ほっとくと無茶ばかりする人だから」