タイトル:鷹司の休日 若葉来襲マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/11 00:51

●オープニング本文


 依頼を終え、ラストホープへと戻った壮年傭兵、鷹司英二郎は、いつものように銀行で報酬の入金を確認した後、スーパーで適当に晩飯を見繕ってから自室へと帰還した。
 火の点いていない煙草を咥えたまま、顔見知りの傭兵たちやご近所さんたちと挨拶混じりにすれ違いながら、日も暮れて薄暗くなった兵舎の階段をのんびりとした歩調で上がる。自室の扉の鍵を無意識の内に開け、溜まった郵便物やらちらしやらを面倒臭そうに引っこ抜き‥‥ポストの大部分を占拠していた薄い小包に記された宛名の見慣れた筆跡に視線を落として、鷹司は小さくその口元を綻ばせた。
 生活感のない部屋に明かりを灯し、晩飯やら雑誌やらの入ったビニール袋を脇へ打っちゃり、缶ビールだけを取り出して封書を開く。荷は彼の妻、結奈からのものだった。
「年若い友人たちに煽られ、年甲斐も無くチョコレートなど買ってしまいましたので、送ります」
 いっそ素っ気ない程に短い文章に苦笑しながら、ビールをテーブルに戻して包みを解く。中身は、小さく可愛らしい意匠を凝らしたブランデー入りのチョコセットに、長すぎる感のある手編みのマフラー。そして、その間から零れ落ちた御守り一つ。
 それらに込められた妻の想いを鷹司は誤解しなかった。決して高級な部類には入らないチョコレートは、しかし、色々と悩みつつ選んでくれた物なのだろう。マフラーも、急遽、編み始めたにしては長すぎる。‥‥そう、長すぎるのだ。
 ‥‥鷹司は温くなったビールを一気に飲み干すと、テーブルに落ちた御守りを拾い上げて苦笑した。『交通安全』と記されたそのお守りは‥‥きっと彼女なりに考えて選んでくれた物に違いない。学業成就の御守りでない事からそれが分かった。

 気がつくと、夜は明けていた。
 どうやら昨晩は深酒が過ぎたらしい。頭痛に顔をしかめながらベッドから這い出して、テーブルに並べられた空き缶の数に眉をひそめる。
 どんなに食欲が無くても、取れる時に食事を取っておく、というのが長年の訓練で身に付いた習慣だった。鷹司は空き缶の山を流しに放り込むとカップ麺の空箱を片付けながら‥‥ふと、昨日読みそこなった2枚目の便箋に気がついた。
「追伸。若葉が休暇を利用してそちらにあなたの様子を見に行くそうです。よければラストホープの‥‥」
 それ以降は目に入らなかった。若葉が、妻の末の妹でもある鷹司の元副官が来るという日付は──今日だった。
 鷹司は無言で手紙をやたらと丁寧に折り畳んで封筒に戻し、急にジャケットを引っ掴むと慌てた様子で飛び出した。余りに急いでいたものだから、階段の踊り場で知り合いの能力者と思わずぶつかりそうになった。
「おはようございます、鷹司さん。どうしたんですか、そんなに慌てて‥‥って、酒くさっ!」
 無精ひげも剃らず、赤く血走らせた目をせわしなく動かす様は明らかに挙動不審で‥‥そんな鷹司にがしりと両肩を掴まれたその知り合いは、ひっ、と小さく息を呑んだ。
「来る‥‥奴が、『小姑』が来るんだ‥‥! そうだ、俺は今から旅に出る。いや、即日発の短期依頼はそうそうないな‥‥よし。訓練施設のシミュレーターにでも籠もるとしよう。もし、俺を訪ねてくる客があったら、どうにかして足止め‥‥いやいや、俺の代わりにラストホープを案内でもしてやってくれ。何? 用事? お前にはカードと麻雀のツケがあったと思ったが?」
 元々、取るつもりもなかった借金をネタに強引に用を頼み込むと、鷹司はそのまま兵舎を飛び出していった。

「‥‥確認しました。日本UPC軍所属、藤森若葉中尉。傭兵登録ナンバーgzxxxx、鷹司英二郎氏のご親族ですね。ようこそ、ラストホープ島へ。入島を歓迎します」
 同刻。ラストホープ島飛行場。
 入島審査を終えた藤森若葉は、入島管理官に敬礼を一つ返しながら、微笑を浮かべて礼を言った。破顔しかけて慌てて謹直な顔を作り直す若い管理官から手荷物を受け取って、若葉はラストホープへ初めて足を踏み入れた。
 空港ロビーを抜けて外に出ると、そのままバスを使わずに徒歩で公園へと向かった。陽光煌く公園の中を眩しそうに、律動的な動作で歩を進める。公園中央の噴水付近、このまま抜ければ兵舎まで行けるという所で、若葉はやおら足を止めるときょろきょろと視線を周囲に飛ばした。そして、一軒のホットドック屋の屋台を見つけると、小銭を取り出してそちらへと歩いて行き、ドリンクとのセットメニューを注文した。
「ところで、マスターは鷹司英二郎って、知りません? 50代の傭兵って、こっちでも珍しいと思うんですけど」
 さりげなく、実は唐突に、若葉が店主に話題を振った。屋台の店主は客の名前など一々覚えてはいなかったが、若葉が出した特徴は珍しかったので覚えていた。
「ああ、いつも顔を見せるおっちゃんね。今日もホットドックを2本買って、あっちの方に走っていったよ」
 店主の指差した先は兵舎の方角とは違っていた。若葉は礼を言ってチップを渡すと、情報収集の為に購入した朝食をベンチであっという間に平らげて、そのまま兵舎への行進を再開した。
 ‥‥結局の所、鷹司の思惑など、若葉にとってはその殆どがお見通しなのであった。

●参加者一覧

雪野 氷冥(ga0216
20歳・♀・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
MAKOTO(ga4693
20歳・♀・AA
アーク・ウイング(gb4432
10歳・♀・ER
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
鈴木 天子(gb5234
16歳・♀・FC

●リプレイ本文

「見えた。あれが若葉さんさぁ。僕は、魔窟と化した鷹司さんの部屋を片付けておくから、それまでMAKOTOさんは観光案内をお願いするさ」
 兵舎の階段の踊り場から、こちらへと歩いてくる一人の女性を見下ろしながら。人づてに巡り巡って、鷹司の『お願い』を聞く事になったMAKOTO(ga4693)は、同じく厄介事を引き受けた御影 柳樹(ga3326)に「ふぅん」と気のない声を返した。
 騙すのは性に合わない、と嘆息するMAKOTOに、これも人助けと柳樹が笑う。じゃ、よろしく、と言い残して鷹司の部屋へと向かう柳樹。MAKOTOは若葉を迎える為に階段を下りながら、心と表情のチャンネルを切り替えた。
「貴女が若葉さん? 岩国では兄がお世話に‥‥あ、私、故あって鷹司さんから観光案内を頼まれました、ガイドのMAKOTOです。どうぞよろしく〜」
 決めポーズ付きの自己紹介は流石にやりすぎだったろうか。きょとんとする若葉にいささか照れながら、MAKOTOは事情を説明した。鷹司はどうしても抜けられない用事があって、若葉さんのお相手を私に任せて出かけました、と。
「あのオヤジ‥‥すみません。身内のゴタゴタに巻き込んでしまって」
 おいおい、いきなりバレてるじゃない。内心でツッコミを入れながら、MAKOTOは笑顔を堅持した。
「‥‥まぁ、そういうわけでして。どこかご希望のスポットとかありましたら、どこでもご案内致しますよ〜」
 どこでも? 呟きながら若葉は地図に目を落とし‥‥スッと指を滑らせた。指し示す先は、情報を元に若葉が導き出した鷹司の『逃走先』だった。
「それじゃあ、このKV用訓練施設に行ってみたいんだけど」
「いいですよ」
「えっ? いいの?」
 至極、あっさりと了承したMAKOTOに、若葉は目を丸くした。
「私が頼まれたのはあくまで観光案内ですから。若葉さんの希望先が『たまたま』あの人の逃げた先と同じだとしても、それはもうしょうがないんじゃないかと」
 にこにこと人好きのする笑顔を向けながら、唇の端でニヤリと笑ってみせるMAKOTO。若葉はプッと吹き出した。
「ありがとう。じゃあ、案内をお願いするわ」
 無言の協定を成立させて。MAKOTOと若葉は連れ立って、鷹司を追って歩いていった。


 同刻。KV用シミュレーター、予約受付ホールにて。
 機種転換訓練中の雪野 氷冥(ga0216)は、訓練直後、再び予約の列に並んだ所で、ホールに入ってきた鷹司英二郎に気がついた。
 タオルで汗を拭きながら、挨拶しようと待ち続ける。だが、当の鷹司は、きょろきょろとやたら周囲を気にするばかりで‥‥不審に思った氷冥が呼び掛けると、鷹司はビクリと慌てた様子で振り返った。
 流石に不穏なものを感じ、列を離れて問い質す。緊張しながら事情を聞いた氷冥だったが、すぐにその表情を弛緩させた。
「何事かと思えば‥‥それじゃ、その奥さんの妹さんから逃げ回っていたの?」
「いや、まぁ、そうなんだが‥‥」
 で、いったい何をしたのか。尋ねる氷冥に、鷹司は流石に恥ずかしそうにしながら、その理由を吐き出した。
「‥‥デトロイトでKVを落とされた時な。軍から出た退職金を担保に新型機の権利を買った。‥‥相談なしで」
 こいつ、いっぺんこってりと絞られた方がいいんじゃないか。氷冥は半ば本気で呆れながらも、苦笑混じりに立ち上がった。ここからすぐに立ち去った方がいい。その言葉に、鷹司は怪訝な視線を氷冥に向けた。
「追って来るのは元副官だったんでしょ? なら、咄嗟の動向は読まれてるんじゃないかしら。‥‥逃げるなら当てがあるわ。暇だし、せっかくだから付き合ってあげる」


 公園を抜けた若葉とMAKOTOは、大通り沿いのスーパーの前で、姉妹の様に連れ立って歩く共通の知人と遭遇していた。
「まったく‥‥おぬし一人に買出しを任せると、余計な物まで買い込むからの‥‥」
「わふぅ〜。桜さんとお買い物〜‥‥って、あれ? 藤森中尉? どうしてL・Hに?」
 熱々コロッケを嬉しそうに食べ歩く響 愛華(ga4681)と、溜め息をつきながら苦笑する綾嶺・桜(ga3143)。事情を聞いた二人は、一も二も無く、若葉に協力を申し出た。
「ホント、英二郎さんってば‥‥若葉さん、絶対に捕まえようね!」
「まぁ、どうせ暇じゃし、探すのを手伝うとするかの?」
 会話に花を咲かせつつ、訓練所へと到着する4人。ホールに鷹司の姿は見えなかった。愛華は受付に見知ったオペレーターを見つけると、情報を得るべく歩み寄った。
「こんにちは。今日は英二郎さん、いる?」
「鷹司ちゃん? えーと、今日は入ってないよ。あ、でも、さっき氷冥ちゃんと一緒にいるのを見かけたけど」
 鷹司ちゃん? 女連れ? その言葉に若葉が反応して振り返った。
 浮気? いや、まさか。アメリカでの一件で懲りてるはずだし、それに、オペレーターの娘は、ちんまりとした可愛らしい外見で‥‥鷹司にそういう趣味はなかったはずだ。鷹司の好みはもっと大人の女で‥‥
「ところで、MAKOTOさん。鷹司とどういった関係で?」
 一応、戦友‥‥と答えようとして、心中に沸き上がった悪戯心を知覚したMAKOTOは、「ご想像にお任せします♪」などと笑ってみせる。
 一方、情報を得た愛華は、オペレーターに礼を言うと、何か考え込みながら皆の所へと戻ってきた。
「立ち寄ったのに、訓練していない‥‥?」
「おお、天然(略)娘。今、鷹司の目撃情報を‥‥どうかしたのか?」
 怪訝そうな顔をする桜に、愛華は真剣な面持ちで視線を上げた。
「桜さん。あっちは若葉さんの追跡に気付いてるよ。それと、氷冥さんが英二郎さん側についたかも」


 その頃、訓練施設を出た鷹司と氷冥は、商業区の大通りを堂々と歩いていた。
「木を隠すなら森の中。傭兵を隠すなら傭兵の中、って事ですよ」
 氷冥の言葉に頷きながらも、鷹司は居心地悪そうに視線を振った。連れて来られた場所は、ブティックやら甘味処やらが軒を連ねる、商業地区の中でも特に女性向きのエリアだったのだ。
「普段、行かない場所に行った方がこちらの動きを読まれないでしょ? それに‥‥」
 どん、という音と共に鷹司が急に足を止めた。「「あ」」と声が重なり、びちゃり、と何かが地に落ちる音がする。
 鷹司が視線を落とすと、石畳の路上に尻餅をついた中高生位の少女の姿があった。娘は、あ痛たた‥‥と呟きながら身を起こし‥‥手にしていたはずの苺生クリームクレープが、お気に入りのワンピースの上でべっちょりとその中身をぶち撒けているのを見て硬直する。一際大きな悲鳴が響き渡った。
「わ、私のクレープが‥‥! ちょっと、オジさん! お気に入りのワンビまで台無しじゃない! どうしてくれ‥‥ってか、これ、どうすんのよっ!? ちゃんと責任取ってよね!」
「‥‥服が汚れたのはお互い様なんだがな」
 その少女、鈴木 天子(gb5234)が上げる金切り声に辟易した様に、鷹司は耳を塞いで片目を瞑った。生クリームがべっとりと張り付いたシャツを摘んで嘆息する。
「ただのクレープとワンピじゃないんだからっ! 初依頼の報酬で‥‥初めて、自分で稼いだお金で買った、初めてのお買い物、の‥‥っ」
 それ以上は言葉にならなかった。鷹司は涙目になった天子を見下ろすと、無言でその頭の上に手をやった。
「‥‥悪かった。代わりにはならんかもしれんが、同じ物を買ってやる」
「‥‥‥‥ホント?」
 きゅぴ〜ん、という効果音が脳裏に閃き。嫌な予感に跳び退さろうとした時には、鷹司は既に天子に袖口を掴まれていた。
「よ〜しっ! まず服を買い換えてから、食べ歩きツアーの再開ねっ! もちろん、みんなオジさんの奢りだから!」

 一時間後。
 新たなワンピースを身に纏い、両手一杯に食べ物を抱えた天子を先頭に、3人は商店街を歩いていた。
 次はどこに行こうか悩む天子の後ろで、『NW』Tシャツに着替えた鷹司は、以前の愛機に対する氷冥の愚痴を聞いていた。
「目指した開発案をそのまま発売できる開発者なんて、そうはいないさ。俺たちが戦場で状況を選べないのと同じだ」
 なんとなく涙目で答える鷹司。彼の名を呼ぶ大声が商店街に響き渡ったのは、その時だった。
「見つけたのじゃ、鷹司英二郎!」
 街路の中央に、自らの身長の1.5倍はある巨大なハリセンを立てた桜が立っていた。
「ぬ、お前は『ち巫っ女』!?」
「誰が『ち巫っ女』じゃっ! ええい、ともかく若葉に助太刀なのじゃ。神妙に縛につけい!」
 巨大ハリセンを持ち上げ、その先端を向ける桜。鷹司は舌打ちすると、両手で天子を抱え上げて横道へと逃げ込んだ。
「目標を発見、追跡中なのじゃ。『外食』エリアから『甘味』エリアへと逃走中!」
 すぐさまそれを追いながら、桜は無線機で若葉に連絡を入れる。
「予想通りですね。そちらには愛華さんを配置してあります。追い込んで挟撃して下さい」
 若葉が冷静な口調で指示を飛ばす。彼女たちは地道な聞き込みを続けながら、このエリアで鷹司たちを補足したのだ。壮年の男と若い女、それに少女という組み合わせはやはり目立つ。
「‥‥ん? ちょっと待った中尉。天然犬娘を甘味処にやったのか?」
 是と答える若葉に、桜は「いかん!」と叫びを上げた。
「わふぅ〜〜〜!!! あれもこれもどれもみんなおいしそうなんだよ〜♪」
 店から店へ、街路を右へ左へふらふらと漂う愛華。1個くらいいいよね、と街路の屋台でハニーシュガーボールを買うその背後を、「予測通り」と目を光らせた氷冥たちが通り過ぎる。
「この天然腹ペコ犬娘ぇ〜!」
 無線機から桜の怒声が響き渡った。

「何だか目を惹くねーちゃんだな〜」
 街路の一角でライブパフォーマンスを行っていたヤナギ・エリューナク(gb5107)は、街中を颯爽と歩く若葉を視界に捉えてそんな事を考えていた。ベースを弾きながら視線だけで後を追う。その颯爽とした足取り以外にも、手にした場違いな無線機と、何よりこちらを一顧だにせず歩み去るその姿が印象に残った。
 一曲終えて観客が去った所で、今度は別方向から、息を切らせて走る変な3人組がやって来た。ヤナギはふむ、と頷くと、唇の端を歪ませて心底楽しそうな顔をした。
「ちょいとそこの兄さんたち。そそそ、あんたたち。せっかくだから一曲聴いてってよ」
 急いでいる、と断ろうとするも、天子が瞳を輝かせてヤナギへと走り寄る。律儀に付き合う鷹司。氷冥が微笑んだ。
「かっこいい〜! 音楽とかできる人っていいなぁ!」
「ありがとよ。何かリクエストとかあるかい?」
 天子の注文は最新のJ−Popだった。知ってる曲だ。UKrockではないが、たまにはいいだろう。
 一曲、流したところで、ヤナギは、3人が慌てる理由を尋ねてみた。もしかして、これこれこーいう容姿のねーちゃんに追われてるんじゃないのかい?
 驚いた様子の鷹司たちに、ヤナギは若葉が通った道を教えてやった。礼を言って立ち去る3人組。その背を手を振って見送って‥‥ヤナギはいそいそとベースギターを片付け始めた。
「くくっ‥‥面白ぇ事になりそう〜」
 こっそりと後を付け始めるヤナギ。彼が教えた逃走路は、若葉が向かった方向と同じだった。


「大事にならなければいいけど‥‥」
 街中で繰り広げられる『追いかけっこ』をビル上の展望台から見守りながら、アーク・ウイング(gb4432)は呟いた。
 人づてに『依頼』を受けたアークは、あくまで中立の立場でこの騒動を眺めていた。高所から双眼鏡で全体を俯瞰しつつ状況を確認、度を過ぎた状況になりそうになったら介入する‥‥
 だが、それももう終わる。わざわざ敵中へと移動した鷹司たちは、既に追跡隊の包囲下にあった。
 アークは双眼鏡を仕舞うと、騒動の終着点へ向けて走り出した。信条はあくまで中立だが、鷹司の『依頼』として受けた身だ。最後くらい手伝ってもいいだろう‥‥
「やっと、やっと、やっと捕まえたんだよ〜!」
 夕陽に陰る公園の噴水前。腰に縋りつくようにして鷹司を引き倒した愛華が、夕陽に向かって叫ぶようにームの終幕を宣言した。駆け寄ってくる桜とMAKOTO。氷冥と天子も足を止める。
「さて‥‥何か言い訳はありますか?」
 どどん、と夕陽を背にした若葉が鷹司を睥睨する。
「そんなに怒らなくても‥‥悪い人じゃなかったわよ(全部払ってくれたし)」
 おずおずと天子が切り出した弁護の声は、若葉の纏う怒気の前に霧散する。アークが到着したのは、そんな折だった。
「こんな所にいたんですか、鷹司さん! やっと見つけた。依頼のサポートをお願いしていたでしょ。みんな待ってるから早く来てよ!」
 半ば強引に引っ張り上げながら、アークは若葉を振り返る。
「お願いします。後で必ず連れて行きますから」
 若葉は大きく息を吐き出すと、先に兵舎に帰っていると告げて去っていった。
「このまま逃げ続けても、何も解決しないと思うよ? 一回くらいきちんと話し合ってみたら?」
 鷹司に向かってアークが告げる。鷹司は無言だった。


 夕陽の差し込む兵舎の一室。
 すっかり部屋の掃除を済ませ、ピカピカになった室内を見渡しながら。白地に黒の虎柄エプロンを身につけた柳樹は、額の汗を拭いながら満足の吐息を漏らしていた。
「うんうん。すっかり生活破綻者の気配は消えたさぁ。これなら若葉さんもケチつけられないさ」
 パーフェクトな仕事振りに自然と笑みが零れる。最後に干しておいた布団を引っ張り込みながら、どうやら、部屋の主が帰って来たらしき気配を感じる。ふと悪戯心が沸き起こるのを感じた柳樹は、お茶目な冗談で鷹司を迎える事にした。
「お帰りなさ〜い。あ・な・た(はぁと)」
 両拳を口元に当てて満面の笑みで振り返る。
 扉を開けて入ってきたのは、鷹司でなく若葉だった。どさり、と。若葉の手にしたボストンバックが落ちる音がした。
「あ、いや、これは‥‥」
 言い訳しようとする柳樹に、若葉がよろっと後退さる。そこへ鍋の材料を持って入ってくる他の面々。いつの間にか紛れ込んでいたヤナギが唐突に叫んだ。
「そう、この鍋こそおさんどんの証! 大男もボインちゃん(死後)もロリっ娘もショタっ子も、かく言うこの俺様も、みんなみんなおっさんの現地妻だったのさー!」
 どどーん。若葉の脳裏に轟雷が響き渡る。何も知らない鷹司、その帰宅まで後20秒の事だった‥‥


 あの夜を──『姉さんに土下座』の夜を経て、若葉帰還の日がやってきた。
 あの夜以降、若葉は激怒することなく、鷹司に案内されて島内観光を楽しんだ。意外さに戸惑う面々に、若葉は小さく笑って見せた。
「退職金とか、本当はどうでもいいんです。ただ、姉さんや私たちを忘れず、無茶さえしないでいてくれれば」
 若葉は踵をそろえると、皆に向かって深々と頭を下げた。
「どうか、これからも鷹司をよろしくお願いしますね。‥‥ほっとくと無茶ばかりする人だから」