●リプレイ本文
「おいおい、全長8m級って‥‥マジで生身でやるのか!?」
戦場へ、道無き道をひた走るトラックの荷台から丘の上を眺めやりながら、龍深城・我斬(
ga8283)はヤケクソ気味に口笛を吹き鳴らした。
「流石にあれはちょっと‥‥手に負えなさそうですけど‥‥」
「痛い痛い、って退散してくれると嬉しんだけどなぁ」
鏑木 硯(
ga0280)が苦笑混じりに呟くと、ハルカ(
ga0640)も同様に頷いた。ガタガタと揺れるトラックの荷台。煙幕の向こうからは、突撃竜──『D−Rex』の咆哮と破壊音だけが響いてくる。
「‥‥俺たちが倒し損ねた個体か。『if』がないのは承知しているが、あの時、上手くやれていれば‥‥」
「今回のこれは、出さなくてもよい被害だったハズ‥‥ですね」
月影・透夜(
ga1806)とセラ・インフィールド(
ga1889)が唇を噛み締める。先月に行われた大型キメラ掃討作戦‥‥今回、暴れている突撃竜は、その討ち漏らしなのだ。
「ここで失われた命は、私たちが奪ったのと同じだよ‥‥」
冷たい荷台に座った響 愛華(
ga4681)が、両膝をギュッと抱え込む。綾嶺・桜(
ga3143)は落ち込む愛華を心配そうに見やっていたが‥‥その言葉を聞くや立ち上がり、その胸倉を掴み上げた。
「いつまでも凹んでおるでないわ、らしくもない! そんな犬娘は夕食抜きじゃぞ!? 今、出来る事をしてみせよ!」
背筋を伸ばした桜を膝立ちの愛華がきょとんと見下ろす。誰よりもびっくりした表情をしていた愛華は‥‥ふと小さく笑って見せた。大丈夫。うん、わかってる。この前みたいにはいかないよ‥‥
「私たちが原因‥‥なればこそ、今回は必ず成功させます。これ以上の被害は出させません」
「‥‥後悔はしている。が、今はその時じゃない。止まれないさ。失った命はもう戻らないが、これから失われるかもしれない命は足掻く事で助けられるのだから」
どうやら回復したらしい愛華を見て、セラと透夜は互いに頷いてみせる。それまで無言を貫いていた御影・朔夜(
ga0240)が、ライターの火を守るように手をかざしながら咥えた煙草に火を点けた。
「‥‥なに、でかいとはいってもキメラはキメラだ。別段、意に介するほどでもないさ」
吐き出された紫煙が冷たい丘風に流れ飛ぶ。丘の上の煙幕もどうやら晴れつつある様だった。
「──さて。そろそろ始めるとしようか」
朔夜の言葉に皆が頷く。トラックはそろそろ丘の中腹を越えようとしていた。
「戦車隊はやらせん‥‥デカブツ! てめえの相手はこっちだ!」
トラックが止まるよりも早く、我斬は荷台から飛び降りていた。叫び、番天印を撃ち放ちながら突撃竜へと突っ込んで行く。銃撃と大声でキメラの気を惹きつつ、同時に、能力者が到着したことを味方に知らしめる為だ。
だが‥‥
「やはり、ダメですか‥‥」
予想通りの結果に、セラは手にしたメガホンを下ろした。戦車隊に援軍到着を呼びかけてみたのだが、その声はエンジンと無限軌道の音に掻き消されてしまったようだった。
「‥‥ならばっ!」
自らの戦いぶりを示す事で援軍の到着を示すより他にない。我斬は敵の攻撃範囲ギリギリで両の足を踏ん張ると、手にした銃に貫通弾を装填した。喰らえ、デカブツ! そう叫びながら突撃竜の巨大な口へと見上げるように撃ち放つ。
その横を、両手に二刀小太刀を引き抜いた硯が、風のような速さで行き過ぎる。あの石柱よりも太い尻尾で薙ぎ払われるくらいなら、むしろ懐に入った方がマシだった。
硯は両の小太刀を逆手に持ち替えると、大きく振り被ったそれをキメラの爪の付け根目掛けて振り下ろした。瞬間、突撃竜の足が跳ね上がり、硯は慌てて跳び退さる。そこへ振り出さる巨大な鉤爪付きの足。硯はそれを何とか避けながら、回り込むように外側へと足を運ぶ。突撃竜は足元をちょこまかとうろつく硯に頭を巡らし‥‥直前、我斬が放った貫通弾が口内へと突き刺さった。
咆哮が上がり、涎混じりの血の雨が降りかかる。狂ったような突撃竜の反撃。一歩、踏み込んで振るわれた前鉤による一撃を我斬はとっさに後ろへ跳び避ける。風に舞うコートと血潮。それを舌打ち混じりに『活性化』で治療しながら、今度は本気で距離を取る。
突撃竜の追撃は、横合いから放たれた透夜とセラの銃撃によって阻まれた。それぞれ最大有効射程に位置しながら、SMGと拳銃の立射で、突撃竜の表面に刻まれた先のKV戦時の傷跡を『急所突き』で狙い撃つ。その攻撃は突撃竜にとっても無視し得ぬものだったらしい。狂騒し、向かってくる敵から後退しつつ銃撃、互いに援護を繰り返しながら命懸けで逃げ回る。
「そうだ、ついて来い!」
敵を引きつけながら、透夜は振るわれた前脚を転がるように飛び避ける。それを踏みつけんとする突撃竜を背後からセラと我斬が追い撃ち、引き付ける。
「戦車相手じゃ暴れ足りなかったらしいな。遊んでやるよ、大蜥蜴」
奮闘する仲間に注意が逸れている突撃竜に呟いて。コートと紫煙を風に棚引かせた朔夜が、咥え煙草のまま立射姿勢で真デヴァステイターを照準した。『狙撃眼』で有効射程を引き伸ばし、『鋭角狙撃』で慎重に狙いを定めて狙撃する。標的は突撃竜の目。だが、その距離と、高低差と、何より、激しく運動する目標の小ささとが、大きな壁となって立ち塞がる。
朔夜の放った弾丸は、突撃竜の顔の表面で弾けて血の雫を雪上に飛び散らせた。新たな脅威を感知した突撃竜の目がギロリと動く。舌打ち一つして、朔夜は再び距離を取ろうとして‥‥直後、グッと腰を落とした突撃竜が跳躍した。
「跳んだっ!?」
驚愕の叫びは誰のものか。飛び迫る巨大な質量を、朔夜は何とか回避した。だが、直後に通過した尻尾までは回避できなかった。それは攻撃動作などではなく、交通事故みたいなものだった。故に、そのダメージは『比較的』小さかったものの‥‥吹き飛ばされた朔夜は、口中の、どこか既知感のある血の味を雪上へと吐き捨てた。
「これは‥‥想像以上に‥‥」
厳しい戦いになりそうだ。その言葉をセラは飲み込んだ。
「行くぞ、愛華、ハルカ! ともかく混乱している者たちを落ち着けねばっ!」
桜と愛華、そして、ハルカの3人は、地に足がついた瞬間、『瞬天速』と『瞬速縮地』でもって一気に地を蹴り駆けた。戦車隊を回り、その混乱を収めるのが彼女たちの役割だった。
急がねばならん、と桜は心中に呟いた。回復能力こそないものの、その硬さと俊敏さはキメラ『トロル』などより厄介だ。何よりあの大きさ‥‥一体、どれだけの耐久性があるものか。
練力効率の良い愛華が最も遠い集団へと駆けて行く。一番近い集団にはハルカが辿り着いていた。
やたらと大きな──出鱈目な動きをする車両に目をつけて、ハルカは側面から車上へと飛び乗った。二段飛びに砲塔の上へと上がり、ハッチをノックしながら呼びかける。
「救援が来ましたよ〜! 落ち着いて、慌てず騒がず、一旦ここから後退して下さ〜い!」
‥‥反応を待つが、返事はない。聞こえてないのだろうか。ハルカはむぅ〜と一つ唸ると、ハッチを開けようと手を伸ばす。だが、中からロックがかけられていて開かない。もう一度唸る。ハッチにロックをかけるなんてなんて真面目な。それじゃあ長生き出来ないぞう。
どうしたものか、と首を捻る。次の瞬間、ハルカが乗った戦車の砲が突撃竜目掛けて火を吹いた。
「ひゃあっ!?」
いきなりの砲撃に肝を潰すハルカ。砲弾は100m程の距離を数瞬で飛び、突撃竜のFF(フォースフィールド)に弾かれた。空中で煌いたその爆発は、突撃竜の足元にいた硯を爆風で打ち倒す。戦車砲の威力は決して小さくない。FFで減衰できない能力者にとっても脅威だった。
硯の姿は砲手の視界に入っていたはずだが、混乱による心理的な狭窄状態は、彼等には恐怖の対象たる突撃竜しか認識させなかった。
ハルカは、硯が起き上がるのを確認してホッと息を吐いた。同時に、怒りが込み上げてくる。ハルカは砲塔を乗り越えると、「こら〜!」と操縦手ハッチのペリスコープ前に逆さまに顔をぶら下げた。驚愕に、戦車がようやく動きを止める。ハルカはふぅ、と息を吐いた。
「これは‥‥少し、時間がかかっちゃうかも」
言葉の交わせぬ相手の混乱を鎮める難しさを、ハルカは今、痛感していた。
●
煙幕で視界を塞がれた混乱の戦場で、砲撃によりその位置を露見せしめたものは突撃竜に叩き潰された。
一も二も無く逃げ出したものたちは、岩や互いに激突して擱坐し、もはや動けない。
最も賢明、或いは、臆病だったものたち──ただじっと状況の変化を待っていたものたちのみが、未だ、その生命と戦闘力とを残していた。
‥‥能力者たちの介入より10分。煙幕が薄れると共に混乱は収まりつつあったが、敵キメラは未だ丘の上に健在だった。
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ただひたすらに砲撃を続けていた最後の集団、その先頭車両に愛華が飛び乗った。散弾銃の銃床でハッチをガンガン叩き、強引に自らの存在を認識させる。
「動いちゃダメだよっ! 冷静にならないと、噛むよっ!?」
先頭車両の車長が顔を出すのを見て、後続もようやく砲撃を中止する。駆け寄ってきた桜がそこに飛び乗り、砲塔横の牽引用ワイヤーを外して車長へと投げてやった。
「態勢を整え直したら、戦車隊は突撃竜に向かって一斉砲撃をして欲しいのじゃ。準備が出来次第合図を。それでわしらは離脱する」
「やられたら100倍返しだって、私のお母さんも言ってたよ!」
ウィンクと共に拳をグッと握って見せる愛華。二人は、後進を始めた戦車から離れると、未だ激戦の続く戦場を眺めやった。
「これで戦車隊の目処はついた。キメラ討伐に向かうのじゃ」
「うん。100倍返しなんだよ!」
銃声と、銃火と、硝煙と、吐き出される弾丸と空薬莢。
雪上のセラと朔夜、二人がひたすらに撃ち放つ銃弾の猛威が、突撃竜の上半身に弾けて無数の赤い傷を残した。効いている‥‥はずなのだが、突撃竜は未だ弱った様子を一切見せなかった。
「KVと渡り合うだけはある。存外、しぶといじゃないか」
神速の装填で10秒に21発の弾丸を送り出した朔夜の言葉に、セラは引鉄を引きながら苦笑した。こちらに頭を向け直す突撃竜。上半身を落として銃撃をかわし、そのまま低い姿勢で突っ込んで来るのを回避する。
踏み出した突撃竜のその足が、横に地を踏むのをセラは見た。『接地旋回』っ!? 細い目を見開き、息を飲む。
「回避ーっ!」
警告の叫びを上げた時には巨大な尻尾が目の前に迫っていた。咄嗟に盾を構えて後ろに跳ぶ。宙を舞う浮遊感は、しかし、すぐに衝撃となって全身を吹き飛ばした。
地を転げ、跳ね回る。岩に激突しなかった事だけが救いだった。
(「ダメージを減衰させてコレですか‥‥っ!?」)
流石にすぐには立てなかった。骨と内臓は大丈夫か‥‥銃、銃は? 落ちてる銃把を拾い上げる。
「‥‥寝ているわけにも、いきませんよね」
突撃竜は背を向けて遠ざかりつつあった。セラは自らがまだ戦闘能力を保持している事を確認すると、敵を追って立ち上がった。
ヘビー級とモスキート級の戦いだ。いい加減、神経が参っても仕方がない。
突撃竜の足元でその注意を引き続けてきた硯は、再び距離を取りつつそんな事を考えた。もう何分経ったのだろう。一撃貰えば大ダメージという気の抜けない状況で、ただひたすらに囮役を繰り返す。その上、戦車隊の『流れ弾』にまで気を使わねばならない。
初撃以降、突撃竜はその足を止める事はなかった。常に動き続けてその進路上の敵を鉤爪と尻尾にかけようとする。その戦闘スタイルはまさに騎兵‥‥いや、象兵以上だ。奴は駆けるだけで簡単にこちらを蹂躙できるのだ。その足を止めれねば、生身で相手をするのは厳しかった。
息を吐く。まるでギリギリのタイトロープだ。肉体的な疲労よりも精神的なストレスの方が遥かにキツい。
だが、それも、もう終わろうとしていた。‥‥労苦が報われる、そういう形で。
「硯ちゃん、大丈夫!?」
大型拳銃を連射しながら、ハルカが硯の横へと駆け寄ってきた。不思議なものを見るように、硯はその顔を見返した。
「ハルカさん? それじゃあ‥‥!」
振り返る。戦車班が‥‥ハルカに続いて、桜と愛華も戦場へと到着していた。
「撃ちまくれ! いくらでかくとも弱い所はあるはずじゃ!」
全身を赤いオーラに包んだ愛華が敵の懐に飛び込み、銃口を上へと向けてSturmSG−08Kを撃ち放つ。その陰から飛び出した桜は回転するように飛びあがり、傷口へと薙刀を突き入れた。
「来たか! 上手く纏めてくれたようだな!」
鉤爪が額を掠め飛ぶ下を潜りぬけ、尻尾にカウンターで『流し斬り』を決めた我斬がその表情を輝かせる。3人の到着は、もう『流れ弾』が飛んで来ない事を意味していた。
「よしっ!」
突撃竜の脚が接地した瞬間を狙って、硯が側面から突っ込んだ。その瞬間、地を蹴るまでの間は、突撃竜の脚はそこにある。
反対側からは、槍を両の手に持った透夜が突っ込んだ。連結した双槍「連翹」をクルリと回し、赤いオーラに身を包みながらその穂先を足首へと突き入れる。
「脚一本は貰いたい、が‥‥っ!」
深々と突き刺して、槍先を捻って引き抜く。その感触──かつての強化型トロルと同様の感触に、透夜は、この大型二脚種の脚部にも同様の防御が施されているのを知った。
ポン‥‥ッ! とどこか間抜けな音が空に響いた。後方で撃ち上げられた発煙筒が、灰色の空を背景に鮮やかな赤い花を咲かせていた。
「戦車隊からの合図‥‥! 砲撃が来る。全員退避!」
叫ぶと同時に、透夜は率先して離脱を開始した。キメラに纏わり付いていた能力者たちが一斉に離れ、一瞬の静寂が戦場に訪れる──
直後、連続する砲声が一斉に鳴り響き、砲弾が立て続けに突撃竜を直撃した。
グラリと揺れる突撃竜。20発以上の砲弾がほぼ同時にその身を打ち据えたのだ。それは、竜を地に打ち倒すのに十分過ぎる衝撃だった。
地響きと共に突撃竜が雪の大地に倒れ伏す。ほぼ同時に、桜はその身を突っ込ませていた。
「ここで逃がせば、またどこかで被害が出る! 今、この機会に倒すのじゃ!」
「おうよ! こんな危険物、絶対に逃がせねぇ!」
呼応する我斬と能力者たち。これが最後のチャンスだった。もし、敵が逃走を始めれば、その質量を阻む術などないのだから。
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「どうやら倒してしまったみたいだね。‥‥あれが能力者か。実際にこの目で見るのは、初めてかな」
丘を望む南の森の中。妨害無線を発していた旧式陸戦用ワームのハッチから身を乗り出した人影が、そんな事を呟いていた。
「今から相手をするには‥‥ちょっと手駒が不足かな? うん。春が来るのが楽しみだよ」
心底、楽しそうに呟き、機中に戻る人影。電磁迷彩ネットが煌き、ワームはひっそりと南へと去っていった‥‥