タイトル:【BHN】ハーメルンXmasマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/02 05:16

●オープニング本文


●Bloody Holy Night 狩られる前に狩れ!!
 聖夜の夜、メトロポリタンX跡地に集結する、暖かなファーをふんだんに使った赤い服を纏った者達‥‥。
 白い口ひげを蓄えた初老の男性もいれば、妖艶な妙齢の女性もいる。
 彼ら彼女らは皆、一様にサンタクロースと呼ばれる服装をしている。
 背負っているのは白い大きな袋。
 空いている手に持っているのは‥‥首を狩る得物。
 背後に控えるソリならぬチャリオットを牽く真っ赤なお鼻のトナカイさんも、鼻息が荒くどことなく凶暴そうだ。
 そう、彼ら彼女らはバグアがサンタクロースの物語に基づいて創り上げた、サンタクロースキメラなのだ!
 プレゼントをもらうはずのサンタクロースに狩られる‥‥バグアの襲撃以降、暗い話題が多い中、皆が心待ちにしていた聖夜に悲劇が待ち受けていると知ったら、人々は絶望のどん底へ叩き落とされる事だろう。
 それこそ、バグアの狙いなのだ!
 能力者達よ、人々が平和な新年を迎えられるよう、血塗られたサンタクロースに人々が狩られる前に狩れ!!

●ハーメルン・サンタクロース
「ねぇ、ねぇ、お父さん! サンタさん、来てくれるかな?」
「はっ、はっ、はっ。そうだなぁ‥‥マー君がちゃんといい子にしてれば、きっと来てくれるさ」
 父親のその言葉に、マー君(4歳)は、居ても立ってもいられないといった風で、二階の自室へと駆け上がっていった。すぐにでもベッドに潜り込み、一刻も早くサンタさんが来るのを待とうというのだろう。
「あらあら、あの子ったら‥‥」
 母親がその様子を見て苦笑する。あの分では、しばらくは興奮して寝つけないに違いない。
 愛息の無邪気な反応に、二人は顔を見合わせて微笑んだ。
 ──翌朝。
 キッチンで朝食の用意をしていた母親は、料理を盛り付けた皿を運ぼうと振り返り──いつの間にか音も無く、台所に立つマー君に気付いて息を飲んだ。
 やだ、マー君。脅かさないでよ。言いかけた母親の口が開いて止まる。
 パジャマのまま、スリッパも履かず‥‥ただそこに立ち尽くすマー君。その顔に表情は無く、ただ、意思の感じられない瞳だけが機械的に母親を『覗いて』いる‥‥
 息子の異様な雰囲気に、母親は訳の分からぬまま、救いを求めるように夫を呼んだ。夫は呑気にひょいと顔を出し、息子が手にしたKVのオモチャを見て破顔した。
「おっ、よかったな。サンタさん、来てくれたんだな」
 瞬間、その一言に、それまで無表情だったマー君が弾ける様に反応した。
「サンタなどいない!」
 グリンと頭を巡らして、叫んだ。
 サンタなどいない、サンタなどいない、サンタなどいないサンタなどいないサンタなどいない‥‥!
 グシャリと。マー君の手の中で。
 オモチャのKVが、血塗れで潰れていた。

 2007年12月25日、日本安定区域内、某市──
 その日、とある幼稚園でクリスマスのパーティーが行われる事になっていた。
「こんなご時世ではあるが──いや、こんなご時世だからこそ、子供たちには明るく笑顔でいて欲しい」
 それが保育士たちと保護者たちの想いだった。だが──
 ──パーティー当日、午前。
 同僚等と共に飾りつけなどの準備を進めていた保育士の橘美咲は、この日何度目かの電話のベルに作業の手を休め、パタパタと事務所へと走っていった。
 はいはい〜、今出ますよ〜ん。と鳴り続ける電話に声をかけ、誰もいない事務室の受話器を取る。
「はい、こちら『なかよし幼稚園』‥‥ああ、マー君のお母さん。‥‥ええ。風邪? ‥‥そうですか、いえ、お大事になさって下さい。いえ、いえ、はい。それでは‥‥」
 ペコペコと頭を下げながら、美咲は丁寧に受話器を置いた。
 笑顔を消し、小首を傾げる。電話は、今日のパーティーに出席できないとの親御さんからの連絡だった。問題は、早朝からこれで八件目だということ‥‥
 違和感。だが、その理由が思いつかない。ひとり首を傾げながら、美咲は作業に戻っていく。
 ──そして、昼過ぎ。
 10人近い欠席者を出しながらも、『なかよし幼稚園』のクリスマスパーティーは始められた。
 パーティーと銘打ってはいるが、実質はお遊戯会だ。園児たちによる演劇やダンスを出し物に、園長のびっくり手品やら、親子で作るケーキ教室やら、パーティーはつつがなく進行していく。
 やがてパーティーはメインイベント‥‥園児や保護者が持ち寄ったプレゼントの交換会を残すのみとなり──
 すっかりと日が落ちた頃、『それ』は姿を現した。

 ガラガラ‥‥と、運動場に面したサッシの引き戸が開け放たれた。
 現れたのは、真っ赤な衣服に身を包んだ初老の男。白い髭を蓄え、大きな白い袋を持ち──なぜか鈴の音とケンタッキー州歌をBGMに会場へと進み入る。
 それは、どこからどう見てもサンタクロースだった。非の打ちどころがない、まるで絵本の中から抜け出してきたような完璧なサンタ。そして、生物としては明らかに違和感のある、蝋人形の様に固まった笑み。サンタさんだ、と駆け寄ろうとした子供たちも、その違和感に気付いたのか戸惑ったように立ち竦む。
「さぁ、みんな、どうしたんだい? サンタさんがプレゼントを持って来てくれたんだぞ〜?」
 予定より少し早いが、頼んでおいたサンタが登場したのだろう。そう判断した園長が、パーティーを再び盛り上げようと声を出す。だが、それを、美咲は鋭く制した。
 サンタの後からゾロゾロと入ってくる子供たち。それは、パーティーを欠席したはずの10人の園児だった。皆、どこかから抜け出してきたかのようなパジャマ姿で、その顔は一様に無表情。プレゼント、プレゼント、と呟きながら、手にしたレトロフューチャーな機械を泣き出して逃げる園児たちに被せようと──
「チェストぉーッ!!」
 オルガンの椅子を蹴り、園児たちを飛び越えて。エプロン姿の美咲がグレートソードを手にサンタへと跳びかかる。真っ直ぐに振り下ろされた大剣はサンタの力場を容易く破り、赤い服をバッサリと切り裂いた。現れたのは獣じみた筋肉質の肌。そして、隠されていた二本の腕。
 当たって欲しくない勘が当たってしまった。美咲は心中で舌打ちした。
 連絡のあった保護者たち。その電話越しに感じた違和感。それは普段の日常生活からは程遠い──恐怖という感情だった。
 こんな事もあろうかと、オルガンに潜ませておいた大剣を振り被り、追撃をかけようとする美咲。その腰に、洗脳された子供たちがしがみつく。
「あんたたち‥‥!」
 まるで盾になるかのように、ゾロゾロとサンタキメラの周りに集まり、表情のない目でこちらを見る洗脳園児。しまった。こんな状況で大剣をぶん回せば子供たちまで怪我をする‥‥!
 歯噛みする美咲の前で、サンタキメラが袋から鎖付きの鉄球を取り出し、ブゥン、ブゥンと回し始める。
 能面のように固まったサンタの笑みが、美咲を笑っているようだった。

●参加者一覧

白鴉(ga1240
16歳・♂・FT
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
八界・一騎(ga4970
20歳・♂・BM
槇島 レイナ(ga5162
20歳・♀・PN

●リプレイ本文

「サンタさんの役か。へへ、こういうのは初めてだけに楽しみだな」
 身に纏ったサンタの貸衣装を改めて見下ろしながら、白鴉(ga1240)は口元を綻ばせた。
 本日の仕事はサンタクロース。多少の気恥ずかしさを覚えぬ年頃でもなかったが、白鴉は前向きに、全力で、今回の役目を全うするつもりだった。
 その隣りには、八界・一騎(ga4970)。プレゼントの入った白い袋を肩に担ぎ、「ボクがサンタさん〜♪」などと即興で作った鼻歌を口ずさんでいる。
 自分より年上の一騎さんがノリノリなのだ。自分も頑張らないと。そんな想いで拳を握る白鴉少年。もっとも、当の一騎はいつもの通りに『ほにょり』としているだけなのだが。
 少し離れた所では、如月・由梨(ga1805)が綾嶺・桜(ga3143)を不思議そうに見つめていた。
 サンタ服に着替える前は巫女服だった。神道系の人でもクリスマスを祝って大丈夫なのだろうか‥‥?
「日本じゃ宗教儀式的色彩の薄い季節のイベントに過ぎないし、別に問題はないさぁね」
 パーティー用の荷物を両肩に担いだ御影 柳樹(ga3326)がそう言った。見上げる程の大男だったが、由梨は特に怖がったり気後れしたりもせず、真っ直ぐに視線を向けて「お詳しいのですね」と微笑した。
「うん、いや、まぁ、こう見えても神社の三男坊なのさぁ」
 手が空いていれば頬をポリポリと掻きたそうな表情で柳樹が顔を上げる。視線の先では、桜の頭に響 愛華(ga4681)がサンタ帽子をえいっ、と被せていた。
「くぉら! この天然娘! なんでわしにこんな帽子を被らせるのじゃ!」
「わぅ! だって今日はクリスマスなんだよ! みんな喜んでくれるかな!? 凄く凄く楽しみだよ〜♪」
 桜から逃げるようにしながら走り回る愛華。その様は喜び駆け回る子犬の様だ。
 そんな様子を、柳樹はほんわかとした笑顔で見守っていた。ちなみに女性軍のサンタ衣装はミニスカートだ。うむ。実にけしからん。
「あらあら。可愛らしいサンタさんね〜♪」
 そう言う槇島 レイナ(ga5162)のサンタ姿は‥‥何と言うか、もう、生々しかった。一騎がひゅう♪ と口笛を吹き、白鴉は顔を真っ赤にして視線を逸らす。柳樹に至っては鼻血が出かねない勢いだ。特に露出を強調した衣装ではないのだが、グラビアアイドルだったレイナが着ると‥‥うん。お母さま方からのクレーム殺到は間違いない。
「サンタクロースか〜。あたしどれ位まで信じてたっけ? ま、そんな子供たちの夢を守るのも悪くないよね〜」
 そこへ明るく元気に登場する葵 コハル(ga3897)。皆の視線が集中し、コハルは戸惑った様に足を止めた。
「え‥‥? な、何‥‥かな?」
 微妙に頬を染めながら、キュッとスカートの裾を握って後ずさるコハル。ぽそりと、一騎が呟いた。
「‥‥女の子だったんだ」
「ちょっ‥‥それ、どういう意味だよう!?」


 最初に異変に気付いたのは、由梨だった。
「子供の、泣き声‥‥?」
 由梨の呟きに、愛華がすぐに反応した。燃え盛る焔の様な赤毛から犬耳がぴょんと飛び出し、廊下を物凄いスピードで走り出す。
 ガラリと開けた扉の向こう。真っ先に見えたのは、マッチョな上半身を露わにした四本腕の『何か』と、大剣を手に対峙するエプロン姿の若い女性。そして、泣き叫ぶ園児たちに迫る、無表情なパジャマ姿の子供たち‥‥
「な、なんだよあれ‥‥」
「4本腕のサンタさんなんて聞いた事も無いよ!?」
 追いついた者たちも『それ』の姿に呆気にとられる。余りにも予想外の状況だった。
「キメラよ! 早く子供たちの避難を!」
 保育師の美咲が叫ぶ。その声で双方の呪縛が解けた。
「キメラに園児が襲われている!?」
「なんでこんな所にキメラがいるさ!?」
「こーいう笑えないサプライズは、お断りだっての!」
 口々に悪態をつきながらも、すぐにキメラの周囲へと展開する能力者たち。キメラが美咲に鉄球を振るその隙に、愛華はキメラに肉薄しようと‥‥
「わっ、わっ、な、何なのかなっ!?」
 そこに無表情な子供たちが立ち塞がった。たたらを踏む愛華にしがみ付く子供たち。動きを封じられた愛華の鼻先をキメラの鉄球がかすめ飛ぶ。
 キメラの周囲の子供たちを助けようとした由梨、柳樹、コハル、レイナ等も、抱え上げた彼等の暴れっぷりに戸惑った。駄々っ子パンチに猫キック、挙句に所構わず噛み付こうとする。
「やっぱり洗脳されているの!?」
 美咲の叫びに、柳樹はようやく合点がいった。暴れる園児たちの力が子供離れしていたからだ。そして、彼等が手にしたあの機械。あれが洗脳の道具だとしたら‥‥
「皆さん、安心してください。僕たちは能力者です。ここにいては危険なので、お子さんを連れて奥に避難して下さい!」
 保護者たちに柳樹が呼びかける。この混乱の最中、毅然とした態度を見せるこの大男の存在は、彼女等を幾らか落ち着かせるのに効果があったようだ。
 柳樹と目が合ったレイナが頷く。彼等を逃がすにしても、誰かがついててやらねばならなかった。

 保護者と園児と園長以下の保育士たちを連れたレイナは、戦場から一番遠い遊戯室へと避難した。
 警察に連絡を、いや、軍隊に、と騒ぐ大人たちを宥めつつ、レイナは比較的落ち着いている者に扉や窓の鍵を全部閉めるように言い付けた。
 異常な事態に泣き喚く園児たち。自ら窓のカーテンを閉めながら、レイナは、このままではいけない、と唇を噛んだ。
「は〜い、みんな〜! こっちを見てくださ〜い!」
 何度も粘り強く呼びかけるレイナ。意図を察した保育士たちが「ほら、お姉ちゃんが呼んでるよ」などと声をかけると、徐々に泣く子は減っていった。
「はーい、みんな、怖かったね〜。でも、もう大丈夫! 悪い偽者サンタさんは、お姉さんの仲間たちがやっつけちゃうからね〜」
 子供向け番組の司会を思い出しながら、レイナは大袈裟な身振りで語り続けた。
「でもね、今ちょっとピンチなの(しょんぼり)‥‥だけど、みんながお歌で応援してくれれば、元気モリモリ! パパッとやっつけてくれちゃうんだから! みんな、私たちを助ける為に歌ってくれるかな?」
 オルガンに座った園長が弾き始めた曲は、誰も死なない子供向けヒーローの主題歌だった。悪夢から逃れようと、自らの心を鼓舞しようと、そして、純粋に能力者たちを応援しようと、子供たちが声を限りに軽快なマーチを歌い始める。
 これでいい、とレイナは小さく頷いた。
 子供たちにとって、この戦いは実戦ではなく、ファンタジーでなければならないのだ。
 サンタクロースがそうであるように。

 その頃、キメラとの戦闘は膠着状態に陥ろうとしていた。
 キメラに近づけば子供たちが行く手を阻み、子供たちをどけようとすればキメラの攻撃が飛んでくる。鎖付きの鉄球、鎖鎌、三節棍‥‥キメラの得物はどれも離れた場所を攻撃できる物ばかりで‥‥そのどれもが、子供に当たればただでは済まない代物だった。
 保育士の美咲は、キメラの真正面に立ってその攻撃を大剣で受け続けていた。小柄な女性が大剣を振り回してキメラと渡り合うその様は、白鴉が憧れる戦い方の一つであり‥‥白鴉は憧憬にも似た感情でそれを眺めていた。
「埒が明かない‥‥」
 美咲が呟いた。洗脳により限界以上の力を引き出された子供たちの負担を考えると、これ以上戦いを長引かせるわけにはいかない。
 その時、微かに聞こえてきた園児たちの歌声。美咲は小さくフッと笑うと、スッと数歩退いた。
 え? と思う間もなく、オルガンの椅子に足を掛け、大剣を振りかざして跳躍する。そこへ振るわれる分銅と三節棍。空中で避けられるはずもなく、美咲は強かに打ち据えられ、地面へと叩きつけられる。
「美咲さん!」
 叫ぶ。だが、その一瞬に出来たキメラの隙を、能力者たちは見逃さなかった。
 一斉に縮む包囲網。正面からは、髪の毛を鬣の様に逆立たせた柳樹が『瞬天速』で一気に肉薄し、美咲に群がろうとしていた洗脳園児3人をその長い両腕で掻っ攫う様に抱き抱えた。そのまま後ろへと跳び退さる。狂った様に暴れ回る洗脳園児たちは、まるで獣のようだった。
「はいはい、ちょっとガマンしてね! スグに終わらせちゃうからさ!」
 側面からは、『豪力発現』を使用した由梨とコハルが2人ずつ洗脳園児を抱き上げた。気は抜けなかった。ちょっとでも油断すれば耳や指を噛み切られかねない。
 残る洗脳園児は後方の3人。接近するだけなら、もう十分に数が減っていた。
「愛華さん、今だ!」
 美咲に振り下ろされようとした鎖付きの鉄球を、自らの腕で絡め取った白鴉が叫ぶ。
 愛華は既に動いていた。
 踏み込む。子供たちの反応できない速度で走り寄り、左肩を入れ込むようにその身を当てる。
「出て、行くんだよぉ!」
 ドンッ、とサンタキメラが吹き飛ばされた。開け放しのサッシから園庭へと宙を舞い、二度、三度と地面を跳ねる。
「ナイスじゃ、天然娘! 後はわしらに任せて休んでおれ!」
 練力を使い果たした愛華を残し、桜が両の手にアーミーナイフを煌かせて疾走する。
 それを追う様に、洗脳園児がわらわらと園庭へと足を向けるが、コハルがサッシをピシャリと閉めて、その前に立ちはだかる。
「サンタと遊びたいのかい? でも、遊ぶんだったら‥‥あたしとだよ!」
 殺到する子供たちを前にして、コハルはここに残る事を決めていた。洗脳園児たちを抑えるには、1人で園児2人を抑えたとしても5人が必要だ。人手が足りない。
「でも‥‥」
 由梨が窓の外へと視線を向ける。サンタキメラと桜が、トナカイキメラと一騎が、それぞれ接敵しようとしていた。人手が足りないのはあちらも同じだ。
「扉を守るだけなら、ここは任されるさぁ。コハルさんも、由梨さんも、桜さんと一騎さんを助けて欲しいんさ」
 両腕に4人の園児を抱えた柳樹が、髪の毛を引っ張られながらニッコリと笑って見せた。

「貸してやるよ。持って行きな」
 腕に巻きついた鎖を外す白鴉に、美咲が大剣を預けてきた。
 傷の痛みを堪えながら笑ってみせる美咲に「なぜ」と問いかけて‥‥気付いた。美咲は保育士だ。子供たちのいるこちらに残るのだろう。
「‥‥はいっ!」
 力強く頷く白鴉。大剣を手に取ると、キメラを討つべく園庭へと走り出した。

「こんな事もあろうかと、用意しておいて正解だったなぁ!」
 一応持ってきていた日本刀を、一騎はスラリと鞘走らせた。目の前にはソリを離れたトナカイキメラ。やたらとイカシた鋭い角を向け、真正面から突っ込んでくる。
「オラァ! 俺のBeatに酔いしれろォ!」
 一騎から迸る『真音獣斬』。だが、黒い衝撃波をまともに受けながら、キメラはその足を緩めない。
 舌を打ち、突進をかわして刀を振るう。ガキンッ、とそれを受け止めるキメラの角。複雑に生えた角に絡め取られ、手にした日本刀が跳ね上げられる。
 再び舌打ち。跳び退さりながら軍用ナイフを引き抜き、クルリと回して逆手に構える。
「とぉりゃあぁっ!」
 横合いから飛び出してきたコハルが、ソリにあったラジカセを思いっきり蹴り飛ばした。地面を跳ね、沈黙するケンタッキー州歌。だが、振り返った室内に変わった様子は見られない。
「あれ!? これじゃ洗脳は解けないの!?」
 驚き戸惑うコハルの耳に入った「行ったぞ!」という一騎の声。コハルが慌てて飛び下りたその直後、キメラの突進を喰らったソリが粉々に吹っ飛んだ。

「ぬしの相手はこのわしなのじゃ! 行くぞ、サタンキメラ‥‥じゃない、サンタキメラ!」
 佇立するサンタキメラに向かって桜が走り寄る。フェイント一つ。そうして一気に距離をつめ、両の手のナイフを振るう。一撃、二撃。浅い。肉の表面を切っただけだ。まったく‥‥護身用の得物しか持たぬ時にキメラに遭遇しようとは。
 キメラの身体を蹴り上げて、反動で距離を取る。クルリと宙を一回転‥‥する前に、その足首を掴まれた。
「‥‥ッ!」
 そのまま地面へ叩きつけようとするサンタキメラ。その光景に、走り寄る由梨の瞳が真っ赤に染まる。飛ぶ様に走りながら、地面に突き立つ日本刀を引っこ抜き‥‥
 裂帛の気合いと共に、由梨はキメラの胴を撫で斬るように払い抜けた。
 悲鳴。桜を宙へ放り投げ、キメラは岩の様な拳を由梨目掛けて振り下ろす。由梨は半身でそれをかわし‥‥その背後にクルリと桜が着地する。
 そこに大剣を手にした白鴉が突っ込んだ。由梨と桜を向いたキメラから白鴉は完全に死角であり‥‥視界の隅に捉えた時には何もかもが手遅れだった。
「うおぉぉぉっ!」
 宙を跳び、雄叫びと共に剣を振る。分厚いメトロニウムの塊が、SESの力を借りてフィールドごとキメラを叩き斬った。
 致命的な一撃を受け、倒れ伏すサンタキメラ。その笑顔は最後まで、その顔に張り付いたままだった。

 それと殆ど同じ頃、トナカイ型キメラとの戦闘にも決着がついていた。
 鋭く大きな角を振り回すキメラの攻撃を、ナイフでいなし続ける一騎。その隙に背後からキメラに跳び乗ったコハルが渾身の力を込めてナイフを叩き込む。仰け反るキメラ。一騎がすかさず走り寄り、身体ごとナイフをキメラの首に突き込んで‥‥トナカイ型キメラは絶命した。

 トナカイキメラが倒れ、その鈴の音が止んだ瞬間‥‥
 洗脳園児たちはその動きを止めて立ち尽くした。年相応のあどけない表情で。やがて火が点いた様に泣き出した。
 柳樹と美咲、そして、残った練力を振り絞って洗脳園児を抑えていた愛華たちは、傷と疲労に倒れ込みそうになりながら、それでも泣く子供たちに歩み寄る。
「大丈夫、大丈夫さぁ‥‥もう怖いのはいないさぁ‥‥」
 崩れる様に膝をつきながら、柳樹はその広い胸に子供たちを掻き抱いた。
 愛華はポケットから自前で買っておいた飴玉取り出すと、泣く子にそれを振って見せながらそっと口に含ませてやった。
「いい子、いい子‥‥もう泣かなくてもいいよ。悪いサンタさんは、サンタ見習いのお姉ちゃんたちが追っ払ったからね‥‥」

 戦闘が終わった後、能力者たちは園児たちを集めてクリスマスパーティーを最後まで行った。
 劇は当初の予定を変更して、悪いサンタを追っ払うシナリオに変更した。園児たちの歌を聞いて悪いサンタは逃げていき、めでたしめでたし、で終わる内容だ。
 警察やら関係各所やらが到着するまで勝手に帰る事は出来ないから、という名目で保護者たちを説得し、関係各所には、子供たちのメンタルケア、という口実で事情聴取を待ってもらった。幸い、話の分かる担当官だったが、流石に洗脳された子供たちはすぐに検査や調査の為、病院や研究所に送られた。
「子供たちへの一番のプレゼントは平和なんだけど‥‥この分だとまだまだ先かなぁ‥‥よっし、もっともっと頑張るぞー!」
 事情聴取を終えたコハルが両腕を天へと伸ばす。人類の未来は、未だに先が見えなかった。