タイトル:【DR】タイガを越えてマスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/04/10 01:39

●オープニング本文


 2009年3月──
 ヤクーツクに集結した極東ロシア軍地上部隊は、三々五々到着する北米北中央軍の派遣部隊を援軍に迎えつつ、ウダーチヌイ攻撃の為の準備作業に追われていた。
 人類の命運、その一翼を担う進軍が、もう間もなく始まるのだ。既に編成を終えた幾つかの小部隊が、本隊に先行する形でヤクーツクを進発。偵察と進撃路の確保を目的として、シベリアのタイガの中をウダーチヌイ方面へと移動を始めていた。

 ボビー・カールソン大尉の率いる一部隊もまた、先行した小部隊のひとつであった。
 北中央軍の極東派遣部隊の一員である彼は、急遽編成された出来合いの部隊を率いてこの任に当たっていた。正規軍装甲偵察部隊に傭兵の駆るKV集団を加えた混成部隊だ。
 ‥‥我が事ながら、運が無い。心中でそう嘆息する。烏合の衆、とまではいかないが、どんなに言葉を取り繕おうと寄せ集めである事は否めない。未だ全部隊の到着していない派遣軍にあって、拙速とも言える早さで先行部隊の進発が決定されたのは、やはりロシア軍に対するメンツが理由だろう。その事自体は、まぁ、別にいい。軍隊などと言っても、結局、人間の集まりだ。だが、なんでよりにもよって俺の部隊が、という『やるせなさ』は付き纏う。
「幸運だとか、不幸だとか、そんなものは結局、主観的なものだからな。お前の乗った輸送艦は、沈まず、無事に辿り着いたのだろう? それは十分、幸福の領分に属する事だと思うが」
 出発に際して顔を合わせた壮年の傭兵がそんな事を言っていた。分かっていない。そんな小さな幸福など、より大きな不幸の中での一部分でしかない。そもそも、今回の極東派遣に際して部隊が抽出されなどしなければ、こんな目には遭わなかったはずじゃないか。でなければ、今頃、シアトルで比較的のんびりと戦争していたはずなのに。
 彼の思考は、そこで強制的な中断を余儀なくされた。乗っていた偵察戦闘車が前進を止め、停車したのだ。レシーバー越しに自らを呼ぶ声に、彼は白い息を吐くと、防寒具で着膨れした体を装甲車のハッチから外へと出した。
「何事だ」
「雪溜りです。先頭車両が嵌りました。強行は無理のようですね」
 先任下士官の報告に、彼は鋭く舌打ちした。この辺りは降雪の少ない地域のはずだが、往来の殆どない競合地域故、その少ない雪が降り積もって凍結したのかもしれない。
 彼は双眼鏡で前方の様子を手早く確認すると、手袋を噛み外してポケットから地図を取り出した。進行ルートと現在位置‥‥目標の少ない地形ではあるが、計器は信頼できる。迷ってはいないはずだ。
「迂回するわけにはいかんのですか?」
「このタイガの中、車両が通行できる『道』なんて、そうそうあるもんじゃない。‥‥が、探さないわけにもいかないだろうな」
 この辺りで目撃された敵の情報は? 訊ねる彼に先任が答える。
「集団で移動する白い狼型のキメラと、宇宙人型キメラ『リトルグレイ』が目撃されています。それと、地上を浮遊する小型HW(ヘルメットワーム)が、恐らく中隊規模」
 先任の報告は、彼の覚えていた情報と一緒だった。わざわざ確認したのは、それが彼の記憶違いであって欲しいと思ったからだ。まったく、このような状況下で、部下に分散しての偵察行動を命じなければならないとは!
「全車、搭載する自動二輪を降車。偵察員に、周辺16km内において、車両通行可能なルートが他に存在するか確認させろ。ただし、生存を最優先。危なくなったらすぐに逃げ帰れ」
 淡々と命令を発しながら、その重みをとりあえず脇に除ける。彼には他にもやらなければならない事が多のだ。‥‥例えば、他にルートが見つからなかった時の為に、雪溜りに閉ざされた本命を開拓しなければならない。
「傭兵たちを呼んでくれ。KVで雪溜りの雪を掻き分けさせるんだ」
「‥‥いいんですか? 連中、HWに遭遇した時の切り札でしょう?」
「部隊全員降車させて雪を掘れと? 本格的な除雪装備なんて持たされていない。くそっ。KVで掘り返すのが一番早いんだ」
 勿論、それがどれだけ愚かな事か、彼は理解していた。能力者は高い能力の代償に練力を消費する。それを、雪掻きで消耗させるのだ。
「ああ、私は彼らに対する指揮権を与えられているが、能力者を統率した経験などない。彼等の特性も知らされていないから、万事、彼等によろしくやらせてくれ」
 いざと言う時の責任は自分が取る。それだけが彼が自分に課した役割だった。
「畜生、本当にツイてないぜ‥‥」
 彼は、誰にも聞こえぬようにただ一言、それだけを吐息と共に吐き出した。

●参加者一覧

綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
近伊 蒔(ga3161
18歳・♀・FT
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
MAKOTO(ga4693
20歳・♀・AA
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
御神・夕姫(gb3754
20歳・♀・GP

●リプレイ本文

「偵察に出た部下たちを呼び戻し、周辺の警戒行動に徹しろ、と?」
 特に気分を害した風も無く、淡々とした声音で応じながら。ボビー・カールソン大尉はぎょろりと響 愛華(ga4681)をねめつけた。
(「うぅ‥‥なんかこの人怖いんだよ‥‥」)
 内心で冷や汗をかきながら、それでもうろたえずに言葉を続ける。能力者たちの総意を、どうにか納得させねばならなかった。
「不確実な新ルート探索より、現ルートを開拓した方が良いと思います。広範囲の探索は却って敵の注意を惹きかねないし」
「ああ、確かに。だが、もし、ルート上の雪量が予測より多かったら? 想定外の事態で作業が遅延したら?」
 然り。愛華の横に立つ寿 源次(ga3427)は心中でそう頷いた。ここでの失敗は本隊の遅滞に繋がり、ひいては大規模作戦にまで影響しかねない──その責任の大きさに自然と身が引き締まる。‥‥もっとも、この寒さでは、何が無くとも身は引き締まろうが。
 ともかく、自ら選択肢と可能性を減じるような方針は、大尉には採れないだろう。それが正しいかどうかは別として。
「いや、失礼しました。我々は作業に戻ります」
「え? え???」
 源次は敬礼ひとつを残し、きょとんとする愛華を引っ張って臨時の指揮所を後にした。困惑する愛華の先に立って歩きながら、改めて自らの考えを口にする。
「‥‥でも、『リトルグレイ』は怖いよ?」
 偵察に出た兵たちの身を案じて俯く愛華。源次はその顔を何とは無しに見やって‥‥ふと顔を上げた愛華の顔がぱぁぁ‥‥と輝き、ふるふると震え出した。視線を追う。その先に綾嶺・桜(ga3143)の姿があった。いつもの巫女服ではなく、ちまっとした子供用ブランドコートを身に纏い、もこもこのブーツと耳当てをつけている。手にしたぬいぐるみは、カイロが入るタイプのものか? 両手に持ったそれをジッと見下ろしていた桜はきょろきょろと周囲を見回して‥‥おもむろに、幸せそうにそれをギュッと抱き締めた。
 口元に微笑を浮かべる源次の横を、辛抱溜まらんといった態の愛華が物凄い勢いで飛び出していく。気付いた桜がぎょっとした。
「犬娘!? み、見てたのか、じゃない、こ、これは別に縫いぐるみが好きなわけじゃなくてじゃな、そう、寒さ対策じゃ、勘違いするでむぎゅう」
 顔を真っ赤にした桜が愛華に抱きすくめられるまで僅か数秒。いつもの微笑ましい光景に生温かい視線を送った源次は、作業でペアを組むMAKOTO(ga4693)の姿を見出した。トランスポーターに乗せられた機の足元で佇むその姿にいつもと違う空気を感じ、源次はそっと歩み寄る。
「どうかしたか?」
「ん‥‥滅多に雪も降らない地で育ったから、ここの風景って新鮮でね。寒々しいんだけど、何かこう、透明感のある冷たさが綺麗っていうのかさ」
 暫し無言で佇む二人。ガラでもないや、というふうに、照れた様子のMAKOTOが振り返った。
「さてっ。私たちのローテはいきなり休憩だっけ? 仕事もしてないのに休むってのも何か悪いね〜」
「なに、休める時に休むのも仕事だよ」
 そういう事なら、とにんまり笑って、MAKOTOはコートの内側から何やらゴソゴソと引っ張り出す。出て来たのはスキットル──金属製の携帯水筒だった。
「酒か。大丈夫なのか、おい?」
「暖を取るだけだよ。ちょっとくらいなら平気だって。あとは、とにかく胃に何か入れないとね。菓子だけど、食べるでしょ?」
 体温で温んだ水筒を雪に突っ込んで一気に冷やす。ご相伴を断る理由など、源次にはなかった。

「2人ずつの4組編成。これを、除雪4時間、周辺警戒、休憩、各2時間ずつのローテーションで回します。最初の除雪は愛華・桜組とクリア・巴組。2時間後にクリア・巴組が警戒に回り、源次・MAKOTO組が代わって作業に入る‥‥ここまではいい、みんな?」
 テントを建てただけの仮設の本部。御神・夕姫(gb3754)が無線機のマイクを握り、再確認の連絡を入れていた。開き放しの天幕の向こうには動き出すKVたち。そのコックピットにいる面々からは、明るい、どこか呑気な返事が聞こえてきた。
「全機、起動。これより作業を始めます」
 その中で一際シャンとした声が響く。除雪作業の指揮を執る形になった瓜生 巴(ga5119)の声だった。
「3機で横列を組んで下さい。‥‥あ、雪を放るのに向かない阿修羅は中央に。とにかく後ろに掻いてくれれば私が脇に除けますので。左右の機は、正面の雪を側壁にして突き固めて下さい」
 こうすれば大軍の通行も可能な広い立派な道が出来るはずだ。そう告げる巴におおー、と感嘆の声が上がる。
「よーっし、それじゃあ、除雪作業開始っ! みんな、頑張っていこう!」
 クリア・サーレク(ga4864)が音頭を取って、シュテルンに保持させたヴァイナーシャベルの切っ先を雪面へと突き入れた。その横では、両腕のマウントにシャベルを装着した愛華の阿修羅が、犬が土を掘るような要領でバリバリと雪を掻き出だし始める。
「こっこ掘っれあっしゅらっ、わん、わんっ、わ〜ん♪」
「ゆっきっやこっんこっ、あっられっやこっんこっ。あっられ(米菓)が降ったら、子供がひゃっほぅ♪」
 即興歌を口ずさみながら、合わせるように愛華とクリアが雪を掻く。単調で退屈な作業でも、明るく元気にこなせばきっとそんなに苦にならない。
「なんじゃ、お主ら、そのアホっぽい歌は。鐘一つじゃ!」
 ツッコミを入れた桜も、いつの間にか作業がリズムに引っ張られ、最後にはやけっぱちになって唱和する始末。3機の後方で、生真面目に、黙々と作業を続けていた巴は、大きな溜め息と共に眉間を指で揉みしだいた。
「巴さん、巴さん! ほら、雪だるまっ!」
 側壁まで転がした雪玉を重ね、はしゃいでみせるクリア。巴の限界はそこまでだった。
「あなたたちね、もっと真面目に、効率よく作業が出来ないの!?」
「わぁ! 委員長が怒った!」
 誰が委員長か! 叫ぼうとした巴の雷電に、ばばばばばーっ、と雪が浴びせられる。フルスロットルで作業をしていた愛華が、物凄い勢いで雪を後方へと跳ね飛ばしたのだ。
「わわ、ご、御免なさい! やりすぎちゃったんだよ!」
 半ば雪に埋もれた巴機の中で青筋を浮かべる巴。怒っても良いよね、と自問して、激発せんとしたまさにその時、「みなさん」と呼びかける夕姫の声が無線機から聞こえてきた。叱り飛ばしてくれるのだろうか。期待をこめて振り返る。
「‥‥みんな、今は元気だろうけど、先は長いんだから。ちゃんと休憩も忘れないでね」
「それだけっ!?」
 涙目で叫ぶ巴。桜が気の毒そうにそれを(遠くから)眺めやった。
「KVでわいわいと土木作業‥‥本当にいつか、こんな使われ方しかされなくなる日が来るといいんだけどね」
 笑顔にどこか陰を浮かべて、夕姫が自分のシュテルンに向かって歩いていく。未だ来たらぬその日にあって、夕姫はそのKVに乗り、迫り来る敵を警戒せねばならなかった。


「北西にやった連中は、『白狼』に追い回されながらどうにか逃げ帰りました。が、あれじゃ暫くは使い物になりませんな。ジョンとメリーのペアは、狙撃手の存在を報告した後、連絡が取れません」
 作業開始から1時間半。大尉の元には、部下たちが得た情報が集まり始めていた。先任の報告に表面上は動じる事無く、続きを促す。
「北西でHWの2機編隊を複数、確認しました。連中、ペアで広範囲を索敵移動しているようです」
「タイガに放たれた猟犬の群れ、か。俺たちと立場は一緒だな」
 鼻を鳴らして皮肉を笑う。未だ、新たなルートは発見されてはいなかった。

 その頃、夕姫と共に作業現場両翼を警戒する近伊 蒔(ga3161)は、待機モードにした愛機のコックピットで、KVのセンサーに集中していた。
 寒々しい風景の中にわだかまるように身を潜める濃紺のシュテルン。世界に一人きりになったような錯覚は、しかし、蒔には未だ心安い感覚だった。
「最近は慣れてきた‥‥とか思ってたんだけど」
 苦笑は、すぐに緊張へと変わった。2匹の『白狼』が、雪面を鼻で嗅ぎながら近づいてきたからだ。
 やりすごせるか、と自問して、蒔は否と首を振った。あれは逃げ帰った自動二輪の跡を追って来ている。いずれ作業現場に辿り着くだろう。
 決断は早かった。敵が攻撃範囲に入るのを確認し、機の出力を一気に上げる。飛び出したKVに気付いた時には、白狼の1は蒔機の装輪に掛けられていた。即座に踵を返す白狼の2、その背を機槍で突き断ち割る。その間、僅かに10秒。雪面に鮮血の花が2つ、散り咲いた。
 蒔は素早く周囲を見回して他の敵が存在しない事を確認すると、戦闘の痕跡と轍の跡を可能な限り消し去った。そのまま待機場所へと戻り、接敵を皆へと伝える。
「これでいくらかでも時間が稼げればいいんだけど‥‥」
 そう、時間稼ぎだ。敵は動き続けている。いずれ、幾つかの動線がこちらと交わる事は確実だった。

「よぅし、やるか、『大山津見』!」
 作業開始より1時間50分。愛機にそう呼びかけた源次は、予定より10分早く作業に入る事となった。雪溜りの中に凍結した箇所が出てきたからだ。野戦築城も考慮した設計のリッジウェイは、この手の作業に向いていた。
 源次は機を前進させると、ヘッジローを氷塊へと接触させた。高速振動爪が氷を削って侵食し、その塊を大きく砕く。それをピックで打ち拾い、シャベルですくって脇へと放る。
 除雪車、いや、氷砕車と化した源次機が凍結箇所を突破すると、MAKOTOの阿修羅が中央に位置して再び除雪作業が再開された。掘って、すくって、投げ捨てて。大胆に、大雑把に前へと進む。近くで白狼が目撃された事は既に報されていた。細かい仕事は後で良い。とにかく、大まかにでもまずルートを切り開かねば。

 作業開始より3時間30分。能力者たちはこの日初めて、敵HWと接触する事となった。
 接触したのは左右の警戒線ではなく、作業現場の前方だった。完全な遭遇戦。ワームが地上を浮遊──森の中を移動する限りにおいては、彼我どちらも似たようなルートを通らざるを得ないのだ。
 発見はほぼ同時。武装変更の分だけ能力者たちが出遅れた。撃ち放たれたフェザー砲が周囲の雪に突き立ち、水蒸気の雲が沸き起こる。瞬時に再凍結してキラキラと光を放つそれを横目に、作業を中断した能力者たちが一斉に反撃を試みる。
 だが、敵はまともに応射する事もなく、威嚇砲撃を続けながら後退していった。
「見つかったな」
 大尉が小さく呟いた。どこかで狼の遠吠えが聞こえた気がした。

 作業開始より4時間20分。側方より、木々の間を縫うようにして、纏まった数の白狼が一斉に襲い掛かってきた。
 その数に任せて警戒線を突破する敵。能力者たちも作業を中断して応戦せざるを得なかった。
「よりによってこんな時に! 寝ている暇もありゃしない!」
 休憩中だった巴とクリアが得物を手にして前線へと駆ける。夕姫機は雪道を踏み越えて兵隊たちの前に出た。
「兵隊の皆さんは、KVと雪を盾にしながら応戦して下さいね!」
 雪壁を塹壕代わりに、偵察戦闘車が20mm機関砲をキメラに向かって撃ち放つ。夕姫は上から味方の配置を確認すると、自らも多銃身光線砲で弾幕を形成する。
 広範囲に亘って仕掛けられた攻撃は、雪上に多くの白狼の骸をさらして15分程で終わった。能力者、部隊、雪道にさしたる被害なし。貴重な時間だけが失われていた。


 作業開始より6時間。未だ、作業に終わりは見えない。
「結構進んだと思うんだけどなぁ‥‥自然は偉大ね」
 自らが切り拓いてきた道を振り返り、夕姫は小さく溜め息を吐く。返事はなかった。隣りの巴は黙々と除雪作業を続けている。
 巴はそれまでの作業で蓄積したデータを元に、シャベルで雪を掻く作業を効率化していった。無論、OSのデータ等を弄った訳ではない。機体と、それを制御するAIを意識して、『感覚的』に動きを最適化させていったのだ。
 それは、スポーツの初心者が反復によって動作を習熟させていく過程に似ていた。理論と経験に従い、動作から無駄を省き、負荷を限りなく小さくする。
 故に、巴はこの単調な雪掻きにも退屈しなかった。額に汗を。口元に笑みを。それぞれに浮かべながら雪を掻く。
 夕姫はそんな巴に苦笑すると、自らも作業に戻った。ケーキにナイフを入れるように、グランデッサナイフで雪を立方体に切り分ける。その下にスコップを突き入れて真四角の雪塊を切り出し‥‥ホント、ケーキを切り分けてるみたい、とそんな事を考えてから道路脇へと放り投げる。
 黙々と作業を続ける2機の周囲に他の機体の姿はない。薄暗くなり始めたロシアの空に、激しい砲声が響いていた。

 狙撃砲による一撃が、不用意に姿を見せたHWを直撃した。
 反撃の砲火をあえて回避せずに姿勢を低くしてやり過ごしながら、MAKOTOが機体の武装を機銃へと変更する。逃げるのは簡単だったが、戦火を周囲に飛び火させるのは避けたかった。
 動かないMAKOTO機を追い詰めにかかるHW。それを側面から源次機が135mm砲で狙い撃った。木々の間を抜け、注意深く弾道計算がなされた砲弾がHWの側面装甲を貫通する。即座にMAKOTOが機銃弾が浴びせかけ、HWは爆散して森に果てた。
 その爆音は、作業現場前方で迎撃行動を行っていた皆にも聞こえていた。
 KVの『膝』まで半ば埋まりながら、愛華機とクリア機が狙撃砲で前方の敵を狙い撃つ。その横を、大きくブースターを噴かしてジャンプした桜機が突っ込んでいった。
「お主らに関わっている暇は無いのじゃ。さっさと消えよ!」
 後退する敵に、鎖付きのハンマーを叩きつける。直撃を受けて雪中に叩き付けられるHW。そこへ、桜機の後を追うように跳んで来た蒔機が、その勢いもそのままに上から機槍を叩き込む。
 だが、その1機を倒す間に、他の敵は既に距離を取っていた。集中する砲撃をかわして桜と蒔が跳び退さる。
「ったく、小ざっかしいったら‥‥っ!」
 舌を打つ蒔。こと機動力に限れば、浮遊するHWの方が足場の制約を受けない分、有利だった。


 作業開始より7時間20分。正確にはその20分前には、作業の終わりは見えていた。前方に展開したKVが、雪溜りの端に到達していたからだ。
「終わった‥‥!」
 最後まできっちりと、雪道を開いた巴と夕姫が最後の雪を側壁上に放り投げる。
 後は本隊が到着するまで、切り拓いたこの道を守るだけだ。


 作業開始より8時間。
 本隊より発した先発隊の到着をもって、敵は後退を開始した。補給車の給油を受ける機体を横に、翌朝までの休息を命じられる能力者たち。その目の前を、ボビー・カールソン大尉率いる中隊が移動する。
 ふと目があって、相変わらずの無表情で大尉が能力者たちに敬礼する。彼等が明日の太陽を見られるか、未だ確定していない。彼等の1日は未だ終わってはいなかった。