タイトル:Uta 凪の戦場マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/09/19 16:26

●オープニング本文


 抜ける様な青空を背景にそびえる灰色の防壁は、まるで立ち往生したモノノフの様だった。
 1年以上の長きに渡ってキメラの度重なる攻勢に耐え続けて来た防壁は、歯が欠け落ちた櫛の様な有様になった今も尚、自らに拠って戦った戦士たちの勇戦ぶりを誇るかのように佇立している。‥‥そんな感慨を抱きながら壁を見上げて微笑した人物は、しかし、人類ではなかった。
 陥落したプロボの最終防壁、崩れた『長城』の間を縫って、電磁迷彩ネットを被った1台の旧式地上用ワームが遂にかの地へと『入城』する。上部ハッチから上半身を出すその人影──この地のキメラの『軍団』を統率するバグア指揮官の姿は、しかし、照りつける太陽とネットの影のコントラストに入って見えない。
 人影は自らの心の動きに肩を竦めて苦笑すると、首を振ってその視線を蒼空から地上へと落とした。
 その光景にまた苦笑する。防壁内の『二の丸』では、防衛線を突破して遂にプロボのUPC軍を打ち払ったキメラの大群が、疲れ果て、だらけ切った姿を晒していた。彼──或いは彼女──には、キメラをずらりと並べて自分を出迎えさせる様な趣味はなかったが‥‥それにしてもこの醜態は酷かった。
 確かに、人類は善戦したようだ。この、まるで来場する人間に飽きたサファリパークのようなキメラたちの有様は、彼、或いは彼女が限界を超えて酷使したその成れの果てでもある。
「さて‥‥どうしたものかね?」
 困った様に眉を潜めながら、しかし、口元に微笑を湛えて呟く人影。進む地上用ワームの横腹を、キメラ『トロル』の無気力な瞳が見送った。


 2009年7月。ユタ州プロボは遂に陥落した。
 防衛の任に当たっていた各部隊は矢尽き、弾尽き、力尽き、防壁を突破したキメラの大群に蹴散らされて三々五々といった態で辛うじて落ち延びた。‥‥部隊の人的損害は、後衛戦闘開始時の8割を超える。大隊の輸送車両の転用が間に合っていなければ、文字通り全滅していたに違いない。
 集結地点はプロボ北方のオレム市、大隊本部跡。戦場より幾らも離れていなかったが、ここより州都までの間にもキメラの集団が徘徊しており‥‥各個に敗走を続ければ、文字通り『キメラの海』に呑まれて消える事になるだろう。
 追撃に怯えながら数少ない生き残りを糾合し、ただ一度の撤退の機を窺う。‥‥だが、南より迫る敵キメラの大群は、いつまで経っても北進して来る様子を見せなかった。

 瓦礫と化した住宅街。その道の両脇を4人ずつの縦列が小走りに進んでいた。
 誇り塗れの迷彩服に構えるは自動小銃──対キメラ戦を想定した部隊ではない。恐らくは偵察部隊だろう。
 前進を続けていた分隊は、とある交差点へと差し掛かった所でその歩みを止めた。先頭に立った軍曹がハンドサインで隠れるように指示を出す。瓦礫の影へと身を伏せた軍曹は、くたびれた表情でくたびれた腕時計の文字盤へと目を落とし‥‥やがて、フワフワと漂うように浮遊しながら目の前の交差点を横切る小型ワームを視界に捉えた。
 それは完全な球形をした小型ワームだった。大きさは直立したKVより二回りは小さい。表面に円形の窪みと水晶体‥‥中央の円筒状の穴は恐らく光線砲の砲口だ。まるで目玉の様にも見えるその外見は某映画に出てきた宇宙要塞を彷彿とさせるが、こちらの方がサイズが実感できる分より生々しい。時折、赤い光が表面を走ったりする様は血走る目玉そのものだ。
(「ふん‥‥時間通りだな」)
 物陰からワームの様子を観察していた軍曹は、心中にそう呟いた。
 どうやら目の前のワームは、ある一定のエリアやルートを周期的に巡回するものらしい。以前に出た幾つかの偵察隊も、この時間、この場所でこの『目玉』を目撃している。
 その『習性』から州都の旅団本部が『センチネル(歩哨)』と名付けたそのワームは、息を潜める分隊の目前を通過しながら‥‥その『背面』に開いた小さな穴からコロコロと、地面に何かを落とし始めた。それは30cm程の小さな球体の物体で、『センチネル』とまるで同じ外見の、いわば『子センチネル』とでも言うべきものだった。
 軍曹は軽く目を見張った。これまでに得た情報にそんな動きはなかった。
(「まさか、見つかったのか‥‥!?」)
 喉元まで上がってきた撤収の号令を──さっさと逃げ出してしまいたいという欲求を、軍曹はなんとか腹の中へと呑み戻した。落ち着け‥‥今動いたら確実に見つかって追撃を受ける‥‥
 そんな軍曹の心を見透かしたかのように響く羽音。蝿や蜂よりも重く大きいその振動音に、心臓を掴まれた心地で振り返る。
 すぐ側を、拳大の大きさの蜂と蟻を足して割ったような外見をした虫型キメラが飛んで来ていた。奥歯を噛み締めて恐怖の叫びをすり潰しながら、銃を構える部下たちを手信号で押し留める。『蟻蜂』キメラは攻撃してくるでもなく、何かを窺うように分隊の頭上をゆっくりと舞い‥‥
 だが、その緊張に耐えられなかった兵がいた。悲鳴を雄叫び、自動小銃を乱射する。フルオートで放たれた銃弾はフォースフィールドごと蟻蜂を容易く撃ち砕いた。非能力者のアサルトライフルの一連射で倒せる程、この小型の虫型キメラは脆かったのだ。汗まみれの顔に興奮の笑顔を浮かべる兵を、しかし、軍曹は鉄兜ごしに引っ叩いた。
「撤収だ! 全力でAPCまで逃げろ!」
 叫び、自ら先頭を切って身を起こして走り出す。例え訳が分からずとも部下たちは後に続くしかない。やがて聞こえてくる羽音のうねり。どこからともなく現れた蟻蜂の大群が雲霞の如く襲い掛かってきた。
 空を飛ぶキメラの方が非能力者より優速なのは言うまでも無い。部下たちが絶望の表情で銃を乱射し、手榴弾を投げ付ける。弾丸と破片に当たったキメラがポロポロと地面に落ちたものの、敵の数は余りに多すぎた。雲霞に呑まれ悲鳴を上げる部下たちを、しかし、軍曹は振り返らなかった。命令は既に達した。『全力で逃げ』なかった者たちの末路など気にしていられない。
 やがて前方に、緊急回収要請を受けた分隊のAPC(装甲兵員輸送車)が目に入った。自分たちを迎えに来てくれたのだ。
 キメラといえども、蟻蜂にAPCの装甲をどうこうする力はない。助かった、と思った瞬間、軍曹は笑いを押し留める事が出来なかった。前方の交差点へと進入したAPCが旋回し、こちらへ尻を向けて後部扉を開け放つ。急げ、急げ、と手招きする乗員。軍曹は声を上げて笑いながら走り続けて兵員室へと足を掛け‥‥
 ‥‥瞬間、視界の隅に転がる巨大な目玉が、ぎろり、とこちらを睨んだ気がした。
 その『子センチネル』が撒かれたのはいつの事か。だが、軍曹にとってそんな事はどうでもよかった。彼には、それが見捨てた部下たちの糾弾の視線のようで‥‥
 次の瞬間、物凄い勢いで地面を転がって来た『子センチネル』は、直後に跳ね上がってAPCの側面にめり込み、爆発した。

●参加者一覧

里見・さやか(ga0153
19歳・♀・ST
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
佐賀十蔵(gb5442
39歳・♂・JG

●リプレイ本文

 無限軌道の奏でる金属音と、ガタゴトと揺れる振動音。
 白ばみ始めた空の下、照明もつけずに走るAPC(装甲兵員輸送車)──偵察行に赴く能力者たちを乗せたその兵員室もまた闇の中にあった。
 寝息と、身じろぎする衣擦れの音──そんな中、時計の文字盤が光を放ち‥‥予定時刻の5分前に達した事を知った里見・さやか(ga0153)は、それを皆に報せて告げた。
「0540に時刻整合を行う。1分前」
 闇の中、さやかの号令を受けて、時計を持つ者たちが袖をめくる。眠りを妨げられた誰かの欠伸や唸り声。カウントは淡々と進んでいく。
「15秒前‥‥5秒前、用ー意‥‥時間。0540」
 時計合わせを終えると、さやかは出発前の最終確認を(目覚ましを兼ねて)行うべく車内灯を点灯させた。狭く薄ら暗い兵員室に、都市迷彩の野戦服を着た能力者たちの姿が浮かび上がる。内ポケからガサゴソと地図を取り出す寿 源次(ga3427)。その横で、鏑木 硯(ga0280)が小さく「わっ」と驚愕の声を漏らした。向かいの席に座る阿野次 のもじ(ga5480)だけ、いつの間にか『くのいちルック』になっていたからだ。
「‥‥ニニンガ潜入。ちょー隠密行動だってばよ」
 生真面目な表情を維持したまま、のもじが目の合った硯に呟く。吹き出しかけた硯が口元を押さえて顔を逸らし‥‥それを見たのもじはニヤリと笑い、無理に重ね着したシノビセットいそいそと脱ぎ出して、「結局また脱ぐんだ!?」とそれがまた硯のツボに嵌る。
「最終確認をします。降車後、我々は2班に分かれ、それぞれに市内へ潜入。情報を収集し、日没を待って撤収。安全地帯にて合流後、ランデブーポイントでAPCに乗車、離脱する。交戦は可能な限り回避し、無線の使用は独力での脱出が困難になった場合のみ使用可とする」
 作戦概要を説明しつつ、さやかは源次の地図に移動ルートを記していった。源次の地図にはこれまでに判明している『目玉』こと『センチネル』の巡回ルートと各点の通過時刻が記されており‥‥さやかはその情報から未確認地点での予測会敵時刻を割り出し、なるべく遭遇しないで済むルートを割り出しているのだ。もっとも、万事が予定通りに進む事は極めて稀であるから、あくまで仮のルートではある。
「‥‥なぁ。この敵の種類と巡回ルートから、何か判る事がないかねえ? 重点的に守っている何かがありそうな場所とかさ?」
 指先で地図をとんとんと叩く龍深城・我斬(ga8283)。それを見た源次は難しい顔をした。‥‥この大掛かりで広い配置、敵は『何か』というよりこの地域そのものへの進入を警戒している気がする。
(「こちらより遥かに優勢なはずの敵‥‥なぜ動かない? 足場を固めているのか、それとも、何か動くに動けぬ理由でも‥‥?」)

 最終確認を終えた能力者たちは、車内で最後の準備を整え始めた。
 後ろで互いに消臭スプレーをかけ合っているのは、響 愛華(ga4681)と綾嶺・桜(ga3143)の二人だった。LH島のコンビニで買った無臭系のものだが、気休めにはなるかもしれない。目をギュッと瞑った桜の衣服にスプレーを吹きかける愛華。顔に当たった冷たい感触に桜がぷるぷると首を振り‥‥それを見た愛華はほんわかとなりながらも、めっ、の表情で桜を見返した。
「ダメだよ、桜さん。やるなら徹底的にだよ!」
 さらに全身にふりかける愛華。桜も愛華にスプレーを吹きかけながら‥‥カシャン、という金属音にふと目を逸らした。
 見れば、自動小銃の薬室点検を終えた佐賀十蔵(gb5442)が弾倉を銃に戻した所だった。その銃や装備品には布が巻きつけられており‥‥なるほど、あれでぶつかった時の金属音や光の反射を抑えるのか。感心する桜。黒いドーランを取り出し、指の腹で丁寧に自分の顔に塗っていく十蔵の姿は‥‥メタボでこの狭い兵員室には少し窮屈そうではあるが。
「‥‥桜さん。徹底的はいいけど‥‥やりすぎなんだよ‥‥」
 余所見をしてスプレーを掛けすぎた。びちょびちょになった愛華を桜が慌ててティッシュで拭く。
 その光景は、平時であれば仲の良い姉妹といった風情であったかもしれない。だが、実際は敵を出し抜く為の戦場の──非日常のひとコマで‥‥
「そう、それ。それがよく分からない」
 突然、のもじがモノローグにツッコミを入れた。硯がビクリと身を震わせる。
「えっと、何がです?」
「戦場が非日常、ってやつ。むしろ夜冷えして風邪を引かないよう普段より気を使ったり‥‥結局、日常の延長でしかないと思うんだけど」
「‥‥まぁ、何が日常であるかは、生まれや環境、人によって大きく異なるものですから」
 人の営みという点においては、戦争も平和も変わらない。ただ、桜やのもじのようなちっちゃ‥‥もとい、若者たちが戦場に出て、命懸けで切った張ったするような日常は、やはり、来ないで済むなら済ませたい類の日常ではあろう‥‥
「降車5分前」
 APCの車長のその声に、さやかは車内灯の電気を消した。まだ暗闇に目を慣らす必要があるからだ。
「では、行くとするかの。互いに見つからぬよう、気をつけて行くとしよう」
 やがて廃墟の陰にひっそりと停車し、後部扉を開けるAPC。幸運を、との車長の言葉を背に、二手に分かれた能力者たちはそれぞれに闇の中へと消えていった。

●A班(さやか・源次・我斬・十蔵) 住宅街
 もう幾つの塀を乗り越えただろうか。
 頭の片隅に浮かんだそんな思考を、十蔵は意識もせずに除けていた。今、集中すべきはまず見つからない事。そして、見つかったとしても射線に身を晒さぬ事だ。住宅の裏手、各家を区切る木製の壁。その上に腹這いになるように飛び付きながら、ベリーロールの様にクルリと向こう側へと乗り越える。着地と同時に視線を走らせ、すばやく家屋の壁へと寄せる。窓に身を晒さぬ様に姿勢を低く保ちながら前進し‥‥壁際から向こうを覗いて敵影を確認してから、再び新手のフェンスを乗り越える‥‥
 道路を挟んで青い芝生と平屋の住居が立ち並ぶ、そんなアメリカンな住宅街が彼等A班の移動ルートだった。
 住む人とていなくなった住宅は待伏せには好適な上、道路や歩道上には身を隠せる所がどこにもない。A班の4人は視線の限られる住宅の裏手を抜ける事にし、各家を隔てる壁や生垣を越えながら先へと進んだ。
 ‥‥先頭を行く十蔵に3〜5m程距離を置いて後に続く我斬は、その十蔵が急に動きを止めて『止マレ』の手信号を出すのを見て、慌てて瓦礫の陰へと身を滑らせた。身を晒す位置にいた源次が続けて飛び込んでくる。
 そこは住宅街の交差点──道幅の広い道路が横たわる場所だった。姿勢を極限まで低めて十蔵が建物の陰から目を覗かせ‥‥70m先、道路の向こうから駆け寄ってくる2匹のサーチャービースト──索敵と哨戒に長けた黒犬型キメラを視界に捉えて慌ててその身を下がらせる。
(「来るんじゃないぞ‥‥来るなよ‥‥」)
 銃を手に祈る様に繰り返す。近づいてきた黒犬はふと交差点で立ち止まると、周囲を見回しその鼻をくんくん鳴らし‥‥そのまま何事もなかったかのように走り去る。そのまま1分程時間が過ぎて‥‥十蔵はようやくホッと息を吐いた。
 再び前進しようとする十蔵を、我斬は一旦引き止めた。
 地図を取り出し、ルートを確認する。この辺りは防衛部隊が迷路状陣地を構築してバグアに抵抗した地域の端であり、通れる道が複雑に入り組むのだ。
「人が文字通り足掻き護ってきたこの地に、強行偵察で赴く事になるとはな」
 そこかしこに激戦の残滓を感じた源次の呟きに、我斬は地図から視線を上げた。
 廃墟と化した街並みに、燃え上がる故郷の町が重なる。視界を染める血と炎の赤、耐え難い死と脂の臭いと肺を焼く灼熱の空。傷だらけの身を引きずりながら生存者を探す当時の姿が今の自分に重なって──我斬は、ギリ、と奥歯を噛み締めた。
「本当‥‥好き勝手やってくれるよな、バグアの連中‥‥」
 出来うることなら今すぐ飛び出していって、目に付いたキメラどもを片っ端から叩きのめしたい所だ。この無人の街並みにも、いるはずのない生存者を求めて何度視線を彷徨わせたか。
 地図を迷彩服の内ポケへと戻す我斬。その手が怒りに震えるのを見て、源次が我斬の肩をポンと叩く‥‥
 再び前進を示す手信号を振りかけて‥‥直後、源次は思わず「待て!」と小声で叫んでいた。何事かと振り返る皆に静かに道路の反対側を指で差す。
 そこに、瓦礫に紛れるようにして転がる『子目玉』──親機がばら撒いた『小センチネル』の姿があった。
 走行車両すら破壊する威力を持つ自律型の複合式機雷。目玉の位置は予測できても、どこに子目玉を撒いていったかまでは分からない。
「落ち着いて‥‥ゆっくりと後退するんだ」
 そろそろと下がり、街路一つ分の迂回を決断する能力者たち。裏路地へと抜けるために開け放たれた民家の裏口を、さやかは元通り丁寧に閉め直した。毎回同じルートを通るセンチネル。視覚情報を記録していて移動の度に照合しているとしたら、そこから潜入が露見してしまうからだ。

●B班(硯・桜・愛華・のもじ) 市街地

 B班はA班よりも運がなかった。
 市街地の裏道、廃墟の雑居ビルに沿って進むB班の4人。その彼等が黒犬2匹に遭遇したのは‥‥出会い頭と言ってもいい20mだったのだ。
 それは互いにとっての不意打ちであり、故に、警戒していた能力者たちが先手を取った。
「ちっ、仲間を呼ばれる前に倒さねば!」
 桜と硯、2人のグラップラーが『瞬天速』で掻き消える。瞬時に敵へと肉薄する2人。敵側面に出た硯は両手の二刀小太刀で黒犬の胴をX字に斬り落とし、もう一匹の眼前に出た桜も両手の爪を振り下ろし、切り上げ、踵落としで叩き伏せる。
 戦闘自体は、愛華とのもじの出番を待つまでもなく、敵は何も出来ずに討ち果たされて終了した。だが、本当の不運は、2つの不運が重なることで発生した。彼等が戦場にしたその地域は‥‥運悪く、子目玉が埋伏する場所だったのだ。そして、戦闘中であるが故か、その事に誰も気づかなかった。
 瓦礫の陰にすっぽりと納まっていた子目玉が、付近で行われる戦闘の気配に警戒範囲を拡大、覚醒した能力者を脅威と認めて攻撃態勢に入る。ころり、と路上に転がり出てきたそれは回転を開始、能力者に向けて一直線に突進する。ギョッとするのもじ。その前に立ち塞がった硯が子目玉を蹴り踏み‥‥ギュルギュルと回転する子目玉は前進の停止を感知。その直後に爆発した。
 爆音が空気を震わせ、衝撃波が能力者たちを薙ぎ払う。痛む鼓膜に頭を振って立ち上がったのもじは、ボロボロになって倒れた硯に気がついた。
「ちょっ‥‥! すずりん、大丈夫?!」
「平気です‥‥男の子ですから」
 それよりも早く隠れないと。淡々と告げる硯を比較的軽傷だった桜と愛華と担ぎ上げる。微かに聞こえてくる羽根の音。振り返れば、後方の雑居ビルの只中から蟻蜂の群れが雲霞の如く湧き出していた。敵の存在が確定しての全力出撃。とても相手に出来る数では無い。
「蟻蜂! 建物の内部に巣が!?」
「屋内‥‥どこか密閉できる室内へ」
 まだ崩れていない雑居ビルの一室へ入り鍵をかける4人。戦場跡へと達した雲霞は四方へ散って索敵を開始する。瓦礫の陰から僅かな隙間まで、入り込んで捜索する蟻蜂。上着を脱いだ硯がそれを放って、隙間を塞ぐ様に言う。
 室外から聞こえてくる羽音が唸りを上げて耳朶を打つ。密室に閉じこもる彼等は、嵐が過ぎるのを待つしかなかった‥‥


 この空気はなんだろう。占領下というより、まるで非武装地帯か何かのようだ。
 歩哨以外のキメラを殆ど見かけることもない事を源次は怪訝に思いながら‥‥情報を得るべくA班はプロボ市内へと前進した。予定より2時間遅れの事である。
 高所を陣取り、バグアの『駐屯地』を我斬が双眼鏡で確認する。見かけたキメラの種類と数、所在を見つける端から読み上げる。かつての人類側陣地で我が物顔にのさばるキメラの群れに我斬の心はふつふつと湧き立つが‥‥今はその時ではないと理詰めで自分を押さえつける。
 その後ろで我斬の報告を聞く源次はその数値を地図上に記していきながら、敵戦力の全貌を予測してみた。勿論、あくまでも限られた情報から導き出した推論なのだが──
「これは‥‥思っていたよりキメラの数が少ないか?」
 信じ難い、という表情と声音で呟く我斬に、さやかはどうでしょう、と首を傾げた。
「情報が少なすぎます。或いは大規模作戦が行われている(注:当時)関係もあるかもしれませんが‥‥龍深城さん、市内にバグアの防御拠点らしきものは見えますか?」
「‥‥いんや、表面上は見えないが‥‥どうだかな」
「敵はあくまで攻撃を企図している‥‥? でも、あの警戒線は防衛的なものだし‥‥」
 何か確証を得る様な決定的な証拠が欲しかった。だが、これ以上の偵察を続ける時間はありそうもない。
「出来れば、敵の兵站や補給路も確認しておきたかった所ですが‥‥」
 仕方が無いとさやかは嘆息して。皆に撤収する旨告げた。周辺警戒に当たっていた十蔵が頷き、先頭に立って後退する‥‥

 一方、キメラの襲撃に遭って途上に止め置かれたB班は、捜索を諦めた蟻蜂が引き上げるのを待って、ようやく地上へと出る事が出来た。
 他の戦闘型のキメラが来なかった事を意外に思いながら、硯は源次と同じ結論に達していた。或いは連中、キメラの数にあまり余裕がないのかもしれない‥‥
 だが、この時間のロスは致命的であり‥‥4人はプロボ市内への侵入を諦めざるを得なかった。
「使う機会がなかった‥‥」
 手にしたバアルっぽい、もとい、バールっぽい何かを見下ろしてのもじが呟く。彼女は旧大隊本部が置かれていた某大学、そして、野戦病院のあった某メディカルセンター辺りを調査する予定だったのだが、結局それは叶わなかった。そこに行っていればお宝‥‥いやもとい、何があっただろうか‥‥ボスキャラとか這い寄る混沌っぽい何かとばったりとか? いやいや、まさか。
「執拗に私たちを追いやって来た『何か』が、今、あそこにいるかも知れないんだよ! なら、それが何なのか確かめなくちゃ!」
 偵察の続行を主張する愛華に、桜は厳しい顔つきで首を振った。
「無理じゃ。今からでは合流時刻までに行って戻って来る事など出来ん」
「‥‥群れは‥‥リーダーさえ潰せば、霧散するんだよ」
 昏い瞳をした愛華がポツリと呟く。死んでいった兵たちの顔が脳裏に浮かぶ。埋葬もされず野晒しに残された彼等‥‥多少の無茶をしてもここでの戦いにケリがつくというのなら‥‥!
 こん、と頭を叩かれて、愛華はハッと我に返った。寂しそうな顔をした桜がそこにいた。
「気持ちは分かる。じゃが、急いては事を仕損じるだけじゃ。‥‥今は、家に帰ろう」
 コクリと頷く愛華。既に日は暮れかけていた。